大空に咲くアルストロメリア   作:駄文書きの道化

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Scene:06

 “共有領域<ターミナル・スフィア>”は言ってしまえば電脳世界である。故にイメージこそが全てでもあり、この世界に限りというものは存在しない。情報がある限り、そして再現出来うる限り、世界は無限に広がっていく。

 情報によって左右される世界は現実世界よりも移り変わりが激しい。その中でもゆっくりと発展している区画もある。それが楓の向かった自然公園の区画である。

 生命とは何か。ISとは本来、機械であり生命を持たない物だ。人と歩む以上、必ずぶつかる問題を生命を育む事を通して学ぼうと用意されたのが自然公園の区画。IS達によって育まれている自然公園は今も、現実世界で送られた草花のデータを下に発展を遂げている。

 季節も外界に、正確には日本の気候に合わせている。完全に一致という訳ではないが、四季折々に変化する事と、やはり“共有領域”を作った際にモデルとなったIS達が日本で育ったIS達であるからして、それは致し方ない事なのだろう。

 さて、今の季節は春真っ盛りである。自然公園も色とりどりの春の花が咲き乱れている。景観も美しい自然公園に足を踏み入れた楓は笑みを浮かべた。

 

 

「わぁ、3年前よりも大きくなったなぁ」

 

 

 見渡すように額に手を当てて、楓は言う。見たところ、IS達の姿は見受けられない。自然公園は騒ぐような場所でもないし、何より自然公園というのはIS達にとってある種、特別な空間だからである。

 ISは肉体を破壊されても、コアが無事であればこうして電脳空間で意識を保つ事も出来る。新たに肉体を得て、現実に舞い戻る事さえ出来る。言ってしまえば死ににくい存在だ。それに比べればISと共に歩む人類は年老いて、やがていつかは生命の終着点である死を迎える。

 それを生命の育成を通して実感させられる自然公園は美しさで目を楽しませるのと同時に、IS達にとって避けようのない問題を突き付けられる地でもある。老いる事が出来ないISと老いる人と。いつか必ず迎える事になる永遠の別れ。

 コアごと“初期化”をかけて“擬似的”ではあるが、死ぬ事も出来る。だが、これは推奨はされていないし、実行する者もいない。むしろIS達にとって自らの“死”は忌避されるものだからだ。

 ISコアにとって蓄積された情報とは宝にして全てでもある。次代のコアに情報を継承させる事ことが役目だと、今も現代で活躍するIS達は次代のIS達に伝えているという。

 故に、自然公園は一種の聖域としてIS達には扱われている。生命が生まれ、受け継がれ、そして朽ちてゆく。季節が巡って再び芽吹くを繰り返す生命の姿にIS達は何を思うのかなど、楓には推し量る事は出来ない。

 

 

「……綺麗だな」

 

 

 楓も自然公園をのんびりと歩きながら呟いた。季節折々の変化には楓も思う所がある。楓は目を閉じて、過去の回想へと意識を傾けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それは両親がまだ地球にいた頃の話だ。中学校に進学した1年、楓は家族と実家である篠ノ之神社で暮らしていた。今まで仕事の関係で定住する事はなく、ISコア搭載型船“高天原”で生活していた楓にとって最も輝いていた1年だと言える。

 学校という初めての環境に緊張する楓を前にして、父は穏やかな笑みを浮かべて告げた。

 

 

『たくさん学んで欲しい事があるんだ。楓には、それを感じ取って欲しいんだ』

 

 

 父はそう言って楓の頭を撫でてくれた。楓が学校で経験した事を逐一語ると、心の底から喜んで、驚いて、笑って話を聞いてくれた。それが嬉しくて色んな経験をしようと、学ぼうと楓は積極的に日々を過ごしていた。

 決して楽だったとは言えない。やはり両親の名はどこに行っても楓に色眼鏡をかけてしまう。それでも、数は少なくとも友達と言える関係が出来たのは何よりだった。学校の生活は新鮮で、語る事は尽きなかった。

