大空に咲くアルストロメリア   作:駄文書きの道化

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Scene:04

「皆さん、IS学園に入学して二日目となりましたが、授業の前に皆さんにはお伝えしなければならない事があります」

 

 

 二日目。一時間目のIS学園の授業は真耶のそんな一言から始まった。何だろうか、と楓は目を瞬かせる。

 

 

「IS学園が存在するメガフロート「フロンティア」は、皆さんも知っての通り、IS生誕の地として知られています。ここには皆さんと同じく、人間社会へと溶け込む為に教育を受けているIS達が存在します」

 

 

 そう。真耶の説明の通り、フロンティアにはISコアの製造プラントが存在している。かつて篠ノ之 束が公開した「IS宣言」の際、ISコアの製造はIS達の意思によって行われる事となり、その製造には人間が立ち入る隙は失われた。

 そしてISコア達の教育は、先駆者であるコア達が自ら教育を施し、世界へと送り出しているのがIS達の現状だ。故にフロンティアの重要度は世界的に見ても高いのだ。そんな土地だからこそISへの理解を深める為の教育が盛んになっているのも当然だろう。

 

 

「その中には教育を終えて、社会への進出を許される子達もいます。中には無人機としての体を得て、国に帰属したり、もしくは主となる人を待ち侘びている子達がいます」

 

 

 誕生したISは先駆者達のIS達の教育が終わった後、大きく分けて2つの道がある。まずは無人機としてのボディを得て、帰属した国の下で社会に紛れる事。もう1つはISコア達のコア・ネットワークの中に留まり、主人となる人間を待つという2つの道だ。

 無人機になる場合だが、幾ら無人機になったとはいえ、武装は法の下に制限され、国の保護下での生活を送る事になる。そこで優秀なIS搭乗者を見込んでパートナーになるも良し、国の開発したIS装備のテスターや、無人機部門の代表となるも良し。それは帰属したIS達が決める事だ。

 もう一つはISコアのネットワーク世界で意識を留め、パートナーとなる人間との出会いを待ち侘びているコア達もいる。コア自身の意思で留まっている者や、出会いの機会に恵まれていないIS達がこの例に挙げられる。傾向的に、国に仕えるよりは個人に仕える事を望む子達が多いという。

 基本的に無人機として認められるのが数多のチェックを潜り抜けたエリートであり、その上で国との交渉の上、無人機として世に送り出されるという仕組みだ。故に無人機として人間社会に進出するISは年に二桁届けば良い方、と言われる程だ。

 当然だが例外もある。ISが未だ、自我を持ち得なかった時代に国に帰属していたISコア達がこの例外に当たる。

 例をあげればフランスの“ラファール・アンフィニィ”が有名であろう。フランスのISメーカー“デュノア”の看板娘であり、かつてフランス代表にして現デュノア社社長“シャルロット・デュノア”の愛機を勤めたISだ。

 かつては有人機として社長と共にモンド・グロッソに参加するなどの活躍も見せたが、今は一線を退いて後続の教育と勧誘を行っている。更にはデュノア社が世に送り出す幅広い武装群のテスターを行っている事で有名だ。

 

 

「そしてIS学園の生徒達には未熟なISコア達の情操教育に協力する事も、授業の一環として設けられています。授業で触れ合う機会もありますが、それとは別に申請を出す事によってISコア達のネットワーク世界、“共有領域<ターミナル・スフィア>”へのアクセスが許されています」

「先生! 質問です!」

「はい。何でしょうか?」

「それはつまり、もし“共有領域”に留まっているISコアから認可を頂ければ、パートナーになって貰えるという事でしょうか!?」

「良い質問です。答えはYESです。ISコアとのコミュニケーションが上手くいけば、パートナーとして“契約<エンゲージ>”を交わしても構いません」

 

 

 一般的にISコアが自らの搭乗者、つまりパートナーを選ぶ事を“契約<エンゲージ>”と呼んでいる。

 真耶の解答に生徒達が色めき立った。ISのパートナーを得るという事は、つまり“専用機”を得るという事である。

 IS達の自我が発達してから、ISに“量産機”という存在が失われて久しい。代わりにIS学園のように、ISについて教育を施す地に留まり、多くの生徒達にISを実際に操縦させる為の“共有実習機”として契約を結んでいるISもいる。

 

 

