サキュバスはただ単にサキュバスと一括にされがちな種族であるが、実のところその力の強さによって明確な階級がある。
最上級のサキュバスともなると魔王にも匹敵する魔力に加え、底無しの性欲を併せ持つ。
そんな最上級サキュバス――俗にサキュバスクイーンというカテゴリーに入る者達は例外なく快楽主義であり、また日夜新しい性癖の開拓に余念がない。
故に、とあるクイーン――未婚・子供無し・性経験膨大というよくいるタイプ――がとんでもないことを思いつくのも道理であった。
異世界転移者とかがいるなら、異世界から魂引っ張ってきてそれを自分の胎から産めばいいんじゃね?
自分の後継者問題も解決するし、異世界特有のエロも教えてくれそう!
そんなわけで、クイーンは仲の良い魔導士のデミアに話を持ちかけたところ、彼女の知的好奇心も大いに刺激されたのでやってみることにした。
しかし、魂を無理矢理引っこ抜くのは問題がある為、契約によって承諾した場合にのみ魂を引っこ抜いて転生させるという形となった。
この契約関連はデスアビスが協力する。
そして、クイーンが細かな条件をつけて――性欲が強いもの、サキュバスとなることに抵抗がないものなど――探すこととなった。
計画の立案・実行から20年くらいして、候補者はたくさん見つかったのだが全員に断られてしまった。
女になるのはちょっと――
宗教的に悪魔は無理――
サキュバスよりもエルフがいい――
サキュバスになったところで顔とかが残念になるかも――
クイーンは激怒した。
さっさと転生してくればエロいことができるのに、何を躊躇うのか!
そこでデミアは提案する。
さすがに顔の造形や体型を産まれる前から細かにイジるのは難しいが、性別くらいなら何とかなる。
また転生後の待遇面を教えたり本人の希望も聞いたほうがいいのではないか、と。
そして、クイーンは待遇面の提示や希望を聞くというようにしたところ――希望者が殺到した。
ゲンキンな連中だとクイーンは毒づくが、選ぶ余裕ができたのは喜ばしい。
クイーンはとある魂を選ぶ。
その魂は希望者の中で性癖の範囲がもっとも広く、そして深い。
本人の希望はたった一つのシンプルなものであった。
それは孕むことも孕ませることもできるふたなりにしてくれというもので、クイーンは非常に謙虚に思えた。
他の希望者達はノーマルプレイは問題なくてもアブノーマルプレイはNGか、OKであったとしても軽いものに限るのに、希望だけは一丁前であった。
ともあれ、クイーンは選んだ魂を胎に仕込み、魔法でアレコレして孕んで――そして産んだ。
エルメシアと名付けられた彼女はサキュバス的な愛情をたっぷり注がれて育てられた。
そして誕生から30年程が過ぎたときには膨大な魔力と底無しの性欲を持ち、次期クイーンに相応しい淫乱変態になっちゃったのである。
ゼルはスタンクと共に依頼でとある街を訪れていた。
別にそれ自体は珍しいことではないが、依頼以外の目的もあった。
「しかし、スタンク。本当にあるんだろうな?」
「確かな筋の情報だ。この街の郊外に激安サキュバス店があるとな」
「どう聞いても地雷じゃねーか? 明らかにやべーのが出てくるだろう」
「まぁまぁ、とりあえず行くだけ行ってみようぜ。依頼も終わったしよ」
「いいけどよ、具体的な位置は分からないんだろ?」
「聞き込みすればすぐだって」
そんなこんなで2人は激安サキュバス店を求めて、聞き込みを開始した。
幸いにもすぐに店のことを知っている住民に出会った。
人間の彼によれば最高の一言であり、オーナーが趣味でやっている店のようだ。
60分たったの2500Gという破格の値段でオプションも豊富、ただし基本的にオプションはマニアックなものが多い。
肝心のサキュ嬢については種族こそ様々であるがハズレ無しの美人揃いとのこと。
またオーナーが純正のサキュバスであるが、そこらのサキュバスとは格が違うらしい。
純正サキュバスがやっている店なら激安もありえると2人は期待を胸に、その店へと赴いた。
店舗の見た目はどこかの貴族の屋敷のようであった。
