思いつき短編集   作:清流

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この後、何とクロスさせようか考えてなかったりします。そもそも思いつきで書いたものなので…。
今のところ、『とある魔術の禁書目録』か『ハイスクールD×D』を候補として考えています。他にも何か希望があればメッセージか活動報告へどうぞ。気が向けば書くかもしれません。


ある時間旅行者の話(dies irae)

 皆さんは時間旅行を知っているだろうか?まあ、小説や映画等の創作で度々主題としてとりあげられているから知っている人は少なくないだろう。

 だが、それが実際にできると信じている者はまずいまい。今の科学力では到底不可能なのだから当然である。今の段階でできそうなのは、精々コールドスリープによるものくらいである。それにしたって、本来の意味で時間旅行をしているわけではないし、様々な問題があるそうで実現は困難であるらしい。故に時間旅行はできないという認識は正しい。

 

 しかし、私はできると言おう。なぜなら、私は平成18年(2006年)から天文16年(1547年)に時間移動した挙句、室町幕府第13代征夷大将軍である剣豪将軍こと足利義輝とご対面する羽目になったからだ。

 

 ちなみに出会いは最悪であった。気づいたら、湯船に落ちていたのだ。それも足利義輝(この時はまだ義藤と名乗っていたがややこしいので義輝で統一する)が入浴している真っ最中にである。当然、えらい騒ぎになった。なにせ、権勢が衰えたとはいえ武士の棟梁の入浴中に、どこからともなく氏素性の知れぬ者が現れたのである。すわ刺客か、となろう。

 

 私はたちまちにひっ捕らえられ、曲者として斬首されそうになったのだが、それを止めたのが他ならぬ義輝様だった。家臣達は口々に私を処分すべきだと諫言したのだが、義輝様はそれを退け、私を御伽衆とされた。後になぜ助けたと聞いたところ、見たこともない格好をしており、かつ中空から現れたので興味をひかれたのだそうだ。

 実際には義輝様は当時11歳という若さで将軍位を継いだばかりで、周囲は敵ばかりであったから、気兼ねなく話せる同世代の相手が欲しかったというのが大きかったらしい。ちなみに本来の私の年齢は24歳であり、なぜか若返っていたことが私の命を助けた。

 

 それよりも驚いたことがあった。なんと義輝様は女だったのである……。私が速攻で斬首されそうになったのも、側近中の側近しか知らないその秘密を知ってしまったが故だったらしい。あの剣豪将軍がである。歴史好きの私にとって、時間旅行したという事実よりもそっちの方が余程驚天動地の事実であった。

 義輝様は様々な事情から、女でありながら表向き男として育てられたそうである。詳しくは教えられないということだったが、戦国時代の動乱を考えればありそうな話ではあった。

 

 まあ、そんなわけで私は義輝様の御伽衆として生涯を共にすることになった。氏素性も知れぬということで、側近の細川殿をはじめとした重臣方はあまり言い顔をしなかったが、義輝様の愚痴を零す相手として、不満を受け止める役として、何よりも最後の肉の壁として、一応は生存を認められることになった。但し、けして表にでることはかなわず、常に義輝様に侍り、義輝様以外の人前に出る時は頭巾や面の着用を義務付けられたので、悠々自適な生活とはとてもいえなかったが。

 

 それでも義輝様との生活は楽しかった。中でも剣聖と謳われた塚原卜伝と上泉信綱から直々に剣を学べたのは望外の幸運だった。まあ、相手役としてちょうどよかったというだけで、私は義輝様のついでに過ぎなかっただろうが、それでも義輝様と切磋琢磨して腕を上げるのは楽しかった。私の剣才は義輝様とは比べくもなかったが、政務で多忙な義輝様と違って、幸い時間だけはあったので一心不乱に剣を振り、どうにか相手役を務めるられるだけの力量を維持することができたのは僥倖であった。

 

