近すぎるキミ、遠い始まり   作:沖縄の苦い野菜

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お気に入り登録の方、皆様どうもありがとうございます。
リメイク前よりお読みいただき、この作品にお付き合いいただいている方々には、頭が上がらぬ思いです。

だからこそ、クオリティは最上級に。今できる全力を
読んでいて、わくわくするストーリーを

心を湧かせる意味を秘めて

このお話をお送りさせていただきます。


第二話 形見の意味

 時刻は夕暮れより少し前。

 まだ青さを残す空に西日が差し込む頃のこと。

 

「それじゃあ、新入生を歓迎して。かんぱーいっ!」

 

 かんぱーい! と声高らかにファミレスの奥一帯を陣取るのは、良悟の所属するサッカー部の面々であった。新入部員、同級生、先輩の31名が一堂に会する様は騒々しく、近寄りがたいほど力にあふれている。幸いなことは、この騒々しさもファミレス全体の喧騒の中に溶け込んでいることだろう。学校帰りの女子高生、同じような男子学生が他にも居たおかげだ。

 

 新入生歓迎会と銘打った食事会。もとから部長が予約をした店に、2年3年の部員から会費を回収し、頼んでおいた商品を持ってきてもらう。チキン、ハンバーグ、ドリア、ポテト、パスタ……様々な料理がテーブルを彩る様は華やかの一言に尽きる。

 

 会話の内容はあまりに単純だ。各々自己紹介をしてから、サッカー談義に花を咲かせる。時々身の上話の浅瀬に踏み入るが、それ以上は進まない。サッカーを通じてお互いに話しやすい環境を作り出す。暗黙の了解のように、彼らは主題を逸らさない。

 

「っと、飲み物とってくる」

「あっ、それじゃ俺も。ちょっと待っとくれよ」

 

 そんな中、良悟と秀一が同時にコップ片手に席を離れる。部員が居座る区画から少し離れたところで、良悟はついでとばかりについてきた秀一に視線を向ける。

 

「いやいや、そう睨みなさんなって。俺一人で新入生相手ってきついんだって」

「……とか言って、席離れる口実を探してただけだろ」

「ま、そうだけど。俺、どっちかって言うと一緒にプレイして交流深めるタイプだから」

 

 悪びれもせず言いのける秀一に、良悟は「処置なし」とため息をひとつ吐いた。

 そんな良悟にお構いなく、秀一はさっさと一人進んで……手前のサーバーは人が居たため、さらに奥のドリンクサーバーにコップをセットした。

 

「そういえば、もう家の方は大丈夫なのか?」

「……まぁ、何とか落ち着いてるよ」

 

 ぶどうの炭酸を押しながら、秀一は「そうか」と重々しくうなずいてみせる。

 良悟はそんな秀一の隣のサーバーで、透明な炭酸の方を押した。半透明のコップの中に、泡のはじける音と共に炭酸がせり上がる。

 

「あんま抱え込むなよ? いざとなったら島原さんに頼っとけ。絶対、手貸してくれるから」

「だから、頼みたくないんだけどな」

「いや、だからってなにさ」

 

 ジュースを注ぎ終わったコップを手に取ると、二人は席に戻ろうと歩き出す。

 歩きながら、良悟は秀一の方を見て口にする。

 

「わかってて甘えるって、なんか卑怯だろ」

「いや、お前それは違うっての」

「いいや、そんな甘えは――っ!?」

 

 良悟の体に急な衝撃が走り、思わず彼はたたらを踏んだ。ほぼ同時に、彼の目の前から「きゃっ」と短い悲鳴が上がり、パシャと液体がこぼれる音と、立て続けにカランと軽いものが落ちて転がる音が響く。

 

「イタタ……って、うわっ、やっちゃったー……」

「恵美!? あっ、何か拭くものを――」

 

 良悟の目の前で、その少女はしりもちをついて、お尻をさすりながら自分の服を見て眉を下げていた。長い茶髪に頭の上から一房ぴょこんと飛び出した髪の毛が特徴的な、学生の少女だった。白いシャツに緩めたネクタイ、ミニスカートを履いて、絶妙な着崩し方をしている。ギャル、という言葉がふと良悟の頭の中によぎる。

