日脚が照らす景色   作:ピポヒナ

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肆話 勇気

「起きろ日菜、朝ごはん出来てるぞ」

 

 

 聞き慣れた低い声に夢を掻き乱され、覚醒する。

 まだはっきりとしない意識を耳に集めると雀の声が聞こえてき、朝を迎えたことを教えてくれた。

 

 

「…はぁい……でもあと五分…」

 

 

 今日は特に予定は無いことを思い出した日菜は、全身に纒わり付いている気だるさと掛け布団の優しい包容力に逆らうことなく、再度眠りに落ちようとする。

 そんな日菜の態度を見兼ねてか、低い声の持ち主は日菜を包み込む布団にゆっくりと近づき、末端部分を掴んだ。

 

 

「そんなワガママな日菜には…こうだっ!」

 

「ひゃっ!」

 

 

 唯一外気から身を守ってくれていた掛け布団が一気に剥がされ、冷気が一斉に日菜を襲った。

 そのあまりに急な温度変化に驚いた日菜は悲鳴を上げ、身を丸める。そのおかげか日菜を弄んでた眠気はどこかへ飛んでゆき意識がハッキリしてきた。

 

しかし、眠気と寒さは別の話である。

 

 

「わー!寒いよー布団返してー」

 

 

 現代にあるような部屋をすぐに暖かくしてくれる高性能なストーブや暖房が無いこの時代、まだ冬の厳しい寒さが残る二月の朝は、それはもう地獄にいるかのような辛さだった。

 日菜は先程まで過ごしていた楽園を求め、強奪者に返すよう頼みこむが、強奪者は返す気が無いらしく、しがみつく日菜を軽くあしらいうと、取り上げた布団を綺麗に畳んでゆく。

 

 

「早く起きないからだぞ。さぁ、顔を洗って朝ごはんを食べるんだ」

 

「……はぁーい」

 

 

 布団を取り上げたのは父であった。

 可愛い娘に構って欲しいという全世界のお父さんに共通するであろう願望。それを叶える為に熱心と言ったら多少響きは良くなるかもしれないが、朝に弱い日菜からするとほぼ毎朝仕掛けてくる父の悪戯には、「うざい」や「面倒臭い」といった当の本人が聞くと泣き出してしまうような感情しか持てなかった。

 

 しかし、うざいからと言って無視をしたり、言うことを聞かなかったりすると、今度はこの家で怒ると一番怖い母が出てくる。流石の日菜でもそれだけは勘弁なので、反抗するのを諦め渋々返事を返した。

 

 微かに残っていた温もりに名残惜しい思いを感じながらも日菜は寝室を後にした。

 

 

 

 ――これは、時を遡ること四年。とある町の近くに住む運命の姉妹が、まだ幼さ残る十三歳だった頃の話である。

 

 その日この家族は幸せに一歩近づくはずだった――

 

 

 

「うー、寒いよー。なんで元々寒いのにもっと寒い思いをしなきゃいけないんだろ?」

 

 

 顔を洗い終わった日菜は、冷水のおかげで冷え切った両手を脇に挟み、ブツブツと文句を言いながら茶の間へ向かっていた。

 

 まだ拭き残りがあるのか、風が通り過ぎる度にひんやりとした感覚の他、顔の一部が凍ってるんではないかと思える痛みが走る。普通に痛いから辛い。

 

 

「あ、いい匂い」

 

 

 ふと漂ってきた魚を焼く匂いに意識が向く。

 近づく程にその匂いは濃くなり、香ばしくなる。どうやらその匂いに刺激されたお腹にいる虫が目を覚ましたらしく、下の方から可愛らしい欠伸の音が聞こえてきた。

 

 「これは秋刀魚かな?」と推測を立てていると、目的の場所に辿り着いた。

 

 

「おねーちゃん、おかーさん、おはよう」

 

「…」

「あら日菜、おはよう」

 

 

 扉を開け中にいた二人に挨拶をする。

 返ってきた返事は一人分足りない。が、それは今に始まったことではないので日菜は気にしないようにしている。と言うより、そうしないと心が持たない為、出来るだけ痛みが少ないようにしている。

