大空に咲くアルストロメリア   作:駄文書きの道化

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Scene:03

「……鈴ちゃん。流石に心配しすぎだと楓さんは思うんだよ」

「はっ、どうだかね? どうせ声をかけられて帰れなくなるオチが見えてるのよ。入寮初日ならさっさと荷物を片付けないといけないんだから捕まってる暇なんてないでしょ?」

 

 

 午後の授業も乗り越えた楓は、再び1組に現れた鈴夏によって拉致されていた。放課後のベルが鳴るのと同時に現れ、楓を掻っ攫うように教室から連れ去った鈴夏の手腕に1組の誰もが唖然としていた。中には悔しげに歯を噛む者もいたが。

 この思い切りの良さと行動力は間違いなく母譲りだろうな、と手を引かれながら楓は思う。ただそれを過保護の方面で使い果たしているのはどうなのだろう、と思う。そんなに自分は頼りないだろうか、と自分の頬を突いてみる。

 

 

「楓、あんた寮の部屋は?」

「ん? えっと、1025室だって」

「あら。やっぱり」

「やっぱりって?」

「ほら」

 

 

 鈴夏はニヤリ、と笑って自分の鍵を見せた。鈴夏の持っている鍵のタグには1025室のナンバーが銘打たれていた。慌てて楓は自らの持っている鍵を見比べる。するとまったく同じ番号が銘打たれている事に気付いて驚いた。

 

 

「なーんだ。鈴ちゃんと同じ部屋なんだ」

「なんだ、とは何よ。……まぁ、学園側の配慮って奴でしょ。厄介な有名人は纏めておけってね」

 

 

 手に持った鍵を手の中で弄びながら鈴夏は言う。言われてみれば確かに、と楓も頷く。揃って有名人で、互いに面識がある。贔屓されている感は否めないが、問題を起こされては対処するのにも問題がある身だ。

 ある程度の贔屓は仕方ないと楓も割り切ってはいる。それだけに“篠ノ之 束の娘”と“織斑夫妻の娘”の名は重たいものなのだ。それこそ仮に自分たちのどちらかが誘拐でもされれば、世界的に大騒ぎになるのは目に見えて明らかだ。

 そうならない為にも自衛の力を身につけなければならないのだが、だからといってお嬢様のように特別扱いも御免被る。それは楓と鈴夏の共通の願いだろう。だからこそ二人はIS学園の進学を決めたのだから。

 

 

「にしても退屈なものね。授業って。慣れないわー」

「そういえば鈴ちゃんが学校に入るのって初めてだよね?」

「まぁね。今まではウチの親にくっついて飛び回ってたから通信教育だったしね」

 

 

 だから新鮮だったけど、つまらないものはつまらない、と鼻を鳴らす鈴夏に楓は苦笑する。確かにジッとしているのは性に合わないだろうなぁ、と鈴夏の気質から考えれば想像に難くない。

 楓は小学校の教育こそ、通信教育と家族達の教育で賄っていたが、中学校には通っている。その時から母の実家である篠ノ之神社に預けられるようになった。当初は大変だったけれども、学校生活は自分に得難い経験をさせてくれたと思っている。

 勿論、楽しい事ばかりではなかった。中学校時代は楓にとっては激変の毎日だったもので、実際荒れていた自覚がある。叔母がいなかったらスレていた自覚もある。そんな時期に鈴夏と喧嘩をしてしまったのは、今でも楓の後悔として残っている。

 

 

(まぁ……それで鈴ちゃんと大喧嘩しちゃったのは本当、痛恨の極み。楓さんの一番の黒歴史だね)

 

 

 やはりここまで過保護になっているのは過去の諍いが原因なのだろうか、と唸ってみる。あれは完全に自業自得で、鈴夏はとばっちりを受けただけなのだから気にしないで欲しいと楓は思う。

 だが、ここで原因を聞き出せない自分は本当に弱い。あれは自分の中でもトラウマになる程の事件だった、と楓は振り返る。自然と眉が寄っていたのか、振り返った鈴夏に首を傾げられる。

 

 

「楓? どうしたの?」

「……うぅん。なんでもないよ」

 

 

 鈴夏の疑問を誤魔化すように交わして寮への道を急ぐ。寮はモノレールを使って一駅程度の距離にあった。歩いて通えない事はないが、それにしては多少遠い。地理の把握の為にも楓と鈴夏は並んで歩いていく。

 今は春も真っ盛り。道中には桜並木もあって美しく桜色に彩られていた。久しぶりに桜を見るとはしゃぐ鈴夏に微笑ましそうに視線を向けながら、楓は桜色のアーチを潜り抜けていく。

