日脚が照らす景色   作:ピポヒナ

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終話 千日紅

 鬼とは悪なのか。

 

 鬼となった者は全て悪なのか。

 

 形はどうであれ残された家族を守る為に鬼と化した者は悪なのか。

 

 

 ある者は、託された未来を繋ぐ為に刀を振った。

 

 ある者は、胸に秘めた憎悪を触媒に毒を盛った。

 

 ある者は、弱き者を助ける為に闘志を燃やした。

 

 ある者は、陰に飲み込まれないよう派手に輝いた。

 

 ある者は、穢れた過去を浄化する為に血を流した。

 

 ある者は、本当の自分とあるべき幸せを守る為に刃となった。

 

 ある者は、選ばれた人間であるが故に無限の力を有した。

 

 ある者は、かつての自分と救われなかった全ての命に涙を流した。

 

 ある者は、一人の幸せを願い迫りくる脅威を吹き払った。

 

 

 鬼を斬る理由は、突き立てられた刀の数だけ存在する。

 

 そして、それらの理由に全く同じものは存在しない。

 

 しかし、全ての理由に共通するものが一つだけある。

 

 

 ――それは、大切な者の存在。

 

 

 守る為、復讐する為、隣に立つ為――、

 それらの理由には、必ず大切な者の存在が関わっていることを忘れてはならない。

 

 その存在を忘れてしまった者が辿るのは、一人では決して引き返すことができない崩壊への道。

 

 

 だから、人は大切な者への想いを原動力に毎日を生きている。

 

 

 

 それならば、その大切な存在が鬼と化した場合、人はどうするのであろうか。

 

 

 ある者は、悲痛な現実を嘆き、全てを諦め自ら命を絶とうとした。

 

 

 決して不思議に思うことでは無い。

 

 恐らく多くの人々が同じようなことをするだろう。

 

 それほどまでに、大切な者の存在は大きい。

 

 

 しかし、ある者は、鬼となった妹を人間へ戻す為に刀を握った。

 

 そして、その者は、崩れゆく鬼が持つ過去への悲しみを感じ取ると優しい慈悲を与えた。

 

 

 鬼にも辛い過去がある。

 

 鬼にも同情するような理由がある。

 

 少年は、大切な者が鬼と化したことをきっかけに、誰も気が付かなかった鬼の弱さを知った。

 

 

 それでは、改めて問おう。

 

 

 鬼とは悪なのか。

 

 鬼となった者は全て悪なのか。

 

 形はどうであれ残された家族を守るために鬼となった者は悪なのか。

 

 その答えを決めるのは、他でも無い自分自身――、

 

 

「そう…その目を……その殺意に満ちた気迫を待っていた…!やっと…やっとよ…!やっと本気の日菜と闘える!やっと日菜を殺せる(越えられる)!!」

 

 

 至る所が血の色に染まった部屋に、鬼の声が響く。

 ようやく手の届くところまで来た夢に興奮しても尚、鬼の目線は日菜から離れない。

 

 

「あー、ゾクゾクする……。…本気になってくれた日菜の為にも、私も本気で挑まないとね」

 

 

 再生した片腕の感覚を確かめると、鬼は腰を落とし刀を構えた。そして、向けられる全身が焦されるような殺気に対し、全身全霊の殺気で応える。

 

 向けられた体の芯まで凍りつけられるような殺気に、日菜の手が少し反応した。そうして生じた僅かな動きにより、日菜の刀の剣先から鬼の血が零れ落ち、畳を更に赤色に染め上げる。

 

 その瞬間に鬼は姿を消した。

 

 

「フッッ!」

 

 

 雨の呼吸 陸ノ型 鬼雨(きう)・突

 

 突如、目の前に現れた鬼が放つは、手加減無き一突き。心臓目掛けて放たれるその速度は、全ての柱が持つどの剣技をも上回る。

 

 しかし、日菜はそれを眉一つ動かずに見切り、最小限に体を逸らす事で紙一重に躱す。そして、そのまま手首を返し、

 

 晴の呼吸 肆ノ型 来光(らいこう)

 

 下段から昇って来るは、日光の如し光をその刀身に宿した一太刀。

 

 鬼は、半ば無理矢理体を回転し得た勢いを己の刀に乗せ、迫りくる光にぶつけることで軌道を変える。が、まるでそうされる事を分かっていたかのかのようにすぐさま振られた二撃目は鬼の右肩を捉え、そのまま袈裟斬りにする。

 

 

「く…っ!」

 

 

 斬られた痛みに顔を歪ませた鬼は、日菜から距離を取ろうと体重を踵に乗せる。しかし、また日菜はそれすらも見切っていて、逃さまいと距離を詰め――、

 

 

「!」

 

 

 その瞬間、鬼の表情が変わった。

 鬼が浮かべた不敵な笑みに日菜は目を見開く。

 

 鬼の距離を取ろうとした素振りはフェイク。日菜を釣り出すための罠。

 

 鬼の思惑通りに動き、罠に掛かった日菜は鬼へと向かい続ける体を全力で逸らした。が、完全には避けれずに斬撃を受けた左頬から血が吹き出す。

 

 勢いを受け身で殺し、日菜はすぐに立ち上がり体勢を立て直す。見上げた瞬間に映ったのは、目の前で刀を振りかぶる鬼の姿。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 雨の呼吸 肆ノ型 篠突く雨(しのつくあめ)

 

 呼吸することすら許さない圧倒的連撃の様はまさに豪雨。

 

 日菜は直感に身を任せ、襲いくる斬撃の数々を弾いては軌道を逸らす。が、全てを捌くことは出来ずに、羽織は血で染まり、更に元の色を失っていく。しかし、鬼の刀は日菜の急所を掠めることすら無かった。

 

 

「?!」

 

 

