今も尚、爆発的に跳ね上がり続けているジャンヌ・オルタの暴力的なまでの魔力と力の気配に星崎望幸は決して臆することなく、彼女を対面する。
「ああ、そうだとも。お前の言う通り切り札ならある。故に──」
置換呪術を行使したことにより望幸の両手に聖杯と彼が作りあげた身代わりの人形が顕現する。無論、その手に持つ聖杯はジャンヌ・オルタが今手に持っている聖杯などではなく、彼等が最初の特異点で手に入れた大聖杯そのものだった。
「──数ある切り札の一つを見せてやろうじゃないか。なあ、ジャンヌ・オルタ?」
瞬間、普段の望幸からは考えられぬほどの殺意が迸る。それは彼より圧倒的に強いはずのジャンヌ・オルタですら全身が総毛立つ程の殺意の奔流だった。
彼は一体何をするつもりなのか──?
誰しもが疑問を深める中、2つの聖杯が揃ったことにより奇跡的に空間が安定したのか、立香達とカルデアの通信が繋がった。
『よかった、繋がった! マシュ、立香ちゃん、望幸くん生きてるかい!?』
「ドクター!」
慌てたようなロマニの声。それだけでカルデアでも異常事態が起きたのが容易く察せられる。
『ごめん、色々と言いたいことはあるけれど手短に言うよ。どうやってかは分からないけど君達のところに回収したはずの大聖杯が転移させられた!』
焦燥した様子でそう言うロマニ。それがどれだけ不味いことなのか、そして同時にどれだけ異常な出来事なのかを魔術に触れてまだ日の浅い立香は真に理解することは出来なかった。
故に彼女は今起きていることをありのままに伝えた。
「それなら望幸が今手に持ってるけど……」
『どうやって!?』
「えっと、置換……魔術? っていうのを使ったんじゃないの?」
『ありえない! そんなことが有り得ていいはずがない! だって、今はレイシフト中だぞ!?』
魔術について詳しいロマニだからこそ、望幸が成し遂げた異常性に気がついた。また、それ故に激しく混乱し始める。それもそうだろう、確かに置換魔術というものは手元のものを入れ替えて遠くから物を引っ張ってくることは出来る。
ああ、だがしかし──
『君達は今過去に逆行しているんだぞ!? それを現代のカルデアから引っ張り出してくるなんてそれこそ魔法に──いや、単独でレイシフト出来るほどの力量がなければ不可能だ!』
正しくそれはロマニの言う通りだった。
レイシフトによって過去に逆行している望幸が、仮に何かのアイテムをカルデアから引き寄せるにはカルデアのレイシフトと同じ様な事をしなければならない。だが、そのレイシフトは数多の魔術師や優れた技術家がいて漸く成り立つ魔術だ。それも場合によっては失敗する可能性も多分に含む。
だと言うのに彼は単独でそれを成し遂げた。詰まるところ──
──彼は単独でレイシフト出来るという事に他ならない。
それは有り得ていいことではない。現代の一介の魔術師にしか過ぎない彼がそんな偉業を成し遂げていいわけが無いのだ。
その事実に混乱するロマニを他所に珍しく焦った様子のダ・ヴィンチに通信が切り替わった。
『立香ちゃん聞きたいんだけど望幸くんは大聖杯の他に何を持ってる!?』
「えと人形……?」
『ああっクソっ! 悪い予感が的中してしまった! 彼があの人形を新しく作成していたところを見ていたというのに、あの人形の持つ効果を知っていたというのに!』
ダ・ヴィンチは激しく後悔する。何故なら彼はその聡明なる頭脳で気づいてしまったのだ。もはやカルデアの計測器では碌に観測できなくなったジャンヌ・オルタという特級の怪物相手に全員が疲弊しているこの絶望的な状況下で彼が、望幸がその絶望を覆す為にイカれた行動をしようとしていることに。
『立香ちゃん今すぐ望幸くんを止めるんだ! なんだっていい! 殴ってでも彼がしようとしていることを妨害するんだ! 放っておけば彼は──』
ダ・ヴィンチだけが気がつくことが出来た。やってしまえばもう二度と取り返しのつかないことになることを。そしてそれを立香達に伝える前に──
「──術式起動『肉体置換』」
──望幸が術式を起動させてしまった。
『──人として破綻してしまう!』
次瞬、彼の手に持っていた大聖杯がどす黒い光となり、その光の粒子が彼の心臓へと吸い込まれる。そして次に起きたのは彼の手に持つ人形が木っ端微塵に弾け飛んだ。まるでその様は望幸が本来辿るべき結末を肩代わりしたようだった。