 

 

「こらっ!紗夜、ちゃんと挨拶はしないと駄目って言ってるでしょ?」

 

 

 挨拶を返さなかった紗夜を叱るのは母だ。

 あからさまに妹を避ける姉の態度を良く思わない母は、こういう事がある度に紗夜を叱ってくれるのだが、紗夜もそうなる事を分かった上でやっている為、あまり効果は見られない。

 

 

「別に良いでしょ…ごちそうさま。それじゃあ私もう行くから。」

 

「ちょっと紗夜!」

 

 

 紗夜は母の注意を軽く流すと食べ終わった朝食の食器をその場に置き、部屋へと戻っていった。

 

 確か今日おねーちゃんは町で習い事があるんだっけ。とぼんやり思い出していた日菜を母は申し訳なさそうな表情で見詰めていた。日菜は気付かれないように心の中でため息をつく。

 

 

「ごめんね日菜…紗夜は反抗期なだけだから日菜は紗夜を嫌いにならないであげて…」

 

 

 母のこの表情が大嫌いだ。

 見る度に胸の奥がぎゅっと絞られている感覚に襲われる。

 しかし、紗夜が日菜を無視し、母が叱り、日菜に謝るまでが一つのセットのようなものとなってしまっているのが現状。それは、紗夜が日菜を無視しなくなる。または、日菜が紗夜に関わろうとしなくる。といったように片方が変わらない限り解決されることは無い難題だ。

 そのため、朝は常に日菜の内心は穏やかではなかった。

 

 

「…いいよ、おかーさんありがとう。でも別に気にしてないよ。……あ!そう言えば、今日もおとーさんが――」

 

「まぁ、あの人ったらまたそんな事を」

 

 

 だからお礼を言うとすぐに話題を変える。

 幸い、父がいつも話題を提供してくれる為、話の種に困ることは無い。この点に限ると、父の悪戯は日菜から感謝されていると言ってもいいだろう。父よ強く生きろ。

 

 話題を変えることで雰囲気を明るくした日菜は朝食に手をつける。今日の献立は主菜に秋刀魚の塩焼き、副菜に味噌汁、そして主食のご飯といった内容だった。

 

 

「日菜、悪いけど町まで少しお使いに行ってきてくれない?」

 

 

 匂いで魚の種類を当てた数分前の自分に内心ガッツポーズをしていると、洗い物を済ませた母が声をかけてきた。

 聞くとどうやら、夕食の野菜が足りなく、母自ら買いに行こうにも今日は外せない用事がある為、困っていたらしい。そこで学校も休みで予定も無い、所謂暇人――日菜に白羽の矢が立ったという訳だ。

 

 しかし、いつも家事の手伝いを面倒くさがる日菜の反応は良くない。だが、そうなることは十三年間も日菜の母親をやっている母が予期してないはずもなく――、

 

 

「あとお釣りで好きなお菓子一つだけなら買っていいよ。」

 

「やったーー!!行く!!」

 

 

 日菜の好物を餌にする。

 

 

「一つだけよ?」

 

「……ハーイ。」

 

「目を逸らさないで日菜、一つだけよ??」

 

「はい。」

 

 

 氷川家は町から少し離れた山にあり、お菓子のような生きる上で必要では無い物を買うことは少なかった。そのため、ガムやキャンディといったお菓子が大好きな日菜にとって、これは逃すことが出来ないチャンス。

 

 

「それじゃあ早く食べないと!」

 

 

 大急ぎで掻き込みながら食べ始めた日菜を母は、喉に詰まらないかと心配する。そしたら、案の定ご飯が喉に詰まったらしく、日菜は自分の胸をポンポンと叩き始めた。

 

 

「もう、日菜ったら。」

 

 

 「やっぱりか…」と少し苦笑を零しながら母はやかんの中にある丁度よい熱さのお茶を湯のみに入れ、涙目の日菜に渡すと、日菜はそれを手に取ると一目散に口元へ持っていき、喉で良い音を鳴らしながら一気に飲み干した。

