彼が起きてから一週間が経過した。
その間にも彼のバイタルチェックや体の調整という名目でのシミュレーターでの肉体性能のチェックなどと様々なことをしていた。
中でも度肝を抜かされたのは彼の自傷行動の躊躇いのなさだろう。
前に解析のために竜鱗を求めたのだ。
だが、当然それはあくまで自然と剥がれたものとかで良かったし、そうも伝えた。
だと言うのにわざわざ腕を変形させて生えた鱗をその場で引きちぎるわ、挙句の果てにドン引きしていた様子を何と誤解したのか、彼は頭上で輝く光輪を掴むとバギンッと硬質な音を立てて砕いてその欠片を渡してきたわでてんやわんやだった。
達観したような目でその光輪触れるのね、とは誰が言った言葉だったか。
案の定と言うべきか、光輪を砕いた彼は目に見えて具合が悪そうにしていた。
斯くも一時間後には光輪は復活して元気にシミュレーターで暴れ回っていたが。
……本当に変わってしまったのだなとは思った。
あの子は必要ならばそういう事をするというのは前々からそうだったが、ここまでは酷くなかったはずだ。
一応立香ちゃんの前では控えてはいるのか、かなり大人しくなっている、なっているが……。
それでもシミュレーターなどの疑似戦闘訓練ではその様子があまりにも顕著だ。
敵を倒す為ならば平気で斬られ、殴られとお構いなしだった。
その代わりにどのエネミーも反撃の一撃で必ず殺しきっている。
確かにシミュレーターで現実の肉体には何の影響もないものだ。
だからこの動きはシミュレーター限定の動きだ──
「なんて、そう言えたら良かったんだけどねぇ……」
やる、絶対にやる。
彼ならば必ずそうするという確信がある。
彼はあくまでシミュレーターだからこそ出来る動きだ、なんて言っているけれど事と場合によってはやるだろう。
その事を他の子達も薄々勘づいてきているのか、彼との接触時間も増えてきている。
彼のサーヴァントは勿論だが、特にマシュと立香ちゃんは前と比較しても明らかに多くなっている。
何をするにしても大体誰かがそばにいる。
その内の一人は必ずと言っていいほどマシュか立香ちゃんだった。
「彼も随分とまあ罪作りな子だ──っと、漸く解析結果が出たね。どれどれー?」
彼の竜鱗に加えて光輪の解析情報がディスプレイにずらりと表示される。
成分、硬度、魔力含有量……様々な情報に逐一目を通して彼を人に戻すことが出来るような手掛かりはないかと目を通す。
「……彼の鱗凄いな。聖杯の魔力も含まれてるからかなぁ? こっちで少し手を加えてやれば竜の牙と逆鱗の代替素材になるかも」
素材に含まれる豊富な魔力もそうだが、何よりも霊体──エーテルとの親和性が異常に高い。
少なくとも魔術師であるのなら喉から手が出るほどの素材だろう。
エーテルとの親和性が高いということはそれ即ち礼装作成に適しているということだ。
糅てて加えて彼の鱗は曲りなりとも竜だ。
決してワイバーンなどの劣化個体ではない純粋な竜種としての鱗。
その付加価値は計り知れない。
そこまで考えてダヴィンチは顔を曇らせた。
「これ、絶対魔術協会から捕捉されるよね 」
聖杯を宿している時点でも大分アウトよりだと言うのにそれに加えて希少な虚数と無の魔術属性にいくらでも生産できるであろう現代に蘇った純粋な竜の鱗。
間違いなく封印指定からのホルマリン漬けのフルコースだ。
……いや、まだそのくらいで終わるのなら温情か。
最悪は
どちらにせよ、これを知られれば最悪な未来を辿ることは想像にかたくない。
「どうやって騙し通すべきかなぁ……。データベースの改竄は勿論として職員全員との口裏合わせ、それから報告書もいくつかフェイクを混ぜる」
魔術協会を騙し通すなら二重三重では足りない。
嘘がバレても別の嘘で真実を覆い隠す位にはしておかねば確実に看破してくるだろう。
加えて直前に改竄するのは駄目だ。
直近で弄った場合、痕跡を消したと思っても消しきれなかった場合のリスクがデカすぎる。
であるのならば今、この時人理修復を行っている最中に偽装するべきだ。
当然、本当の記録は残すが、それは共有のデータベースではなく、独立した個別のデータベースに厳重に保管する。
だが、それらを完璧にこなしたところで一番の問題は──
「望幸くんの体、だよね」
ダヴィンチはうんうんと唸りながら思考の海に没入する。
