大空に咲くアルストロメリア   作:駄文書きの道化

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Scene:05

 メガフロート「フロンティア」には様々な区画が存在する。例えばIS学園を中心とした学園区。多種多様な店が頻繁に出入りする事となる繁華街区、様々な研究を行う為の研究区など。

 区画によってセキュリティレベルが異なり、中に入る為には相応の証明が必要となる。そんなフロンティアの区画の中でも最もセキュリティが高い区画が存在する。

 それはISコアの製造プラントがある最重要区画。フロンティアの住人でも入る事がなかなか難しい場所。物々しい警備、中へと入る為に繰り返される二重、三重のチェック。それが嫌でもこの場所の重要度を示している。

 楓が真耶へとコア・ダイブの申請を申し込んでからの週末。予定が自分に回ってきた楓は真耶の引率の下、多数の生徒と共にISプラントが存在する地へとやってきた。

 幾多のチェックを終えて、やや疲労は見えるものの生徒達の期待は高まったままだ。未だパートナーを持たない生徒達にとって千載一遇のチャンス。自然と期待が高まるといった所だろう。

 その中で楓は比較的にリラックスしていた。理由は当然、楓はこのプラントに入るのが初めてではない。親に連れられて何度も来た事がある。随分と懐かしい記憶だと、記憶の中の物々しさと変わらぬプラントを見つめる。

 

 

「皆さん、もう少しで到着ですよー」

 

 

 真耶が生徒達の様子を微笑ましそうに見守りながら告げる。元気よく返事をする生徒は年相応だ。

 そして真耶のIDの認証で最後の扉が開かれていく。開かれた場所は無数のベッドチェアが列べられた部屋だ。ベッドチェアは物々しい機械に囲まれていて、どこか威圧感すら感じる。生徒達から感嘆の声が上がる中、楓は久しぶりに入った部屋に懐かしさを覚え、小さく口元に笑みを刻む。

 

 

「――お嬢様ァッ!!」

「わひゃぁっ!?」

 

 

 ぼんやりとしていた楓は不意に声と共に飛び付いてきた影によって押し倒される。強かに背中を打ち付けて思わず咳き込む。自分に飛びついてきた影を見れば、そこには懐かしい顔があって楓は微笑む事となる。

 楓の上に馬乗りになっている状態でニコニコと笑っている少女。外見は15、16ほど。淡い金髪をツインテールに纏めている。笑顔と相まって快活な性格が見て取れる。少女は嬉しそうに楓に抱きついている。楓は手を伸ばして少女の頭を撫で、少女の名を呼ぶ。

 

 

「スクルド、久しぶり」

「お嬢様! お嬢様! 久しぶりのお嬢様だ! あはははっ!」

 

 

 楽しげに笑う少女、スクルドは楓の頬に自分の頬を擦り付けるように抱きつく。困ったように楓が対応に悩んでいると、スクルドの頭を勢いよく叩く影が現れる。スクルドはそのまま楓の上から叩き落とされるように転がり、頭を抑える。

 

 

「いったーい! ウルダ! 何するのよ!」

「……邪魔」

 

 

 スクルドを叩いたのはスクルドとまったく同じ顔を持つ少女だった。ウルダ、と呼ばれた少女はスクルドと対照的にまったくの無表情で、冷ややかな目でスクルドを見下ろしていた。

 一触即発、今にも喧嘩しそうな勢いで睨み合っていた二人だが、間に割って入る影が現れる。これまた同じ顔の少女で、違いを挙げるとすれば目元がややタレ目なのが特徴だろうか。二人の様子に仕方ない、と言うように溜息を吐いている。

 

 

「ウルダ、スクルド。喧嘩している場合じゃないでしょう。スクルド、今のは貴方が悪いわ」

「うっ……ヴェルダンディ、でも!」

「でも、じゃないわ。……はしゃぎたい気持ちはわかるけど、今日は楓お嬢様ではなく、篠ノ之 楓という一生徒として扱いなさい。出来るわね?」

「……はーい」

 

 

 ヴェルダンディ、と呼んだ少女の窘めにスクルドは不満げに返答をして、ぷくぅと頬を膨らませている。その様子にヴェルダンディが再度、溜息を零す。

 その様子を上半身を起こして楓は見守っていた。なんだか申し訳ない気持ちになって頬を掻く。そうしていると、ウルダが楓へと手を差し伸べていた。無表情だが、その瞳にはありありと心配の色が見えていた。