 他にも色々なことがあった。語ろうと思えば、言葉は尽きない。思えば、この時代に来て本当の意味で生きるということを知ったと思う。そして、その中の一瞬の大切さを。できるならば、その時を凍らせて切り取って置きたいと願うほどに。義輝様と共に過ごした一瞬一瞬が、たとえそれが刹那の時間であろうとも、私のなにものにもかえがたい宝物である。

 

 されど、それももう終わりだ。今、私と義輝様は四方八方を敵兵に囲まれ、絶体絶命の危機にあるからだ。

 

 今日は永禄8年(1565年)5月19日、すなわち永禄の変である。私なりにどうにか回避しようと必死の努力をしたのが、結局歴史は変わらなかった。

 義輝様は天下五剣の『三日月宗近』を、私は架空の刀であるはずの『村雨』を振るって奮戦したのだが、多勢に無勢であり、数多の雑兵を斬り捨てたものの満身創痍もいいところであった。最早、結果は見えた。

 

 「すまぬな(そう)。お前を道連れにしてしまう。結局、余は最後までお前に報いてやることはできなんだ」

 

 「義輝様、それは謝られることではありません。それに元より貴女様のおかげで拾った命です。御身と共に逝けるのならば、これ以上の褒美はございません」

 

 「そうか、お前が供をしてくれるならば、黄泉への道行きも悪くは……貴様、何者だ!」

 

 覚悟を決めて斬り込もうとしたところで、私達は奇怪な現象に足を止められた。私達以外の者が全て動きを止めていたからだ。

 

 いや、正確にはいつの間にか現れていた影法師の如き存在に圧倒されたというべきだろうか。

 

 「私の永劫回帰の理から逃れる者がいると思ってきてみれば、まさか未知と出会おうとは。しかも、それが我が息子と似た渇望を持つ者とは、おもしろいこともあるものだ。

 お初にお目にかかる、勇ましき姫君とその騎士よ。私の名はメルクリウス、黄昏の女神に恋した道化」

 

 どこか道化めいたしぐさで、影法師の男は名乗った。言っていることは全くの意味不明だが、影法師のような外見とは裏腹に、その存在感は凄まじい。ただ存在するというだけで、周囲を圧倒している。

 

 「ふむ、メルクリウスとやら、何用でこの死地に参った?お前も余の首が所望か?」

 

 それをもろともせずに問を発せられる義輝様に驚かされる。やはり、この方は器が違う。 

 

 「姫よ、それは誤解というものだ。私が用があるのは貴女ではなく、貴女の騎士だ」

 

 渾身の力を振り絞って義輝様を庇う様に前にでた私だったが、想定外の答に固まった。

 

 「私に?」

 

 「そうだ。私と同様に異次元から来た特異点たる君に用があったのだよ。本当は君のようなイレギュラーは早々に排除するつもりだのだがね……少々興がのった」

 

 「霜をどうするつもりじゃ?!」

 

 「義輝様、抑えてください。この男尋常な相手ではございません!唯の刀剣ではいかな名剣であろうとも、たちうちできません」

 

 今にも飛び掛らんばかりの義輝様を必死に宥める。なぜだかわからないが、分かるのだ。目の前の男には、メルクリウスには、通常の手段では傷1つつけられないと。

 

 

 

 

 

 

 黄昏の女神マルグリットの治世を脅かす存在の発生因子を根絶すべく、世界を周っていたメルクリウスは、その日あるはずのない未知と出会った。永劫回帰の理に縛られない特異点を発見したのだ。

 

 「やはり、分かるのだね。永劫回帰に囚われていないが故か、それとも……。いずれにせよ、興味深くはある。とはいえ、すでに私の望む結末への道筋はできているのだ。故にあれの発生因子を徹底的に潰すのが、我が至上目的。それ以外は余禄に過ぎぬ。かつての私なら、是が非でも調べたのだろうがね」 

 

 既知に囚われたメルクリウスにとって、未知との出会いは歓迎すべきものだが、すでに時期を逸していた。今の彼は、すでに黄昏の女神の治世を経験しているのだ。故に、その道に繋がる既知こそ尊ぶべきであり、その道を揺るがしかねない未知など歓迎できるはずもなかったのだ。

 

 (排除するのは容易い。そも、子孫もいない上に今ここで果てれば、永劫回帰に囚われる。マルグリットの治世は揺るがない。いや、しかし僅かでも可能性があるのならば……!)

