「……うだー……」
──さて、これで大体の仕込みは済んだかな。
今にも胃の中身を吐き出さん勢いでシンクに突っ伏してダウンしているアーミヤから努めて意識を逸らしつつ、私は包丁片手にそうつぶやいた。
やはりと言うかなんというか、アシッドムシの下処理が一番手間だったな。奴らの酸毒が希釈すればそのまま効能も弱体化するタイプの成分構成で助かった……桶一杯の水に叩き込めばとりあえず無力化とはいかずとも弱体化は出来た訳だからな。
さて、それでこの大量の希蟲酸はどうしたものか……。適当な作戦の時に持って行ってレユニオンの連中にぶっかけるか……?
まあここまで薄めればうっかり浴びてもすぐには死なないだろうし、逆に慌てて相手のペースが乱れればその分制圧が楽になるか。それとももう一回濃縮して殺傷兵器として運用するか? ともあれ、あとでドクターに具申しておくとしよう。
「ヴぁー……」
はははアーミヤ嬢。ゾンビじゃあるまいし、生娘がそんな声を出すものではないぞ。理性が溶けた時のドクターそっくりだ。
「……つまりペアルック……?」
うん、ちょっと何言ってるか理解に苦しむ。そこまで不名誉なペアルックもそうそうないぞ。……何?
『それでもドクターとお揃いなら本望』? 落ち着け、そこから先は間違いなく地獄だぞ。
シンクに頭を突っ込んだままのアーミヤへ蛇口を向け、ハンドルを開く。
冷えた水が大量にあふれ出し、「ふわーっ!?」とかわいらしい悲鳴が聞こえてきた。
「なにするんですか!」
気にするな、ただの気付けだ。
さて、それでは──……うん、本格的に調理に取り掛かるとしよう。アシッドムシの処理で少しばかり手間取ってしまったからな、大事を取って生はなしだ。ちゃんと火を通そう。
まずはハガネガニだな。こいつは殻こそ硬質金属でやたらと頑丈だが、それに反して中の肉は意外なほど柔らかい。外骨格系統の生物としてはこの柔らかさは破格といっていいだろう──むしろ、脚部よりも胴体の方が身が締まっている印象だ。……原理的にはマリオネットのようなものか?
まあ、鶏肉とかと同じようなやり方で十分食えるだろう。
問題は……やはりと言うかなんというか、アシッドムシだな。なんせ肉の隅々まで酸毒が染み込んでいるから、これを全部完全に無害化するとなると死ぬほど手間になる……しかもその過程で間違いなく素材の味はなくなるし、こと加工難度において他の追随を許さない程のクソゲー度を誇る。正直講習で手取り足取り教えてもらった時でも割と頭おかしいんじゃないかと思ったからな。……はあ、やるしかないのか。
仕方ない……アーミヤ嬢、ちょっとシンクから離れてくれないか。
「ふぁい?」
少しばかり……訂正、壮絶に面倒かつ専門的な作業なのでな、こればっかりは私がやらざるを得ない。これだから感染生物調理の大特免許取る奴が少ないんだ、と言われるゆえんを実演してやろう。
さあ、巨鳥の
ぶっちゃけ私に料理の心得は欠片もないので工程は全カットです。
本当に申し訳ない。
……つ、つかれた……。
全てのアシッドムシの処理を終え、私はシンクに頭を突っ込んでグロッキーになっていた。なんかどこかで見覚えのある光景だ。
疲れた……疲れすぎて今なら塚でも築き上げれそうだ……。
「冗談言えるならまだ大丈夫そうですね」
ははは、リーベリ使いが荒いなアーミヤ嬢……。いやまぁ、正直本当に私がリーベリなのかは疑問だが……。
まあ、私の種族はさておいてと。これで少なくとも全ての感染生物の肉が『調理すれば食える』という状態になった。
どんな風に調理してくれようか……。いっその事雑に焼いて食うか?
「それはダメですアルクスさん。きっとこう、女性として大切な何かが失われます」
ははは、これは面白いことを言う。年がら年中ドクターを襲う最適なタイミングを計っている貴官に性的な尊厳など残っているわけが──痛い! 分かった謝る、謝るからそのアーツ攻撃をやめろ貴官! 自慢じゃないがこれでも術耐性0なんだぞ! こら! 終いにゃしばくぞオラァ!!
とまぁアーツで殴りかかってくるアーミヤをテイルキャノンで恫喝しつつ、改めて包丁を手に取る。とりあえず何も考えずに手を動かしていれば品目に関してもある程度は勝手に解決するだろう。
「……それで、何作ってるんですか?」
アーミヤからの質問に、私は胸を張って応えた。
──皆目見当もつかん!
