日脚が照らす景色   作:ピポヒナ

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伍話 想い

 

 

「紗夜っ!!日菜っ!!!起きて!!」

 

「んあ?」

 

 

 開けた襖が壁に当たる音と共に母の声が部屋に轟く。

 肩を震わせ覚醒した紗夜と日菜だが、急に起こされた反動か、どちらも母をボーッと見上げていた。

 

 

「逃げるわよ!!」

 

「へ?」

 

「いいから早く!」

 

「わぁっ」 「きゃっ」

 

 

 有無を言う暇もなく勢いよく手を引かれ三人は寝室を後にした。 

 

 

「おかーさん、手の力強いよ。」

 

 

 夕方に日菜の頭を撫でていたその手は、力み、汗で塗れ、あの時の優しさは残っていない。

 

 

「何かあったの?」

 

「分からない……でも、逃げないと……!」

 

 

 日菜も思っていた紗夜の質問。しかし、その答えは母も分かっていないらしく、何度聞いても返ってくるのは「早く逃げないと…」の一点張りだ。

 

 玄関へと引っ張られ、藁草履を素早く履くと、再び力強く引かれる。

 何があったのか考えようにも、まだ脳は完全に機能していない上に、分かっている情報が少なすぎる為、出来そうにもない。

 

 

「くっ!」「がぁっ!」

 

「っ!?あなた!!」

 

 

 玄関を出て数秒後に家の中から二つの陰が組み合う形のまま飛び出してきた。声から察するに片方は父だが、もう片方は分からない。初めて聞いた声だ。

 まさかの出来事に足が止まった。

 

 

「え?おとーさん?」

 

「あれって……」

 

 

 父の手に握られている月の光を反射するその長細い道具――包丁だ。

 本来、人に向けることは無い、命を断つには十分過ぎる凶器。しかし、影の上に乗る父はそれを振りかざすと――、

 

 

「えっ…?」

 

「お…おとーさん……」

 

 

 思い切り刺す。何度も。何度も。

 

 悪戯をよくやる少しやんちゃな子供のような父ではあったが、悪ふざけでも決してこのようなことはしない。しかし、目に映る返り血と泥に汚れた父の姿を見ると、どうしてもその決して有り得ない事を考えてしまう。

 

 

「!紗夜と日菜か…?逃げるんだ!早く町に!!」

 

「ヒッ…!?」「っ…!??」

 

 

 声に反応した父がこちらを向いた。

 発した声は怒号のようだったが、どこか少し安堵しているようにも感じられる。そこから日菜はなんとなくだが、先ほど考えた最悪の状況にはなっていないということを悟った。しかし、そうとは分かっていても体は恐怖に反応してしまい悲鳴を上げてしまった。

 

 

「行け!」

 

 

 父は怯える二人の様子を無視し、キツく言い放つと再び影を刺す。

 直後ボキッと音がした。父が手に持っていた包丁が折れた音だ――それが絶望への始まりの合図となる。

 

 

「痛えんだよ!!」

 

「ぐわぁっ!」

 

「あなたっ!!」

 

 

 何度も刺され動けないはずの影が突如起き上がり、父を押し倒した。

 月明かりで微かに見えたその影の姿は、要所要所血で染まっていて、歯が少し鋭いとは思うが、他の所は普通の人間とあまり変わらない。しかし、目にした途端日菜の直感は警鐘を全力で鳴らした――あれは人間ではない。何か分からないが化け物だと。

 

 

「俺のことは良い!早く行け!!」

 

「っ!?!日菜、紗夜!走って!!」

 

「で、でもおとーさんが…」

 

「…っ………」

 

 

 迫りくる牙から必死に抵抗する父の声に母は応え、再び走り出す。

 愛する存在を置いていく後悔に唇を噛み締めながら姉妹の手を力強く引く。

 

 

「早く!街まで行って助けを――」

 

 

