もこたん→青ニート←その他大勢   作:へか帝

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 純孤さんは憎悪がピークだからアレなだけでもうちょっと時間が経てば落ち着きます、きっと。
 
 それに別に現状でも純孤さんはこちらを視認したらとたとた駆け寄ってきて熱い抱擁を交わそうしてくるだけのかわいらしいお姉さんですからね。
 ところでBloodborneというゲームに全く同じ行動をしてくるエネミーがいるんです。
 ほおずきっていうんですけど。(※検索注意) 




パンデモニック

 

 

 灰の湖に酷似した世界から帰還した男がまず目にしたのは、暗い夜の森で二人の女性が談笑している光景。

 

「まさかあの人にお母さまがいらしたなんて。自分の事なんてめったに話さないから、ご挨拶もできなくって……」

「いいのよ。あの子もこんないい人がいるのに黙ってるなんて、ほんとに隅に置けないんだから」

 

 その朗らかで落ち着いた声を耳にした時、男は思わず郷愁の念を抱いた。

 黒衣に金髪の美女は言わずもがな純孤と名乗った女性だが、もう一人は先ほどはここにはいなかった人物であった。

 名を神綺。赤い衣に青みがかった銀の髪を横に纏めている。前にアリスが母と呼んでいた人物であり、魔界の神である。

 彼女は神は神でもこの日本に根づいた八百万の神ではない。根本から種を別にする魔界の創造神だった。

 本来は魔界の最奥に君臨しているはずだが、アリスからの連絡をきっかけに大荷物を傍らに魔界を飛び出してきていた。

 

 アリスから聞いた時は耳を疑ったが、どうやら神綺は本当に妻を自称しているらしい。

 地獄だった。母を自称する赤の他人と妻を自称する赤の他人が談笑している。

 これを地獄と言わずしてなんというのか。男は内心でそう思った。

 

 二人が男に気づいた様子は無い。それもそのはず、男は帰還と同時に鉢合わせるのを防ぐため元の世界に戻る前にいくつかの特別な装備を用意していた。

 

 一つは『霧の指輪』。透明な球の中に白い靄を封じた指輪。身に着けると姿が透き通る霧のようになり、目に見えにくくなる。

 この指輪は、ある英雄の墓を護る"家族"の印でもあった。もう意味はない。

 

 次に『静かに眠る竜印の指輪』。古竜の象られた黒い指輪。竜印の指輪は竜学院ヴィンハイムの特徴だが、特にこれは裏側の組織、後ろめたい暗部が共有する指輪である。ヴィンハイムの裏の魔術師は音を操る魔術に長け、そうした魔術が込められたこの指輪は、装備すると自らの発する物音の一切を抹消することができる。

  

 最後に『幻肢の指輪』。嵌め石が一つ欠けた気味の悪い指輪。ロザリアという生まれ変わりの母と誓約を結んで成果を上げた者に授けられる指輪。近くの相手にしか自分を見えなくする。

 ロザリアの信奉者は『ロザリアの指』と呼ばれるが、その構成員にロザリアに忠を捧げる者は一人としていない。指にとって、ロザリアは過程であり手段の域を出ない。

 

 男は隠れ潜むための特別な装備、その粋を結集していた。暗殺稼業を生業とする者であればどれ一つとっても垂涎ものの秘宝。それらを全て同時に装備し、万全と態勢を整えていた。

 元の世界に帰還した瞬間まだ純孤がその場に滞在していれば、即再発見されて二の轍を踏んでいただろう。それを防ぐために手を尽くすのは当然と言えた。

 

 男はロードランの後の世にも不死の地に散らばった無数の武器や防具、指輪をくまなく蒐集していた。

 自分が何も為せないと知って無気力になったはずの男が、それでも装備品の蒐集だけは行っていた理由。それは集めた品に益あったからでも、使い道があったからでもない。

 

 男は、一人のゲーマーだった。

 記憶を擦り減らし続け名前も生まれも忘却しても冴えないなりに不格好ながら歩んでいた、まだ一度きりだった頃の生が男には確かにあったのだ。

 

 ダークソウルというゲームと、それに連なるシリーズ作品をこよなく愛した一人だった。

 そんな男が、望まずともその世界へと入り込んだのだ。

 

 現実と化したゲームの世界を楽しみ攻略する。生憎と心折れた彼にそんな情緒はとっくに失われていたが、それでも隅々まで攻略はする。腐ってもゲーマーの端くれ、その程度の、誰の為にもならない意地があった。

 

