突如として現れた巨大な魔猪。
仲間であるはずの異形ごと踏み潰しながらこちらへ──より正確に言うのならば望幸の方へと悠然と歩みを進める。
残された右目には純然たる殺意と憤怒の意思を輝かせながらそれでも突っ込んでこないのは彼のそばに居る存在があったからだ。
「さて、どう殺るかね」
クーフーリンはその紅の瞳をスっと細めて眼前の敵を見据える。
怪物狩りなど飽きるくらいにしてきた。どれだけ強かろうが、どれだけ恐ろしかろうが彼にとっては一切合切関係がない。
──敵ならば殺す。
凍土のように冷たい鏖殺の意思だけを纏って槍を構えながらも自身のマスターである立香とそしてその横にいる血塗れの望幸をその視界に入れる。
「立香、怪我はないか?」
「ちょっと擦り傷があるだけだよ。このくらい大丈夫!」
「ん、そうか。だが治せるものは今の内に治しておくべきだ」
そう言って彼は魔術を行使する。ほんの一瞬浮かび上がる魔術陣をクーフーリンは決して見逃すことは無かった。
(……やっぱり、か)
魔術師としてのクラス適性を持つクーフーリンは気付くことが出来た。彼が扱う魔術はかなり巧妙に偽装されてはいるが、それでもルーン魔術を修めているクーフーリンを誤魔化しきることは出来なかったのだ。
(ありゃあ
彼が治癒魔術を使っているところは見たことがある。だが、今回立香に使用された魔術はそれではなかった。
クーフーリンの脳裏に過ぎるのは彼が得意としている置換魔術。先程の魔術で当てはまるのならばそれしかないのだが、クーフーリンは己の知識の中にある置換魔術とは大きく異なっていることに気がついていた。
(スカサハなら分かるかもしれねえが……)
自身の師ならば彼が何の魔術を行使しているのか理解することが出来ただろうが、クーフーリンには彼が今扱った魔術は自身のどの知識にも当てはまらない異常極まる魔術という事くらいしかわからなかった。
──しかしまァ……。
彼奴は随分と立香には甘いものだと思う。それほど彼にとって立香が大事ということなのか。まあ、どちらにせよやる事は変わらない。
「楽しい楽しい怪物狩りの時間だ」
そう呟いて──その言葉ごとクーフーリンは残像を残すほどの速度で魔猪へ肉薄する。
一瞬で間を詰めたクーフーリンは朱き魔槍を魔猪の足首の腱を切断すべく空を裂きながら振るう。
だが、魔猪の分厚い毛皮とそしてその身に纏う魔力が生み出した壁のようなものによりギシリという鈍い音を立てて止められてしまった。
「ほお……」
小手調べではあったがそれでもそこいらにいる異形程度ならば簡単に斬り殺せる威力だった。だが、この魔猪はどうやら想像以上に硬いということが分かった。それもルーンを使わなければまともな傷は付けられないようなものなのだと。
対して攻撃を食らった魔猪はクーフーリンをまるで鬱陶しい虫をみるかのような目で見下すとその巨大な足を振り上げて勢いよく踏みつけを行った。
轟音と共に揺れる大地。
蜘蛛の巣状に大きく陥没した大地が先程の一撃がどれほどの威力だったのかを物語っていた。
「ハッ、随分と楽しめそうだ」
足が振り下ろされる時点で既に攻撃範囲内から離脱していたクーフーリンはその手に持つ魔槍に朱き魔力を迸らせて獰猛に嗤う。
クーフーリンは空にルーン文字を描く。其れが示すは野牛。即ち野牛の如き力強さと勇猛さを術者に与える自己強化に属するルーン魔術であった。
「──行くぜ」
そう呟いた瞬間、朱い残光が大地を駆けた。
大地が抉れる程に力強く踏み込んだクーフーリンは正しく最速の英霊の名に違わない速度で魔猪へと肉薄する。その速度はあまりにも速く魔猪では全く目で追うことが出来なかった。