 父の声が途切れ、そして、咀嚼音が聞こえてきた。

 恐怖に支配された日菜の脳は、後ろで起こっているであろう行為を繰り返し再生する。

 その信じられない妄想を嘘だと思いたく、恐る恐る振り返ったのだが、得られたものは妄想の確証と更なる恐怖だった。

 

 

「!!」

 

 

 ニタッと笑みを浮かべながら口を動かす化け物と目が合い、全身が固まる。が、左手に繋がる母が日菜を止めなさせない。

 

 

「日菜!」

 

 

 日菜は恐怖から逃れるように前を向き、全力で走る。あの化け物から少しでも離れるため――父の命を無駄にしないために。

 

 しかし、どう頑張ったところで、人間の女子供の速さ。

 化け物が口の中の肉を飲み込みゆっくりと立ち上がってから大地を蹴るだけで、その距離はすぐに詰められる。

 

 

「きゃぁっ!!」

 

「ははは、おせーんだよ!」

 

 

 母が化け物に捕まった。

 

 後ろに走る子供を狙わず、二人を引っ張る母を先に狙ったのは、化け物の趣味というのもあるが、一番の理由は残された子供の心を折ることで諦めさせ、後に楽に捕まえるためだ。

 そしてその狙い通り、一人の子供――日菜が足を止めた。

 まるで電池が無くなったおもちゃのように日菜は下を虚に向いたまま動かない。

 

 

「何してるの日菜っ、お願い、紗夜と逃げて!!

 

 

 それは母最後の願いを聞いても変わらなかった。

 

 

「日菜!」

 

「…………おねー…ちゃん…」

 

 

 再び引かれる左手。

 繋がれたその手は母の手と比べると小さく、冷たい。しかし、包み込む優しさは日菜の胸に失った温もりを再び与えてくれる。

 化け物に捕まった母を残し、二人の姿は闇の中へと消えた。

 

 

 これ以上大切な人を失わないように紗夜は走った。

 

 姉に引かれるまま日菜は走った。

 

 振り返らずに姉妹は走った。

 例え、愛情を与えてくれた者の悲鳴が夜の空気を切り裂こうとも。

 

 

「日…っ…けは……っい助……っ!」

 

 

 真っ暗な山道を進む最中、隣から嗚咽する音が聞こえた。

 紡ぎきれていないその言葉――紗夜の決意は日菜には届かない。

 

 

「おねーちゃん…」

 

 

 満足出来るとは言えないものの幸せだった日々がたった数十分で壊され、残ったのは繋ぐ手の先にいる存在のみ。

 

 突然襲った残酷な現実に全てを奪われなかったのは不幸中の幸いともいえるかもしれないが、いくらなんでも失った者が大きすぎる。

 

 横を向くと全身を震わし、涙を流す紗夜がいた。その姿から心に来るものは確かにあるのだが、日菜はずっと泣かなかった――突然化け物が現れ、両親が殺されたということは分かっているはずなのに、こんなにも悲しいと思っているのに涙は少しも出てこない。

 涙を流す姉が羨ましいと思った。家族を失った悲しみをちゃんと出せている姉をただただ羨ましいと。

 それに比べて自分はどうだ。この手が繋がれてなかったら動けないくせに、頭は驚くほど冷静だ。それが日菜自身にとっても本当に怖くて嫌だった。

 

 

「っ!!」

 

「…?…っ?!え、…なんで……?!!」

 

 

 紗夜が突如歩みを止めた。

 初めは何故か分からなかったが、目線の先を追うと何故足を止めたか理解した。……本当に嫌になる。

 

 

「二ヒヒヒヒ、わざわざそっちから来てくれるなんて、よほど親に会いたいらしいな。」

 

 

 あの化け物がいた。

 いつの間に先回りされていたのか分からない。少なくとも後ろから来ている感じはしなかった。

 違う、そんなことはどうでもいい、いつ追いつかれ、先に回られたなんて考えたところで意味が無い。今はこの状況を切り抜ける方法を探すのが先決だ。

 

 

「でも、どうやって…」

 

 

 前方には化け物がいる。右側は急斜面で登ることは出来無い、出来たところですぐに捕まるのが関の山だろう。左側は崖だ。落ちてしまえばそこで命は無い。

 

 ならば来た道を戻る?

