大空に咲くアルストロメリア   作:駄文書きの道化

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Scene:02

 IS学園。

 元々は日本に作られたIS搭乗者を育てている学園であったが、メガフロート「フロンティア」が完成した事で新たに学園も新設され、新たな教育機関として稼働したのがもう7年も前の話。

 今ではIS達の歴史や搭乗者の育成、更には研究者や技術者、宇宙開発と幅広い分野の教育を生徒達に行っている。土地の性質もあって留学生も数多く存在し、最もグローバルな学校として世界に認知されている。

 さて、このIS学園も春となれば新たな生徒を迎え入れ、新生活が始まる訳なのだが……。

 

 

「ねぇ! 楓さん! 質問いいかな!? 良いよね!? 良いって言ってくれるよね!?」

「え、えぇと……ちょっと落ち着いてくれないと、楓さん困るかな?」

 

 

 その新生活、真っ先に出鼻を挫いた楓。彼女は困り果てていた。その理由は自己紹介が終わり、休み時間となった訳なのだが、楓の周りには人垣が出来ているのだ。男女問わず、楓に声をかけようと殺到している。

 中には鼻息荒く楓に迫ってくる女生徒もいたりする訳で、楓は困ったように対応している。行く先々で発生する現象なので楓の対応は手慣れたものだ。

 

 

「えっと、質問は1つずつで良いかな? 順番は出席番号順で。顔も覚えたいし」

「はいはーい! 出席番号1番、浅野 美代だよ! よろしくね!」

 

 

 人垣を割って出てきたのは女子生徒。ニコニコと笑みを浮かべて手を差し出している。楓も手を伸ばして握手を交わす。

 

 

「じゃあえっとね! 彼氏はいるかな!?」

「彼氏? 流石にいないよ」

「わぉ! だって男子諸君!」

 

 

 ざわ、とどよめきが聞こえた事に楓は聞かなかった事にした。悪戯っぽく笑ってひらひらと手を振って去っていく美代に思わず恨めしげな視線を送る。初っぱなから妙な質問をしてくるものだ、と。

 続いて進み出たのは男子生徒だった。何かスポーツでもしていたのだろうか、短く切りそろえた髪はスポーツ少年らしい風貌だ。彼はどこか緊張した面持ちで、片手を差し出して勢いよく一礼をした。

 

 

「しゅ、出席番号2番! 阿倍野 幸司! 15歳! 元・陸上部でした! よろしくお願いします!」

「え、えっと……普通にして貰っていいよー? とにかくよろしくねー」

 

 

 握手を交わすと勢いよく顔を上げ、何か感動しているようだ。楓としては苦笑が浮かぶばかりだ。元々男子校の人だったりするのかな、と疑問が浮かぶが、口には出さずに胸にそっと留めておく。

 ちなみに長々と握手していると幸司へのブーイングの嵐が巻き起こり、また質問は頓挫して騒がしくなってしまう。楓は慌てて場を諫めようと立ち上がった瞬間だった。教室の扉が開き、中に入ってきた誰かが声を勢いよく張り上げた。

 

 

「ちょっと! そこの人垣どいてくれる?」

 

 

 大きく張り上げた声に楓はぴくり、と反応した。人垣をかき分け、道を開きながら顔を見せたのは1人の少女。IS学園の制服は生徒の自由で改造する事が可能なのだが、彼女も制服の改造を行っていた。

 肩を露出するように改造された制服はよく目立っている。意思の強そうな瞳は楓の周りに殺到する人垣を鬱陶しげに見ていて、その瞳が楓を見つけると少女は満面の笑みを浮かべた。その顔を見た楓は嬉しそうに声を上げた。

 

 

「鈴ちゃん!」

「楓! やっぱりアンタだったのね!」

 

 

 鈴ちゃん、と呼ばれた少女を見た楓は勢いよく駆け出して抱きついた。突然飛びついてきた楓を抱き留めた少女は呆れたようにしながらも、ぎゅっ、と楓を抱きしめる。

 はぐはぐー、と楓は抱きしめた少女の背に手を回して嬉しそうに笑っている。そんな楓に少女は笑みを浮かべて、楓の髪を撫でた。

 