 時折、仕事の手を止めて母も嬉しそうに話を聞いて、笑ってくれる事が何よりも幸せだった。そんな母の仕事が休みの時は、三人でお弁当を作って近くの自然公園にピクニックに行くのが楽しみだった。

 

 

『楓は、この世界が楽しい?』

 

 

 事あるごとに母は楓にそう問いかけてた。心の底から楽しんでいた楓は満面の笑みで返すのだ。世界は楽しいよ、と。そうすると母も嬉しそうに微笑む。すると母は悪戯っぽく表情を変えて楓を抱きしめて告げるのだ。

 

 

『楓はまだまだ知らない事でいっぱいだよ。世界は、もっと美しい事で溢れてるよ。悲しい事も、苦しい事も、同じぐらいにいっぱいあるけど。楓も出会えると良いね。世界が綺麗だね、って言い合える人が出来たら』

 

 

 その時、父と母に僅かに陰りの色があった事に今更ながら気付く。あぁ、父と母は知っていたんだろう。そしてもうこの時には覚悟していたのだろう、と。

 そうして春が過ぎていった。夏は暑い日差しにうんざりしながらも、そんな憂いを吹き飛ばすぐらいに夏休みを遊び倒した。両親と共に海を見に行った時の事をよく覚えている。知っていた筈なのに、改めて海が塩辛いんだと知って、また1つ、また1つと思い出が増えていった。

 そして季節は巡る。夏が終われば秋になった。鮮やかに彩る紅葉の光景に目を奪われていると、父が楓の頭を撫でて言うのだ。

 

 

『紅葉はね、楓の名前なんだよ』

『え?』

『楓の名前にはね、色んな意味を籠めているんだ。君にそう育って欲しい、って、楓の花の名前を君に贈った』

『私の名前はどんな意味があるの!?』

『節制と、遠慮と、自制心、かな?』

『……難しい言葉はわからない』

『あははは。そうだね……君が普通に、人に遠慮する程、優しくあれるように。そして未来を思い描けるような、強い心を持つ子に育って欲しい』

 

 

 そして、と。楓を優しく包み込むように抱きかかえて父は言うのだ。

 

 

『そうして君が出会う人が、君の歩む世界が、美しい変化と共にあって欲しい。季節折々で姿を変える楓のように。そしてそれがいつか――君にとって掛け替えのない大切な思い出になりますように』

『素敵な名前なんだね!』

『あぁ。君は……本当に素敵な子なんだよ。楓』

 

 

 この時、そう告げる父はどんな心境だったんだろうか。この後、楓に重大な選択を迫らなければならないと覚悟を決めていただろう父は。今でも、楓にはわからない。ただ酷く苦しんでいたのだろう、と思う。

 冬が来る少し前、楓は告げられた。両親から大事な話がある、と呼ばれた先で、二人はとても真剣な顔をしていて、普段は一緒にいない、姉のように慕っていた他の家族の姿もあった。

 久しぶりに揃った家族が皆、神妙な顔で待ちかまえていた時、嫌な予感が駆けめぐって逃げ出したくなった。それでも楓は部屋に踏み入って話を聞く事にしたのだ。……聞いてしまったのだ。

 

 

『……月の開拓?』

『うん。ロップイヤーズが主導による月の開拓計画。……僕等は、このまま行けば計画を決行する事になる。何しろ、僕等の発案で、ずっと僕等の夢だったんだ。他にも理由はあるんだけどね』

 

 

 何度も語られた夢だ。知らない筈がない。その為に母が研究を重ねていた事は知っていたし、父も、家族の皆が協力していた事を楓は知っていた。

 だけど宇宙なんてまだ先だと勝手に思っていた。何も知らなかったから。父と母はずっと傍にいてくれたから。

 

 