それなりに広い庭までついており、ゼルとスタンクはますます期待してしまう。
「一応確認だけど、間違っちゃいないよな?」
「表札は聞いていた名前の通り……淫乱の館だ」
「オイオイ、搾り取られちまうぜ……」
好色な笑みをスタンクとゼルは浮かべながら、いよいよ店内へと入った。
そこは店舗とは思えないエントランスホールだ。
赤い絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリアが吊るされており、本当に貴族の屋敷なのかもしれない。
しかし、店舗である証拠としてエントランスホールには看板が立っており、係の者が案内するのでしばらくお待ち下さいと書かれていた。
「金持ちサキュバスが道楽でやっているって感じだな」
「だな。漂うマナの残滓も強い……何だ? 何か変だぞ」
「どうした?」
「いや……何というか、芳醇で濃厚なマナに混じって、詰まりに詰まった下水道のような悪臭が微かにする」
「そんな臭いしないぞ?」
「マナが分からないと無理だろう。いやでも……まさかな」
2人が会話をしていると、やがて奥の扉が開いてその人物が姿を現した。
スタンクとゼルは思わず声を出して見惚れてしまう。
銀髪碧眼白い肌、頭にはヤギのような角、背中にはコウモリを思わせるような黒い翼があった。
彼女は豊満な胸を揺らしながら歩いてくる。
10代後半から20代前半くらいか――イケる。
マナの質も若々しい――イケる。
即座に判断したスタンクとゼルは互いに視線を合わせ、火花を散らし合う。
これは譲れない性なる戦いである。
「お客さんね? この店のオーナー兼受付兼サキュ嬢のエルメシアよ」
はいこれ、と彼女はスタンクとゼルのそれぞれにサキュ嬢名簿を渡してきた。
「おぉー!」
「……マジかよ」
名簿を見たスタンクは鼻の下をこれでもかと伸ばし、一方でゼルは物凄く嫌そうな顔をした。
「エルメシアちゃん、ここに書いてあるサキュ嬢達の経歴とかって本物なの?」
「本物よ。ちなみに私のハーレムの子達でもあるのよ」
「いい趣味しているな……!」
サムズ・アップするスタンク。
一方でゼルはすっかりと萎えてしまった。
「おいスタンク……お前には分からないだろうけどよ……俺のおかんどころか婆さん、ひいお婆さんと同じかそれよりも歳上のエルフとダークエルフとかだぞ? なぁ、考え直せ。会ったら下水道の悪臭よりもマナが酷いぞ……」
「バッカお前! 年齢なんて関係ねぇだろ!? しかもマジモンの女王や姫だぞ!? たぶん!」
「箱入り過ぎて歳ばっかり食って、貰い手がいなくなったっていうパターンだろ。偶にある」
ゼルはそう言いながら、エルメシアへと視線を向ける。
その視線を受けて彼女は豊満な胸を張って答える。
「見た目と実年齢の差があればあるほど興奮する。それも私の性癖なので頑張って口説いた」
「限度があるんじゃねーの? あんただってマナは分かるだろ?」
「ええ。だが、それがいい。ベッドの上では最高であること、それは約束するわ」
鷹揚に頷くエルメシアにゼルは肩を竦める。
「んじゃあ、俺はこのハイエルフの元女王様にするぜ」
「オプションはどう?」
エルメシアからオプションリストを受け取り、スタンクは吟味する。
横からゼルも覗き込む。
「おおう、こいつは良い意味でひでぇや……性癖のパレードだな」
「ハード過ぎるSM以外はOKっていうのがウチの売りね。全部私が仕込んであるから問題ないわ」
「じゃあおすすめにある奉仕コースで」
「はいはいっと。そっちのエルフは?」
問われてゼルはエルメシアに問う。
「あんたとヤりたいんだが?」
「私はふたなりよ。それでもいいなら問題はないわ」
「料金とかは?」
「変わらないわよ」
「ならいいぜ。オプションは無しで」
「分かったわ」
そう答えエルメシアが胸の谷間からベルを鳴らすと、扉が開いてエルフが現れた。
スタンクは名簿通りの美女にイヤラシイ笑みを浮かべる。
金髪ロング碧眼巨乳色白ハイエルフ――
立ち振舞いや纏う雰囲気は一朝一夕でできるもんじゃねぇ――
演技とかじゃなく、マジモンの王族だ――たぶん!