 それは下策だろう。先回りされる程化け物の速さは異常だ。逃げ切れるはずも無い、そして、例え逃げれたところで助けを呼べないままジリ貧となり最終的には殺される。

 

 つまり、生き延びるには前に進みあの化け物を突破して町へ助けを呼びに行くしかない。しかし、二人を見逃すほどあの化け物は優しくないだろう。

 ならばせめて、紗夜だけでも――、

 

 

「日菜」

 

 

 繋いだ手が強く握られ、日菜は再び隣を見た。

 そして、紗夜と視線が交わった瞬間にこれから言われる言葉が、自分が考えたものと同じでありながらも、全くの逆であることを悟った。

 

 

「私が何とかしてあの化け物の注意を引いて囮になるから、その隙に日菜は町に」

 

「嫌だ…」

 

「え…?」

 

「だってそれだとおねーちゃんが捕まって…殺されちゃうじゃん!だから絶対に嫌だよ!おねーちゃんには死んで欲しくないよ!!」

 

「っ!!?どうしてこんな時まで我儘なの?!いいから日菜は逃げてよ!」

 

「嫌って言ってるじゃん!?それならあたしが囮になるからおねーちゃんが逃げてよ!!」

 

「なんで言うことを聞いてくれないの??!最後のお願いぐらい聞いてよ!!最後ぐらい………最期ぐらい守らせてよ……私を…日菜のお姉ちゃんでいさせてよ……」

 

 

 消え入りそうなその声に言葉を失った。

 

 今まで避けられていた――嫌われていたはずで、今手を繋いでいるのは母の最後の願いを聞いただけでそれ以外には何もない、そう思っていた。

 だけど目の前で涙を流しながら、両手で自分の手を強く握る姿を見て、さっきの言葉が心に思ってない偽りの言葉だとは思えない。

 

 色々な感情が渦巻き、もう、何が何だか分からない。どうしたらいいのか、何を信じたら良いのか――、

 

 

「お別れの挨拶はもういいか?それじゃあ、せいぜい気持ちいい悲鳴をあげながら殺されてくれよ」

 

「日菜、走れるわね?…生きて。」

 

「……うん…。」

 

 

 瞳を見たら断れなかった、あれほどの優しさを、想いに嫌とは言えなかった。

 

 辛うじて絞り出した声を聞き紗夜は笑う。

 それは数年ぶりに見る紗夜の心からの笑顔。

 

 

「ありがとう…日菜。」

 

 

 そっと手を離し、足元にあった少し大きめの石を掴むと紗夜は日菜を見て再び笑った。

 そして怪物を睨みつけ――、

 

 

「化け物!こっちよ!」

 

「てぇなぁ!調子に乗りやがって!望み通りテメェは先に殺してやるよ!!」

 

 

 化け物が石を当ててきた紗夜に狙いを定め一直線に向かってくる。そのとてつもない速さを前に紗夜は避ける術はない。

 

 そう、『避ける』術が無い"だけ”なのだ。

 

 

「かかったっ…!」

 

 

 紗夜には日菜を救うための作戦があった。

 その作戦とは、左側にある崖の前に移動し、化け物が走ってくる勢いを利用して自分ごと化け物を崖の底へと落ちる。という日菜を守るための決死の覚悟。

 

 実際、崖の底は見えないほど深く、例え化け物だろうとすぐには戻ってこれない。そのため、共に落ちてさえしまえば、化け物が死のうが生き長らえようが、日菜の生存率は大きく跳ね上がる――つまり、紗夜の作戦の成否が日菜の命にそのまま影響するため失敗は出来ない。

 

 