 鬼の最後の一撃が空を斬った直後、轟音が二人のいる部屋を満たした。

 轟音を起こしたのは日菜の踏み込み。その力は、踏み込んだ畳を一瞬にして半壊にする程。

 これ程までに強く踏み込んだのは、目の前にいる鬼の懐に入り込み、確実に斬るため。反撃の狼煙を上げるため。

 

 

「ッッ!!!」

 

 

 晴の呼吸 壱ノ型 天道(てんどう)

 

 渾身の踏み込みから放たれた横一閃は、鬼の腹を深く抉る。鬼は吐血し、そのまま体のバランスを崩した。そして、研ぎ澄まされている日菜の感覚がこの隙を逃す訳がなく、

 

 晴の呼吸 陸ノ型 暁光の舞(ぎょうこうのまい)

 

 光が鬼の周囲ごと包み込み、辺りに血が飛び散る。光が収まると同時に現れた鬼の姿は、全身の至る所に斬り傷が出来ており、その場で膝をついていた。

 

 ――殺せる。

 

 この時の日菜の心にはもう紗夜との思い出は無い。それどころか、目の前にいる鬼を斬るということ以外は何も残っていなかった。

 だから、視界に映る傷だらけの姉の姿を見ても湧いてくるのは煮えたぎるような憎悪、そして、止めどない殺意。その他は一切無い。日菜は何も考えない。

 

 日菜は鬼へ向かって跳ぶと、力一杯刀を握り直し振りかぶる。

 

 晴の呼吸 弐ノ型 酷烈炎天(こくれつえんてん)

 

 癒しを忘れた太陽。地獄のような熱を纏った刃が、膝をつく鬼の首を焼き斬る為に振るわれ――、

 

 

「!!」

 

 

 鬼は顔を上げ、視界いっぱいに日菜を見る。

 ようやく訪れた本気の日菜と闘える機会。そして、その闘いはまだ始まったばかり、このままでは決して終わることはできない。終わらせない。

 

 鬼は立ち上がり、迫りくる絶技に対抗するべく刀を高く構え、

 

 雨の呼吸 伍ノ型 慈雨の羽衣(じうのはごろも)

 

 

「?!」

 

 

 鬼が振った刀はゆっくりだった。

 それは、日菜――柱のような異常な身体能力、目、感覚を持つ者から見てという訳ではなく、刀を今まで振ったことがない一般人が振る速度よりも遅かった。極限の闘いの中、それはもちろん命取り。そんな力、勢いでは日菜の技を受け止められる訳がない。

 

 しかし、日菜は鬼を斬れなかった。刀同士がぶつかった瞬間、それ以上日菜の刀は進まなかった。

 まるで添えられるかのように当てられた鬼の刀が、日菜の技の威力を優しく包み込みその熱を掻き消したのだ。

 

 技が不発に終わった後、跳んだ勢いのまま二人は鍔迫り合いの形になるが、日菜が直ぐに弾いて距離を取る。

 

 

「ウッ…?!」

 

 

 突然襲った謎の疲労感に日菜は、咄嗟に刀を床に突き立て、体重を乗せる。

 吐き気、耳鳴り、頭痛が止まらない。その上、両腕の血管が浮き出ており震えている。無理矢理に呼吸で抑えようとしても呼吸自体が荒れており、すぐには出来ない。

 

 

「フー……フー…」

 

 

 日菜が使う晴の呼吸は強い。

 始まりの呼吸――日の呼吸には劣るものの、繰り出す技の威力は他の呼吸よりも基本的に高く、鬼の再生を少し遅らせることができる。

 

 しかし、もちろんその代償はある。他の呼吸よりも使い手にかかる負担が圧倒的に大きいのだ。

 今までの日菜の闘いは、持ち前の才能による常軌を逸した戦い方と晴の呼吸の強さによって、それほど苦戦するような闘いは無く、すぐに決着がついていた。そのため、晴の呼吸が持つ強力な反動を感じることは無かった。

 今の闘いもまだ数合打ちあっただけで、時間にしては三分も経っていない。しかし、その短い時間内での呼吸の連続使用は、壊れてしまったおかげでいつも以上に無理が効くようになった日菜ですら倒れそうになるほどの感じたことのない苦痛を与えていた。

 

 

「あら?再生が遅い…これも貴方の技なのかしら?…流石日菜、私は嬉しいわ」

 

 

 「再生が遅い」そう言った鬼だが、日菜が与えた傷はほぼ治っていた。

 晴の呼吸による再生遅延を受けてもこの再生速度。その速さは恐らく上弦の中でも上位に入る。

 

 

「だって、これだけ強い日菜を殺せば(越えれば)、どんな相手からでも私は日菜を守ってあげられる…!でも、もっと強く……もっとよ日菜、私を失望させないでよね?」

 

 

 そう言うと鬼は構え直す。そして、日菜を睨みつけ、床を蹴る。二人の距離はすぐに無くなり、お互いの間合いへと入った。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 唐竹。それを日菜は体を回転させることで躱し、そのままの勢いを乗せた振りで鬼の首を狙う。

 日菜の刀は見事に首を捉え、そのまま斬り裂き――、

 

 

「っ??!」

 

 

 血を吐いた。

 隊服の横腹辺りが血で滲んでいた。

 

 

「次、行くわよ」

 

 

 声のした方に振り向くと、首を斬った筈の鬼が何事も無かったかのようにこちらを向いて立っていた。

 日菜が鬼を見たその瞬間、鬼はまた日菜に向かって斬りかかる。

 

 

「フッ!ハァッ!!」

 

 

 繰り出された右薙、左斬上の二撃を躱し、

 

 晴の呼吸 壱ノ型 天道

 

 反撃の横一閃が首を一気に抉りとった。が――、

 

 

