此処は忘れられたものが行き着く地『幻想郷』。
行き着いた者同士が騒動を起こし、仲を深め、一員として暮らしを営んでいる世界。
そこで暮らす一人の男から、物語ははじまります。
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こぢんまりとした和室に、一人の男が腕枕をしながら寝そべっている。
だらしなく大きな欠伸を噛み殺そうともせず、ぼりぼり、と音を立てて身体を掻く黒髪黒目に着流しの和服を着こんだ男は、側に無造作に置かれた刀や同じように無造作に放置されている回転式の拳銃にも目を向けることなく、縁側から見える外の景色を眺めていた。
「アーア、今日も平和ですることがねぇや……うっとうしい紅い霧もかからない、春が奪われて寒さに震えることもない……そして俺には仕事もない」
夏が近づいてるって言ってもまだちょっとあったけえくらいだしなー、とだらけきった男は布団の上で寝返りを打って体勢を変える。腕枕をやめて大の字になり、仰向けになった男は、部屋の天井をぼんやりと眺めていたが、そこで
『グゥゥー……』
と腹の虫が鳴った。
腹の虫がなった男は軽く上体を起こして、
「おーい霊夢!昼飯まだー?俺そろそろ空腹で目が回りそうなんだけどなー?」
軽く不満の色を滲ませながら、奥の台所に向けて怒鳴る。
返事が帰ってこないのを見て、ため息をついて起き上がり、よいしょ、という掛け声とともに立ち上がって隣の居間へと移動する。
居間のちゃぶ台近くへと腰を下ろし、片肘をついて頬杖をつきつつ、もう片方の自由になった手をちゃぶだいの上に乗せてとんとんとん……と一定の間隔を保って指でちゃぶ台をつつく。
「たく、霊夢のやつめ……腹すかした人間がいるってのに仕事が遅すぎだっての……」
「おー、武蔵じゃん、おはよー」
男がぼやいているところへと幼い少女のような声がかかる。
男……この神社の居候である『坂本 武蔵』が声の主に顔を向けると、そこには赤いリボンがかかった薄茶色の長髪に真紅の瞳……そしてなによりも目を引く頭の『角』。ここ幻想郷に住まう種族である『鬼』である少女『伊吹萃香』がそこに立っていた。
萃香は人好きのするような笑みを満面に浮かべながら、武蔵のとなりへと腰をおろして子供のような容姿に不釣り合いな瓢箪を呷って息を吐く。それを見た武蔵はあきれた様子で呟く。
「おいおい……まーた真っ昼間っから酒かよ……」
「ふっふ、これくらいはまだ序の口だっての。ほれ、武蔵も一口どうだい?」
「まだ要らねぇや、楽しみは夜までとっとくタイプなんでね。それに昼間っから飲んでたら俺の体が持たねえや……」
「そりゃあ残念。マ、夜になったら一杯付き合ってな」
「そりゃあ、今日の『勝負』次第だな。……運が良けりゃ土産につまみでも買ってきてやるさ」
そういってニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた武蔵に対して、萃香らカラカラと笑いながら悪戯っぽく、
「そーいってこないだ家賃分持ってかれて『オケラ』になって霊夢に土下座してたの、見てたぞ~」
「あんときゃ……俺が負けたわけじゃないって。あのツボ振り……ぜってえサマしてやがる。ネタ見つけて強請ってやろ」
「まー、がんばんなー」
二人がとりとめもないような会話を続けていると、台所の戸が開いて、赤白の巫女服を着込んだ少女……ここ『博麗神社』の巫女である『博麗霊夢』がおぼんを手にして入ってくる。
「はいはい、穀潰し二人お待ちかねのお昼ご飯ですよ」
「おー来た来た!……って、まぁた素麺かよ……」
一瞬顔を輝かせてちゃぶ台に向かい、箸を手にした武蔵は、出された料理を見てげんなりした表情になる。
ちゃぶ台に置かれた料理は、具材がなにもなく、お世辞 にも豪勢な料理とは言い難い質素な素麺である。
「全く……ちょっと前に妖怪の山の方の神社から分社置くときにショバ代貰ってんだろうに、なんでこんな貧相なモンを……たまにゃ奮発してすき焼きとかをだな……」
「……いらないなら下げるけど?」
「食 べ ま す !」
くどくどと文句を言っていた武蔵であったが、巫女が下げようとするのにあわてて、強引に器を奪い取って素麺をかきこむ。
「ショバ代なんてもらえるわけないでしょ……ウチはやくざ者じゃないんだし」
「あっちの方が新参なんだ、遠慮なくむしっちまえばよかったもんを……」
「……あの巫女の目見て言えた?アンタ。あんな子供みたいな純真な目された巫女に頭下げられて後ろ盾の神様から圧力かけられて……言えた?」
「そ、そりゃあ……」
「まーあんたあの場にいたとき出された『外』の菓子貪ってたくらいで何もしてなかったから聞いてなかったでしょうけどね」
「……むむむ」
「なにがむむむだ。……まぁ心配しなくても飲兵衛と博打狂いの紐くらいならちゃんと養えるくらいはあるわよ。……アンタ達が無駄に浪費さえしなければ、の話で」
淡々と素麺をすすりつつ向けられた冷たい視線に対して武蔵は微妙にたじろぎ、その様子を見た萃香はその様子を見て楽しげに笑う。
「おやまぁ、怒られてやんの」
「笑うなよ……」
「今日の『勝負』が何か知らないけど……今月分の家賃の徴収があるってこと、自覚しておいてくださいね、武蔵さん♪」
そういって霊夢は小さく笑みを(目は全く笑っていないが)浮かべて武蔵を見やると、武蔵は器で顔を隠すように汁を飲み、飲み干した後は器を置いて玄関へと逃げるように去っていく。
「……用心棒の仕事、行ってきます……」
「いってらっしゃ~い。あ、帰りに豆腐買って帰ってね~。今晩は冷奴だから」
「まーた貧相な……」
「……なにか文句でも?」
「なんでもないです!」
そういって転げるように神社を出ていった武蔵の後ろ姿を、霊夢はため息をついて見送った。