FGO主要キャラ全員生存縛りRTA(1部)   作:でち公

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一話完結にすると宣言した頑張りました。
約23000字となります。
今回はゲの字の顔面ぶん殴った子の話です。


断章ㅤ力の記録

 

 >……■■ ヘノ アクセス ヲ 開始。

 >セキュリティ ガ 解除 サレマシタ。

 >Void Vortex(虚空の渦) ノ 起動 ヲ 確認。

 >剪定事象 ノ 境界記録帯 ヘ アクセス中……

 >アクセス成功。

 >「燃え尽きた流星群」 ヘ アクセス ヲ 開始……

 

 

 

警告

 

 

 >閲覧権限 ヲ 持タナイ 閲覧者 ハ 即座 ニ 処分 サレマス。

 >適切 ナ 権限 モ ナシ ニ アクセス ヲ 続ケレバ 霊長 ノ 絶対殺害権 ガ 行使 サレマス。

 

 >アクセス ヲ 続行 致シマスカ? 

 

 >……Yes

 >BCハザード 作動。

 >……生命徴候 ノ 継続 ヲ 確認。

 >制限解除。

 

 

 >ようこそ 閲覧者様。

 >剪定事象より記録の一部のサルベージが完了しました。

 >「力」の記録の断片を閲覧しますか? 

 >……かしこまりました。

 

 >A-type 「(パワー)」の記録を再生します。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 はい、よーいスタート。

 

 

 

特異点F

 

 初めて見たそいつはなんともまあ、愛らしい少女の姿をしていた。

 思わず目を細めたくなるほどの輝きを放つ魂に吸い込まれてしまいそうな位、綺麗な瞳。

 触れてしまえば壊れて消えてしまいそうな──まるで雪のような少女だ。

 

 どうしてか、初めて見たというのにその少女には妙な懐かしさと親近感があった。

 

 召喚されて名を告げると彼女は腕を組んでうんうんと悩み出した。

 

「む、むむむ……何て呼べばいい?」

 

 名前、名前か。

 

「好きに呼べばいい」

 

 どちらの名で呼ばれても構わない。

 

「んん……ならエーちゃんで」

 

 好きにしろ──と言いかけて耳に届いた矢鱈と可愛らしい名前にギョッとした。

 

「エ、エーちゃん? ま、待て流石にそれは──」

 

「むふ、それじゃあエーちゃんこれからよろしくね」

 

「おい、我はその名を許したつもりは──!」

 

「ほらほらエーちゃん早く行こー」

 

「話を聞けマスタァーッ! 手を引っ張るなぁぁ!」

 

「急げ急げー立香達が危ないかも〜?」

 

 その見た目からは想像もできないほどの強い力で手を引かれた。

 ……初めてだった。

 手を引かれたのも、こんなにも柔らかい人の手に触れたのも。

 我がどういう存在なのか正しく理解していて尚、恐れもしない生命に出会うのも。

 

 ──何故、私は此奴に呼ばれたのだろうか。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「やっほ、立香。大丈夫ー?」

 

 手を引かれ、駆け込んだ先の洞窟で全身がボロボロで息も絶え絶えな様子の男……恐らく話に聞いていたもう一人のマスターと呼ばれる存在と大盾を持った少女、そして神性を身に秘め、杖を持ったきな臭い男。

 

■■(パワー)! 良かった、生きてたんだ!」

 

 ……あとは、ああ、此奴か。

 この特異点の元凶とも言うべき存在は。

 黒い甲冑を纏った騎士然とした女──赤き竜の化身か。

 

「勿論、■■(パワー)はとても強いので。それで──うん、黒い王様はやる気満々だね?」

 

 ふふんと胸を張る我がマスターに対して赤き竜の化身は苦虫を噛み潰したような渋面をした後、此方を見てまた顔を歪めた。

 

「──っ、またとんでもないやつを呼んだものだ、なっ!」

 

 舌打ち混じりにその手に持った聖剣を抜き放ち、黒い旭光が大地を削りながら我がマスターへと突き進む。

 正直ここでマスターがくたばったとしても一向に構わないが、まあ、折角呼ばれてここに来たのだ。

 早々に帰るというのもつまらなかろう。

 

 故に放たれた旭光と同等の威力の魔力砲撃を放ち、相殺する──と、しまった。

 流石にいきなりこの量の魔力を搾り取ってしまえば貧弱な人間は死んでしまうか? 

 

 だが、マスターの表情は微塵たりとも揺らいでいない。

 ……出涸らしにならずに済んだかとホッと安心した。

 

「うわっ、危ない。むむ、初手宝具は中々に殺意が高い。それじゃあ相手になってあげるー。エーちゃんがね?」

 

「我!?」

 

「勿論。あ、サポートはするので」

 

 確かにサーヴァント同士の戦いの間に人間が割り込める訳が無い。

 故に我が戦うのは当然の理だが、釈然としない。

 胸中に若干のモヤモヤを抱えつつもマスターの前に出て構える。

 

「〜〜っ、はぁ、まあいい。出力は大幅に下がっているけど、特に問題なく殺せるだろう。ほら、来るがいい赤き竜の化身。格の違いというのを教えてやる」

 

 本来持っている力の大部分を抑え付けられているが、高々化身程度、相手にもならぬだろう。

 

■■(パワー)さん! 私も一緒に戦います!」

 

「ん〜、ならマシュは私と立香を守ってくれるー? 攻撃の余波が飛んできたら■■(パワー)は兎も角立香が死んじゃうかもしれないので。盾兵として信頼してるねー?」

 

「は、はいっ! マシュ・キリエライト、全力でお二人をお守りします!」

 

 黒い騎士然とした女は覚悟を決めたように剣を構えて、此方を見据える。

 ……僅かな静寂の後、我と彼奴は激突した。

 決着は一瞬であった。

 

 

第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン

 

 この特異点に来てからというもの竜の紛い物に、竜ではあるが現象ではない──いわば竜として中位に当たる竜の気配が至る所から感じ取れた。

 

 特に竜のなり損ない。

 あれは鬱陶しい。

 竜の姿を模倣しているというのにあまりに貧弱、加えて群れているというのも気に食わん。

 本能でしか動けんのも醜悪さに磨きがかかっていよう。

 

 ……ああ、また来たか。

 これで何度目だ。

 

「話の途中だがワイバーンだ!」

 

「急に何を言い出すんだ?」

 

「ロマニの台詞を盗ってみました、ぶい」

 

『いや確かに言おうとした所だったけども……! というよりもよく気がついたね? まだ遠い場所にいるんだけど』

 

■■(パワー)は目がとても良いので」

 

『目がいいで済ませられる距離じゃないと思うんだけどなぁ』

 

 我がマスターとマスターが所属しているカルデアに在籍しているドクター……確かロマニと言ったか? 

 ワイバーンほどではないとは言え、此奴にも少々鬱陶しさを感じる。

 嫌い、というほどでもないが、何処か気に食わぬ。

 

 ……恐らくこの男に何かあるな。

 

 まあいい、何かあったとしても敵対するなら思惑諸共に踏み潰す。

 願いがあるのならその願いを叶えさせなくさせるだけだ。

 

 だがまずは──

 

「……はぁ、来てるんだったらさっさと迎撃態勢を取るぞ。ほら、マスター。お前は我の後ろに下がっていろ」

 

「はーい」

 

 この空を埋めるなり損ない共の始末が先だ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 この特異点で数多の竜のなり損ないを殺した。

 ファヴニールという竜も我が殺し切るつもりでいたが、それはマスターに止められた。

 マスターとてファヴニール程度なら我でも殺し尽くせると理解しているはずだが、それでもマスターはこの特異点に在留していたジークフリート──竜殺しの英雄にその任を任せたようだ。

 

 ああ、だがしかしあれは傑作だったな。

 

 竜殺しが我を認識した途端、血相を変えて剣を構えた。

 我を見て身構えるのは仕方あるまい。

 だが、敵対する以上は──と、魔力を回そうとした時にあのマスターが焦ったように我等の仲介をしたのだからな。

 

 ……ふふ、愉快だ。

 

 アレが慌てふためく姿などそうそう拝めまい。

 