 「ッッ…!」

 

 

 左肩と右ももから血が吹き出した。

 そして、振り返ると鬼が立っていた。その鬼の首は繋がっており、傷跡すら残っていない。

 

 ――雨の呼吸 壱ノ型 霧雨の幻界(きりさめのげんかい)

 

 鬼になったことで得た血鬼術と雨の呼吸を組み合わせた唯一の技。

 血鬼術で幻覚を見せ、そうして出来た隙を斬るというシンプルな技だが、シンプルだからこそ相手は騙される。

 視覚は、人間が取り入れる情報の約九割を占めるほど役割は大きい。その視覚が騙され役に立たないということは、相手に大きなアドバンテージを与えているのとそう変わらない。

 

 

「っ!」

 

 

 見えない刃が胸を掠めた。

 

 受けている日菜からしてみれば、完全に避けた筈の攻撃で斬られ、斬った筈の鬼が無傷で立っているという不可解な現象が起きている。

 しかし、日菜は着々とその現象に順応していた。今の鬼の攻撃も、胸を斬られたもののその傷は浅く、動きに支障をきたさない程度のものだ。

 

 幻覚の鬼が刀を振り上げる。が、日菜は動かなかった。防御すらしようとしなかった。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 振り下ろされた刃は日菜の頭を斬ることはなく通り抜けた。

 

 その直後、日菜は振り返り、刀を振る。そして、返ってきたのは、確かな手応えと刀同士がぶつかりあった鋭い音。

 日菜の直感と才能が血鬼術を上回ったのだ。しかし、まだ鬼の姿は日菜には見えていない。

 

 日菜は構え直す。

 向いているのは鬼がいる方向では無い。

 

 晴の呼吸 参ノ型 晴天白日(せいてんはくじつ)

 

 放った一振りの光が部屋を包んだ。

 

 そして、その光が消えた瞬間に日菜は、目の前に映った鬼との距離を詰める。その鬼は本物。幻覚は光が全て打ち消した。

 

 

「それでこそ日菜よ!」

 

 

 勢いに任せた一振りを鬼は正面から受け止める。弾けた火花が頬を掠めるが、二人の意識がそちらを向くことは無い。

 

 続けて振るわれる二撃目、三撃目。日菜がひたすらに攻める。

 鬼に休む隙を与えない日菜の猛攻に対し、鬼は完璧にそれを捌き、攻撃のほんの僅かな間を縫うように反撃を入れる。しかし、それでも、その的確な反撃でさえも日菜には届かない。

 

 行き交う目にも止まらない斬撃の数々。

 高く鋭い音だけが部屋に絶えず鳴り響いていた。

 姉妹が織り成すその剣戟は、まるで踊っているかのようにも思え、もはや幻想的ですらあった。しかし、実際繰り広げられているのは、ほんの一瞬の気の緩みですら致命的な綻びに直結する死の演舞――互いの目に映る大切な存在を殺すまで終わりが来ることの無い悲しき剣劇。

 

 

 そして、数分間続いた一進一退の攻防がついに動き出す。

 

 斬撃を受け流した鬼がようやく隙らしい隙を見せた日菜の胴体を目掛け渾身の三撃を放つ。

 

 それは決して連撃ではない。

 連撃とは、字の通り連続しての攻撃を指す。つまり、決まった攻撃の流れがあろうと、どれだけ次の一撃が早かろうと、相手を襲うのは一撃ずつである。

 しかし、鬼が放つのは連撃を凌駕している。

 それは、鬼となり身体能力が格段に上がったことによって可能となった絶技。

 袈裟斬り、逆袈裟、逆風が全くの同時に繰り出され相手を斬る――晴空を斬り裂く天の三撃。

 

 雨の呼吸 弐ノ型 無雨蓮舞(むうれんぶ)

 

 

「――!!」

 

 

 日菜の研ぎ澄まされた感覚が、今までに無いほどの大音量で警鐘を鳴らす。

 目を見開いた日菜は、迎え撃つべく咄嗟に技を放つ。

 

 晴の呼吸 弐ノ型 酷烈炎天

 

 一撃の威力では、鬼の技よりも日菜の使う技の方が圧倒的に上回っている。

 しかし、技を繰り出した時には既に遅い。

 

 

「っッ……!!?!」

 

 

 日菜の指が数本斬り取られた。

 そしてその他にも、体を斬られ、それも決して軽傷ではない。

 

 

「フッッ!!」

 

 

 よろめいた日菜に追撃をかけるべく、鬼は刺突を放つ。すると、日菜は顔を少しだけ傾けることで刺突を躱し鬼へと突っ込んだ。

 

 

「?!」

 

 

 刃が日菜の頬をなぞり、髪を切る。が、日菜は止まらない。頬を更に血で濡らしながらもそのまま進み続け、鬼へと近づき、

 

 晴の呼吸 肆ノ型 来光

 

 傷を負いながらも振るった一撃は、鬼の体を深く斬ることに成功する。しかし、鬼も負けじと攻撃後の隙を狙う。

 

 

「ッッ!」

 

 

 日菜は刀から手を離し、低くしゃがむことでそれを回避した。

 突然宙に捨てられた刀に鬼は釘付けになる。

 

 相手の視線、筋肉の動き、体重移動…他にも相手の攻撃を予測し、対応するために闘いの中で見るべき要素は多い。もちろんその一つに相手の持つ武器も入る。

 しかし、それは要素の一つに過ぎず、そればかりを見ることは無い。本能的にではなく、常に考えながら闘っている鬼なら尚のことだ。

 だが、鬼は直前に自身の体を深々と斬った刀に対し、無意識のうちに注意が増していた。それは決して不思議なことでは無い、鬼も生物であり、人間と同じく恐怖心を抱く。しかし、それが鬼のミスであり、明確な隙を晒す原因となった。

 

 その凶器――武器から手を離すという日菜の行動は、重力に抗うことなく落ちて行くそれがゆっくりに見えるほど集中していた鬼の脳を硬直させ、判断を遅らせ――、

 

 

「なっ?!」

 

 

 突如、足に走った衝撃と共に支えを無くした鬼は、そのまま背を畳に打ち付けた。

 見上げる視界に映ったのは、体勢を低くした日菜が足を床に滑らしている姿。

 

 ――足を払われた?!

