あと、誤字報告も凄く助かっております。
ロムルスの宝具──『
宝具としては樹木操作の能力を有しており、真名解放の際には槍が大樹として拡大変容し「帝都ローマの過去・現在・未来の姿」を造成、怒濤の奔流で対象を押し流す質量兵器である。
それをこのような狭い玉座の間で発動しようものならどうなるか。
──至極単純、あらゆる逃げ場が潰される。
「これは……」
大樹と化したロムルスの槍が玉座の間を埋め尽くさんと四方八方にその幹を伸ばす。こうなってしまった以上、逃げ場は存在しないため正面から打ち破ることを強制される。
まるで濁流のように押し寄せるそれに彼は何も感じてはいなかった。このままいけば押し潰されて死ぬと分かっているだろうに僅かも取り乱していない。
ただ冷静にゆっくりと銃に弾丸を装填する。
「ジャンヌ・オルタ、アルトリア、式、こっちへ来てくれ」
「何か策でもあるわけ?」
「ああ」
傍にやってきたジャンヌ・オルタとアルトリアに式を確認すると、装填が終わった銃をこちらに向けて流れてくる樹木に対して撃った。
鈍い音を立てながら弾丸は樹木に命中するが、まるで意味などなかった。撃った傍から急成長する樹木に弾丸は取り込まれ即座に元通りとなる。
「ジャンヌは手を出してくれ。アルトリアは砲撃の準備、式はジャンヌとは反対の手を」
「……何をするつもりなのよ」
「──正面から打ち破る」
彼はそう宣言するとジャンヌ・オルタと式の手を掴み、己を飲み込み、絞め殺そうと濁流のように迫ってくる樹木を観察する。
そして……
「ジャンヌ・オルタ、炎を撃て。それも出来る限り巨大なものを4つ程だ」
このまま正面からぶつけたとしても少しくらいは怯むだろうが、突破は無理だろう。無論、アルトリアの宝具を加味してもだ。
彼の魔術を使って中に炸裂させるのか?
しかしそうだとしても果たしてそれで威力は足りるのかと疑問は抱かずにはいられないが、それでもジャンヌ・オルタは彼の命令のままに現状放つことの出来る最大火力の火球を4つ作り出すと襲い掛かる樹木の波に放った。
彼がそれを視界に入れた。
「ぐ、ゥァッ……」
その瞬間キィィィンと妙に甲高い音が鳴り響く。その音の発生源は彼だった。珍しく苦悶の表情を浮かべながらも火球を凝視し続けている。
目から、口から、耳から血が流れ始めても構わず凝視し続ける様にジャンヌ・オルタは嫌な予感が過ぎる。そしてそれは式も同様で……いや、式の表情はジャンヌ・オルタよりかもある種悲壮なものだった。
「まさか──」
「──
ゴポリと彼の口から血の塊が零れ落ちる。落ちた血の塊は音を立てて地面に落下して赤い水溜まりを作り上げる。
カリカリと何かを引っ掻くような、或いは何かを書き上げているかのような音が聞こえる。
彼の足元に蒼銀の魔術陣が展開される。それは今まであらゆる魔術行使を一工程で済ませていた彼が初めて見せた魔術だった。
少なくともジャンヌ・オルタはこれが何なのか理解出来ない。あまりにも複雑怪奇な文字と構成で描かれていく異様な魔術陣。覚えている限りの記憶を引っくり返してもどれとも一致しない。
「術式駆動──!」
蒼銀に光る魔術陣が一際輝くと彼は何かを握り潰すような動作と共にジャンヌ・オルタが放った火球が消滅した。次瞬、ロムルスの放った宝具が大爆発を引き起こした。
まるでそれはジャンヌ・オルタの火球が爆発したかのような現象だった。
「アルトリア、駄目押しに撃ち込め」
「ああ」
言いたいことも聞きたいことも山ほどある。だが、この千載一遇のチャンスをみすみす逃す馬鹿な真似は決してしない。
聖剣に魔力を装填、圧縮。そしてアルトリアの得意とする魔力放出により砲撃と化した聖剣の一撃が直線上にあるあらゆる障害物を破壊して突き進み、巨大な樹木に大きな風穴を空ける。
連続して起きる大爆発。玉座の間を押し潰す勢いで広がっていたロムルスの宝具は立香達に命中することはなかった。
「ふーっ……」
ロムルスの発動した宝具を貫通し、彼まで最短かつ一直線の道が出来た。故に彼は前へ進み始める。砕けた木の残骸を踏み潰し、あらゆる障害を排除して突き進む。
ああ、本当に──
「おいで」
ロムルスは手を広げて彼を迎え撃つ。
なんと酷い様なのだ。
彼の瞳に宿る熱情は全てを焼き尽くしてもなお止まらぬ不屈の意志。前へ進むという意思のみが彼の全てを支配していた。