 その後は我と竜殺しは距離を取った。

 ま、当然であろうな。

 我は然して気になりもせんが、竜殺しであるジークフリートは話が別だ。

 頭では理解しても本能が嘯くのだろう。

 

「ああ、なんて……なんて幼いの」

 

 そして竜殺しの呪いを完治させた後に今回の特異点の元凶は現れた。

 ファヴニールという竜を聖杯の力と自身の能力を合わせて支配下に置いて従えていた。

 

 その女は我がマスターを見て、目を見開き身体を震わせていた。

 

 ……ああ、此奴もか。

 

「痛みも、苦しみもなく……一瞬で燃やし尽くしてあげるわ」

 

 マスターに向けられる激情の嵐。

 愛憎入り混じった特大の感情と執着がマスターにぶつけられていた。

 

「ここで全部終わらせてあげるわ──ジル!」

 

「ええ、全てこのジルにお任せを」

 

 ワイバーン、海魔、シャドウサーヴァント、ファヴニール。

 

 数多の敵がたった一人を撃滅すべく、一斉に襲い掛かる。

 矮小な人の身には余る絶望の津波に──けれど、表情は一切歪むこと無く、我がマスターの瞳は我に向けられていた。

 

「エーちゃん」

 

 ……ああ、仕方あるまい。

 命令を受けるのは癪だが、我はまだ生きていたい。

 この首枷を外し、自由を得られるまでは──その時が来るまでは仕方がないからお前に従おう。

 

「お前達の願いは叶わない」

 

 ふぅ、と小さく息を吐いて全身に魔力を巡らせる。

 願いは叶えさせない、お前達の悲願はここで潰える。

 

 故に、絶望したまま潰れろ。

 

 

第二特異点 永続狂気帝国セプテム

 

 活気あるローマの人々が暮らす街。

 何奴も此奴も戦時中だと言うのに呑気に馬鹿面を晒している。

 そんな街中を我はマスターに連れられ歩いていた。

 

「エーちゃん、ほら次あっち行こ」

 

「分かった──分かったから手を繋ぐな!」

 

「ほら、はーやーくー、はーやーくー!」

 

「ああ、こら、分かったから。一緒に行くから」

 

 全く……何故我がマスターは我と平然と手を繋ぐのか。

 我の恐ろしさは知っているはずだ、我の強さだって散々目の前で見せつけた。

 それでも何故怖がらない。

 

 そんな内心とは裏腹にマスターはローマ市民を嬉しそうに眺めていた。

 ニコニコ、ニコニコと何が楽しいのか嬉しそうに笑っている。

 

「んふふ、凄いねぇこのローマの街は。皆、不安だろうにそれでもその感情を表に出してない。きっと、ネロちゃんがどうにかしてくれるって信じてるんだろうねぇ」

 

 ネロ──ローマの皇帝。

 此奴も此奴で随分と面倒な気配がする。

 寂しがり屋、甘えん坊……愛を貰えずに育った子のように飢えている。

 本人すら知覚出来ていないその腹の底に渦巻く感情がどれだけ狂ったものか。

 

 此奴が今回の元凶では無いことに未だに驚きを隠せん。

 

「む? そうであろうそうであろう! そなた、もっと余を褒めても良いぞ!」

 

「偉いぞー凄いぞー! 本当にいっぱい頑張ってきたんだね。ネロちゃんが積み上げてきたものがきっと今の皆の笑顔を作ってるんだね」

 

「お、おぉ? そ、そこまで言われると余でも照れるぞ」

 

「むふ、いっぱい頑張ったネロちゃんには■■(パワー)がいっぱい撫でてあげるので。よしよし」

 

「……そなたの手は、何だかとても安心するな」

 

 我がマスターは屈んだネロの頭を両手でわしゃわしゃと撫でていた。

 かなり乱雑に撫でられているというのにネロは嬉しそうに目を細めてマスターの手を堪能していた。

 

 そうしてネロが満足するまで一通り撫で倒したマスターの矛先は今度は立香達へと移った。

 

「これが■■(パワー)の癒しパゥワァー……。立香とマシュも撫でてあげるー」

 

「ウェッ!? い、いや俺は──うわわわっ」

 

「待っ、待ってください■■(パワー)さん! わたっ、私は大丈夫──ひゃあああああ!?」

 

 マスターは立香とマシュの二人に飛び付き、ニコニコと笑いながらネロと同じように撫でていた。

 立香とマシュも最初は恥ずかしそうにしていたが、撫でられている内にマスターが撫でやすいようにゆっくりと身をかがめ、頭をマスターに預けていた。

 

 ……ふん、我がマスター相手に随分とまあだらしない顔をして。

 

「むふー、満足。……さて、と」

 

 ネロ、立香、マシュの三人を散々撫で倒したマスターは満足したように息を吐くと今度は此方に目を向けた。

 

「エーちゃん」

 

「……何だ」

 

「いつもありがと」

 

 そう言ってマスターは少し背伸びをして我の頭に手を置いた。

 

「……っ、我の頭を気安く撫でるな」

 

 先程の三人のように激しく撫で回すのではなく、優しく撫でてきた。

 ……温かい、人の手はこんなにも温かいものだったか? 

 

 自分の手を触ってみるが、温かいとは感じない。

 寧ろその逆でどちらかと言うと我の手はほんのりと冷たかった。

 

 ……温かいな、マスターの手は。

 

「んふ、それでもいつも頑張ってくれてるお礼くらいはね?」

 

「……ふん」

 

 そうして撫でられて……だがこれ以上好き勝手されるのは御免蒙る。

 マスターから距離を取り、顔を背ける。

 これ以上は付き合ってられんからな。

 

「ありゃりゃ、離れちゃった」

 

「さっさとこの特異点の元凶を潰す。そうすればこんな所からさっさとおさらば出来るだろう」

 

「……んひひ、素直じゃないんだー」

 

 何を言う。

 我は最初から素直だとも。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 魔神柱フラウロス、そう名乗って醜悪な肉柱に変身した男──忘れていたが、特異点Fでも最後にしっぽを巻いていたレフがボロ雑巾の様な姿で地面に倒れ込んでいた。

 

「そら、どうした? もう喋らなくていいのか? 聞きもしていないのにベラベラ喋っていただろう?」

 

「き、貴様ァ……!」

 

「惰弱、脆弱……所詮使い走りではこの程度。これならあの時にきちんと殺してやっておくべきだったか」

 

 魔神柱──魔神と名乗る割には強いとは思えなかった。

 事実そう苦戦もせずに潰せた。

 これなら特異点Fで殺し切っておけば、態々こんな所で戦う必要もなかっただろう。

 

「舐めるなよ、人理の影法師如きが! 良いだろう、ならば貴様らには絶望というものを見せてやる! さあ、人類の底を抜いてやろう! 七つの定礎、その一つを完全に破壊してやろう!」

 

 さて、どうやって殺すかと考えながらレフに近づくと、奴は懐に隠していたであろう聖杯を掲げ、願いを述べた。

 

 ……我を前に願うか。

 

「来たれ、破壊の大英雄──アルテラよ!」

 

 聖杯から現れたのは今までのサーヴァントとは一線を画する力を有した者だった。

 加えて──どうにも此奴からは宙の香りがする。

 

「ハ、ハハ、ハハハッ! これで貴様らは終わり──」

 

「黙れ、今すぐ私の前から消え失せろ」

 

「あ?」

 

 レフが反応するよりも速く振るわれたアルテラの剣はいとも容易くレフを真っ二つに斬り裂いた。

 大量の血と臓物を地面にぶちまけるレフであったものを尻目に我はアルテラの持つ剣に目がいっていた。

 

 ──これは、アレスの気配? 

 

「わーお、真っ二つ。出オチってやつ?」

 

「こら、マスター。ちゃんと後ろに下がっていろ。あれは少々厄介だ」

 

 そんな事を考えているとマスターが我の後ろからひょっこりと顔を出して真っ二つになって死に絶えたレフをジッと見ていた。

 

 ……まったく、貧弱なマスターならマスターらしく後ろに下がっていればいいものを。

 そうして身を危険に晒せば我も一緒に消えてしまうのだ。

 

 その辺に関して今度話した方がいいかもしれん。

 

「……マスター? あぁ、そうか、そんなにも……」

 

 アルテラはマスターという言葉にピクリと反応した。

 虚ろだった瞳に光が宿ると同時に酷く強い感情が渦巻いていた。

 

 何だ? 此奴もか? 

