調味料は適切に(リリカルなのは短編集) 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
階段の踊り場で花に囲まれて倒れていた大物書道家。
はやては事情聴取される中で、手元にある情報から事件の推理を始めるが――
仲良し五人組以外の登場人物は基本的にオリジナルキャラとなっております。
初出はコピー本 平成24年 10月7日のイベントで発行したものです。
0.
第九十七管理外世界地球。極東地区。日本国。
思えば遠くまで逃げてきたものだと思う。
自分で言うのもなんではあるが、指名手配されているとはいえそこまで大きな罪状でもないのだ。
ただ、逃げてしまった。逃げ通せてしまったが故の、手配状。
さすがに管理外世界までは手が届くまい。
仮にこの世界を突き止められたとしても、この世界の技術力や状況を考慮するとおいそれと手出しは出来ないだろう。
確かにミッドチルダに比べれば技術力は低い。
だが、自力で宇宙へ飛び立つだけの技術力を有しているし、それなりの軍力も備えている。
さらには、大きな星であること以上に、多言語多文化世界であるがゆえ、自分を探し出すこともそう簡単にはいかないことだろう。
一つの文化体系や言語体系を調べるだけでは、調査を開始できるような世界ではない。
この世界の、この国は、自分にとっては理想郷だ。これは第二の人生のようなものだ。
だから――絶対に、誰にも邪魔なんてさせたくない。
この世界で生きていく理由もできた。ここで、生きていたいのだ。
1.
「なんか、ごめんね。せっかくみんなで泊まりに来てるのに、変な催しがあったりして」
友人のアリサ・バニングスが申し訳なさそうにそう告げるが、他の四人はそのことについてはまったく気にしていなかった。
「ええって、ええって。こんなホテルにタダで泊まれるってだけで、充分や」
八神はやてのその言葉に、他の三人もうなずく。
ここは観光地にほど近い高級ホテルだ。
普通に生活していれば、はやてにはまったく縁のない場所である。
そんな場所をこうして利用できるのだから、不満など出るはずがない。
「それにアリサちゃん、変な催しっていうのは失礼だよ」
やんわりと咎めるすずかに、アリサは唇を尖らせた。
「大物書道家、
「アリサ……」
「アリサちゃん……」
ミもフタもないと言えばその通りな物言いに、フェイトとなのはも苦笑した。
ロビーの右側にある大きいイベントホールの方には人が集まり、何やら記者会見のようなものをしているようだ。
あれが終われば、あの部屋は氏の個展会場となるのだろう。
ともあれ、アリサではないが、さしたる興味もないことだ。気にせず、友人達とのプチ旅行を楽しむことにしよう。
――はやてがそう思った矢先だ。
「その質問はッ! この場において関係があるのかッ!?」
野太い声が大きく響いた。
誰もが思わず、その声のした方を見遣る。
どうやら、記者会見の最中に記者が失礼な質問でもしたのだろう。
「記念の式典に、何故死んだ娘のコトを聞かれなければならないッ!!」
怒鳴り声の内容に思わず納得をしてしまう。
それはそうだ。娘さんに何があったのかは分からないし、何かマスコミにとって興味のある事柄なのかもしれないが、少なくともこのような祝典の場でするべきものではない。
「どこの世界のマスコミもこうなんやよなー」
「実感籠もってるね、はやてちゃん……」
すずかの言葉に、思わず苦笑を浮かべて、なのはとフェイトに視線で同意を求める。
すると、二人もはやてと似たような表情を浮かべてうなずくのだった。
「魔法使いも大変なのねー」
何とも言えない顔をする三人に、アリサは
魔法使い――そう。はやてとなのはとフェイト。この三人はただの中学生ではなかった。
異世界の魔法を使うことの出来る魔法使いで、その魔法使い達の組織である時空管理局という場所に属している。
知らないものが聞けば荒唐無稽だと思われる話であるが、ファンタジーよりもSF寄りなこの魔法の話は、紛れも無く事実であり、三人のトップシークレットでもあった。
「あのね、みんな」
なのはが話を変えるように、ロビー左手の小さいイベントホールを示す。
「ちょっと気になるから、あっち見てきてもいいかな?」
見遣ればそこでも個展が開かれていた。
神河春秀展。
どうやらフラワーアレンジメントの展示をしているようだ。
「習字とか善し悪し分からないけど、あれなら楽しそうね」
「それじゃあ部屋に荷物を置いてから、みんな覗いてみよっか」
2.
