近すぎるキミ、遠い始まり   作:沖縄の苦い野菜

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第八話 東風より太陽へ

 

 

『差出人:エレナ

 宛先:Ryogo

 

 

 リョーゴ!! ヤッホー♪

 

 今ネ、劇場に着いたんだケド

 レッスンウェアを忘れちゃったみたいなノ

 このままだとワタシ

 レッスン受けられなくてピンチだヨー!!

 

 ママンならわかると思うから

 劇場までリョーゴデリバリー!!

 お願いしてもイイ?

 

 劇場の前で待ってるネ!!

                     』

 

 

 

 

 

 

 レッスンが始まる前に外の空気を吸おうと、そんな気楽な思いで劇場の建物をぐるっと一周しようとした恵美は、裏口の前にいたエレナと彼とを見て、咄嗟に身体を引っ込めて建物の影に身を隠した。

 

 隠れた理由は恵美にもわからない。ただ、そこに居合わせちゃいけないような、不思議な危うさ……雰囲気に呑まれてしまった。隠れた後は好奇心が鎌首をもたげて、蛇に睨まれたようにその場に縛られてしまう。

 

「ほんと、レッスンウェア忘れるとかこれっきりにしてくれよ?」

 

 良悟の声だった。遠くて聞き取るのもやっとの声だったが、ここ最近では妙に馴染みのある男子の声。聞き間違えるはずもない。後姿、それも一瞬見ただけだったから、恵美はそこで初めて良悟の存在に気が付く。やましい事なんて何もないのに、建物の角からそっと顔を出して、スニーキングをしているスパイのように様子を見る。

 

「うん、次から気をつけるヨ。ありがと!」

 

 建物の影に覆われている二人は、日差しの当たる恵美から見えにくかった。それが余計に、怪しい密会のような雰囲気を醸し出している。

 

「まぁ、いいけど。最近、世話になりっぱなしだったし」

「うん。でも今は、またお世話になっちゃったネ」

「また?」

「だって、昔はずっと心配してくれてたもん」

 

 その声だけで、エレナが唇を尖らせる様が目に浮かんでくるようだった。それはお気に入りのおもちゃを取り上げられた子どものようで、恵美は思わず耳を澄ませ、目を凝らして様子をうかがった。

 

「昔ってな。今のエレナ、心配するところあるのか?」

「あるヨ。女の子は、すっごくセンサイなノ。ワタシは桜の木で、リョーゴは太陽なんだから。見ててくれないと、元気がなくなって枯れちゃうノ」

 

 良悟の陰に隠れて、恵美からエレナの表情はうかがい知れない。思い浮かべることも難しい。

 

 

 

 エレナは、その紺碧の瞳に深海の奥深さを携えて、良悟のことを見つめていた。幼い言動とは裏腹に、彼女の瞳は静かな情熱を宿している。

 

 これを恵美が見れば、目を見開いてしばらくの間、呆然と立ち尽くすだろう。琴葉が見れば、迫力に呑まれて金縛りに遭うだろう。秀一が見れば、心の中で口笛を吹いて見守るだろう。

 

 良悟は、そのどれにも当てはまらない。おどけたように肩をすくめて、首を横に振った。

 

「俺はもう、太陽なんてガラじゃない。紫陽花あたりじゃないか? 梅雨でじめっとしてる感じ」

「ワタシはリョーゴに元気をもらってるから、太陽だヨ。曇り空だっただけなノ」

「一年も曇ってたら何でも枯れそうだけどな」

「ワタシは枯れないヨ? そばにいるってわかってたもん」

「えぇ……? さっきの枯れるって話どこいったんだ?」

「ワタシは待てる子だからネ。太陽が出てくるまで、ずーっと……頑張ってるノ」

 

 消え入りそうなほど、最後の言葉は弱々しいものだった。

 良悟は、そんなエレナの言葉にバツの悪そうな顔をしながら、右のつま先を地面に立てて口を開く。

 

「……心配かけた。俺は――もう、大丈夫だ」

「ホントに?」

「あぁ。もう、カラッと晴れたからな」

 