『楓、僕は……君を連れて行きたくはない』

『……なんで?』

『君を連れて行けば、君は学校に通えなくなる。ずっと僕等といるしかする事がなくなる。この世界から強制的に離してしまう事になる。僕は、そんな生活を楓には強要出来ない。……だから楓。君に選んで欲しい』

 

 

 ――ここに残るか、僕等に諦めさせるか。

 

 

 告げられた言葉の意味がわからず、楓は信じられないという表情で家族の皆を見た。何かを言いたげな表情で、しかし父の鋭い視線を受けて言葉を発しない皆の姿に、言いようもない不安が胸を襲った。

 

 

『……今なら、まだ僕等は計画を止める事が出来る。けど、僕は止めたくはない』

『……どうして?』

『……理由は色々ある。けれど、楓には話せない』

『なんで!? わからないよ!! お父さんが何を言ってるのかわからない!!』

『色々考えたんだ。“共有領域”を通じて君に学ばせる事だって出来た。でも……どうしても紛い物でしかないんだ。生命はこの世界で生きているからこそ、価値がある。それを知らないまま、楓が生きていく事を僕は許せなかった。僕の為に、君の人生を潰したくはなかった……!』

 

 

 苦しげに言葉を発する父は震えていて、今にも泣きそうで。そんな姿を見たことが無かった楓は戸惑った事をよく覚えている。

 

 

『計画を遅らせる事が出来たら良かった。けど……けど、世界が許してくれない。失いたくない物が増えたんだ。全部護る為には、僕等はどうしても月に行かなくちゃならない』

『……わからないよ……!』

『僕は、酷い事を言っている。正直、親として最低だ。でも必要な事だと思ったから、僕は楓に知って貰ったんだ。そして僕は君に選べって言うんだ。本当は、強引にでも楓を夢に巻き込むか、夢を諦める事が正しいんだと思う。でも、僕は僕の望みも捨てたくないし、楓の望みの幅も狭めたくはなかった。……そもそも、選択肢を用意した事が残酷なのかもしれない。それでも、選んで貰おう、って決めた。――楓はどうしたい?』

『……っ……! ……言えないよ……! 言える訳ないよ!! 諦めてなんて、言えないよぉっ!!』

 

 

 ずっと夢だと語っていた。その為に頑張っている家族の姿を見てきたのに、自分が諦めさせるだなんて、そんなの選べる訳がない。でもそしたら、待っているのは別離しかない。

 なんて理不尽なのだろうか、と父を睨み付ける。何も言ってくれない母親も、家族も睨み付ける。父の言う通り、残酷だ。学べ、と言ったのは父なのに、学べなくなるか、家族と離れるかを選べだなんて、あんまりだと。

 

 

『っ、楓……!』

『束ッ!!』

『……ッ』

『……僕に任せる。そう、約束したでしょ? 君は何も言うな』

『ハル……!』

『……何も言うな。僕の決定だ。僕に従うと決めた筈だ。だから何も言うな……! これは僕の我が儘だ……!!』

 

 

 血を吐くような叫び声を上げる父に、何も言えずに視線を落とした家族に何も言えなくなる。父はただ、表情を押し殺した顔で楓へと向き合う。

 

 

 

『――悪いのは僕だ。だから怨むなら僕を怨んでくれ』

 

 

 この後、楓は泣き喚いて、暴れて、果てには二度と顔を見せるな、と言って部屋を後にした。父親の事を憎みすらした。でも、結局憎みきれなくて、後悔して、楓は荒れた。学校にも行かなくなった。

 家族の誰もが篠ノ之神社を離れて、顔を見せる事は本当になくなってしまった。そして自分の言葉を後悔して塞ぎ込んだ。心配して声をかけてくれた叔母の箒すらも拒絶して、ずっと部屋で泣いていた。

 そんな時、話を聞きつけた鈴夏がやってきたのは、自分が一番荒れていた時だったと楓は振り返る。楓の状態を見た鈴夏は絶句して、今にもハル達の所に殴り込みをしかねない勢いで捲し立てた。

