お久しぶりです
炎がキメラのように変化した獅子を焼いた。
力任せに振るわれた旗が焦点の合わない四本腕のワーウルフを爆散させた。
引き絞られた矢のように抜き放たれた貫手が腹に濁った単眼を持つスプリガンのその単眼ごと腹をぶち抜き、胴体を真っ二つに両断する。
幻想生物の頂点に君臨する竜種を幻視する程の大暴れを見せるジャンヌ・オルタ。
しかしそれでも異形の化け物共は数を減らさない。
「チィッ……どんだけいるのよ此奴ら!」
殺しても殺しても次から次に湧き出てくる化け物達に苛立ちを隠せない。
こんな所で手をこまねいている場合では無いのだ。
「これだけの数が隠れていたとは考えにくいし、何処かに発生源があると考えた方が自然かしらね」
翼爪が異常発達したワイバーンの首を刎ね飛ばし、肥大化した筋肉によって3m程の巨体に醜く成長したゴブリンの肉体をまるで熱した包丁でバターに刃を通すが如く頭頂から股下まで容易く叩き斬る両儀式がそう予想する。
「だとするなら発生源はどこにある? 言っちゃあ何だが、此奴ら一方から来てるって言うわけでもなさそうだぞ。周りにうじゃうじゃと湧き続けてるし……なっ!」
「最悪、発生源は複数あると考えておく方が良いだろうな。それにっ、この数は少し異常だっ! セファールとか言う奴に全く近づけん!」
クーフーリンの鋭い刺突が無数の化け物達の心臓を纏めて穿ち、豪快に振るわれたネロの剣が仕留め切れなかった化け物達を確実に仕留めていく。
「そこをッ、どいてください!」
「はぁっ!」
マシュが迫る敵に大盾を叩きつけ吹き飛ばし、その隙をついてジャンヌが旗を大上段から脳天に振り下ろして機能停止させる。
一秒でも早くここを突破してセファールを相手にたった二人で戦っている彼等の下へ駆けつけなければならないと、そう思っているのに──
「いくら何でも多すぎる……!」
無尽蔵に湧き出しているとしか思えないほど倒した傍から湧き続けてくる化け物達に立香達は焦りを感じていた。
「ダヴィンチちゃん! 何か分からない!?」
『今解析が終わった! 君達の周囲に一際大きな3つの魔力反応がある! 恐らくそこに召喚陣がある筈だ。それを壊さないと化け物達は連鎖召喚され続けるよ! 場所は──!』
告げられたポイントは全部で3つ。
どれも別々の離れた位置にあり、全員で一つずつ潰して回るというのは安牌ではあるが、とても効率的とは言えない。
ならば分かれて各個破壊すべきだろう。
「ここは分かれてそれぞれ破壊しよう!」
「ええ、そうね。私もそれがいいと思うわ」
立香の案に賛同する式。
それに追随するように他のサーヴァント達も頷く。
「なら二手に別れるわよ」
「二手に? 三手に分けてそれぞれ破壊した方がいいんじゃ……?」
ジャンヌ・オルタの提案に疑問の声をあげる立香。
効率という面で考えてみれば当然の事である。
二手に分かれて破壊しても一つは残ってしまう。
その一つを全員で集まって破壊するにしてもどうしても遅くなることは明白だろう。
それに今は一刻を争う。
あの巨神とたった二人で戦う彼らにいち早く加勢する為にも可能な限り効率的に行くべきだ。
そう考える立香に対してジャンヌ・オルタは目を細めて呆れたような表情を浮かべる。
「戦力を分配し過ぎればそれだけアンタが危険に晒されるわ。立香、アンタはアンタのサーヴァントの生命線なの。なら多少なりとも効率を捨ててでもアンタの守りを固めるべきよ」
「でもそれだと望幸が──ッ!」
「藤丸立香、アンタに何かあればそこで全てが終わるのよ」
「ッ!?」
細められた黄金色の瞳が立香を捉えた。
縦に大きく裂けた竜種のような瞳孔が自分を捉えて離さない。
ジャンヌ・オルタに見つめられている。
たったそれだけで本当に竜に睨まれていると錯覚するほどの圧力に立香は身体どころか声の一つも出すことが出来なかった。
「アンタはまだ弱いわ。多少なりとも鍛えたんでしょうけど、それでも素人に毛が生えた程度でしかない。アンタは彼奴じゃないのよ。……式、行くわよ」
「あら、私だけでいいの?」
「この程度であれば十分でしょう?」
そう言って去っていくジャンヌ・オルタを尻目に立香は先程の言葉がリフレインしていた。
彼女が指す彼奴とは彼の事だろう。
そんな事言われなくても理解している。
私は望幸のように強くはない。
魔術は全然扱えないし、知識もない。
武術だってまだろくに扱えない。
何処を切り取っても藤丸立香という平凡な存在はマスターとして彼に遠く及ばない。
分かっている、分かっているともそんなこと。
それでも、望幸は私にとって大切な幼馴染なのだ。
きっと彼はまた無茶をする。