「日菜!行って!!」

 

「うん……っ!」

 

 

 紗夜の掛け声で日菜は走り出した。

 その姿を横目に、紗夜も走り出す。

 

 しかし、現実は相変わらず残酷で――

 

 

「えっ」

 

 

 不安定な足元、限界を迎えた藁草履、酷使され続けた身体の疲労。それらが嘲笑うかのように紗夜の覚悟を裏切った。

 

 転けたのだ。

 走り出そうと踏み込んだ瞬間に、藁草履の前坪の部分が千切れ、落ち葉が散乱して滑る足元と蓄積されていた疲労が、紗夜に抵抗を許さないまま押し倒した。

 

 

「うそ…っ」

 

 

 信じられなかった。信じたくなかった。あれ程までに覚悟を詰め込んだ作戦が、理不尽ともいえる現実によって一瞬で破壊された。

 ――もう助からない

 

 

「はっ、無様な最期だなぁ!!」

 

「やめてぇぇぇぇえ!!!!」

 

「あ?」

 

 

 紗夜が晒した醜態に化け物は笑い、目の前で勢いを止め、腕を振り上げる。が戻ってきた日菜がそのまま体当たりをしてよろめかせたおかげですぐに殺されることはなかった。

 しかし、だからと言って絶望的な状況に変わりはない。

 

 

「おねーちゃんから離れろ!この化け物!!」

 

「どいつもこいつもしつけぇんだよ!!」

 

「日菜っ!」「アガっ…!」

 

 

 鬼が怒りのままに手を払うと、日菜は簡単に吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。

 姉を守るために身を投げ出した妹の身体はそのまま動かない。

 

 

「ひ、日菜……」

 

「けっ、死んだ、あるいは気絶したか。楽しみが一つ減ったのは虚しいが、まぁ最終的には食うのが一番の楽しみだから良いか。」

 

 

 守らせてと、姉でいさせてくれと頼んだ相手に守られた。しかし、どこかで納得している自分がいた。 

 

 ――今まで逃げ続けてきたのに最後だけ姉でいたいと願うのはやはり甘えでしかなかった。そんな軟弱な覚悟ではそりゃ失敗し、全てを失う。当たり前の結果であり、過去の自分の行いが引き起こしたものでもある。

 

 

「邪魔も無くなったことだし、先ずはこいつを殺すか。」

 

 

 化け物は両親の血で赤く染まった手を再び振り上げる。

 

 

「じゃあな」

 

 

 込み上がってくるものは恐怖ではなく、最後まで日菜に何もしてあげれなかったという後悔のみ。来世で会えたら――と願いを最後に紗夜は目を閉じ、死を待った。

 

 

 

 

「…………?」

 

 

 しかし、いつまで経っても死は訪れなかった。

 

 

「あれ……?」

 

 

 化け物の釈然としない声がする。

 

 

「え?」

 

「あ、あっああああぁぁぁぁああ!俺の腕がぁぁああああ!!!」

 

 

 目を開けるとそこには信じられない景色があった。

 

 紗夜の体を貫くはずだった化け物の手は無くなって――斬り落とされており、化け物は痛みを叫ぶ。そして、さっきまでいなかった――背中に『滅』という文字が入った、見慣れない黒い服を着た男が刀を構え目の前に立っていた。

 

 

「もう大丈夫だ、安心しろ。」

 

 

 初めて会った男、初めて聞いた聞いた声、だけど何故か安心した。この人が助けてくれるのならば大丈夫だと心の底から思った。

 

 

「この野郎…!よくもやりやがったなぁ!!」

 

 

 激情した化け物は男に向かい、今までで一番早い速度で突っ込んできた。が、紗夜の中に恐怖が生まれることはない。

 なぜなら男と化け物の勝負は一瞬でついたからだ。

 

 

「…!!」

 

 

 一筋の清流が化け物の首を流し落とした。

 

 化け物が突っ込んできた時には既に首が落ち、頭を失った化け物の体は地面に力無く倒れ込む。

 