 

 幽鬼のような足取りでフラフラとマスターの方へと歩み寄るアルテラの前に我はマスターを守るように一歩前へ出た。

 

「宙より来た飛来者の残骸か……。残骸と言えど同じ出自、先の奴より少しはマシだろう」

 

「……どけ、私の邪魔をするな」

 

「それはこちらのセリフだ。我の邪魔をするならここで殺す」

 

 ここでマスターを殺されても困るのだ。

 我はまだ完全に自由にはなれていないのだから。

 故にその野望を邪魔するというのなら、我の前に立つということがどういうことなのかその体に刻んでやろう。

 

 

 

第三特異点 封鎖終局四海 オケアノス

 

 ゼウスに連なる者、傲慢なるもの。

 罪なるかな、咎なるかな、悪なるかな。

 裁かねばならない、罪を導かねばならない。

 

「ふー……!」

 

「どうどうエーちゃん。落ち着いて」

 

「落ち着いている、落ち着いているともマスター。だから離してくれマスター。何すぐに終わる。ゼウスに連なる者を排除するだけだ」

 

 アルテミス、そしてアポロン。

 どちらもオリュンポス十二機神に名を連ねる者。

 即ちゼウスに連なるものだ。

 

「んもーエルバサみたいなこと言い始めてるよ」

 

「そいつもゼウスに連なるものか?」

 

「違うよー? ほらほら落ち着いてー」

 

 マスターに正面から抱き止められる。

 幼子をあやす様に背中を優しく叩かれる。

 邪魔だ、邪魔だ。

 我の邪魔をするというのなら弾き飛ばせばいい、殴り飛ばせばいい。

 

 力で以て我が前から排除すればいい。

 

 そうは思えど残った理性がマスターに力を振るうことを拒絶する。

 駄目だ、駄目だと──ここでマスターを殺してしまえば我は二度として自由を得られないぞと理性が嘯く。

 

「う、ううううう……!」

 

「わーお、すっごい嫌そう。んー、これはちょっと、仕方なし?」

 

「殺す……殺す……殺す……」

 

 だが、目の前にいるのは我にとって不倶戴天の敵。

 特に女神は嫌いだ。

 例え運命の女神でなかったとしても──! 

 

「エーちゃん」

 

「何だ、マスター。彼奴ら殺していいのか」

 

■■(パワー)の目をよく見て」

 

 マスターに顔を掴まれ、強引にマスターの顔へと向けられる。

 

 マスターの宙に煌めく星の如き瞳と目が合った。

 

「はぁ……?」

 

水瓶を満たせ──■■(テンペランス)

 

「急に、何を……、……」

 

 膨れ上がった憎悪が萎んでいく。

 パンパンに張り詰めた風船から空気を抜いたように荒ぶる心が萎んでいく。

 抜けていく、抜け落ちていく。

 

 憎悪が、怒りが──私の感情が何処かへ流れていく。

 

「落ち着いた?」

 

「……ああ、まあ、自分でも不思議な位には」

 

 荒波だっていた心はいつの間にか湖面のように静かに。

 激情に焼かれていた脳はあっさりと冷却された。

 ……何かされたのか? 

 

「ん、それじゃあ後は■■(パワー)の影に潜っとく?」

 

「そうする。今は、顔を合わせたくない」

 

 考えるにしてもここではないな。

 少なくともアルテミスにアポロンが傍にいては抑えられるものも抑えられん。

 

 マスターの言う通り、泥の状態に戻り彼女の影へと沈み込む。

 

「はーい……それじゃあテミテミとアポアポももうこっちに来ても大丈夫だよ?」

 

「あ、あなたまたとんでもない奴を呼び出したわね……? 怪我させられたり、酷いこととかされてない?」

 

■■(パワー)ちゅわぁぁぁん! んーショタじゃないのがちょっと残念だけど、あどけない幼さのあるこの姿もまた良し! さあさあ、この私をハグして──ぐほぉッ!?)

 

 影から我の体の一部を形成し、マスターに飛び込んできたアポロンの憎き顔面に魔力弾を叩き込み、吹き飛ばす。

 

「我のマスターに触るな、穢れる」

 

「ア、アポロン様ーっ!」

 

 ふん、マスターが羊臭くなるなど死んでもゴメンだ。

 

「んーん、エーちゃんは■■(パワー)に良くしてくれてるよ?」

 

 そうだ、我はマスターに暴力を振るったことなどありはせぬ。

 だと言うのにこの女神はなんてことを言うのか。

 やはり女神は好かん。

 

「そ、そうなのね──ピィ」

 

「お、おぉ、此奴がこんなに脅えてる姿は初めて見たな。嬢ちゃん、アンタのサーヴァントは一体何なんだ?」

 

「エーちゃん? んー、■■(パワー)に聞くよりテミテミの方が詳しいと思うよ?」

 

「あー……そりゃそうなんだろうが──グベェェエエエ! ちょ、ちょっとアルテミスさん!? 止めて、抱き潰さなアッ───!」

 

「うぅ……! ■■(パワー)ちゃん、私何かあったら絶対に力になるからね! でも、今は、今だけは心の準備をする為にちょっと時間を頂戴!」

 

「……行っちゃった」

 

 物凄い勢いで何処かへ走り去っていったアルテミスとそのお供である熊のぬいぐるみ……いや、あれはオリオンか? 

 アレも難儀なものだ。

 斯くももう二度と帰ってこなくても構わないが。

 

 

 ◆

 

 

 聖杯を所持しているイアソン、そしてその傘下にいるサーヴァント達。

 取り分けヘラクレスという存在は厄介だ。

 十二の試練、狂化されてもなお揺るがぬ武技。

 成程、あれは英雄だと我でも理解出来る。

 

 故に聖杯を奪取するためにも先にヘラクレスをどうにかせねばならんだろうと話し合いをしていた。

 

「ヘラクレスは■■(パワー)とエーちゃんに任せて。立香とマシュはイアソン達をお願い、ね?」

 

「本当に大丈夫なのか■■(パワー)?」

 

「んふ、立香、■■(パワー)とエーちゃんを信じて。大丈夫、必ず勝つよ。ただ、そうだね。確実に仕留める為にも出来ればイアソン達から引き離したい」

 

「……我ならヘラクレスが相手であろうと正面から潰し切れる」

 

 ヘラクレスがどれほど勇猛であろうと、どれほど強力であろうと、我にとっては脅威とは言いきれない。

 それこそ真正面から十二の試練を持つヘラクレスを打ち破ることだって可能であろうとも踏んでいる。

 

「それでも、だよ。万が一がある。そしてヘラクレスはその万が一を引き当てる事の出来る大英雄だもんね。たとえバーサーカーだとしてもそれを成し遂げる意志力がある。なら万全を期す為にもイアソン達の援護は受けさせたくない」

 

「……お前がそうまで警戒する相手か?」

 

「うん、この特異点で最も脅威となるサーヴァントだと思ってる。けど──」

 

 にひ、と笑う。

 マスターの目に宿る感情は──ああ、本当に。

 

■■(パワー)とエーちゃんなら絶対に勝てる」

 

「……分かった。マスターであるお前がそう言うなら従おう。それで、引き離すとは言ってもどうする? こう言ってはなんだが我がこちらにいる以上、彼奴らも警戒はするだろう」

 

「ふっふっふー、■■(パワー)は天才なので名案があります。それにはエウエウの力も貸してもらわないとなんだけど──わぁ、凄い顔。でも、怒ってるわけじゃない?」

 

 エウリュアレ──女神の一柱でもあるが、ゴルゴーンと深い関わりのある彼女に対する気持ちはかなり複雑だ。

 だがまあ、他の者に比べればまだマシだ。

 

「……従うと言った以上お前の決定には従う、従うから顔をムニムニするな」

 

「エウエウもそれでいい?」

 

「ええ、私は構わないわ。けど、何をするつもり?」

 

「んー、まあ、立香もマシュもエーちゃんも命を懸けて前線張るなら■■(パワー)も命を張らないと、ね?」

 