 

 そこでハッと気づく。自身がかの存在の発生因子を潰すことはすでに既知より離れているということに。マルグリットに嫌われるのは覚悟しているが、それ以前にマルグリットの治世に繋がらなければ意味がない。

 

 (あれは発生させてはならない。次も相打てるとは限らぬし、何よりあのような結末を私はけして認めぬ!であれば、因子の根絶は絶対に必要。されど既知を崩せば、折角できた道を崩しかねぬ。)

 

 そこまで考えたところで、特異点たる青年が目に入る。そこでメルクリウスは閃いた。

 未知にして特異点たるこの青年に因子の根絶をやらせればいいのだと。そして、自分の治世中にその作業を終わらせる。後は、特異点たる青年を異次元へと放逐すれば、マルグリットに知られることもなく、既知を崩すこともなく目的を達せられるだろう。

 

 (ふむ、存外にいい手やも知れぬ。死ねば我が法則に囚われることを考えれば、この青年を特異点として使えるのは今回のみ。これを奇貨とすべきやもしれぬ)

 

 「勇ましき姫君の騎士よ。もし、君が望むならば私は君に力を差し上げよう。この場を生きて潜り抜けるだけの力を。無論、相応の代価を払って頂くがね」

 

 「力だと……。代価はなんだ?」

 

 「何、たいしたことではない。ある邪教集団の殲滅だよ。心配することはない。力を手に入れた君ならば、児戯にも等しいことに過ぎない」

 

 「……貴方なら、もっと容易いことじゃないのか?なんで、自分でやらない?」

 

 なかなかに察しがいい。先の反応といい、青年は力の差をよく理解しているようだ。

 

 「私が出張ると事が大きくなってしまうのでね。揺らぎは最小限に留めたいのだよ」

 

 「その邪教集団というのは?」

 

 「安心したまえ。筋金入りの下種共だ。塵にも劣る存在だ。彼等に我が女神の抱擁を受ける権利はない」

 

 「そうか、分かった。その力を受け取るのは、私でなければ駄目なのか?義輝様ではいけないのか?」

 

 「君でなければならない。それに私といえど、すでに死が確定している者を生かすことはできない」

 

 メルクリウスは青年の希望を容赦なく切り捨てる。義輝のここでの死は永劫回帰の法則下において絶対であるが故に。

 

 「なに、どういうことだ!」

 

 「霜よせ!その男の言うとおりじゃ。余は最早助からぬ。いや、ここで死ぬべきなのだ」

 

 「何を言われますか!」

 

 「霜聞け!最早、室町幕府は終わりじゃ。いや、余が終焉を導いてしまった。長慶の死に驕り、身の丈以上の野望を抱いたことが此度の原因なのだから」

 

 「そのようなことは……」

 

 「あるのだ。分かっていよう。余は焦りすぎたのだ。いま少し慎重に事を進めれば、再び幕府の威光を取り戻せたやもしれぬのに。

 最早、余に残されたのはお前しかおらぬ。他のの臣下は皆死んだか、覚慶の元に行ったであろうからな」

 

 「なればこそ、最期までお供致します」

 

 「ならん、お前は生きよ!先に黄泉路への同道を許したのは、生き延びる手段がなかったが故じゃ。こうして、その手段が提示された以上、お前まで死ぬことは絶対に許さぬ!」

 

 その断固たる言に忠臣への思いやり以上のものをメルクリウスは感じた。そして、それは間違いでなかったことが青年の叫びによって証明された。

 

