FGO主要キャラ全員生存縛りRTA(1部)   作:でち公

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ちょっと長いです。



繋ぐ想い

 ──実に厄介な事だ、とネロは内心舌打ちをした。

 

 ガリアへと凱旋し、遠征軍の将軍である荊軻と呂布との合流も無事果たせた。そしてステンノから聞き出した連合軍首都へ向けて進軍したところまでは良かった。

 

 問題はそこからだった。

 

 幾度となく化け物達から襲撃され、息つく暇もなく戦闘ばかりで将軍達はまだしも己の兵達は明らかに疲弊していた。

 

 化け物達は少数でしかやってこないとは言え、どんな時にだって現れては襲撃するのだ。化け物相手では容易く殺されてしまう一般兵達の気が休まらずに軍全体が非常に殺気立っていた。

 

 これならばまだ一気に大量の化け物達が襲いかかってきた方が幾分かマシというものだ。それに加えて雰囲気に当てられてか些か血の気の多いスパルタクスや呂布が興奮状態にある。

 

 仮にこの状況で敵を認識したのなら恐らく呂布とスパルタクスは殲滅するまで敵を追撃するだろう。

 

 連合軍の首都で彼等の力を発揮してもらおうと考えている為にそれは非常にまずい。ここで彼らが暴走して敵を深追いしてしまえばかなりの痛手だ。

 

 幸いなのは彼──星崎望幸の傍にいればあの二人も多少なりとも落ち着くところだろう。それでも気休め程度にしかなりはしないが……。

 

「厄介だな。敵は明らかに此方の特記戦力のことを認識しておる。それも性格までもだ」

 

 一体どこから情報を仕入れたのか。暴走しやすい彼等の闘争心をこうまで的確に煽ってくるとは。

 

 敵の狙いは特記戦力であるスパルタクスと呂布を引き剥がすことと軍の兵達の気力と体力を削ぐことなのだろう。

 

 その為にこうして何度も何度も化け物達を襲撃させているのだ。

 

 普通の軍ならば悪戯に兵を消耗させるだけのこのような事などしない。だが、奴らは普通ではない。我らでは決して御せぬ化け物達をこうも上手く制御している奴らだ。今までの常識は通用せんということだろう。

 

 或いはもっと別の狙いがあるのか。

 

 どれだけ考えてもこれと言って納得のいく理由が見つからない。ローマの破壊は大前提であるとして何か、そう何かもっと他のことも狙っているような気がする。

 

 例えば、そう──どうしてか目が離せない彼とか。

 

 彼はよく敵に狙われている。彼等を率いているのだから当然と言えば当然だが、それでもやたらと狙われている。無論、彼自身が前線に立とうとしているのも理由の一つではあるのだが……。

 

 そしてもう一つ、自分自身ですら困惑しているのだが、彼に対して原因不明のどろどろと酷く濁った黒い感情を抱いていた。

 

 憎悪だの殺意だのそういった感情では決してない。ないのだが、なんだ? この感情は。ふと気を抜いてしまえば良からぬ想像が脳裏を過ぎるのだ。彼を──

 

『……し、正しい……が行き届いてるぞ! チクショウ!』

 

「流石にこれはマシュが正しいかな!」

 

 この緊迫した状況下に似つかわしくない楽しそうな声がネロの耳に届いた。

 

「む、なんだ? 何の話をしているのだ。お前達はいつも楽しそうだな。余も混ぜるが良い」

 

「こら、遊んでる暇はないでしょうに。ほら、また敵が来たわよ」

 

『あっ、本当だ。前から敵性反応あり! サーヴァント反応はないから通常兵力だね』

 

「むぅ……。まあ良い、まずは蹴散らす! 余の後に続け!」

 

 ブーディカからの注意を受けて前方から多数の化け物達が我先にとローマ兵達を喰らうべく襲いかかってきた。だが、それも見飽きたというもの。先程から散々襲われては殺し尽くしているのだ。

 

 今更恐れる事など──

 

『まずい! 後ろからも来てる! それも前方から来てる数よりも更に多い!』

 

「なにっ!?」

 

 まずいことになったと思わず舌打ちをするネロ。何せ後ろには暴走からの戦線離脱を警戒して配置していたスパルタクスと呂布がいるのだ。

 

