置換魔術が出てきたの笑っちゃった
ホモくん????
『立香はさ、最近楽しいことはあった?』
まるで顔が黒い油性ペンで塗り潰されたように顔が認識できず、声すらもノイズ塗れで上手く聞こえない。
けれど、この人の声はノイズ塗れであっても心地が良かった。
魔性のような人を堕とすような声でも思わず平伏したくなるような神性を含んだ声でもないただ本当に安心するような、聞いていて心が暖まるようなそんな声の人。
『あはは、確かにそうだね。大変なことばっかりで何かを楽しむ暇なんてなかったかー』
いつもより高い視点で高らかに笑う誰かを眺めていた。
『けど、こんな大変な時だからこそ私は立香に何かを楽しんで欲しいなぁ』
……本当に何が楽しいのか誰かの表情はころころと変化していると分かるほどに喜色に富んだ声色だった。
『辛いって気持ちは理解出来るよ。何で■がって言いたくなるもんね。こんな重いものなんて背負いたくなんてないし、今すぐにでも投げ捨てられるなら投げ捨てたいよね』
『でもね?』
『役目なんかの為に心を押し殺して透明にする必要なんてないんだよ。私は立香にもーっともぉーっと感情を出していってほしいな』
手を広げてくるくると踊るように回る。
『私ね、君の色が大好き。色んな色で溢れてて……綺麗な色もそうじゃない色も全てひっくるめて大好きなんだ。あ、でも一番好きなのは──』
いつの間にか遠く離れた場所で踊っていた誰かは広げていた手を後ろに回して見惚れるくらいに優しい笑みを浮かべていた。
『──君が幸せな時に溢れる白が大好き!』
……浮かべていた、そんな気がするんだ。
『だからね、私はその為にいっぱいいーっぱい頑張るよ。立香には幸せでいてもらいたいから。それに悲しかったり、辛くなったら私がいっぱいぎゅーってしてあげるね! 私のハグはアビちゃんとかゴッホちゃんとか皆に評判がいいんだぞー!』
そう自慢しながら後ろで組んでいた手を広げてハグをしようとにじり寄ってくる誰かに何だか照れて逃げてしまったんだ。
『……あぁ、見つかっちゃったかぁ。ごめんね、私失敗しちゃった。君を泣かせちゃった。泣かせたくなんて、なかったのに、ずっと幸せで、いて欲しかったのに……』
命の色が溢れていた。
『ごめんね、ごめんね……もう、泣いてる、君をぎゅーって、抱き締められなく、なっちゃった』
必死に止めようと頑張ったけど止まらなかった。
『私、が、失敗した、ばかりに、君の心から、大切な、色を、消しちゃった』
赤子の様に抱えられるくらいに小さくなってしまった。
『でも、大、丈夫、きっ、と──』
赤が世界を染め上げる。
終わりを告げるカーテンコールがやってくる。
『──次の私は上手くやってくれる筈だから』
赤に染まったきみは引き攣ったような不器用な笑みが浮かべ、歯車の音が鳴り響いた。
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「──先輩っ!」
「うっひゃあああああ!?」
耳元で叫ばれた大声に思わず吃驚して飛び起きた。
慌てて声のした方向に振り向くとそこには心配そうな表情を浮かべたマシュがいた。
「おはようございます先輩、一先ず目覚められて安心しました」
「私、気絶してた……?」
「はい、それはもうばっちりと」
気絶した要因を思い出そうと未だにぐらつく頭で暫く考え込んで思い出したのは城の床をぶち抜いて現れた巨大な白い手だった。
城そのものを揺らしながら床をぶち破りまるで蚊を払うかのような動作で薙ぎ払われた手には──どうしようもないくらいの死があった。
白い手が薙ぎ払われるその直前に咄嗟にマシュとジャンヌ、そしてブーディカに宝具を使わせることで何とか助かった。
あと一瞬でも遅ければ、誰かが欠けていたら……恐らく私達はこの世に存在していなかっただろう。
ちらりと目を令呪が刻まれた手に落としてみれば──令呪が一画消費されていた。
無意識下で使用した令呪でのブーストもあってなお、英霊3人による防御を貫通するほどの威力。
明確な死が喉元まで来ていたという事実に立香は今になって恐怖した。
死を拒絶する生への執着から体がぶるりと震えて──気づいた。
──そうだ、望幸は?