 

 

「…プハッ!あー、苦しかったぁ。」

 

「ふふっ、そんなに急がなくてもお菓子は逃げないよ。」

 

 

 まだ小さな体の娘には似合わないその飲みっぷりにクスリと笑う。

 母が見せた大好きな表情に舞い上がり、ニカッと笑う。

 

 そこからは娘と母の微笑ましい会話が続いた。お決まりの「最近の学校はどう?」「うーん、普通かなぁー?」といった会話から、「知らない人について行ったら駄目よ。」「分かってるってー」とおつかいをするにあたっての注意。そんな他愛もない会話をこなしているうちに日菜は朝食を食べ終えていた。

 

 

「ごちそうさま!!美味しかったよ!」

 

「お粗末様。それは良かったわ。」

 

 

 ほどよい満腹感と、囲炉裏の熱に幸せを感じていると次第に瞼が下がってくるが、おつかいを頼まれていた事を思い出し、軽く頬を叩いて眠気を飛ばすと着替えに向かった。

 

 

 お気に入りの水色を主とした花柄の着物を手に取る。

 紗夜も同じ物を持っているのだが、最後に着ていたのはいつだろうか。思い出せないくて、少し寂しい。

 

 紗夜が日菜を避けるようになってから、紗夜は日菜と同じことをしなくなった。

 それは服装も同じで、日菜とお揃いで買った他の着物や髪飾りを身に付けることはほとんど無い。それを着るしかないという大事な用事の時は渋々着るのだが、そうなると紗夜の機嫌は誰が見ても分かるぐらいに悪くなる。

 

 

「まぁ、仕方が無いよね。」

 

 

 裾に腕を通し、整え、帯を巻く。最後に髪留めを付け、鏡の前でくるりと回る。よし、完璧だ。可愛く出来ている。

 

 昔はよく母や紗夜に手伝って貰っていたが、今では一人でも難なく着れるようになった。今思うと懐かしく、羨ましいその過去に嫉妬を感じつつ、日菜は玄関へと向かった。

 

 

「あ、おねーちゃんもう行ってたんだ。」

 

 

 並んでた藁草履が一組無くなっており、紗夜が既に町へ出発していたことを悟る。どうやら朝食を食べている間にはもう出ていたようだ。

 

 

「それじゃあ行ってくるねー!」

 

「日菜ー!お金と籠忘れてるわよ!!」

 

「あ!」

 

 

 そういえば。と思い周囲を見渡すが見当たらず、母の言う通り忘れていたようだ。

 危うく町まで行ったが何も出来ずに帰るところだった。家から町までは歩いて三十分程しかかからないのだが、何せまだ十三歳。体力の限界はすぐ訪れる。

 

 ホッと一息つき、母の元へ向かった。そして布巾着と、買った物を入れるための籠を受け取る。布巾着の中にはお金と共に買う野菜のメモが入っていた。

 

 今度こそ町へ向かうために日菜は玄関の扉を開けたが――、

 

 

「さぶっ…」

 

 

 分かってはいたが、外の冷たさは異常だった。雪は降っていないが、溶け残った雪が散乱している。

 日菜は着物の上に、防寒用の羽織を一枚着ているのだが、それぐらいではまだ足りないのか、冬風の冷気が布越しにでもありありと伝わってくる。自然と身が縮まり、体の至る部位が小刻みに震える。

 それでも、お菓子を買うために足を前に運んだ。

 

 学校に通っているため何度も町に行ったことのある日菜だが、それ以外では、ましてや一人でおつかいをするために町へ行くのは無かった為、どこか特別感を感じられ気持ちが弾んでいた。

 

 

「ふーふふーんふーふ〜ん♪」

 

 

 特別感に釣られて鼻歌を歌う。

 一度も聴いたことが無い曲。だが、日菜は胸の中で湧き出てくる音符に従い音を紡ぐ。

 それが何故か分からないが楽しく思えてきて、いつか母に三味線を弾いてみたいと言ってみよう。とそっと心に書き残す。

 