 

【第四特異点】

 

 魔術王の脅威を何とか振り払い、疲弊しきった我がマスターが地面にへたり込みながらもなにやら納得がいかなさそうに唸っている。

 

「んむ、んむむむむ……」

 

「どうしたマスター」

 

「何か■■(パワー)だけ魔術王に滅茶苦茶ボロクソに言われた……」

 

「ああ、アレか。傑作だったな。散々罵倒された挙句最後にはお前こそが人類という存在の愚かさの象徴だと罵られたからな」

 

 この我からしてもそこまで言うか? と思わざるを得ないほど、我がマスターはボロクソに貶されていた。

 魔術王のヘイトの八割は我がマスターに向けられていたのではなかろうか。

 

 それほどヘイトを向けられていてもなお切り抜けた我がマスターもやはり何処かおかしい。

 特に魔術王の魔術に干渉し、剰え弾き飛ばしたなどがな。

 

 我とてその程度可能だ。

 だが、我がマスターは我のような存在では無いはずだ。

 しかしそれでも確かに致死の攻撃を弾き、その身を守った。

 

「むぅ……■■(パワー)、ちょっと遺憾。人類はそんなに愚かじゃない。エーちゃんはどう思う?」

 

「さぁな」

 

 そんなマスターの事が気にならんと言えば嘘になる。

 嘘になるが、それよりもまずは──

 

「しかしそんなことよりも、だ」

 

 スッ、と目を細め愚かな我がマスターへと詰め寄る。

 

「マスター、何故あの時前に出た? 危険だと分かっていたはずだ。一歩間違えれば死んだとしてもおかしくはない。そもそもマスターの命は我の命でもあると言っていたはずなのだがな? ん? 何か理由があるのなら言ってみればいい」

 

 魔術王の攻撃範囲が拡大し、その中にもう一人のマスターである藤丸立香にも被害が及ぶ──そんな時にあろう事か、この愚か者は我に助けを請わず、魔術王の魔術でその身を焼かれながらも藤丸立香を守っていた。

 

「はぅ……いやぁ、でも立香が危なかったし……」

 

 ……気に食わん。

 

「マシュがいただろう、それにあの場には我とていた。仮にあの場でマスターが身を呈して立香とやらを守らなくてもいくらでも防ぐ手段などあった」

 

「うぅ……」

 

「……はぁ、いいか、マスター。再三言っておくがお前の命は我の命でもある。お前が生きねば我も生きられん。理解したか? したのならもう二度とあのような行為はするな」

 

 マスターが死ねば、契約している我も消滅する。

 それは許し難い。

 我はまだ自由を得ていない、この首枷を外せていない。

 だから死なれては困る。

 マスターには生きていて貰わなければいけない。

 

「うむむぅ……それは、まあそうだけど……」

 

「ほう? つまり、何か。これだけ詰められてまだ懲りてないと?」

 

 我だけでなく、カルデアの全員からあれほど詰められても尚も歯切れの悪い返事しか返さぬマスターに少々苛立つ。

 

 何故だ、何故嫌がる。

 精々我の背中に隠れて日々平穏に生きればいいものを。

 我に縋って生を謳歌すれば良いではないか。

 それの何が不服なのだ。

 

「いやいや、違うよ!? ■■(パワー)だって皆に迷惑を掛けたいわけじゃないよ! ……でも、■■(パワー)はそれが必要ならやらないと。ううん、やらないといけないの」

 

「……」

 

「ま、そういうわけなのでエーちゃんが嫌ならマスター権を立香の方に移さないとね。立香ならきっとエーちゃんを受け入れるだろうし」

 

「ふ、ふふ……そうかそうか……」

 

 ほう、ほほぉ? つまりなんだ? そういう事か? 

 

「エ、エーちゃん?」

 

()()()()()?」

 

「あっ」

 

 安心しろマスター。

 お前のその願いはもう叶わない。

 

 

 

第五特異点 北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム

 

 愉快、実に愉快だ。

 まさか我がマスターが斯様な姿に成り果てるとはな。

 

「うむー」

 

「クッ、ククク……随分と愛らしい姿──いいや、毛玉になったなぁ我がマスター?」

 

 バスケットボール大の大きさのまん丸毛玉の謎生物が我がマスターであるとは誰も思うまい。

 ふふふ、本当に愉快だ。

 まさかマスターにこんな弱点があるとはな。

 

「うむむ!」

 

「フォーウ! キャウ! (特別意訳:ここに来てマスコット枠の強力なライバルの出現だと……!?)」

 

「うみゅー、みゅ!」

 

 獣の幼体とマスターがじゃれあい──いや、これは取っ組み合いか? 

 まあどちらにせよ、互いの姿が愛らしいせいでどう見てもじゃれあっているようにしか見えん。

 

 ……ふ、ふふ、マスターが負けたか。

 

「マ、マスター! フォウさんと■■(パワー)さんがとても可愛いです! ■■(パワー)さん! その、お触りしてもよろしいですか!?」

 

「みゅ」

 

失礼しますッッッ!!

 

みゅー!?

 

 マシュに対して嫌と返事したような気もするが、それが分からないマシュはマスターの返答を是と捉え、物凄い速度で手を伸ばし、マスターの体を堪能していた。

 

「ふわあああ……凄くモフモフです! フォウさんの毛並みに負けずとも劣らないモフモフ感覚……! これが新感覚のモフモフなのですね!」

 

「落ち着いてマシュ、語彙力が壊滅状態になってるよ。……ところで■■(パワー)、俺も触ってもいい?」

 

「……みゅ」

 

「ありがと! それじゃあ触るね!」

 

みゅみゅー!?

 

「うおっ……これはまた癖になる感覚……スゥゥゥ───

 

 ……そんなに、なのか? 

 

「みゅ! みゅ!」

 

 仕方がなく、そう仕方なく──お腹に顔を埋められ、短い手足を一生懸命にバタつかせてあんまりにも嫌がっている様子のマスターに助け舟を出すべく、立香とマシュから私のマスターを取り上げる。

 その際、酷く残念な顔をしていたが、仕方があるまい? 

 

 これは私のマスターなのだから。

 

「……はぁ、ほらもう良いだろう。我のマスターを返せ──本当にふわふわしてる……」

 

 マスターを抱き上げた瞬間、私の知らない感触が私を襲った。

 これは、なるほど……あの二人が気に入るのも分かる。

 

「みゅ!? うむむぅ!!」

 

 身体を弄られているマスターが抗議の声を上げるが、そんなものは聞こえんとばかりに無視してその毛並みを堪能する。

 非常に柔らかく手触りも良い。

 

 だが、何よりも私が気に入ったのは──

 

「……ふ、ふふ。マスターの命が我が手の中にあると思うと今までに感じたことがないほどにいい気分だ。生かすも殺すも正に我次第、といったところだろう?」

 

「……みゅ!」

 

 マスターの命が私の手の中にあるという事実だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「む、むむむ……本当に酷い目にあった。エーちゃんもマシュも立香もサーヴァントの皆もか弱い■■(パワー)の体を無遠慮にまさぐってくるなんて……」

 

「あ、あはは……本当にごめんね、触り心地が良かったからつい」

 

 明らかにがっくりと項垂れている姿のマスターにマシュや立香、その他サーヴァント達が謝りに行っていた。

 ……まあ、自分の体をあれこれ触られるのは嫌だろうな。

 

 私? 当然謝らん。

 

『本当にずるいぞぅ! 僕だってちょっと触ってみたかった──』

 

「ロマンー?」

 

『ハハハ! いやいや本当に女の子の体をベタベタ触るだなんて許し難いね! いや本当にね!』

 

『でも実際、なんであんな姿になったんだい? 私としてはとっても気になるんだけど』

 

 ダヴィンチが言った言葉は確かに我としても気になる。

 人であるマスターがわざわざ別の生物の姿を模倣する必要があったのか? 