そして異変はそれだけに収まらない。彼の澄んだ蒼い空のような美しかった蒼い虹彩は血と臓物をぶちまけたような極彩色の赤に変わり、白かった強膜は光すら反射しないほどの闇のような黒に染まる。
それと同時に一瞬にして莫大な魔力を注ぎ込まれた彼の魔術回路が暴走する。全身の至る所に赤い紋様が走り、まるでその回路はどこか歪な魔術陣のような形を取っていく。
そして聖杯が本来持っていたそれ一つで特異点を作り上げるほどの膨大な魔力が、星崎望幸という存在に牙を剥く。
コップが大海を収めきれないように、無理に入れてしまえば器に罅が入り、砕けてしまうように、彼の肉体の至る所が拉げ、捻じ曲がり、断裂し、砕かれる。辺りに夥しい血をぶちまけながらも彼は苦悶の声一つ漏らさない。それどころか逆に彼の暴走する魔術回路を掌握し始め、全身に作り出される傷をその聖杯の魔力を使った治癒魔術で強引に治していく。だが、その程度で聖杯の魔力が収まりきる訳がなく、治した傍から彼の肉体が弾け始める。
──故に彼は更なる魔術の行使を行う。
「──術式起動『魂魄置換』並びに再度『肉体置換』」
彼が今やっている事はジャンヌ・オルタがやった自己変生そのものだ。彼女は聖杯の力と自身のスキルである自己改造を用いてファヴニールという完全なる竜種を取り込み新たに自己変生した。
それと同じように彼がやっているのは大聖杯そのものを取り込み、その力と彼の本領である呪術が最も得意とする肉体を素材にして組みかえるという事象で新しく
聖杯の魔力に耐えられないのであれば耐えられるように作り替えてしまえばいい、魂が砕かれるというのであればその魂を補強してしまえばいいと、とち狂った理論でそれを実行する。
「やめろ望幸! そんな事をすれば貴様は死んでしまうんだぞ!?」
失敗すれば当然の事だが死んでしまう。当たり前の事実に彼のサーヴァントであるアルトリア・オルタは止めにかかる。だが──
「クソッ! 頼む、やめてくれ! もう貴様を、あなたを失いたくないんだ! あの時のような絶望を私は味わいたくない!」
──彼の周囲に渦巻く膨大な魔力が障壁となり、アルトリア・オルタを近づけさせない。
アルトリア・オルタは必死に、狂乱したように発生した魔力障壁に向けて聖剣を振るう。だが、悲しいことに傷の一つも付けることが出来ない。そしてまた、アルトリア・オルタの悲痛な叫びも今の望幸に届くことは決してなかった。
「ジャンヌ・オルタはそれを成し遂げた。ならば俺に出来ない道理は無い」
あいつに出来たのなら俺にもできるのだと巫山戯た理論を掲げながら人の身では聖杯の欠片を取り込むことですら死に値するというのに彼はそれを丸ごと取り込み続ける。問題が起きた部位からその都度修正し、再度作り直す。
そんな無数の自己変生と共に遂に彼は
「これで同じ土俵だぞジャンヌ・オルタ」
そう言って望幸はその身からもう一つの特異点とも錯覚させる程の強大な魔力を滾らせ、ジャンヌ・オルタの方へと歩み寄る。
迸る闘志と殺意を抑えもせずにジャンヌ・オルタと対峙する。そしてまた、それを浴びたジャンヌ・オルタも歪な笑みを浮かべ望幸と同じように莫大な闘志と殺意をぶつけ合う。
「さあ、私を倒してみろ。望幸ィィイッ──!」
次瞬、轟き荒ぶ開戦の号砲──己の悲願を叶えんと謳いあげながら黒剣を振るうジャンヌ・オルタに、望幸は粛然と己の獲物である二振りの剣を抜き放つ。
「ァァアアア、ハハハハハハ───!」
激突する両者の剣が絶大な衝撃波を発生させる。その余波だけで薄氷が割れるように砕け散る大地と空間。全身から煉獄の炎を振り撒いて、喜悦と狂気に歪んだ大哄笑をジャンヌ・オルタは上げる。
撒き散らされる煉獄の炎は次第に無数の黒剣へと変貌していく。玉藻と戦った際の出力さえ、有り得ないほどの速度で一秒ごとに超え続ける。
常に進化し続けることによって発生する全身を駆け巡る万能感。
それがジャンヌ・オルタの脳髄を蕩かす。滂沱の涙を流してしまいそうな程の溢れ出す感動に包まれながらも、上空へとノーモーションで転移し、当たり前のように空間に立つ望幸を見上げる。
彼は己の腕を敢えて中途半端にテクスチャの狭間に置換する。それによって本来ならば有り得てはいけない事象が起きることにより、彼の腕から破壊の振動が引き起こり始める。