 そうこうしているうちに、町に着いた。

 目的の店は、小さい頃から母とよく行っていた為、迷うこと無く店の前まで来た。

 

 

「高尾さーん!野菜くーださーーい!!」

 

 

 元気よく店の店主を呼ぶと、道行く人達から微笑みの声が聞こえてきた。可愛らしい少女がかなり大きな声で呼んでいた為、仕方がないだろう。

 

 少し待っていると、店の奥から頬にある黒子がトレードマークの大柄の男が出てきた。

 

 

「お!日菜ちゃん久しぶり!最近来てくれなくて寂しかったよ、元気してたかい?」

 

「うん!元気にしてた!」

 

 

 『高尾さん』こと店の店主は、日菜から籠とメモを受け取ると、書かれてある通りの野菜達を籠に詰めながら笑みを浮かべる。

 

 

「そうかいそれは良かった!ところで今日は一人かい?珍しいね、お母さんと紗夜ちゃんはどうしたんだい?」

 

 

 笑顔で交わされる会話に少しラグが発生した。

 日菜は、『紗夜』の名前が出てくるとどうしても自分を避ける姿が頭を過ぎり、固まってしまう。しかし、そうなる事は自身でも分かっている為、心配させないようにと出来る限り早く笑顔に戻すようにしているのだが――、

 

 

「…おかーさんは用事があって、おねーちゃんは習い事で一緒じゃないんだー。だから今日は私一人でおつかい!」

 

「そうなのかい、じゃあ、一人でおつかいとは偉いねぇー!」

 

 

 気付かれたかと内心ヒヤヒヤしなが言ったが、どうやら日菜の一瞬の表情の変化を見逃していたらしく、相変わらずの笑顔のままだった。

 「それにしても」と店主は前置きを置くと、日菜の方を見る。

 

 

「前に来た時よりも可愛くなって…どうだい、将来はおじさんの息子と結婚してこの店の看板娘にならないかい?」

 

「おねーちゃんと同じ顔なんだから可愛いに決まってるじゃん!あと、それはるんって来ないから遠慮しとくね。」

 

 

 頭に手を当て、分かっていたと苦笑すると、野菜が半分まで入った籠を日菜の前に置き、腰からそろばんを取り出した。

 

「はい、ここに書いてある通りの野菜ね。一人でおつかいしたご褒美と日菜ちゃんの可愛さに免じてしてこれでいいよ。」

 

 

 慣れた手つきで次々と玉を弾き、最後にパチンッと良い音をさせると、向きを変え日菜に差し出した。示された金額は、脳内で計算したものよりも少し安い。これがご褒美なのだろう。

 

 ――可愛さで言ったらもっと下げてくれてもいいと思うのに…売れてないのかな?

 

 

「…ありがとー」

 

「今ちょっと失礼な事考えてなかった?」

 

「ソンナコトナイヨー」

 

 

 男が疑うようにジッと見つめてきたので、日菜はその視線から逃れるように布巾着からお金を払い、急いで籠を背負った。

 

 

「高尾さんまた来るね!」

 

「まいど!日菜ちゃん帰り道は気をつけるんだよー。なんせ…」

 

 

 何か続きがあるのかと待っていると、二タッと笑い、人差し指だけ伸ばした両手を頭につけ――、

 

 

「鬼が出るかもしれないから…な!」

 

 

 口を広げ、姿勢を前屈みにしている――鬼の真似をしているらしい。

 最後だけ強く言ったのは日菜を少しでも驚かすためだろうか、しかし、その効果は全く無い。

 

 

「またそれー?前に見たんだけどー。もっとるんってなる新しいのないのー?」

 

「そんな…」

 

 

 店主からすると、笑ってくれると思ってやった。が、実際は思い描いていたものと真反対の反応が返ってきた。それが相当効いたのか二歩ほど後退りをすると椅子に座り込み「ちっちゃい頃はよくこれで笑ってくれてたのに……これが成長か……」と呟きながら項垂れる。