 

「んー、魔術王との戦いでちょっと力を使いすぎたから? 少しでも失ったものを早く取り戻すためにあの姿になったってのが本当のところ。所謂■■(パワー)の省エネモードって奴。体が小さい分消費するエネルギー量も少ないから色々と立て直しやすい」

 

『なるほど……。でも、それって変身してるようなものだから逆に疲れそうな気もするんだけど?』

 

「んと、さっきも言ったけどあの状態は省エネ──生物で言うところの休眠状態に近い形態だから変身に使うエネルギーより回復するエネルギーの方が大きい。今の人間状態に比べてもね?」

 

 何も術をかけていない状態の今よりあの状態の時の方が効率がいい? 

 ふむ、確かにマスターの言う通り体が小さければその分だけエネルギー消費量は相対的には少なくなる。

 だが、心臓への負担は大きくなる。

 

 身体のでかいものはその分だけ心拍数は下がり、体の小さいものはその分だけ心拍数は上がる。

 故にエネルギー効率は良くともその分だけ身体に負担はかかる。

 ……いや、マスターは休眠状態に近いと言っていたか。

 

 ならば、体にかかる負荷は極限まで下がっている──と考えていいのか? 

 ……またあの姿になった時はマスターに悟られぬように心臓の音を聞いてみるか。

 

『なるほどなるほど……ねえ、■■(パワー)ちゃん──』

 

「いや」

 

『まだ何も──』

 

「や」

 

『くぅ──! 本当に残念だ!』

 

「そんなことより早く行こー。いよいよ最終決戦だからね!」

 

 マスターには長く生きてもらわなければならないからな。

 

 

 

第六特異点 神聖円卓領域 キャメロット

 

「まったく、何奴も此奴も気色の悪い……。我がマスターを見れば頭を抱えて苦しみ出すわ、譫言のように何かを呟いているわでここまで酷いとは思わなかったぞ。仮にも騎士と名高い円卓の騎士であろう?」

 

 もううんざりだ、何奴も此奴も私のマスターを見れば気色が悪いくらいに執着して。

 お陰様で砂漠越えも初代ハサンが住まう幽谷の谷に行くにしても何処にでも現れては邪魔をしてくる。

 

 何よりも嫌なのは私のマスターを通して別の誰かを見ているということだ。

 

「むー……でも、実際どうしたんだろうね?」

 

「……マスターには心当たりはないのか」

 

 あそこまで執着されるとなると何かしらマスターとの関係性があると見るのが妥当だ。

 

■■(パワー)? んー、■■(パワー)にはないかな! だって■■(パワー)は初めて会うし……」

 

「──嘘ではない、か」

 

 しかし、マスター自身は会ったことはない。

 初めて出会うという。

 それが嘘をついてるようには見えず、本心から言っているようにも見える。

 

「むむっ、エーちゃん酷い。■■(パワー)は割と正直者だよ」

 

「ふっ……割と、か?」

 

「なぁに?」

 

 割と、割とね。

 そうだろうな、お前は嘘を言ってないし、正直者ではある。

 だが、本当のことも言ってない。

 そうだろう? 私のマスター。

 

 私がどれだけお前と共に過ごしてきたと思っている。

 

「……いいや、何でもない。ほら、この特異点での最後の戦いだ。お前の顔の力で厄介な敵であるはずの円卓の騎士はあっさり無力化出来たからな。体力魔力共に万全だ。さっさと叩き潰してカルデアに帰ろう。砂と埃だらけでシャワーを浴びたい」

 

 だが、いいさ。

 お前がどれほど私に隠し事をしていようと、最後にはお前の全てを私が暴くのだから。

 

■■(パワー)の顔の力って……むー、言い方に悪意を感じる」

 

「ククッ、なに、褒めているとも。事実お前のお陰で楽になったからな。ガヴェインも立香達が抑えているし、我等を阻む者は誰一人として存在しない。早々にケリをつけねばな」

 

「まあ、そうだね。早く行こっか」

 

 未練たらしく執着する騎士共も全て鏖殺する。

 例えマスターがお前達と関係があったのだとしても最早関係ない。

 お前達の手からマスターはすり抜けている。

 

 お前達の願いは叶わない。

 

 だから、後は貴様だけだ。

 この特異点に来てからずっとずっと目を向けていた貴様だけ。

 

 なあ、女神ロンゴミニアド。

 

「来たか、カルデア──の、ます、たぁ……?」

 

 ……ああ、ほら見ろ此奴もだ。

 感情が抜け落ちたような顔から考えられないほど、私のマスターを見て動揺している。

 他ならぬ目で追っていたというのに直視し、対面したことでもう逃れられなくなってしまった。

 

 ──その瞳に執着の色が濃く現れ始めている。

 

「ほら見ろ此奴もお前の顔を見て怯んでいるぞ」

 

「言い方ァ! ■■(パワー)そんなに酷い顔してるかな!?」

 

「……ははっ、まあ、我は好ましく思うぞ」

 

「む、むむっ、むむむっー!」

 

 むすっ、と頬を膨らませて怒るマスター。

 それを見た獅子王は更に強く苦しみ始めていた。

 

「あっ、ぐぅっ、頭が……ッ!」

 

 割れるような痛みが襲ってきているのだろう。

 脳が炸裂したかのような痛みがあるのだろう。

 制御出来ないほどの暴れ狂う感情に心と体が乱されているのだ。

 

 それはこの特異点で現れた全ての円卓の騎士がそうであったからな。

 

「……本当に凄いなお前の顔。仮にも女神の精神に大ダメージを与えてるぞ」

 

「帰ったら覚えとけよぅ……」

 

「は、違う、違う違う違う違う! わた、私は知らない! 私は、私にはっ! そんな騎士はっ!」

 

 マスターが喋れば喋るほどに。

 マスターが表情を変えれば変える程に。

 獅子王は常の平静が崩れ取り乱している。

 

 顔を両手で覆い隠し、それでも溢れた涙が手のひらからこぼれ落ちていく。

 なあ、お前は何を知っていて、何を思い出している? 

 

「……ここまで来るといっそ哀れだな。早々に殺してやるのが慈悲か?」

 

「ん、そうだね。早く寝かせてあげよ」

 

「グゥゥゥ──ッ! やめろっ! やめろやめろォッ!」

 

 今も両の眼から涙を零しながら耐え難い記憶の濁流に襲われていてもなお、その痛みを振り切りその手に持つ()()()()()を構え、我に憎悪と嫉妬の籠った目を向けてくる。

 

「その声で! その顔で! その姿で! 私の前に立つなァッ! 私から……私の大切なモノを奪うなァッ!」

 

 ……は、良い顔をするようになったじゃないか。

 前の時よりも今の方が余っ程良い。

 

「ほお、振り切ったか。そのままでいれば楽に死ねたものを。……来るがいい、女神ロンゴミニアド」

 

 マスターに向ける執着の感情。

 それはこれまで出会った来たサーヴァント達よりもあまりにも強く、重い感情だ。

 大切だったのだろう、愛おしかったのだろう。

 

 だが、もうお前の手の中にはマスターはいない。

 マスターはお前の手の中からすり抜けて私の手の中にいるのだ。

 

「神を裁く現象としてお前も裁いてやる」

 

 たとえ昔、マスターがお前のモノだったのだとしても。

 

「お前の願いを否定してやる」

 

 もうマスターはお前のモノではない。

 

「マスターは私だけのモノだ」

 

 

 

第七特異点 絶対魔獣戦線 バビロニア

 

 

 

 夜がふけ、朝へ向かう束の間の時間。

 私とマスターはウルクと冥界を繋ぐ大穴の前に立っていた。

 大穴の中からは災害を想起する破壊音とそれに抗う立香達の声が聞こえた。

 マスターの読みが正しければティアマトは全てを押しのけて冥界から這い出してくる。

 

 冥界からティアマトが再度這い上がってくればそれこそ正真正銘本当の終わりだ。

 私の性能自体、ティアマトに負けるとは思わないが、どうしても出力差というものがある。

 

 故にこそ我等はあの激闘に参加をせず、唯ひたすらここで待っていた。

 全てはティアマトをもう一度冥界の底に叩き落とすために。

 

 そしてこれは待っている間のほんの些細な時間のことだ。

 

「なあ、マスター」

 

「なぁにエーちゃん」

 

 ウルクと冥界を繋ぐ大穴の淵に座っているマスターに話しかけるとマスターはいつものように私に笑顔を向けてきた。

 

「……お前は、この人理修復の旅が終わればどうするつもりだ?」

 

 気になっていた。

 旅が終わりに近付くにつれて、否が応にも旅の終わりの先を考えさせられた。

 普通に考えれば旅が終われば私は消え去るだろう。

 元より人理修復の為に召喚されたのだ。

 故に人理修復を果たせば私が消えるのは道理だ。

 

 ……なら、私が消えた後のマスターはどうなるのだろうか。

 

「もう魔術王に勝つつもりでいるのー?」

 

「勝てるだろう、私とマスターがいれば。それにマシュや立香、彼奴らに、お前に付き従うサーヴァント達もいる。なら負けることなどないだろう」

 

 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべるマスターに何を当たり前のことを聞いているのだろうかと思いながらもそう答える。

 私がいて、お前がいて、彼奴らもいる。

 なら負けることなどあるわけがない。

 

 それに──

 

「お前はもう勝つ算段がついているんだろう?」

 

「……んひ、内緒」

 

 ほお、内緒か。

 ここまで健気に付き従ってきた私に対して内緒というのか。

 ふぅん? 