「この
配布されている無料パンフレットを見ながら、フェイトはそんなことを呟いた。
「まぁ本人があまり露出したがらない人だから」
それに対して、そう答えるなのはに、四人は好奇の視線を向ける。
「何よ、知り合い?」
「うん。お母さんの」
なのはの母親はかつてフランスでパティシェをしていたという話だ。この神河氏もフランスで修行していたとパンフレットに書いてあったので、その辺りの知り合いなのかもしれない。
展示されている様々なアレンジメントは、こういった作品の善し悪しを詳しく分からないはやてにも、素敵だと思わせるものが多くある。
それは、はやてだけでなく、他のみんなも同じだろう。
「小さい頃はお花屋さんに憧れたりとかしたけど」
「こういうの見るとやっぱりいいなーって思いはしちゃうわね」
「お花って、飾り方次第でこんな風になるんだね」
「ちょう習ってみたくならへん?」
「確かに」
五人でアレンジメントを見ながら、アレが好きコレが良いなどと話しているうちに、さほど広くもないホールを半周ほどすると、一際大きいアレンジが目に入った。
そのアレンジメントの前には――失礼ながら――花よりラグビーや柔道の方が似合いそうな、大男と、彼に寄り添うようにしている女性がいる。
(ん……あっちの女性、どこかで見たコトあるような……)
はやてが訝っていると、なのはがその男性に小さく手を振った。
「お久しぶりです。神河さん」
「ん? どこかでお会いしたことが?」
「高町なのはです。覚えていませんか? 小さい頃、母に連れられ数度お会いしたコトがあるんですが」
なのはの言葉に、合点がいったのか男性――神河氏は大きくうなずいた。
「ああ、なのはちゃんか。大きくなったから気付かなかった。桃子さんに似てきたね」
「よく言われます」
神河氏にそう笑ってから、なのはは訊ねた。
「ええっと、そちらの女性は?」
「ああ。彼女はアヤメ・スズライト――俺のアシスタントで……その、まぁ婚約者だ」
大柄な体格にはお世辞にも似合わないはにかみ顔で、頬を掻きながら彼は言った。
そんな彼に五人は思わず微笑んで、祝福の言葉を投げかける。
それに、彼はありがとうと恥ずかしそうに応じた。
だが、当のアヤメ女史はどうにも様子がおかしい。
「どうかなさいました?」
「あ、いえ――ごめんなさい。なのは……さんでしたっけ? 知人にあまりにそっくりだったから驚いてしまって」
フェイトに問われると、彼女は慌てて言い繕うように手を振った。
それから改めて、五人と二人は互いに自己紹介を済ませた。
「え? じゃあ神河さんって、顔や見かけに似合わない――って言われるのが嫌で、前に出てこないんですか?」
「おかしいでしょう?」
アリサに対して、いらずらっぽい顔でアヤメ女史が笑う。
「おい、アヤメ……勘弁してくれ」
「にゃはは。やっぱり相変わらずなんですね」
「そういう君は本当に母親に似てきてるよ。見掛けによらず、いたずら好きで、いじれそうな相手を見つけると目を輝かすところとかね」
「あ、それ――母だけじゃなくて父もそうです」
「俺のような人間からすると色んな意味で最悪な夫婦だ」
苦々しくうめく――が、そこには決して不快感はなさそうだ。それどころか、どこか懐かしそうな顔をしているのは、フランスにいた頃を思い出しているのかもしれない。
