荊軻が入手した侵入経路から荘厳なる連合帝国の首都の絢爛たる城に辿り着いた立香達は困惑することになった。人の気配がまるでしないのだ。
ここに辿り着くまで数多の兵士や化け物達と戦ってきたというのに、最重要拠点であるこの城には兵士が存在しない。時々化け物達は襲いかかってくることはあるが、それもさして脅威になるものでもない。
これならばまだ外の方が脅威だったと言える。
「こりゃあ罠か?」
クーフーリンがそう呟くのも当然の事だろう。あまりにも不自然だ。最も守るべきであるこの場所が最も手薄というのはあまりにも不自然だ。なればこそ、罠があるのではと疑うのも至極当然のことだろう。
「いや、余はそうは思わぬ。恐らく神祖はそういった事をせぬ。考えられるとすればそもそも守る必要がないのか……或いは兵士が邪魔になるのか?」
「それこそ意味が分からないけどね。戦争で兵が邪魔になることなんてある?」
「普通ならば考えられません。ですが相手は聖杯を保有しています。ならば私達の常識は捨てるべきでしょう」
ネロの疑問に救出されたブーディカとジャンヌ・ダルクが答える。ジャンヌ・ダルクは常識は捨てるべきだと論じた時に横目で非常識の塊である望幸を見た。
彼もまた聖杯を保有している。それも心臓に溶け込んでいる世界に穴を穿つ機能を持つ大聖杯──超抜級の魔力炉心を宿した彼は常識の埒外にある。
ならば聖杯を保有する敵もまた常識の埒外にあることをしてくるというのは念頭に入れておくべきだ。
「ふむ……兵が要らぬほどの何かがあるということか。例えば我等全員を相手にしても問題ないと豪語出来るほどの何かが」
荊軻の言葉に皆一様に考え込む。
この人数のサーヴァント全員を相手にして戦える者とは一体誰だ?
あまりこのような事は言いたくはないが、この人数差に高水準に纏まった力を誇るサーヴァントが多いネロ率いるローマ軍相手では、余程の存在でない限り瞬殺されるだろう。
加えて言うのなら相手は聖杯を保有しているが、それはこちらも同じなのだ。彼の心臓に宿っているという相違点はあるが、条件自体は同じだ。
故に尚更理解ができない。
ここまでの差があって尚、それを容易く埋めることが出来る何かがあるということを。
そうして暫く話し合い──立香達は一際豪奢な扉の前に辿り着いた。
『この扉の先に巨大な魔力反応と聖杯の反応がある。何が起きるか分からないから皆気をつけて──』
「フッ!」
『ちょっとぉ!?』
ロマニが全員に注意喚起をする前に、彼が何の躊躇も無く扉を蹴り破った。蹴り破られた扉は物凄い勢いで回転しながら玉座へと吹き飛び──まるで煎餅でも砕くかの如く容易く粉砕された。
「随分と荒々しいな。だが良い、それも許そう」
猛烈な速度で吹き飛んだ扉を粉砕した張本人──神祖ロムルスが立香達を出迎えた。
「待っていたよ、我が
「うむ、余は来たぞ! 誉れ高くも建国を成し遂げた王、神祖ロムルスよ!」
そう言ってネロは胸を張って前へ進む。
正直な話、今でも神祖の庇護下に下りたいという気持ちは消えたわけでもない。もしも、もしも許されるのならば連合の皇帝となり、全てを委ねてしまいたいという甘い欲望があるのもまた事実だ。
しかし、だ。
もはやそれは許されない。たとえ神祖が、ローマが許そうともその決断だけは誰でもないネロ自身が許さない。
自分でさえ信じきれなくなった己を立派な皇帝なのだと、お前は素晴らしいのだと認めてくれた彼らがいる。そんな彼等の期待を裏切るのはこの偉大なるローマの皇帝に相応しい所業であろうか?