 平時の彼らであれば、多少なりとも言うことは聞く可能性があったかもしれないが、何度も消化不良の戦いをさせられ、戦闘欲求を昂らせた状態の彼らではまず間違いなく命令を聞かず暴走してしまう。

 

 かと言って後ろを対処しようものなら前から来る奴らに兵を蹂躙されるだろう。ただの人間と化け物では如何ともし難い力の差がある。それを容易くひっくり返せるのは将軍の位を戴いている者くらいだ。

 

 敵はどうしてもスパルタクスと呂布を我らから引き剥がしたいと見える。

 

「チィッ! 余は前を叩く! 藤丸立香! お前達は余と共に来い! そして星崎望幸、後ろは任せるぞ!」

 

「了解!」

 

「はいっ!」

 

「ああ」

 

 ネロの命令通りに立香達を引き連れて前から来た奴らを叩き、望幸は後ろから来た奴らを撃滅していく。

 

 今だ拙いところはあるが、それでも上手くサーヴァントに指示を飛ばして化け物達を倒す立香。それとは反対にこなれた様子で指示を出しながら自分も化け物達を鏖殺する望幸。

 

 両名の健闘もあって何とか倒しきれそうで──そしてだからこそ、今まで散々兵力をぶつけてきた軍師がそのほんの緩んだ隙を突かないはずがない。

 

『サーヴァント反応だ! 凄まじい速度で接近してるぞ。これは……ライダークラスか! 皆、気をつけて──』

 

 ロマニの悲鳴にも似た警告が終わるよりも速く、それはネロの軍の横っ腹から盛大に噛み付いた。

 

「ハハッ、人手が足りないとは言え我が軍師も随分な指示を出すものだね! まさか()()()()()()()()なんて言うなんてさ!」

 

「あなたは──!」

 

 重厚な足音を鳴らしながら馬に乗って勢いよく突っ込んでくるのは赤毛の端正な顔立ちをしたサーヴァントだった。

 

「駆けろ! ブケファラス!」

 

 主の命令を受けたブケファラスは任せろと言わんばかりに更に速度を上げて直線上にいたブーディカへと突っ込む。当然、反撃しようとするブーディカだったが、それよりも早くブケファラスの前蹴りが腹部へとめり込む。

 

「か、ッ──!」

 

「ブーディカ!」

 

「ごめんね、一緒に来てもらうよ!」

 

 あまりにも重い蹴りがめり込み、ただでさえ朦朧とした意識が追撃で繰り出された赤毛の少年の殴打が顎先を掠めたことにより脳が揺らされたブーディカは呆気なく意識を失う。

 

 そしてその隙にブーディカを馬の背中に乗せた赤毛の少年は一気に戦線を離脱しようとするが──

 

「行かせると思うな」

 

 当然の如くそれを読んでいた望幸がブケファラスの目に向けて弾丸を放つ。上に乗っている赤毛の少年よりも足であるブケファラスを潰そうという至極単純な狙い。だが、そんな分かりやすい狙いなど当然相手も読めている。

 

「いいや、行かせてもらうよ」

 

 赤毛の少年が振るう剣が弾丸を弾いた。弾かれた弾丸は上空へと飛んでいき──望幸の十八番である置換呪術による位置の置換によって一気に距離を詰めた彼は後ろでぐったりと気絶しているブーディカへと手を伸ばす。

 

「ブケファラス!」

 

 だが、その手は主の命令によって更なる加速をしたブケファラスと巧みな手綱技術にによって虚しく空を切ることになった。当然、追いかけようとする望幸だったが……

 

「僕にかまけてて良いのかな?」

 

 後方から聞こえた咆哮のような雄叫びによってその追跡は強制中断されることになった。

 

 雄叫びの発生元はストッパーたる彼がいなくなったことにより思うがままに暴走を始めた呂布とスパルタクスの両名だった。彼らは追わなくてもいい逃走した化け物達を殺すべく追撃を始めていた。

 

 それに視線を向けたほんの一瞬の間に赤毛の少年は彼に更に化け物達を嗾けて戦線から離脱する。

 