 彼は不器用に笑ってみせる。強気で、勝気に笑ってみせようとしたが、表情筋がうまく動かないことを自覚してすぐに笑顔を引っ込めた。

 

「……悪い。やっぱり、まだへこんでる」

「うん……リョーゴ、今日はありがと」

「あぁ、どういたしまして。レッスン、応援してるぞ」

「うん!」

 

 それじゃ、と良悟は踵を返して片手を振りながら、駅の方に向かっていった。エレナは彼の後姿に元気いっぱいに手を振り続ける。そして、彼が手を振り終えたときになってようやく、その手を花が萎れるようにゆっくりとおろした。

 

「……」

 

 ぼうっと良悟の後姿を見送った後、エレナはその髪を風になびかせて裏口から劇場に入っていくのであった。

 

 

 

「あのさエレナ。幼馴染って、どんなカンジなの?」

 

 レッスンが終わり、いつものように更衣室で着替えている時のことだ。恵美は脈絡もなく、ふと思いついたようにそう口にした。

 

「……オサナナジミ。あっ、リョーゴのコトだネ?」

 

 質問に一瞬、虚を突かれたようにポカンと彼女の方を見たエレナだが、すぐに意味を理解すると、今度は間髪入れずに花の咲く笑顔で答えた。

 

「ファミリーだネ! 昔からずーっと一緒だったノ。ホントのファミリーみたいに」

 

 だからリョーゴはファミリーだヨ! と、エレナは声を弾ませた。話しているだけだというのに、彼女の周りだけが華やいで見えるのは、エレナのあふれる元気のせいだろう。

 

「うーん、そうじゃなくってさ。ほら、普段からどんなふうに接するのかなって。アタシと、リョーゴくんじゃ、たぶん付き合い方違うっしょ?」

「リョーゴとメグミで違い? ウーン……ホームパーティーをやってるとか?」

「それ、家がお隣さんだからじゃない?」

「ウーン……考えてるコトがわかる、とか?」

「え、そーなの? リョーゴくんがウソついてるとわかったりとか?」

「アハハハ! メグミ、それはワタシじゃなくてもわかるヨ? リョーゴはウソがへったぴなんだヨ」

「あ、なんかそれわかるかも。ウソつかなさそうだもんねー」

「ウンウン、リョーゴはウソつくと、すぐにダンマリさんになっちゃうノ」

 

 思い出す様に視線を上げて、得意そうに人差し指を立てて、エレナは良悟のことを語っている。気分は教師、といったところか。

 

「じゃあ、考えてるコトって、他にどんなコト?」

「ウーン……」

 

 思い出すように、エレナは顎に手を当てて宙を見つめて考え込む。どんぐりのようなクリっと愛らしい目が、不意に揺れ動いてそのまなじりを下げた。

 しかし、恵美が瞬きした後には、今一瞬の光景がまるで幻だったかのように、エレナは微笑みを浮かべていた。

 

「ドキドキとか、ワクワクとか、ワタシにも伝わってくるノ。ずーっと一緒にいたからぜーんぶっ、わかっちゃうんだヨ」

 

 微笑んでいるのに、その表情にはどこか陰りが見えた。

 恵美は咄嗟に口を動かして……喉奥でバラバラになった言葉を空気にして口先から漏らした。しかし、汗ばんだ手を握りしめて、彼女はもう一度、口を動かした。

 

「リョーゴくんと、何かあったの?」

 

 今度はちゃんと、言葉が紡がれた。様子を盗み見していた後ろめたさよりも、大切なモノが彼女の背中を押したのだ。

 

 エレナは恵美の言葉にギョッと肩を跳ねさせ、恐る恐るといった様子で恵美と視線を合わせた。真剣に、しかしどこか悲しそうに下げられたまなじりに、エレナの心がキュッと締め付けられる。

 

「……リョーゴ、最近元気がないんだヨ」

 