ジャンヌ・オルタや両儀式はいるというのに辺りを見回しても望幸とアルトリア・オルタだけがいない。
ほんの一瞬、最悪の予想が脳裏を過ぎるがジャンヌ・オルタや両儀式がまだここに存在していることと取り乱していないことからきっと大丈夫だろうと立香は思い込むことにした。
『立香ちゃん無事かい!?』
カルデアからの通信から聞こえたのはロマニ──ではなく、珍しいことにダヴィンチからだった。
「ちょっとくらくらするくらいだけど私は大丈夫だよ」
『そっか、でも一応バイタルチェックだけはさせてね。……うん、本当に大丈夫そうだ』
バイタルチェックを終えたダヴィンチは安心したようにホッと息を吐いた。
ほんの僅かな時間とはいえ気絶したのだ。
何処かしらに異常が出てもおかしくはないと危惧していたのだ。
「……ダヴィンチちゃん、望幸は大丈夫だよね?」
そんなダヴィンチの心配を他所に立香は彼の安否を尋ねた。
姿が見えない、彼の声が聞こえない、彼の気配がしない。
それだけの事で先程まで喉元まで来ていた死への恐怖を思わず忘れてしまうほどに心配だった。
『今のところは大丈夫だよ。けど、早く彼の下に向かった方がいい。今、望幸くんは最も戦ってはいけない敵とアルトリアと共に戦っている』
「それって──」
その先を問う前に答えは現れた。
「─────ッ!!!」
物理的に体が揺らされるほどの声が直撃した。
「あぐっ──!?」
脳が揺れる、本能が今すぐここから逃げろと叫んでいた。
声だけであれは駄目だと本能が、遺伝子がそう叫んでいるとしか思えないほどの拒絶感が立香を襲った。
声だけでそれほどまでの拒絶感なのだ。
ならば姿を見てしまえばどうなるのかは言うまでもない。
けれど、悲しいかな。
人間とは視覚に頼る生き物だ。
見てはいけないと理解しているのに現状の脅威を正しく把握すべく視線は自然と声がした方へ向いた、向いてしまった。
「────」
白い巨人と目が合った。
刹那にも満たないほどの僅かな時間で立香は理解した。
あれは正しく格が違う存在だと。
オルレアンで見たファヴニールを喰らったジャンヌ・オルタよりも恐ろしい存在などいないとそう思っていた。
けど違った。
遺伝子に刻まれた白い巨人への恐怖が立香の思考を停止させ、呼吸すらも忘れさせた。
「──おいおい、ありゃあ……」
永遠とも思える刹那の中で固まった立香を再起動させたのは驚愕に満ちたジャンヌとクーフーリンの声だった。
「セファール!?」
『セファール……セファールだって!? そんな、なんでそんな存在がこの時代に存在しているんだ! いや、そもそもどうやって──!』
焦るダヴィンチの様子が他のスタッフにも伝播したのか、カルデア側の様子が騒がしい。
異常事態が発生していることを薄らと察しつつも現状を正しく把握出来ていない立香はこの中であの巨人について知っているであろうジャンヌに対して尋ねた。
「あのジャンヌ、セファールっていうのは……」
立香の問いにジャンヌは重苦しい表情で話し始めた。
「マスターは捕食遊星ヴェルバーというのはご存知ですか?」
捕食遊星ヴェルバー……確か望幸が纏めてくれたノートに書かれていた記憶がある。
記述されていた内容は覚えきれていないが、確か文明を喰らうものと書かれていたはずだ。
それをジャンヌに伝えるとこくりと頷いた。
「概ね合っています。時間がありませんので簡略して伝えますが、セファールはヴェルバーが星の文明に対して侵略と破壊を行い、破壊した文明を吸収する為の
「そんな……」
告げられた真実に衝撃を受けた。
人理は焼却され、今まさに世界が滅びかかって手一杯だというのにそれを後押しするようにセファールという世界の破壊者が出てきた。
まるで世界そのものが終わることを望んでいるかのようだ。
「ただ……あのセファールは明らかに弱体化しています。おそらくですが考えられる原因として聖杯による召喚が関連しているのでしょうけれど……」
ジャンヌは歯切れが悪くそう言う。