いいや、否である。
それこそ目の前に雄大に立つ神祖ロムルスに……今までの皇帝達に顔向けが出来やしない。
故にネロは胸を張るのだ。
ロムルスを偉大なる神祖として敬愛しながらも、今この世においては間違っているのは貴方なのだと、己こそが正当なるローマ皇帝なのだとネロは己を鼓舞する。
そうして前へ出たネロに、ロムルスは先程までの父親の如き慈愛の眼差しとは一変し、正しく神祖ロムルスとしての神威すら混じった威圧を向けた。
思わず膝を折りたくなるような威圧に、それでもネロは威風堂々とした立ち振る舞いを崩すことは無い。それどころか、寧ろ神祖の威圧を受けてより勇ましくネロは歩みを進める。
それを見てロムルスは目を細めた。
「……良い輝きだ。ならば今一度聞こう。さあ、教えておくれ、お前の答えを」
「神祖ロムルスよ。あなたがどれほど偉大なのか、余は今改めて実感した。けれど、やはり貴方は間違っている」
「……」
「余がそう思ったのは簡単なものだった。神祖、貴方がどれほど偉大であろうとも貴方はすで己が生に幕を下ろした人だ。
役が終わった演者が舞台に再び上がらぬのと同じように、既に終わりを迎えた過去の存在が現代を生きる者達に変革を齎そうとするのは余りにも無粋だろう」
何故ならば──
「今を変える者はいつだって今を生きるものでなくてはならぬ! たとえそれが偉大なる貴方が相手であろうとも余はローマ帝国第五代皇帝として、余の全霊を懸けてそれを証明しよう!」
「許すぞ、ネロ・クラウディウス。私の愛、おまえの愛で見事蹂躙してみせよ」
ロムルスは一度そこで言葉を切ると、その真紅の双眸でネロの後ろに控えていたカルデアを見た。
そしてほんの少しだけ、安堵の息を漏らした。
藤丸立香、マシュ・キリエライト、星崎望幸。彼等三人が誰一人として欠けていない。そして何よりも彼が──星崎望幸がまだ人として存在していることにロムルスは何よりも安堵していた。
如何に心臓に聖杯が埋まっていようとも、肉体に竜の因子が組み込まれていようとも彼は依然として人間だ。燦然と輝く銀の魂はかつてよりも曇っていようとも放つ光に一切の衰えはない。
ならばこそ、ならばこそ……今ここで彼を滅ぼしてしまうのが最善だとロムルスは再認識した。
彼が堕ちるその前に誰よりも人に焦がれた彼を人のまま終わらせてやるべきだ。
その為にもこの歪み腐敗した因果を終わらせよう。
それが私の──否、この特異点で散っていた者達の切なる願いなのだから。
「見るがいい。我が槍、すなわち──」
幾度となく紡いだ言葉。だがそれも今日で終いだ。次は決して訪れさせぬ。
「──
大樹の幹のように太く立派な腕がゆっくりと動きだし、背負っていた槍の長柄を掴み、巨大な紅い房を備えた不思議な形状の槍を構えて突貫した。
「敵性サーヴァントが接近。想定クラスはランサー。戦闘に突入します。マスター、指示を!」
「さあ、行くぞマスター。おまえの思うがままに」
そうしてロムルスとネロ達は激突した。
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「オオオオオオ!!!」
「やぁぁあ──ッ!」
裂帛の気合──それと同時にロムルスの槍とそれを弾いたマシュの盾から火花が飛び散った。
そしてそれによって生じた僅かな隙にネロが剣を振るう。隙を突かれてロムルスの懐に滑り込んだ剣は──しかし、それ以上に素早く強靭なロムルスの振り下ろしによって容易く防がれる。
そしてロムルスは振り下ろした体勢のままにネロに向けて勢いよくタックルを仕掛ける。まともに喰らえばただの人間であるネロは即死するであろう威力のそれにブーディカが割り込みその盾でもって防いだ。
「くぅ──ッ!」
しかし、ロムルスのその恵まれた体格から放たれたショルダータックルの威力は殺せても勢いまでは殺しきれなかった。故にブーディカはネロと共に大きく後ろに吹き飛ぶ。
それを認識した望幸がカバーに動き、二人を空中で捕まえて壁に激突することだけは避けた。
「ごめんね、助かったよ」
「問題ない」
その様子を観察するロムルスはその大樹のような大きく太い腕を更に膨張させて槍を握り締める。そして追撃を仕掛けようとして──
「おい、そいつにばっかり集中してていいのか?」
──クランの猛犬が噛み付いた。
