異世界はネカマのおっさんと共に 作:斉藤 幸助
街に行く事を目標に定めた二人。
だが、彼等には重大な問題があった。
「おっさん。アンタも気づいて居ると思うが、ここは異世界ではあるが普通の異世界じゃない」
「ああ、ここはいわゆるゲームの中ってヤツだろ?
俺達の姿が、リアルの姿に変わる前と風景が同じだからな」
「加えて、変わったのは見た目だけで装備はゲームのまんまだ」
コンコンと黒い軽鎧を叩いてみたり、自分の首にぶら下がっている首飾りを手に取って、確認する二人。
「つまりだ。【ドラゴンライダー】である俺はドラゴンを呼び出して操る事が出来るかもしれない」
「そして、【賢者】である俺は魔法を扱えるようになっているかもしれないわけだ」
真剣な表情をしながら思案する二人。
その頭の中は異世界で活躍する自分自身の姿。
ヒロインとドラゴンに乗って、天空を駆ける自分。
魔法を使って、ヒロインと共にモンスターを粉砕する自分。
そして、自分の思い描いたヒロインと共にホテル街【ガンダーラ】へと、ハードボイルドな感じに消える自分。
「よ、よし!じゃあ、おじさんは魔法を使ってみようかな!!
モンスターが出てきたら、怖いけど戦わないといけないし!!」
「お、俺も!俺もドラゴンを召喚してみようかな!!モンスターが出てきたら困るし!!」
モンスターを言い訳にして、腐った現実を打ち破り、自分達の妄想を実現に変えられる力が宿っていると疑わない二人。
彼らはとても良い笑顔で、それぞれの固有の力を扱おうと試《こころ》みる。
その表情からは彼等が言うようなモンスターへの恐怖や戦闘に関する悲壮感などは、微塵も感じられない。
「いくぜ!!定番の【ファイヤーボール】!!」
「来い!!【召喚《サモン》】!!」
期待を胸に膨らませ、いい年をした二人の男が呪文を行使する。
カイトが叫んだ直後に現れる巨大な魔法陣。自分の中から何かが抜けていく様な感覚と共に、それはゆっくりと顕現した。
一軒家程の大きさを誇る巨躯に、最高位のドラゴンである証の白い鱗と頭部からは後ろへと真っすぐに伸びる角。
背中には蝙蝠を彷彿させる巨大な翼が生え、丸太の様に太い手足にはすべてを切り裂く鋭い爪があった。
ドラゴンはグルル……と小さく唸りながら、自分を呼び出したカイトを黄金の双眸で見つめていた。
そして、神々しいドラゴンと平凡な青年の隣では悲痛の表情を浮かべるおっさんの姿があった。
「もう一度!!【ファイヤーボール】!!」
足を軽く広げ、右手を付き出した状態の川口が苦痛と焦りを孕んだ声を上げながら、呪文を口にした。
そして、彼が叫んだ直後に右掌に出現した米粒程度の炎の塊。
マッチやライターの炎を彷彿とさせるそれは真っすぐと飛び始めると、すぐに風に吹かれて鎮火した。
川口はうぅ……えぐっ、と嗚咽混じりの声を出すと、炎が鎮火した場所を涙を流しながら見つめている。
カイトはしばらくの間、川口に声を掛ける事が出来なかった。
★
生きる屍の様になってしまった川口。彼の心はへし折れてしまったようだ。
街に行く目的も忘れ。何も映さない死んだ魚の様な瞳で、草原のど真ん中で体育座りをして動かない。
「へへへ……これは夢だ。きっと、夢に違いない。
だって、平凡なチェリーが成功して俺が失敗するはずがないだろ?
それともアレか?夜のお店で、卒業したのが駄目だったのか?