 

 記憶にある高尾さんはいつも明るい、しかし、今目の前にいる高尾さんの姿は、今すぐにでも灰と化し、風に吹き飛ばされそうだ。

 

 

「えっと…ごめんね。何か傷つける事でも言っちゃったかな?」

 

「いいや…そんな事はないよ……。ただ時の流れに打ちのめされただけだから…。よし!おじちゃん、日菜ちゃんが次来るまでに日菜ちゃんを満足させれる新しいの考えておくよ!」

 

 

 流石に申し訳なく思い謝ったのだが、どうやら自分のせいではなく、『時の流れ』というものが悪いらしい。

 未だにどういうことか分からないままだが、最終的にやる気を取り戻したので良しとしよう。

 

 

「そ、そっか。それじゃあ約束だよー!バイバーイ!!」

 

「また来てね!」

 

 

 なんとも言えない微妙な感情を誤魔化すように、日菜は手を思いっきり振った。

 

 

 駄菓子屋へ向かい歩いていると前方に自分と同じ髪色を持つ少女を見つけた。

 ――間違いないあれはおねーちゃんだ

 

 

 「おね……」

 

 

 呼ぼうとした途端、紗夜がこちらを向き目が合った。その瞬間喉に何かが突っかかり言葉が出なくなった。

 いや、それだけでは無い、まるでカメラで撮られた写真のように全身が、人が、景色が白黒で、全てが動かない。

 その中で唯一、目線の先の少女――紗夜だけは色彩を持ったまま、ゆっくりと動き続ける。

 

 一瞬が無限に続く不思議な時間。

 目が離せなかった。日菜は、色と時を失ったその世界で、ずっと紗夜を見ていた。

 

 しかし、その神秘的な時間は色鮮やかな少女が目線を逸らしたことにより動き出す。

 

 

「今のは……何…?」

 

 

 周囲が動き出したことに気がついた時には、紗夜のことを見失っていたのだが、初めて味わった感覚に日菜は立ち尽くす以外の行動を取れなかった。

 

 どうして動けなかった、どうして色を失った、どうして今までならなかった、どうして目を逸らされた――いつもみたいに避けられているからか?それなら目が合った瞬間にほんの少しだけ見せたあの表情はなんだったんだ――分からないことが多すぎる。

 しかし、あの一秒にも満たない永遠の中、確かに二人は目が合った。それだけは分かる。ただそれだけのはずなのに、何故かそれが大切なことに思えてしまう。

 

 

「おねーちゃん…」

 

 

 ポツリと呟いた声を春の訪れを感じさせ無い冷たい風が掻っ攫う。

 

 

「…とりあえず、行こう」 

 

 

 このままだと、日が暮れてもずっとそこに立っていた。そうなると、家に帰れなくなり、家族に心配をかけることになる。

 そうならないようにと、もっともらしい理由を貼り付け、無理矢理自分の体を動かす。

 

 全てを照らす太陽が南中を過ぎてから三時間ほど経った頃、駄菓子屋が見えてきた。

 上がり切らない気持ちのまま、店の前まで行くと――、

 

 

「わー!すごーい!!」

 

 

 そこには夢のような場所が広がっていた。

 右の棚にはガムやキャンディ、左の棚にはスナック菓子やおもちゃ、そして中央にはチョコやラムネがぎっしり詰まっている。これほどの量は見たことがない。

 

 大好きなお菓子に囲まれ、さっきまでの上り切らない気持ちは嘘だったかのように飛んでった。

 

 

「どっれにしっようかなぁ〜♪」

 

 

 上機嫌な日菜は置いてあるお菓子に近づき一つ一つ吟味していく。買えるのは一つだけだ。ならば自分が一番満足出来るもの選ぼう。

 

 

「おねーちゃんの分も買っていったら喜ぶかな?」

 

 