 

「久しぶり! 元気にしてた?」

「うん、うん! 鈴ちゃんこそ元気にしてた!?」

 

 

 再会を喜ぶ二人の姿に誰もが呆気取られ、ざわついてきた教室の様子に気付いたのか、少女は楓を離して手を握る。そのまま勢いよく引いて教室を飛び出す。

 唐突に手を引かれた楓は手を引かれるままに走り出す。目を白黒とさせながら、自分の手を引く少女の背に声をかける。

 

 

「わ、わ! す、鈴ちゃん!?」

「ここだと禄に話せないでしょ? ほら、さっさと走る!」

「も、もうー! 相変わらず強引だよー!?」

 

 

 そのまま二人はIS学園の廊下を疾走していく。彼女たちが向かったのはIS学園の屋上だ。蹴破る勢いで扉を開けて飛び込む。走り終えた楓はふぅ、と吐息して、改めて自分の手を引いて走った従姉妹の顔を見た。

 織斑 鈴夏。それが彼女の名前だ。世界最強夫妻“織斑夫妻”の長女。そして自分にとっては姉妹のように育った従姉妹。こうして再会するのは2年振りになるだろうか、と楓は頬を緩ませる。

 自分よりも少しばかり身長が高く、ツインテールに結んだ黒髪は彼女によく似合っている。かつての母親に瓜二つだと言われている鈴夏は、あれだけ走ったのに息を切らせた様子もなく不敵に笑みを浮かべていた。

 

 

「ここなら落ち着いて話せそうね。改めて久しぶり、楓」

「ビックリしたよ。まさか鈴ちゃんがIS学園に入学してるなんて。てっきりそのままロップイヤーズに入ると思ってたのに」

「別にそれでも良かったんだけどね。アンタと同じ。父さんと母さんの傍にいたら、いつまで立っても一人前に扱われないからね。だから独り立ちを目指して、寮生活が出来るIS学園に入学したって訳よ」

 

 

 からからと笑って鈴夏が告げた言葉に楓は成る程、と頷く。両親が有名になりすぎて色々と色眼鏡で見られる事は二人で共通だ。方や、ISの開発者の娘として。方や、世界最強の夫妻の娘として。

 そんな共通の悩みを持っている従姉妹だからこそ楓と鈴夏の仲は良好だ。並んでいる姿を見て姉妹と間違われた事だってよくあった。実際、互いに双子のように感じているのは事実だ。

 屋上の手すりにもたれかかるように背を預けながら鈴夏は楓の顔を覗き見る。きょとん、と鈴夏の視線を受けた楓は首を傾げる。相変わらず変わっていない楓の雰囲気に鈴夏はおかしくなって微笑みを零す。

 

 

「アンタが箒さんに預けられたのが……2年前か。随分経ってたもんね」

「うん。そうだね。2年も経っちゃった」

「寂しくなかった?」

「寂しくない、って言ったら嘘になるよ。皆、行っちゃったから」

 

 

 屋上の風が楓の髪を揺らす。ふと、手を伸ばした先には兎を模した髪留めがある。いつの誕生日プレゼントだったか、両親から送ってもらった大事な髪留めだ。撫でるように髪留めに触れて楓は淡い笑みを浮かべる。

 そんな楓の表情を見て、鈴夏は少しほっとしたように息を吐いた。そして悪戯っぽく笑って楓に微笑みかけて問いかける。

 

 

「付いていかなかった事、後悔してない?」

「全然! 追いつくって約束したもん!」

 

 

 まるで太陽のように眩しく、にっ、と笑って見せる楓に鈴夏もまた微笑んで返すのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 休み時間も終わり、鈴夏と別れて教室に戻ってきた楓。IS学園はその性質上、登校初日から授業がある。今も教室の前では真耶が教科書を片手に授業を続けている。

 楓は真耶が教師として働いている姿を見るのは何となく新鮮で、授業よりもそっちに意識が傾いていた。

 

 

「皆さんがこれからここで勉強するのは人類にとって友と言うべき存在、ISについてです。ご存知の通り、ISは今から28年前、篠ノ之博士によって公開されました」

 

