色々あったりまとまらなかったりでした。
蛙吹梅雨にとって否見黒微という男子生徒は、もの静かな印象のあるクラスメイトだった。
切島を中心に男子生徒らと談笑している印象のある彼だが、今ではAクラスだけでなく、Bクラスにまで交友関係を拡げているようで、度々廊下で話しているところを見かけることが多い。
前にちらりと聞いた「友達が少なかった」という話が嘘のようだ。
それでも否見と会話する機会は少ない。彼自身あまり話さないというのもあって、梅雨とは関わりが少なかった。
「……」
「……」
そんな否見黒微と蛙吹梅雨は今、二人でバスに揺られていた。
◆
雄英高校では例年、夏休み中に林間合宿がある。
なので今年度も執り行う、という話がA組にも相澤からされたのだ。学校らしいイベントにクラス全体が沸き立ち、色めきたった。
だが、歓声は長くは続かなかった。その際に参加条件を言い渡されたからだ。
それは、期末試験で筆記・実技試験ともに赤点を取らないこと。
これに悲鳴を上げたのが、芦戸、上鳴を筆頭とした勉強苦手組だ。HR終了後、八百万に泣きつく二人を尻目に、話題は実技の試験内容に移る。
一体どのような試験内容なのか。それぞれが自分の予想や意見を述べていく中で、以外な人物から答えが出された。
「拳藤さん……B組の人が先輩に聞いたらしいんだけど、入試のときのロボらしいよ」
最近B組との交流が著しい否見黒微である。「拳藤さん」について、ブドウ頭に激しく言い寄られる否見を尻目に、話を聞いていたのか、先ほどまで筆記試験に嘆いていた芦戸・上鳴コンビが楽勝ムードに浸りだす。
一度入試でクリアしている試験なので、そうなってしまうのも仕方がないといえば仕方ないだろう。
試験当日。
コスチュームを着用して集まったA組生徒らの前にいたのは、複数人の雄英の教師たちだった。
なぜここにたくさんの教師たちがいるのか。試験内容がロボットを相手にしたものなら、測定することを考えてもこんなにも教師は必要としないはずである。
生徒たちの思考に疑問が浮かぶと、相澤の首元から飛び出した根津校長から、試験内容を改める、と説明された。今日危惧されている
「というわけで...諸君らにはこれから、
◆
そうして冒頭に戻り、蛙吹梅雨は否見黒微と試験を受けることになったのである。
(ケロ……)
会話が一度もないためか、バス内は重苦しいほどの静寂に包まれていた。前の席に座っている相手役の教師、セメントスも心配で気にしているのか、ちらちらと蛙吹らの様子を窺っている。
けれど、蛙吹はこの沈黙を然程気にしてはいなかった。否見の人柄は知っていたし、チーム発表をされたときからこうなることは予見できていた。
(ケロ……けれど、このままでいいわけでもないわ)
二人一組で試験に臨む以上、クリアに連携は必須だろう。それには、連携する相手のことを知る必要がある。どのような作戦にするか、どう動くのか、どのような個性なのか。実技訓練などである程度は解るが、詳しく把握しておくに越したことはない。
蛙吹自身人見知りでもなく、どちらかと言えばお友達はできるならたくさんほしいわ、というタイプだ。友達になりたい相手には「梅雨ちゃんと呼んで」と声を掛けるなど、勢力的に動いている。
ならば必然的に、動き出すのは蛙吹のが早かった。
なら、試験会場に着く前に済ませてしまいましょう。
今座っていた座席から離れ、否見のとなりに座った。
「ケロ。よろしくね、否見ちゃん」
「うん。よろしく、蛙吹さん」
蛙吹は見上げる形でとなりに座る否見を見つめる。
首元を包帯のような黒い布で巻き付けられ、同じ見た目のものが髪の毛が出るかたちで頭にも巻かれている。その上から顔を覆う真っ黒い面をしており、上半身には黒いスーツを纏い、袖は七分ほどで腕には長く黒い手袋をしている。腰には救助キットやポーチを下げていて、下半身は黒いズボン、黒いブーツに膝にプロテクターをつけたりと、常闇にも負けないほどの黒ずくめっぷりである。
本人曰く、幽霊の見た目を模している、らしい。
「それでね、否見ちゃん。聞きたいことがあるの」
はじめに聞きたかったこと。それは――――。
「あなたの『個性』の詳細を教えて」
◆
「彼の『個性』は『幽霊を出すこと』だけではない、ということですか?」