 

「もう時期死ぬが、念の為近づくな。」

 

「その黒い隊服!お前は鬼――」

 

 

 その台詞は言い終わる事なく、化け物は塵と化し完全に消滅した。

 

 普通の生物なら首を切られれば普通は死ぬだろう。しかし、あの恐ろしい化け物のことだ、ひょっとしたらいきなり現れてまた襲ってくるかもしれない。

 

 

「……ほ、本当に死んだんですか?」

 

「完全に死んだ。もうさっきのやつが襲ってくる事はない。」

 

 

 「完全に死んだ」その言葉によって紗夜の緊張は完全に解かれ、大きく息を吐いた。そして真っ先に思い出したのは――、

 

 

「!!…日菜!」

 

 

 木の根元に倒れている日菜を抱き抱え何度も名前を呼ぶ。が、反応は返ってこない。

 

 頭を過るのは最悪のシナリオ――一見目立つような怪我は無い日菜だが、かなりの勢いで叩きつけられていたため、見えないところで何か起こっているかもしれない。もう動かないかも知れない。

 

 

「日菜っ……嫌よ…あなたまで失ったら…私はっ……」

 

「安心していいぞ、その子は生きている。気絶しているだけだ。」

 

「!!」

 

 

 咄嗟に耳を日菜の胸に当てると、確かに聞こえてくる。その音は紗夜の心に安心をもたらしてくれる――心臓の鼓動が聞こえる。

 

 

「良かった…本当に良かった……」

 

 

 化け物は死滅し、この世界にはもういない。しかし、あの化け物が奪っていった日常が戻ってくることはなく、娘を守るために命を落とした両親が生き返ることは絶対に無い。

 これからは、この信じたくないことだらけの悲惨な現実で唯一奪われずに済んだ大切な人――日菜を自分が守っていかなければならない。

 

 

「あの…あなたは?」

 

 

 少し落ち着いてきたところで、傍に立つ男に意識を向けた。

 いくら命の恩人で感謝しなければいけないと分かっていても、素性が分からないと流石に少し心配が残ってしまうからだ。

 

 

「俺は鬼殺た……さっきのような化け物を退治する侍のような者だ。」

 

「鬼殺……」

 

 

 さっきから少し気になっていたものがあった。

 それは化け物が死ぬ間際に言いかけたものと、同じと思われる『鬼殺――』という存在。考えるにそれは一つの組織名では無いだろうか?そしてその組織は、この男が言う通りさっきの化け物――組織名からするに『鬼』と思われる存在を退治するのが主な活動なのだろう。

 しかし不思議な点がある、あの鬼の存在とそれを退治する組織。そのどちらも、紗夜や日菜のような一国民の命に直接関わる無視できない存在だ。なのに今まで一度もその存在を聞いたことがなかった。学校でも教わってない。

 考えれば考えるほどますます謎が深まってゆく。

 

 

「…で……な…なんで…」

 

「…日菜?」

 

 

 色々と考えていると腕の中にいる日菜が動いた。意識を取り戻した妹に安堵していたが、その様子はどこかおかしい。

 

 「なんで…」と何度も呟きながら、日菜は刀を鞘に戻す男の方を向き、覚束ない足で立ち上がる。

 そして、ようやく溢れた感情のままに――、

 

 

「なんで…っ!なんで、おとーさんとおかーさんが…殺される前に来てくれなかったの!!あの化け物を退治して、私達のような何も知らない人を守る、それが役目なんでしょ?!…できてないじゃんっ…守れてないじゃんっっ!!!」

 

「ひ…日菜……」

 

 

 少女の悲痛な訴えに侍は黙ったままだった。しかし、今にも飛びかかりそうな少女の目から逸らすことなく、正面から受け止めている。

 

 

「どうして!?ねぇ!黙ってないで答えてよ!!」

 

 