「パートナーを持つという事はISに関わる者にとって大きな意味を持ちます。国や機業からのスカウトや、ISの一生を預かるなど、皆さんには大きな責任が伴います。期待を抱く気持ちもわかりますが、パートナーを得るという意味を勘違いしないよう気をつけてくださいね?」

 

 

 色めき立つ生徒に仕方ない、と言うように溜息を零しながら真耶は言う。

 

 

「“共有領域”へのコア・ダイブ申請は教師に伝えていただければすぐに出来ますが、無論、多くの生徒の皆さんがアクセスを希望しています。申請をしてすぐにダイブが許可される訳ではないので注意してくださいね?」

 

 

 説明が終わり、真耶が一息を吐く。ぱん、と胸の前で合わされた手が音を立てて生徒達の注目を集める。

 

 

「さぁ、授業を再開しましょう。これから皆さんがISと歩むために必要なお勉強の時間です。良く学び、良く理解し、IS達とより良い関係を築いていけるよう頑張りましょう」

 

 

 真耶の一言で授業が再開されるのだが、楓はどこか上の空だった。思い描くのはISコア達の事について、そしてパートナーに関してだ。

 

 

「パートナー、かぁ」

 

 

 ぽつりと呟いた楓の言葉は聞き取られる事はなく、楓は真耶の声に耳を傾けて授業に集中した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ねぇ、楓さん? ちょっと良いかな?」

「ん? 何かな?」

 

 

 一時間の授業が終わっての昼休み、楓の下に数人の生徒達が訪れていた。昨日よりは落ち着いてくれたのか、楓も穏やかな気持ちで応対する事が出来ていた。

 

 

「さっきのパートナーの話なんだけど、楓さんはパートナーのISがいるのかしら?」

「あー……やっぱりそう思うよね」

 

 

 皆がどこか期待した眼差しで見ているのはそう言う事か、と楓は納得する。篠ノ之 束の娘であれば既にパートナーを得ているのではないか、という期待なのだろう。

 正直、自分が彼女たちと同じように客観的に自分を見る立場であれば、そう思っても不思議ではないと思う。

 

 

「ごめん。私はパートナーはいないんだ」

「え? でも……篠ノ之博士の娘さんなんだよね? 楓さんは」

「うん。でもいないんだ。期待して貰ってる所、悪いけどさ。楓さん、そういう特別扱いは嫌いなんだ」

 

 

 苦笑して周りを囲む生徒達に言うと、途端に罰悪そうな顔をして生徒達は顔を伏せてしまった。特別扱いが嫌い、とはっきり言った楓の言葉から失言を悟ったのだろう。代表して聞いていた女生徒が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい。無神経な事を聞いたわ」

「良いよ。正直、パートナーがいてもおかしくない立場なのは理解してるから。……でも楓さんは皆と同じスタートを切りたいんだ。優遇されちゃうのはどうしようもないんだけど、さ」

 

 

 楓は気にしないように生徒達に伝えると、皆はどこかほっとしたように息を吐いた。

 

 

「篠ノ之博士の娘だからって特別扱いはやっぱり良くないのよね」

「うん。……普通の子に見て、って我が儘は言わないけど、出来るだけ篠ノ之博士の娘じゃなくて、篠ノ之 楓として見て欲しいかな?」

「……昨日、織斑さんが怒る訳ね。改めて友達として、仲良くしてくれる? 楓さん」

「喜んで」

 

 

 代表して聞いてきた生徒に楓は微笑みかけて手を差し出す。差し出された手に驚くも、すぐに笑みを浮かべて握手を交わす。次に自分も、と取り囲む生徒達と握手を交わして楓は微笑む。

 これでなんとか上手くやっていけそうだ、と安堵の息を吐くと、1人の生徒がぽつりと呟いた。

 

 

「となると、やっぱりパートナーがいるのは代表候補の人だけなのかな?」

「基本的にそうだと思うけど……」

 

 

 代表候補とは、文字通り各国の代表の候補である事を示している。彼等は国から預けられたISをパートナーとして連れている事がある。代表となった人は3年に1回開催されるIS競技の世界大会「モンドグロッソ」に出場し、国の威信をかけて戦う事となる。

 ISは搭乗者に合わせて進化する事が出来る。長く乗れば乗る程、搭乗者の癖や特性を活かす方向で進化する事が出来るからこそ、代表、もしくは代表候補に国に帰属したISをパートナーとして預けるのは珍しい話ではない。