「クソッ! 斥候隊、追跡しろ! ブーディカを取り戻す!」

 

 ネロの号令が轟く。そしてその通りに斥候隊が逃走する赤毛の少年を追跡しようと馬を駆け出す──

 

『はぁっ!? 嘘だろ! まさかこんなタイミングで新たなサーヴァント反応だって!? しかも新規の召喚だなんてどうなってるんだ!』

 

 ロマニの悲鳴が響く。

 

 いつの間にか化け物達の血で形作られた召喚陣は渦巻く魔力で光り輝く。そしてその光が収束した瞬間、そこに現れたのはあまりにも……そう、あまりにも異様な巨人の如き大男だった。

 

 全身を真っ黒に染め上げた大男の口から蒸気のような白い吐息が漏れる。

 

「後は任せたよ、我が未来の宿敵(ダレイオス3世)

 

 ダレイオス3世と呼んだ大男の横を赤毛の少年は通り過ぎて駆けていく。ほんの一瞬目を合わせただけであるというのにダレイオスは何かを感じ取ったようでその両手に戦斧を構え、大気をビリビリと震撼させる雄叫びを上げた。

 

「ウォオオオオオオオッッ!」

 

 その異様な迫力に兵士は呑まれる。だが、藤丸立香は……マシュは呑まれなかった。

 

 恐れも恐怖もある。けれど、まだ平気だと心を奮い立たせる。これならまだ第一特異点で戦ったあの時のジャンヌ・オルタの方が恐ろしかった。

 

 それを知っているからこそ、立香とマシュは恐れずダレイオスに相対する。

 

「敵性サーヴァントです! マスター、指示を!」

 

「任せて!」

 

 その姿を未だに執拗く化け物達に襲われては殺し尽くしている彼は我が子の成長を喜ぶ親のような目で彼女達を眺め──そして迫り来る化け物達へ剥き出しの殺意をぶつけた。

 

 ──さあ、死ね。今死ね。ここで死ねとあらん限りの殺意とともに尋常ならざる速度で殺戮の限りを尽くす。その様はまるで一体どちらが化け物なのかと言いたくなる光景だった。

 

 そうして瞬きの間に彼の前に立ち塞がる化け物達を轢殺すると彼は立香達の前に出た。

 

「いいや立香、お前はブーディカをネロと一緒に救いに行け。その方が効率的だろう」

 

「ォォオオオオ!」

 

「此奴は俺に任せてくれ」

 

 大上段から振り下ろされる戦斧を身を捩ることで最小限の動きで回避する。そうして出来た攻撃の隙を付いて彼はダレイオスの腹に強烈な蹴撃を放つ。

 

 接触と同時に魔力を爆発させ、無理矢理後方へと吹き飛ばしたが、まるでダメージは入っていない。聖杯の力を使っているのならば兎も角、それを利用していない彼の攻撃が狂戦士たるダレイオスに通用するはずがないのも道理である。

 

 故に──

 

「式」

 

「ええ、任せて頂戴」

 

 ──彼が切れる手札において最強である彼女を切るのは至極当然の事だろう。

 

「ネロ、ブーディカを救うといい。今度こそ他ならぬお前の手で」

 

「──!」

 

「さあ、行け!」

 

「……っ、任せる! 決して敗れるでないぞ!」

 

 ネロはそう言い出して駆ける。無論、それを見逃すほどダレイオスが易しいはずもなく、当然の如くその戦斧を振り下ろす。

 

 しかしそれもまた、読めていたことだと言わんばかりの彼の命令を受けた式がその刀で逸らす。見当違いの方へと振り下ろされた戦斧は大地を叩き割るほどの威力があった。

 

 もしもそれが直撃していたのなら迎える結末は言うに及ばず。されど、ネロは決して振り返らない。何故ならば当たらないと確信しているから。信頼する彼等が負けるはずがないのだと信じているからだ。

 

 その証拠にダレイオスの振るう戦斧は全て式と望幸の手によって捌かれ続ける。当たれば致命傷になるであろう一撃を的確に躱し、捌き続ける様はまるで舞闘のようだ。

 

「立香、お前も早くネロと共に行け。彼女と共に戦ってやってくれ」

 

「……でもっ!」

 