凄まじい速度で接近し、先程は攻撃が通らなかった場所へ再度槍を振るう。
風ごと抉り抜く様な速度で放たれた槍の一撃は容易く魔力の壁を突破し、その下にある毛皮を切り裂いて血肉を削り取る。
「▅▅▂▂▅▅▂▅!?」
突如身体に迸る痛みに魔猪を絶叫をあげる。鼓膜が破れそうなほどの大音量で叫ぶ魔猪に流石のクーフーリンもその端正な顔を歪める。
そしてその隙を狙ったかのように魔猪は足を振り上げるとクーフーリン目掛けて情けも容赦もなく鉄槌の如く足を振り落とした。
先程とは比較にならない程の巨大なクレーターが出来上がる。巻き込まれた異形達は地面を赤く彩る塗料と成り果てた。
「クーフーリン!」
さすがのクーフーリンでもあんな一撃を食らってしまえばと最悪な想像が浮かんだ立香の悲鳴が辺りに響く。
「心配すんなマスター。この程度の奴に殺られる俺じゃねえ!」
空高く跳び上がったクーフーリンはまるで朱き流星の如く朱い魔力の残光を残しながら魔猪の脳天目掛けて強襲を仕掛ける。
激突と共に轟音が鳴り響く。呪いの朱槍がバチバチと火花を撒き散らしながら魔猪の魔力の壁の中でも一層分厚い頭部の壁に少しずつ食い破っていく。
「▅▅▂▅▅!!!」
魔猪は負けずに己が頭部に魔力を集中させて防御を固める。
──だがそれは間違いなく悪手でしかなかった。
「アルトリア」
望幸がそう呼べば既にアルトリアは己が聖剣に馬鹿げた規模の魔力を収束させていた。そしてジェット機の様な速度で大地を踏み砕きながら魔猪の横っ腹に肉薄する。
それに気がついた魔猪は急いで魔力を回して防御を固めようとはするが、頭部で槍を突き立てるクーフーリンがそれをやらせはしない。
魔力の壁がほんの少し薄くなった瞬間、それを見抜いたクーフーリンが更に強く槍を突き立てる。ビシビシとまるでガラスに罅が入るような音を鳴らしながら肉を抉りとらんとジワジワと迫り来る。
──間違いなく詰みだ。
馬鹿げた威力を誇るアルトリア・オルタの攻撃を何の防御もなしに受ければ容易くその身を滅ぼされることは間違いないし、かと言ってアルトリア・オルタの攻撃の防御に魔力を回せば脆弱になった魔力の壁をクーフーリンは突破し、その頭蓋に呪いの朱槍を突き立てることは間違いない。
これで終わりだと誰かがそう思った瞬間──
「クーフーリン! アルトリア! 上だッ!」
望幸の焦ったような声が響いた。
『不味いぞ!? 上空から高魔力反応だ!』
続けてロマニが、いやカルデアの職員全員から焦った声が聞こえてきた。
『皆、急いでその場から離れて! あんな……あんなもの当たってしまえば塵一つ残らず消滅させられてしまう!』
その言葉に立香達は空を見上げて絶句した。
「嘘……」
「あ、れは……」
空から堕ちてきたのは魔術の素人の立香にすら分かるほどの破滅的な迄の魔力が込められた破壊の奔流であった。
それもこの特異点に来て最初に見たものとはまるでに比較にならない程に巫山戯た魔力量と規模の攻撃だ。30mは優に超える魔猪がまるで米粒のようだ。
カルデアの職員の誰かが逃げてと言ったが、そんなもの無理だろう。今から逃げたとてあれから逃げ切れるわけが無い。
ローマ兵にも異形にも誰も彼もに等しく絶望が襲いかかる。
誰かがもう終わりだと呟いてその手に持っていた武器を落とした。
異形達はパニックになったように散り散りに逃げ出し始めた。
「チィッ!」
それでもアルトリア・オルタとクーフーリンは決してその絶望に膝を折ることはなかった。
