舞崎 リサと言う人間は言わばどこにでもいる至って平凡な女性である。
過去に特筆する経歴もなければ人より凄まじく優れた点があるわけでもなかった。勿論彼女とて女の子である以上、ファッションやらオシャレにも興味はあったが、それはあくまで『人並み程度』にだ。そんな彼女がこれまでの人生で最も興味を引かれ、のめり込んだものがあった。
それが“物語”だった。
色んな作品の登場人物達の感情を考えては時に笑って、怒って、悲しくなる。そんな物語に触れるうちに彼女はある事を思った。
(こんな作品を書ける人はもしかしたら魔法使いなんじゃないの?)
そんな人に話せば笑われるような事を彼女は本気で思っていた。そんな風に考えている彼女が小説家というものに憧れを抱くのは至極当然と言えるだろう。
いくつもの作品を読み続けるうちにその漠然とした思いはやがて具体的なものへと変わっていった。
そしてある時、彼女は夢を叶える為に行動を起こした。
そう、書いたのだ。自分なりの‘‘物語’’を。
「ん?」
眼が覚めるとそこはいつもの自分の部屋だった。
(懐かしいこと思い出したな〜)
いつもと同じ時間に起きたリサは真っ先に今見ていた夢の事を考えた。自分が過ごした過去の事を。
(周りの人達によく笑われたっけ。絶対無理だって)
キッチンに移動してコーヒーの用意をしながら当時のことを思い出す。
(でも諦めなくて良かったなぁ。お陰で夢を叶えられたし。いや、まだ途中なのかな)
水を入れたヤカンを火にかけてそんな事を思い出しては笑っていた。
(それに店長やあの人にも出会えたし・・・)
「おはよう。リサ」
そんな事を頭の中で考えているとキッチンに一人の男性が入って来た。と言っても父親なのだが。
「おはよう。パパもコーヒー飲む?」
「うん。せっかくだから貰おうかな」
「ちょっと待っててね」
そう言ってもう一人分のコーヒーの準備をした。
「今日も仕事かい?」
「うん。この後すぐ家出るよ」
「ところでリサ」
「ん?どうしたの?」
「そろそろ彼氏くらい出来たかい?」
「ちょっ!?」
新聞を読みながら言ってくる父親にリサは驚いた。
「その反応だと想い人でも出来たのかな?」
「そ、そんなんじゃないから!」
そう言いつつもリサの脳裏にはある人物の顔が浮かんだ。
(何であの人の顔を思い出すんだろう)
そしてある人物の顔を思い出すとその人が言った一言が頭の中で何度も繰り返された。
『読んだ人達を文字だけで魅了して、楽しくさせたり悲しくさせたり、色んな感情が湧き上がるだよ?それってまるで魔法みたいだって』
それを聞いた時、自分と同じことを思う人がいる事に少し嬉しく思った。
そんな事を考えながらリサは朝食を済ませて仕事に行く準備をした。
「おはようございま〜す」
「おう、リサちゃんおはよう」
店に入ると新聞を読んでいる千堂がいた。
「店長、この前の何なんですか」
「この前の?」
「仕事放って隣町まで行った時のですよ」
「ああ、あの時のことか。いや悪かったな。どうしても自分の手でサインが欲しくてよ」
笑いながら千堂が答えた。
「それは別に良いですけど、なんで良くんを店員にしたんですか」
「経験者だし、リサちゃんとも顔見知りだから丁度いいと思ってな」
「丁度いいって・・・」
「でもそのお陰で彼と仲良くなれたろ?」
「・・・それは」
「安心しなって。別にリサちゃんの正体を良ちゃんにバラしたりしねえよ」
「それは本当にお願いしますよ」
「わかってるよ。でも隠す必要なんてあるのかい?」
「だって、なんか恥ずかしいじゃないですか。私があれこれ考えてこんな事書いたんだーって思われたら」
「まぁわからなくもねぇが・・・。ならずっとこのまま黙ってるのかい?」
「そりゃ、いつかは言いますけどでも言うタイミングは自分で決めますよ」
「そうかい。まぁ俺からバラす事はしないから安心しなよ。けどな」
千堂が間をあけて言った。
「どんなことでも先延ばしにしすぎると言い出せなくなるから気をつけなよ」
「・・・はい」
何故か彼のその言葉は強くリサの中で残った。
「リサちゃん、悪いがちょっと店を任せてもいいか?コンビニに行きたいんでな」
それから数時間、いつも通りに業務を行うと千堂が言ってきた。
「良いですよ。お客さんも来ませんし」
「素直に喜べねぇな。それは」
そう言いながら千堂は財布を片手に店を後にした。
一人残されたリサは色々と思い返していた。
例えば今朝見た夢の事。
例えば先程千堂言われた事。
