其の名は
小学生だった頃、進級して少し仲良くなった友達に誕生日は何時かと聞かれた時いつも曖昧に笑って誤魔化した。
俺には、シロウには過去が存在しない。僅かに残った人類の生き残りであった筈の両親はまだ俺が言葉も喋れなかった頃にコロニーの崩壊と共に宇宙の藻屑となり、そうして俺の過去は名前を残して皆炎に巻かれて燃え尽きた。
それを知った友人達は皆可哀想だというが、違う。本当に辛いのは過去が存在しないことではなく、過去を想起できないことだ。始めから無い物に執着は出来ない、ただ憧れて手を伸ばすことしか出来ない。届かないとわかっていても。
故に止まれない、全てを灰から拾い上げるまでは。
◆
「夢なら一秒でも早く醒めてくれないかな」
目を開けるとそこは一面の宇宙空間であった。いや、正確には体は非常用ポッドの中にあるが。
昨日特別何かをした訳ではないのだが、これは如何なるイタズラなのかと考える。何かそんなに彼女の気に障るような事をしただろうか、もしかして昨日夕食に嫌いなピーマンを入れたのが不味かっただろうかと。しかしそもそも彼女は俺が居なければ1日、2日は平気で飯を抜くようなヤツなので俺が三食作ってやっているのに何の文句があるのか。
朝食はどうしているのか、夜の間に干した洗濯を取り込まなければ今日は昼過ぎから天候が崩れる筈だが大丈夫だろうか。
こうして益体もない考えばかりしているのは許して欲しい。人間本当にどうしようもない時には一週回って冷静になることもあるものだから。大抵の事は己一人でなんとかできる自信があるが流石に踏みしめるものすらない広大な宇宙空間を飛んで家まで帰ろうとするのは無理がある。
「つまるところ手元のパネルで通信チャンネルを開き、恐らくキレ散らかしている彼女に連絡を取ることは確定事項になるという訳か」
下手を打てば明日の朝日を拝めないかもしれない。
「逃げたい、猛烈に逃げたい」
問題を遠くに投げ出し意味もなく現実から逃げ出す、そうしても都合よく何処かの宇宙船が通りかかりでもしない限りその未来はやって来ないのはわかっているのだが。そう都合よく何処かの宇宙船が通りかからなければ。
思考を巡らすこと五分、簡易レーダーが船影を捉えた。無限に等しい宇宙の中で船を見つけられたのは望外の幸運と言えた。
計器に表示された船の位置情報は右前方40°、速度300ノット、距離20km。補助ブースターを吹かせば丁度宇宙船の真っ正面に飛び出る形になる。相手方のレーダーにもこの非常用ポッドは写っているだろう、それ即ち拾って貰えるということである。
「これが日頃の行いってヤツだな、どっかの誰かとは違う」
パネルを操作し、通信チャンネルを繋げる。2コールの待機時間の後チャンネルが開かれた。
「此方は惑星ゼンジョー27t-8区画*1在住、シロウ、諸事情でポッドに詰め込まれて宇宙空間に放り出された。すまないが最寄りの星まで送って貰えないか?」
「シ、シロウ?いえ、此方は対ヴィラン組織
可愛らしい少女の声で相手が答える。話の通じる相手で良かった、もし彼らがあの黒髭ビンクス*2のような宇宙海賊だったら一戦事を構える必要もあったかもしれない。
二分もすると目視で船の構造を確認できる程度に距離が近づいてきた。お世辞にも素晴らしいとは言い難い船だ。
船体は昨今の主流であるボート型ではなくロケット型で、窓も超強化PMMA*3より遥かに旧式なガラスで出来ているように見える。正義のヒーローも資金不足には勝てないということだろうか。アルトリウムエンジンは積んでいるようだが性能的にはウチの高校の宇宙開発部とさして変わらないだろう。
そこまで考えてある問題に気がつく。
「今日の高校、どうするかな…」
自分が今宇宙のどの辺りに居るのかは全くもって定かでないが、母校であるコスモカルデア学園*4は安全保証の観点からワープ航法*5で直接入れないようにバリアを張っている。よって最寄り惑星から出る定期便に乗るか自前の船で乗り付ける他無いためどうしても登校に時間がかかるのである。
このまま向かっても1限に間に合わないどころか学園の門をくぐるのが2限の半ば過ぎになるのは予想に難くない。ついでに担任の
「シロウ、ハッチの乗り入れまで残り十秒を切りました。対ショック体勢をとってください。」
少女の指示に了解の意を返し腕を組んで乗り入れに備える。ここで対ショック体勢をとらなければいけない辺りやはり旧型の中古船かと考える。今時150万QPもあればそこそこ性能の良い船が買えるのに旧型に乗り続けているのには、理由があるのだろうか。
僅かな振動と共にポッドが停止した。ドアロックを解除して外に出ると先程までの声の持ち主であろう少女が向こう側から歩いてくる。
「………初めまして、シロウ」