期末試験当日より幾日か遡り、職員室では期末試験で試験官を務めることになったセメントスが、A組の担任を務める相澤から話を聞いていた。
「ええ。あいつの『個性』の『本質』はそこじゃない」
話の内容は、とある生徒の『個性』ついて。
「本質、ですか……」
「はい。まぁ、俺も知ったのは最近なんですが」
相澤は手元の紙に目線を落とす。
その手にはある『個性』のことが記されていた。
「今まであいつは自分の『個性』のことを『幽霊を出す』に留めて、クラスメイトたちに説明しています。が、これは恐らく意図的でしょう。まぁ、あいつからしたらどちらも自分にしか見えないものなんだから、より伝わりやすい方を取ったんでしょうが」
「……」
セメントスは相澤の話を聞きながら、相澤から渡された紙に目を通す。
「だが、合理的じゃない」
そこでセメントス先生は、あいつから『幽霊を出す』以外を引き出してください。
◆
試験会場は市街地を想定されたステージで、地面には舗装された道路があり、それを挟むガードレール、街灯、歩道とビル群があった。
到着してはじめにされたことは試験についての説明だった。
試験の内容は、敵との会敵を仮定としたもので、
受験者の目的は制限時間30分以内に、「指定のハンドカフスを教師にかける」か、「受験者のどちらか一人がステージから脱出する」こと。二つのうちどちらかを達成すれば試験クリアとなる。前者は戦って勝てる相手の場合を、後者は実力差の開いている相手ならば逃げて応援を呼ぶ場合を想定されたものである。なお、脱出には指定のゲートを通過する必要がある。
「君たちはステージ中央からスタートする。なにか質問はあるかい?」
「いえ、ありません」
セメントスからの問いかけに否見が答える。彼のコスチュームでセメントスから顔は見えないが、声色と態度からしっかりと試験内容は理解できたのだろう。
「蛙吹くんは、何かあるかい?」
「……いいえ。大丈夫よ、セメントス先生」
もう一人の生徒である蛙吹にも声をかける。何か考えこんでいるようで返事が遅れていたが、セメントスは問題なしと判断した。
「それじゃあ、試験開始の合図があるまでここで待機するように」
「……否見ちゃん」
「……うん、わかってる」
「
◆
試験開始から20分。試験を終えた緑谷は、保健所と放送の役割のあるリカバリーガールから許可を得て、そのまま他のクラスメイト達の試験の様子を見学していた。
「あの……今回テストと言いつつも、意図的に各々の課題をぶつけてるんですよね?」
「そうさね」
例えば芦戸・上鳴ペア。相澤曰く良くも悪くも単純な行動傾向にあるらしく、そこを抉り出すことでその後も動けるかどうか。轟・八百万ペアは、片や轟は全体的に力押しのきらいがあり、片や八百万は万能だが咄嗟の判断力や応用力に欠けるため、近接戦闘で弱みをついたりと、それぞれの痛いところをついている。
「なんとなくわかる組もあるんですが……中には「何が課題なんだろう」って組も……例えばその……否見くんと蛙吹さんとか……セメントス先生の個性が強力なのはわかるんですけど……」
「まぁオールマイトとマイク……ミッドナイト。そしてセメントスは特に難易度高いからねぇ」
緑谷とリカバリーガールの二人が同じ画面を見つめる。
そこには、市街地の真ん中に道路のコンクリートが盛り上がるようにして山ができている。
状況が今一つ掴めない緑谷にリカバリーガールは映像を巻き戻して見せた。
市街地を通る道路の真ん中を駆けて進む否見と蛙吹。すると二人の前方に横一線に波打つようにコンクリートが迫る。が、コンクリートの沼に二つの空洞が開くと、否見と蛙吹はその開いた穴の真上に立つように空中に中腰で浮いた。
「否見君の『幽霊』……!」
「やっぱりあれがそうかい」
なんだかんだ初めて見たね。リカバリーガールの言葉が保健所内にこぼれた。
「否見君の個性なら、ああすれば正直セメントス先生の個性に干渉されずにゴール出来たりしちゃうと思ったんですけど……」
「まぁそううまくはいかないね」
リカバリーガールが画面に向かって指をさす。
幽霊の上だと思われるところに乗った一瞬の隙をついて、幽霊を中心に円の形に地面のコンクリートが隆起し、あっという間に壁を生成して次第にドーム状の形をとり二人を閉じ込めてしまった。