 この世界が、かつてはゲームだと知っている自分がいる。持っていないけれど、効能を知っている装備がある。冒険を繰り返しそれを求め手に入れたとき、それが既知の品であることに何度も安堵した。

 

 求めていたのはアイテムではない。手にしたときの"既視感"だ。その既視感こそが、自分がどこの誰だったかを保証する。酷く綻びつつも、確かに最初の自分だった頃の記憶へと繋がっていた。

 

 その道すがら人を救ったり殺めたりもあったが、どうせ"無かったことになる"。感謝の言葉や怨嗟の声に彼はいちいち耳を貸すことはなかった。

 

「さっきまでここにいたのだけれど、霧のように姿を消してしまって……」

「あの人、誰にも言わずにふらっといなくなってしまうのよねぇ……」

「やっぱり。よく言って聞かせないといけないわね」

 

 

 楽し気に談笑する二人の話題が男へと移ったことを確認しつつ、男はその場を後にする。 

 初めは純孤が去るのを待ってから神綺に声を掛けるつもりだったが、気が変わったのだ。

 理由は神綺の側にある荷物。

 それらはそのまま剥き出しのまま、魔法陣の円環によって縛られ浮遊している。

 

「いつもすぐに戻ってくるから待っていたのだけれど、もう我慢の限界なの」  

「まあ」 

 

 それは蛍光色の光を放つ妖しい手錠。内側から無数の手が伸びる棺桶。生きているかのようにのたうつベルト類。雷撃音が唸る檻などなど、おもむろに危険な香りのする拘束器具が大量に用意されていた。

 どれもただの拘束具ではない。明らかに魔術的なアプローチが図られた特別製だ。

 ぎょろぎょろ辺りを見回す眼球が埋まっていたり人の髑髏のレリーフが刻まれていたりと、ステレオタイプな魔界製といったデザイン群に男は思わず言葉を失う。

 

 いくらなんでも趣味が悪すぎる。彼女が事前に創っていたのか、それとも魔界の通信販売か何かで興味を惹かれ購入したのだろうか。外観の設計デザインに首を傾げるところは多々あれど、その拘束能力は本物に見える。

 男はそこに神綺の絶対に捕縛するという強い意志を感じ、彼女とは話さないでおくことにした。

 

 さて、男が神綺の声を聴いて懐古したのは彼にとって魔界が第二の故郷と呼べる地だったからだ。

 神綺と男の関係は魔界の創生まで遡る。ある日前触れも無く男は神綺によって魔界へと引き入れられた。

 神綺は魔界を創り、それを誰かに自慢しようとして、地上から"最も暇そうにしている人間"を一人魔界へといざなった。 

 

 それはまだ魔界に無限大の広さしかない頃の話である。男は空も大地も無い空虚な世界に文句を付け、そこから魔界は始まった。

 男は唯一魔界の隆盛の全てを神綺と共に見てきた人物である。故に魔界の住民にとって神綺と男が二人でいることは当然のことであったし、神綺もまた魔界全体のそうした風潮を歓迎した。

 魔界に何かひとつできる度に神綺は男にそれを嬉々として伝えたし、神綺が日に日に進む魔界の発展の喜びを共有できるのは男だけだった。

 

 当然神綺は男がずっと魔界にいて未来永劫共に魔界を見守るものだと思っていたのだが……男はふらりと魔界から姿を消してしまった。

 以来いつまで経っても彼は帰らず、悶々とした日々をずっと過ごしていればアリスからの連絡である。

 魔界に連れ戻す。そして、魔界に繋ぎとめる。それが神綺の目的だった。

 

 男も別に魔界に嫌気が差して去ったわけではないが、単に戻る理由が無かっただけでもある。わざわざ神綺から迎えが来たとなれば再び魔界に戻っても良かったのかもしれないが、今となっては男には紫の理想郷を見届けるという約束がある。

 それを伝えようにも、今の神綺の前に男が姿を現せば、十中八九有無を言わさずに拉致されるだろう。そしてそうなれば今度はそう簡単に魔界からは出られない。男にもそれくらいの想像はついた。

 

 今の事情はアリスから口伝に伝えてもられば良いだろう。直接顔を合わせるのはもう少し先でもいいはずだ。そう考えてこの場を去ろうとしたとき。

 

「おひさ」

「ッ」

 

 静かに踵を返す男の前に、赤髪の女がスイッチを切り替えて電球が点灯するかのような突拍子の無さで現れた。

 驚愕によって思わず出掛けた声を呑みこみつつ、相手に返事を寄越す前に男は『銀のタリスマン』を使用し、背の低い若木へと変身した。

 