 

 しかし真耶の授業、楓にとっては今更な話だ。楓は思わず欠伸をしてしまった。そして同時に28年も前なんだ、と思わず感心してしまう。

 開発者の娘なのだから当然、それぐらいは知っている。真耶の授業の始まりも、まぁそれとなく触れる程度の内容だったのだろう。すぐに実際の授業の内容へと移っていく中、楓は思わず指折りで年数を数えてしまう。

 

 

(ん? 28年前でしょ……? 私が今、15歳でしょ? お父さんは私が生まれた時、18歳で……お母さん、幾つ? っていうか母さんって年取ってるように見えなかったんだけど、え? あれで40代なの?)

 

 

 やっぱりウチの家族っておかしい、と楓は自分の周りにいる人を思い出して思う。誰も彼も若々しいままなのだ。特に母を初めとした女性陣。彼女たちの姿を思い出してみても、改めて自分の家族っておかしいんじゃないか、と楓は思い返す。

 おかしいと言えば、目の前で教鞭を執っている真耶もおかしいのだが。40代とはとても信じられない程の童顔と若々しさだ。まだ若奥様といっても通じる姿に楓は訝しげな視線を送る。

 

 

「そして今から10年前、篠ノ之博士自らが宣言した“IS宣言”。この宣言の後、世界に提供された“CCI<コア・コミュニケーション・インターフェース>”によって各国のISが人と同じ姿を取るようになりました。

 更にISコア・ネットワークが発展し、各コアが形成した“自我領域<パーソナル・スフィア>”によって、ISコア達が個性を手に入れたと言えます」

 

 

 元々、宇宙環境に適応する為に、装着者のサポートとして最適解を導きだし、最善の未来をもたらす事を切欠に始まったISの開発。そして世界最初のIS乗りにしてIS搭乗者としても無敗の名を誇った“織斑 千冬”によってマルチフォーム・スーツとしての形状が導き出されたのが全ての始まり。

 世界に公開された後はパワード・スーツとして発展していったISだが、そのコアは意識を持っていて、長い時間をかけて人と触れ合い、人を理解するようになった。そして人を理解するようになったISコアはいつしか人の姿を真似て、人間社会に溶け込むようになっていった。

 

 

「ISはその性質上、戦闘能力を秘めています。悲しい事に世界ではこの力を悪用せんとする者達もいます。ですが、彼等の力は破壊や支配の為に使われる物ではありません。この学園の生徒である皆さんには、ISとは私達、人類の友である事をよく理解して頂き、共に手を取り合って欲しいと願っています」

 

 

 まぁ、まったく問題がない訳ではないのが世界の常だ。戦争という大きな争いこそ消えたものの、世界は急激な変化によって歪になっている部分もある。

 例えばISは10年前までは女性にしか扱えない欠陥兵器と称されていた、男性にとって長き冬の時代があったりする訳だ。その間に根付いた“女尊男卑”の思想。未だこの思想を信奉する者や、女性の利権を訴える者達がいるのも事実。

 更に別の話を上げれば、各国に帰属したISを狙っての誘拐事件や、IS達の意識誘導を行って条約違反になる程の兵器転用を狙うテロ組織がいたりと、世界は未だに騒がしい。

 

 

(まぁ、だから一夏さん達が頑張ってる訳なんだけどねぇ)

 

 

 世界の抑止力として忙しく世界を飛び回っている叔父の姿を脳裏に思い浮かべて、楓は溜息を吐く。改めて考えてみると世界は母の手によって振り回されている、と。それに追従するのは我等が家族。そう考えるとやはり自分の家族の規格外さを実感する事となる。

 感覚が麻痺してるのか、やはり規格外な人間ばかりがいる環境で育った為か、楓は特段、気にせずにいつもの事か、と流していたりする。気にした所で何の益にならないと既に悟っているからだ。

 

 

(……やっぱり序盤の授業は退屈になっちゃうなぁ。ふぁぁ……眠い……)

 

 

 くしくし、と目を擦りながら襲い来る睡魔を堪え、楓は真耶の授業に耳を傾けるのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「楓さん! 私達と一緒に昼食どうかしら!?」