 

 そんな彼女の足元には、空になったコップと、濁った色のジュースが飛散している。そこまで見てようやく、良悟は自分の過ちに気が付いた。

 

「――っ、ごめんなさい。ケガはありませんか?」

 

 それを見て、呆然と立ち尽くすほど良悟ものんきではない。すぐさま少女に駆け寄って、目線を合わせるために膝をついて敬語を口にした。

 

「あっ、いやいや。へーきへーき! こっちも話し込んじゃってたからさ。……あー、でも何か拭くものある? 服にかかっちゃってさ」

 

 何でもない風に、少女は軽い調子で明るく言ってのける。服はもう手遅れだ。ジュースの色が、白いシャツにしみ込んでいる。盛大にこぼしたようで、胸からスカートにかけて中身をかぶってしまっている。

 

「っ!」

 

 少女の様子を見てハッとなり、途端に背後の席から視線が向いている気配を感じた。良悟は慌てて彼女に向けられる視線の間に割り込んだ。

 

「――、ごめん、これ使ってくれ」

 

 そうして次の行動は一瞬の空白の後に起こる。

 良悟はポケットから上質なシルクのハンカチを取り出した。隅に「Ryogo」と名前が刺繍されている、処女雪のように真っ白で膨らみを持っているそれを、彼は少女の方に向けて手渡した。

 

「っ、おい良悟。それ」

「秀一、それより俺のカバンからジャージとってきてくれ」

「いや、でもお前――」

「頼む」

 

 待ったをかけてきた秀一に、良悟は視線と要件、短い言葉だけですべてを伝える。鋭利に磨かれた視線と気迫に、秀一は思わず息を呑み――渋々と、頷いて見せた。

 

「わかった。ちょっと待ってろ」

 

 秀一は早足でその場を立ち去っていく。その後姿を一瞬だけ見送ると、すぐさま少女の方に視線を戻した。

 

「えっと……、いや、アタシはおしぼりとかで十分だからさ! そんなに高そうなの使うの何か怖いし!」

「いや、そんなに高いものじゃない。それよりも、風邪ひかれる方が困る。あと、服の弁償もしたい」

「へっ? いやそれこそ別にいいから! アタシの方も不注意だったんだから、弁償されるってすごい申し訳ないんだけど!?」

「……ありがとうございます。受け取ります」

「って、琴葉!?」

 

 そんな会話の横合いから、今までずっと少女の隣にいた女性が代わりに彼の手からハンカチを受け取った。少女が目を白黒させて驚くのをよそに、琴葉と呼ばれた彼女はとりあえず服の上からハンカチにしみ込ませるように、こぼれたジュースを拭いていく。

 

「本人もこう言っているので、弁償は控えさせてください。されてしまうと、気負ってしまう子なので」

 

 良悟の目を見て、物怖じせずしっかりと言葉を尽くす琴葉に、良悟は視線を落としながらも「わかりました」と頷いて見せる。

 本人が遠慮して、こちらの謝罪はひとつ受け取った上で、付添人からも弁償を拒否される。そんな状態で弁償を押し通そうとするほど、良悟も傲慢にはなれなかった。

 

「良悟、ほいこれ。……こりゃ、ちょっとおしぼり貰ってくるわ」

「悪い、任せた」

 

 いいってことよ、と秀一はすぐ近くに居た店員に向かっていく。

 良悟はそんな秀一に今度は視線もくれず、琴葉と視線を交えると、すぐに少女の方に視線を切り替えて、折りたたまれたジャージを彼女の前で見せびらかす様に広げてみせる。背中には「〇〇高校サッカー部」と大きな刺繍がされている。

 

「それじゃ風邪ひくから、とりあえずこれ使ってくれ。部活のやつでダサくて悪いけど、今これと学ランしかないんだ。……学ランの方がいいならそっちにするが」

「いやいやいや! 席の方にセーターあるから気にしなくっても――」

「お気遣いありがとうございます。……こちら、お借りしますね」

「って、琴葉も勝手に決めちゃって――」

 