 このタリスマンには『擬態』の魔法が込められている。使用することで、その場に溶け込む何らかのオブジェクトに姿を変えることができる。

 

「おぉ。相変わらず色々できるのねー」 

 

 赤い髪の女が感嘆の声を上げる。 

 声を上げてもすぐに神綺と純孤に気づかれるような距離ではないし、『幻肢の指輪』の効果が発揮される距離でもあるから問題は無かっただろうが、男は万が一に備えた。

 この状態でなら会話を交わしている最中に向こうに気づかれても誤魔化しが効くだろう。

 男は『擬態』の光の衣が解れないように細心の注意を払いながら『静かに眠る竜印の指輪』を外し、目の前の女に声を掛ける。

 

「……ヘカーティア、お前、今は地獄の女神だって話だろう。わざわざ地上に何の用だよ」

「たった今地球の地上の神になったわ。それに、私は割とどこにもでもいるわよ?」

 

 男と女は古い友人であった。その付き合いは古く、男がこの世界に来てから初めに知り合ったのがこのヘカーティアという女神である。

 黒いTシャツに三色のスカート、そして月と地球と、赤い何かの星。その三つの小さな天体を鎖で繋いで従えていた。

 ヘカーティアはその内の一つ、地球に酷似した球体を巨大化させてその上に腰かけ、悠々自適に浮遊している。

 今この場には木に話しかける地球に座った女というすっとんきょうな光景が出来上がっていた。

 

「悪いがご覧の通り身を潜めてるんだ。雑談は後にしてくれ」

「まあまあ、そう言わないで。というのも、実は魔界の創造神が急に魔界を飛び出しちゃってね? 一応魔界の地獄の面倒も見てるから私も無関係ではいられなくって、今探してるんだけど」

 

 月に肘をかけたヘカーティアが言葉を途中で止め、離れた場所で会話している二人を一瞥する。

 

「案の定、貴方のとこにいたようね」

「おう。……そのまま魔界まで連れ戻してくれると助かる」

「その為に来たんだし、それくらいはお安い御用よ。何より昔の恩だってまだ返しきれてないもの」

 

 恩。いかにもヘカーティアは過去男に大きく世話になったことがあった。

 それは遥か昔、神々の時代の話。

 

 日本とは異なる古代ギリシアの地にて、神々と巨人族との間に大規模な戦争があった。

 ヘカーティアはその戦に参戦した神々のうちの一柱である。

 

 "巨人には神の力が通じない。人間の力を借りねば勝利は手に入らないだろう"

 戦が始まる前にそのような予言がありそれを聞いたギリシアの最高神ゼウスは人との間に半人半神の子供を設け、それを戦の備えとした。

 一方のヘカーティアは独自の交友関係から一人の友人を頼り、三つの体を持つ彼女は男に三つの指輪と二本の刀剣を借り受けた。

 

 三つの指輪は『三匹の竜の指輪』だった。

 竜印の封蝋が施されたこの指輪は一匹目から三匹目まであり、どれか一つでも装備すれば全ての身体能力を脅威的に跳ね上げ、竜をその身に降ろしたかのような剛力を宿すことができる。

 そして、二振りの剣とは『ストームルーラー』のこと。

 刀身が半ばから失われた鈍色の剣。それは天を割き雲を斬る巨人殺しの力を秘めた、嵐を支配する霊剣であった。

 霊験あらたかな神器だが、この剣は二つある。その両方を男は所持していた。

 

 これらの強力無比な装備と自前の地獄の灯火を携えヘカーティアは巨人戦争ギガントマキアへと赴いた。

 その結果、ヘカーティアがどのような活躍をしたのか男は知らない。しかしどうやら相当に暴れたようで、以来彼女は嵐の神、そして竜の神として祀られ始めたようだ。男はそれを後日『三匹の竜の指輪』を全て壊してしまい泣きながら謝罪しに来たヘカーティアから知った。

 

 大きく省いたが、ヘカーティアの言う恩とはおおよそそのような内容だった。

 

「神綺ちゃんと話してるもう一人は誰かしら?」

「知らん。よく分からんが月の連中を相当憎んでるみたいだぜ」 

「そうなの? そしたら私、あの子と結構気が合うかも。ともあれ、あとのことは月の私に引き継ぐわねー」

「何?」

 

 そう言うとヘカーティアは純孤らの元へとぴゅーっと飛んでいき、会話に混ざっていった。あの調子なら上手い事誤魔化して神綺と純孤を引き受けてくれるだろう、恐らく。

 のちのち結託して襲い掛かってきたりとかは無いはずだ。

 