 溢れてくる感情をそのままぶつける。

 この人が悪くないと言うことは分かっている。しかし、この止まらない感情を何処かに、誰かにぶつけないとおかしくなりそうで、分かっていても止められなかった。

 

 

「……すまない。」

 

「っ…それだけ?!全然答えになって「日菜!!!」

 

 

 紗夜が日菜の訴えを遮った。

 

 猛烈な勢いで男に訴え続ける日菜の気持ちはよく分かる。この侍がもっと早く来ていればあの日々は続いていた。その場合日菜を避けてまた辛い思いをさせているのかもしれないが、こんなことになるよりは断然良い。だけど――、

 

 

「日菜…もう、もうやめて……その人は悪くない…それにもう…どれだけ言ったってお父さんとお母さんは…戻って来ないのよ……」

 

「おねー…ちゃん……」

 

 

 振り返った日菜は泣いていた。

 そして、力なく姉を呼ぶとまるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。

 

 紗夜は、目の前で突然倒れた日菜を慌てて抱き抱えると、ゆっくりと呼吸する音が聞こえてきた。どうやら眠りに入っただけらしい。

 

 

「はぁ…ひとまず無事で良かったわ…。あの、妹がすみませんでした。」

 

「いや…その子の言っていたことは正しい。実際俺が早く着いていれば君達の両親が死ぬことはなかった。」

 

「…いえ、貴方が来てくださったおかげで日菜が……私達は助けられました、ありがとうございます。」

 

「……君達の家に戻ろう。疲れただろう?俺がその子を背負って連れていく。」

 

「……はい。」

 

 

 日菜を少しも離したくはなかったが、身体中が悲鳴を上げ、日菜を背負って帰る余力は残っていなかったため、男の善意に甘えることにした。

 この人は信用できる。それは守ってくれたからではなく、今の会話中に見せた表情がとても悔しそうで、悪い人にはどうしても思えなかったからだ。

 

 

「いくぞ。」

 

 

 泥のように眠る日菜を抱える侍と紗夜はゆっくり夜道を帰る。

 途中で見つけた母の遺体は日菜を家に置いてから父の遺体と共に埋葬することにした。

 

 

 

 

「あの…お侍さん」

 

 

 帰りを待つ人が居なくなった家が見えてきた時、紗夜は男を呼び止めた。

 

 

「私を貴方が入っている組織に入れてください。」

 

「!?」

 

 

 男は驚いたあと、真剣な眼差しでこちらを見てきた。

 それはきっと、これから進む道――地獄のような辛く険しい道を進んで行く覚悟があるかどうかを見定めるためだろう。

 

 

「それはどうしてだ?親の仇を打つ為か?」

 

「それももちろんあります。だけど一番の理由は……どうしても守りたい人がいるので。」

 

 

 男に背負われ、静かに寝息を立てる妹の頭をそっと撫でた。

 

 ――これが日菜を撫でる最後になるかもしれない

 

 

「…この子の人生が何者にも脅かされずに済む。そのために私は刀を取ります。」

 

「例え死ぬことになってもか?」

 

「ええ。例え死ぬ事になったとしても、あの化け物からだけは私が守ってあげたい。それが今までこの子を避け続けてきた私に出来る最後の姉としての覚悟なんです。」

 

「…わかった。なら埋葬し終えたらすぐに出発するぞ。」

 

 

 

 このやり取りを眠っていた日菜は知る由もなく、次の日の朝を迎えることとなる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーー

 

 

 全身の痛みで目を覚ました。

 視界に映るのは見慣れた天井。

 

 

「ん、もう朝?」

 

 

 雀の鳴く声は朝が訪れた事を教えてくれる。しかし、いつもならあの悪戯好きの父が何かしら仕掛けてくるのだが…まぁ、朝からどこか出かけているんだろう。

 ともなれば二度寝をしようか……いや、今日はそんな気分では無い。

 

 

「痛たたた、どこか怪我してたっけ?」

 

 