 何故だろうか。今のところ彼等が負ける想像がつかないというのに、どうしてか立香は何か引っ掛かりを覚え、不安を抱いていた。

 

 素人目から見ても負ける要素なんて絶対にないと理解しているというのに立香の直感は己の幼馴染に対して警鐘を鳴らしていた。

 

 或いは彼が死んでしまった幻影を見たせいでそれを重ねてしまったのか。

 

 ……分からない。けれど、この不安感はどうしても拭えなくて──

 

「立香、()()()

 

「……っ」

 

 ──懇願するように自分に託す彼の姿に言葉を失った。

 

 その瞳には信頼しかなかった。君ならば出来ると無条件かつ莫大な信頼が宿った光が雄弁に語っていた。

 

 立香自身もそうした方がいいと言うのは気付いていた。二手に別れた方が決戦を控えている今、最も効率が良いだろう。分かっていても……それでも尚、嫌がったのは彼の心配が勝ったからだ。

 

 けれど、けれど彼からああまで願われたのならば……

 

「分かった。けど無茶はしないでね」

 

「……ああ、善処しよう。それからマシュ」

 

「は、はいっ!」

 

「立香を守れるのはお前だけだ。どうか彼奴のことを守ってあげて欲しい」

 

「──もちろんです!」

 

 それだけ言うと彼はダレイオスと向き直る。彼の溢れる闘志と殺意に当てられてダレイオスは更にその暴威を示す。狂戦士らしく殺意のままに攻撃する様は実に恐ろしい。

 

 けれど、そんな狂戦士を式は軽くいなし、その隙をついて望幸が置換呪術を用いて放った猛烈な速度で激突した岩が大きく退かせる。

 

「振り向かず突き進め」

 

 彼の言葉通りに立香達は走る。後ろで尋常ならざる轟音が鳴り響いても決して振り返らずネロ達の後を追う。きっと彼なら大丈夫だと未だ拭えぬ不安を押し殺してブーディカを救う為に仲間と共に駆ける。

 

 望幸はそんな彼女達の後ろ姿を見送ると大男へと向き直り、魔力を昂らせ魔術回路を起動させる。

 

 心臓から根のように広がる魔術回路が淡く赤く光る。

 

 心臓から末端へと徐々に広がるそれはまるで侵食しているかのようだ。大聖杯より過剰供給された魔力が彼のサーヴァントに力を漲らせる。

 

 並の魔術師ならば瞬く間に干枯らびるほどの魔力供給。されどそれほどまでの魔力供給をしていても尚、彼は顔色一つ変えず敵のみを見据える。

 

「始めよう」

 

 次瞬、地震と錯覚するほどの大規模の揺れが発生する。

 

 溢れるほどの魔力を存分に振るい強烈な震脚で地面を陥没させ、大地を揺らしてダレイオスの体勢を崩す。

 

「フッ!」

 

 その間隙を式が逃すはずもなく──ダレイオスの首に銀色の閃光が煌めく。放たれた斬撃。しかしそれを狂戦士の膂力を以って横薙ぎに振るった戦斧が強引に弾き飛ばす。

 

 爆音と共に迫り来る死を振り払ったダレイオスはお返しだと言わんばかりに圧し切るかのように渾身の力で戦斧を振り下ろす。

 

「ォォォオオオオ!」

 

 天から墜落する流星の如く。

 

 振り下ろされた戦斧は式を薪のように切断せんと頭上へと迫る。常人ならばその圧力に為す術なく叩き切られるだろう。そんな暴威を伴う戦斧に式は凪いだ海のように焦りひとつも見せずに冷静に刃をそっと這わせてあらぬ方向へと逸らす。

 

 そして返す刃で逆袈裟斬りによってその鋼のように硬質な肉体を斬り裂く。

 

 血が大地を染める。

 

 決して浅くはない傷がダレイオスに痛みを感じさせ──

 

「ウォォオオオオオ!!」

 

 ──絶叫の雄叫びが戦場に轟く。

 

 彼の足元から腐った腕が、白骨化した腕が次々と生えてくる。大地から次々と現れる死者の群れ。まるで質の悪いホラー映画さながらの光景だ。

 

