ロドス基地、合同講義室にて。
現在、部屋の椅子は全てが基地に所属するオペレーターによって占有される状態となっていた。
それはなぜか、というと──
「──それでは、ただいまより戦術教室を行う。点呼始め! 番号!」
──つまりこういうことだ。今日はドーベルマン教官主催の戦術教室が行われる日なのである。教官の訓練は『泣く子がさらに泣き叫んで最終的に脱水症状で天に召される』とまで評されるほどに苛烈な地獄の訓練なのだ。ぶっちゃけ日々の訓練も鉱石病感染者の共通事項ともいえる異常に発達した身体能力で無理やりしのいでいるだけに過ぎず、ここにサボリの罰則が加算されるとなるとたとえ訓練された熟練のオペレーターであろうと一歩間違えば召されるレベルにまで到達してしまっている。
「1!」
「2!」
「3!」
「貴官、今何時だったか」
「8時だね」
「番号?」
「9!」
「騙されるかッ!!」
「イターイ!?」
スカーンッ! という小気味のいい音と共に、私の額にホワイトボードマーカーが直撃した。その恐ろしいまでの威力に頭が後ろへと振り切れ、少し遅れて体が椅子もろともにバランスを崩してひっくり返る。その様子を隣でサベージが信じられないものを見るような目で見るが、私としては転んだ拍子に後頭部を強打したのでそれどころではなかった。くそっ、今の一撃で理性が溶けたらどうしてくれるんだ教官!
「それだけ元気に叫ぶ余裕があるなら十分だろう。1+1は?」
──みそスープ!
「よろしい。ではアルクス、貴様は廊下に立っていろ」
なぜっ!?
あまりにも不条理な宣告に愕然とするが、直後に「冗談だ」と誤魔化された。いや、冗談という調子じゃなかった。本気と書いてマジと読む感じだったぞ。教官の顔を見れば分かる、明らかに本気だったと!
……であれば、取りやめた理由は何か?
そんなもの一つしかないだろう。
「は、ははは……ここはいつもこんな調子なのかい?」
「心配は無いドクター。いつも通り奴がバカをやっているだけだ」
「な、なるほど……」
……ここにドクターがいるからだ。
どうやら視察という名目でここに来たようだが、私は知っているぞ。
実は座っている机の下で密かに石抱きの刑に処されていることをな!
……というのも、先日の『風の谷作戦』の折、廃墟とはいえかなり派手に市街地を吹き飛ばしたからな。私もそうだが万が一一般人に被害が及んだらどうするつもりだとドクターも教官に叱責され、罰として石抱き戦術教室の憂き目に遭っているのだ。
ちなみに私は石抱きなんてやんわりした物ではなくダイレクトに折檻された。低電圧とはいえ耐久電気椅子はさすがに辛かった──体のコリが解れてちょっといい感じだったが。
「……さて、話が逸れたな。今回は……いや、今回『も』レユニオンに属する感染者たちの習性を復習するぞ。前回の小テストの結果がまたしてもあまり宜しくないオペレーターが居たからな」
サッ、とクオーラとサベージ、ついでにノイルホーンが顔を明後日の方向へと背けた。なるほど貴官らか。だがその反応は悪手だぞ?
直後、音もなく飛来したマーカーが三人のこめかみを正確に射抜いた。クオーラとノイルホーンは持ち前の耐久性から何とか持ちこたえた様だが、サベージはそのまま目を回してひっくり返る。
「……さて、早速生徒が一人脱落した訳だが……私とて鬼ではない、奴が起きるまで少し自習時間としよう。これ以上赤点を重ねられても困るからな」
一体何本マーカーを携行しているんだ……。
私が呟いたその言葉を聞きつけたのか、ドーベルマン教官の耳がピクっと反応する。
そして、腰に提げていたポーチに手を突っ込むと、そこから無数のマーカーを取り出し掲げてみせた。
顔を青ざめさせるオペレーター(+αで表情と感情の読み取れないドクター)を睥睨しながら、教官は泣く子が黙るどころかさらに泣きそうな凄絶な微笑みとともに言う。
「……脅すような言い方でなんだが、私をあまり怒らせない方がいいぞひよっこ共……!」
ヤバい。これは隙を見せたが最後、殺られる。
鬼どころの話ではない、悪魔という表現すら生温い『鬼神』がそこにいた。少しでも不興を買ったが最後、待っているのはオペレーターだろうがなんだろうが問答無用で即死コース直行のヘルトレーニングだろう。
「いやぁ怒ってる教官も可愛いなぁ……」
やりやがった!! ドクターがまっすぐ地雷を踏みに行った!!!?
ただでさえ青ざめていたオペレーターたちの顔からさらに血の気が抜け、もはや紙のように白くなっている。そして次の瞬間、やはりと言うかなんというか、猛スピードで飛来したマーカーがドクターの額をぶち抜いた。
「あばす!!!」という珍妙な悲鳴と共にその上半身が大きくのけぞるが、しかし数秒後には頭を振りながら何事もなかったかのように元の体勢へと戻ってみせる。
(馬鹿な……抱いた石を利用して衝撃を逃がしただと!?)
要は免震構造と同じ原理だ。石によって半固定状態にある下半身を逆手に取り、自身の体を疑似的なアイソレータとして機能させたのである。器用というかなんというか……。これもまた人の為せる業ということか。
自身の上司が等々に見せた人外挙動に、オペレーターたちもざわついている。
(……というか、理性がほとんど溶けているからこそ出来た芸当かもしれないな?)
基本的にドクターは全身を何かしらの装備や服で覆っていることが多い。今日もまた例外ではなく、その顔は西洋甲冑の兜の様な頭装備を被り、その上からさらにパーカーのフードを被る格好になっている。何をどう思い至ればそんなトンチキなコーディネートに到達するのかは甚だ疑問ではあるが、まあ教官もアーミヤも特に指摘していないし、ひとまず問題はないのだろう。
それはともかくとして、その兜の下に隠された顔は、きっと見る影もなくへにゃへにゃになっているに違いない。理性が溶けると本能のままに動き出す傾向があるとはよく聞くが、恐らくそれの最上級。あの抱き石から解き放たれたが最後、ドクターはぶっ倒れるか制圧されるまで自身の欲望の赴くままに暴走するだろう。
そうこうしている内に、ようやくサベージが目を覚ました。まだ立ち直りきれては居ないのか、ふらふらと覚束無い足取りで立ちあがり、倒れた椅子を戻して座り直す。
「……さて、問題児がようやくお目覚めのようだ。では、改めて──只今より戦術教室を開始する」
──そして、地獄の授業が幕を開けた。
<キャラ紹介>
『アルクス・アンサングス』
本作主人公。頭のいいおバカ。
『サベージ』
おバカその一。エンジョイ勢なので点が取れなくても大丈夫。
『ノイルホーン』
おバカその二。頑張ってるのだがどうしても点が取れない。
『クオーラ』
おバカその三。地頭はいいのだが、習った先から物事を忘れていくためテストの点が取れない。
『ドーベルマン』
教官。追撃! トリプル・バカに頭を痛めている。ボードマーカーは投擲武器。
『ドクター』
原作主人公。理性蒸発[A+]。