 

 

「今年の新入生にもパートナーを連れてる代表候補が入学したって話だよ?」

「え? そうなんだ。どこの国かわかる?」

「確か、えっと……イタリアと中国だった筈」

 

 

 ふぅん、と楓は興味深げに頷く。ちょっと興味が沸いた、と言うように。そうしていると授業の始まりのチャイムが鳴る。慌てたように生徒達が席に戻っていく中、真耶が教室に入ってきた。

 イタリアと中国のパートナー付き。一体どんな人たちで、どんな子達がパートナーなんだろうか、と楓は想像に羽根を広げるのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「うぉぉおおお!! 楓さんと鈴夏さんの手料理めっちゃ美味い!!」

「ちょっと! がっつかないでよ! 私達の分が無くなるでしょ!?」

「はむ、はふ、はむ、はむぅ!」

「あ、あはははー……量はたくさんあるから気にしないで良いよー?」

「……何やってんだか」

 

 

 昼食時、楓と鈴夏は二人で弁当を広げていた。その周りには1組と2組の生徒が二人の弁当をつついている。今日の弁当は二人で作り上げた弁当だ。いっそ出すなら二人揃えて出してしまえば良いんじゃない? という鈴夏の提案に乗った為だ。

 こうして楓と鈴夏の作った弁当は皆から好評であり、今も争奪戦が繰り広げられている。特に男子が凄い嬉しそうに食べている。中には感極まったように涙を流している者までいる始末だ。女子も女子で自分の分を確保しようと必死の形相だ。中にはレシピを解析しようとしている者までいる始末。

 そんな皆を苦笑しながら見守る楓と、呆れたように自分の分の食事を口に運ぶ鈴夏。随分と騒がしい昼になりそうだ、と楓は吐息した。

 

 

「いやー、これは良いわねぇ。お金出す価値があるわ」

「ふん。出して当たり前よ。こっちは手間暇かけて作ってやってるんだからね。ありがたく思いなさい」

「私は美味しく食べて貰えれば嬉しいけど……」

「楓は自己主張がなさ過ぎ! だからほいほい他人の言う事を聞いちゃうのよ!」

「いたいいたい! ぐりぐりは痛いって、鈴ちゃん!」

 

 

 楓の優等生な答えが気に入らなかったのか、楓のこめかみを挟み込むようにして拳を添えて力を込める鈴夏に楓は悲鳴を上げる。二人がじゃれ合う姿を目にした生徒達は可笑しそうに笑った。

 そうしている間に食事も終わり、それぞれが持ち込んだ飲み物で一息を吐く中、一緒に食事取っていた女子生徒から二人に質問が投げかけられる。

 

 

「ねぇ、楓さんと鈴夏さんって幼馴染みなんだよね?」

「うん。というより……半ば姉妹みたいな感じ?」

「まぁ、ずっと一緒に育ってたらそうなるわよね」

「ずっと一緒だったの?」

「うん。仕事の関係上で親に付いて回ってたからさ」

 

 

 楓と鈴夏はその立場上、ロップイヤーズの活動に合わせて親と一緒に行動する事がほとんどだった。故に遊び相手は同い年であるお互いになる事が多い訳で、話を聞いた生徒達はそれは仲も良くなる、と納得の姿勢を示す。

 

 

「あれ? でも、篠ノ之さんの両親って2年前に月開発に行ったんじゃ……?」

 

 

 あ、と楓が思った瞬間、明らかに鈴夏の機嫌が不機嫌へと変わった。いきなり仏頂面になった鈴夏を見た生徒達はぎょっ、として言葉を失う。鈴夏は重たく溜息を吐き出してゆっくりと立ち上がった。

 

 

「悪いけど、その話は聞きたくないわ。楓、後で弁当箱持ってきて貰える?」

「……うん、わかったよ。ごめんね?」

「なんでアンタが謝るのよ。……謝らないでよ。逆に腹立つ」

 

 

 忌々しげに呟いた後、鈴夏はそのまま去って行ってしまう。その背を呆然と見送る生徒達に楓は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。あちゃぁ、と片手で顔を隠すように抑える。