自分は小説を書ける人を『魔法使い』だと思った。そしてそれに憧れて自分もそうなりたいと思った。言葉一つで相手に色んな事を思わせたい。色んな影響を与えたいと。
このくせ、自分の小説を好きだと言ってくれた人に自分がその作者だという事すら出来ていない。
無論、態々名乗らない人だっているだろう。だがそれはあくまで作品のイメージを壊したりしない為の配慮の様なものだ。対する自分はただ単純に知られるのが恥ずかしいなんて言う保身的な思考だ。そんな人間が『魔法使い』だなんて、我ながら笑えてくる。
つまり彼女は自分に対して自信がないのだ。
初めて書いた作品が新人賞を受賞したのだって、何かの偶然だと思っているし、もしも次を書いたとしてもその結果がどうなるかを考えるだけで不安になる。そんな状態で誰かに影響を与えられる作品が書けるなんて微塵も思えない。
自分を信じてあげられないのにどうして人に影響を与えられるだろうか。
だから彼女はいつも思ってしまう。
(結局私は『ただの人間』なんだなぁ)
そう思うと少し悲しくなるが気がつくとそう考えてしまうのだから仕方がない。
でも彼女は書く事をやめなかった。ここでやめてしまうと本当に自分は何もない人間だと認めてしまう事になると思ったからだ。
(あの人ならどう考えるんだろう。もしあの人に相談したら、なんて言ってくれるんだろう)
今朝のようにリサはある人物の事を考えていた。自分と同じ様に『魔法使い』に憧れたと言うその人を。
(でも聞けるわけないか。自分が小説を書いてるとも言えてないんだから)
「・・・サ、・・・リサ?」
その声にリサはハッとした。
気がつくと目の前に今しがた頭の中で浮かんでいた良司が立っていた。
「良くんっ!?」
「どうかした?ボーッとして」
「な、なんでもないよ!?」
まさか本人相手に相談ができるわけも無い。
「嘘でしょ?何も無いのにそんなボーッとするはずがないよ。少なくとも何か悩みはあるはずだ」
今日はグイグイ来るなとリサは内心で考えた。
「何でそんなに心配してくれるの?」
何でこの人は会って間もない自分のことをここまで心配してくれるんだろうか?リサは不思議だった。
「ただの偽善だよ。誰かが悩みがあるならそれを出来ることなら解決して自己満足に浸る。そんなただの偽善」
「・・・ただの偽善」
リサは繰り返して言った。本当にそれだけだろうか?何となくではあるが彼女はそうとは思えなかった。
「もしくは下心だよ。リサに心配してるフリして優しい人アピールをしてるだけかもしれない。あとお会計お願い」
手にしていた本を差し出しながら良司は冗談っぽく言った。
「合計で2030円になります」
「なら丁度で」
金を払いながら言う。
「何か会ったらまた話してよ。聞くくらいは出来るから」
「だったら、LINE教えて?」
リサは自分が言った一言に対して驚いた。自分は一体何を言ってるんだ。
「ごめん、今の無し!」
「良いよ?それぐらいなら。今からでいい?」
「えっ、う、うん」
案外あっさり言う良司に戸惑いながらもリサは答えた。
「はい。これ俺のIDね」
画面をこちらに向けてスマホを差し出されてリサも自分のスマホを取り出してQRコードを読み取った。
「何かあったらいつでも連絡してよ」
「うん。ありがとう」
「じゃあ俺は帰るから。また来るよ」
「うん。何かあったら連絡するね」
「何も無くても連絡してくれて良いよ」
そう言い残して買った本を手にして良司は店から出て行った。
そして入れ替わるように千堂が帰ってきた。
「何を仕事中にイチャイチャしてんだい」
どうやら2人の会話を聞いていたようだ。
「盗み聞きは趣味が悪いですよ。あとイチャイチャはしてません」
「ほぅ、良ちゃんから連絡先聞いといてよく言うねぇ」
「・・・どこから見てたんですか」
「リサちゃんが彼に連絡先を聞こうとしてた辺りだな」
ほぼ全部だった。
「まあ面白いものが見れたから良しとするよ。あと差し入れ」
そう言ってコンビニ袋の中からお茶の入ったペットボトルを置いた。
「あ、ありがとうございます」
なんか誤魔化されたような気もするが、面倒くさいのでもう考えるのはやめておこう。
(いつでも連絡していい・・・か。いつか相談できる日が来たら、その時は彼に話を聞いてもらおう)
勿論その時には自分が小説家だということも正直に打ち明けようと、魔法使いに憧れる彼女はそう心に誓った。
今回はリサ視点の話でした。
楽しんでもらえたら幸いです。
誤字脱字、ご意見ご感想などあれば書いていただけると嬉しいです。
ではまた次回。