近すぎるキミ、遠い始まり   作:沖縄の苦い野菜

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まずはひとつ。
リメイクに至りました今作、再びお気に入り登録の方をありがとうございます

明確な数字というものは筆者のモチベーションに直結するところがあり、増えていくと非常に嬉しいものです。

そのことに感謝をしながら。
どうぞ、本編を


第一部 ~擦れ違い熱こもる~
第一話 噛み締めた日常


 カーテンの隙間から差す朝日が瞼の裏を焼いた。白と黒に点滅する視界に、光を遮るように手をかざしてみれば、今度は布団の隙間から部屋の冷気が差し込んだ。人肌の快適な布団の中に肌寒さが走り抜け、カチッとスイッチが入ったように曖昧な意識が覚醒する。

 

 しかし、それでも未練が残る。ダラダラ怠けたい。居心地のいい布団の中で眠っていたい。そんな誘惑に意識が沈み込みそうになった時、彼は布団を一息に蹴り飛ばして唐突に起き上がってみせた。

 

「あー……さむっ」

 

 肌を撫でるような冷気が、首筋に、頬に、手首にまとわりつき、ジャージの隙間から入り込む。温かさから一転、身が引き締まる感覚に、眠気はついに頭の中から吹き飛んでいた。瞼の裏の点滅も収まって、ようやく目を開けてみれば、霞んだ視界の先に布団の白い裏面が映り込む。焦点が定まってくると、彼は鎌首をもたげながら、視線をすぐ横の机に向けた。机の上には時計が置いてあり、デジタル数字で「06:42」と記されている。

 

「朝飯……」

 

 ふらふらと、風に揺れる柳のように頼りない動きで立ち上がり、歩き出す。自室を抜けて、階段を下りてすぐ左の扉を抜けると大きなリビングに出る。電灯の明かりに視界を白く焼かれるが、それも数秒でいつも通りの景色を取り戻す。

 

 白いレースのカーテンから光が差し込んでいる。木漏れ日のように、リビングの床から食卓にかけてそっと照らす様子を見て、彼はようやく朝が来たのだと実感を持った。

 

「あっ、リョーゴおはよっ! もうご飯できてるヨ?」

 

 そんな時、リビングの奥、併設されているキッチンから明るい声が飛んできた。

 そこから出てきたのは、頭の上からぴょこんと飛び出た一房の髪に、浅緑の長髪をなびかせ、太陽のように明るい笑顔を浮かべた少女であった。

 片手にトースト、片手にベーコンエッグとサラダの乗った皿を持って、白い制服の上からヒマワリのアップリケをあしらったエプロンを身に着けた姿。彼女はさっさと食卓の上に朝食を置くと、後ろ髪をかきあげて、白いうなじをみせつけながらエプロンを外す。

 

 そんな少女の様子に、彼こと新田良悟は当たり前のように「おはよ」と短く挨拶を返して食卓についた。

 

「父さん、もう出てんの?」

「うん。寝坊したーっ、って言ってたヨ。ご飯も食べずに飛び出しちゃったネ」

「あー、もう。何が起こさなくても大丈夫だ、ってんだ。俺も早く起きねえと」

「でも、リョーゴもこれからサッカー部の朝練が始まるよネ? いつも通りだと思うナー」

「……それもそっか。いただきます」

「はーい」

 

 皿の上には厚切りのバタートーストに、ベーコンエッグとサラダが乗せられている。トーストの表面には横と縦それぞれ二本の切れ込みが入り、ブロック状に浮き出たカリッとした表面は黄金色の光沢を放っている。

 そんなバタートーストをいざ口にしてみれば、香ばしい食感が音を立てた。小麦とバターの風味は口いっぱいに、そして鼻の奥まで突き抜けた。

 

「リョーゴ、はい」

「んっ、ありがとう」

 

 トーストを飲み込んでから、良悟は差し出されたフォークとドレッシングを受け取ってお礼を口にする。ドレッシングの容器をよく振って、沈殿した中身を混ぜようとしたが、ふと底を見てみれば既に混ざっているようだった。彼はさっさとサラダにそれを掛けたところで、いつの間にか対面に座っていた少女の視線に気が付いた。

 

 蓋を閉めながら顔を上げてみれば、ニコニコと嬉しそうに笑顔が浮かんでいる。何がそんなに楽しいのか、彼には理解が及ばない。

 