 

 

「大丈夫……?」

「あ、うん。大丈夫」

「……ん」

 

 

 楓が手を取り、ウルダの助けを受けて起き上がる。楓の返答を受ければウルダは目を細めて、僅かに口角を持ち上げる。だが、すぐに表情は無表情になって楓から離れていく。

 興味深げに生徒達が楓と三人の少女の様子を見守っている。引率である真耶は仕方ない、とどこか予想していたようで苦笑を浮かべていた。そんな真耶の下にヴェルダンディが歩み寄り、小さく頭を下げた。

 

 

「真耶、申し訳ありません。スクルドが手間をかけました」

「いえ。構いませんよ。今日のコア・ダイブ申請の生徒達は彼等になります」

「了解しました。我等“ノルン”が責任を持って預からせていただきます」

 

 

 ――フロンティア直属のIS「ノルン」。

 ウルダ、ヴェルダンディ、スクルドからなるフロンティアの管理者であり、運営、防衛を担当するIS達が彼女達である。ウルダが管理を、ヴェルダンディが運営を、スクルドが防衛を担当している。

 三機の同型のISコアを同期させ、並列処理を行う事によって効率の良い処理能力を求めたISの新しいモデルケースの1つ。

 このモデルケースが世界にも公開されてはいるが、コアの教育と設計は篠ノ之 束が直接手掛けているだけあってか、未だ世界でもノルンを超えられるだけの効率の良い並列処理能力を実現する事は出来ていない。

 楓にとっては旧知の間柄であり、半ば妹のような存在であった。フロンティアから離れて3年振りとなる再会を喜びたい所ではあるが、今は生徒としてここに来ている以上、ヴェルダンディの対応が正しい。

 

 

(後で会いに来れるかな? 真耶さんに相談してみよう)

 

 

 後でプライベートとして彼女達と会えるか確認してみよう、と決めつつ、生徒達の視線を集めるように手を叩いて鳴らしているヴェルダンディへと視線を送る。柔和な笑みを浮かべた彼女は注目が集まった事を確認して続ける。

 

 

「はい。皆さん、ようこそいらっしゃいました。私はノルンが一機、ヴェルダンディと申します。このフロンティアの運営を一手に引き受けさせていただいております。運営、とは言いつつも皆様の生活が快適になるようにお手伝いをさせていただいている程度ではありますが。

 さて、皆さんの中には既にコア・ダイブを経験された方もいらっしゃるかもしれませんが、改めてご説明させていただきます。皆さんがアクセスしていただく事になるのはIS達の“共有領域<ターミナル・スフィア>”となります。ここは簡単に言うならば“もう1つの現実世界”です。皆さんが社会を築き上げるように、IS達もまた独自の社会を形成しております。どうかその点をご理解して頂いた上で、本日はよろしくお願いいたします」

 

 

 そう言って、ぺこりと頭を下げるヴェルダンディ。彼女の姿を見ながら楓はいつ振りになるだろうか、と指折りで最後に“共有領域”に足を踏み入れたのかを数えてみる。

 “共有領域”。開発当初からISには自我があった事は、世界的にも周知の事実である。だが、この自我は当初は幼く、コアごとに個性など芽生えていない状態だった。

 だが、時間をかけて成長したコアは、篠ノ之 束によってもたらされた“CCI”によって人と同じ姿を象る術を得て、人とのコミュニケーションを取る事によって急速に成長していった。

 そうして形成されたのが、ISコア達が個々に持つ“自我領域<パーソナル・スフィア>”。これによりコア達の差別化が始まり、今となっては人間と遜色がない程までに感情表現をし、悩み、考える事が可能となった。

 しかし、元々ISコア達はコア同士のネットワークによって繋がれていた存在である。それ故、IS達は個々が得た経験を共有出来る事が強みでもあった。この特性を失わせない為にコア達が“自我領域”と共に作り上げたのが“共有領域”である。