今の彼はパッと見は人間に似ているが、その内面はあまりにも不安定だ。
玉藻とキアラによって抑え込まれてはいるものの、仮に2人の抑制が効かなくなったら彼の人外化は一気に進行して手遅れになることは想像に難くない。
であるのならば、今。
今こそが絶好の機会だ。
彼が無茶をして玉藻達の抑制が外れる前に人外化の進行条件の発見と症状緩和、それから人へ戻す手段を模索しなければならない。
それ故に彼の体組織を取得したのだが……
「本当に何なんだこれ……?」
万能の天才である自分の知恵を以ってしても彼の細胞は余りにも意味不明だった。
初めて見た細胞組織が多すぎるのだ。
人体解剖学にも精通している以上、未知の細胞組織であろうと今までの経験と知識からある程度は予測できる自信はあったが、彼の細胞はあまりにも未知が多すぎる。
サーヴァント達にも協力を得てサーヴァント達の細胞組織も手に入れて比較検証をしてみたり、実際に培養してみたりと様々な手法で調べてみたが分かったことと言えば、彼の細胞はあまりにも混沌としすぎているということだった。
まず一つに彼の細胞は他の細胞との類似点がとても多い。
神、竜、獣人、亜人は勿論のこと、挙句の果てには骸骨兵に恐らくだが、亡霊に近しい存在の細胞だって存在した。
この時点でもう意味が分からない。
神、竜、獣人、亜人はいい。
あまり良くはないけれどまあ、まだいい。
骸骨兵、これも大分納得出来ないけど良いだろう。
亡霊、これが一番意味が分からない。
まず亡霊の細胞組織とは何だ?
自分でも言っていて意味が分からないが、類似反応だと亡霊が一番近かったのだ。
亡霊に肉体なんかないだろ、あったとしてもそれは魔力の塊でしかない。
もしやそれが細胞組織になってるとでも言うつもりなのか?
益々意味がわからない。
仮にエーテルが細胞組織に変化しているというのならそれはもう私達サーヴァントと同じ枠組みに入っている。
なら今の彼はサーヴァントか? と聞かれれば首を横に振らざるを得ない。
少なくともダヴィンチは彼の事をサーヴァントと認識することが出来ないのだ。
「うーん、仮に望幸くんと同じ事に耐えられる人がいたとしてもこうなるかなぁ? 普通だったら異なる因子同士が争いあって滅茶苦茶な形になると思うんだけど……」
相性の悪い存在同士が同じ体に存在して喧嘩をしないなんてことがありうるだろうか?
いいや、それはない。
実際に肉体を得て、思考ができるならまだしも細胞単位の話ならばほぼ本能しか残らない。
であるのならば、外敵と判断して駆逐するはずだ。
それこそ体にウィルスが侵入してきた時と同じ免疫反応と似た反応を示して殺し合う。
「となると……やっぱり望幸くんの体が特殊って仮定した方がしっくり来るんだよね」
ダヴィンチは彼の精密検査の結果が書かれた書類をペラペラと捲っていく。
常人とはかなり異なる数値を示しているものはあれど、今の彼の状態から考えるに十分予想の範囲内だ。
「望幸くんがまた誤魔化した? ……ううん、それはない。だってあの時は玉藻やキアラの他にも彼のサーヴァントや立香ちゃんのサーヴァントの何人かも顔を出してた。そんな状態で誤魔化そうとすれば絶対に誰かしら気がつく」
ダヴィンチ自身は彼の体が特殊なのではと疑っているが、検査結果は予想の範囲内でこれと言って気になるところが存在しない。
「んー、これで何か分かれば彼の体をどうにかこうにかして人間に戻せたりするんじゃないかって思ってるんだけどなぁ」
彼の特異性の解明が出来れば、そこを足掛かりとして彼を元に戻すことも可能な筈だとダヴィンチは睨んでいる。
何故ならば玉藻達が彼の中で暴れ狂う多種多様な因子を抑え込んだことで症状が緩和したのだ。
故に彼の変異は不可逆ではなく、可逆であることは既に証明されている。
だがしかし、呪術において頂点に君臨しているであろう玉藻とそれに及ばずとも追随しているであろうキアラの両名を以てしても封印という形をとるしかなかった彼を変異させている因子群。
少なくとも呪術によるアプローチは厳しいと言わざるを得ないだろう。
魔術師として名を馳せた存在──それこそメディアやモルガンと言った超抜級の魔術師と話し合えたのならと思うが、無い物ねだりをしても意味はない。
「ロマニとまた話を詰めて──って、そうだ。ケイローンやクーフーリンも交えて話してみようかな」