そうして、神河氏達と談笑をしていると、
「あの――ご歓談中に、失礼します」
横合いから、一人の女性が声を掛けてきた。
「キミか」
その女性に対して、神河氏が渋面を作る。
「先程は――父が大変失礼いたしました」
深々と頭を下げる彼女に、神河氏は大きく嘆息をしてから、告げた。
「顔を上げてくれ。そこまでしてもらう程のことじゃない」
「ですが――」
言われた通り顔は上げたものの、その顔は本当に申し訳なさそうだ。
「俺も人のコトは言えない部分がある。きっと――芸術家っていうのはそういうモンなんだろう。ましてや、万人受けする作品なんてもの、どんな芸術家にも作れやしない。俺の作品はキミのお父様の肌に合わない。それだけのコトだ」
「……はい」
彼女は余り納得出来てはいないようだが、それでも彼女はこれ以上の謝罪は逆効果になるだろうと悟りはしたのだろう。
「それにしても、気難しいお父様を持つと大変そうですね」
「アヤメ」
「ご、ごめんさい」
思わず言ってしまっただろう言葉を、神河氏に指摘されて、アヤメは慌てて頭を下げた。
だが、女性はそれを気にした様子はなく、首を横に振った。
「昔はもう少し優しかったんですけどね」
「優しかった……?」
過去形だったことが引っかかったのだろう。フェイトが思わずそう聞き返すと、女性はうなずいた。
「私の双子の妹が事故で死んでから、少し変ってしまったんです。一緒に橋から落ちたのに……妹は父の娘らしく、書道家としての才能を持ってましたから。同じ事故で才能のない私だけが生き残ってしまったから、父は――」
そこまで言った後で、彼女はハッと顔を上げた。
「すみません。余計なお話を」
慌てて頭を下げる彼女の手をフェイトが取った。
「え?」
きっと、フェイト自身も意識してやったことではないのかもしれない。
それでも、彼女の境遇と自分の境遇を重ねてしまったのは確かなのだろう。
「あ、えっと――いきなりすみません。けど、その……気持ちが良く分かったモノですから、つい……」
「貴女は……」
握られた手に自分の手を重ねてから、女性は儚く笑った。
そんな彼女の笑顔に、なのはが少し哀しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。
「ありがとう」
女性はゆっくりと自分の手をフェイトから離した。
「それでは、神河様、スズライト様。それからお嬢様方、失礼致します」
丁寧にお辞儀をすると、彼女はその場から離れていく。
その後姿を見ながら、はやては確認するように神河氏に尋ねた。
「あの人、向こうで記者会見とかしてはった書道家先生の娘さんです?」
「ああ。
はやての答えてから、神河氏は大きく息を吐いた。
「何だかケチが付いちまった気分だな。せっかくだ、なのはちゃん達。話の続きがてらに食事でもどうだ? 近くに旨いステーキハウスがあるんだ。ここで会ったのも何かの縁だし、奢らせてもらうよ」
「ハル……奢るのは構わないけど――女の子を食事に誘うのにステーキってどうかと思うわ」
苦笑するアヤメに対して、なのは達は顔を見合わせる。
断る理由はない。
五人はそれをアイコンタクトだけで済ませると、神河氏に笑ってうなずき、代表してなのはが答えた。
「喜んでご一緒させていただきます」
3.
