あまり多くしない様に気をつけてたのに・・・。
縦川達から逃走した良司は駅前のコインロッカーへ移動した。
「念の為に対処しておいて正解だった」
そう言って良司はズボンのポケットから一つの鍵を取り出した。このコインロッカーの鍵だ。それを鍵穴に差し込み、ロッカーを開けた。中にはいくつかの書類などがあった。勿論良司の私物だ。
実は彼らがこの駅に来た時、良司はトイレに行くと言い、隙を見てこのコインロッカーに鞄の中身を隠したのだ。何かあれば彼がああやって鞄を預かると言い出す事を見越して。
中身のない鞄など、奪われても何の効力もないのだ。
「ここまでは順調!」
ロッカーの荷物を全てコンビニ袋へ移し、足早にその場を立ち去った。もたもたしていると縦川に勘づかれる危険があるからだ。
(今の時間が18:30。ここからだと千堂さんの店まで約1時間半。閉店が21時・・・。ギリギリか)
「赤城先輩!」
「っヤベ!」
駅の券売機で切符を買った時、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。広瀬だ。恐らく不審に思った縦川に探すように言われて来たのだろう。縦川本人が来る事は無いと思っていたが、案の定だった。
声を聞いた途端、良司は出てきた切符を改札に通してホームへと走った。広瀬は普段から縦川に可愛がられていたから彼からの頼み事は大概聞く。勿論自分を連れて来いと言う命令も素直に聞いた事だろう。
ホームに続く階段を全力で駆け上がるとタイミングよく電車が来たのでそのまま飛び乗った。
(・・・何で俺は合コン一つでこんなに人に追いかけ回されなきゃいけないんだ)
非常に理不尽だった。
するとポケットに入れていたスマホが震えた。画面を見たら縦川からの電話だったので迷わず切った。車内での電話はマナー違反なのだ。
(あいつあの鞄捨ててるかもなぁ。休みの間に別の鞄用意しとかないと)
一番ありえる可能性を考えて良司は少し笑った。まぁそれも覚悟の上での計画だからそれはそれで構わないが。
何はともあれ、良司のプリズンブレイクは無事に終了した。
後はリサの元へ急ぐのみである。
同時刻、千堂の店では千堂とリサが退屈そうにしていた。
「今日もお客さん少ないですね」
「いつも暇みたいに言わないでくれよ」
「だって事実じゃないですか」
「そうだけどよ。何ならリサちゃん、今日はもう帰ってもいいぞ?」
「お客さんがいないからですか?」
「・・・お客さんがいないから」
リサの言葉に少し悔しそうに千堂が言った。
「気持ちは嬉しいですけど閉店までいますよ。ちゃんと」
千堂の言葉は有難いが、リサにもここにいる理由があるのだ。
「何だ?良ちゃんでも待ってんのか?」
「べ、別にそんなんじゃないですよ。それに何で良くんが出てくるんですか」
「違ったのか?てっきりそうだと思ったんだがな」
何一つ違っていない。
「そ、そんなわけないじゃないですか。何を馬鹿な事を言ってるんですか」
(あ、図星か)
図星である。
「それで良ちゃんはいつ来るんだ?」
「仕事終わったら来ると思うんですけどね」
「来る事は否定しないんだな」
「あっ」
見事に引っかかるリサ。その内秘密がバレるのも時間の問題なんじゃないだろうか?
