近すぎるキミ、遠い始まり   作:沖縄の苦い野菜

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また、誤字脱字報告をされてくださった方に、お礼を。
本当に、細部までお読みいただき、ご報告までいただき、ありがとうございます。

その熱に負けないように、この作品のクオリティを上げて、積み上げて、完結にもっていきたいと思います。


それでは、前書きはこの辺にて。

本編をどうぞ






第七話 親友の友達、友達の親友

 

 

 人混みのできる街の中を、流れに身を任せて前に進む。祭りほどひどい混み具合ではないものの、早足で進めば人とぶつかることもありそうだ。小さい時分のように、人間樹林と呼ぶには高さも密度も物足りない。

 

 人の波に流されて、時には抜けて。そんなことをしているうちに、円形の広場に出た。中央にはギリシャにでもありそうな全身像の彫刻が、円形噴水の皿のような部分を下から支えるように囲って佇んでいる。

 あまりに洒落たデザインに、妙な疎外感を受ける。さっさと通り抜けるため、人混みもマシになった広場で早足を決めようとしたところで――

 

「――あれ、リョーゴくん?」

「……偶然だな」

 

 奇妙な縁とでも言うべきか。

 新田良悟と所恵美は、お互いに連絡先を知らないくせして再会を果たした。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、スパイクかー。いかにも運動部ってカンジだね」

「……そんなもんか?」

「そだね。スパイクって聞くと、サッカーと陸上がまっさきに浮かぶなぁ」

 

 広場を通り抜けて、歩きながら談笑を交える。十年来の幼馴染のような少女の気安さに、良悟の口は不思議と軽くなっていた。

 

「でも、買い物だよね? 何でリュック背負ってるわけ?」

「スパイク入れてるんだよ。壊れたやつ修理してもらうやつ」

「え、買うだけじゃないの?」

「このタイプのやつのスペアがないからな。芝とか雨の時に履くやつがないと困るんだよ」

「そんなに変わるの? スパイクだけで」

「だいぶ変わる。グラウンドのコンディションが悪い時にこれがないと、プレーにも結構響いてくる。例えば、パスがあらぬ方向にいったりとか」

 

 雨の日に固定式を履いていたばっかりに、踏ん張りが足りずにパスの飛距離が伸びない、あるいは踏ん張りを補うために咄嗟に強く蹴って遠くに飛び過ぎた、というのはよくある話だった。

 

「うわっ、それヤバいじゃん。そんなに変わるんだ……」

「それに慣れてるヤツじゃないと、ケガのリスクも増える。雨で滑って捻挫なんてしたら馬鹿みたいだしな」

「たしかに。そういうところは、アイドルのステージ衣装とかと一緒かもね」

「……いや、それ違うだろ。衣装って機能性も確かに重視するだろうけど、それ以上にデザインだろ、あれ」

「ま、見た目たしかに派手かもしんないけど。想像してるよりずっと着やすいよ?」

「へぇ。そっちのことはまるでわからんけど」

「スカートの裾とかさ、あれちょっと長く見えても動きのジャマにならないカンジになってたり。装飾とかも見た目以上に軽いんだよねー。あと、靴なんかめっちゃ履きやすいんだよね。ローファーよりずっと動きやすいかなっ」

「ダンスするからか? 機能的でデザインもいいなら、ほんとにすごいな」

「でしょでしょ? アタシも最初みて、履いたときはすっごい感動しちゃってさ。うわっ、こんなに動きやすいんだ! って」

 

 目を見開いて、口を動かして、身振り手振りを加えて。感情を表に出しながら言葉にする彼女の姿をみると、聞いているこちらも楽しくなってくる。透明な水の中に一滴の絵の具を垂らして色が広がっていくように、「楽しい」が心に浸透していく。

 

 だから、口が軽くなってしまう。楽しい時間の中に浸っていたいと思い、ついつい口から言葉が滑り出す。

 

 

 

「――あれ? 良悟じゃん。どしたのこんなところで」

 

 目的の店まであと少し。そんなところで背後から声を掛けられる。声を聞いて「まさか」と思って振り向いてみれば――ロング丈の桜色のアウターとスキニーをオシャレに着込んだ秀一の姿があった。

 

「秀一。お前こそ、そんなオシャレしてどうしたんだ?」

「いやー、最新のファッションとか気になっちってね。ウィンドウショッピング中。で、良悟はまさかデートか?」

 