大怪我をして、倒れそうになっても心が折れない限り前へ進もうとするだろう。
だから、それがどうしても嫌なのだ。
彼が御伽噺のような英雄のような偉業を達成する度に私の中から彼という存在が零れ落ちていく感覚に襲われた。
このまま放っておけば彼が手の届かない存在になってしまうといった漠然とした不安に襲われる。
そしてその焦燥はこのローマに来てから──あの巨神を見てから更に強くなっている。
ジャンヌ・オルタの言うことは正しい。
私がここで倒れれば間違いなく全てが終わるだろうということも。
私が倒れればサーヴァントの皆も強制的にカルデアに還されてもおかしくはないし、そうなれば望幸はあの巨神を相手に一人で戦うことになる。
それだけは絶対に避けなければならない。
彼女も口こそ悪いが私を心配しての発言だということは理解している。
だから、ジャンヌ・オルタの言う事に従うべきなのだ。
焼け焦げるような焦燥に歯噛みしながらも、今はほんの僅かな時間でも惜しいと判断してジャンヌ・オルタ達とは別のポイントの場所へ向かおうとした。
「ねえ、マスター。ちょっとお姉さんに一つ任せてくれない?」
「ブーディカ? えと任せるって何を──?」
「お姉さんさ、マスターがあの子の下にすぐにでも行きたいって気持ちは分かるんだよね。だからそのお手伝い。それにこんな若い子が頑張ってるんだからお姉さんも頑張らないとね! ──だから、もう一つの召喚陣はお姉さんに任せて」
親指を立ててニッと笑うブーディカ。
「む、無茶だよ! 一人で破壊するなんて危なすぎる!」
「そうだぞブーディカよ! 余もそんなことは認めぬ!」
「あー、大丈夫。流石に私も一人じゃ無理って言うのは理解してるから」
「なら──!」
「それにこんな大きな戦いに彼等が気づかない筈がない」
「えっ、それは──?」
誰のこと? とブーディカに尋ねようとして──
“ ウォォオオオオオオオオ!!! ”
獣の如き雄叫びが戦場に鳴り響いた。
「ぬはっ、ぬははは! 圧政者が至る所に! よろしいならば今こそ反逆の時である!」
「▅▂▂▅▅▅▂▅▅!!!」
土煙を上げながら化け物達に激突する雄々しい筋肉──スパルタクスと呂布。
二人の剛腕から繰り出される一撃は強力無比であり、さしもの化け物達も堪らずといったようで文字通り叩き斬られ、殴り飛ばされていた。
「スパルタクス! 呂布!」
二人の姿を見た立香は歓声をあげた。
その姿を見てブーディカはフッ、と微笑んでくしゃりと立香の頭を撫でた。
「あの二人はお姉さんがどうにか指揮を執るからさ、もう一つの召喚陣は任せてくれる?」
「……っ、負けないでね?」
「ふふっ、勿論! 君に勝利を運んでくるよ。だって私は──勝利の女王だからね」
そう言ってブーディカは立香にウィンクをして暴れ狂うスパルタクスと呂布の指揮を執り、周辺の化け物達を蹴散らしながらもう一つの召喚陣の方へと向かっていった。
その後ろ姿をほんの数秒ではあるが、それでもしっかりと目に焼き付けて立香は己のサーヴァント達の方へと振り返った。
「行こう皆!」
立香の号令に残されたマシュ、クーフーリン、ジャンヌ、ネロは威勢良く返事を返し、残った召喚陣へと向かった。
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走る、走る走る走る走る走る──!
ただただ一心不乱に、ただただ目標に向かってひた走る。
クーフーリンとネロが切り込み隊長として先陣を切って化け物達の群れに突破口を開いて深く切り込んでいく。
スピードを一切緩ませることなく化け物達の群れを食い散らかしていく様はまるで鮫のようだ。
そして後ろから立香へと肉薄する化け物達はマシュとジャンヌが決して寄せ付けない。
大盾で殴り飛ばし、その御旗で周囲の化け物ごと巻き込んで吹き飛ばしていく。
スピードを落とさぬように常に全力で走るのは中々辛いものがあるが、それでも泣き言はいっていられない。
一刻も早く彼の下に駆けつける為にも必死にその手足を動かしていた。
『召喚陣に大きな反応がある! 恐らく召喚陣を守護する存在だ! 気を引き締めて!』
目視できる距離に存在する召喚陣──どこか英霊召喚陣にも似たそれが妖しい輝きを放っており、際限なく化け物達を呼び出していた。
そして立香達が接近したからか、一際大きく輝くと仲間であるはずの化け物達を潰しながら現れたのはステンノにご褒美と称され戦わされた竜と瓜二つの姿だった。
「あれは……」
ただ少し変わっているのは何処かワームのようなそれになっているという事くらいだろうか。
「こんなところで──ッ!」
時間が1秒でも惜しいと言うのに──!