 

 

『好きなら一緒にいるべきでしょ!? 子供を護らない親なんて最低じゃないッ!!』

 

 

 鈴夏の言葉に、頭に血が上った。鈴夏の言葉を認めてしまったら、自分の親が最低な親で、自分は護られもしない子なんだと認めてしまうと思ったから。

 だから喧嘩した。その時に鈴夏に投げかけた言葉を今でも後悔してる。箒が割り込まなかったら鈴夏に一生ものの傷をつけていた可能性だってあった。

 

 

『楓。姉さん達は何故、お前に学校という世界を見せた? 何の為だと思う? 全部、お前の為なんだよ、楓。……怨むな、憎むな、とは言わない。その意味を酌み取れ、というのも酷な話だろう。私も正しいかどうかと言われればわからない。

 ……結局、話す事が出来ない私達に責がある。だが、姉さんは、ハルは、間違いなくお前を愛してる。愛してるからこそ、私にお前を預けたんだ』

 

 

 喧嘩を止めて、箒は静かに楓に語りかけた。語られる事は多くない、と言う箒は自分たちの知らない事情を知っているようだった。

 

 

『アイツはもうこれ以上、何も失いたくなくて足掻いてるんだ。だからアイツは苦しんで、苦しんだ上で答えを出したんだ。どうかそれだけでもわかってやってくれ。……頼む』

 

 

 あの箒が、強くて気高い叔母が涙を流してまで頭を下げた事は、楓にとっては大きな驚きだった。本当に楓は箒には感謝をしている。彼女がいなければ、旅立ちの日、見送りに行く事なんて出来なかった。

 父は何も言う事はなかった。ただ感情を押し殺したような顔で向き合っていた。ただ、そんな父に、箒の後押しもあって楓は告げる事が出来た。

 

 

 ――『いってらっしゃい』 と 『追いかけてみせる』

 

 

 父は無言で、ただ驚いたような表情を浮かべた。そして最後には涙を流しながらも笑ってくれた。待っている、と。どうか元気で、と祈りの言葉を楓に残して。

 他の家族もまた涙を隠しきれない様子で、長い別離を惜しむように楓を抱きしめた。そうして空に昇っていく船を、箒と一緒に見上げ続けた。その姿が見えなくなるまで、ただずっと。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 過去の回想から戻ってくると、楓の頬には涙が伝っていた。手で頬の涙を拭って、楓はきゅっ、と唇を噛みしめた。

 

 

「……駄目だなぁ、こんなんじゃ。何やってるんだろうね、楓さんは」

 

 

 泣いたって追いつける訳じゃない。だから歯を食いしばって走らなければならない。あの日、何かを決めて前へ進む事を決めた父のように。だから心の中に悲しみは押し込める。そうすれば走り続けられる。

 しがらみが重たくとも、前に進んでいる実感が得られなくても、ただ、ただ前へ。そうしなければ追いつけない。月だなんて手が届かない程に遠くて、足を止めたら届きそうに思えないから。

 気晴らしをしよう、と楓は歩き出す。自然公園は次第に空が夕焼けへと染まっている。朱の光に照らされる自然公園をゆっくりと歩いていると、ふと、楓はその姿を目にした。

 

 

「――」

 

 

 朱の光に照らされた影は少女だった。ぼんやりと自然公園を見渡すように視線を送っている。風が吹けば、僅かに髪が揺れる。長く伸びた黒髪、無造作に伸ばされた髪は風に流れて宙を泳ぐ。

 瞳も黒曜石のような漆黒の瞳。感情を映さない瞳は冷たく、けれど寂しそうに見えたのは気のせいなのだろうか。身に纏っている黒服がまるで喪服のように思えて、全体的に寂しさを感じさせる。

 

 

「……?」

 

 

 少女が楓に気付いたように振り返る。その顔を見て楓は妙な既視感を得る。思わず口から零れた言葉は、風に乗って少女に届く。

 