それは一見して人として素晴らしい在り方だと認識してしまうが、彼のそれは度が過ぎる。何せ彼からは前へ進むという意志以外の全てが欠落しているのだ。
後退することも、立ち止まることも……果ては周りを見回すということすらも欠落している。常に前のみへ進み続けようとする様は最早壊れ果てた破綻者そのものだ。
……痛ましいにも程がある。
「もう、終わりにしても良いだろう」
「……」
その言葉に彼は何も喋らない。かわりにただひたすらに無機質な殺意を込めて武器を構え、剣と銃を殺意のままに突き付けた。
それが彼の意志を雄弁に語っていた。
その様を見てロムルスは手のかかる子を見るかのような慈愛の篭った眼差しと苦笑を浮かべて槍を構えた。
そして彼等は再度激突した。
「ヌゥン!」
「フッ!」
ロムルスの振るう槍を式が弾く。その間隙を縫うように放たれた弾丸がロムルスの眼球を穿たんと迫り来る。それを弾き、躱して宝具の樹木操作能力を使用してまるで手足のように木々を動かして襲わせる。
「燃えろ」
それをジャンヌ・オルタの炎が燃やし、時には爆発して押さえつける。
加えて……ああ、またほら。
「術式、駆動」
蒼銀の魔術陣が輝く。まるで彼の魂のように燦然と煌めいている。そしてジャンヌ・オルタの炎の消滅と共にロムルスが操っていた樹木の一部も消滅していく。
仮にも宝具の一部である樹木を削り取るように消滅させているのだ。何かしらの代償があるのだろう。彼が蒼銀の魔術陣を起動させる度に血が零れ落ちていく。
「ふーっ、ふーっ……」
「マスターそれ以上は……」
「問題、ない」
式が諌めるが彼はまるで聞き入れようとはしなかった。寧ろその逆で、肉体に活性アンプルを打ち込んで加速的に発動させていく。
全身の穴という穴から血を流してでも前へ進もうとする様のなんと惨いことか。
痛ましい、痛ましすぎる。だからもう──
「眠るといい」
ピシリと彼の足元の床から罅が入る。
そして槍のように突き出してきた樹木が彼の腹部を強烈に打ち据えた。
「ぐぅ、ォォォオオ!」
猛烈な勢い吹き飛ぶ彼にロムルスは更に追撃をする。肉が潰れ、骨が砕けた彼に樹木がするすると彼の体に巻き付いて締め上げる。
「望幸!」
立香の悲鳴が上がる。
「望幸さん!」
マシュが必死の形相で締め上げる木々を破壊しようと動こうとするが、彼はそれを手で制してまた蒼銀の魔術陣を発動させる。
「術式……駆動」
彼を締め上げていた木々が消滅すると同時に解放された彼は大量の血をブチ撒けた。
「ぐっ、ごぶっ……」
床が赤く染まる。短時間に血を失いすぎたせいか、彼の顔色は死人のように真っ白になり、手足が震えていた。それを彼は二度目の活性アンプルを打ち込んで黙らせた。
空になった活性アンプルが入った容器を投げ捨てると血に濡れた口元を拭う。そして強化魔術を発動させ、肉体を補強し、無理矢理にでも体を動かす。
「式、俺の事はもういい。自分の身は自分で守れる」
「けれど……」
「俺を守るよりもネロのサポートを頼む。俺もサポートに徹する。……それにロムルスと決着をつけるのは俺じゃない。本当に決着をつけるべきはネロだ」
ちらりと彼はネロに視線を寄越して、そしてまた目の前に雄々しく立つロムルスを油断なく見据える。
「これはネロが越えなければならん試練だろう。なればこそ、俺では駄目だ。無論、立香達でもな」
ネロが──いいや、ローマを統べる皇帝がこの戦いに決着をつけなくてはいけない。その為にネロは、ローマは今まで頑張ってきたのだから。
なればこそ、ここでカルデアが幕を引くというのは余りにも無粋に過ぎるだろう。
デウス・エクス・マキナのような結末など誰も求めていやしない。今求められているのは、たとえどれほどみっともなく泥臭いものであったとしてもネロ自身の幕引きなのだから。
故に──
「さあ……見せてくれネロ・クラウディウス。君の輝きを」
「──うむ、余の勇姿に存分に刮目するが良い!」
原初の火を手にネロ・クラウディウスは前に出る。
「ふむ……」
ロムルスはそれを意外そうな目で見ていた。
ロムルスはてっきり彼が戦うと考えていたのだ。何せ今までずっと彼が、或いは彼女が戦っていた。何があろうと、どう足掻こうとも最後には必ずその身を戦火に晒す。
であるのならば、今の彼は何を考えているのか。
他者を頼るようになったか?