「そちらは失敗作だと何度言ったら分かるんだ! まったく、
「……すみません、お父様」
部屋にカバンを取りに戻るという神河氏らをロビーで待っていると、エレベータの方からそんなやり取りが聞こえて来て、はやてはそちらへと視線を向けた。
「妹は父の才能を受け継いでいた、か」
そのやり取りに、フェイトは複雑な表情を浮かべている。
そんなフェイトの手をなのはは優しく取るった。
「なのは……」
なのはからは何も言わなかったのは、彼女なりの優しさなのだろう。
大河内親子のやり取りはエレベータが来るまで続いた。
フェイトではないが、さすがに真百合女史が可哀想に思えてくる。
到着したエレベータが開くと、丁度それに神河氏が乗っていたらしい。
神河氏と大河内氏は僅かな間、睨み合うように動きを止め、やがて両者は互いを無視するようにすれ違った。
先程、わざわざ真百合女史が謝りに来たことといい、今の両者の様子といい、思っていた以上に激しいケンカでもしたのかもしれない。
「何をモタモタしている真百合?」
苛立ったような大河内氏の声に、はやては視線を神河氏からそちらへと戻す。
それに申し訳なさそうにしながらも、真百合女史は何故かエレベータに乗るのを躊躇っていた。
思わずはやてが眉を顰めるが、大河内氏はその理由に気付いたのだろう。
「……そんな顔をするな。このコトについては謝る必要はないと何度も言っているだろう」
憮然とした様子のまま、彼は娘へと手を差し伸べた。
「とっとと来い。書はともかく、秘書としてならお前はそれなりに使えるんだ。仕事はまだあるのだからな」
そして、彼女はその手を取ってエレベータに乗ると、ドアが閉まった。
「はやて?」
「お?」
「いや、行くわよって何度も言ってるんだけど」
「すまへん。なんやぼーっとしとった」
「みたいね。大丈夫?」
「いやー、プチ旅行とはいえ、ここまで思ってたより長旅やったからな。ちょう疲れてるのかもしれへん。まぁご飯食べれば回復するやろ」
「現金な身体ね」
「合理的やと思わへん?」
「どうかしら」
そんな軽口を叩き合いながら、アリサと共に、少し先を歩いているなのは達を追いかけるのだった。
4.
ディナーパーティを終えた後、大河内源慈は、パーティ参加者が居なくなった後で、改めて身内だけでホテル横のバーで小さな祝賀会をしてもらっていた。
ハッキリ言ってしまえば、大きな祝賀会などよりも、顔見知りだけで行われるこちらの小さな飲み会の方が嬉しいものだ。
本音を言えば日本酒が一番の好みではあるが、ワインやウィスキーも嫌いではない。
その小さな飲み会を終えた源慈は、このホテル自慢のエレベータに乗って宛がわれた部屋に向かっていた。
ドア以外はガラス張りのこのエレベータは、自慢というだけあって、見晴らしが良く、ここから見える夜景も素晴らしい。
この夜景を見て欲しいが為に、わざわざ階段の踊り場の壁もガラス張りにしているのだから、オーナーがそこにこだわっているのだろう。
そのこだわりは素晴らしいと、源慈は思う。
例え相手に理解されなくてもそのこだわりを貫くことが出来るのは本物だと言えよう。
そんなことを考えながら、手に持っていた花束を見た時、ふと生意気な若造を思い出した。
そういう意味では、あの洋風生け花の小僧も間違いなくプロの芸術家であると認めていいだろう。
源慈自身は気に食わない点が多々ある作品だが、そこを指摘すれば食って掛かり、そこをこだわりだと宣言してのけた度胸と、そこを曲げたら自分の作品ではないと思っている信念は素晴らしい。
人間としても、芸術家としても相容れないかもしれないが、それでも良き男であることは認めよう。
ただ自分と同じような気難しい性質を持っているだろう彼を思うと、婚約者だというあの女性はこの先、自分の娘と同じような苦労をするだろう。
苦しめるつもりはないのだが、それでも作品が絡んだ時や、自分の性格から、どうしてもキツい当たり方をしてしまう。
「そうさな……真百合は、明日辺り、近くの観光地にでも連れていってやるか。日頃の労いも兼ねてな」