「まぁ何やる気なのかは大方の検討がつくから野暮な事は言わねぇがな」
千堂が笑いながら言った。
「まったくもう・・・」
千堂のイジリに困りながらも内心でリサは思った。
(良くん、早く来てくれないかなぁ)
待ち人はまだ来ず。
その頃、良司はその日一番と言っていいほど焦っていた。縦川の追っ手がやって来たとかではない。その辺の事はもう心配しなくても大丈夫だろう。問題はそこじゃない。
(乗る電車間違えたぁぁぁ)
とんでもないミスをやらかしていた。
あの時、追っ手が来て焦っていた良司は間違えて反対方向の電車に乗るという通常ならありえないミスをしでかしていた。それに気づいたのは電車に乗ってから3駅ほど進んだ後だった。勿論既に正しい電車に乗り換えたが時間がギリギリなのには変わりない。
「だけどまぁ、何とか間に合うかな」
車内の座席に背中を預けながら一人呟く。
「それに、こっちもリサに用があるしな」
隣にあるコンビニ袋を見ながら笑って続けた。そしていつもの駅に着くとそのまま電車を降り、改札を抜けた。念の為辺りを伺うがそれらしい影は見当たらなかった。
「縦川には悪いが、今回も俺の勝ちだ」
言いながらリサの元へ向かおうと思ったが、一つ寄らなければいけない所がある事を思い出して、良司はその場所へと足早に向かった。
時刻は21時前。そろそろ店を閉める時間だ。ずっと待っているが待ち人はまだ来ていなかった。
「遅いなぁ良くん。もしかしたら急に来れなくなったとか?それともそもそも忘れてるとか?」
いつまで経っても現れる気配のない彼の事を考えながらリサは悶々と考えていた。と言うかあからさまにイラついていた。いつもなら揶揄ってくる千堂がビビる程度には。
別に全然姿を見せない彼に怒っているわけではない。いや、多少はそれもあるんだが、大半を占めているのは自分自身にだった。
(これじゃあまるで良くんが来ないのを残念がってるみたいじゃん。別に付き合ってるわけでもないのに。それにこれじゃまるでメンヘラみたいじゃん・・・)
彼は必ず来ると言ったのだ。だったらそれを信じて待つしかない。
(新作、早く読んでもらいたかったのに、良くんの馬鹿・・・。でもずっと一人で浮かれてる私の方が馬鹿みたいじゃん。渡すなら今日がうってつけだったのになぁ)
俯きながらそう思うリサ。昨日までと同じ人物とは思えない程のテンションの下がり様だった。
(おいおい、なんか今にも泣きそうじゃねぇか。良ちゃん、来るなら早く来いってんだよ。気まずくてこっちが耐えられねぇ)
近くにいた千堂も何も言えずにいた。最早彼は早く良司が来てくれるのを祈るのみだった。
そしてそんな千堂の祈りが通じたのか、店の入り口からやっと待ち人は現れた。
「ごめん。遅くなった。」
店に入って一言目に彼、赤城 良司はそう言った。恐らく走って来たのだろう。息が上がっていた。
そして良司の顔を見て途端、先程まで沈んでいたリサの顔色も明るくなった(ついでに言えば気まずい空気が無くなって千堂も影で喜んでいた)。
「遅いよ」
リサの一言。しかし顔は笑っていた。
「悪かったよ。色々あってさ。それで俺に用って?」
良司がリサに聞くと、近くにいた千堂は何も言わずにバックヤードへと入って行った。
(俺があの場に居るのは野暮ってもんだ。千堂 勝久はクールに去るぜ)
千堂がいなくなり、その場には必然、二人だけになった。
「来てくれないかと思っちゃったよ」
「来るよ。約束したから」
「カッコイイんだ」
「揶揄うなよ。それで?もう一回聞くけど俺に大事な用って?」
「うん。実は、さ、良くんに渡したい物があるんだ」
言いながらリサは何故か視線を逸らした。何処と無く顔も赤い気がした。
(え?何この空気、何渡されるの!?まさかのラブレター?からの告白!?急展開過ぎねぇ!?しかもここで?絶対後で千堂さんに揶揄われるやつじゃん!)
