読書家男と本屋の彼女   作:シフォンケーキ

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2話

良司とリサが出会ってから一週間近く過ぎた頃、良司は朝から千堂の店へとやって来た。正確に言うならば、千堂に呼び出されたのだ。

「何です?千堂さん、俺に用って」

「悪いな、休みの日に朝早くから呼び出して」

「それは構いませんけどね」

「実は折り入って頼みがあるんだ」

「頼みですか?珍しいですね。千堂さんが俺に頼みなんて」

「ああ、急で悪いんだが今日一日、俺の代わりに店長やってくれないか?」

「はい?」

「何、今日はリサちゃんもシフトに入ってるから一人でそんな重労働をする事もないし、良ちゃんなら店を任せても安心だ!」

「いや、その前にちゃんと事情を話してくださいよ」

「ああそうだったな。実は今日、隣町の書店で俺の好きな作家さんのサイン会があるんだ」

「・・・なるほど。サイン会には行きたいけど流石に入ってきたばかりのリサさんだけに店を任せるのも不安だから俺に任せようと」

「話が早くて助かるよ」

「でも良いんですか?たとえ常連客とはいえ部外者ですよ?」

「俺とお前さんの仲じゃないか。何度も臨時でバイトを頼んでいるから勝手は知ってるだろ?それに俺は良ちゃんを信用しているからな」

なかなかにズルイ言い方をするもんだと良司は内心で思った。だが、ここまで言われると流石に悪い気はしない。

「それに俺だってタダでやってくれなんて言わねえさ。見合った額を支払うし、もし引き受けてくれたら店の本五冊までなら好きなの持って行って良いからさ」

「喜んでお引き受けしましょう」

ここまで頼まれたら人として断るわけにはいかない。決して報酬に釣られたわけではないのだ。決して。

「それじゃあ何か困ったことがあったら連絡してくれ。夕方までには帰るからそれまで店は任せたぜ」

そう言い残して千堂は店を出て行った。

「・・・やれやれだ」

その後ろ姿を見ながら良司はため息をつきながらも、仕事の準備を進めるのだった。

 

「おはようございま〜す」

入荷した本の整理やら掃除やらを手早く済ませた頃、店の裏口からリサがやってきた。

「おはよう、リサさん」

「あれ?何で良司さんが?て言うか店長は?」

当然の事ながら状況が飲み込めないリサが聞いてきた。

「千堂さんなら仕事放ったらかして隣町までサイン会に行ったよ」

「マジですか・・・」

「マジです」

リサの顔を見るとあからさまに呆れたような顔をしていた。

「それで俺が代わりに今日一日臨時で店長代理ってわけです」

「あーなるほど、良司さんってもしかして前にここで働いてたりしてました?」

「うん。と言っても時々臨時でやってただけですけどね。でもよくわかりましたね」

「だっていくらなんでも何もなしに頼るのは流石にありえないじゃないですか。だから少なくとも経験者なのかなって」

「名探偵だ」

「兎に角今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

そう言ってこの日の仕事が始まったのであった。

 

「暇だねぇ」

「そうですねぇ」

「そう言えば」

仕事開始から数時間後、作業もひと段落したところで良司が思い出したように言った。

「この前の小説、読みました」

「・・・どうでした?」

リサが恐る恐る聞いた。仮にも自分が書いた作品を直接評価されるのだから無理もないだろう(そんな事は彼が知る由もないが)。

「俺は好きですよ、あの話。面白かった」

「っ!そうですか」

「うん。ハッピーエンドで終わらなかったのは寂しかったけどそれもまた良いと思える終わり方でしたね。新作が出るならまた読みたいですし、あの作家さんの書き方、俺は好きですね」

良司が言い終わってリサの方を見ると何故か彼女は下を向いて顔を逸らしていた。

(しまった。熱くなって一方的に喋りすぎたかな。また悪い癖が出た)

「ごめんなさい、俺ばっかり喋っちゃいましたね。熱くなるとすぐこうなるんです」

「い、いえ、私も感想聞けて嬉しかったですから」

「そ、そっか。ならよかった」

「は、はい」

「・・・」

「・・・」

二人の間に沈黙が続いた。

(き、気まずい!こう言う間って俺苦手なんだよなぁ。俺ってここまで女の子と話すの下手だったのか)

思い返してみれば今までまともに異性と会話なんてした事がないと良司は気づいた。

(考えてみれば昔から本読んでばっかの人生じゃん・・・)