小一時間後。
「どうするんですか。これ本当にどうするんですか」
私達の目の前には、満漢全席もかくやと言わんばかりの大量の料理が並んでいた。
一般的な和洋中にとどまらず、イェラグ、クルビア、ヴィクトリアといった各地の郷土料理やそれに準ずるものも出来上がっている始末だ。正直これだけの種類の料理が作れるとは思ってもみなかったが、そこはインターネット様様といったところか。
これは……私たち二人どころか、チェン殿を合わせたとしても食いきれるかどうかは怪しいな。
「っていうかそうですよチェンさん! 早く解放してあげないと!」
そう言って、アーミヤがチェンを格納した袋の口を開く。
その中から、うっすらと蒸気を纏いながら勢いよくチェンが飛び出してきた。
ぜーはー肩で息をし、彼女は顔を真っ赤にしながら早口で、
「し、死ぬかと思った……! なんだあの麻袋は、いや本当に麻袋なのか……? とにかくなんだこのふざけたまでの通気性の悪さは!? 熱中症で死ぬか呼吸困難で死ぬか分からなかったぞ!?」
「そりゃそうだ貴官、元をただせば死体袋だからなそれ」
「殺す!! 今この場で誅罰してやる貴様ァ!!」
「落ち着いてくださいチェンさん! 殿中! 殿中です!!」
たまらず刀を抜いたチェンをアーミヤが羽交い絞めにする。
ようしよくやったアーミヤ嬢! そのまま抑えてろ!! ──そぉい!!!
私はそう叫び、拘束を抜け出さんと暴れるチェンの口元に手元にあった料理を皿ごと叩きつけた。スパァン! という小気味いい音と共に料理──確かこれはオリジムシの中に五目飯を詰め込んだ奴だったか──が弾け、チェンの体がビクンと震える。
暴れるな貴官! あとよく噛んで食え!!
「むぐっ、なんだこれは──っていうか熱っ!? 熱い!! しかも食えだと? 今しがた私の顔面で四散したこれをか!?」
いかにも。というか貴官が暴れなければこんな強硬手段に出る必要などなかったんだから責任取れ、責任。
我ながら見事な暴論だが、どうやらチェンは突然の事態にそこまで頭が回らなかったらしく、無言で口元にへばりついた五目オリジ飯(仮)をなめとった。
そして一言、
「……美味いな。とてもではないが貴様のような浮かれポンチが作ったとは思えん」
アーミヤといい貴官といい、私に対するあたりが強くないか? ん?
泣くぞ? これでも罵られて気分を害する程度の人間性は保持しているぞ? いいのか? 私の尻尾が火を噴くぞ?
「この建屋ごと心中する気か貴様……? まあいい、気分を害したのなら謝ってやらんこともやぶさかでは無きにしも非ずだ」
どっちだよ。
アーミヤの方を見ると、彼女もまた真剣な表情でうなずいていた。きっと彼女は私と同じことを思っていることだろう。
……さて、ではこの一皿丸々消費してもなおありあまるフルコースはどうしたものか。改めてその対策を考えようとした矢先、バァン!! と派手な音を立てて食堂の扉が開かれた。
「おらーっ! 誰だこんなに旨そうな匂いを漂わせる奴はーっ! 私に対する宣戦布告ですかーっ!?」
入ってきたのはグム。確か料理の腕が自慢だと宣うオペレーター……だったか。あまり顔を合わせる機会がないから記憶が薄い。
──で、何の用だ貴官。見ての通りジャンルを問わないフルコースだぞ。宣戦布告と受け取るなら結構、とりあえず食べてから言ってくれ。正直我々三人ではあまりにも荷が重い。
私がそういうと、グムはとてとてと料理の方に歩いていき、懐からスプーンを取り出したかと思うと手近にあった皿から一口持っていった。というか、常日頃から持ち歩いてるのか、それ?
何回か咀嚼したかと思うと、カッ!! と目を見開いた。そして一言、
「……出来る!!」
何がだ。何をできるというのだ。
さらに、一連の騒ぎを聞きつけたのか、グムが開け放ったドアからわらわらとオペレーターが大量に入り込んできた。そして、グムの話を聞いて俺も私もとどこからともなく箸やフォーク、スプーンを構えて参戦していく。っていうか貴様らどこから出して……ってグムが配ってる!! 何本持ってるんだ!? というか本当に常時携帯しているのか!? あれだけの数を!? 馬鹿か!?
「どうするんですか」と言いたげなアーミヤの視線を頑張って意識から外しつつ、私は叫んだ。
──ええい、こうなったらやけだ!! 今日の食事当番は私がやってやる、食いたいものがあれば食材持って来い貴様らァ!!!
こうして、私は要らん手間を負うことになってしまったのであった。
なお、感染生物をふんだんに食材として用いたことについては後日チェンにきつく折檻されたが、これを機にじわじわと感染生物食がロドスに浸透していくこととなる。
いえい。
<キャラ紹介>
『アルクス・アンサングス』
昇進素材の糖源で菓子作りを始めて教官にしばき倒された。
『アーミヤ』
後日、料理の腕前が壊滅的なことが判明。詳細は省くが美味しそうな見た目に騙されて食べたドクターの理性は一瞬で消し飛んだ。
『チェン』
目が細かすぎる麻袋で死にかけた。なお、自分が入っていた袋は後で小石をしこたま詰め込んで武器にした模様。
『グム』
重装オペレーターにしてプロの料理人。ただしオリジムシに手を出すようなゲテモノ食いではなく真っ当なタイプ。