芋っぽいジャージを着た姿ではあるが少女は見目麗しく、その所作の端々に優美さが表れており何処かの貴族のサーヴァントのようにも思えた。しかし、それ以上に目を引くソレを認識し、戦慄する。
「アルトリウム状のアホ毛の貫通したキャップ…なっ、謎のヒロインZか?」
かつてサーヴァントユニバース中に混乱を巻き起こした第一種有害指定サーヴァント*6、謎のヒロインZ。増殖という手段でバイバイン的に宇宙を侵略しようとしたサーヴァントで、コスモカルデア学園にも相当数のヒロインZが襲来しシロウも討伐に駆り出された覚えがあった。
少女は顔から服装に至るまでその殆どがヒロインZと同一であり、ヒロインZ本人ではなくてもそのオルタ、別クラス、
そしてよく勘違いされがちだがそれらのバリエーションで変化するのは行動だけであり、彼らの思想そのものではない。例えば迷路を進むときに普通に攻略するのがオリジナルならば、オルタは迷路の壁をぶち抜く、アナザーはそもそも迷路ではなくゴーカート遊んでいる。といった違いはあるが総じて
要するにヒロインZが宇宙を侵略しようとした理由は判然としなくとも、この少女も何らかの理由で突然世界を滅ぼそうとしてもおかしくない特級の地雷なのだ。
「私はX、謎のヒロインXと呼ばれています。ヒロインZは私をモデルにダーク・ラウンズのサー・アグラヴェインが産み出した人造サーヴァントです」
「つまり君自身とは何の関係も無いのか?」
「ええ、サー・アグラヴェインが私を抹殺するために産み出した点を除けば、ですが」
Xの否定には確たる証拠は存在しなかったが、シロウの信頼を得るには十分だった。ガワだけが別の何かに置き換わっているサーヴァント、なんてものをシロウはいまいち想像出来なかったがXの言葉はシロウにすんなりと馴染んだ。
「そっか、わざわざ拾って貰ったのに疑って悪かった」
「貴方の心配も最もです、シロウ。私は気にしてませんよ」
一度席を外し船を自動航行状態にしたXが緑茶を淹れて戻って来る。蒼輝銀河ではコーヒー、コーラ、紅茶辺りがメジャーなので、緑茶は探しに行かないと中々見つからないのを日頃の買い物で散々実感させられているシロウは当然それに食いついた。
「Xは緑茶も飲むんだな、一息つきたい時には緑茶が一番向いてる。分かってるじゃないか」
「緑茶は後に引きずりませんから。昔、私の
分かっていた、聞かれるだろうことは。だがだからといってこれにどう答えろというのか。数秒の沈黙の後、Xが気をつかって話を逸らそうとする直前。大人しくありのままを伝えることに決めた。
「多分同居人の食事にピーマンを出したから…かな」
「多分?」
「目が覚めた時にはもう宇宙に居たからな」
顔に一瞬取り繕いきれなかった困惑が浮かび、すぐに得心したのか頷くX。
「シロウの同居人にリンやサクラ、といった名前はありますか?」
「サクラは居ないけどリンなら居るぞ、もしかして知り合いなのか?」
Xがリンの知り合いだと言うならば、家に帰り彼女と話をするときに手札の一枚として使えるかもしれない。あたかも彼女のしたことにXがドン引きしたかのような話し方をすれば少しは壊滅的な生活習慣も改善するのではなかろうか。
「いえ、一方的な知り合いと言いますか。ルートの勝ち負けの関係と言いますか…ただリンならやりかねませんね」
一方的な知り合いにしては少し詳しすぎるきらいもあるが、とりあえずXの存在をリンに対する劇薬として使うのは難しそうである。ルートの勝ち負けが何を差しているのかはシロウには分からなかったが、最近ランキングを世界三位*8まで上げたと自慢げに話していたリンがドはまりしている
「シロウ、決めました。今から当船ドゥン・スタリオンⅡは惑星ゼンジョーに舵を切ります。ええ、シロウの優しさに付け込む輩は私の
「いや、流石にそこまでしなくても良いって。俺が好きでやってるんだからさ」
「ダメですシロウ。貴方がいつまでもそんなだから妙にニヒルになったり、テムズ川に落とされたり、果てはあの黒いアンチクショウ相手に引き分けることしか出来ないんですよ」
リンの話をしてからやけに早口だしXのテンションが壊れてきているように思える。リンの傍若無人ぶりに怒ってくれるのはまあ嬉しいが、私怨が入ってはいないか。やはりリンが世界三位になるまでの世界三位はXだったのかもしれない。
「シロウ、貴方のその優しさは美徳に叶っている。しかし英霊になり、サーヴァントユニバースに来てまでそれに縛られる必要はありません、貴方はもっと自由に生きるべきだ」
「ん?俺はまだ生きてる人間だぞ?」
「………………………………えっ?」
メガ林「兄さ…ワカメは居るのに超スーパー清楚、激キュートヒロインのサクラちゃん出てくる予定無いんですか?初回打ちきり安定ですね」
青ニート「やはり青こそが約束された勝利の勝ちヒロイン」
あくま「私そんなに機械強かったっけ……」