そんな馬鹿な事を脳内で妄想する良司。残念ながらその予想は外れである。
「これを今日良くんに渡したかったの」
そう言ってリサが差し出したのは一冊の小説だった。それは勿論、今日発売の衣崎 真理紗先生の新作だった。
「これを俺に?」
「うん。迷惑だった?」
「全然!寧ろ嬉しいよ。ありがとう、リサ」
「うん。どういたしまして!」
満面の笑みで答えるリサ。その顔に思わず良司は見惚れた。
「でも参ったな」
「え?」
参った?リサは何かミスでもしたのだろうか?と考えていると良司が続けて言った。
「まさか二人とも同じこと考えてるなんて」
そう言いながら、良司は笑って一冊の小説をリサへと差し出した。
「受け取ってくれる?」
「これって・・・」
「知ってる?俺が子供の頃に初めて好きになった作家さんのデビュー作なんだ。結構マイナーで知ってる人少ないけど。それを読んで明確に思ったんだ。俺もこんな風に小説を書いてみたいって」
その表紙を見てリサは思わず笑った。なんせその作品に影響されて今のリサがいるのだから。そう。リサも良司と同じ様な事を同じ作品で思ったのだ。どこまでも似ている二人だ。
「うん。知ってるよ。私も好きだよ」
「なんだ、もう読んでたのか。なら失敗だったかな・・・」
そう言う良司の手から小説を取るとリサは言った。
「うんうん。これが良い!」
「そっか、なら良かったよ」
理由はわからないが、リサが嬉しそうだから良しとしよう。
「あと、もう一つ。これをどうぞ」
「え?」
そう言って良司はもう一つある物を差し出した。
一本の薔薇の花だ。
「これ買いに行ってたら遅くなってさ。ごめんね。店閉まるギリギリだったから店員さんに呆れられたよ」
薔薇の花を差し出された理由は勿論リサは知っていた。でも実際にこうやってプレゼントされるのは初めてだった。
「知ってたんだね。今日の事」
「まぁね。知識だけは人並み以上には有るつもりだからさ」
少し照れながら良司が答える。
リサはまだしも、何故良司がこんな事をしたのか、答えは今日、4月23日という日付にあった。
『サン・ジョルディの日』
それはスペインのカタルーニャ地方の聖人の名からその名がついたもので、一般的に、「本の日」などと呼ばれ、カタルーニャなどでは親しい人に本を贈る記念日とされている(日本ではあまり浸透していない様だが)。
そしてもう一つ。先程言った聖人のとある伝説から、カタルーニャでは男女が薔薇を贈り合う「薔薇の日」とも呼ばれている。だから良司はリサに本と薔薇を贈ったのだ(勿論諸説有り)。
(ちょっとキザだったかな・・・。と言うかいきなりこれは重いか?)
今更ながら自分が行った事が何処と無く恥ずかしくなって来た。少しやらかした感を感じながらもリサの顔を見た。
「ありがとう。大事にするね!」
めちゃくちゃかわいい笑顔だった。
(・・・喜んでくれてるみたいだしやってよかった、かな?)
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ帰るよ。また来るよ」
顔が赤くなるのを感じた良司は誤魔化す様に店から出ていった。
「こっちこそありがとうねー」
去り際にリサのそんな声が聞こえた。
「き、緊張したぁぁ」
良司が店から出た後、リサの一言目がそれだった。自分の新作を渡す事もそうだが、今まで家族以外の異性に何かをプレゼントすると言う経験があまり無かったからだ。勿論逆もまた然り。本と薔薇のプレゼントなんて生まれて初めてだった。
(ヤバッ。顔がニヤけてきた)
嬉しさのあまりか、自分でもよくわからない状況になってきた。
(こいつら早く付き合えばいいのに)
物陰から見ていた千堂は少し笑いながらそう思った。
それから数日間、リサの機嫌はいつも以上に良かったらしいが、それはまた別の話。
無事に今回も書き終わりました。
作中に出てきた「サン・ジョルディの日」に本を贈る風習はシェイクスピアやセルバンテスなどの文豪の命日になぞらえて薔薇を贈る習慣と結びつけたんだとか。個人的にはこの話は好きだったりします。
次はいつ掲載するか未定ですが、書き次第載せるつもりですのでその時はまた見てやってください。
ご意見ご感想、誤字脱字などありましたらコメントお願いします。
ではまた次回。