「なんか良い事でもあったか?」

「こんなにゆっくりできるモーニングは久しぶりだナー、って思ったノ」

「あぁ、まぁ確かに。いろいろと慌ただしくてごめんな」

「ううん。一番大変だったのはリョーゴでショ? それに、ワタシは『ありがとう』の方が嬉しいヨ?」

 

 ほんの少し頬を膨らませながら言う彼女に、良悟は思わず口元を綻ばせる。そしてそのまま、彼は優しく少年らしい笑顔を浮かべて口にした

 

「あぁ。……エレナ、ありがとう」

「うん! どういたしましてだヨ」

 

 少女、島原エレナの太陽の笑顔に見守られながら。

 少年、新田良悟はまたバタートーストにかぶりつくのであった。

 

 

 

 食事が終われば、そこから先は早かった。顔を洗い、歯を磨き、髪を梳いて制服に着替える。あとは軽い学校指定カバンを片手に、彼はリビングへと再び足を踏み入れる。食器は既に片付いており、キッチンのシンク横に取り付けられた洗い物を置く銀色の台の上に置いてある。エレナの姿はリビングにはない。

 

 リビングの右手側、奥に併設された和室を覗いてみる。

 仏壇の前に正座して、手を合わせている彼女の姿があった。

 

 入口にカバンを置いて、彼もエレナの横に正座して手を合わせる。目を瞑り、黙祷を捧げる。大変だったけど大丈夫だ、とか。ゆっくり見守っててほしい、などと気持ちを乗せて。

 

 黙祷を終え、顔を上げれば仏壇の写真が目に映る。笑顔が眩しい人で、太陽の光に負けないその表情で輝かしく写っている。それを見る度に、胸の中に穴が開いたような寂しさが吹きすさぶ。彼はそんな気持ちを、ポケットに入れた形見のハンカチに触れて誤魔化した。

 

「……行ってきます、母さん」

「行ってきます」

 

 仏壇に背を向けて、光の差し込むリビングに踏み出した。カバンを片手でヒョイと持ち上げる。

 玄関から出るまで、二人が声を上げることはなかった。和室から出るとき、エレナが控えめに良悟の方を見たものの、何か声を掛けることはなく、いつものようにその隣に居座っていた。良悟はポケットに手を入れてはいるものの、背筋を伸ばし前だけを見続けた。

 

 

 

「うちに来たのっていつ頃?」

 

 玄関に出てカギをかけ、門を出たところでようやく、良悟の方から口を開いた。

 良悟とエレナの家は隣同士だ。学校とは逆向きに7歩進めば、エレナの家の前に到達する。島原家が日本に来た当初から今まで、家同士の付き合いは続いている。年数にすれば実に11年にも及ぶ。

 

 エレナにとって、そんな新田家は我が家も同然の居場所だ。お互いの家でホームパーティーを開くことも幾度もあり、サッカー観戦も片方の家に集まってやっていた。

 家に上がることは、お邪魔することじゃない。エレナにとって良悟の家に上がることは、帰宅することと同じ意味を持っていた。

 

「6時ごろだヨ。リョーゴ、ちゃんとモーニングを用意してるかナーって心配だったノ」

「お見事。でも、大丈夫か?」

「何のコト?」

 

 隣に歩くエレナは、小首をかしげて不思議そうに丸めた目を向けてきた。

 

「アイドルになったんだろ? レッスンとか大変だろうに」

「レッスン? 大変なんかじゃないヨ」

「いや、でも疲れるだろ? 毎日ってわけじゃないにしても。もうちょっと、自分の時間を大切にしないとな。倒れられても困る」

「大丈夫。ワタシはレッスン、とっても楽しんでるヨ。朝になると、太陽だーっ! ってすぐに目が覚めちゃうノ」

 

 花が咲いたような笑顔で、手を大空いっぱいに広げてエレナは言った。声を弾ませ、鼻歌を口ずさみ、ふとした瞬間にステップを踏んで。億劫な様子なんて微塵も感じさせない彼女に、思わず見ている良悟の顔がほころんでいく。

 

「そっか。まぁ、疲れた時はちゃんと休めよ?」

「うん。……リョーゴも、もう少し人に甘えていいと思うナ」

「俺が? それより父さんの方が心配だよ。休まる暇なんてないだろうし」

「リョーゴのパパンは、リョーゴの笑顔が一番見たいんじゃないかナ」

「そうかもしれないけど、笑顔なんて頑張って出すもんでもないし」

「うん。そういうコトだヨ」

「……? まぁ、お互いに無理しないようにやっていこうな」

 