 母からは一つだけと念を押されたが、それでも色とりどりのお菓子を見ると、色彩を持つ少女の姿が脳裏から離れない。

 自分の分をあげるという手もあるにはあるが、そうなると自分がお菓子を食べられなくなるので、お金が足りなかった時の最終手段にしておきたいところだ。

 そして、幸いなことに野菜を買った時に安くしてくれたおかげで、お金には少し余裕がある。今度会った時にお礼をしないと。

 そうと決まればあとは選ぶだけだ。

 

 

「うーん…違う…うーーーん……あっ!よし!これください!」

 

 

 手に取ったのは水色の包装紙で包まれたサイダー味のキャンディ。  

 見た瞬間にるんっと来たため、半ば衝動的に二つ買って、店を出た。

 

 

「おねーちゃん喜んでくれるかな?」

 

 

 今にも飛べそうなほど、胸は期待でいっぱいで、日菜はスキップを踏みながら帰路に就いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

 太陽が半分ほど山に隠れ、辺りが次第に暗くなってきた頃、柿色に染められた我が家が見えてきた。

 

 

「おかえり日菜、遅かったじゃない。あ、お菓子を選んでたらこんな時間になっちゃってたんでしょう?」

 

「ただいま。あのね、おかーさん。そのことなんだけど…」

 

「どうしたの?」

 

「ごめんなさい!お菓子買うのは一つだけって言われたのに、おねーちゃんにもあげたくて二つ買っちゃった…」

 

「…二つ買うにはお金が少し足りないはずよ、その分のお金はどうしたの?」

 

「野菜を買う時に高尾さんがご褒美って安くしてくれて、そこから出したの…勝手な事してごめんなさい!」

 

「……日菜」

 

 

全身が暖かく、そして優しく包まれた。

 

 

「紗夜のことを…お姉ちゃんのことをちゃんと好きでいてくれてありがとう。何も謝る事なんて無いわ、あなたが今も変わらず紗夜を好きでいる。それだけでお母さんはとても嬉しい。」

 

 

 頬に涙が伝うのを感じるが、これは自分の物ではない。

 

 

「私は妹からこんなに愛されている紗夜を、そして、こんなにも優しい日菜を、二人を娘に持ててほんとに幸せだわ。」

 

 

 全身を包み込む離れたくない存在――母は日菜をそっと離すと潤んだ瞳のまま笑みを浮かべた。

 

 

「ありがとう。日菜。」

 

 

 大好きな母の大好きな表情。

 見た途端、胸の奥から込み上がってきた感情が溢れ出す。その勢いは止まることを知らない。

 

 

「……っ…!あっ…あたしだって、…ヒグッ、おかーさんの子供で……っ幸せだよ…っ!!」

 

「日菜っ……!」

 

 

 再び母に包まれ、今度はゆっくりと目を閉じる。この幸せを目一杯感じるために。

 

 玄関の扉が開く音がした。

 

 

「日菜、おねーちゃん帰ってきたよ。渡して来なさい」

 

「….、うん!!」

 

 

 二人はそっと離れ、母が日菜の涙を拭う。

 少し寂しく思うが、胸に残った温もりが日菜の原動力となり、勇気を与えてくれる。

 

 

 

「おねーちゃん!おかえりなさい!!」

 

「…ただいま……何か用?」

 

 

 玄関へ行くと草履を脱ぎ並べている紗夜がいた。西日のせいか、いつもと少し違って見える。

 一瞬目が合うが、昼のような世界に入ることはなかった。

 

 

「えっと…お勉強お疲れ様。」

 

「……それだけ?ならどいてちょうだい。」

 

「そ、そんな頑張ったおねーちゃんにこれあげる!これを食べて明日も頑張ってね!!」

 

 

 苛つきを露わにするその視線に少し怖気付いたが、胸の温もりから勇気を貰い、キャンディーを渡した。

 一緒に渡した言葉は、前からずっと言いたかった応援――昔から日菜の姉であろうと頑張り続ける紗夜へ、感謝の想いを詰め込んだ言葉であった。

 

 

「…ありがとう……日菜」

 

「!!」

 

 