アルトリア・オルタはその聖剣の一撃を魔猪から空から堕ちる破壊の奔流へ向けて解き放ち、クーフーリンは其れをサポートするようにルーン魔術による支援をアルトリア・オルタに施す。
黒の極光が破壊の奔流とぶつかった瞬間、衝撃波がこの場にいる全員を襲った。
「先輩っ! 望幸さんっ! 私の後ろへ!」
マシュが二人を庇うために襲いかかる衝撃波に歯を食いしばって盾を構える。
ただの余波だけで大地は砕け、近くにある木々は全て薙ぎ倒された。人はまるで塵屑のように吹き飛ばされ、逃げ惑う異形達の中には衝撃波を近距離で食らったが為に身体を粉砕される者もいた。
無論、魔猪とて例外ではない。
ただの余波だけで魔力の壁がまるでクッキーの如く容易く砕け散り、分厚い毛皮と筋肉で覆われた天然の鎧はまるで紙切れのようにズタズタに引き裂かれた。
「────!!!」
悲鳴ごと押し潰される。今すぐこの場から逃げ出したいと本能は轟々と叫ぶが、体が言うことを聞かない。
そして魔猪すらもそんな状況なのであるからクーフーリンとアルトリア・オルタはもっと悲惨だ。
「ぐっ、ぅぅぅ……!」
アルトリア・オルタは身に纏っていた鎧が砕けていくのを実感しながらも決して魔力を込めるのを止めることはしなかった。
反動で体から血を吹き出しながらも決して威力を弱めることはしない。想像を絶する痛みが全身を襲っているというのにそれでもアルトリア・オルタの瞳からは決して光が消えることは無かった。
寧ろ更に益々輝き始め、それに呼応するかの如く黒き極光の威力を増大していく。
「ぐっ、がァ……!」
そしてそんな彼女をサポートするクーフーリンは彼女以上に傷が酷い。ルーン魔術による結界を張り続けて衝撃波からアルトリア・オルタを守り続けるが、それはあくまでアルトリア・オルタだけだ。
キャスタークラスではないクーフーリンでは自分も守れる規模の結界を作ればこの衝撃波の前では濡れた障子紙の如く容易く突き破られるだろうことは予想出来ていた。
だからこそクーフーリンはアルトリア・オルタにだけ結界を張ることで強度を高め、己の魔力を結界の維持に費やすことだけに集中していた。
故にクーフーリンは至近距離でその衝撃波を何の防御も施さずに喰らい続けていた。
全身が八つ裂きにされたような激痛を感じながらも今あれに対抗出来るのはアルトリア・オルタの宝具だけだと理解しているが故に捨て身の覚悟でサポートをする。
全身から血飛沫を撒き散らし、血反吐をブチ撒けても決して結界の維持を止めることは無い。朦朧とする意識の中でただの意志力のみで立ち続けている。
だが、無情にも破壊の奔流は徐々に徐々に黒の極光を呑み込み粉砕し始めた。
圧力が増し始める破壊の奔流は更に威力が膨れ上がっていく。そして遂には黒の極光を呑み込んで──
「ikisutuyz uodik」
何処からかノイズ混じりの言葉のような何かが辺りに響き渡った。
「え?」
呆けた声を上げたのは誰だったか。立香か、もしくはマシュか。はたまたこの場にいる誰もが上げたのかもしれない。
空から堕ちてきた破壊の奔流が突如として不自然な程に軌道を変えた。
どこに?
それはマシュ達の方へ──より正確に言うのならば星崎望幸の方へと明確な殺意を持って堕ちてきていた。
「マスター! 嬢ちゃん!」
「望幸ッ!」
アルトリアとクーフーリンの焦ったような声が聞こえるがその声はマシュの耳には届くことは無かった。
まずいまずいまずい──!
マシュは瞬間的に理解してしまった。自分ではあれをどう足掻いても防ぎ切る事が出来ないということに。だからと言って大切な二人を見捨てて逃げるのか?