「ああなったら強いよ、セメントスは」
◆
コンクリートのドームに閉じ込められてからも、否見黒微は打開策を模索し続けていた。
ドームの中は否見と蛙吹の二人と、さらに四人ほど入っても余裕のあるスペースがある。上を見ると、そこにはコンクリート製の壁が接着した際にはみ出て垂れたのか、短いつららのような形で固まったコンクリートがぽつぽつとあるばかりで、穴などはどこにも見当たらなかった。
囲まれて即座に蛙吹と幽霊から降りた否見は、乗っていた幽霊にコンクリートの壁を思いきり殴らせた。結果はコンクリートが拳大にへこみ、パラパラと破片が落ちるだけに終わった。
(まずいな……)
芳しくない状況に否見の頬を汗が伝う。
思えば試験が始まってから誘導されていたのだろう。最初のコンクリートの波も、セメントス先生なら背後からでも仕掛けられたはずだ。あえてそうしなかったのは、否見がどう回避するかを読んでいたから。
「否見ちゃん……」
否見の背後から蛙吹が声をかける。これ以上はコンクリートの破片が飛び散って蛙吹に怪我をさせてしまうかもしれない。気づけば壁のへこみはセメントス先生が直したのかなくなっており、このままではどの道ジリ貧だろう。
「コンクリートを砕けるのね。すごいパワーだわ」
「……
蛙吹の個性は「蛙」で、蛙にできることは大体できるという話だった。そのことから考えるにこの壁の突破は厳しいだろう。
『報告だよ。条件達成最初のチームは轟・八百万チーム!』
「こんな放送あるのね」
(もうそんなに経ったのか……あの二人が早いのか?)
どちらにしろ少し急いだ方がいい。それにはまずこの状況を何とかする必要があるのだが……。
否見は蛙吹に視線を向ける。
「……」
「……否見ちゃん?」
「……蛙吹さんごめん」
蛙吹に謝罪を述べた否見は両腕を軽く上げる。
それだけで蛙吹には、否見が何をしようとしているのか考えついた。思い浮かぶのは試験直前の否見との会話。今まで落ち着いていた蛙吹の表情が歪んだ。
「ッ!駄目よ否見ちゃんっ!」
「他にどうしようもない」
「そ、うかもしれないけど、でも否見ちゃんがソレをする必要はないはずよ!」
「……蛙吹さんは、後ろ向いてて」
「否見ちゃんっ!!」
成り立たない会話がコンクリートの壁に煩わしげに響く。
否見には解決策がこれしか思い浮かばなかった。
「……ごめん蛙吹さん。でも、これも俺にできることなんだ」
◆
セメントスは自身の形成したコンクリートのドームを前にして立っていた。
じゅわじゅわ
「ん?」
ドームを挟んだセメントスとは逆の方から、聞いたことのない異音がした。
(否見君が幽霊を出したのか?)
だが、そんな話は相澤から聞かされなかった。幽霊を出すときにこんな音がするなんて。
幽霊を使われないようドーム状に囲んでからは大人しくなったので様子をみていたが、いつの間に脱出したのだろうか。
じゅわじゅわ
(まただ)
だが本当に脱出したのならば、真っ先に自分が気づくはずである。コンクリートは自分のテリトリーで強みだ。
足元の道路に手を突っ込み、中の状況を確認する。
(二人ともいる……ならさっきの音は……な、壁に穴が、四つも……!?)
一体どうやったのか。蛙吹の個性でこれを成すのは不可能だろう。ならば否見が空けたのだろうか。これだけきれいに開いた穴を、音もたてず、罅も入れずに。
それほどまでに幽霊が強力なのか、それとも。
(相澤先生の言う通り、彼には幽霊以外のナニかがあるのか!)
不可視の幽霊以外の可能性を否見から感じたセメントスは、相澤に聞かされた話に実感と信憑性を得た。
一先ず、穴を塞がなければ……。
セメントスがコンクリートの壁に意識を向けようとした。
その時。
自分の触れているコンクリートが試験者以外の存在を知らせた。
「な……っ!」
試験者以外の存在がいるだけならばよかった。試験者の中にそういう個性の生徒がいるのは知っていたから。
問題なのは……ソレがドーム外にいて、こちらに向かって来ていることだ。
「いつの間に……!!」
セメントスは顔を上げた。
そこには、宙に浮いたハンドカフスが、おかしな挙動で揺れてこちらに向かって来ている。
(……!あれが……!)