 言っていいのかどうか。家族に関するデリケートな話を、エレナは理由をぼかして簡潔に口にした。いくら親友といっても、良悟と友達だとしても、家族の死を関係のない誰かに話すなんてできなかった。

 

「元気がない? ううん……? アタシが見たカンジだと全然見えなかったよ」

「リョーゴは、苦労も努力も誰にも見せないノ。悲しくても、辛くても、ぜんぶひとりで抱え込んじゃう」

 

 理由は言えない。だけど、良悟に元気がないことは伝える。まっすぐ言葉で説明できないもどかしさが、エレナの心を大きく揺らしていく。

 

「そっか。……じゃあさ、アタシも元気づけてみよっかな!」

 

 なんたってもう友達だし! と、エレナの分まで恵美が笑顔を咲かせて元気いっぱいに言ってのける。混じりっ気のない溌溂とした笑顔が眩しくて、気落ちしていたエレナはポカンとしばし呆然と彼女の顔を見つめた。

 

「一人でダメなら二人で。二人でダメなら三人でってね! そりゃ、アタシなんかリョーゴくんと付き合い浅いけどさ。そんなに真剣に相談されちゃったら、黙ってらんないじゃん」

 

 だから任せて、と恵美はウィンクまでしてみせて言い切った。

 

 ――付き合い浅いけどさ。

 その言葉は、恵美自身が自分の力の及ばなさを実感しているからこそ出た言葉だった。エレナなら気づけた変化に、恵美はまだ気づけない。その事実が、叱咤激励となって恵美の行動するための熱量に変わっていく。

 

 ――1人でダメなら2人で。

 その言葉は、恵美なりの励ましだった。エレナは一人じゃないから。アタシも一緒に頑張るから、と。道端でうずくまって泣きじゃくる子どもに、しゃがみ込んで目線を合わせ、真摯に向き合い優しく手を引いていく。そんな柔らかい思いやりが詰まっている。

 

 友達がへこんでいるなら、誰よりも前を歩いて手を引こう。

 それが、所恵美という少女なのだ。

 

「メグミ……うん! ワタシたちのパワーがあれば、リョーゴにも届くよネ!」

 

 恵美の力強い姿に、エレナのしぼんだ元気が再び膨らんだ。朝の陽光のような温かさが、胸の奥から再びあふれ出す。そうして光を浴びて、朝だと気づいた花が元気に咲いた。

 

「そうそう! じゃあ、今度ファミレス……じゃなくて、カラオケ行こっか! アタシたちで盛り上げて、歌で吹き飛ばしちゃえば解決ッ、ってね!」

 

 なんたって、と恵美は付け加えるように。

 プラスに変わった雰囲気を壊さず、加速させるように。明るい声音に茶目っ気を込めて口にする。

 

「アタシたちは、歌って踊るアイドルだし! 笑顔を届けるのは、専売特許ってヤツじゃん!」

 

 勢い任せに出た強がりも、雰囲気に任せて真実に変える。

 事実、エレナの笑顔には力がみなぎっている。恵美の言葉を受けて、自信を取り戻していっている。その立ち直りの早さが、恵美には少し眩しくて、親友の力になれたことが嬉しくて。

 

 汗ばんだ手を後ろで組みながら、彼女はもう一度、エレナにウィンクを送った。

 

「――うん!」

 

 

 

 太陽は、曇り空から顔を出した。

 厚い雲を吹き飛ばす東風によるものだ。

 だからこそ、次は。

 

 天気予報は明日の天気を教えてくれる。

 今日の天気は、曇りのち晴れ、といったところだろう。

 

 答え合わせは、もう少し先のこと。

 だから今日も、一歩を踏みしめよう。

 

 






さて、ことココに至って、実はストーリーの構成自体に試行錯誤加えるかどうか、いろいろと試しながら書いています。最初にこの発想に至らなかったのは、やはり書き続けていくうちに身に着けていったものということでして……。

もうリメイクはしませんが、まだまだ粗削りな私の非才には、どうかご容赦を。



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それでは、次話にてお会いいたしましょう。



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