 「愛した女を見捨てて、私に生き恥を晒せと言われるのですか!そのようなことをするなら、死んだほうがましです!」

 

 「この大馬鹿者めが!ようやっと言いおったか。ずっと待っておったというのに、この意気地なしめが!」

 

 「そう言われましても、私のような氏素性も知れぬ者が、義輝様に懸想するなどあってはならないことだと……」

 

 「ふん、甲斐性なしめ!そこは戦働きでどうにかせぬか。仮にも新当流と新陰流の印可持ちであろうが」

 

 「無茶を言わないで下さい。そもそも表に出ること自体、禁じられてたんですよ。どうやって、槍働きをしろっていうんですか」

 

 すでに主君と騎士の忠義の話ではなく、痴話喧嘩というか、イチャイチャしているようにしかメルクリウスには見えなくなってきた。普通、目の前で自分そっちのけでそんことをされたら、いい気はしないが、メルクリウスにとっては余計にであった。なにせ彼は悠久の年月をかけて恋焦がれてきた黄昏の女神を自分の息子にとられたのであるから。

 

 だから、メルクリウスが思わずちょっと切れ気味になったのも仕方のないことなのである。

 

 「仲がよろしいことは結構だが、必要ないというなら私はもう行くがよろしいかな?」

 

 「「すいませんでした!」」

 

 そのあまりの迫力に武家の棟梁という立場すら忘れて、青年ばかりか義輝までもが頭を下げた。微妙に両者とも顔色が悪いように見える。本気で怖かったらしい。

 

 「それで決心はついたかね?」

 

 「義輝様は無理で私だけ助かっても意味がない。だから…「この大馬鹿者が!」…」

 

 「だから生きろと言うとろうが!」

 

 「義輝様が生きていないこの世界で生きていても仕方がないんです!」

 

 青年も義輝もひこうとはしない。どちらも頑固である上に、どちらも心情的には理解できるだけに余計にたちが悪かった。メルクリウスとしても、これ以上不毛な言い合いを見せ付けられるのは御免だったので、どちらでもない第三の道を示すことにする。

 

 「肉体の死は避けられぬが、魂だけならば添い遂げることは不可能ではない」

 

 もっとも、うんざりとしながらもきっちり自分の望む方向に誘導しているあたり流石である。 

 

 「どういうことじゃ?」

 

 「姫君、私が貴女の騎士に与えるのは『永劫破壊(エイヴィヒカイト)(die Ewigkeit)』というものだ。魂を動力源にして動く聖遺物。人を殺せば殺すほどに強くなる魔人を練成する外法だ。貴女に輪廻から解き放たれ聖遺物にその魂を囚われる覚悟があるのならば、彼と添い遂げることは不可能ではない」

 

 「聖遺物とはなんだ?」

 

 「君の持っているその剣だ。帯びた霊格も高く、千以上の人を斬っている。聖遺物として申し分ない器だ」

 

 「足利家重宝たる村雨がか……。うむ、よかろう」

 

 「何がいんですか?」

 

 「まあ、聞け。ここでの余の死は最早避けられぬし、元より避けるつもりもない。覚慶達を護る為に、女の身でありながら足利の嫡子として余は精一杯生きたし、その結果は報われたものではなかったができうる限りの役割は果たした。そうであろう?」

 

 「それはそのとおりかと」

 

 「余、いや私は室町の系譜継ぐ将軍である為に女を捨てた。後悔はしておらぬし、それが最善であり必要であったことも理解しておる。だが、全くの未練がないかといわれれば、ないとは言えぬ」

 

 それは義輝がけしてだすことのできなかった本音。青年と同様に彼女もまた身分と生まれに縛られて生きてきたのだ。

 

 「その未練とはなんでございましょう?」

 

 「この武骨者めが。決まっておろう、好いた男と添い遂げることよ!」

 

 「そ、それは……」

 