増幅と反発、それを毎秒数百万と馬鹿げた回数で繰り返し、あまつさえその振動を束ねるという物理法則を無視した技を発動させた。
地震のエネルギー量に匹敵する無色の破壊光がジャンヌ・オルタを粉砕せんと迫り、彼女もまた全力以上の全力を魂を燃やして絞り出し、大地を砕いて空へと飛翔する。
「いい、いい、いい、いい! 最高じゃない! 私はこんな夢の様なことを求めていたのよ!」
放たれるは数千を超える黒剣弾雨と直径にして100mは優に超える極大の煉獄の火球。対象を穴だらけにした上で更に灰すら残らず焼き尽くす気なのか。ソドムとゴモラの破壊に等しい暴虐の具現の前に、逃れる場所など存在しない。
否、回避が出来たところで避けてしまえば後ろにいる立香達を巻き込んでしまう。何せ今の彼女の放つ攻撃はそれ一つ一つが大軍規模の威力を誇る。
故に、避けるなど愚策も愚策。
真っ向から消し飛ばすのみと彼も魂を轟と燃やし始める。
「消し潰す──!」
空間をも揺るがす大激震──増幅と反発を繰り続けた果てに放たれる魔震が、数千を超える飽和攻撃を真っ向から消滅させたが、代償として片腕が消失する。だが止まらない。腕の消失による痛苦なぞ微塵も感じず、溢れ出る大聖杯の魔力で消失した腕を補完する。
加えてもはや千里眼じみた観察眼で立香達と自分に直撃する黒剣のみを見抜き、無駄なくそれらを消滅させながら前へ前へと突き進む。彼の進撃は止まらない。
そして焼き尽くさんと空から墜ちてくる煉獄の火球を彼はたった一刀のもとに斬り捨て消滅させた。
──実体なきものが斬れぬと?
笑わせるな、斬れぬと思うから斬れんのだ。そこに実在するというのであれば森羅万象総じて斬れるのだと彼は信じて疑わず。そしてまたその馬鹿げた思考が彼という存在の格を爆発的に跳ね上げ続ける。
まるで慣れているかのように実体なきものを斬り伏せ、超高速でジャンヌ・オルタに向けて疾走する。
そして再度激突するジャンヌ・オルタと望幸。
力に技に経験、執念。あらゆる要素を総動員させ戦闘力をぶつけ合い、破綻者達は火花を散らして殺意と殺意を応酬させる。
「ハハハハッ──! やるじゃない! 炎を斬って消滅させるなんてあんたイカれてるんじゃないの!?」
「お前が言うなよジャンヌ・オルタ」
繰り返してきた世界の中であのような攻撃は何度もあった。そしてその度に何度も死に絶えながら知恵を振り絞り、最終的には踏み潰したのが彼という存在だ。積み重ねてきた戦闘経験の密度が違う、質が違う、桁が違う。
例えジャンヌ・オルタが彼と同じ鉄火場を経験しようとも、サーヴァント、更にいえばビーストやハイサーヴァントなどの格上達と死闘を演じた経験値だけはどう足掻いても敵わない。
己の願いの為に世界を幾度もやり直して駆け抜け続けた彼の歴史と研鑽は、どれだけ摩耗しても劣化する事など何一つとして有り得はしない。
寧ろこの戦いも己の糧とし、爆発的に膨れ上がり続けるジャンヌ・オルタという存在に凄まじい速度で追いすがり始める。
そしてまた其れを斬り結ぶことでジャンヌ・オルタは理解し、それが嬉しくて堪らない。斬り結んで、破壊の振動を纏う刀で血肉を抉られ、煉獄の炎で灼きながら歓喜に縺れる舌を動かす。
「ああ、そうよね。あんたはそう言う存在だもの」
一度そうだと決めたら全てを捩じ伏せてでも邁進する彼の瞳の輝きがジャンヌ・オルタという存在を一心に映し続ける事に喜悦が止まらない。
「けど今は、今だけは私だけを映しなさい。決して余所見なんてさせないんだから──!」
「戯けた事を抜かすなよ」
狂喜に乱れるジャンヌ・オルタを冷ややかに見つめながら、然れど彼女の言うとおり彼女だけをその瞳に映し続けて彼は得物を殺意を以て振るう。
だがそれはジャンヌ・オルタの狂喜に溢れる狂乱に火を注ぐ。焦がれに焦がれた存在から敵意と殺意、そして薄らと彼の中で揺らぐ反吐の出るような慈愛を機敏に感じ取り、ジャンヌ・オルタの内に存在する憎悪の炎が更に莫大な勢いで膨れ上がる。
「ハハハハッ──!」
猛り狂った狂笑を上げながらジャンヌ・オルタの振るう剣速はもはや捉えることすら出来ぬ領域にまで到達しはじめる。振るう剣速に音が追いついて来られず、遅れて響き渡り続けるほどの速度。
──だというのに彼はその全てを的確に撃ち落とし、更には反撃だと二振りの剣を空に走らせ、ジャンヌ・オルタの血肉を抉り、滾る生命を削ぎ落とす。それによってジャンヌ・オルタから溢れ出した血が彼を濡らしていく。