 

 そうと理解した時には既に日菜は跳躍し、宙にある刀を掴んでいた。

 そして、倒れ込む鬼の首へと照準を合わせ、落下する勢いを乗せた光の一撃をそのまま叩き込む。

 

 晴の呼吸 伍ノ型 烈日光輝(れつじつこうき)

 

 床ごと巻き込んだその攻撃によって、周囲の畳は形を変えながら吹き飛び、煙が舞い上がった。

 

 

「ッ…ヴッ……!??」

 

 

 技を放った後、日菜はその場に膝をついた。

 晴の呼吸の酷使による反動。あまりの頭痛の激しさに、左手で自らの顔を覆い掴む。そして、奥歯を噛み締め、強く目を瞑って痛みを何とか誤魔化そうとする。

 僅かに開けた右目で、本来指があるはずの所から薄らと見えたのは、衝撃によって壊れた床。そして、その所々が血で赤く染まっている跡。

 しかし、斬ったはずの鬼がどこにもいない。

 

 

「――ッ…!」

 

 

 突如、目の前の煙が不規則に揺れ、無傷の鬼が煙の中から突っ込んできた。反動で思うように動けない日菜は膝をついた状態のままぎこちなく刀を振る。鬼は避ける素振りすら見せずにそのまま進み続け、

 

 

「?!」

 

 

 日菜の刃が鬼に触れた瞬間、煙と共に鬼の姿がブレ、そして消えた。何かを斬った感覚は無い。

 

 

「ハァァッッッ!!!」

 

「グッツ?!」

 

 

 その直後、視界の端から現れたのは、全身に斬り傷をつけた隻腕の鬼。

 そして、かつて無いほどの衝撃が通り抜けた。

 

 雨の呼吸 参ノ型 曇天裂雨(どんてんれつう)

 

 それは、繰り出す前に数秒間の溜めが必要という相手に隙を晒すも同然な行為の為、鬼が普段の戦闘では使わない技。鬼自身も使うことは無いと思っていたほどだ。

 しかし、日菜が晴の呼吸の反動に苦しんでいる時間は、そのデメリットとも言える溜めを行うには十分だった。

 

 この技は『斬』というより『打』。

 相手を斬るというよりも内部破壊を目的とするという、剣技の中でも異彩を放つ技だ。その威力は凄まじい上に、例えどんなに硬い盾で防いだとしても、威力は貫通し相手に届く。

 

 

「ガハッッ…!!」

 

 

 日菜は咄嗟に反応して刀を入れることで防御を間に合わせた。が、それを嘲笑うかのように一瞬で刀は半分に砕かれた。

 防御無視の痛撃を前に為す術も無く吹き飛ばされ、壁にうちのめされた日菜は血を吐き出す。

 

 

「……??!」

 

 

 倒れた日菜は立ち上がらない。いや、立ち上がれないと言った方が正しい。日菜は何度も立ち上がろうとしたが、その度にすぐにバランスを失っては体を床に打ち付ける。

 

 

「――ぁ」

 

 

 日菜は次第に弱々しくなっていき、最後に鬼を見上げるとそこで意識を手放した。

 

 

「……こんな傷、人間のままだったら即死じゃない…」

 

 

 虚ろとした目で見上げてきた日菜を遠くから見る鬼――紗夜はポツリと呟いた。

 

 日菜の刃が当たる直前、紗夜は床に向けて技を打つことで自分の体を吹き飛ばし、なんとか躱すことに成功した。それでも、片腕と首の半分が斬られていた。

 その他にも日菜に斬られた回数は多く、致命傷とも言える物も少なくない。しかし、それらの傷でも完全に首断たれない限りは軽傷。それもこれも鬼となったおかげ。

 

 

「鬼の力に頼ってばかり…そもそも私だけじゃこうして日菜と本気でぶつかり合えてすらなかったかもしれないから何とも言えないわね…」

 

 

 紗夜には剣才があった。しかもそれは、将来確実に柱になれる程の十分すぎる才能。しかし、鬼を斬るために振るわれる筈だったその才能は、皮肉にも紗夜が鬼となり人を喰らい続けた事で完全に開花した。

 それは、長い年月もの間厳しい鍛錬を続けることでようやく手に入る高み――紗夜が本来訪れる筈だった頂。しかし、それ程の強さを手に入れても尚、まだ紗夜は強さを求め、喰らい続けた。

 それも全ては、日菜を守れるだけの強さを手に入れる為。だが――、

 

 

 大抵の事に対して才能を持つ日菜。

 その中でも剣の才能は、他の才能よりも頭一つ飛び抜けていた。

 その凄まじい才能から、日菜が二十歳になる頃には、現在鬼殺隊最強と謳われている岩柱 悲鳴嶼行冥をも大きく上回るのでは無いかと噂されている程だ。

 その証拠に、発展途上の今の実力ですら、紗夜が人間の状態で迎えるはずだった全盛期――他の柱と同等の実力を超えている。

 

 日菜の剣技を一言で表すとするならば、それは『閃き』だ。

 独自で生み出した呼吸であるため、剣筋はデタラメ。常人では思いつかないような攻撃をするのは、常に余裕を持ち続け、己の直感を信じているから。

 それらが何故か上手く噛み合い、奇跡的なバランスで成立しているのは日菜の才能がズバ抜けているからなのだろう。

 