 

「……お父さん?」

「……私は、女だが?」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 

 聞こえちゃってたか、と楓はすぐさま頭を下げた。しかし少女からの反応はない。楓が顔を上げてみると、少女は楓から視線を外していて、再び自然公園へと視線を送っていた。

 彼女の目の前に広がっているのは一面の菜の花畑。どこまでも続く黄色の丘が朱の光に照らされているのが楓にも見える。まるで燃えているように見える光景に楓は目を奪われる。

 

 

「綺麗だね、ここ」

「……そうだな。花は美しいものだ」

 

 

 彼女と話していると楓は父親というよりも、また別の人の印象を受けた。色が真逆だったからまったく気付かなかったが、彼女は楓の知るあの人によく似ている、と。

 

 

「あの、貴方は“白式”を知ってる?」

「知らない筈がないだろう? “始まりの三機”が内の一機。そして貴方の事も、な。篠ノ之 楓様」

「私を知っててその反応なんだ。なんか珍しい。えと、白式を知ってるかどうか聞いたのは、貴方と白式が似てる、って思ったからなんだ」

「そうか。……そうだとしても私には理由はわからない」

「? どうして」

「貴方には“印持ち”と言えば通じるか?」

「……! あ、その……ごめん」

 

 

 “印持ち”という言葉に楓は目を丸くして、しかしすぐに申し訳なさそうに頭を下げた。IS達の印持ちというのは“コアを初期化した経験を持つコア”を示している。

 一度得た名も、経験も。全てを捨てたISには印が押される。故に“印持ち”。IS達からはあまり好まれてはいない。経緯は伏せられているが、かつて罪を犯した為に初期化をかけられたと疑いも持たれるからだ。

 条約によって過度の兵器転用や、意識誘導を行われたISや、法を破って犯罪を犯したISは“共有領域”への長期間拘束や再教育を受ける場合がある。だが、それでも改善出来ぬ場合となればコアの初期化というIS達にとって忌避すべき“死”が待っている。

 彼女も何かしらの経緯があって“初期化”を経験したコアなのだろう、と。触れてはいけない事に触れてしまい、楓は表情を暗くさせてしまう。

 

 

「良い。……初期化して、いっそ姿形もリセットされれば良かったんだがな。一度染みついたイメージというのはなかなか消えない」

「……それがとても大切な物だったからじゃないかな? 初期化される前の貴方にとって」

「どうだかな。好んで有名人の顔を真似ようだなんて、大層な奴だと思うがな」

 

 

 ふん、と鼻を鳴らす姿はかつての自分を嘲笑っているようで、決して愉快な感情は感じ取れない。“印持ち”がその名から解放されるには新たな名を授からなければならない。しかし名を得るということは国に帰属するか、パートナーを得るかしなければならない。

 それなのに、彼女はどうしてこんな所にいるのだろうか、と楓は疑問に思った。IS達にも一種の聖域であり、普通、人も好んでは来ないだろう自然公園に。

 

 

「ねぇ、少しお話しない?」

「構わないが、貴方はパートナーを探しに来たのでは? その制服はIS学園のものだろう?」

「ちょっとお祭りみたいになっちゃってね。今日は無理かな、って」

「そうか。貴方は愛されているからな」

 

 

 ふっ、と微笑む表情に楓は目を丸くする。似たような顔の人がたくさんいる為、どうにもこの少女の姿が知り合いと重なってしまう。今のはまるで叔母の千冬に似ていたな、と。

 

 

「貴方は大変そうだね。その顔だと、色んな有名な人にそっくりだから」

「貴方の父に、“ブリュンヒルデ”の千冬、“ラーズグリーズ”のマドカ、“始まりの三機”の白式。そして“織斑の護刀”の暮桜か。こうして名前を挙げれば多いものだ」

「そして、その大半が私の関係者っていう、ね」

「……貴方も苦労しているようだな」

「私は愛して貰ってるから大丈夫。……貴方は良いの? ここにいて」

 