呪いの朱槍が幾千もの軌道を描きながらロムルスへと肉薄する。
ロムルスは自身に襲いかかる槍の軌道を冷静に的確に見極めると弾き、叩き落とし、時には避けて全て捌くとクーフーリンに向けて鋭い刺突を放つ。
しかしそこはクーフーリン。
そんなものは読めてるんだよと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべて地面に槍を突き立てて空へ飛ぶことで槍の一撃を回避する。
そして生物が対応し辛い真上からの攻撃──すなわち頭上からロムルスに強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ふむ」
「何っ!?」
だが、恐るべきはロムルスの肉体だろう。
クーフーリンの蹴りを見極めるだけに飽き足らず、あろう事か掴み上げて背後から気配を消して音もなく近づいてきていた荊軻に叩き付けた。
「ぐぁ……!」
纏めて吹き飛ばしたロムルスは二人を一瞥すると近くにいたジャンヌ・ダルクとジャンヌ・オルタに向けて突貫した。
ジャンヌ・ダルクに向けて強烈な振り下ろしを繰り出す。ジャンヌ・ダルクはそれを何とか防ぐ。
ロムルスの槍とジャンヌ・ダルクの旗が衝突した瞬間に床がひび割れ、極小規模のクレーターが発生する。ギリギリと異音を鳴らしてロムルスは片手であのジャンヌ・ダルクを押さえ付けると、空いたもう片方の手で無防備にガラ空きとなったジャンヌ・ダルクの腹部に強烈な殴打を繰り出した。
「カハッ!」
ジャンヌ・ダルクの口から空気が漏れる。苦悶の声を上げるジャンヌ・ダルクにロムルスは駄目押しと言わんばかりに回し蹴りを放ち、彼女を大きく吹き飛ばした。
「シィィッッ!!」
深く短い吐息と共にジャンヌ・オルタの渾身の一撃がロムルスに放たれる。それに対してロムルスは真っ向から弾き返すというわけでもなく、むしろその逆。
放たれた渾身の一撃を受け流し、隙だらけとなったジャンヌ・オルタの腹部に鋭い槍の刺突を放つ。最早こうなった以上、回避することは出来ない。
ロムルスの槍がジャンヌ・オルタを貫くと誰もが確信して──
「令呪を以て命ずる。避けろジャンヌ・オルタ!」
後方から響いた彼の声によって回避不能の一撃をジャンヌ・オルタは回避した。
令呪による絶対回避により不可能を可能に捻じ曲げて攻撃を回避したジャンヌ・オルタは今度こそ渾身の一撃を叩き付けた。
「燃え尽きろ!」
激突の瞬間、ジャンヌ・オルタは憎悪の炎を滾らせてロムルスの肉体を燃やしにかかる。渾身の力でその場に縫い付けられたロムルスの肉体をじわじわと炎が焼いていく。
「温い」
しかし、爆発的に跳ね上がったロムルスの魔力が炎を消し飛ばし、押さえつけていたジャンヌ・オルタを弾いた。
「どんな力してんのよ……!」
これでもジャンヌ・オルタは自分の力はそこんじょそこらの奴には負けないと自負している。元から優れた筋力に邪龍の力が加わっているのだからその自負も当然の事。
そんなジャンヌ・オルタをロムルスは弾き飛ばしたのだ。
……凄まじいの一言に尽きる。
これほどのサーヴァント達を相手にロムルスはたった一人で互角以上に立ち回っていた。今までの皇帝達とは余りにも格が違う。
力も技も格も全てにおいて別格だ。
そしてこれでいて彼は未だ真骨頂を発揮していないというのだから驚愕だ。
「……これでも足りぬか」
だと言うのにロムルスはそう呟いた。
これで足りない? 一体何が足りないというのだ。これだけのサーヴァント達を蹴散らしているというのに足りていないわけがないだろう。
そうは思ってもロムルスはそんなことは微塵たりとも思っていない。
故に更にロムルスの魔力が跳ね上がる。上昇し続ける魔力を示すように先程よりも速く、強くロムルスは戦闘を続行する。
叩き付け、振り回し、粉砕する。まるで嵐そのもののようにネロ達を蹂躙する。このままではどう足掻いてもジリ貧だ。
だからこそ、彼がついに後方から前へと進み始めた。
「ようやくか」
それを待っていたのだとロムルスはほくそ笑み──
「いざ、ローマへ」
槍を掲げ、宝具を解放した。
ロムルスはアルテラも知らないホモくんの辿った末路の一つを覚えてます。その末路がガチやばなので本気で殺しに来てます。その結果がこの強化。しゃーないね。