 少女ひとりが目まぐるしく変わる状況に置いてけぼりの中、さらに秀一が両手におしぼりを持って戻ってきたことで事態が動く。

 

「おしぼり貰ってきたぞ。……とりあえず、後始末は俺たちでやっておくんで、お二人は自分の席で、そっちの対処をしてくれると助かります」

「度々、お気遣いありがとうございます。――行こう、恵美」

「えっ、ちょっと。えっ、どゆこと!?」

「いいから。お言葉に甘えさせていただいて、まずは席に戻りましょう」

「わっ、琴葉ちょっと――」

 

 琴葉は彼女に手早く渡されたジャージを制服の上から着せると、半ば引きずるように自分の席に戻っていった。擦れ違いざまに、秀一は琴葉におしぼりを三本、さりげなく手渡した。事態の中心にいたはずの少女、恵美の方は終始わけがわからない、といった様子だった。

 

 そんな姿を見送って、良悟と秀一はお互いに息を吐いた。

 

「無自覚って怖えわ。ナイスフォロー」

「いや、付き添いの方の察しがめちゃくちゃ良くて、ほんと助かった」

「ありゃ、委員長気質だな。間違いない」

「馬鹿言ってないで後始末するぞ」

「はいよ」

 

 秀一の手からおしぼりを受け取ると、さっさとこぼしたジュースを拭きとって、コップを片付けた。そうして手間を終わらせると、ふと二人は先ほどの二人のいる方に視線を向ける。どうやら、帰り支度を始めている様子だ。良悟たちの視線に気が付いたのか、琴葉は一度こちらに会釈をしただけで、あとは見向きもしなかった。

 

「一件落着だな」

「ほんと、助かった。巻き込んでごめん」

 

 良悟の謝罪に、秀一は「いいってことよ」と気さくな笑顔を浮かべてその言葉を受け入れる。そして席に戻ろうとお互いに歩き出してから、秀一は彼に声を掛ける。

 

「でも、あれ良かったのか? 最悪、返ってこないこと、わかってるか?」

 

 秀一の真剣な面持ちが、良悟の方に向けられる。その双眸は、彼のことを射抜くように鋭くしぼられていた。責めているような、それでいてどこか心配しているような様子だ。

 

「いいんだよ。……あそこで渡さなきゃ、母さんに怒られる」

 

 しかし、秀一の視線すらはねのけて。一瞥もくれず良悟はまっすぐ言ってのける。母に恥じない行動を。それが、良悟を突き動かした引き金なのだ。例え渡したものが二度と返ってこないとしても。それを理解した上で、後悔の生じない選択をとったのだと胸を張る。

 

「……まぁ、あの母ちゃんならそう言うか。良悟がそれでいいなら、俺はもう何も言わねぇ」

「文句言われたとしても、直す気はない」

「わかってら」

 

 秀一は良悟の右肩を軽く小突く。それに反応するように、良悟は薄く口元を緩めて頷いた。

 

 

 

 白いシルクのハンカチは、良悟の名前が刺繍された、母からの贈り物。

 良悟にとってそれは、苦い記憶とも、思い出ともとれる形見の品だ。

 

 ハンカチを渡すときの意味を知っているだろうか?

 

 ――「別れ」――

 

 ――「手切れ」――

 

 ――「贈り物」――

 

 ――「親密になりたい」――

 

 

 

 良悟の母が、良悟にこのハンカチをプレゼントした理由。

 

 ――その本当の意味を。母親の多大なる愛情を。

 彼はまだ知らないのであった。

 

 




母の愛情。母が本当に、良悟に伝えたかった想いとは何か。
その本当の意味に、良悟が気づくのはいつか。



良悟の母親が残したかったものが何か。
このハンカチが、どういう場面で贈られたのか。
物語が進むにつれて、少しずつ明らかになっていきます。

皆様も、もしよろしければ妄想を膨らませていただければ幸いです。このハンカチが、物語にどんな影響を及ぼすのか。



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そのお声を真摯に受け止め、モチベーションにつなげさせていただきます。

それでは、また次話にてお会いいたしましょう

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