──いいや、否だ。
そんな事するくらいなら死んだ方がマシだとマシュの心が、マシュに宿る英霊の力が声高々に叫びを上げる。
たとえこの身が滅びようとも絶対に先輩と望幸さんだけは守りきってみせると覚悟を決める。
「私が、私が絶対に守りきってみせます!」
ガゴンッと大きな音を立てて大盾を地面に突き刺して衝撃に備える。
空から堕ちてくる破壊の奔流はアルトリア・オルタの宝具を受けて多少なりとも勢いは弱まれど、それでも脅威であることには変わりはない。
「真名、偽装登録──」
全身に魔力を回せ。
どれだけ驚異的な力だろうが心を奮わせ続けろ。
絶対に二人を守るんだ。
「宝具、展開します……!」
空から迫る膨大な熱量を帯びた破壊の奔流。まともに受ければ滅びは必定。けれどもはや受け切るしか後ろの二人が助かる方法はないと知っているからこそマシュに撤退という二文字はない。
「
迎え撃つように展開される薄緑色の結界。マシュの守るという気持ちに呼応してより強固に、より堅牢な不可侵の盾として顕現する。
そして遂に破壊の奔流と不可侵の盾が激突した。
「ぐっ、ぅぅううう……!」
まるで隕石が衝突したような轟音を鳴り響かせながら破壊の奔流は薄緑色の結界を打ち砕かんと唸りを上げる。
そんな破壊の奔流にマシュは必死に対抗する。
大地が砕けんばかりに深く足を突き刺して一歩たりとも後退はせず、むしろ負けるものかと歯を食いしばって決して揺らぐことなき大樹の如く後ろにいる二人を守り続ける。
しかし、ああやはりと言うべきなのか。
徐々にではあるが、破壊の奔流が薄緑色の結界に少しずつ罅を入れ始めた。ビキビキと音を立てながらあと少しで砕けてしまう。
やっぱり私では駄目なのか。諦観がマシュの心を支配しようとしたその時──
「令呪を以て命ずる──負けないで、マシュ!」
「先、輩……」
立香の右手に刻まれた爛々と紅く輝く令呪がマシュに更なる力を与える。それは苛烈なものではなく、立香の人となりを表したかのような暖かな力だった。
後ろを振り向くと恐怖を感じているのか目尻に涙を浮かばせて身体を震わせながらも自分のことを信じてくれている先輩の姿とこんな状況でも相変わらずの無表情で、けれど何処か自分の事を心配しているかのような望幸さんがいた。
──ああ、私が今ここで負けたらこの二人まで一緒に死ぬことになってしまうのか。
そう思った瞬間、マシュの脳裏に誰かが映った。
『ギャラハッド、どうかアルトリアの事を頼む』
『マシュ、どうか立香を支えてあげてくれ』
ザリザリとまるでテレビの砂嵐のようにその人の顔は隠されていて見えはしないけれども、その人はとても大事な人だった。守りたかった人だった。一緒に生きたかった人だった。
そうだ──
「私は……私はっ、
マシュの折れかけていた心に火が灯る。そしてそれに呼応するかのように罅が入り、壊れかけだった薄緑色の結界がまるで時を巻き戻したかのように修復されていき、そしてほんの一瞬白亜の城壁のようなものが顕現した。
それを見た望幸はほんの少しだけ驚いたかのように目を見開くとその口元に優しげな笑みを浮かべ、マシュの背中に手を当てて魔力を供給し始めた。
「マシュ、俺は君を信じるよ」
「──はいっ!」
負けられない。そうだ、負けてたまるものか。あんな思いを抱くのは二度とごめんなのだから。だから今やるべきことはたったひとつ。
──私の大切な人達を死んでも守りきることだッ!
「ああぁぁああぁあぁああッッ!!!」
打ち砕かんと唸りを上げていた破壊の奔流がマシュの叫びと共により強固な守りへと変貌した結界に逆に押し込まれて始めた。
何もかもを破壊し尽くす力を押し返すことで逆に奔流そのものが破壊されていく。
あれほど巨大であった破壊の奔流はもはや見る影もなく痩せ細り、死を予感させる力はまるで感じられない。
そして遂に破壊の奔流は完全に消滅した。
後に残るはほんの少しの静寂と不可能と思われた二人を守りきるという偉業を成し遂げて荒く息を吐くマシュの姿だった。
「はあっ……はぁっ……!」
「──っ! マシュ!」
「わわっ! 先輩?」
そんなマシュに立香は勢いよく抱きついた。その胸に宿る様々な感情が荒ぶっているかのように立香はマシュをぎゅうっと強く抱き締める。
「私達を守ってくれてありがとう!」
「……ええ。先輩達を守れて本当によかっ──」
そう言葉を続けようとして──
『立香ちゃん! マシュ! 望幸くん! 急いでそこから離れて!』
ロマニの切羽詰まった声が聞こえた。
「え?」
そうしてマシュの口から漏れた言葉は空から再度堕ちてきたものに掻き消された。
「嘘……なんで……」
震える声でそう呟く立香だが現実はあまりにも無情だった。空から堕ちてきているのは先程と全く変わらない規模の破壊の奔流。
どうしようもない絶望が二人に襲いかかった。
気力も魔力も何もかもを絞り出したマシュではもはやあれをもう一度防ぎ切ることは不可能だ。アルトリア・オルタもクーフーリンも先程ので疲弊していて抑えきることは出来ないであろうことは想像に難く無い。
──もう終わりだ。
立香の心にその言葉が過って──
「大丈夫、今度は俺が守ってみせる」
──後ろから優しい声が聞こえた。
二人は振り返る事すら出来ずに誰かに後ろから触られると一瞬のうちに視界が切り替わり、何処か離れた場所へと転移されていた。
誰がやった?