いいや、否だ。
彼の瞳は未来しか映していない。
寧ろ、前よりも悪化していると言えるだろう。過去や今の一切合切を薪や石炭のように焚べて未来へと突き進み続ける歪んだ信念が宿っている。
凡そ人の善性というものだけをかき集め、煮詰め、改悪したような常人にとって毒にしかならない猛毒の光。
そんな彼が他者に己のことを任せるかと言えば否定せざるをえない。なればこそ、考えつくのはたった一つ。
──それが必要な事だから。
それしかあるまい。
何かを狙っているというのならば、是非もなし。その策ごと粉砕しよう。ロムルスはそう判断して対峙するネロへと視線を向ける。
「行くぞっ!」
「ああ、おいでネロ」
走る、走る、走る──!
ネロはただ真っ直ぐにロムルスに向かって走り続ける。
ロムルスの操る樹木が右方からネロを轢殺せんと迫るが、それを式が切り裂く。左方からきた樹木はマシュが盾で押し潰し、ジャンヌ・ダルクが旗で殴り飛ばす。
しかしそれでも尚勢いは全く衰えない。何せロムルスが操るのはローマそのものだ。単純に物量が違う。桁が違うのだ。
破壊した傍から溢れていくそれに対してはネロは恐れはしない。
だって、信じているから。
「行きなさい、ネロ!」
ブーディカの声が聞こえる。
「行け、ネロ!」
荊軻の声が聞こえる。
「行って、ネロ!」
そして立香の声が聞こえた。
なればこそ、何を恐れることがあろうか。今、この場に何よりも信頼する彼らが援護してくれるのだ。故に余は前だけ見ていればいい。
それに何よりも──
「ここはっ! 余のローマである!」
──偉大なるローマ皇帝がローマを恐れるものか。
「──!」
その姿にロムルスは目を見開いた。
その瞳に宿す決意はこの戦争が始まってから最も強いものだった。そしてその決意は何処か彼と似通っていた。
明日を掴むと決意したものの瞳だ。ネロ・クラウディウスのそれは彼のような狂気を秘めてはいない。あくまで真っ当な人間のそれだ。
それに対してロムルスは感動と尊敬の念を覚えた。
歴戦のサーヴァントや彼と比較すればネロは間違いなく弱い。今を生きるネロはただの人間である以上、どうしてもサーヴァントや人間離れした強さを誇る彼と比べるとどうしても劣っている。
だと言うのにその瞳には絶望は一切なく、希望があった。それも全てを焼き焦がすような破滅を含んだ猛毒の光ではなく、全て優しく照らすような……ローマの光があったのだ。
その感動と尊敬の念を胸にロムルスはネロと全力で激突した。
「ハァッ!」
「ぬぅん!」
原初の火と国造りの槍が火花を散らす。
常識的に考えれば膂力で遥かに劣るネロが負けるのが道理だ。何せサーヴァントの中でもトップクラスの膂力を誇るジャンヌ・オルタですら敗北するほどの力だ。
当然、打ち合えるわけもなく、そのまま剣ごと叩き潰される──そのはずだった。
「援護する」
背後に控えていた彼が常識を踏み躙り、非常識を常識へと昇華させる。
目に見えぬほどの極細の魔力で紡がれた魔力の糸がまるでサーヴァントに繋がるパスのようにネロへと接続される。
「瞬間強化」
その魔術と共にネロの身体能力に大幅な強化が施される。大聖杯を通して流された魔力の量は規格外であり、発揮する効果もまた同じく規格外。
単なる人が一時的にとは言えサーヴァントであるロムルスに迫るほどに強化されていた。
加えてどういうわけか、この時代のネロは何者からか強烈なバックアップを受けていた。
それが今までネロが化け物たちと渡り合い、人の身でサーヴァントのような魔力を発露していた理由でもある。そしてその二つの強化が奇跡的なまでに噛み合った結果──
「むぉっ!?」
──ロムルスを弾きとばした。
そして体勢が崩れたロムルスに彼が放つ嵐の如き弾丸の雨が襲い掛かる。四方八方、真上から真下まで様々な方向から弾丸が襲いかかる。
弾いた傍から不自然に軌道がねじ曲がり再度襲い掛かる弾丸はまるで血に飢えた鮫のようだ。加えて同時に張り巡らされる無数の斬撃達。