 新たに生まれ来るISコア達の意識も、当初は“共有領域”で先達のIS達の経験を学ぶ事によって自分だけの“自我領域”を形成していく。そして“自我領域”が一定のレベルまで形成が出来た者達が一人前のコアとして、様々な形で世界に飛び出して行く事となるのだ。

 ヴェルダンディが告げたように、人間達が暮らす社会とは別の、IS達が生み出すもう一つの社会にして現実。それが“共有領域”である。

 

 

「ではさっそくコア・ダイブの準備に取りかかりましょう。皆さん、それぞれベッドに横になってください。コア・ダイブの間、現実では意識を失うのと変わらない状態となります。勿論、皆様の御身は私たちが責任を以て護らせていただきますのでご心配なく」

 

 

 ヴェルダンディに促されるままにベッドに向かっていく生徒達。楓もベッドチェアの1つへと向かう。ベッドチェアの傍にはヘッドギアが置かれていて、ヴェルダンディの指示の通りにヘッドギアを装着する。

 ISのパートナーがいれば必要のない装備ではあるが、ノルン達を通してダイブする際にはこのヘッドギアを経由して行われる事となる。世界でもこの方式が一般的とされている。医療になどにも転用され、ISコアへのコア・ダイブは様々な形で利用されている。

 

 

「それでは皆さん、リラックスしてください。あちらに滞在出来るは今より3時間と致します。ダイブアウトの30分前にはご連絡いたしますのでご了承を。皆様に良い出会いがある事をお祈りしています」

 

 

 言われるままに楓はベッドチェアに身を預けて、息を吐き出して力を抜く。ヴェルダンディが何かの合図を告げた瞬間、楓の意識は不思議な感覚に飲まれていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 不思議な感覚が消え去り、楓はゆっくりと目を開いた。まず目に広がったのは青い空、そして遠くに見える青い海。その手前にはビルが乱立する街の景色が見える。まるで現実世界と変わらない光景に、ここが“共有領域”だとは到底信じられないだろう。

 以前、来た時と景色がまるで違うのはIS達の進化に合わせて街並みも絶えず変化しているからだろう。イメージが全てと言っても過言ではない世界だからこそ、一定に留まらないのがこの世界の特徴なのだから。

 楓の周囲には、楓以外の生徒達の姿が見られた。ざわつきが聞こえるのは“共有領域”に入る事が初体験の人が多い為だろう。まるで変わらない街並みに戸惑っているのか、それとも興奮しているのか、ざわつきが収まる気配はない。

 皆のざわめきが止まったのはぱーん、とクラッカーの音が鳴り響いたからだ。何事かと皆の視線が釣られると、そこには少女達の団体が手にクラッカーを持って、満面の笑みを浮かべていたからだ。

 

 

『IS学園の生徒の皆さん、いらっしゃーい!』

 

 

 口々に告げる少女達はわらわらと思い思いに生徒達に寄っていく。中には人懐っこく一目見て気に入った人に抱きつく少女や、マイペースに環に混じっていく少女達など、その姿は様々だ。

 あぁ、懐かしい光景だと楓は少女達を見守る。この子達は全員がISだ。一見、人に見えるものの、ISである証の機械的なパーツが耳についていたり、背についていたりと特徴が見える。

 ここにいるのは恐らくパートナーを得る権利を取得した、教育が終了したIS達なのだろう。IS達は共通して好奇心が旺盛だ。人と触れ合う機会を逃さない、と言うように積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿には、相変わらずパワーを感じる。

 

 

「きゃー! 可愛いー!」

 

 

 IS学園の生徒達もそんなIS達の無邪気な姿に笑みを隠しきれない。総じて、ここにいるIS達の外見年齢は10歳前後辺りだろうか。その子供達が無邪気に寄り添ってくるものだから、子供好きな人には溜まらないだろう。

 中には戸惑っているような者達もいるようだが、逆にそんな人たちには大人しいIS達や年長者と思わしきIS達が咎めて謝っている等と、なかなかに状況が混迷としている。そうしているとくいくい、と腕の裾を引かれて楓は視線を落とした。

 気付けば自分の腕を引いているISがいた。くりくりとした目で楓を見つめていたが、ぱぁあ、と表情を輝かせて、大きな声で叫んだ。

 

 

「楓お嬢様だぁっ!!」

『えぇぇえっ!?』

 

 