「あの、ふと疑問に思ったのですが、そもそもそんな存在を聖杯で召喚することは可能なのでしょうか?」
「……不可能です。セファールを聖杯で、ましてや召喚術式で呼べる訳がありません。ですからそこが不可解なんです」
『つまりはセファールを召喚出来るほどの存在があったということになるね。……まったく、いよいよきな臭くなってきた。裏に確実に誰かがいたってことだ。立香ちゃん、気をつけなよ。私はあれを倒してもそれで終わるような気がしない』
「うん」
『いい返事だ。とは言え、セファールを倒さないとどうにも出来ない。そこで一つ聞きたいんだけど、ジャンヌは今まで話から察するにセファールと戦った経験があるということでいいのかな?』
「ええ、ここではない場所で一度だけ」
『その時にどうやって倒したか教えてくれないかな』
ダヴィンチにそう言われてジャンヌは座に記録された記憶を読み解いていく。
「大前提としてセファールには魔術や武器といった文明が栄えた事で扱えるようになった技術──術式とでも言い換えましょうか、それらが通用しません。それどころかその術式を喰らい傷を治し、装甲を更に厚くする自己強化を扱えました」
武器も魔術も効かないという特性──一見すると無敵のようにも思えるがジャンヌの瞳から希望が失われていない以上対抗策はあるということに他ならない。
「ですが一つだけ、セファールには僅かに吸収できるものの無効化出来ないものがあります。それこそが純粋な魔力による力押しです」
『純粋な魔力による力押し……宝具による攻撃と解釈してもいいのかな?』
「その解釈で大方問題ねぇが一応攻撃自体は魔力を込めた攻撃なら大体通りはするぜ。だが、彼奴は胸の核を破壊しない限り倒れねぇ。……問題は胸の核は外皮以上に頑丈で宝具でしかダメージが通らねぇってことだがな」
『クーフーリン、もしかして君も戦ったことが?』
「おうよ。つーか何ならそこの嬢ちゃんと一緒に戦ったし、なんなら坊主と契約してるキャスター……あーいや、今はアルターエゴか? 兎も角そいつも戦ってたはずだぜ」
クーフーリンの指すアルターエゴとは玉藻のことであり、その事を聞いたダヴィンチは玉藻を呼び寄せてセファールの対策について話し合い始めた。
通信越しに何やらダヴィンチと玉藻が話し合っている声が聞こえていたが、不意に玉藻がジャンヌとクーフーリンに話しかけた。
『おい、一つ聞いておきたいのだが……お主達はセファールと戦う時に共に戦った者達を覚えているのか?』
「あ? そりゃ当然だろ。あんな戦いを共にした奴を忘れるわけねぇだろ」
「ええ、まあ。座に記録として持ち帰っていますし、私も忘れるなんてことはありません」
二人の返事を聞いた玉藻は何処か躊躇うように、けれどやがて決心したように尋ねた。
『なら、
「「は?」」
あの激戦を共に切り抜けた戦友を忘れるはずもないというのに当時のマスター達を忘れることなどもっとありえないだろう。
だって、彼奴達は……彼奴は……
──
「あ、れ……? おかしい、ですね、確かに共に戦って……?」
「あ、あぁ? いや、いやいやいやありえねぇだろ。覚えてるはずだ、忘れるはずがねぇよ」
覚えてる、覚えている、覚えているはずだ。
座に記録を持ち帰ったはずだ。
記録が消えたなんてことはありえない。
だから、覚えている。
……ああ、そうだそうだった。
思い出した。
彼奴はとんでもなく諦めの悪い奴で、呆れるほどのお人好しで、妙に歴史に詳しくて、変に頭が回って、突飛な行動をし始めるような困ったマスターだった。
何だ、やっぱりちゃんと覚えているじゃないか。
そうだともあんな事を忘れるわけが──
──じゃあ、
ぐるぐると思考が回る、世界が回る。
どれだけ思い出そうとしても声どころか、顔も思い出せない。
そもそも本当に存在していたのか?
本当はあの困ったマスターただ一人だけじゃないのか?
そう考えた方が自然だ。
記録として持ち帰っている以上忘れているなんてことはありえない。
なら、この違和感は何だ?