 良悟のそんな一声に、エレナの笑顔がまた咲いた。釣られるように良悟も口元がほころび、それを隠すように空を見上げる。清々しいまでの快晴で、春の陽気が心地いい。

 

 今日も、一日の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

「あっ、リョーゴ! 一緒のクラスだヨ!」

「おっ、やったな」

 

 パチン、とハイタッチが子気味の良い音を鳴らして周囲からの注目を集める。二人はそんなことを気にした様子もなく、一階の掲示板に貼られたクラス分け表に記された通りの教室に向かう。

 

「サッカー部っていつから練習始まるノ?」

「ん? あぁ、明日から。新入部員の引き入れとかのために、練習風景見せなきゃいけないんだよ」

「それなら、今日は一緒に帰れるネ!」

「まぁそうだけど。……そういえば、冷蔵庫どうだった?」

「んー、パンとか玉子とか買わないとだネ」

「帰りはスーパー寄るか。夕飯は……父さん、何時に帰るって言ってた?」

「ちょっと遅くなる、って言ってたヨ?」

「となると九時ごろか。カレーでも作るか?」

「うん!」

 

 会話をしているうちに、気が付けば教室の前についていた。扉をスライドさせて中に入ると、黒板には席順の記された紙がデカデカと貼られている。

 教室の中は思いの外閑散としており、まだ空席が半分以上存在している。

 

「出席番号順だな」

「おっ良悟! お前の席はこっちこっち!」

 

 教室の沈黙を切り裂いて、無遠慮な男の声が聞こえてきた。良悟がそちらを見てみれば、彼にとってはやはりというべきか。サッカー仲間が元気に手を振っている。その姿にため息を一つ、良悟とエレナは導かれるまま教室の奥寄り、その後ろ側の席に近づいた。

 

「シューイチ! おはよーっ!」

 

 しかし、席まで待てないのか近づきながら声を上げて挨拶をするのがエレナだった。シューイチ、こと中田秀一は、そんなエレナの姿を見て楽しそうに「おはよー!」とこれまたエレナに負けない声を張り上げて挨拶を返す。

 

「いやー、島原さんは今日も良悟と仲良しさんと。俺、そういうの見てるだけでおなか一杯だわ。ごちそうさま」

「……? シューイチはワタシたちを見てるとおなかがふくれるノ?」

「おうとも。幸せを求めるおなかが膨れるよ」

「あっ、それってシューイチが幸せだーってコトだよネ? うん、おそまつさまでした!」

「……コントか?」

「違うっての。それに、朝っぱらから夫婦漫才やってる良悟に言われたかねぇわ」

「夫婦って……昔からこんなんだよ」

「うんうん。リョーゴとワタシは同じファミリーみたいなものだからネ!」

「わお、大胆。……良悟。お前、島原さん泣かせたら覚悟しとけよ」

 

 馬鹿で和やかな空気から一転。視線はあきれたように、声音は友を激励するように。そんな曖昧なようで、良悟自身にはよく伝わる言葉。

 

 良悟はそれに、肩をすくめて頷いて見せた。

 

「……それならよし。島原さん、そいつの手綱離しちゃダメだぞー?」

「うーん、ワタシからリョーゴが離れたコトなんてないから、大丈夫だヨ」

「そう? まぁ、カワイイ妹分が心配でしょうがないんでしょ。妬けるねぇ」

「エヘヘ……」

「……良悟も、あんまり島原さん放っとくなよ。いや、お前に限ってそりゃないだろうけど」

「じゃあ何で言った。まぁ、わかってる。過去に痛感してる」

「そいつは重畳。あっ、ところでこの前の試合だけど――」

 

 学校での会話は、いつもこんな感じ。共通したサッカーの話題に、お互いの近況を話し合ったり。部活の話をしてみたり。

 そんな穏やかで、代わり映えのない学校生活。高校二年目ということもあり手慣れたもので、少年少女は自分の居場所を、日常の中に溶け込ませているのであった。

 

 

 




今回のリメイク版の方では、プロローグを除いて三章構成にしようと考えております。そのため、章分けの機能を用いております

割とガッツリ、大真面目に恋愛小説として書いていく形になると思いますので、もしよろしければじっくりお読みいただければ幸いです。ご愛読いただくだけでも、筆者としてはモチベーションに繋がります。

それ以上を望むとするなら。


皆様の感想、コメント、ご指摘、評価、お気に入り登録などを、お寄せいただければ幸いです。誹謗中傷でない限り、真摯に受け止めさせていただく次第でございます
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それでは、また次話にてお会いいたしましょう
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