 質問を口にしてしまった男子生徒はどこか気まずげな表情を浮かべていた。すっかりと気落ちしてしまった様子に、楓は不憫すら覚えた。

 

 

「えと、俺、なんか地雷踏んだ?」

「……うん。ちょっとね」

「……何かあったか聞かない方が良いよね?」

「……うん。楓さんもさ、あんまり思い出したくない事なんだよね。悪いけどやめて貰えるかな? 鈴夏ちゃん程じゃないけど、私も色々とあったんだ。親が月開発に行っちゃうって時に、さ。皆にもそう伝えておいてくれる? 下手すると……鈴夏ちゃんだとキレちゃう可能性もあるからさ。あの子が暴れたら手付けられないから」

 

 

 申し訳なさそうにしながらも、突き放すように楓は言った。鈴音と違って爆発しないのは、単に自分が悪いと思っているからだ。正直、その話を掘り起こされるのは楓としても辛い話だった。

 明るい雰囲気だった昼食の場は、まるで通夜のような空気になってしまい、楓は気まずげに肩を揺らす事しか出来なかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あのー……山田先生、いますか?」

 

 

 放課後、楓は職員室を訪れていた。その手には“コア・ダイブ”の申請書が握られている。真耶の話を聞いては居ても立ってもいられず、こうして申請書を書き上げて職員室に訪れた訳だ。

 別の教員だろう、楓の顔を見ればやや驚いたように、しかしすぐに笑みを浮かべて真耶が座っている席を指し示した。真耶は休憩していたのか、コーヒーを飲んでいるようだった。楓の姿を見つけると、笑みを浮かべて手を振っている。

 

 

「いらっしゃい。篠ノ之さん。コア・ダイブの申請ですか? 来ると思ってましたよ」

「はい。……今、お時間は大丈夫で?」

「えぇ。ほとんどの子はすぐに申請に来るから、放課後は逆に空いちゃうんですよ」

 

 

 くすくす、と真耶は笑って楓に微笑みかける。優しげに視線を向けてくる姿は変わらないままで、何となく楓は恥ずかしくなって肩を狭めた。

 

 

「大きくなりましたね。楓ちゃん」

「え、と……山田先生?」

「今は、真耶さんで良いわよ?」

 

 

 少しだけね、とウィンクを飛ばして笑う真耶に楓は肩の力を抜いた。教師と生徒ではなく、知り合いとして接してくれて良い、という真耶の言葉は正直有り難かった。

 

 

「お久しぶりです、真耶さん。お元気そうで何よりです」

「ありがとう。私も、楓ちゃんが元気そうで安心したわ」

「はい。元気にやってます」

「最後に会ったのは……3年前かしらね。貴方が中学校に入学する為にここを離れて以来ね」

 

 

 中学校に入学、という部分で楓の笑みが少し引き攣る。楓が笑みを引き攣らせたのを見て真耶はやや眉を寄せる。だが、すぐに楓に微笑みかけて、楓の名を優しく呼ぶ。強張っていた身体がそれだけで少し、和らいだ事に楓は少し驚いた。

 

 

「色々と楓ちゃんの事は窺ってるわ。……大変だったわね」

「……真耶さん」

「3年振りに貴方を見て、私は本当にほっ、としたわ。こんなに良い子に育ってくれた事が本当に嬉しい」

「……箒さんが良くしてくれました」

「箒さんね。本当に楓ちゃんのご両親は立派な妹さんに恵まれたわね」

 

 

 心の底から真耶の言葉に同意しながら、楓は深く頷いた。叔母である箒がいなければ自分がどうなっていたかなど想像が出来ない。両親と同じぐらいに大好きな叔母だ。心の底から尊敬して、あんな女性になりたいと思う程に楓の心の中に彼女の姿は残っている。

 楓の様子を窺うように見ていた真耶だったが、少し困ったように眉を寄せて楓に問いかける。

 

 

「……家族の事、怨んでる?」

「怨んでません。怨める筈ないじゃないですか」

「そっかぁ……。それを聞いてちょっと安心した」

 

 

 真耶は本当に心の底から安堵したように胸を撫で下ろす。

 

 

「……これは言っちゃって良いわよね」

「?」

「実はね、貴方のお父さんが言ってたのよ」

「お父さんが? 何を……?」

「娘はきっとIS学園に進学する。その時、まだ教師を続けてたら……娘をよろしくお願いします、だって」

 