 スッと鞘から刃を抜くように秀一の視線が鋭くなる。良悟はそんな彼の反応におどけるように肩をすくめて首を横に振る。

 

「偶然そこで会っただけだ。この前の、ファミレスの時の」

「……あっ、もしかしてファミレスでおしぼり貰ってきてくれた人?」

 

 良悟の弁明に一番に反応したのは、秀一ではなく恵美だった。良悟が振り向いてから彼女も倣うように秀一の姿を認めたが、見たことがあるようで思い出せない。喉元まで出かかった答えに悶々としていた彼女は、良悟の言葉を得てようやく答えがわかって、ついつい嬉しそうに反応していた。

 

「ファミレス? ……あー、あの時の。へえ、なるほど」

「あっ、アタシは所恵美。リョーゴくんとは友達ってカンジかな!」

「おっと、こりゃご丁寧にどうも。俺は良悟の親友の中田秀一です。所さん、よろしく」

 

 先ほどのおどけた様子とは打って変わって、秀一は真剣な面持ちと硬い声音で自己紹介をした。

 そんな秀一の様子に、恵美が意外そうに目を見開いたが、彼女は何事もなかったかのように「にゃはは!」とごまかす様に笑った。

 

「うん、よろしくね! それと、アタシのことは恵美って呼んでいいよ? なんか、苗字だとこそばゆくってさー」

「んー、申し訳ないけどそれはパスで。女子の名前、気軽に呼ぶのはなんだかなあ、って。個人的なアレで悪いけど、そういうことで」

「……こいつ、見た目や言動と裏腹にめちゃくちゃ硬いヤツだから」

「そうそう。俺ってば奥手なわけ。ということで、改めてよろしく」

 

 悪戯っ気のあるいかにも男子という表情で敬礼する様子に、自己紹介のときの面影は残っていなかった。サイコロを転がす様に変わる雰囲気に、恵美は彼に合わせるように手を側頭部に持っていき、笑いながら敬礼を返した。

 

「ところで、お二人さん偶然会ったって言ってたけど、そんなに親しかったっけ?」

「あー、まぁいろいろあってな。エレナの親友で、ハンカチ返してもらって、その繋がりで仲良くなった」

「……島原さん繋がりか。良悟、よかったな。ほんとに」

 

 しみじみと、重く頷く秀一の姿に良悟は頷くだけで返して見せた。まさか、ここでハンカチが片親の形見であった、などと暴露するわけにはいかない。相手にどれだけの負担がかかるか、それを考えないほど二人は幼くなかった。

 

「よかったって、何の話?」

「いや、こいつ友達が死ぬほど少ないのよ。それこそ俺と島原さんくらい?」

「えっ、ホントに?」

「いや、お前――」

「ほんとほんと! ちょっとここ最近へこんでたし、高校デビューあんまりうまくいってないし。中学まではイケイケだったんだけど、今はほら、縁側の爺ちゃんみたいな様子だからさ。近寄りがたいわけよ」

 

 良悟の言葉にかぶせるように、秀一は強く主張した。良悟は秀一の方を睨みつけるも、彼は瞳だけは真剣な様子で良悟の視線をどっしりと受け止めた。

 

「だからさ、親友として友達増えるってのは嬉しいわけよ。こいつ、シャイで口下手でとっつきにくいけど、根っこはめっちゃいいやつだからさ。仲良くしてやってほしいんだ」

「――にゃはは! イイ友達じゃん。言われなくたって、アタシは最初からそのつもりだよ?」

「そいつは助かる。友達として、よろしくしてやってほしい。あっ、でも悪いんだけどさ。ちょっとこいつに用事あるから、これから借りてっていい? 俺もこいつと同じサッカー部なんだけど、ちょっと重要な用事あるんだわ。所さんを話から外しちゃうのは、なんか気が引けるしさ。今日は、譲ってくれない?」

「あ、うん。全然いいよ。アタシも偶然会っただけで、特に用事なかったし」

「なんか、除け者みたいにしちゃってごめんね? お詫びに、今度もし会うことがあったら、島原さんのマル秘エピソード教えるから、それで勘弁ってことで!」

「あ、それ楽しみかも! じゃ、また会った時にね? またねー!」

「はいよー、また今度―!」

「……」

 