 そしてそれを発動した彼は恐らく騎獣であろう戦装束を纏った巨大な戦象の背に跨り此方を睥睨する。彼こそがローマを襲った化け物達の親玉なのだと言われれば思わず信じてしまいそうになる程にその姿はあまりにも恐ろしかった。

 

 この不死者の群れの正体こそがダレイオス3世の持つ宝具──名を「不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)

 

 彼の生前の軍隊の逸話が宝具として昇華し、文字通りの不死の軍隊へと変貌させた。殺しても殺しても一万にも及ぶ不死者の群れは尽きない。

 

 その様は正しく不死の軍隊の名に相応しいだろう。

 

 数の暴力を正しく再現した宝具は単純故に強力無比だ。一万にも及ぶ不死の軍隊を無策で相手にする訳にもいかず、術者本人を殺そうにもダレイオスは不死者の群れの中央──加えて騎獣に跨っていることから非常に手を出し難い。

 

 但し、それは彼が十全に力を振るうことが出来る状況か或いは敵対するサーヴァントが並の相手ならばという条件がつく。

 

 詰まる所……

 

「ハァッ!」

 

「燃え尽きろ!」

 

 ダレイオスにとって星崎望幸はあまりにも相性が悪すぎたのだ。

 

 左右から放たれた黒の極光と煉獄の炎が不死者の群れを蹂躙する。黒の極光が不死者の群れを容易く食い破り、追随する煉獄の炎が極光から逃れた不死者達を片っ端から灰へと還す。

 

 彼の持つサーヴァントは防御においてこそ不安な面が見られるものの攻撃力という一点においては随一だ。故にダレイオスの得意とする数の暴力が質の高さによって蹂躙されてしまった。

 

 加えてダレイオスがもしもはぐれサーヴァントととしてではなく、正式にマスターを得ていたのであれば消滅した兵を召喚という形で補填出来たのかもしれないが、生憎彼はたった今召喚されたばかり。

 

 魔力の供給源たるマスターは存在せず、自前の魔力でどうにかやりくりするしかなかった。しかも狂戦士の霊基で呼び出されたこともあってその魔力消費はあまりにも多すぎる。ともすればこのまま即座に自滅しかねないほどに。

 

 敗北必死の戦いだと狂戦士でありながらもかつて王であったが故に本能的に理解した。

 

 理解しているのだが……

 

 ──それがどうした、とダレイオスは傲慢不遜に笑う。

 

 相性最悪? 敗北必死の戦い? 

 

 笑わせる。そんなものが止まる理由になるものか。何せその程度で止まるには()()()()()()()()()。数が質に負けることなど散々我が宿敵によって味わわされてきたではないか。

 

 そしてなによりも──

 

「ウォォオオオオオオオ!!!!」

 

 ──我が宿敵に情けない姿を見せられるものか。

 

「これは……」

 

 自壊覚悟でダレイオスは号令を下した瞬間、不死の一万騎兵の動きが変わる。

 

 王の号令により数の力で押していただけの彼等が肉体同士を結合させ、悍ましき死の河へと変貌する。ギチギチと不快な音を鳴らしながら氾濫した死の河はお前もこちらに来いと誘うように望幸達に迫る。

 

 骨と腐肉で出来た悍ましい肉の柱が地面を削りながら突き進む。人一人簡単に握り潰せそうな程に巨大な白骨化した手が地面を揺らしながら獲物を求める。

 

 潰し潰されながら前へ前進する様は正しく不死の軍隊だ。

 

「チッ、纏めて蹂躙してくれる! 魔力を回せマスター!」

 

 アルトリアの声に望幸は応えるように魔力を供給し、宝具を発動させる。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバーモルガン)

 

 収束された魔力は極大の極光となり、直線上にあるあらゆる障害物を破壊しながらダレイオスへと迫る。しかしそれはダレイオスに直撃する直前に庇うように現れた複数の巨大な白骨化した手がその身を盾に防いだ。

 

 そして宝具を発動したことにより隙だらけとなったアルトリアに悍ましい肉の柱がその身をドリルのように回転させながら削り殺さんとばかりに迫る。

 