 「無論、この戦国の世において、私のような立場の者がそんなことはできぬのは百も承知よ。私も本来ならば、室町幕府の為にどこぞの顔も知らぬ大名の元に嫁がされていたであろうな。されど、私は男として生き、武家の棟梁たる将軍として生きたのだ。本来の形とは違うが、この身は室町幕府と足利家に捧げたのだ。

 なればこそ、死後の魂の行方くらい好きにさせてもらおうではないか。霜、私の魂は、お前と共にありたいのだ」

 

 「義輝様……」

 

 万感が込められたその儚い笑みに、青年は何もいえなくなった。それは青年に初めて見せる義輝の女としての顔であり、義輝のうちに秘められた一人の女としての想いであったからだ。

 

 「道化、いやメルクリウスよ。余の魂はこやつものよ。他の誰にも渡す気はない」

 

 それは神に対する決別の宣言であり、同時に青年への愛の告白であった。

 

 「これはしたり。聡明なる姫君よ。貴女は私がなんであるかを悟られたのか」

 

 メルクリウスは表情に出さないが、内心で驚嘆していた。自らに面と向かってこのような宣言をしたものなど、無限に続く永劫回帰の中であっても一人としていなかったからだ。それは本来ならば、けしてありえぬ未知であった。

 

 「ただ1人の女の為に生きる道化よ、貴様の在り様は純粋に過ぎる。正直、怖気が走るほどにな……。その精神の在り様に加え、この面妖な所業、貴様が唯人などであるはずがなかろう」

 

 実際のところ、義輝は本当の意味で悟ったわけではない。ただ、彼女は本能的に理解しているだけだ。聖遺物に囚われねば、己の魂はメルクリウスの元へと行くであろうことを。それは永劫回帰の囚人であり、死の間際であるからこそ得られた直感であった。

 

 「なるほど、やはり未知とは素晴らしいものだ。姫君、そしてその騎士たる君に敬意と感謝を」

 

 義輝の在り様に対する最大限の敬意、そしてそれを導いた特異点たる青年に最大限の感謝として、メルクリウスは深々と頭を下げた。神座世界の第四天にして、永劫回帰を理とする覇道神「水銀の蛇」がである。

 

 「よい。貴様がおらねば、余も霜もともに躯をさらすことになったであろうからな。それで『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』といったか?余はどうすればよい?」

 

 「まずは騎士よ、その剣をこちらに」

 

 「ああ、これでいいのか?」

 

 青年は言われるままに村雨を鞘に納め、メルクリウスに渡す。

 

 「安心したまえ。君達への最大限の敬意と感謝の証に一部の隙もない至高の逸品とすることを約束する。とはいえ、流石に獣殿や我が息子、それに我が女神には劣るだろうがね」

 

 嘘偽りなくメルクリウスは全力で完成させるつもりである。同時に、けしてこの神座世界では『流出』位階に至れないという呪いも込める。なにせ相手は特異点である。万が一にも『流出』位階に至られ、女神の治世を脅かすことになったら、本末転倒であるし、そもそもメルクリウスは黄昏の女神以外に座を譲る気はないのだから当然の処置であった。

 

 もっとも、この神座世界では『流出』位階に至れないが、ずべての仕事が終わり異次元へ放逐された後ならば、『流出』位階に到達することは可能である。加えて、すでに『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』の術式自体、『黄金の獣』『永遠の刹那 』という完成をすでに経験しているのだ。かつてより洗練され完成された術式であるのは当然といえた。そして、『村雨』自体の霊格の高さと核となる魂の質を考えれば、現存する聖遺物の中でも、数少ない例外を除けば最高といっても差し支えのないものになるだろう。

 

 術式の完成は一瞬であった。メルクリウスの手元に双蛇の杖(カドゥケウス)が現れるとともに『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』が青年と『村雨』に刻まれる。

 

 「これは……」「なんと……」

 

 『村雨』の変化に青年と義輝は驚愕する。外見は何も変わっていない。だが、発せられる圧倒的な存在感と禍々しさを感じさせる雰囲気に二人は息を呑んだ。

 