 IS達が叫びが一気に合唱される。わらわらと生徒達に向かっていたIS達の全員の視線が楓へと集中する。楓は視線が一気に集まった事で身を硬直させた。不味い、と楓は掴まれていた袖を振りほどき、一気に駆け出した。

 途端に一部のIS達が楓を追いかけようと走り出した。楓はそれを僅かに後ろを振り返って確認して、全力で逃げ出す。あれに捕まったらもみくちゃにされる事は間違いないだろう、と。

 

 

「流石に、それはごめんだよ!」

 

 

 楓は手すりを飛び越えるようにジャンプする。手すりの先には階段があって、楓は滑るように手すりに足を乗っけて滑るように降りていく。バランスを崩しかけた所で跳躍し、空中で身を捻るようにして回転し、華麗に着地。そしてそのまま飛び跳ねるようにして駆け出してしまう。

 まるで風のように走り去ってしまった楓。IS達は既に追いつけない程に距離が離れてしまった楓に残念そうな声をあげている。一緒になって追いかけてきた一部の生徒は、楓の一瞬の逃走劇を見て小さく呟いた。

 

 

「……楓さん、意外と凄かったりする?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、楓が逃げた先は街を模した区画になるのであったが、ここでも楓は全力疾走をしていた。彼女の後ろには同じく全力疾走で楓を追いかけている少女達の姿がある。

 彼女たちが纏っている服は様々で、和服であったり、軍服であったり、スーツ姿、メイド服姿と、いっそどこかのコスプレ会場にでも迷い込んだかとも思うのだが、個々の趣味であったり、所属している団体を示す為に着ているのだ。

 そんな各々特徴的な少女達が必死の形相で楓を追いかけている。IS達といえど“共有領域”では人と同じように生活するよう、制限をかけられている為に飛ぶ事などは出来やしない。出来てもそれは非常時のみ。

 故に己の足で楓を追いかけ回しているのだ。肩をぶつけあって我先にと楓を捕まえようとしている様は必死で、互いに睨み合っていたりもする。

 

 

「楓お嬢様を捕まえろー!!」

「最高級のお持て成しをするのよ!! 他の誰かに捕まるよりも早く!!」

「楓様、パートナー候補ならウチにもたくさんいますよー! だからウチに寄っていきましょ? ね? ね?」

 

 

 相変わらず皆は元気だなぁ、と思いながらも全力で追いかけてこないで欲しい、と楓は走りながら思う。IS達にとって楓は憧れの的である。なにせ創造主たる“篠ノ之 束”の娘なのだ。

 3年前まで度々、“共有領域”に訪れていた楓を猫かわいがりしているIS達からすれば、もう目に入れても痛くないと言わんばかりだ。そして今、彼女はIS学園の生徒としてここに来ている。それはつまり“パートナー選び”を兼ねているという事でもある。

 

 

「3年前は“契約”は禁じられてからアプローチ出来なかったけれども!」

「IS学園の生徒としてここにいる以上、その枷は外されました!!」

「お嬢様ー! 神妙にお縄についてくださいー!!」

 

 

 楓は親の方針から特別扱いする事がないように厳命されていた。更には中学校に進学するのと同時にISに関わる機会もめっきり減り、普通である事を望まれた彼女にパートナーなんて特別な存在が用意される訳でもなく。

 誰にも等しくチャンスがある。そして楓を引き込むという事はIS達にとっても大きなネームバリューとなる。様々な思惑が絡み合い、こうして楓が追跡されるという現実が生まれてしまった訳である。

 

 

「ちょ、ちょっと皆、目が怖いって!! そんなんじゃ捕まるに捕まれないよー!!」

 

 

 3年という月日と、今までにこやかに接してくれていたIS達がこうも血走った目で追いかけてくるなど想像もしてなかった楓はただ逃げまどう事しか出来ない。

 よく考えれば、と楓は思い出す。かつてよく“共有領域”に遊びに来てた頃、皆、にこやかな笑みを浮かべながら喧嘩してた事もあった、と楓は過去を振り返る。

 その当時は、仲がよい証拠、と言っていたが、完全に誤魔化していた事に今更ながら気付く。あの頃から争いがあったのか、なんて思っても何の慰めにもなりやしない。

 これじゃあ現実世界よりも性質が悪い、と楓は叫びたくなった。捕まったら楽になれるかもしれないが、待っているのは恐らく熱烈なアプローチと勧誘だろう。嬉しいのは嬉しいのだが、少し皆の愛が重たい。