 肉の柱はアルトリアの頭上からまるで磨り潰すようにその身を高速回転させて激突する。砂塵を撒き散らしながら地面に穴を開ける姿のなんと恐ろしいことか。直撃すれば変わり果てたミンチとなってしまうこと間違いなしだろう。

 

 ──当たればの話であるが。

 

 アルトリアは潰される直前、マスターである彼によって抱き抱えられて回避していた。安全地帯へと避難した彼はアルトリアを下ろすと式へと目を向ける。

 

「式、あの巨大な不死者達は()()()()?」

 

「ええ、もちろん」

 

「ならアレは任せる」

 

 その言葉に式は嬉しそうに頬を弛めながら日本刀を構えて躊躇いもなくその身を死の河へと突貫させる。自殺行為としか思えないそれは煌めく銀閃と呆気なく両断されていく不死者達によって否定される。

 

 式が刀を振るう度に悍ましい肉の柱は死に絶え、醜悪なる白骨化した手は容易く砕け散る。

 

 アルトリアのように聖剣の極光を放っていないのに、ジャンヌ・オルタのようにあらゆるものを灰燼へと還す煉獄の炎を持っていないのにただの一振りで殺せてしまうのは彼女の持つ魔眼──即ち直死の魔眼が十全に機能しているからである。

 

 式の魔眼は最高峰のものであり、概念ですら殺しかねないそれが高々不死者の概念を付与された程度の兵士を殺せないはずもなく、次々と殺害していく。

 

 なればこそ数を減らし、王であるダレイオスを守る不死者が少なくなったが故にアルトリアの宝具は今こそ輝く。

 

「アルトリア、宝具を解放しろ」

 

 その命令にアルトリアは頷き、宝具をもう一度発動させる。

 

卑王鉄槌、旭光は反転する。光を呑め──

 

 先程とは比較にならないほどの魔力が供給され、聖剣に収束される魔力が黒く輝き出す。まるで臨界寸前の龍の吐息のように今か今かと解放の瞬間を待ちわびる。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバーモルガン)

 

 聖剣に押し込まれていた極光が解放の声を聞き、歓喜の声を上げるかのように守りの薄くなったダレイオスへと肉薄する。

 

「ォォォオオオ!」

 

 しかし、それはまだだと吼えるダレイオスの咆哮により残っていた不死者達が壁となることで致命傷には至らなかった。

 

 まだ終わらんとまだ戦えると吼えるダレイオスだったが、ダレイオスを守る為の不死者達が消えていった事はあまりにも致命的だった。

 

 ──だってほら、()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 それも凄まじい火力を誇る宝具を持った竜の魔女が。

 

「これで終幕だ。──ジャンヌ」

 

 煉獄の炎が憎悪の咆哮を上げる。

 

「報復の時は来た……!」

 

 炎が空を舞い、巨大な火柱が天に轟く。周囲を赤く染め上げるそれは正しく地獄の具現だ。主の号令を待ち侘びる炎は舌なめずりをするように地を這う。

 

これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮──

 

 ジャンヌ・オルタが旗の穂先をダレイオスへと向けた。

 

吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)

 

 ダレイオスを守る不死者達がジャンヌ・オルタとダレイオスの直線上にいない今、もはや煉獄の炎を抑える術はない。巨大な火柱を上げながら大地を焼いて獲物を求めて獰猛に突き進む。

 

「ウォオオオオオ!!!」

 

 対してダレイオスはその戦斧に炎を纏わせて迫る炎に向けて振り下ろす。僅かにでも生き残る可能性があるのならばと生き汚くとも抗おうとする。

 

 だが、そんなダレイオスの炎をジャンヌ・オルタの憎悪の炎が容易く呑み込んだ。彼女の抱く憎悪はもはや計り知れないものであり、宝具でもなんでもない属性付与による炎では土台無理な話だったのだ。

 

 燃え盛る業火はダレイオスという標的()を得たことで更に轟々と燃え盛る。だが、灰すら燃やし尽くそうとする業火にダレイオスはそれでも尚生きようと足掻く。

 

 しかしそんな足掻きすらも嘲笑するようにダレイオスの背後から数多の槍が串刺しにする。霊核を貫かれ、磔刑に処されたダレイオスに最早逃れる術はなく、轟々と燃え盛る業火が彼の全てを焼き尽くした。