 「これでよい。後は騎士よ、その刃をもって姫君を殺せ。それで君達の望みは叶う」

 

 「なっ?!そんなことできるわけが……」

 

 「よい。雑兵の手にかかかるくらいであれば、お前の手にかかるが本望というものよ。どの道、死は避けられぬのだ。その時が、僅かに遅いか早いかの違いでしかない。迷うでない、来るが良い」

 

 激昂する青年に対し、義輝は静かで迷いがなかった。彼女の瞳は澄んでおり、とても今から死を迎える者の目とは思えなかった。

 

 「……義輝様」

 

 その目に促され、青年は再び『村雨』を抜刀し、震える手で構える。

 

 「霜、永久(とこしえ)に共にあろうぞ。我が良人よ」

 

 そんな青年とは対照的に、義輝は躊躇いなくその刃を自らの胸に突きたて、そのまま青年に抱きつことでその身を貫かせる。

 

 「義輝様、私は貴女と生きて結ばれたかったです!私は、私は……」

 

 「我が良人ともあろう者が泣くでないわ、この大馬鹿者めが。全く最後の最後まで、ほんに世話の焼ける奴じゃ」

 

 滂沱の如く涙を流しながら義輝を抱きしめる青年の唇を、それ以上何も言わせないとばかりに自分のそれで義輝はふさいだ。

 

 「……」

 

 どれだけの時間がたったのか、一瞬だったか、それとももっと長い時間であったのかは分からない。気づけば義輝の体は力なく崩れ落ち、安らかな笑みを浮かべて青年の腕の中で事切れていた。青年は言葉を発さぬまま、静かに村雨を遺体から抜き放つ。同時に発せられる極寒の冷気。それはまるで、万象一切を凍りつかせんとするようであり、青年の心中を示しているかのようであった。

 

 「ああ、安心したまえ。殺したのは君ではなく周囲の兵達だというように偽装しておく。君が望むならば、代わりの死体も用意しよう」

 

 「……頼む」

 

 「承知した。それではついてきたまえ。これから忙しくなるぞ。何せ君には教えなければならないことが山程あるのだから」

 

 すでにメルクリウスと青年以外動く者はいない。周囲の兵達は時間が止まっているかのように、事の最初から最後までまるで動いていない。それを尻目にメルクリウスと義輝の遺体を抱いた青年はその場を後にした。

 

 永禄8年5月19日、足利13代将軍足利義輝は奮戦した末に討死したと伝えられる。その際、影のように寄り添っていた護衛である御伽衆の青年と足利家の重宝たる『村雨』はまるで最初から存在しなかったように、人々の記憶から忘れ去られていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 「ああ、もう!分かかってはいたが、あの陰険師匠は最悪だな!」

 

 わけのわからない真っ暗闇の空間で、水原霜氏(みずはらそうじ)は己の師の所業に憤っていた。

 水原霜氏、義輝の最期を看取った男であり、聖遺物『村雨』を持つ『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』をメルクリウス自身から直々に施された魔人である。彼は義輝の死後、メルクリウスに師事し、その魔術の深奥を学びながら、ある邪教集団の殲滅を行ってきた。その過程では言葉に尽くせぬ苦労があったそうだが、まあここではひとまずおいておこう。

 

 「やることやらせたら、邪魔だからポイ捨てか!五百年近く一緒に過ごしたのに、ちょっとは弟子に対する情とかないのか!」

 

 「ないわけではなかろうよ。ただ、あの道化にとっては黄昏の女神こそが何よりも優先されるのだ。それ以外は、結局のところ些事に過ぎんのだ。そんなことは誰よりもお前もよく理解していよう」

 

 霜氏の叫びに応じたのは、義輝であった。霜氏の『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』はすでに『創造』位階に達しており、当時は会話するだけが精一杯だった義輝も今や自由自在に具現化し、独立した行動すらできるようになっている。

 