 しかし、奇跡的なバランスであるが故に綻びが出やすい。

 現実に打ちのめされたことにより壊れた日菜に余裕は微塵も無く、攻撃意識が強くなり過ぎた為に、この闘いではいつも以上に攻撃を受けている。そして、そこから追撃のように初めて経験した呼吸の反動は、ほぼ互角の二人の闘いにおいて致命的な綻びとなるには十分だった。

 

 

「これだけの致命傷…結局、私は鬼になっても日菜を超えることは出来ないっていうことね……」

 

 

 相手の弱点を攻める。

 あらゆる種類の闘いにも言える基本的な攻め方だ。

 そしてもちろん紗夜も日菜の弱点を突いた。その結果、紗夜は立っており、倒れる日菜を遠目に見ている――紗夜の勝利と言ってもいい状況になった。

 

 それでも紗夜が釈然としないのは、身体中にある傷が、己の技術が日菜より劣っているという証明と感じたからだ。

 

 ――同じ条件ならやはり負けるのでは無いだろうか……

 

 ――これで勝ったとしても本当に日菜を超えたと言えるの……

 

 

「いえ…私の力では日菜を超えられないことは分かっていた。それでも、これだけはどうしても負けてはいけないと心に決めた。それを貫くために鬼になった。だから、今更こんな事を考える必要は無い。…日菜、これで……」

 

 

 紗夜は湧き出た思いを払拭し、遂に守れると――超えたと証明するべく倒れる日菜へと歩きだす。

 

 

「――――」

 

 

 日菜の意識は彷徨っていた。

 真っ暗で光が無い、そんな世界を一人で歩いていた。

 

 すると、一人の少女を見つけた。

 十二歳ぐらいだろうか、少女が一人で泣いている。

 その光景は不思議ながらも日菜の心を掴んで離さない。

 

 ――大丈夫?どうしたの?

 

 放っておけず、日菜は声をかけた。しかし、少女には聞こえていないのか日菜に見向きもせずに泣き続けている。

 

 困っていると、もう一人少女がやってきた。泣いている少女と瓜二つ、そして日菜と同じ翠色の髪が印象的だった。

 その少女は、泣いている少女に対してどうしたらいいのか分からないのか、辺りをキョロキョロと見ている。

 

 ――もしかしてあの子のおねーちゃん?

 

 やはり、声は届いていないようだ。それどころか、日菜の存在を感じ取れてないかのように、少女の前に立ち、手を振っても反応は少しも返ってこない。

 

 少女は一つ大きく息を吐き出すと自分の頬を叩き、泣いている少女の横へと座り声をかけた。

 日菜にその声は聞こえなかったが、泣いている少女へと向ける瞳や表情が愛情に満ちていたので、どういう言葉を言ったのかはなんとなく想像ができる。

 

 ――暖かいな

 

 そう思ったのは、少女がぎこちない手つきで泣いている少女を抱き締めた時だった。

 胸の底から湧き出た感情は、何処か懐かしくて愛おしかった。どうしてそう感じたのかは分からないのだが、そう感じた。

 

 ふと気がつくと、目の前に大人の男女二人が立っていた。状況が掴めていないのか、二人とも目を見開き驚いている。

 

 女性が男性に何か囁くと、それを聞いた男性は困った表情で腕を組み、何かを考える仕草をした。そして、思い付いたのか手を叩き、自信満々な表情で少女達の方へ向くと、顔を手で覆い隠し、

 

 ――え…?

 

 男性がしたのは言ってしまえば、いないいないばぁだ。なんとか笑わせようと考えた結果なのだろうが、十歳を超えた女の子を笑わせようとしてやるものではない。どうしてあんなに自信に満ち溢れていたのか…謎である。

 それを向けられた少女の反応も良くなく、冷たい目線を送られる始末。

 相当ショックを受けたのか男性は『そんな…』と大袈裟に落ち込み、それを女性が慰めている。随分と仲のいい夫婦なことだ。

 

 もう一度女性が男性に何かを囁いた。

 笑みを浮かべる女性に対し、男性は顔が赤くなっている。

 すると、先に女性が動きだし、二人の少女の後ろに位置取った。そして、男性に手招きをする。

 男性は、恥ずかしいのか頭をポリポリと掻きながら、それでいて少し笑みを浮かべながら手招く女性の方へと近づいて行く。

 

 ――何をするんだろう?

 

 と、思っている間に男性は女性の元まで着いていた。

 二人は互いに見合い、もう一度優しく笑みを浮かべると、女性は二人の少女を、男性はその三人を優しく抱き締め、四人は一つに包まれる。

 やがて、少女の泣き声は消え、聞こえるのは四人が笑い合う声だけになっていた。

 

 ――…あ、あれ…っ?

 

 気がつくと涙を流していた。

 何度拭っても、すぐに新しく滴り落ちる涙が頬を濡らして行く。

 それはまるで目の前で笑う少女の代わりに泣くかのように、涙は溢れて止まらない。

 

 ――え…なんで……

 

 そして、辺りを見渡すと日菜を包み込んでいた暗闇の世界は、見慣れた世界へと変わっていた。

 

 懐かしい我が家。

 辛いことも沢山あったけれども、幸せな日々だった。

 

 

『あなた…もしかして日菜?ううん、分かる。あなたは日菜ね』

 

『本当だ、日菜じゃないか!こんなに大きくなって』

 

 

 顔を上げると、先程の二人の男女――父と母がこちらを見ていた。

 

 あの日、日菜と紗夜を守る為に、鬼に殺された二人がいる。それは有り得ない、きっとこれは夢、走馬灯というやつなのだろう。

 

 

『どうしたの日菜?泣いているじゃない』

 