ケイローンはその神授の智慧から言うに及ばず、クーフーリンもランサークラスでの召喚と言えど、原初のルーンを扱えることには変わりない。
であるのならば、彼等とも話してみることで何か得られる事もあるだろう。
決まりだ、今度予定を空けておいて貰おう。
なら、それ迄に少しでも情報を集める為にも彼の変異についてもう少し調べてみよう。
そうと決まればとダヴィンチは今度は彼から採取した砕けた光輪の破片を取り出してまじまじと見つめる。
「……あれからそこそこ日は経つけどまだ光り続けてる」
彼があの日に無理矢理砕いて渡して来た光輪の破片。
渡されてから日が経つというのに未だに光輪の輝きは衰えない。
淡く光り続ける光輪を調査して分かったことと言えば凄まじい神秘を秘めているということと魔力効率が最適化され、魔力ロスがほぼ0に近いということ──そして。
「こんな見た目をしておいて触れるんだよね」
彼の光輪はまるで銀河のような形をしていた。
この破片だってそう。
まるで銀河を直接砕いたかのように小さな星々が破片の中に輝いていた。
当然、こんな形をしているのだから普通は触れるものではないと考えていたが、予想に反してあっさりと触れることが出来た。
しかし、触った感触はほとんどない。
確かにそこにあるのに、そこにないような感じがする。
当然そんなものなのだから成分調査をしても尽くが未知の物質──暗黒物質と言ってもいい代物だった。
「……仮に、そう仮に彼の光輪が暗黒物質によって形成されているものなのだとしてこれは一体どこから来た?」
遊星の化身を取り込んだから?
一部はそうかもしれないけど、全部がそうとは言えない気がする。
じゃあ他に何がある?
そうやってダヴィンチは思考を回して──ふと思い出した。
「無属性……?」
彼の魔術適性の一つである無の属性。
有り得ないのに物質化するもの。
それが表面化された事によって現れたとするのなら……。
「ちょっと待てよ、彼の起源は何だった?」
ダヴィンチが個人的に作りあげ、何度も何度も読み直し、少しだけ草臥れた彼に関する調査書をペラペラと捲っていく。
一度彼のことをもう一度ちゃんと知るべきだと思って、カルデア中の書類をひっくり返して調べた。
そこに書かれていたのは非常に稀有な起源。
「あった……これは──」
起源:星
これが彼の起源──混沌衝動。
ふと脳裏に過ぎるのはセプテムでの彼が引き起こした大魔術──龍脈そのものを別の位置から置換するという荒業。
龍脈とは大地に流れる魔力の軌跡──言い換えれば「星」の鼓動だ。
そしてある人物曰く、『どんな人間も起源に従って魔力を引き出すことができる』と言う。
ならばもしや彼は……。
「いや、いやいやいや流石に、だろう?
そう言いかけてキュッと口を閉じた。
道理を蹴り飛ばし、不可能をこじ開け、無茶無謀を踏み潰して突破してきたのは彼だ。
なまじ実績があるだけに絶対にと強く否定出来ない。
「あー……うん、無理! 私一人で抱え込める案件じゃないよこれ! ロマニは絶対巻き込むとして他の子達も巻き込もう」
一度考えていたことを全て放り投げてダヴィンチは椅子に凭れ掛かる。
淡く光る光輪の欠片を上に持ち上げて様々な角度から眺めているとふと疑問を抱いた。
「望幸くんって自分の起源を知ってるのかな?」
何気なくそう呟いたが、もしも、そう……。
もしも仮に彼が自分の起源を知らなかったのであれば──
「あ、駄目だこれ以上考えると胃が痛くなる。やめやめ!」
光輪の欠片を保存容器に戻すとダヴィンチはシミュレータールームへと足を運ぶ。
また無茶なことをしていないだろうかと、何かと心配をかける世話のかかる彼のもとへと。
保存容器に入れられた光輪の欠片は淡く光り続ける。
──ダヴィンチは未だ気がつかない。
そもそも彼の光輪は銀河を模したものなどではないことに。
欠片に存在するのは単なる星ではないことに。
彼の起源は「星」である。
なればこそ、彼の頭上にて輝く光輪が模しているのは銀河などではなく──光輪の欠片に宿る煌めきは渦を巻いていた。
地球でもなく、月でもなく、彗星でも遊星でもない。
彼は星である。
つまりはそういうことなのです。
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