 桜並木を抜けて少し歩いていくと、寮はすぐそこにあった。学園から歩いて10分ほどだろうか。寮もまた大きな建物で、思わず見上げて口をぽかん、と開ける程だ。そんな田舎者丸出しのような事をしていると鈴夏に頭を叩かれて、引っ張られるままに中に入っていく。

 まるでどこかの高級ホテルのようだと楓は思う。まぁいろいろな国籍の人間が集まる建物であれば、逆にホテルを意識したような作りの方が住みやすいのかな、と楓は辺りを見渡す。

 

 

「いつまできょろきょろしてるのよ。荷物は事前に送ったのがあるんでしょ? さっさと管理人の所に行って受け取ってくるわよ」

「あ、うん」

 

 

 寮の管理人、と聞けばこくり、と頷く。ちなみにここは女子寮で、男子寮はまた別にある。建物ごとで違うのだと言う。

 女子寮なのであれば、やはり管理人も女性なんだろうか、と考えながら鈴夏と共に寮の管理人が住まう管理人室へと辿り着く。チャイムを押すと間もなくして中から女性が出てくる。

 

 

「はいはーい。えーと、新入生の子かな? 荷物の受け取り?」

「あ、はい。1025室の……」

「あ。楓ちゃんだね! 大きくなったねー?」

「ふぇ?」

 

 

 既知の相手だったのか、女性は楓の顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。明るく接しやすい雰囲気を抱く女性だ。快活な女性はわしゃわしゃと無造作に楓の頭を撫でる。手の力が強くて楓はぐるり、と頭を回される事となる。

 

 

「ちょっと山下さん!」

「おっと。ごめんね、鈴ちゃん2世」

「2世って言うのやめてください! あと、“りん”じゃなくて“すず”です! 鈴夏!」

「あっはっはっは! いやー、ごめんごめん、ついつい懐かしくなっちゃてね。二人がもうIS学園に通う年齢か、って。私も年取った。あ、楓ちゃんはいきなりごめんね? 私、管理人の山下 清香って言うの、よろしくね?」

「は、はぁ……その、お知り合いですか?」

「ちっちゃい頃にあってるよー。あ、私ね、お父さん達との同級生だからさ」

 

 

 乱してしまった髪を優しく梳くように撫でてくれる手に楓は目を細める。楓を見る清香の目はひたすらに優しいものだった。

 

 

「いやー……お母さんにも似てるけど、お父さんの面影もあるね。特に目元はお父さんに似てるんじゃないかな? 髪は綺麗なお母さん似だ」

「あの、ありがとうございます……?」

「っと……、いけない。今は仕事中だよ、っと。ごめんね。荷物だよね? 預かってるからちょっと待って。すぐ横が預かり所なんだ。忘れ物とか落とし物があったらここに持ち込まれるから、何かあったら言ってね?」

 

 

 快活に笑う清香のペースに乗せられるがまま。荷物を受け取って部屋への道を歩く頃にはぐったりと楓と鈴夏は肩を落としていた。

 

 

「……なんでこうさ、ウチ等の親の知り合いってやりにくいんだろうね?」

「山下さん、元気な人だったね……」

「あぁもう、やめやめ! 滅入るだけよ。さっさと部屋に行きましょう」

 

 

 気を取り直すように頭を振って鈴夏はのしのしと先に進んでいく。1025室は寮の1階で、廊下の端の方の部屋であった。荷物を持って両手が塞がっている楓に代わって、鈴夏が鍵を開けて部屋の中へと入る。

 中もホテルのような一室で、二人分の机とベッドが列べられている部屋だ。どこか落ち着かないが、その内慣れるのだろう、と楓は荷物を置く。

 

 

「キッチンと冷蔵庫もついてるし、シャワールームも完備。トイレは?」

「寮共通ー。さっきの通路を曲がって中央の所にあるわ。後で案内するわ」

「ん、了解。食材とかは?」

「モノレール乗って商店街まで行かないと駄目かな?」

「遠い?」

「まぁ、そこそこ」

 

 

 部屋の設備などを確かめるように部屋を周り、楓は鈴夏に問いかける。鈴夏から返ってくる答えを耳にしつつ、確認が終わってベッドに座り込む。ぎしり、とスプリングが軋む音が鳴った。

 

 

「はぁ……疲れちゃった」

「やっぱり疲れてるんじゃん」

「んー……まぁ、ね」

「今日の夕食どうする? 食堂に行ったらまた騒ぎになると思うけど?」

「んー……」

「楓? ちょっと、眠いの? 制服のまま寝たら皺になるわよ?」

「う……ごめん」

「……少し横になったら? 疲れてるんなら寝た方が良いって」

「うん……そうする」

 