スタンクはすっかり臨戦態勢に入った。
ゼルはあからさまに顔を逸らして鼻を押さえた。
下水道の方がまだマシだと言わんばかりに。
「ルヴィラ、そっちの人間に奉仕してあげて」
「分かった……人間、ついて来るがよい。妾が特別に相手をしてやろう」
「おっさきにー」
ルヴィラと一緒にスタンクは歩いていった。
「それじゃ私達も行きましょうか。たっぷり抜いてあげるから」
「ああ、頼むぜ……」
エルメシアの言葉にゼルは力なくそう答えた。
とんでもねぇマナを見てしまったので、ヤル気が出なかったのだが――
60分後――
「あー最高だったわ」
スタンクは最高の気分であった。
お堅い感じのハイエルフの元女王様が自分に色々とご奉仕してくれたのだ。
支配欲とか征服欲とかそういうものを大いに刺激され、スタンクは盛り上がった。
非常に満足できたのだが、ついでに色々と裏話まで聞けてしまった。
ただのサキュバスではないという事前情報はあったが、まさかエルメシアがサキュバスクイーンの娘だとは思いもしなかった。
ともあれ重要なのはそこではない。
「エルメシアちゃん、今度はヤりてぇなー」
クイーンは基本的に広大な領地と多数のサキュバスを従え、更に気に入った者に次々と手を出して大ハーレムを築き上げているらしい。
クイーンが領地の外に出ることは滅多になく、都市伝説みたいな存在でスタンクも伝聞でしか知らない。
ましてやクイーンの娘となればサキュバスプリンセスとでも称するべき人物で、クイーンに溺愛されて育てられるらしく、クイーンよりも珍しい存在だ。
そんな超激レアな子がサキュ嬢として道楽とはいえ働いている。
ゼルが羨ましい、とスタンクが思ったそのときだった。
店舗からゼルが出てきたのだが、エルメシアをその横に侍らせている。
「じゃあ、ゼル。また来てね」
「ああ、エルメシア。また来るからな」
2人はまるで恋人のような熱いキスを交わして、それを目撃してしまったスタンクは血の涙を流さんばかりに悔しがった。
「へへへ、スタンク……」
「何だよ……?」
「自分のブツよりでっかいものを持つ子をイカせまくるって……良いよな」
「知らねーよ!」
「20cmは確実にあったな。日常生活では魔法で隠蔽しているらしいぞ」
「知らねーよ! コンチクショウ!」
新しい扉を開いたらしいゼルであったが、スタンクもふたなりっ子はイケるので素直に羨ましかった。
「ということが数年前にあってな」
「へーそうなんですかー」
ゼルの言葉にクリムはそう答える。
スタンクは面白くなさそうな顔だ。
「その店、去年に行ったら閉店してたんだよな。噂によると引っ越したとか何とか……くっそ! 俺もエルメシアちゃんとヤりたかった!」
「スタンク、お前はハイエルフと楽しんだからいいじゃないか」
「確かにハイエルフのサキュ嬢も激レアだが……エルメシアちゃんはなぁ、もっとレアで……いうなればスーパースペシャルレジェンドレアってところなんだ……!」
「なげーよ」
悔しがるスタンクにゼルがツッコミを入れ、クリムは苦笑する。
「はいはい、あんた達。クリムに注文を言ったの?」
「まだだわ。いつもので」
「俺もいつもの」
2人の言葉にメイドリーは溜息を吐き、クリムはその注文を受ける。
そのとき新たな客が店内へと入ってきた。
彼女は店内を見回して――
「あら、ゼル?」
呼ばれてゼルは思わず振り向いた。
そこにいたのは――
「エルメシアちゃん!?」
「マジで!?」
ゼルだけでなくスタンクにクリム、そして先程の会話を聞き耳を立てていた連中もまた思わず視線を向ける。
そして、スタンクとゼル以外の者達は生唾を呑み込んだ。
美しさと妖艶さを兼ね備えた女性がそこに立っていた。
彼女は微笑みながらゼルとスタンクに手を振る。
「やっほー」
「やっほーじゃないよ。いつの間に引っ越しを……」
「ごめんね、ママが帰ってこいって言うからさ……最近はずっとママの相手をしていたのよ。ママの領地に引っ越ししてそこでまあ、アレコレ」
「なるほどなぁ……」
ゼルはうんうんと頷いて、スタンクは前のめりに尋ねる。
「エルメシアちゃん、この街で店を!?」
「うーん、どうしようかな。基本的に店は私の道楽だし、数日前にここに来たばかりだし……」
「そこを何とか……!」
スタンクだけでなくゼルや他の客達も両手を合わせて頭を下げてきたため、エルメシアは肩を竦めてみせる。
「ま、気が向いたらね。あ、でも日雇いでどっかの店にいるかもね。ところで低級淫魔の詰め合わせの店って行ったことある?」
エルメシアの問いにスタンク達はトラウマが刺激され、暗い表情となる。
「さっき行ってきたんだけど、物足りなかったのよ……」
やっぱりサキュバスクイーンの娘なだけはある、と彼女の言葉にスタンク達は確信したのだった。