 素っ気ない感謝の言葉。

 しかし、まるで昼と同じ、それ以上の感覚が体内からはち切れんばかりに湧き出てくる。

 

 紗夜は既にキャンディーを取り玄関からいなくなっていた。

 一人取り残された日菜だが、その表情は感極まっていると言う言葉がピッタリだろう。そして何よりも、抑えきれない幸せのオーラが滲み出ている。

 

 

「んーーー!!!おかーさん!!」

 

 

 大丈夫と送り出したものの、娘が泣きながら帰ってこないかと心配が尽きなかった母だったが、日菜の明るい声を聞いたことでそれらが過ぎた心配だったと分かり胸を撫で下ろす。

 

 

「日菜…!」

 

「おかーさん!渡せたよ!おねーちゃん、私にありがとうって言ってくれたよ!!」

 

「…そうかい、良かったね。日菜は強い子だよ。」

 

「おかーさんがくれた勇気のおかげだよ!」

 

 

 日菜の感謝に母は目を見開き、ただただひたすらに良かったと思い続けた。

 自分が日菜の助けになれたこと、縮まらなかった姉妹の距離がようやく縮まりだしたこと――ようやく母親らしいことができたこと。本当に良かった。

 

 そっと頭を撫でると「んーー」とまるで猫のような愛くるしい声をあげる。

 その眩しい笑顔に今までどれだけ救われてきたか分からない。

 

 

「!!……ありがとう日菜。よし!今日は日菜の記念として夕飯張り切っちゃうぞ!」

 

「やったーー!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

 

 

「ごちそうさまー!」

「ごちそうさま。」

「ごちそうさま!」

 

「お粗末様でした。三人ともよく食べたわねー」

 

 

 氷川家伝統とも言える家族全員での夕食が終わり、四人揃って手を合わせる。

 今日の夕食は母の宣言通り気合の入った物だった。その主軸となった食材は日菜が買ってきたじゃがいも。

 普段はあまり食べない紗夜も箸が進んでいた。

 

 

「二人ともちゃんと歯を磨いて早く寝るんだぞ。」

 

「はーい」「分かってるわよ」

 

 

父はそのまま母と残り、日中話せなかった分を取り返すかのように仲睦まじく談笑している。まるで新婚の夫婦のようだ。

 しかし、その一方、紗夜と日菜は言われた通り寝る前の歯磨きに向かっていたが、二人の間に会話は無く、それは歯を磨き終わり布団に入るまで変わらなかった。

 

 

「…」「…」

 

 

 寝室は同じ部屋だが、布団の位置は真反対にあるため二人の距離は離れている。

 

 この距離が近ければおやすみと言えるのに…、などとどれだけ思ったところでそれは理想であり、そこから何も変わらない。だから、胸にまだ残っている母から貰った温もりを勇気に変え――、

 

 

「おねーちゃん。」

 

「……なに?」

 

 

 自らその理想を捕まえに行く。

 

 

「おやすみなさい。」

 

「…おやすみ。」

 

 

 今日体験した感覚を思い出しながら二人は明日を迎えるために目を閉じる。

 

 

 しかし、現実とは残酷なもので今宵はまだ続く。

 迫りくる足音と共に。




最後まで読んでいただきありがとうございました。

どうもヒポヒナです。今回は後書きだけです。
まず初めに、高尾さんこと店の店主の名前の由来は無いです。適当です。強いて言うならぱっと思い浮かんだ苗字です。正直このキャラ要る?って言われたら言い返せない。
次に、今回と次は日菜ちゃんの回想、つまり過去編なんですけど、これも初めは一話で終わるはずだったんですよ…なんか文字数が倍以上になって分けるしか無くなりました…(--;)
そして、キャンディやガムは輸入品で庶民の氷川家には手が出せないと思ったそこの君。気にしたら負け。
日菜ちゃんの鼻歌の曲名分かった人いたら凄い、ヒントはバンドリの曲名。

ちょっとモチベが上がることがあったので1週間程で続き上げれたらと思います。
それでは、ばいちっ!
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