そんなもの決まってる。
「望幸っ……!」
立香は急いで先程までいたであろう場所に目を向けるとそこにはホッとしたような笑みを浮かべて立香とマシュの事を見つめている彼の姿があった。
「望幸さん!」
マシュと立香は彼の下へ駆け出そうと手を伸ばして──彼は破壊の奔流に微笑を浮かべたまま飲み込まれた。
轟音と共に大地は底が見えないほどに抉られ、近くにいたものは全てが塵屑のように吹き飛ばされる。
「あ、ああ……」
声が出ない。
足に力が入らない。
自分が今どこに立っているのかも分からない。
立香とマシュの心の内がじわりじわりと絶望に満たされる。
守ると誓ったのに。
一緒に生きて帰ると約束したのに。
ボロボロと二人の瞳から大粒の涙が零れ始めて──
「立香、マシュ」
背後から聞こえた声に二人はバッと振り返った。
そこに立っていたのは間違いなく死んでしまったと思った星崎望幸だった。怪我のひとつもなく少しだけ居心地悪そうに此方を見つめている。
そんな彼に立香とマシュはまるで突撃するかのように勢いよく抱きついた。
「よかった……よかったよぉ……!」
「望幸さん……生きてて、本当に良かった……!」
痛いくらいに抱き締める二人に彼はまるで幼子をあやすかの様に頭を優しく撫でる。
「大丈夫、俺は
優しくそう呟きながらもその目はこちらに向かってくるアルトリア・オルタとクーフーリンへと向けられていた。
「おい、坊主。お前何をした?」
「あの魔猪に攻撃を仕掛けた時に刻印をついでに刻んでいたんだ。後はあの奔流に飲まれる前に位置を置換しただけだ」
結構ギリギリだったけどな。
そう言って苦笑する彼にクーフーリンは何とも言えない苦い表情をする。
(嘘は言っていねえだろうが……)
そう確かに彼は嘘をついていないとは思う。現に先程までいたはずの魔猪の姿は消えており、そこから彼が現れたのも実際に見た。
だから彼が言っているのは本当に正しい、はずなのだが……。
何なのだろうか、この胸に残る痼のようなものは。
「おい、怪我とかはしていないだろうな」
「ああ、大丈夫だよアルトリア。そうだろう? ドクター」
『えっ、ああうん。バイタルから見ても怪我はしていない……はずだ。でも──』
「ほら、まだ残党はいるからとっとと倒して皇帝陛下に良い報告をしに行こう」
そう言って彼はまた一人で残っている異形の下へと駆け出し始めたものだから慌ててアルトリア・オルタは後を追い、それにつられる様にマシュとクーフーリンも後を追う。
立香もまた後を追おうとして──不意に足元に虹色に光る何かが落ちていることに気がついた。
「……
しゃがんで拾い上げて見ればそれは粉々に砕け散った聖晶石の欠片のようなものにも見える。何でこんなものがこんな所にと思う立香だったが、離れていく皆の姿を見てポケットにその欠片を入れると慌てて走り出した。
そんな様子を見つめる黒いフードを被った何者かが愉しげな笑みを浮かべていた。
「フフフ、まずは第一工程完了ってところかな。器の再錬成も済んだことだし、次は……おっと、もう嗅ぎ付けて来たのか。
黒のフードを被った何者かは呆れたように苦笑して、その体が黒い靄に包まれる。そして黒い靄が晴れるとまるでそこには最初から誰もいなかったかのように姿が消えていた。
──その数瞬後、花弁が舞った。
目星に成功したけどアイデアに失敗した立香ちゃん(TRPG並感)
撒き散らされるガバの芽。殺意が高すぎる遊星の尖兵に裏方で何やら動いてるロクデナシの人でなし。
過去の因縁が太すぎるっピ!
そんなこんなで失踪します。