 

 楓はのそのそと起き上がって制服を脱ぐ。荷物の中から寝間着用のハーフパンツとシャツを取りだして着替える。脱ぎ捨てた制服が畳むのが億劫で、眉を寄せながら手に取ろうとすれば、鈴夏が代わりに制服を手に取る。

 

 

「ほら、ハンガーにかけておくからさっさと寝ちゃいなって。どうせ昨日、あんまり眠ってないんでしょ?」

「んー……うん」

 

 

 言葉に力がないのは眠気が限界の証か、こっくりこっくりと船を漕ぎながら楓は答える。そんな楓の様子に呆れたように肩を竦めて鈴夏はさっさと楓に横になるように告げる。

 正直、楓も自分の限界を悟っていたので抵抗する事はない。そのまま布団に横に入ってしまうと、堪えていた睡魔が一気に襲いかかってきて楓の意識はあっさりと眠りに落ちていった。

 相変わらず寝付きの良い従姉妹の姿に鈴夏は吐息する。ベッドの傍によって顔を覗き込めば、規則正しい寝息が聞こえてくる。2年前よりも成長したが、こういった姿は記憶と変わらない事に鈴夏は安堵の息を吐いた。

 

 

「おやすみ。楓」

 

 

 告げる声はどこまでも優しく、軽く楓の頭を撫でて鈴夏は微笑むのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『僕は、酷い事を言っている』

 

 

 眠りに落ちた楓は夢を見ていた。これは過去の夢だと思ったのは、自分に語りかけているのが愛おしい人の声だったからだ。

 けれど、夢でこの声は聞きたくなかった。大好きで、愛おしくて、自慢で、今でも大切に思えるのに、夢の続きを見たくないと思っている。

 

 

『正直、親として最低だ。でも必要な事だと思ったから、僕は楓に知って貰ったんだ。そして僕は君に選べって言うんだ。本当は、強引にでも楓を夢に巻き込むか、夢を諦める事が正しいんだと思う。でも、僕は僕の望みも捨てたくないし、楓の望みの幅も狭めたくはなかった。……そもそも、選択肢を用意した事が残酷なのかもしれない。それでも、選んで貰おう、って決めた』

 

 

 苦しげで、今にも泣きそうな声で。だがしっかりと語りかけてくる声に楓は正直、耳を塞ぎたかった。

 これは転機だったんだろう。自分にとって。だから何度も繰り返し、夢に見るのだろう。何度も、何度も。本当に自分が選んだ選択肢が正しかったのか、今でも迷う時があるから。

 

 

『――楓はどうしたい?』

 

 

 でも、これは過去。この声の主は遠く、今は会えない――。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「――お父さん……!」

 

 

 勢いよく身を起こして辺りを見渡す。そこが寮の部屋である事に気付いて、思い出したように呼吸をする。寝汗をかいたのか、シャツが肌にくっつく感触が気持ち悪くて楓は目を細めた。

 部屋のライトはついておらず、同室で生活をする筈の鈴夏の姿は見当たらない。鈴夏の姿が見当たらない事に酷く安堵した。今の自分の姿は鈴夏に見せては、また喧嘩になりかねない所だった。

 

 

「……シャワー浴びよう」

 

 

 とにかく寝汗が気持ち悪い。さっさと洗い流してしまおう、と楓は眠気を振り払って起き上がる。

 シャワーの使い方は問題なくわかりそうだった。服を脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になった楓は湯の温度を適温に合わせて全身に浴びた。頭から被る湯が意識をはっきりとさせていくようで、楓は目を閉じて息を吐いた。

 

 

(……やな夢見た。鈴ちゃんと会って思い出したからかな)

 

 

 父親の夢は、楓にとって思い出したくない記憶を掘り起こす夢だ。転機となったあの日を思い出すから。それから全てが変わってしまった。理由もなく信じていた幸福は、永遠には続かないものだと突き付けられ、終わりを迎えた。

 自分の選択次第では幸福は続いている筈だった。でも、楓はその幸福を選ばなかった。だからこそ鈴夏は選ばなかった楓の事を許していない。そして楓に選ばせた楓の両親をもっと許していない。その所為で一時期、荒れていた自分を鈴夏は良く思っていないのは事実だ。そしてそれは今もまだ。

 

 

「……普通、か」

 

 