 

 

「楓お嬢様! ここは行き止まりですよぉっ!?」

「っ!? 回り込まれた!?」

 

 

 思わず足を止めるも、前後から迫ってくるIS達に楓は目を白黒とさせる。どうしよう、とあわあわと楓が行き場を探していると、ふと、楓の頭上に影が見えた。

 楓が慌てて顔を上げると、上空から落下してくる影が2つ。楓の前後を挟み込むかのように着地した2つの影は勢いよく立ち上がって、迫り来るIS達を牽制するように睨み上げる。

 1人は金髪の髪を一本に結んで、淡いオレンジ色のサマードレスを纏った少女。中性的な表情を凛々しく引き締めている。もう1人の少女もまた金髪だが、渦を巻くようにカールがかかっている。ふわり、とボリュームのある髪を掻き上げる様はまるで女王様のようだと思える。身に纏う青いドレスもその印象を際立たせている。

 楓は二人の姿を知っていた。自分を庇う二人の姿に隠しきれない笑みを浮かべて楓は二人の名を叫んだ。

 

 

「アンフィニィ! マリー!」

「アンフィニィ様!?」

「マリー様まで!?」

 

 

 楓へと押し寄せようとしたIS達は不味い、という表情を浮かべて一斉に足を止めた。楓に名前を呼ばれた二人、アンフィニィは楓を見て微笑み、マリーは不敵に笑ってみせる。

 

 

「……さて? 皆様? これは一体何の騒ぎでしょうか?」

 

 

 マリーの凜とした声が辺りに響く。たじろぐようにIS達が身を引いてしまう。放たれる威圧感は並ではない。

 

 

「まさか……僕達の姫に迷惑をかけてたとか、そんな訳じゃないよね?」

 

 

 ニコニコと笑っているアンフィニィだが、逆にそれが恐ろしい。彼女から漂う気配が明らかに不穏であるのだから致し方在るまい。

 

 

「え、えと……これは……」

「……まったく。若い世代はこれだから困りますわ。もっと淑女として恥ずかしくない振る舞いを心掛けなさい。今日の所は、姫は私達で預かります」

「えぇ! そんな横暴な!!」

「いっつも独占するじゃないですかー! ずるいー!」

「私達も楓様とお話したいし、契約して貰いたいー!」

 

 

 マリーが呆れたように告げると、周りから抗議の声が殺到する。マリーが眉を寄せるも、彼女たちを黙らせたのはアンフィニィだった。にっこりと笑みを浮かべたまま、彼女は優しい声色で言い放った。

 

 

「だからって、こんな拉致紛いの事して良いのかな?」

「……そ、それは……」

「君達の気持ちもわからなくもないけど、ここは姫が自分から行きたい、と願うように振る舞ってこそ、お話が出来るんじゃないかな? 更に契約なんて望むなら以ての外だと思うけど?」

 

 

 周りのIS達はぐぅの音も出ない、と言うように黙り込んでしまった。これでようやく騒ぎが収まりそうだと、楓はほっ、と一息を吐くのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「本当に申し訳ありません。姫。皆、貴方を思っての事なんです!」

「だから嫌わないであげて? 本当、強く言い聞かせて置くから!」

「あ、あの、マリーも、アンフィニィも顔を上げて? 楓さんは怒ったりしてないから」

 

 

 楓は目の前で跪くマリーとアンフィニィに気まずげに言葉を返す。あれから場の騒動は二人によって収められ、解散していくIS達を見送った。そして楓が二人に連れてこられたのはビルの一室の、しかも最上級フロアだった。

 そしてここはフランスとイギリスのISメーカー、“デュノア”と“オルコット”の共有領域である事を楓は知っている。そしてここに入る事が出来る目の前の二人の事も良く知っている。

 アンフィニィとマリー。二人は楓の父親と共にIS学園で学んだ学友達のパートナーだったのだ。年を経て、今はそれぞれ自国のIS開発に協力している。

 アンフィニィの正式な名前は“ラファール・アンフィニィ”。かつてフランス代表を務めたデュノア社の社長、シャルロット・デュノアの愛機であり、今は社長の秘書として、IS側のデュノア代表として活躍している。

