バグのはびこる世界にて〜デバッガー(物理)がゆく〜   作:原住民A

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1,プロローグ

――近づいて、くる。

熱を纏った朱色が視界を支配しながらも、その奇妙な感覚が俺を襲ってくる。

 "近づくな"

それを払拭しようと、喉を震わせて訴える。

 "嫌だ"

が、『ソイツ』には届かない。     

 "死にたくない"

前方から黒い靄に覆われた人型が姿を現し、

 "嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ"

俺目掛け、絶望を叩きつける様に、紅に塗れた 斧 を 振 り 下 ろ

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「――――ッ‼︎」

瞬間、ベッドから飛び起きる少年。

思い出したくもない記憶から目覚めたことで心臓の鼓動が落ち着くと共に、憎悪が心から湧き出てきた。

「……ツ、ノーツ?どうしたよ、随分と騒がしい目覚めじゃねーか」

と、ところどころ刃こぼれした陽気な短剣に話しかけられ、我に返る。

「……何でもない」

ややムッとした声色でノーツと呼ばれた12歳程の少年が会話を返す。無機物と会話するその行為は傍から見れば異様な光景だろうが、ノーツにとっては最早日常だ。今更疑問にも思わない。

「何だよ、冷てーなぁ。俺とお前の仲じゃねぇかよ、隠し事なんて良くねーぜ、相棒(バディ)?」

「うるさい」

「ったく、ツンツンしちまってよ。そういう冷たい態度ってのはお前よりももっと可愛げのある美少女ちゃんがやってくれないとなぁ?あーあ、どっかに俺の傷ついた鋼のボディを丁寧に研いでくれるボインなネーチャンでも」「ほんとに黙って?」

こんなやり取りも日常茶飯事だ。このやり取りに慣れてしまうというのもノーツには複雑だが。

……と、思い出したかの様に質問する短剣。

「……つーか、ここでの情報収集はうまくいってんのか?『バグ』どころか、モンスターすら一匹も出現してそうな雰囲気ねーけど」

「……」 返事が淀む。

二人は情報収集の為にこの村の宿に泊まっているのだが、未だ欲しがっている『バグ』に関する情報はほぼ無いに等しかったのだ。

 

 

この世界にいるモンスターは、主に5種に分類される。形や生息地、習性など実に様々だが、一つだけどんなモンスターにも共通することがある。

『自分からは人間を襲わない』点だ。

モンスター同士で縄張り争いなどは珍しい事でも無いが、人間に対しては、攻撃されない限りは攻撃することは絶対に無い。

……いや、()()()()、の方が正しいだろう。

 

三年程前から発生した半透明な小型のキューブ、『バグ』によって、その常識は崩された。

何もない空間に突如現れる大穴、通称〈セキュリティホール〉から出現するそれは、生物の内部へと入り込み、侵食する性質を持つ。

侵食された生物は凶暴化し、近くの生物を見境無く殺し回るようになるのだ。

 

 

ノーツは宿を出て次の村へと向かうために、必要最低限のものをウエストポーチへと押し込んでいた。

「お?なんだよ、有力な情報が無いってのにもう出るのか?」

「…無いから出るんだよ。こういう時は早めに見切りをつけて、別の所に行った方が良いし、それに」

そう言いながらノーツは、自分の軽くなった財布を持って、

「このまま何も収穫が無いと、次の村での宿代と食費がなくなる」と続けた。

「そんなん、野宿するだのモンスターの肉を食べるだの、幾らでも対策の仕様はあるじゃねーかよ?」

「…野宿は虫がいるし、モンスターの肉は硬くて不味い」

これだからオコサマは、と横から聞こえる声を無視して、ノーツは部屋を出て宿の女主人に話をつけた。

「有難う御座いました、お気をつけて」

笑ったような表情でそう言った女主人の言葉は、ノーツの胸にとても重く響いていた。

 

「…最後」

「ん?」

「最後に見えた宿の人の顔が、どっか哀しそうだった、って思ってよ」

村を出て、次の村へと歩を進めている中、ふと短剣が呟く。その言葉は誰に聞くでもなく、ただただ口にしただけのようだった。

「…あの人、1年前に旦那さんとその子供をバグに侵されたモンスターに殺されたんだって。あの村では結構有名な話らしい」

ノーツがそう話して少し経ってから、短剣は「…へー」とだけ返した。

この世界では『バグによって殺された』という話は珍しくはない。いつ仲の良い隣人が、恋人が、家族が、そして自分が殺されてもおかしくはないのだ。

その上、()()()人間は、バグに対する対抗手段はない。バグに侵食された生物には、同じくバグに侵食された生物しか接触することができないからだ。出会ってしまえば、無抵抗のまま惨殺されるしか選択肢はない。

「…………」

と、ふいにノーツの足が止まる。

急な行動に短剣が話しかけようとするが、遅れてその理由に気付き口を噤む。

 

「…警戒して」 

「了解、相棒(バディ)

 

腰の短剣を抜き、一気に空気が張り詰める。

直後、右側から強烈な殺意を感じたノーツは、その殺意ごと避けるように地面を蹴って身体を前方へと投げ出し、そのまま受け身を取る。

背中に少しの痛みを感じながらノーツが視線をやると、どうやら牛型のモンスターが勢いよく突進してきたようで、今はまた攻撃をしようと姿勢を低くして頭をこちらに向けている。

 

「――来るぞ!」

 

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