無論、ジャンヌ・オルタとてやられっぱなしな訳でもなく、跳ね上がり続ける彼の力に応じて出力を上昇させる。彼女の生来の負けん気の強さのみで壁を軽く超えてみせるが、今回ばかりは相手が最悪だった。
何せ相手は彼──ジャンヌ・オルタが焦がれてやまない存在にしてどうしようもない破綻者だ。
同じことが出来ない道理はなく、それどころかジャンヌ・オルタが壁を一つ超える度に彼は当たり前のように二段、三段飛ばしで壁を乗り越えていく。それ故にジャンヌ・オルタと彼の力量の差はいつ抜かれても可笑しくない状況に陥っていた。
力には力で、技には技で。切り札を新たに生み出せば、彼はそれは知っているぞと言わんばかりに即座に対応した上にそれを起爆剤として更なる領域へと駆け上がり続ける。それに加えて彼の膨大な戦闘経験が幅を利かせているからこそ、ジャンヌ・オルタが押され始めているのだ。
神造兵器を余りに長く保有しすぎたがために女神に成り果てた者との死闘。並びに、神霊に匹敵する存在を無数に相手取りなおかつその親玉であるビーストとの殺し合い。これに加えて様々な強者達と戦いに戦い続けた。そのどれもが容易だったことはなく、だからこそ経験としては極上だ。何かを成すと決めた彼がそんなものを無駄にするはずがない。
故に彼という存在が格上との殺し合いに長けているのは、そういう事に他ならない。
対して、ジャンヌ・オルタは英霊になって日が浅い。英霊として座に登録された彼女が経験を積むにはあまりにも時間が足りない。無論、彼と共に数多の死線や修羅場を潜り抜けては来たが、それは当然の事ながら彼にとっての一部でしかない。
そして何よりも彼女がこの力を手にしたのが今回が初だと言うこと。いくらか調整はしてみたが、それでも未だに扱いきれない。故に彼女にとって最も足りない時間という点が、彼という存在の後塵を拝する結果に繋がっているのだ。
けど、しかし──それがなんだと言う?
「その程度で私が諦めるかァァッ──!」
関係ないしどうでもいい。だって今、求めた夢が叶っているのだ。神なぞクソ喰らえと唾を吐くジャンヌ・オルタだが、それでも確かに奇跡は此処にあると信じて疑わない。
願って願って願って願って、狂おしいほど求め続けて、追いかけ続けて掴み取った奇跡の一瞬がこれなのだと理解している。協力してくれたサーヴァント達の想いを無駄にしないためにも、その程度のことで諦めて無駄にしていいはずがない。
たとえ何かの間違いだとしても、願いに願ったこの大願が成就すると言うのならばどんな地獄でも喜んで突き進もう。
「そうよ、今こそ──」
やるべき事はたった一つ。
「長い旅路に終止符を打ってみせる。私があんたの全てを終わらせてやるんだッ!」
己が魂へ刻み込まんとする宣誓と共に、彼女の内に潜む邪竜の力と彼女が所持している聖杯が共鳴し合う。
鳴動する大気、空間すら歪ませる程の熱量を誇る煉獄の炎が波打ち流動し始めた。加えてその炎に溶け合うように猛毒が混ざり始める。赤く赤く燃え盛っていた炎はいっその事幻想的なまでに美しい
彼はその様を見て、呆れ、嘆息し、同時に赤く染まった瞳を万華鏡のような煌びやかなものへと変化させ、滅尽の意志でその瞳を染め上げる。
「離れておいてくれ立香。どうせ碌なものじゃない」
まるでこれから先に起こる事象を知っているかのような口振りで、2人が激突する前にジークフリート達によって待避させられていた立香に対して更に離れろと告げて彼は決着をつけるべくジャンヌ・オルタの方へと踏み出した。
己の目的の邪魔となる一切合切全てを根こそぎ踏み潰すべく。
「「行くぞォォッ──!」」
激突する臨界点を遥かに超えた言葉に出来ぬほどの激情。
そして第一特異点の竜の魔女──ジャンヌ・オルタの本領がついにその牙を剥き始めた。
トンチキにはトンチキをぶつけんだよ!
伏線回収できたり、新たに撒けたりできたので僕、満足!(一本満足バー)
ちなみにホモくんが今回何をやったかと言うと自分の心臓に大聖杯を溶け込ませて生きる魔術炉心に変化させて、溢れる魔力を使って肉体と魂をその魔力に耐えきれるようにひとでなしとなりました。尚、大聖杯は過去に汚染されていたものとします。
次回で終わるといいなあ……って感じ。
なんでこんなトンチキ合戦してるんだろうとか思いつつこれにて失踪させていただきます。