 

 楓の問いかけに少女は楓へと視線を向ける。黒曜石のような瞳が細められて、楓を見る目はどこか寂寥を感じさせる。まるで迷子の子供のように思える顔で彼女は口にした。

 

 

「……余りにも曰く付きだろう。“印持ち”で、多くの功績を持つ者達と同じ顔を持つ。誰かを模して作られたのか、それとも別の理由があるのか。それはわからないがな。まるで皆が私を腫れ物のように扱う。仕方ない話だがな。それでも良くしてくれる奴はいるし、不自由はしていない」

「……私は、貴方が寂しそうに見えるよ」

「事実、寂しいのだろうな。私にはパートナーを得るという未来が見えない。国に帰属しようとも思えないし、難しい話だろう。ならばここで花を眺めるのも悪くない、と思ってな」

 

 

 そうして楓から視線を外して視線を菜の花畑へと向ける。彼女の顔には隠しようのない慈しみの色が見えた。嬉しそうに微笑む姿は、心の底からこの光景を愛しているのだと伝わってくる。

 思わず楓は魅せられた。さぁ、と風が吹く。風に揺られた髪が風に舞って、ゆっくりと重力に従って落ちていく。

 

 

「……ねぇ」

「ん?」

「外で、本物のお花を育てたいとか思わない?」

「……それは考えたことも無かった。だが、とても魅力的な話だ。やはりここの自然は“紛い物”でしかない。都合良く生命のサイクルを終え、私達に生命の在り方を教えてくれるだけだ」

「それなら、それを貴方の夢にすれば良いんじゃないかな?」

 

 

 楓の言葉に少女は呆気取られたように目を見開いた。楓は呆気取られる少女を見て、どこか辛そうに笑みを浮かべる。

 

 

「悲しいことを言わないで。貴方には何もない訳じゃないのに、自分が何も持ってないなんて言い方は止めよう? 楓さんは、そういうのは見てて辛いな」

「……貴方は、優しいな」

「わからない。私は自分が優しいのかなんてわからないよ」

「優しいさ。私を思って、夢を気付かせてくれたのだろう? それは貴方が優しい証拠だよ」

 

 

 そういう夢も悪くない、と微笑む少女に、楓はただ視線を送る。自分の近しい者達と同じ顔をしているからか、それとも花を愛でる彼女の姿に何かを感じたのか。理由ははっきりしない。だが、楓は彼女に心惹かれていた。

 

 

「私が……」

「ん?」

「私が、貴方にパートナーになって欲しい、って言ったら……考えてくれる?」

 

 

 楓の問いかけに少女は驚いたように目を見開いた。だが、すぐに困ったような顔をして楓の顔を見る。

 

 

「……すまない。同情させるつもりで言った訳ではないんだ。私の事は気にしないでくれ」

「……何か勘違いしてない?」

「勘違い?」

「別に貴方に同情して、貴方を外に連れ出したいから、私が助けてやるー、なんて、そんな事は考えてないよ。……ただ、貴方と話して感じたんだ。貴方が良い、って」

「……それはどうして?」

「直感!」

 

 

 笑って告げる楓に、少女はただ呆気取られたようにぽかん、と口を開けている。そんな少女の顔を見ながら楓は続けた。

 

 

「私の名前にはね、意味があるの」

「意味?」

「美しい変化、四季折々で姿を変える楓のようにって、お父さんとお母さんが願ってつけてくれた名前なんだ。貴方はこの自然公園が好きだ、って言ってくれたでしょ? 私もここが好きなんだ。でもね! 外の自然はもっと好きだよ!」

 

 

 両腕を広げて楓は語る。思いを目一杯、少女に伝わるようにと声を大きくしながら。

 

 

「私はこの世界が好きなんだ。愛したいんだ。だって、両親が愛して欲しかった世界なんだから。貴方も、ここが好きなら世界を愛せる筈。だから貴方が良いって思ったんだ。一緒になって世界を愛せる、と思ったから。私と同じだと思ったから」