チェリーじゃないと魔法は発動しないのか?中途半端に卒業したからダメなのか?」
ブツブツとホラー映画に登場する化け物の様に闇に染まってく川口。
その姿にはカイトはもちろん、世界にその名を轟かせる【白き龍神】と呼ばれるドラゴンも引いていた。
特に、聴力が良いドラゴンには辛いのだろう。ドラゴンは召喚主であるカイトの頭を鼻先で軽く突いた。
「え?何?俺に何とかしろって?」
【ドラゴンライダー】のジョブによる恩恵のお陰なのだろうか?カイトはドラゴンの意思を表面上ではあるが理解する事が出来た。
ドラゴンと意思疎通が出来る事実は素直に嬉しい彼だったが、目の前で負の感情をオーラにして纏っている汚れたダー〇ベイダーの相手にするのは嫌だ。
(……いっそのこと、このまま見捨ててしまおうか?)
自分よりも年上である大の男が、いつまでもメソメソとして情けない姿を晒している光景にうんざりしてくるカイト。
最初は魔法が使えない事に同情していたが、今では怒りが湧いてくる。
メソメソしている川口を見捨てる事を視野に入れ始めた時。
彼等の近くで甲高い悲鳴が上がる。
「おい!今の悲鳴、聞こえなかったか!?」
「ああ?何の?俺の心の悲鳴だったら、さっきから凄い事になっているけど?」
「うん!おっさんに聞いた俺がバカだった!!」
役立たずの川口を無視して、カイトは悲鳴が聞こえた方角へと走り出す。
すると、草原地帯に存在する大きな街道があり、そこには小型のドラゴンに乗った沢山の人間に囲まれる複数の馬車の姿が目に映った。
「あれって、盗賊か!?」
装備品や乗ってドラゴンの特徴からゲームに出現する盗賊であると判断するカイト。
(本当にゲームを忠実に再現した様な世界だ……)
自分の力で扱える魔法とドラゴン。そして、草原地帯に現れる分かりやすい敵の姿と襲われ、悲鳴を上げながら助けを求める人々。
まさに、さっきまで彼が妄想していた舞台の一つだ。しかし、現実は妄想の様には行かなかった。
緊張で乾く喉と、硬直する体。所詮、現実ではこんなものである。
事件が目の前で起こっても、実際に動ける人間は少数だ。動けない者は自分に仕方がないと言い訳し、手に持ったスマホで現場を撮影する。
それが、少数ではない現代社会に生きる人間の姿である。
カイトはチラリと、自分の後ろを付いてきたドラゴンを見る。
レベルアップと進化・転生を繰り返し、バカげた火力と頑強な肉体を持った暴力の化身。
彼単体ならば、確実に敵を滅ぼす事が出来るだろう。
(……大丈夫なのか?【雷光《らいこう》】が幾ら強くても俺は紙装甲なんだぞ?
攻撃手段もなく、中堅クラスの戦闘職にやられる雑魚だ)
しかし、暴力の化身であるドラゴンはプレイヤーであるカイトが近くに居なくては戦えない。
襲われている人々を救う為には、相棒であるドラゴンの背に乗って戦わなくてはならないのだ。
(くそ、ふざけんなよ!!)
一人、また一人と盗賊に斬り捨てられる中で、カイトは屈んで待機してくれていたドラゴンの背にスルスルと上った。
雷光の首の付け根に設置された鐙の上に騎乗し、彼とドラゴンは空を駆ける。
「待って!!待ってぇぇぇぇええ!!悪かったから!!おじさんが悪かったから!!だから、おじさんを置いて行かないでぇ!!」
必死な形相で地上を走るおっさんを無視……。
「お願い!!何でもするから、おじさんを見捨てないでぇぇえええ!!」
しようかと思ったが、隙を作るのに使えるかもしれない。と考えたカイトは雷光の片手におっさんを鷲掴みにする。
「え!?ちょ、ちょっと待って!!マジで怖いんだけど!!おじさんも背中に乗せてくんない!?」
「何でもするって、言ったよな」
「え?」
反論は許さないと言わんばかりに睨み付けてくるカイトを見て、川口の背筋は凍った。
今日の攻撃魔法
【ファイヤーボール】
どのゲームでも登場する有名な魔法。
球体の炎を相手にぶつけると爆発して燃え上がるぞ!!