『何かあったのか?!お父さんが助けてやるから言ってごらん』

 

 

 二人は本物ではない、自分が生み出した幻影、そう分かっている。

 その筈なのに、触れられる頬、優しく握られる手、向けられる愛が暖かくて、優しくて、大好きで――、

 

 

 『日菜』

 『日菜』

 

 

 抱き締められた。

 涙が再び勢いを取り戻し、流れて行く。

 

 

『何があったか分からないけど、大丈夫よ。私達はいつでも日菜の味方。もちろんお姉ちゃんだってそう』 

 

『そうだぞ、皆日菜の味方だ。日菜のことを応援してる。だから日菜は、自分がやるべきだと思ったことをやりなさい』

 

『途中で折れてしまったとしても、絶対に私達が日菜を支えてあげるから安心して。だから、一度心に決めたことなら最後までやり遂げなさい』

 

 ――でも、それだとおねーちゃんを

 

『そんな心配しなくていいぞ日菜。紗夜が日菜の事を嫌いになることなんて絶対に無いからな。何があろうと日菜への愛情は変わらない。なぁ、そうだろ?』

 

 

 そう言うと、父は振り返り、翠色の髪の少女――紗夜の方へ視線を向けると紗夜は照れくさそうに無言で頷いた。

 すると、その様子を横で見ていた少女――先程まで泣いていた小さな私が満面の笑みで紗夜へと飛び込み抱き付いた。

 

 

『ははは』

 

『ふふ』

 

 

 父と母は笑う。

 それに釣られてか、心が暖かくなっていき日菜も笑みを浮かべていた。

 

 

『まぁ、そう言うことで大丈夫だ!』

 

『それに私達家族だけじゃないみたいよ?日菜がこんなに頼られるようになるなんてお母さん嬉しい。ささ、そんな所に居ないでこっちに来なさいよ』

 

『え、えっと…私がここにいるのって少し場違いな気が……わぁっ?!日菜さんいきなり抱き付いてくるのはビックリしますよ!?』

 

 

 声が聞こえた瞬間に、日菜の体は動いていた。

 伝わってくる熱――前に抱き締めた時には感じなかった温もりが全身に染み渡る。

 

 ――つぐちゃん…っ

 

『え、さっき笑っていたのに泣いて……もしかして私、何か悲しませるようなことしていました?』

 

 

 つぐみの胸に顔を埋める日菜は、首を横に振る。

 

 守ってあげられなくてごめんなさい。約束したのに私のせいで死なせちゃってごめんなさい。それと――、

 言いたいことは沢山ある。なのに、口にしようとしても出てくるのは嗚咽ばかり。

 何も伝えられない。

 それが心を一番痛めつけていた。

 

 

『――日菜さんが生きていてくれれば、私はそれだけで嬉しいです。後悔なんてありません。それに、ちょっと図々しいかも知れませんけど、私の命にも意味があったって胸を張って言えるんです。だから、私は日菜さんをこれっぽっちも憎んでいませんし、謝罪は受け付ける気もありませんよ』

 

 

 顔を上に向けると、つぐみは笑っていた。

 

 彼女が嘘を付かない人だということはよく分かっている。これは紛れもない本心からの言葉だ。暖かい。

 私がどうしてこんなに愛されているかは分からない。けど、少なくとも私がつぐちゃんを好きだということは分かる。だから、

 

 

 ――ありがとう、つぐちゃん

 

『はい!どういたしまして!!』

 

 

 何度も救ってくれた彼女に伝えた全ての想いを込めた感謝の一言。

 それをつぐみは飛びっきりの笑顔で受け止める。

 

 

『私が伝えたかったことは全部日菜さんのご両親が言ってくれたので、私は日菜さんと新しく約束をしようと思っています』

 

 ――約束?

 

 

 胸がズキリと痛む。

 果たせなかった後悔が身体中を駆け巡る。

 それを察したのか、つぐみは手を取り、ギュッと握り、

 

 

『もし、来世でお互い人間に生まれ変わったら絶対に会いましょう。日菜さんの思いつきに振り回される、そんな日々をまた過ごしたいんです』

 

 

 そう言いながら、つぐみは小指と小指を絡める。

 

 嬉しい。本当に嬉しい。これだけの幸せを貰っていいのだろうか、ハッキリ言って返せる自信は無い。

 

 

 ――いいの?迷惑かけちゃうよ?

 

『迷惑かけている自覚あったんですね…でも大丈夫です。もう慣れっこですし、私はあの時間が好きでした』

 

 ――変なつぐちゃん

 

『日菜さんのせいですからね…責任取ってください』

 

 ――うん、分かった。

 

 

 私もまた会いたい。そう思っている。

 

 

 ――約束する。来世はもっと平和な世界に産まれて、出会って仲良くなって…今世では無理だったお団子食べに行く約束も果たしに行こうね

 

『楽しみに待っていますからね!ちゃんと守ってくださいよ!』

 

 ――それじゃあ、一緒に歌おうか

 

『はい!』

 

 ――せーの! 『せーの!』

 

 指切りゲンマン〜と二人は一緒に歌っていく。

 その姿を横で見ていた父と母は、優しく見守りながら号泣していた。

 歌い終わってから、隣で泣いている二人を見るとまた泣きそうになった。だけど、私は涙を拭い、今出来る最高の笑みを浮かべて、

 

 

 ――それじゃあまたね、つぐちゃん!

 

『また会いましょう、日菜さん!』

 

 

 そして、

 

 

 ――行ってきます

 

『いってらっしゃい日菜』

『日菜なら大丈夫だ!』

 

 

 体を反転して歩き出す。が、すぐに後ろからグッと引っ張られた。

 

 あれはさよならの雰囲気だったじゃん!と思いながら振り向くと、羽織の端を掴んでいる紗夜と目が合った。

 

 

『…日菜』

 

 ――何?