 

 真耶の言葉に楓は息を詰まらせた。目を丸く見開かせて真耶を見ている。真耶は笑みを浮かべながら楓の手をそっと取る。楓の手を優しく撫でながら真耶は言葉を続ける。

 

 

「ハル君も、束さんも……皆、悩んでたわ。私も相談に乗ったもの。よく覚えてるわ」

「皆が……」

「学生だった頃ね、あまり誰かを頼るような子じゃなかったハル君がね、私に頭を下げたのよ。私だけじゃなくて、色んな人に貴方のことを見守ってあげて欲しい、って。自分勝手な願いでも、楓ちゃんが自分の選んだ道を歩めるように導いてあげて欲しい、って」

 

 

 懐かしむように真耶は楓の目を真っ直ぐ見て、当時の事を伝えようとする。

 

 

「その為に、例え自分が憎まれても良いって」

「……ッ……、そう、ですか」

「……ハル君の事だもの。きっと楓ちゃんにもそう言ったんでしょ? 僕を怨め、って」

「……はい。そう、言ってました」

 

 

 ――悪いのは僕だ。だから怨むなら僕を怨んでくれ。

 

 

 今でも脳裏にこびり付いて忘れられない声。思い出そうと思えばまるで昨日の事のように思い出せる。今にも泣きそうなのに、感情を押し殺した声で突き放そうとした父親の姿を楓は鮮明に覚えている。

 一緒にいたお母さんも、他の皆も何か言いたげにしているのを制してまで、自分と向き合っていた父の姿。あれ以来、会うことが叶わなくなった父親の姿に楓は思いを馳せる。

 

 

「楓ちゃんが怨んでない、って言ってくれて……ほっ、としたわ」

「……真耶さんは、お父さんが正しいと思いますか?」

「いいえ。決してそうは思わないわ」

 

 

 きっぱりと、真耶は楓の言葉を否定した。え、と驚いたような声を上げて楓は顔を上げた。その真耶の反応は予想はしていなかった、と。

 

 

「だって、理由はどうであれ娘を傷つけるような選択をしたハル君を、私は肯定出来ない」

「……そんな」

「でも、それは私が立場が違うから。どっちの思いも理解出来るから、私は肯定も否定も出来ない。子供だった貴方に言えない事情も色々あったから。それを理解して欲しいだなんて、楓ちゃんには迷惑よね。ただ……」

「……ただ?」

「ハル君が歯を食いしばって、皆の言葉を受けて、いっぱい悩んだ末の答えがどうか報われて欲しい。そう思うわ」

 

 

 真耶の言葉に楓は身を震わせた。唇を噛むようにして込み上げてきた涙を堪えようとする。真耶はゆっくりと席を立って、楓の頭を優しく撫でる。

 しがみつくように真耶によりかかる楓を真耶は優しく受け入れる。何かを聞きたいのに、何を聞けば良いのかわからない。確かめなければならない事があるのに、どうやって問いかければ良いのか、言葉が見つからないまま。

 楓はもどかしさを抱えて真耶にしがみつく。そうしていないと崩れ落ちてしまいそうで、涙を堪えるように強く瞳を閉じて身体を震わせる。

 

 

「……ハル君は、貴方のお父さんは間違いなく貴方を愛してるわ。愛しているが故に貴方を突き放した。それが私から貴方に伝えられる真実。信じるかどうかは、楓ちゃん次第」

「……ッ……!」

「私から言える言葉は少ないわ。……だから、私はお願いするしか出来ないわ」

「……おね、がい……?」

「私は貴方に怨むななんて言えない。でも……どうか出来れば、この世界を知って。ハル君が、束さんが、貴方の家族が夢見た世界を知って欲しい。そして貴方をこの世界に残していったその意味をどうか理解して欲しい。……貴方が望むなら私は幾らでも教えるわ」

 

 

 そっと、真耶の指が溢れ出た楓の涙を拭う。ハンカチを取り出して楓の手に握らせる。

 

 

「いつでも相談にいらっしゃい。貴方は決して1人じゃない。貴方の家族が残してきたものが貴方を護っているわ」

「……うん、……うん……!」 

 

 

 真耶から預かったハンカチで瞳を押さえながら楓は頷く。そんな楓の姿を真耶は見守るように見つめながら、楓の頭を優しく撫でた。 


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