あろう事か、彼は弾丸の嵐と神経が擦り切れるような繊細さが必要な他者への強化魔術を大聖杯という超抜級の魔術炉心を介した上で発動。そしてそれを同時に維持しながらこれほどまでの斬撃を繰り出し続けているのだ。
それだけの無茶を通せば当然代償は支払われる。
あまりの演算量に脳が焼き切れかけ、そのダメージが瞳からの血涙という事象を引き起こしている。
それでも尚、彼は止まらない。むしろ更に、もっとだと言わんばかりに破滅の見えている結末に向けて落ちるように加速し続ける。
「なんという……!」
その様にロムルスは震撼する。
星崎望幸という存在の戦闘技量の質以前に、血涙を流し続けるその瞳に宿る執念に圧倒される。
彼の瞳にはロムルスを映しているように見えてまったく映していない。ロムルスという個人ではなく、踏破すべき障害としか認識していないかのような身震いするほどの無機質さと勝利を必ず掴もうとする尋常ならざる執念。
「それ以上無茶を通せばどうなるか、分からぬお前ではなかろう」
「だからどうした。お前達に勝つには無茶を通さねばならんだろう。むしろ、この程度の代償で俺が止まるとでも? 抜かせ、俺は決して止まらん」
その宣言通りに命と魂を燃料にして彼は前進し続ける。勝利を得る為ならば自分の肉体如きがどうなろうと知ったことではないのだ。
斬撃の密度が上がる、弾丸の密度が上がる、ネロに施す強化魔術の精密さが上がる。跳ね上がり続ける負荷に脳は最早茹で上がっている。
「……っ!」
血を流しても戦い続ける彼だけには無茶はさせんとネロは剣を巧みに操ってロムルスに斬り掛かる。しかし、悲しいかな。
急激に跳ね上がった己の身体能力にネロは振り回されていた。故にどうしても隙が生じてしまう。そしてその隙はこの戦いにおいてどうしようもなく致命的だ。
弾丸と斬撃の嵐を掻い潜ったロムルスの攻撃がネロの間隙を突いて迫る。しかしそれを彼が撃ち落とす。だが、当然そんなことをすれば今度は彼に隙が生じる。
それを理解しているからこそ彼は更に己の体に無茶を強いる。ブチブチと筋繊維が千切れるような音と共に無茶な迎撃を幾度となく繰り返す。そしてその度に彼の体から血が吹き出す。
血を流し続ける彼の姿にネロは下唇を強く噛む。自分がもっと強ければ彼にこれほどまでの無茶を強いることもなかっただろうかと後悔の念が満ち始める。
激しすぎる戦闘に戦士ではなく皇帝であるネロはついていけてないのだ。彼にサポートをしてもらって漸く戦いの土俵に立てている。
けれどそれだけだ。
この数瞬の間にも幾度となく彼に庇われている。致命傷になりかねない攻撃を庇われ、隙を作って貰ってもあと一歩が届かせられない。
彼が血を吐くたびに、彼が傷を負うたびに己の非力さを呪わずにはいられない。
(余にもっと力があれば──!)
故にこそその願いは……
ああ、良いぞ? 力を望むのならば余がくれてやろうではないか
……最悪な形で叶えられる。
『どうなってる!? なんでネロ陛下から霊基反応が確認できるんだ!』
ロマニの悲鳴に近い声が上がる。
この時代のネロにはどういうわけか魔力反応があったことは出会った頃から知っていたが、それでもサーヴァントから発せられる霊基反応はなかった。
だと言うのに今の彼女からは霊基反応を検知した。
それも一瞬ではあるがとてつもなく巨大な霊基反応を。仮にその霊基がそのまま出現したのならば今のカルデアの全勢力をかけても打倒出来ないと思ってしまうような何かが顔を覗かせたのだ。
その霊基はネロという器に流れ込み、彼女という存在を更に数段飛ばしで跳ね上げた。
「いかん!」
ロムルスはその流入を止める為に動くが──
「見るが良いこれが余の黄金劇場──すなわち」
何処からか現れた薔薇の花弁がネロの周囲を舞う。
「■■■■黄金劇場である!」
酷いノイズが混じった声が響く。まるで世界がその声を認識したくないと言わんばかりに。
そして豪華絢爛な黄金劇場が周囲を塗りつぶし、その黄金劇場には到底似合わぬ禍々しい光を放つ天蓋が展開された。
ネロがロムルスを撃破するのを狙ったら特大ガバが舞い込んできたの巻
どうして……