思考が坩堝にハマり始めて──
『いや、いい。今は忘れるが良い。話すべき状況でもなかった』
──指が鳴る音がした。
『セファールの対抗策についてだが、妾が此方から魔力供給のサポートをしよう。そちら側にいればそれこそ消費なぞ気にせずに宝具を放てるだろうが、カルデア側からの援護ゆえ宝具による魔力消費を抑えられる程度として考えておけ』
『それだけでも十分に助かるよ。今のカルデアに多数のサーヴァントが大量に宝具を放てるほどの魔力はないからね。……ところで君のそれを発動するのに魔力は足りるのかい?』
『問題ない、ご主人様から魔力を分けて貰い、其れを呼び水にする。カルデア側からも拝借するが微々たるものであろうよ』
『オッケー、なら私がセファールの方へナビゲートさせてもらうね。ロマニが今付きっきりで望幸くんの事をサポートしているとは言え、セファール相手にサーヴァント一騎と彼だけで戦うのはあまりにも無謀だ』
その言葉に立香とマシュは静かに頷いた。
星の文明を破壊し尽くせる存在を相手に戦うというのならばあまりにも心もとない。
直接戦っている彼はそれを理解しているだろうし、納得もしているだろう。
けれど、たったそれだけの事で彼が諦めるわけがないというのは分かりきった事実だ。
彼は諦めが良く、同時に諦めが悪すぎる。
諦めることを捨てた彼は必ず無茶無謀を通す。
自分自身さえも対価にして必ず目的を達成する。
そうした結果がオルレアンで起きたあの結末だったのだから。
『それじゃあ早速セファールの方へ──ッ!?』
その瞬間、またしてもセファールの咆哮が轟いた。
「───────ッ!!!!」
セファールの周囲一帯に雨の如く降り注ぐ黄金の光。
幸い、セファールとある程度の距離がある此方には何の被害もないが、彼がいる場所は──!
「急ごう!」
『いや、駄目だ立香ちゃん! マシュの後ろに隠れて!』
「チッ」
ダヴィンチの急な制止の声が焦る立香の足を止めた。
何で、とそう尋ねるよりも早く今まで黙っていたジャンヌ・オルタの舌打ちが立香の耳に響いた。
立香が反応するよりも早く何処からか現れた異形の化け物が大口を開けて自身を喰らおうとその鋭利な歯を覗かせて──ジャンヌ・オルタによる魔力ブーストを乗せた強烈な殴打による一撃が異形の化け物の横っ面に突き刺さり、化け物の上半身が消し飛んだ。
残された下半身はあまりの衝撃によりバラバラに引き千切れ吹き飛ばされ、地面の染みへと変えられた。
「……彼奴はこうなることも分かっていたのかしらね」
誰にも聞こえないくらいに小さな声でジャンヌ・オルタはそう呟くと今しがた殺されかけた立香の方へと視線を向ける。
「アンタに死なれたら困るのよ。だから、仕方ないからアンタの事を私が守ってあげる。後ろに下がってなさい立香」
ジャンヌ・オルタが旗を振るうと共に周囲に業火が撒き散らされ、木々を燃やし草花を灰にする。
そして隠れ場所を燃やされたことによりそれらは現れた。
「────」
『こんな数一体何処から……! いや、そもそもどうやってセンサーを掻い潜ったんだ』
現れたのは大小様々な無数の化け物達。
草木の陰に隠れていたなんて言うにはあまりにも多すぎる。
そして、何奴も此奴も何処か様子がおかしい。
目に宿る光はあまりにも虚ろでだらしなく開かれた口からボタボタと涎を零している。
理性が消え、意識が残っているのかと疑問を抱く程に感じられる意思が薄い。
明らかに異常な様子の化け物達を相手に僅かに口角の上がったジャンヌ・オルタの口元から竜種の如き鋭い牙が覗き──
「──全員燃やすわ」
──直後、無数の炎の柱が立ち昇った。
元から厄ネタ塗れだったホモくんがガチの厄ネタの塊になっちゃった……。
どう足掻いてもホモくんが地雷にしかならなくて頭抱えますよ。
これは責任取ってホモくんには四肢をもがれて貰わないといけませんねぇ。
ORTくんホモくんの腕一本持っていきなさい。
立香ちゃんの精神大丈夫なんですかねこれ。