 マリーは、正確にはローズマリー。元々は“ブルー・ティアーズType.R”という名称であったのだが、彼女がマスターと仰ぐかつてのイギリス代表にして“オルコット・カンパニー”が社長、セシリア・オルコットによって名を授けられた。

 アンフィニィと似たような立場であり、会社同士が提携を結んでいる事から一緒に行動している事が多い。

 これが楓が知る二人の情報。そして彼女たちからも昔から可愛がられていた。姫、という名称はその名残だ。昔からそう呼ばれるのは嫌だったのだが、二人が頑なに譲らなかったのでその愛称を甘んじて受け入れている。

 

 

「二人とも、3年振りだね。シャルロットさんとセシリアさんは元気?」

「シャルは元気にやってるよ。姫に会えず、残念がってたよ」

「それにしても、姫がIS学園に入学とは……月日が経つのは早いものです。今度、篠ノ之神社の方に入学祝いを贈らせて頂きますわ。フロンティアに送ると色々と迷惑でしょうから」

「そんなの別に良いよ。こうしてお祝いの言葉を貰えただけで満足だよ」

 

 

 セシリアさんが送ってくるものは高価で派手だから気後れしちゃうんだよな、と内心呟きつつ、楓はやんわりと贈り物を断ろうとする。どこか不満そうな表情を浮かべたマリーだったが、一息を吐いて話題を打ち切った。

 

 

「本当であればゆっくりお話したい所ではありますが……私たちも仕事がある身ですので」

「姫もパートナーを探しに来たんでしょ? ……今日の調子だと、ちょっと難しそうだけど」

「あははは……」

 

 

 誤魔化すように楓が笑って返す。確かに今日の調子を見ていればパートナー探しが難航しそうだと楓は思った。思われる事は嬉しいが、それだけではやはりパートナーは選べないな、と。

 やはりどこ言っても特別なのは変わらないか、と楓は肩を竦めてみせる。その様子にアンフィニィとマリーは眉を寄せてしまう。

 

 

「そう言えばまだあそこあるんでしょ? 自然公園」

「え、えぇ。前よりも規模が広がってますよ」

「そうなんだ。じゃあ、そこ行ってみるよ。時間いっぱいまでそこでのんびり時間を潰そうかな。皆の邪魔にはなりたくないから」

「……そっか。また遊びにおいで、姫。僕たちは暫くこっちにいる予定だから」

「うん。またね、アンフィニィ、マリー」

 

 

 ひらひら、と手を振って部屋を後にしていく楓を見送る。何度かここに入ったことがある楓なら案内を付けずとも外には出られるだろう。逆に案内を付けようとすれば嫌がられるだろう、と察してマリーは何も言わずに見送る。

 ふと、マリーはアンフィニィが表情を暗くしている事に気付く。ふぅ、と吐き出した吐息が重たく部屋に広がっていく。

 

 

「……アン。あまり気にしても仕様がありませんわ」

「うん……。ねぇ、マリー」

「何ですか?」

「マリーは……ハルさん達の選択をどう思う?」

「……その問答はタブーの筈ですが?」

「でも! ……今日の姫の姿を見てたら、本当にこれで良かったのかなんて考えるんだ。姫はもっと特別に扱われてた方が幸せだったんじゃないか、って」

「それを決めるのは私達ではないでしょう? アン」

 

 

 窘めるように言うマリーの表情もどこか暗く、しかしはっきりとした意思を持った目でアンフィニィを見返す。

 

 

「それに致し方ない事だったのです。……私たちの落ち度でもあります。“亡霊”を刈り損ねた私達の、ね」

「……うん」

「今は為すべき事を為しましょう。姫は自らの道を選び、歩んでいます。その選択を穢す事は誰にも許されない。なればこそ、見守りましょう。遠く月の地にて新天地を開拓せし彼等に代わって」

 

 

 マリーの言葉にアンフィニィは静かに頷いた。言いようのない感情を胸の中に押し留めるようにしながら、ただ、自らの道を歩む事を選択した愛し子の未来に幸があらん事を祈りながら。

 

 

 

 


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