残念ながら今まで読んできた本には女の子との距離の縮め方なんてありはしないのだ。

「あの、良司さん」

「ん?」

良司が考え込んでいるとリサが聞いてきた。

「何で良司さんは本読むのが好きになったんですか?」

「また急ですね」

「えへへ。ちょっと気になって」

あまり話しても面白いものではなかったが、これ以上沈黙が続くよりはマシかと良司は一人で納得した。

「俺って昔から友達って少ないんです。だから一人遊びが得意でね、いつも家で遊んでたんですよ」

「・・・」

「そんな時、父親の持ってた小説を見つけたんです。それが何でかすごく面白そうで、漢字とかも内容も全然わからなかったくせに夢中で読んでた」

「それがキッカケですか?」

「うん。それから色んな物語の世界に没頭した。ページを捲る度に心が踊った。・・・そして憧れた」

「憧れた?」

「うん。だって凄いじゃないですか。読んだ人達を文字だけで魅了して、楽しくさせたり悲しくさせたり、色んな感情が湧き上がるんだよ?それってまるで魔法みたいだって」

「魔法、ですか」

「だから俺もそんな風になれたらなって、子供の時に思ってたんです」

「今は違うんですか?」

「今もなれたら、とは思いますよ。でも心のどこかで諦めてる自分もいるんです。何度も賞に応募しては落ちて、それを繰り返して。いつしかそれも仕方ないって言い訳しだして。最近じゃ書く事自体なくなった」

それでも自分が本を読むのを辞めないのは、好きというのもあるだろうが、その夢を諦めきれないからなのだろうと良司は内心で苦笑した。

才能もないとわかっていながら中途半端に夢に縋っているのだ。

「覚悟を決めて夢に向かう訳でもなく、かと言って夢をきっぱり諦める訳でもない。どっちつかずでかっこ悪いですよね」

良司は苦笑しながらそう言った。

「そんな事ないですよ」

だがリサはその言葉を否定した。声色から良司を気遣って言ったのではない事はわかった。

「だって良司さんは努力したんでしょう?その時点で何もしない人より(まさ)ってます。一番かっこ悪いのは口だけで何も行動しない人ですよ」

「そう、かな」

「そうですよ。今は少し休んでるだけです。疲れたらいつでも休んで、またやりたいときにやれば良いんです」

「かっこいいなぁ、リサさんは」

「そんな事ないですよ」

リサが照れながら言った。その表情に思わず良司はドキっとした。

「今度からリサ先生って呼んでいい?」

誤魔化すように良司が言った。

「先生はやめてくださいよぉ。普通にリサで良いですから。それに敬語もいらないですよ」

「なら俺のことも普通に呼び捨てでいいよ。と言うかそっちの方が俺は楽かな」

「だったら私の事も呼び捨てで呼んでください」

「えっと、う、うん。リサ?」

なぜか疑問形で呼んでしまった。まともに女の子と縁のない男は女の子を呼び捨てにする事に慣れてなどいないのだ。

(女の子を改まって呼び捨てにするって結構照れる・・・)

コミュ症陰キャ全開の考えだった。

「うん。良くん」

「あ、俺の事はそう呼ぶんだ」

「だって良ちゃんだと店長と同じだし、つまんないでしょ?」

「そう、かな?」

「そうだよ。これからもよろしくね、良くん」

満面の笑みを向けながら言ってくるリサに再び良司はドキっとした。

(当分この呼ばれ方は慣れない気がする・・・)

 

それからさらに数時間後、夕陽が差してきた頃、ようやく千堂が帰ってきた。

「悪いな二人とも。色々と買い物だなんだしてたら遅くなっちまった」

「本当ですよ、店放って出掛けるなんて店長失格ですよ」

「確かに」

「お前さんら揃って言うなよ。仲良しかよ」

「それより千堂さん、お目当てのサインはもらえたんですか?」

「勿論だとも。お陰様で良い一日になったよ。約束通りバイト代と、好きな本、持っていきな」

「いや、その約束は後日に取っておきますよ。権利ってのはここぞと言う時に使った方がいい」

「良くんそんな約束してたんだ」

リサが良司の名前を呼ぶと千堂がニヤついているのが見えた。どうせロクな事は考えていないんだろうが。

「お前さんら、随分仲良くなったな?もうそんなに進展したのかい」

そう言われた途端リサがわかりやすく慌てだした。

「そ、そんな仲良くだなんて」

「リサが自分からそう呼んだんじゃないか。なんだ、仲良くなれたと思ったのは俺だけだったんだね」

面白くなって良司も千堂の悪ノリに加わった。

「ちょっ、良くんまで!もちろん、き、嫌いじゃないけど」

(もしかしたらリサってこの手の話は得意じゃないのかな。まぁ俺もだけど)

慌てているリサを見ながらそんなことを考えた。

「良かったな良ちゃん。少なくとも嫌われてはないらしいぜ。まだ可能性は残ってるよ」

「まるで俺が店長に恋愛相談でもしたような言い方ですね。まぁ俺も嫌いではないですけどね」

笑いながら言ってくる千堂に良司も笑って返した。

「二人共私をからかってません?」

「「何を今更」」

リサの質問に対して二人は全く同じタイミングで答えた。

「わぁ二人がいじめる〜」

リサとの距離が近づいて少し嬉しく思う良司であった




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