 そう考えている内、また唐突に女性が目の前に現れる。その姿はヘカーティアと瓜二つ。けれども、髪色だけが異なり、それは煌めく金色であった。

 

「阿ェTeu膿Reシヰ倭」

「……あいつ、よりにもよって満月の夜に月のを残していきやがった」

 

 眩しい笑顔を浮かべるヘカーティアの言葉は、解読不能だった。

 

 ヘカーティア・ラピスラズリは三つの身体を持つ神であり、過去と現在と未来、海洋と山林と天空、あるいは天界と地上と冥界など。三つの姿、三相を持つあらゆる事象を司る神である

 ギリシア神話の女神として知られるものの、その実ギリシア神話の成立よりも遥か古くから名前の語り継がれる古の女神である。

 彼女の伝来はひたすらに古く、原始の時代から篤く信仰されていたという。

 

 目に見えるものを存在せぬと断じれる者が果たしてどれだけいるだろうか。

 木から林檎が落ちることに疑問を持つ者などいない。空を巡る月がこの星から離れていくことなど誰も想像しない。

 人は得てして、見えざるとも及ぶ力に神の面影を見出すものだ。

 

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 重力の具象化した存在。引力の神にして星を繋ぎとめる者。

 

 ヘカーティア・ラピスラズリ。

 世界最古の大女神が一柱であった。

 

 彼女は三つの身体を持ち、それぞれが異なる性格、能力、肉体を持っており、また同時に存在している。

 

 青いヘカーティアは地球のヘカーティア。母なる海のように優しく寛容で慈悲深い。

 黄色いヘカーティアは月のヘカーティア。煌めく月のように天真爛漫で無邪気で狂気的。

 赤いヘカーティアは異界のヘカーティア。よくわからない。気さくで泣き虫。一番付き合いやすい。

 

 男のそれぞれの印象はそのような感じだ。特に黄色い月のヘカーティアに関しては狂気の象徴たる月を司るためか、月の満ち欠けによって狂気の深度が変動し、会話できるかどうかが左右される。

 今日のような曇りない満月の夜にはかなり深刻だ。なぜ地球のヘカーティアを寄越してくれなかったのかとも思ったが、やはり地球の地獄は他と比べて忙しいのだろうか。

 せっかく協力してくれるのだから、そこまで文句は付けられまい。

 

「世ッKAク惰過羅t亞クさnO爬なsi嗣まシyo?」

「マジで意味わからねぇ」

 

 どうやらこのまま森を抜ける為の道案内をしてもらえるようだが、彼女との会話には相応に骨が折れることが予想された。

 

 

 




 東方最強あらため、インフレおねーさんのヘカーティアでした。
 みんなでバレーボールとかスイカとかのサイズの背比べしてきゃっきゃして遊んでいるところに突然転がって来た木星がヘカーティアです。アホか。

 このヘカーティアとかいう神、元ネタを辿っていくと古代アナトリア、小アジアで信仰のあった大地母神やら三相の女神が源流、原点。すると紀元前七千年紀とかになってくるんですけど、伝えられる神話の記述で数万歳という神さまは数いれど、伝承そのものが原始時代に始まっている稀有な神様です。
 ヘカーティアに関してはたぶん全てを習合したというよりは分化前の原典、オリジナルという印象でしょうか。

 のちに零落した形でギリシア神話の中に組み込んでるのに土着の人気が強すぎて一介の地獄の侍女のはずが妙にエピソード多いしゼウスや戦神のアテナ差し置いて巨人ぶっ殺してるし、あまつさえ人気過ぎてギリシャ神話が廃れ物語としてしか扱われなくなった時代のおいても信仰が陰らず、現代においてもなお世界的に篤く信仰され続けているというグレイトフルな神様。
 
要するに立川のパンチとロン毛と気兼ねなく談笑できるくらいの神さまってことですね。

 あとヘカーティアの元ネタとされるヘカテーを始めとした神々のどこをひっくり返しても"引力の神"なんて記述は見つかりません。(作者のガバ調べ)
 星を鎖で繋ぐ姿やスペカ名から生まれた二次創作ですね。
 まあルーミアだって空亡とは無関係だし今更だなガハハ!
 
 ただ、もし本当にヘカーティアが引力の女神だとすれば、空を浮く能力を持つ霊夢は東方最強に対するジョーカーになりえますね。なにそれ胸アツ。

 ところでギリシア神話の女神さまって何かと嫉妬深いですよね。
 いいと思います。

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