 

 宝具を連続で3連発したのは流石の彼も少々堪えたようで最後方にて重苦しい息を吐く。

 

 故に──

 

「ここまでは全て読み通りだ」

 

 ──戦場に男の声が響く。

 

「さあ、行けライダー!」

 

「おうとも!」

 

 誰かが反応するよりも早くブケファラスに跨った赤毛の少年が望幸に肉薄する。そして突然の奇襲でありながらも回避しようとする彼の胸ぐらを掴みあげてサーヴァント達から一気に距離を離す。

 

「ぐっ、ぅ……!」

 

「頼んだよ我が軍師!」

 

 遥か後方に控えていた軍師と呼ばれた黒髪の男へと赤毛の少年は迫り、それに対して男は手に持っていた軍扇を彼に向ける。

 

これぞ大軍師の究極陣地──石兵八陣(かえらずのじん)

 

 天から墜落する八つの石柱が己の主ごと彼の周りを囲い込む。そうして仕上げに幾何学的な模様が刻まれた蓋が落ちることにより己が主諸共、彼を封鎖空間の中へと閉じ込めた。

 

 

 その様子を見届けた黒髪の男は煙草を一服すると己に突き刺さる三つの視線へと目を向けた。

 

 殺意で人を殺せるというのならば己は今どれだけ死んだのだろうかとため息を吐きながら吸い終えた煙草を地面へと投げ捨て火種を足で踏み潰す。

 

「さてここからが私の正念場だ。錚々たる顔ぶれではあるが、私にも軍師として……彼の臣下としての意地がある」

 

 男が手を挙げると認識阻害により隠していた兵達が次々と現れる。敗北を喫することは目に見えているが、それならそれで負け方というものがある。

 

「弱者なりの戦い方というものを見せよう」

 

 己が主の願いを叶える為に、最早なりふり構わない軍師がアルトリア達に牙を剥く。たとえ蹂躙されようとも最後の最後まで抗おうと決意を秘めて眼前の敵を睨む。

 

「……頼んだぞ、ライダー」

 

 小さく呟かれた言葉は誰にも届かない。荒野に吹き荒ぶ風に飲まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と手荒な真似だったけど許して欲しいな。こうでもしないと君と二人きりになれないと思ってね」

 

 恥ずかしそうにはにかむ赤毛の少年。その表情は並の人間ならば骨抜きにしてしまうだろう。そんな紅顔の美少年を彼は睨み付ける。

 

「ブーディカは……立香達はどうした」

 

「んー、今頃適当な砦に寝かせてきた彼女を奪還した頃じゃないかな? 少し強い程度の怪物しか配置してなかったし、君が心配するほどでもないと思うよ。そこに割ける戦力もなかったしね」

 

「そうか」

 

 張り詰めていた彼の気がほんの少し緩む。それは安堵によるものか、赤毛の少年には判断は付かないけれど恐らくはそうであろうと若干己の願望が入り混じった判断を下した。

 

「そうだ、名乗りが遅れたね。()()()()()()()()()()()()僕の名はアレキサンダー。将来征服王イスカンダルとして君臨するものだ。良ければ君の名前も教えてくれないかな?」

 

「星崎望幸」

 

「うん、うん……いい名前だ」

 

 感慨深く頷くアレキサンダーは朗らかに笑う。

 

「叶うのならば君ともっと言葉を交わしたいけれど、その時間もないし、君もそれは望まないだろう? だから──」

 

 アレキサンダーは腰に帯剣していた剣をゆっくりと引き抜くとその切っ先を彼へと向けた。

 

「──分かりやすく戦いで語ろうか。そしてどうか君の持つ可能性を僕に見せてくれ……!」

 

 笑顔を浮かべるアレキサンダーに彼はここに来て漸く持ち込んで来ていた剣をその手に出現させる。そして身震いするほどの尋常ならざる決意が秘められた双眸がアレキサンダーを射抜く。

 

「──見たいというのなら是非もない。お前の望むものかは知らんが……ああ、見せてやるとも」

 

 戦いの火蓋は切られた。

 




先生のデスマーチ続行……!

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