 

「……」

 

「そんなに見つめてきても内緒なのは内緒だよー」

 

 んべっ、と舌を出しながら私の圧に負けて顔を逸らす。

 ……駄目か、こうなるとマスターは絶対に言わん。

 それは今まで過ごして来てよく分かっている。

 

「はあ、分かった分かった。……それで、お前はどうするつもりなんだ?」

 

 だがまあ、どう勝つつもりなのかなどは正直どうでもいい。

 問題はその後のこと。

 マスターは全てが終わったあと、どうするつもりなのかということだけだ。

 

 どんな答えが返ってくるのかと思いながらマスターの顔を見た。

 

 その時のマスターの顔はとても言い表せるものでは無かった。

 ただ一つ言うのなら昔の私に似ていたような、とても遠い所を見るような顔だった。

 

「──そう、だねぇ。どうしよっか」

 

「……? 何も考えてないのか」

 

 返ってきたのは予想だにしない答えだった。

 マスターのことだからてっきり世界中を旅するだとか美味しいものを食べ歩くとかそんな俗な願いをするものだとばかり思っていた。

 

「うん、考えてなかったし……考えたこともなかったなぁ」

 

「勝つ算段も付けているのに、か?」

 

「うへ、勝つ事だけを考えてたからねぇ。その後のことなんてなーんにも考えたことなかったや」

 

「……そうか」

 

 マスターも……何も考えていなかったのか。

 

「エーちゃんは?」

 

「私?」

 

「うん、エーちゃんはこの旅が終わったらどうしたいの?」

 

「……私、は──」

 

 ……何がしたいのだろうか。

 前は自由になれれば人理がどうなろうがどうでもいいと思っていた。

 でも今は人理修復が終わって消滅するのは──本当に嫌だがそれでもまあ、仕方がないと納得出来るかもしれなくなった。

 

 でも、もしも、もしも──私に終わりの先が許されるというのなら……。

 

「私はサーヴァントだからな。お前が行くところが私の行くところになるだろう」

 

 そう言うとマスターは驚いた様に目を丸くした。

 

「──■■(パワー)と? んふふ、意外。エーちゃんの事だから受肉して自由になるって言うのかと思ってた」

 

「……考えつかなかったな。そうか、受肉……聖杯が幾つもあるのだから私でも受肉出来るかもしれんのか。ふふっ……いい事を聞いた」

 

 受肉、受肉か。

 今まで考えもしなかったが、それもいいな。

 受肉をすれば私は本当の自由を得られる。

 マスターに縛られることもないし、自由に空を飛んで自由に行きたい場所に行ける。

 

 ……私がマスターを連れて世界中を自由に旅することができる。

 私もマスターと一緒に美味しいものを食べて生きていくことが出来る。

 

「うわーっ!? エーちゃんが悪い顔してるー! やっぱり今のなし! 聞かなかったことにして!」

 

「はは、今願ったな?」

 

「願ってない!」

 

「いいや、願ったとも。ならばお前の願いは叶わない。私は絶対に覚えておくからな」

 

 ああ、そうだ忘れるものか。

 私は私の叶えたいと思った願いを漸く見つけられたのだ。

 その願いの為にはお前が必要不可欠なのだ。

 

「む、むむ……口は災いの元とはこういうこと……!」

 

 その小さい両手で口を塞ぐ真似をするマスターを見て思わず破顔する。

 

「ふ、ふふふ……! 良し、この旅が終わった後の楽しみができた。これからも私に付き合ってもらうぞマスター」

 

「……やーだよっ! そうなる前に■■(パワー)は逃げるもんねーっ!」

 

 なあ、マスター私がお前を逃がすわけがないだろう? 

 何故ならばお前はもう私の手の中にいるんだから。

 

「願ったか?」

 

「願ってない!」

 

 軽口をぶつけ合う今の時間がずっと続けばいいのにと柄にもなくそう思ってしまった。

 

「まったくもう……ほら、早く行こエーちゃん! そろそろティアマトが冥界から這い出してくる頃合いだから宝具で叩き落とすよ! そうすれば後は王様の宝具でドカーンしたら■■(パワー)達の勝ちだ!」

 

「ああ、行こうかマスター」

 

 きっとお前となら私は何処までも飛んで行けるから。

 

 

 

終局特異点 冠位時間神殿 ソロモン

 

『やはり、この座に到達したかカルデアのマスター。そして我が計画における最大の──』

 

『──特異点(イレギュラー)

 

『私はずっとお前のことを見ていた』

 

『誰よりも未来のないお前がみっともなく足掻く様を』

 

『最初から果てに存在するお前が人類の為に無様に足掻く様を』

 

『現象そのものにすら縋り付き、あらゆる障害を突破する愚かな貴様の姿を見ていたとも』

 

『お前達ならばここに到達すると私は確信していた』

 

『だからこそ、お前達の旅はここで終わる。お前達という存在の死を以て人理焼却は完了する。我等の悲願はここに成就する』

 

『最早お前達は私に敵わない。足掻く事を諦め、ただただ終わりを受け入れろ』

 

「ふ、ふふ……■■(パワー)に終わりを受け入れろ、だなんて面白いこと言うね」

 

 息も絶え絶えの様子でマスターはそう言うが、誰がどう見ても強がりでしかない。

 

『……何がおかしい。お前が信頼していたサーヴァントは最早何も為せぬ。お前が信頼していたもう一人のマスターとそのサーヴァントは立つことすら出来ん。私の脅威足りうるのは特異点たるお前だけだ。だがもうそれも終わりだ』

 

『私はお前達の旅路を見て常に解析をし続けた。如何に現象たる竜を従えようとも時間さえあれば我等は如何様にも対応出来た。だからお前の最も信頼するサーヴァントはそこで膝を突いているのだ。だからお前が守りたかったカルデアのマスターと盾の娘はそこで倒れ伏している』

 

『全ては私の演算通りだ。故にお前はここで終わる』

 

 ああ、全く以てその通りだった。

 魔神王を称するこの獣は私達に対して徹底的にメタを張り続けていた。

 どれだけ私が力を振るおうとも、どれだけマシュが力の限り戦おうとも彼奴はそれを見越してきていた。

 常に私達が不利になるように立ち回り、機械の如き冷徹さを以て私達の弱点を突き続けた。

 

 勝てなかった、届かなかった。

 

 あれほど豪語しておきながら私は負けた。

 

「……」

 

『諦めよ、お前の旅路の終着点はここだ』

 

「──ふ、ふふふ、ハハハハハ!!!」

 

 サーヴァントは皆倒れ、座から駆け付けたサーヴァント達とて此方に加勢に来ようとも魔神柱が邪魔をしてたどり着けない。

 絶望的な状況だというのにマスターは高らかに笑っていた。

 傷だらけの体で立ち上がり、魔神王と正面から向き合った。

 

『何故笑っていられる? それとも気でも狂ったのか?』

 

 それは当然の疑惑だ。

 こんな状況でマスターだけで何が出来るというのか。

 けれども、マスターの瞳にはまったく諦めの光はなくて──

 