 「ええ、分かっています。耳タコで聞かされましたから……。振られることが分かってるのに、あそこまで一途に思えるのは凄いと思いますし、ある種の敬意すら覚えます。

 ですが、それとこれとは話が別でしょう。問答無用で世界から放逐するとか、あの野郎……」

 

 基本的にかの女神のことしか考えていないと理解していたつもりだったが、どうやら霜氏の理解は甘かったようだ。どうにかこうにかメルクリウスに課せられた邪教集団の殲滅も終わり、メルクリウスとの契約を果たしたということで、さあ現代の日本を満喫しようと考えていたところに、突如メルクリウスが訪れたのである。

 そして、彼は顔を合わせるなり、問答無用で霜氏達を神座世界から放逐したのだ。霜氏が憤るのも無理のない話であった。 

 

 もっとも、これはメルクリウスにとっては至極当然の行動であった。時はすでに西暦2006年、霜氏によってかの存在の発生因子を根絶したことにより、メルクリウスはマルグリットの為の舞台を以前より完璧に整えることができていた。後は幕を上げるだけであったが、その前に最後の不確定要素である特異点である霜氏を排除しなければならなかった。十重二十重と『流出』に至らぬ為の策を巡らしてきたが、それでもかの存在を考えれば全くありえないとはいえないのだから。

 

 それにメルクリウスは嘘をついたわけでもないし、契約を破ったわけでもない。そもそも、最初から神座世界からの放逐されることは言わなかっただけで契約の範囲内だし、義輝と霜氏の魂が共にあれるようにするという契約は果たしている。ゆえにメルクリウスには、なんら瑕疵はないのだ。

 

 「今更、うだうだ言ってもしかたあるまい。よいではないか。どんな世界であろうとも、私はお前と共にある。それでは不満か?」

 

 「不満がないのが不満というか……どうもあの陰険師匠のてのひらで踊らされているような気がして、気分がよくないんです」

 

 霜氏からしてみれば、義輝がいればそれ以上望むことはないのだが、それでもどうにもおもしろくない気持ちを抑え切れない。

 

 「やれやれ、我が良人は五百近い年月を生きながら、まだまだ精神修養が足らぬようだ。困ったものだな」

 

 「ああ、すいませんね、根に持つタイプで。まあ、ないとは思うけど次会ったら、あの陰険野郎の顔面を形が変わるまで殴ってやる!」

 

 「やれやれ、それでお前の気が済むなら、好きにするがよい。とはいえ、あれが大人しく殴られるとは到底思えぬが」

 

 「それでもです!」

 

 そんなやり取りをしながら、二人は異次元へと落ちていく。その先に何があるのか、知る由もなく……。




 水原霜氏(みずはらそうじ)

 元の名前は時代的に色々問題ある姓名だったので、姓を剥奪された挙句強制的に改名させられている。霜月に現れたので「霜」、「氏」は初代足利将軍の足利尊氏からとって、『霜氏』と義輝が名付けた。とはいえ、基本的に彼を名で呼ぶ者は義輝以外いなかったのだが。
 義輝には命を救われたことで恩義を感じ、それが年長者としての庇護欲と合わさって、時を重ねることで絶対の忠義から愛情へと変化していった。義輝のためなら、文字通り火の中、水の中である。

 義輝のおこぼれに預かって剣を学ぶ。これでも新当流と新陰流の印可持ちであり、五百年近い歳月もあいまって、腕前は達人級である。ちなみに新陰流の方が適性がある(義輝は逆に新当流の方に適性がある)。
 メルクリウスから魔術を学んでおり、剣より才能があったらしく、魔術も相当の腕を誇る。ただ、本人自身としては不本意らしく、必要ない限り基本的に使わない。



 聖遺物:『村雨』 武装具現型  位階:『創造』

 刀身に帯びた水気を操ることができる。霜氏の渇望から、水を操るより冷気を操る方に適性がある。極寒の冷気で相手の動きを鈍らせたり、切断面を凍らせたりといったえげつない攻撃も可能。

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