 起き上がろうとすると至る所に痛みが走った。不思議に思い服を脱いでみると知らないところに青タンや擦り傷が沢山ある――そもそも寝た時の服と違う気が。

 

 

「まぁいいや、お腹空いたし。」

 

 

 日菜は服を着直し、痛みに耐えながら寝室を出た。

 そこで再び違和感に襲われた。それはきっと、まだ母が作る美味しい朝食の匂いが漂ってこない事だろう。珍しく寝坊でもしているのか…。

 

 とりあえず、昨日の夕食の残りがあるかもしれないので顔を洗いに行ってから茶の間へ向かうことにした。

 ――昨日……?

 

 

「それにしても静かだなぁ。」

 

 

 氷川家は父を除いて他は朝に弱いので、いつもの朝も特に騒がしくは無いのだがこれはあまりにも静か過ぎる。

 そう、これはまるで自分以外誰もいないような――、

 

 

「あれ?あんなのあったっけ?」

 

 

 庭に出ると見慣れない土の山が二つあった。

 見ているとだんだん体温が低くなっていくように感じて不気味なので、出来るだけ視界に入らないようにして、とっとと顔を洗うことにした。

 

 

「いやぁ、やっぱ今日も寒いなぁ。」

 

 

 いつもと変わらない水の冷たさ。風によって生じる凍てつくような痛み。

 嫌なはずのそれらが何故か嬉しいようにも感じられ……いや、痛みが気持ちいいと言うわけでは無いのだが。

 

 そうこうしていると扉の前まで来ていた。ここまで来てもやはり朝食の匂いは無く、煙も出ていない。

 突然、頭痛に襲われ、庭にあった二つの山が頭を過った。何故かは分からない、しかし、何か忘れているような気がしてならない――、

 

 

「…え………?」

 

 

 扉を開けると誰も居なかった。

 台所は使われてなく、釜戸も囲炉裏どちらも火がついていない。

 

 また頭痛に襲われた。 

 夜、手を繋ぎながら走っていた。何かから逃げているようだった。繋がれた手の先には――。

 

 今回頭を過ったものは先程とは違って記憶に無い。無いはずなのに感覚や風景が妙にリアルだった。

 

 

「……誰か…いないの…?」

 

 

 返事は返ってこない。

 その代わりのようにまた頭痛が走り知らない景色が頭を過ぎる。

 

 

「っ!?さっきからなんなの?!分かんないよ!!」

 

 

 日菜は発狂した。

 何度も頭を過るその景色はどれも日菜の心を深く抉って、治らない傷を与えてくる。

 

 朦朧とする意識の中、ふと紙が置かれているのに気付いた。

 そこに書かれている文字は見間違えるはずもない、紗夜の字だ。

 

 

『キャンディ嬉しかったわ。今までありがとう。』

 

 

その日、日菜の周りから家族は居なくなった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あぁ、あの日からか。

 

 

いや、気付いてなかっただけで私がこの世に生まれた時からだったのかもしれない。

 

 

私は現実が嫌いだ。

 

 

今も目の前で大切な人が私を殺そうと刀を振り上げている。

 

 

私は現実が嫌いだ。

 

 

 

「さよなら、日菜。」

 

 

振り下ろされた刀は肉を切り裂き、辺りを血で赤く染めた。

 

 

 




こんばんはヒポヒナです。

まず初めに注意なんですけど、紗夜と日菜を助けたのは義勇さんではありません。柱ではないけど、実力がそこそこ(遊郭編の炭治郎ぐらい)ある水の呼吸使いの隊士です。(初めは義勇さんにしようとしたけど、そうしたら後の話で合わなくなるので…)

文字数もまたまた予定してた倍になってしまって長々とすみません…
長くても楽しく読めるように書きたいです(--;)

多分あと少しで二人は戦います。多分きっと。

最後に、パレオ可愛い。

それでは、最後まで読んでくださりありがとうございました。ばいちっ!
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