「ねえ、■■■■■。あなたは最初から見誤ってたんだ。本当に見るべきものを軽んじてたんだよ」

 

『……何だと?』

 

「君と初めて会ったあの時、■■(パワー)は力を見せた。だから君は■■(パワー)を最も警戒した。それは正しいよ、もしも君が■■(パワー)を警戒していなかったらその時点で君の負けは必定だった。でもさ──」

 

 ガコンッ、と歯車が回る音が聞こえる。

 マスターが零した足元の血が姿を変えて赤い魔法陣を描いた。

 

「──別に■■(パワー)は全部の力を見せた訳じゃないんだよねぇ!」

 

 魔法陣が輝き、空間が軋みを上げ始めた。

 ……何だ、これは。

 

『……っ! 何が出来る! 特異点とは言え、たった一人の貴様が私に対して何が出来るという!』

 

 魔神王も同じ想いなのだろう。

 言葉では強がっているが、明らかに異質な魔法陣の存在に混乱している。

 知らない、分からない、見たことがない。

 

「うん、だから見せてあげる。■■(パワー)の罪を、私達の罪過を」

 

『いいだろう! そこまで言うのならここでお前の秘策ごと打ち破りその希望諸共お前を打ち砕いてやる!』

 

 そう宣言するマスターに何故か私は焦りを覚えた。

 このままでは駄目だと、取り返しがつかなくなるぞと私の何かが叫んでいた。

 

「マスター……ッ!」

 

「エーちゃん」

 

「まだ、まだ私は戦えるッ! お前と一緒ならどこまでだって──」

 

 そうだ、私はお前のサーヴァントなのだ。

 霊核だって砕かれていない、魔力だってまだある! 

 だから、だからぁ……! 

 

「今までありがとね」

 

「───」

 

 その言葉に私は時が止まったように体が固まった。

 

■■(パワー)は嬉しかったよ。エーちゃんと過ごせて。きっと、エーちゃんにとっても■■(パワー)にとっても瞬きをする時間にも及ばないくらい短い時間だったのかもしれないけれど、それでも楽しかった……嬉しかったんだ」

 

「何を、何を言っている……?」

 

 その先を言わせてはいけない。

 

「いつか言ったよね。■■(パワー)はそれが必要ならやらないといけないって。それが今なの」

 

「まて、まってくれマスター」

 

 それを口にさせたら──! 

 

「だってそれが──■■(パワー)の生まれた意味だから。■■(パワー)はこの時の為だけに生きてきたんだから」

 

 声が、出なかった。

 体が動かなかった。

 それがマスターの生まれた意味? 

 それがマスターが生きてきた意味? 

 

 そんな、そんなのまるで私と一緒じゃないか。

 

 悲鳴すら取り上げられた喉が声を出そうとしても、掠れた音すら出てこない。

 ただまるで酸素を失った魚のようにパクパクと口を動かすことしか出来なかった。

 

「立香、マシュ……大好き」

 

 マスターはそう言って倒れていた二人を抱き起こしてぎゅっ、と力いっぱいに抱き締めていた。

 

「そしてごめんね、■■(パワー)は今から立香達に呪いを残す。これから先はいっぱい辛いことがあるかもしれない。けれど、それでもどうか──■■(パワー)の分まで生きてね」

 

「待ってください、そんなまるで遺言のような……」

 

「きっと他に方法があるはずだ! だからそんな事言わないでくれよ!」

 

「……んひ、ごめんね?」

 

「謝るくらいなら……!」

 

 いつの間にか抱き締めていたはずのマスターが二人の傍から離れていた。

 二人はそんなマスターに向けて手を伸ばすけれど、その手がマスターに届くことはなかった。

 指先すらも届かず、二人の手は空を切った。

 

「そしてフォウ──ううん、キャスパ。マシュのことお願いね」

 

「フォーウ……」

 

「うん、ありがと。やっぱりキャスパはいい子だね」

 

「キュ」

 

 マスターはフォウの頭を一撫ですると、ゆっくりと正面へ──魔神王へと振り返った。

 

『……遺言は済んだか』

 

「うん、待っててくれてありがと。お礼に──■■(パワー)の本当の力、見せてあげる」

 

 ──起源融解。

 

 ──■■招来。

 

『これは……っ! なるほど、お前はそういう──!』

 

 拡がり続ける魔法陣。

 この空間すら侵食を始め、至る所に亀裂が生じる。

 マスターを中心に何もかもが壊れていく。

 

「節制解除──()()()()()()

 

 そしてそれはマスターですら例外ではなかった。

 膨れ上がった膨大な魔力が彼女の体を蹂躙し、壊していく。

 それでもその痛苦に顔を歪めることはなく──

 

『良かろう! ならば私もお前に敬意を表して最大にして最強の一撃を以てお前を終わらせてやる!』

 

「――虚ろに描けよ、我等の終末を。我等は罪過を背負うもの」

 

 この人理修復の中で初めてマスターは魔術師らしく詠唱を唱えた。

 

『ではお見せしよう。貴様らの旅の終わり。この星をやり直す人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を!! 第三宝具、展開──』

 

「我は力を司るもの。あらゆる障害を砕き、あらゆる命を壊すもの。壊せ、壊せ、壊せ──それこそが我が罪過なのだから」

 

 ──唄うように、嘆くように。

 

『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの──さぁ、芥のように燃え尽きよ!』

 

「創世と破壊は繰り返され、全ては虚ろへと帰結する」

 

 ──怖気の走る力がマスターというの器の全てを満たす。

 

 

 

誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)

 

 

終幕──■■■■■■■■■

 

 全てを灰燼に帰す人類終了を告げる光の帯がたった一人に向けて放たれ、そしてそれに対してマスターは赤熱化した拳を振るった。

 

 そして──■■の拳が極大の熱線に触れた瞬間、熱線に罅が入った。

 触れた箇所から罅が一気に熱線へと拡がり、砕かれ光の粉となって消えていく。

 純粋な物理威力によって砕かれたのでなく、寧ろこれは概念的に破壊されたような──

 

『……ッ! 馬鹿な! ありえん! 人類史全てを熱量に変換した一撃だぞ! それを、それをたった一振りで砕くだと!?』

 

 魔神王の顔が驚愕に染まる。

 それはそうだろう、人類史全ての熱量がたった一人によって砕かれたのだから。

 

 けれどその代償はあまりにも重く……。

 

 魔神王の宝具を防いだ反動でマスターの左腕はガラスのように変質し、砕け散っていた。

 否、それだけじゃない。

 砕けた左腕の先から徐々に徐々に体が崩れ落ちて行っている。

 

 だというのに、マスターは嬉しそうに笑っていて──

 

「立香──■■(パワー)が全部の障害を薙ぎ払ってあげる。■■(パワー)が君達の道を切り開いてあげる」

 

『──ッ! いや、まだだ! まだ終わらん! 一度で駄目ならもう一発──!』

 

■■(パワー)を前に撃てると思う?」

 

 音もなく超加速するマスターに魔神王は目を見開き、咄嗟に数多の魔神柱を肉盾にすることで攻撃を防いだ……はずだった。

 

『速い──ぐあァッ!』

 

「無駄だよ、どれだけ魔神柱を重ねてももう■■(パワー)には届かない。■■(パワー)にはそれはもう意味をなさない」

 

 幾多にも重なった魔神柱を蹴り砕き、魔神王の腹に強烈な一撃を叩き込んだ。

 衝撃が魔神王の体内で炸裂し、その威力に周囲の空間がヒビ割れ、大気が鳴動する。

 反動でマスターの足が砕け散った。

 

 壊れていく、消えていく。

 私の大切なマスターが。

 

『ありえん、ありえんありえんありえんッ! こんな所で終われるものか! 我が悲願が、こんな所で潰えるというのか! 何処で間違えた! 一体どこで──!』

 

「ふふ、エーちゃんの前で願ったのが間違いだったんじゃない?」

 

『……だが、まだ私の優位性は──!』

 

「そうだね、それでもまだ君の優位性は揺らがない。何故ならばネガ・サモンと七十二の数字の魔術があるから。だからそれ──」

 

 残った最後の拳を強く握り締める。

 

「壊すね?」

 

『ガッ、グゥアアアアアッッ!? 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な──これすらも砕けるというのか……!』

 

 音すら置き去りにして放たれた拳は確かに魔神王の顔の芯を捉えて、彼の全身にヒビが入る。

 その衝撃にマスターと魔神王は互いに大きく吹き飛び地面に激突する。

 

「んふ、■■(パワー)の勝ち!」

 

 そう言ってガラス化して砕け始めていく右手を掲げて、マスターは悪戯気に笑った。

 そんなマスターの元へと私は這うように体を引き摺って近寄ってもう半分しか残っていないマスターの体を抱き上げた。

 

「マスター、もう体が……」

 

 ただでさえ軽かったマスターの体がもう、重ささえ感じ取れないくらいに軽くなっていた。

 あ、あぁ……どうすればいい……? 