 普通。それは楓にとって最も羨望の対象で、最も懐疑的なものだ。それでも折り合いを付ける事が出来たのは、皮肉にも鈴夏との喧嘩があったからという笑えない話だ。鈴夏は今日の自分の態度を怒っていたようだが、それが彼女との諍いから導き出された結果だと言ったら鈴夏はどんな顔をするだろうか。

 受け流してしまえば良いのだと、反発すればする程、反動が大きいから。だからある程度、受け入れた上で流してしまえば良い。それが楓の身につけた考え方。特別である事を受け入れつつ、されど特別である事を埋没させていくように。そうすれば誰からも波風を立てずに生きていける。

 こんな考えを知られれば鈴夏は怒るだろう。それこそ烈火の如く怒って、その果てに鈴夏は自分を責めるだろう。あの子の優しさは、ちょっと度が過ぎる時がある。周りが言うには父親の悪い所を受け継いだとか。これには鈴夏の両親も頭を抱えているらしい。

 情が深い事は悪い事じゃない。今なら自分を思って世話を焼こうとする鈴夏の事を笑って受け入れる事が出来る。……かつての自分はそれが出来なかった。鈴夏の優しさを突っぱねてしまったのだ。一番、最悪な方法で。

 

 

「好きなら一緒にいるべき。子供を護らない親なんて最低、か……」

 

 

 楓の口から零れた呟きは誰にも聞き取られる事無く、シャワーの水音に飲まれて消えていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あれ? 起きてたの?」

 

 

 楓がシャワーから上がると、丁度そのタイミングで鈴夏が部屋に戻ってきていた。タオルで髪の水分を拭って落としていた楓を見て、鈴夏は目を瞬かせた。

 

 

「鈴ちゃん、買い物行ってたの?」

「アンタがいつ起きるかわからなかったから。夜食でも作れるようにって」

 

 

 スーパーか何かに行っていたのだろうか、買い物袋を見せて鈴夏は言う。買い物袋の中に入っていた食材を手早く冷蔵庫の中に仕舞う鈴夏を見ながら楓は髪を拭う。

 湯冷めでもしたのか、へぷち、と楓はくしゃみを零した。すると食材を仕舞った鈴夏が楓へと振り向いた。どこか呆れたような顔で楓を見ている。今日はなんだかずっと呆れられっぱなしだなぁ、と楓は鼻を啜る。

 

 

「何やってるのよ、アンタは。……髪乾かしてあげるからさっさと服着なさい」

「ん。ごめん」

 

 

 手早く自分が出来るだけ髪の水分を拭った後、着替えを終える。楓が着替え終わったのを確認すれば鈴音が椅子を用意して、ドライヤーと櫛を持って待ちかまえていた。

 楓を椅子に座るように促し、席につけば髪を梳きながらドライヤーをかける。ドライヤーの熱風を受け、髪を梳かれる感触に楓は目を細める。

 

 

「さらさらね。相変わらず」

「うん。結構気を使ってるよー」

「いいなぁ。私、髪質が若干固めだから」

「私は鈴ちゃんの髪、好きだけどな」

「そう? ありがと」

 

 

 そのまま髪が乾ききるまで鈴夏は楓の髪を梳き続けた。髪を梳かし終えた楓はぷるぷると頭を振る。その仕草がまるで猫みたいだと、鈴夏は小さく笑った。

 

 

「鈴ちゃん、夕食は?」

「まだよ」

「じゃあ私が作っちゃうから、鈴ちゃんもシャワー浴びてきなよ」

「そう? まぁ、ちょっと多めに買ってきたし、好きに食材使って。あ、でも使い切らないでよ? 明日から私は毎日、弁当を作らないといけないんだから」

「鈴ちゃんは自分の弁当で、クラスメイト達の胃袋を掴んでクラスを支配するんだね?」

「そしていずれは生徒会長に! ……って、アホか。なにやらせんのよ」

 

 

 ぺしん、と楓の額を叩いて鈴夏は笑った。鈴夏に叩かれた額をさすって楓も笑った。鈴夏は楓の言葉に甘える事にしたのか、そのまま着替えを持ってシャワー室へと消えていった。シャワーの音が流れるのを耳にし、楓は冷蔵庫を開く。

 中に入っている食材を確認して献立を立てる。頭の中でレシピが纏まれば必要な食材を取り出してキッチンに立つ。

 

 

「よし、作りますか」

 

 

 今日のお弁当のお礼だと言うように意気込んで楓は料理を開始した。シャワーから上がってきた鈴夏が喜んでくれるように。今日は食材がないから作れないが、鈴夏の好きだった物を作ってあげようと、密かに決意を固めながら。

 


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