苦戦必死の強敵の出現に立香は思わず歯噛みする。
手間取ってなどいられない、今も尚巨神の方から耳を劈くような破砕音が此方にまで轟いているのだ。
巨神の一挙一動で大地が揺れている。
そんな相手にたった二人で今も戦い続けている。
早く、早く駆けつけないと。
「マスターッ!」
先頭を走るクーフーリンが叫んだ。
「俺に令呪を使いなァッ!!!」
そう言い残してクーフーリンは更に加速する。
ワームのような竜に対してまるで戦場を駆け抜ける颶風の如く、道を阻むもの全てを抉り穿ち一直線に駆け抜けていく。
立香にはクーフーリンが何をするのかは分からない。
それでもクーフーリンがああも啖呵を切ったのだから──
「令呪を以て命ずる──
掲げた右手に宿る令呪が輝き、クーフーリンに破格の支援を施す。
それを受けてクーフーリンは笑みを浮かべる。
──悪くない、寧ろ誇らしささえある。
勝て、ただそれだけの為に使われた令呪。
マスターが己を信頼し、切り札である令呪を切ったのだ。
なら──!
「期待にゃあ応えねぇとな」
ここで応えずして何が英雄か。
クーフーリンは更に加速すると同時に複数の原初のルーンを起動させる。
宝具のランクを上昇させ、筋力を過剰なまでに引き上げる。
そこに加えて令呪による多大なる支援が加わる。
竜までにもはや阻むものなど存在せず、一本道が切り開かれた。
そして英霊すらも見失うほどの速度で加速し──後方へと大きく跳躍した。
握り締めるゲイボルグからミシリと軋む音が鳴るほど強く握り込み、魔力を全て注ぎ込む。
「ッ、マスター! ネロさん! 早く私の後ろに!」
理性の薄い化け物達ですら思考が停止するほどの莫大な魔力。
立香の目から見てもはっきり認識出来るほどにクーフーリンの持つゲイボルグに強大な紅い魔力が渦巻いている。
そしてそれに漸く気がついたワームのような竜が鋭く尖った先端の口を開いてブレスを放とうと魔力を収束する。
だが──
「この一撃、手向けとして受け取るがいい……!」
「
投げたと認識するよりも速く投擲されたゲイボルグが竜が収束させていた魔力ごと竜の体を真っ二つに引き裂き、地面へと着弾する。
その瞬間、大爆発を引き起こした。
「きゃっ!」
「くぅぅっ……!」
吹き荒れる爆風が化け物達を蹂躙し、弾け飛んだ礫がまるで散弾銃の如く身体中に穴を開けて瞬く間に骸へと変えていく。
千切れ飛んだ肉片が周囲に撒き散らされて漸く収まった頃には立っているものはマシュの盾の裏に隠れた立香達以外、何一つとして存在しなかった。
「ふーっ……」
勢いよく手元へと戻ってきたゲイボルグを掴み、クーフーリンは火照る体から熱を逃がすように口から蒸気を吐き出す。
──そこそこの無茶を重ねたが……まあ、これくらいならまだまだ戦闘可能だな。
投擲した反動で震える手を抑え込み、此方に向かって走ってくるマスターである立香に向けて快活な笑みを浮かべて手を振る。
「どーよ、マスター?」
「凄かった!」
興奮したように目を輝かせてそう言う立香に喉を鳴らして笑う。
『いや本当に凄いね!? 今の一撃で守護者どころか周辺の敵と召喚陣を纏めて消し去ったぞ』
レーダー上に周辺の敵性生命体反応は殆ど存在せず、いたとしても今の一撃から運良く逃れ切った数体ほどだ。
これならば無視しても支障はないだろう。
『他の場所は──うん、全部破壊成功だ! これで君達を阻むものはいない! だから──』
『ダヴィンチ!』
通信越しに聞こえたのはロマニの悲鳴のような声だった。
酷く焦燥した声でダヴィンチの名を呼ぶロマニに立香は何事かと身構えた。
『ロマニ?』
『立香ちゃん達は今はどんな状況!?』
『ああ、それなら今から望幸くんの下に向かわせるつもりだよ』
『なら早く!
ただならぬ様子でそう叫ぶロマニに彼が大変な状態になっていると察した立香達はダヴィンチが指示を下すよりも早く巨神の下へと急行する。
そしてその道中、アルトリア・オルタの宝具であるエクスカリバーの光が空に放たれたのを視認した。
莫大な魔力の奔流が巨神の右手にぶつかり大爆発を引き起こし、巨神は大きく仰け反った──が、あまりにも速く、あまりにも強力な一撃を振り下ろした。
振り下ろされた拳が大地震を引き起こし、土砂を空へと巻き上げる。
爆撃と錯覚するほどの威力に一瞬、唖然としすぐさま気を取り直して彼の下へと駆けつける。
先程の疲れさえも忘れて走り、辿り着いた時に立香の目に最初に移ったのは彼の後ろ姿だった。
「望幸──」
無事だったんだね! とそう声上げようとして立香は気づいてしまった。
ビーストがこっちにも来てニッコニコです