 どうすればマスターを助けられる? 

 

「エーちゃん」

 

 その優しい声に私はマスターがこれから何を言おうとするのか理解してしまった。

 

「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌だよ、■■(パワー)! 私はお前がいたから、お前が一緒に生きてくれたから……!」

 

 そうだ、私は■■(パワー)がいたら良かったんだ。

 一緒に生きていたいと初めて願えたんだ。

 

「エーちゃん」

 

「そうだ、私の霊基を使えば! 私の全てを魔力に変えれば──」

 

「エーちゃん」

 

「嫌だ! 聞きたくない!」

 

「エーちゃん」

 

■■(パワー)……嫌だ、私を置いていかないで。私をひとりにしないで。わたしといっしょにいきてくれ──」

 

 そう言葉にして、全身から血の気が引いた。

 私は今、なんと言った? 

 私は今、なんと願った? 

 

「あ、ち、違っ、違うんだ■■(パワー)。わた、わたし、そんなつもりじゃ……ねがったつもりじゃ……」

 

 反願望機たる私が願えば、それはもう二度と叶わない。

 だから、もうマスターは……。

 喉が渇く、視界が回る、私の世界が壊れていく。

 

 前が見えなくなるほどの大粒の涙が零れ、大切な■■(パワー)の顔を濡らしていく。

 大切な■■(パワー)の死が決定付けられてしまった。

 

「エーちゃん、ありがとう」

 

 だというのに■■(パワー)は微笑んでいて、元は柔らかかったはずの硬い手で私の涙を、私が怪我をしないように拭った。

 

「う、あ……ます、たぁ……?」

 

■■(パワー)はね、最初からここで終わるつもりだったの。だからエーちゃんが願ったとしても変わらなかったの」

 

「やだ……」

 

 嘘だ、最初から死ぬつもりだったなんて嘘だ。

 だって約束したじゃないか。

 

「エーちゃんにはいっぱい迷惑をかけたし、いっぱい頼ったよね。だからね? これは■■(パワー)が最期にエーちゃんに贈るお礼」

 

「さいごなんていわないで」

 

 人理修復が終わったら私に付き合ってもらうって約束したじゃないか。

 それを破るつもりなのか、■■(パワー)

 

「はい、これどーぞ」

 

「せいはい……?」

 

 ■■(パワー)が懐から取り出したのは大量の魔力が込められた聖杯だった。

 

「んひ、■■(パワー)実はとっても悪い子なのでカルデアから掠めてきちゃった。……それには■■(パワー)の魔力をずっと込めてきたから、エーちゃんの願い一個くらいは叶えられるよ」

 

「……でも」

 

 私にはそれは使えない。

 

「そうだね、エーちゃんには厄介なソレがあるもんね。だからそれも■■(パワー)が一部だけ持って行ってあげる。──水瓶を満たせ

 

 私の呪いとも言えるソレが■■(パワー)に流れ込んでいく。

 

「……全部持っていけたら良かったんだけどね」

 

 直感的に理解する。

 ■■(パワー)が持っていったことで私はもう、何かを願うことが出来る。

 きっと他の者とは比較にならぬほど苦労するだろうけど、真っ当に願って、真っ当に願いを叶えられるのだと。

 

「あ……まって、■■(パワー)

 

 そうだ、ならこの聖杯に■■(パワー)が生きるように願えばきっと、生きられるはずだ! 

 ■■(パワー)が死なずに済むんだ! 

 

 だから、だから──! 

 

「そしてこれが■■(パワー)がエーちゃんに贈れる最後の贈り物」

 

『テュフォン・エフェメロスに令呪を以て命ずる──』

 

 砕けた手に残った最後の令呪が輝く。

 それはまるで■■(パワー)の命の最期の輝きのようで……。

 

「おいていかないで!」

 

『自由に生きて』

 

 咄嗟にその手を掴もうとして、■■(パワー)の体は粉々に砕け散ってしまった。

 大切な■■(パワー)とのパスが消えてしまった。

 愛しい■■(パワー)との繋がりが消えてしまった。

 

「───」

 

『……死んだか。私も見誤っていたということか。特異点たる■■(パワー)という存在の力を。だが、それでも私はここに生きて存在している。ネガ・サモンを失い、七十二の数字の魔術を壊されようともあくまでそれは一時的なもの。お前達を殺し、修復に専念すればこの傷も癒えよう。お前達もあの者の後を追うといい』

 

 誰かが何かを喋っている。

 うるさい、うるさい……! 

 

「黙れ、もう喋るな」

 

 砕けて結晶のように小さくなった■■(パワー)の欠片を掻き集めてグッと自分の霊核へと押し込んだ。

 ああ、そうだ──■■(パワー)

 

 私達はずっと一緒だ。

 

『──!』

 

「霊殻変移──テュフォン」

 

 肉体が溶けていく。

 大切な■■(パワー)の欠片を一つ足りとも置いていかないように私達は混ざり合う。

 

 私は何があろうともお前だけは置いていかない。

 

「お前の願いは叶わない──否、叶わせない」

 

 だけどその前に──

 

「無常の中で死んでいけ」

 

 ──魔神王、お前の何もかもを否定して壊してやる。

 

 

 

 

 

 

 >……再生終了。

 >……お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぷちッ!うぅー、風邪?」

 

「いやぁ、僕達に風邪の概念はないんじゃないかな?」

 

「それもそっか……。死神(デス)は今から?」

 

「はいはいそうですよ〜?(パワー)ちゃんが頑張って特異点に仕込んでくれたのでね!今からまた調整のお仕事です!」

 

「ん、がんばー。また過労死しないでね?」

 

「はっはっは、しないように気をつけ──ぐっふぇ……!」

 

「あ、死んじゃった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……エーちゃん」

 





この後、エーちゃんとボロボロの立香くん達が意地でもゲの字を撃破しましたの。
結局の所、ゲの字が本当に警戒するべきはパワーちゃんではなく立香くん達でしたの。
立香くん達がぶっ殺された時点でパワーちゃん的には終了でしたので。
ちなみにパワーちゃんが遺した聖杯を取り込んでテュフォン・エフェメロスとして再臨を果たしたエーちゃんはゲの字を撃破した後、何処かに飛んでいきましたの。
一体どこに飛び去ったんですかね?

テュフォンが癖にぶっ刺さりまくりましてよ!
あと純粋にレズちゃんことパワーちゃんとクソほど相性がよろしいので相棒ポジに抜擢しました。
エフェメロスは食われる為に作られた存在で、パワーちゃんは死ぬ為に作られた存在ですので……うーん、相性ばっちり(外道)

テュフォンはエミュがとても難しくてこれで正しいのかと不安になりながらも書いてましたの。
おかげで本来なら1万字程度で収めるつもりが倍の2万とちょっとを超えてしまいましたわ……。
とは言え、エミュがまだまだ甘いところもあるので感想お願いしますわ!
他の方からのデュフォン像を学んでテュフォンエミュを高めたいので!

それはそれとしてマスターと仲を深めて最後の最後にマスターに生きて欲しいという願いを思わず口に出してしまった結果、どうやってもマスターの死が確定してしまって絶望するテュフォンちゃんはお可愛いことではありませんこと!?(闇のお嬢様)

あ、そうそう書くにしても過去パートはこんな感じになりますの。
頻度としては章が終わる事に一話と考えてますわ。
というわけで以上を踏まえて改めてアンケですの!
協力お願いしますわ〜!

アンケですの!

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