 

『私をお願い』

 

 ――うん、任しておねーちゃん

 

 力強くそう答えると、紗夜は安心した表情を浮かべてそっと羽織から手を離した。

 

 止める手が無くなった私は歩き出し…

 

 

 ――えっと…また?って私か

 

『うん!』

 

 

 また羽織を引っ張られたので振り返ると、今度は小さい私がいた。

 

 

『大っきいあたしに質問!おねーちゃんのこと好き?』

 

 ――うん、好きだよ

 

『大好き?』

 

 ――私なら分かるでしょ?世界で一番大好き

 

 

 『うん!大好き!』と満面の笑みを浮かべながら、小さい私は羽織から手を離した。

 

 世界で一番大好き。

 ここにいる全員そうだ。

 心の底から大好きだ。愛している。

 

 そうか、これが私の本当の想い。

 

 

 ――ありがとうね、大切な物を思い出せた気がする

 

『そっか!良かったぁ!それじゃあ、大っきい私頑張ってねー!』

 

 

 自分の応援を最後に聞いて、覚悟を決める。

 力は沢山貰った。

 さぁ、ここからみんなの為にも、おねーちゃんの為にも頑張らないと。

 

 

 

「――?!」

 

 

 突然全身に痛みが走り、現実に戻って来たことを実感する。

 見上げるとこちらに近づいてきている紗夜と目が合い、紗夜は足を止めた。

 

 

「分かっていたけど、生きていたのね日菜」

 

「おねーちゃんに任されちゃったからね…それをやり遂げるまで私は死ねないなぁ…」

 

「…?何を言っているの?」

 

 

 分からないも当然だ。

 任してくれたのは私の中にいるおねーちゃんだ。

 でも、偽物だからといって破る理由にはならない。

 

 

「――ッ!?結構痛いな…これ」

 

 

 指が数本無い上に、血を流し過ぎて意識が少し朦朧としている。そして、肋骨が何本か折れている。

 何となく分かる限りだとこのぐらいか、相当ボロボロである。それだけ本気でぶつかり合った結果なのだろう。

 考えると今までこんなになるまで本気で喧嘩したことあったのだろうか――、

 

 

「ははっ…流石に無いか……」

 

 

 ふと浮かんだあるはずもない疑問をすぐに否定して、失笑する。

 

 そういえば昔にどっちが最後のお団子を食べるかが原因でお互いが号泣するまで喧嘩したのを覚えている。

 結局、おかーさんが追加で注文して、それをお互いに食べさせあって仲直りしたっけ?

 

 

「懐かしいな……」

 

 

 振り返ると幸せな思い出ばかりだ。

 あの頃に戻りたいと何度も思う。

 

 だけど、そんなことは出来ない。

 どれだけ願おうとも時間は絶対に巻き戻らない。

 一度起こってしまった事は無かったことには出来ない。

 

 でも、だからこそ、

 

 大切な人と過ごした時間はその一瞬一瞬がとても美しい。

 

 だから人間は何度転んでも、現実に打ちのめされても、再び立ち上がれる。

 幸せな思い出を原動力とし、辛い現実を進み続ける事ができる。

 

 

「よし…」

 

 

 全身の痛みは呼吸を使えば抑えられる。

 刀はちゃんと握れる。力は入る。

 多少フラつくが、ここはもう気合だ。

 

 皆応援してくれている。

 私に大丈夫だと言ってくれた。

 私に道を示してくれた。

 私を信頼してくれた。

 

 私なら出来る。

 

 

「おかーさん、おとーさん、おねーちゃん、つぐちゃん…あと、小ちゃい私……頑張るから見ていてね」

 

 

 刀を床に突き刺し、支えとして立ち上がる。そして、向かいに立つ紗夜を見据え、深く息を吐き出し、集中を研ぎ澄まさせる。

 

 

「これで最後ね」

 

「うん…」

 

「負けないわ」

 

「私も絶対に負けない」

 

 

 互いに刀を構えた。

 

 長いようで短かった闘いも次の一撃で終わる。

 出処の分からない根拠だが、そう確信出来る。

 

 

「――貫き通す」

 

 

 体の限界はとうに超えている。だから、どの道、撃てる技は次で最後。

 

 なら都合が良い。

 この一撃に想いの全てを込める。

 

 そして、新しい一歩を踏み出そう。

 大丈夫、私の中に皆居てくれている。

 

 

「――越える」

 

 

 正面からぶつかり、そして勝つ。

 じゃないと、日菜を越えたと言える訳がない。

 

 躱すなんて有り得ない。

 次の一撃に全てを込める。

 

 この一撃で過去の全てを断ち切り、終わらせる。

 

 

 ――――――

 

 

 二人の呼吸の音が重なった時――、

 

 

「いくよ!おねーちゃん!!」

「いくわよ!日菜!!」

 

 

 晴の呼吸 ()ノ型――、

 

 雨の呼吸 (ツイ)ノ型――、

 

 

 極限の集中の中、永遠とも思えるような一瞬が流れ、姉妹による剣劇は幕を下ろした。

 

 

「――おねーちゃん!」

 

 

 その場に崩れ落ちる影が一つ。そして、そこへと駆け寄る影が一つ。

 

 

「日菜が斬ったっていうのに…なんて顔をしているの…?」

 

 

 日菜が、紗夜が――お互いを想うことで生み出された全てを込めた一撃――『天泣の光芒(てんきゅうのこうぼう)

 全くの同時に繰り出されぶつかり合った無比の一撃は、雨を止まし、晴を訪れさせた。

 

 

「だって…だって……っ!」

 

 