 秀一は恵美の前を横切ると、良悟の手首を引っ張って、恵美に手を振りながらさっさと前に進んでいく。良悟は言葉を返す暇もなく、ただ小さく手を振るだけで別れることとなる。

 

「秀一。お前、もうちょっと言い方ってもんが――」

「事実なんだから、否定しなさんなって。ああいうときは、軽い口調で煙に巻くのが一番なの。さすがに、形見貸したって重すぎでしょ」

「そりゃ、そうだけど」

 

 それよりも、と秀一は真面目な様子で話を転がした。

 

「なーに油売ってるわけ。彼女いない俺への当てつけかぁ?」

「いやそんなわけ――」

「いーや、あるね! 大体、お前さんには島原さんがいるんだから。他の女の子見る暇あったら、島原さんのこともうちょっと気に掛けようぜ?」

「気に掛けるって。もう高校生で、日本語もちゃんと喋れるんだぞ? 気に掛けることなんて、もうないだろ」

「ある! 大ありだ! 島原さんが、どんだけお前のこと気にかけてたか、知らないんだろ? お前が落ち込んでるとき、どんだけ相談されたことか」

「……相談? エレナが、お前に?」

「おうよ。本人は絶対に言わないだろうけど。だからさ、もうちょっと島原さんのこと、見てくれよ。今まで散々、世話になったろ?」

 

 忙しい朝に食事を用意してくれて。休みの日には昼食も作ってくれて。夕食も「エレナデリバリーだヨ!」などと持ってきてくれた。そんな時期が、確かにあった。良悟の母が亡くなってからの多忙な時期のことだ。

 

 そこに、良悟は今まで疑問も何も持つことはなかった。精神的に追い詰められていた時期であったことも確かに原因だが。それ以上に、彼女が「日常」を送ろうと、必死に努力していたのではないだろうか。

 

 秀一は、そんなエレナの努力を知っている。

 だが、良悟は何も知らない。気づくこともできていなかった。

 

「……エレナに、負担かけてたな」

「――は?」

 

 思い返してみると、確かに世話になりっぱなしだと、良悟はその事実を認めた。認めたからこそ、今度何か埋め合わせをしないとな、といつものように考えた。

 

「埋め合わせ、してみるわ。秀一、ありがとな。エレナには、苦労かけっぱなしだった」

「……そうだぞ。もっともっと、島原さんのこと敬っとけ。大切にしろ」

「大切にしろって。お前、エレナの父さんかよ」

「いや、あの父ちゃんと比べられるのはちょっとなぁ」

「そうか? 結構、秀一と似てると思うけど」

「えぇ……? すまん、さすがにわかんねえわ」

 

 気が付けば、いつもの馬鹿話が始まっていた。頭の中を空っぽにして、お互いに悪ふざけを言い合って。取るに足らない話題で盛り上がり。ファッションがどうだの、テレビがどうだの。今はこのスパイクが流行だのと。話題はコロコロ転がった。

 

「……ところで。秀一、重要な用事って言ってなかったか?」

「――ん? 用事?」

「俺を借りる理由だよ」

 

 ふとした折りに、思い出した良悟が口にする。

 秀一は目を点にして一息の空白を生んだ後、うーん、とうなり声を上げて悩み始めた。

 

「――なんだっけ?」

「おい」

「いやだってさ。話題変わり過ぎて、もう忘れたって。いや、もしかしたらもう言ってたのかも? ま、気にしなさんな」

「なんだそれ。というか、サッカー部からの連絡とかじゃないよな?」

「ないない。それだったら今思い出してるって。ほんと、用事ってなんだったっけな」

「お前な」

 

 だはは、と快活に笑う秀一に、良悟はあきれたように肩を落として息を吐く。それでも、不思議と悪い気がしないのは、二人の距離感が絶妙だから。

 

 良悟はそれ以上、「重要な用事」とやらを聞くことはなかった。代わりに馬鹿話に花を咲かせて、一緒に道中を歩いていく。

 

 男友達。二人そろえば小僧の集まり。

 幼い笑顔を浮かべて、時に悪そうな顔になって。笑い合い。

 

 それでいて、中身のない会話が緩急つけて続いていき。

 お互いに遠慮のない会話。その距離感もまた、良悟は好きなのだった。

 

 

 




距離感の違い、視点の違い、意見の食い違い。
そんなものはあるし、友達だって隠し事のひとつやふたつはするものでして。
意外と、頭を使っている人が居るわけです。



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