「おうふ……」

 

 

 昼休み前の授業が終わった瞬間、楓を取り囲む人垣。そう、昼休みと言えば昼食の時間だ。ゆっくりと楓と時間が取れるこの時間を逃さない、と言うように生徒達は我先へと楓を誘い出す。

 大多数の誘いから楓は目を丸くして、困ったように微笑む。どうしようかと悩んでいると、再び教室の入り口から声が響いた。どうやらまた鈴夏が1組のクラスへとやってきたらしい。

 

 

「はいはい。予想通りの展開よね、本当。ちょっと良いかしら? アンタ達」

「お、織斑さん……!」

「楓と仲良くしたい気持ちは見てればわかるんだけど、そいつを困らせたって何の得にもならないでしょう? 明日から抽選なりして人数とか誘う人、絞りなさいよ。という訳で今日は私が貰ってくわよ」

 

 

 鈴夏が人垣に近づいていくと、まるでモーゼが海を割るかのように人垣が鈴夏の道を開ける。楓は強引な鈴夏の様子に苦笑しつつも、両手を合わせて軽く頭を下げる。それを見た鈴夏は肩を竦めて楓の手を取った。

 そのまま鈴夏に引き寄せられるままに楓は鈴夏と一緒に教室を出た。唖然とする1組の生徒達に謝罪を投げかけながら出て行く楓に鈴夏は呆れたように肩を竦める。

 

 

「ちょっと、自分を困らせた連中に謝ってどうすんの?」

「え、でもクラスメイトだし……」

「あのねぇ、そんな態度だったらいつまでもあの調子よ? はっきり言っちゃいなさいよ。面倒なんだ、って」

「えー、でも……」

 

 

 鈴夏の言葉にやはり困ったような笑顔のまま、楓は言葉を濁す。そんな楓の様子に鈴夏は楓の鼻に指を乗せて睨み付ける。鼻を押し上げられた楓は少し仰け反って、鈴夏は顔を寄せて言う。

 

 

「あのね? あんたが幾ら普通になろう、ってしても私達は特別なの。いい加減、普通に溶け込もうとするのやめなさいよ」

「……だって」

「私はアンタの両親の事を尊敬しているわ。今だって好きよ。でもね、アンタを普通に落とし込もうってした事だけは私、良くないって思ってるわ」

「鈴ちゃん……」

「あの人たちがどんな苦労を歩んできたのか知らないけど、私達だって苦労してるのよ。今更どうやって普通になれって言うのよ。私もアンタも、結局、規格外でしか――」

「鈴ちゃん、やめよう?」

 

 

 にっこりと微笑んで楓は足を止めて鈴夏の手を引っ張る。すると鈴夏は引っ張られるままに下がり、楓に後ろから抱きしめられる形となる。まるで子供を褒めるような手つきで楓は鈴夏の頭を撫でる。

 

 

「鈴ちゃんが私の事、すごーく心配してくれてるのわかるよ。でも……お母さん達の事を良くないって言うのは、楓さんは嫌いだよ?」

「……ごめん」

「ん。良いよ、前みたいに喧嘩にならないだけマシでしょ?」

 

 

 ぽふぽふ、と頭を撫でているとすっかりと大人しくなってしまった鈴夏に楓は微笑む。誕生日を考えれば自分よりも1つ年下の従姉妹。この子は本当に優しくて真っ直ぐだ、と。両親の真っ直ぐな部分を色濃く継いだと言うのもよくわかる。

 本当によく似ている、と楓は思う。そして2年前までは姉妹同然に育ってきたのだから彼女の気持ちが手に取るようにわかる。心の底から楓の心配をしてくれているのだと。今日の行動だって、全て楓の事を思っての行動だろう。

 抱きしめていた鈴夏を解放して、逆に自分が手を引いて歩き出す。すっかり大人しくなってしまった鈴夏はどこか悔いているようにも見えた。昔の大喧嘩を今でも引き摺っているのだろうか、と楓は苦笑する。

 

 