だがどういう訳か、ソレは次第に輪郭を持ち、実体を伴ってその姿をセメントスの目に映した。
その黒い幽霊は、ハンドカフスを手にし、鈍い足音を立てながら物凄いスピードで走ってくる。
セメントスは咄嗟に地面のコンクリートを操り、幽霊の足を道路に埋めて固め、動きを止めた。
(……止まった)
「……幽霊で不意を突いたのは良かったけど、そこから先が」
大事だよ。と、セメントスが生徒たちに助言しようとしたとき。
コンクリートの破懐音がした。
「ッ!!?」
(しまったっ、幽霊に意識を……!)
逸らされた、と思考したところでドームの影から否見が飛び出してきた。単身できたのは幽霊でセメントスの妨害を防ぐつもりなのか。だが、すでに幽霊は道路に拘束されている。
セメントスは何の憂いもなく個性を使用した。
「――――は?」
しかしセメントスの妨害は、否見の目の前で停止するという結果に終わった。
(――――二、体目……!?)
まさか二体同時に操れるのか。いや、確かに幽霊を一体しか出せないとは相澤から聞かされていないし、彼の個性届にも記載されていなかった。
思考はまとまりつつあったが、セメントスは思わず拘束していた幽霊に目を向ける。さっきまでは見えていた黒い幽霊は見えなくなっていた。
すると今度は、否見の出てきたドームの裏とは逆サイドから小さな影が飛び出してきた。
「ッ!」
セメントスの意識が散漫になる瞬間を狙っていた蛙吹が、蛙の個性を活かしてゲートに向けて駆ける。
不意を突かれたセメントスは動き出しが遅れたが、今までと同じく妨害のために手を構えた。
その瞬間、横から襲い掛かってきた衝撃に体勢を崩された。
「――――――――」
意識外からの衝撃にセメントスの思考が一時停止した。しかしセメントスもプロヒーロー、即座に自分を襲った衝撃に質量があることに気づき、視線を向ける。
すると目の前に、自分を押さえつける黒い幽霊の顔があった。
「…………三……体、目……?」
思わずといった様子でセメントスが呟く。
「いえ、二体目ですよ」
声のした方――――否見を見る。
順番で言えば一体目ですけどね、と否見は続けた。
否見の言葉に幽霊へ視線を向ければ、確かにその手にハンドカフスを持っている。
「ギリギリ、何とかなりましたよ」
目の前にいる幽霊を対処しようとすれば蛙吹がゲートをくぐり、蛙吹を止めようとすれば幽霊にハンドカフスを掛けられる。
「……なるほど、これは」
してやられたね。蛙吹がゲートを通過したと同時に、セメントスは呟いた。
『蛙吹・否見チーム条件達成!!』
◆
実技試験終了後、セメントスから軽く講評を聞いた後、目立った怪我がなかった蛙吹と否見の二人は更衣室へ移動していた。セメントスからは「出だしは詰めの甘いところもあったが、追い込まれてからの行動は素晴らしかった。ただ、現場では追い込まれてからでは遅いことも肝に銘じておくように」とのことだった。
セメントスの言うことはもっともで、自らの浅慮を省みらされた。
それから、セメントスから「否見君はあとで聞きたいことがあるから放課後に職員室に来てほしい」と、態々名指しで言われているが、ある程度どのような話か分かる。
少しだけ気が滅入るが、一先ずは試験に合格できたことを喜ぼうと否見は思った。
「……否見ちゃん」
試験終了から今まで静かだった蛙吹が、立ち止まって否見に声をかける。
蛙吹の前を歩いていた否見が振り返って仮面越しに蛙吹を見る。
「……私思ったことは何でも言っちゃうの」
不安が残っているのか、否見の様子を見ながら蛙吹が言う。
「私あなたが怖いわ。否見ちゃん」
暫く息苦しい沈黙の後、否見はそっかと呟いて、また歩きだした。
その背中を、蛙吹は立ち尽くして見ていた。
改めて、投稿が遅れてしまってすみませんでした。
さっき書き終わりました。
プロットも何もない状態で書き始めたことを後悔しています。筆がメタメタに止まってました。
次回も投稿するつもりですが、確実に遅れると思いますので予めお知らせさせていただれければと。すみません。ゆっくりとですがお付き合い頂ければ幸いです。
読了ありがとうございました。よろしければ感想・評価などお願いします。
誤字・脱字報告助かります。ありがとうございます。