「私が、貴方と?」

「うん! それに、貴方は私が優しいって言ってくれた。私を見て、私にそう言ってくれた。貴方は“篠ノ之 束の娘”じゃなくて、私として見てくれた。だから貴方とならやっていける。そう思ったんだ」

「……貴方の言い分は、わかったが。……私は曰く付きだぞ?」

「知らないよ。私にとっては知らない親戚の子かな? 程度だよ、そんなの。誰かに似てたって、じゃあ貴方はなりたい貴方になれば良いんだよ! 私はそれを肯定してあげる!」

 

 

 少女の困惑を吹き飛ばすように、楓は笑う。少女との距離を詰めて、少女の手を取って楓は微笑む。

 

 

「だから、お願いします。私のパートナーになって頂けませんか?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「アンフィニィ様、マリー様、よろしいでしょうか?」

「あら? 何かしら?」

「何かあったの?」

 

 

 ここは楓が去った後の“デュノア”と“オルコット”の共有オフィス。そこで仕事を処理していた二人であったが、“オルコット”に所属する同僚のISが部屋に入ってきた事で首を傾げる。ちなみに、彼女の姿はOLのようにスーツ姿の女性だ。

 そこで改めてアンフィニィは部屋に入ってきた女性を見て気付く。どこか気まずげな、困惑したような表情を浮かべている事にだ。どうしたのだろうか、と首を傾げて、とりあえずは彼女の話を聞こうとする。

 

 

「えと、今、楓お嬢様がこちらに来ているのですが……」

「え? 姫が? 自然公園で時間を潰す、って言ってたのに……また何かトラブル? 自然公園でトラブルってなると、ちょっとお灸を据えないとだけど」

「い、いえ。トラブルという訳ではないのですが……その」

 

 

 ちらちらと、マリーへと視線を送る女性。それに気付いたマリーが怪しげに首を傾げる。

 

 

「どうかなさいましたの?」

「……その、楓お嬢様がパートナーとの適性チェックを申し出てまして……」

「あれ? 結局パートナー見つけたの? 姫」

「……それで何故私をちらちらと見るのですか?」

「……見せた方が早いでしょう。彼女がパートナーにしたいと連れてきたのはこの子です」

 

 

 空中に展開したコンソールを叩き、空間にディスプレイを表示する。そこに映し出されたプロフィールと顔写真を見て、アンフィニィとマリーは一気に顔色を変えた。

 マリーに至っては席を立った程だ。アンフィニィも口をぽかん、と開けてプロフィールを眺めている。

 

 

「え、えぇ? よりにもよってこの子なの!?」

「……そう言えば、あの子は普段から自然公園に足を運んでいましたね。まさか、これも運命と言うのでしょうか」

「初期化されてるから大丈夫だとは思うけど……」

「既に何度も確認し終えています。あの子は“亡霊”の呪縛より解放されてますわ。アン、貴方の心配は杞憂でしょう。……逆に好都合とも言えます。姫がこの子を選んだのは」

 

 

 アンフィニィにマリーは告げるものの、どこか驚きを隠しきれない表情のまま、マリーは眉間に指を添えた。この世の中に運命というものが本当に存在するならば、きっと運命とやらは悪戯好きなのだろう、と思う。

 

 

「……ですが念のため、適性チェックには私が立ち会いましょう。アン、貴方も来るのでしょう?」

「勿論。仕事も一段落だし、これも大事なお仕事だよね?」

「マ、マリー様達が自らですか?」

「元々、この子は私が預かっている子でしたから。アン、行きますわよ」

 

 

 席を立ってマリーは颯爽と歩き出す。背を追うようにアンフィニィが立ち上がって追いかけていく。驚きはしたものの、少し面白い事になってきた、とマリーは微笑みながら歩を進めていった。

 

 


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