 今にも決壊しそうな程に涙を溜め込んだ日菜の顔を指摘した紗夜の声は、母のように優しく、暖かかった。

 それが別れが近づいているのを実感させてくる。

 

 こうなる事は分かっていた。

 こうしなきゃいけないと覚悟していた。

 

 だけど――、

 

 

「…私はね……日菜を守ってあげたかった……日菜が幸せに暮らせるように…日菜の人生が誰にも脅かされないように…どうしても強く…なりたかった……それこそ…鬼になったとしても」

 

「!?」

 

 

 この優しく、愛に満ちた想いが悪夢の始まりだった。

 

 

「でも…あいつに逆らえないまま理性を無くして…守りたい日菜を殺そうとした……本当に私って駄目なお姉ちゃんね…ごめんね、日菜…」

 

 

 思い返すと迷惑ばかりかけていた。

 突き放して日菜を傷つけたりもした。

 

 結局日菜のお姉ちゃんになれることは無かった。

 それが何よりも悔しい。

 こうなるのなら――、と前にも思った筈なのに同じことを繰り返してしまった。

 あぁ、そうか、私は日菜のお姉ちゃんになる資格が無か――、

 

 

「そんなことはないよ!そんなことない…!」

 

 

 想いと共に涙が溢れ出し、零れた滴が紗夜の頬を伝う。

 

 

「私は今までお姉ちゃんに沢山守られてきたよ……それに沢山私に光を与えてくれた。だからお姉ちゃんは駄目なんかじゃない。最高で最高の大好きな私のおねーちゃんだよ!」

 

「日菜…」

 

「おねーちゃんがいなくなるのは凄く悲しいよ。…でも、安心してね、おねーちゃん。あたしはもう一人でも大丈夫だから」

 

 

 そう言い、少しでも心配させないように笑顔を作ろうと、無理矢理口角を上げる。

 その表情を見ると紗夜は、一瞬目を見開いた後に優しい微笑みで返した。

 

 

「やっぱり…日菜は強いわね…」

 

「ううん、私一人じゃない…おかーさんが、おとーさんが、つぐちゃんが、昔の私が…それににおねーちゃんがこれから先もきっと…ううん、絶対に助けてくれるから私は立ち上がれるんだよ……だからね…今までありがとう…これからもよろしくね、おねーちゃん」

 

 

 嗚咽が止まらないし、心臓もうるさいし、体温も高い気がする。

 果たして今の私は上手く笑えてるのだろうか。

 そう思っていると、頬に優しい温もりを感じた。

 首を斬られ、着々と灰化が進んでいる紗夜の手がそっと日菜を撫でていた。

 

 

「私の方こそ今まで…日菜に大切な物を沢山貰ってきたわ……日菜…私にとって日菜はかけがえのない最高で大好きな妹よ…今までありがとう」

 

「おねーちゃん…」

 

「こんなに目を赤くしちゃって……日菜には笑顔が一番似合うわ。…だからお願い…もう泣かないで」

 

 

 そう言いながら涙を拭うのを最後に、頬に触れていた温もりは散った。

 腕に抱いているのも残り僅か――、

 

 

「……日菜…こんな所に痣なんてあったかしら…?……ふふっ…でも…花みたいで綺麗……日菜に似合っているわ――」

 

「あ…あっ…おねーちゃ……ん」

 

 

 灰は、天に登るかのように空に舞い上がった。

 日菜は上を見上げ、手を伸ばし、掴んだかどうか分からない量の灰を胸の前でギュッと握りしめる。

 

 

「ごめんね……おねーちゃん……」

 

 

 優しいおねーちゃんのことだからきっと許してくれる。

 

 

「今はお願い……聞けそうにないや………」

 

 

 一人になった部屋で泣く少女の姿を、一粒のキャンディだけが近くで見守っていた。

 

 

 




こんばんは、ヒポヒナです。
ついに『日脚が照らす景色』が完結しました。
長かったような短かったような…、最終話が約15000文字は流石に長かったですよね…すみません。でも、前回の後書きに書いたように一気に駆け抜けたかったんです。最後まで読んでくれた方本当にありがとうございます。

ちょっと補填情報?があります。
一つ目は、日菜ちゃんの本来の一人称は「あたし」ですけど、この作品では漢字で「私」と書いて「あたし」にしています。
それは、バンドリの世界のような平和な世界ではなく、鬼滅の刃の悲しい世界で生きていると、ちょっと大人っぽくなるのかな?と思ってやってました。(今、思い付きました、ごめんなさい、作者のミスです)

書きたかったのはこっちの二つ目の方で、最後に日菜ちゃんと紗夜さんが放った始ノ型、終ノ型の技名はどちらとも『天泣の光芒』です。
すげー分かりにくかったと思います…すみません。分かった人は凄い!ありがとう!
イメージで言うと、雲の切れ間から差し込む日光と、その光に当たりながら降る雨ですね。それぞれの天気の終わりと始まりを意識しました。

あ、あと、最後のキャンディは紗夜さんが肆話の最後に日菜ちゃんから貰ったやつです。なんで最後キャンディ?っていう指摘があったので…
日菜ちゃんとこれから会えないと思った紗夜さんが日菜ちゃんとの繋がりを感じるために食べずに肌身離さず持っていたんですね。そして、それは鬼になっても変わらなかった。愛は変わらなかったという訳です。

と、長々と説明すみません。締めに入ります。
初めて書いた作品で、最初と書き方も文字数も別人が書いてるかのように変わりましたけど、それは果たして成長なのか…は置いといて、全体を通して凄く良い経験になった作品だなぁと思いました。そんな書き方が落ち着かない作品を最後まで読んでくれて本当にありがとうございました。

次回作はRoseliaだったり…します。はい。気になる人は是非読んでくれると嬉しいです。多分近日中に出すと思います。

それでは、皆さんばいちっ!
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