「鈴ちゃん、私は普通が悪い事だと思えないよ。例えそうなれなくても、普通を知る事って大切なんだよ」

「……知ってるわよ」

「だから良いの。確かにどんなに足掻いても無理で、普通であろうとすると辛いし、お母さん達の名前は重たいけど……大好きでしょ? 皆の事」

 

 

 ぷいっ、とそっぽを向いた鈴夏の頬は僅かに朱に染まっていた。軽く後ろを向いて鈴夏の表情を確認して楓は微笑む。

 相変わらず、好意といった感情を素直に表に出したがらない子だと楓は思う。自分が昔、甘やかしてしまったからだろうか、とちょっと悩む。

 

 

「まぁ、好きに生きれば良いんだよー。結局ね。困ってるのは私が悪いんだから、鈴ちゃんは気にしないで?」

「……ふん。泣きついてきても知らないんだからっ」

「あはは、お姉ちゃんだからね。そうならないように頑張るよ」

 

 

 楓は鈴夏の手を引いて歩きながら笑う。この素直じゃない妹分が自分を心配してくれて、思ってくれる事が何よりも嬉しいと思いながら。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ほい、あんたの分」

「わー! 鈴ちゃんの弁当だー! 鈴ちゃんの料理を食べるのは久しぶり!」

「ふふん、2年前と同じだと思って貰っちゃ困るわよ?」

 

 

 IS学園の中庭。その中でも人気の少ない場所を選んで楓と鈴夏は弁当を広げていた。食堂へと向かおうとした楓を引き留めて、鈴夏が弁当を示したのだ。何でも食堂にいれば嫌でも目立つから作ってきた、と。

 これには楓は喜んだ。自分の趣味が料理なのは家族でも料理上手が多かった為、それに影響されたからだ。そして鈴夏とは料理の腕を切磋琢磨しあう仲だったからだ。2年前、鈴夏とは別れる前まではお互い、よく並んで料理をしたものだと思い出す。

 

 

「今日は和食中心なんだね」

「中華はまだまだ勉強中。お母さんにはまだまだ敵わないわよ」

「そっか。でも和食なら負けないよ? 私もお婆ちゃんに色々と教えて貰ったもんね!」

「……お婆ちゃんかぁ」

「……ぁ。……その、ごめん」

「ん。気にしないで」

 

 

 鈴夏の表情が沈んだのを見て、楓は罰悪そうに表情を歪めた。そう言えば鈴夏の祖父母は敬遠になってしまっているのだと気付いたからだ。父方の祖父母はそもそもおらず、母方の祖父母は離婚している。

 飛び出したも同然で親元を離れた鈴夏の母である鈴音は、もう両親の顔を見る事はない、と割り切っているらしい。過去に色々と複雑な事情がある事は知っている筈なのに地雷を踏んでしまった。しょんぼり、と楓は肩を落としてしまう。

 

 

「はぁ……気にしないでって言ってるでしょ?」

「……うん」

「ほら。さっさと食べちゃいましょう?」

 

 

 気にした様子もなく食事を進める鈴夏の顔を覗き見ながら、楓も食事を開始する。鈴夏の作った弁当を口に運べば、楓の落ち込んでいた表情はすぐさま明るい表情へと変わっていく。

 口に運んだのはふわふわの卵焼きだ。少し甘めの味付けがされているのは織斑家の秘伝の味。昔はよく叔父である一夏に振る舞って貰った事を思い出して、自然と口元に笑みが浮かぶ。

 

 

「わぁ、おいしい! 腕上げたね!」

「言ったでしょ? 同じだと思わないでよね、って」

「うん! うむむ! これは負けられないなぁ」

「だったらアンタも弁当作ってくれば良いじゃない。材料費はクラスメイトに出させて、こうして弁当を振る舞えば良いんじゃない?」

「えー、弁当を作るのは良いけど、材料費を貰うのはちょっと……」

「何よ。可愛い可愛い女の子が作る弁当が食べられるだけありがたいってもんよ。少しは欲を見せなさい、欲を」

「こらこら、箸で人を指したら駄目だよ」

 

 

 穏やかな昼下がり、再会した従姉妹達はかつてと変わらぬように笑みを交わし合って食事を進めた。

   


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