ほろ酔いの源慈は上機嫌のままエレベータを降りて、自分の部屋へと向かう。
良い部屋ではあるのだが、エレベータから遠いのが煩わしい。
少し歩くと、右手側に西階段が姿を見せる。
部屋の番号は忘れてしまったが、この階段の正面の部屋から、四つ先が自分の部屋だとは覚えていた。
間違っていたとしても、その前後の部屋だろうし、正しい部屋なら鍵が合う。間違っていれば鍵が合わない。そういうものだろう。
酔っているからか、かなり大雑把に考えて、源慈が階段を通り過ぎようとした時、後頭部に強烈な衝撃が走った。
グラグラとする視界と混濁する意識の中で、それでも源慈はその衝撃の原因を探る為に背後を見遣った。
そして、その正体を認識するなり、彼は階段へと向かう。
走っているつもりなのに、まったく身体が動かない。
酔っているからではない。視界が明滅し、意識がはっきりしなくて、正しく身体を動かせないのだ。
よろよろと、身体が傾くのを踏ん張りながらようやく階段へと辿り着いた。
だが、階段から降りて逃げようとした際、足を踏み外してしまった。
そのまま踊り場へと身体が叩き付けられる。
(真百合……美百合……)
自分はここで死ぬのだと、漠然と理解した。
だからこそ、今この場で唯一この世に残る家族のことを考える。
(真百合……お前は……)
それは、彼の最後の力だったのかもしれない。
偶然にも手放すことなく手に持っていた花束がここにある。
覚束ない手付きでそれを無理矢理解き、そして――
5.
「被害者は書道家大河内源慈。昨日、このホテルで祝賀パーティを行われており、今日は彼の個展が開かれる予定だったようです。
発見後、救急車で運ばれ、どうやら一命を取り留めたようです。発見者の手当てが完璧だったコトと、発見が早かったことが助かった要因だとか」
深夜と明け方の中間のような時間帯、部下の説明を聞きながら水樹警部補はホテルのロビーを越えていく。
裏を返せば、偶然とはいえその発見者が居なければ、被害者は亡くなっていたということだ。
「それで、その発見者というのは?」
「第一発見者は、このホテルに宿泊していた、八神はやてという十四歳の少女です」
「あら? そんな若い子が簡単に泊まれるようなホテルかしらここ?」
「一緒に宿泊していた友人の一人が、ここのオーナーと知り合いだとか」
「そう」
だとしたら、連休を利用した小さな旅行か何かだったのだろう。
それがこんな形で中断してしまったのは、可哀想だとは思う。だが、少女達がここに宿泊していなければ大河内源慈は亡くなっていたのだと思えば、奇跡のようにも思える。
「まぁ後付の結果論ね」
「はい?」
「独り言」
訝る部下にそれだけ告げると、現場の階段までやってくる。
踊り場には、何故か様々な花が散らばっていて、節操のない花畑のようになっている。
その中心――丁度、人が一人横たわれるくらいの場所だけ床が見えていることから、そこに大河内源慈が倒れていたのだろう。
「一応、大河内氏が倒れていた際の写真データもあります」
「用意がいいわね」
「発見者の少女が、応急手当ての前に撮っていたそうです」
「何者なのその子?」
思わず警部補がそう呟くと、それに応える声があった。
「何者言われても困りますけど……まぁ知り合いに刑事さんがいますし、この手の事件に巻き込まれるんも初めてやあらへんでしたので」
河内弁に近いイントネーションの話し方。
その声のした方を見れば、前髪にバッテンの髪飾りをつけた十四歳前後の少女がそこにいた。
なるほど。この少女が、第一発見者の八神はやてなのだろう。
「もしかして、現場も保存してくれたのかしら?」
「ええ。手当ての時、多少触ってしまってますけど、だいたいは。あ、私の指紋とか必要でしたら、取ってくれて構わへんですよ」
それは警察としてはありがたいのだが、どうにも話を聞く限り彼女の対応は現職の刑事のそれと遜色がないような気がしてくる。
いくら知り合いに刑事がいて、事件に巻き込まれるのが初めてではないとしても、ここまで冷静に対応できるのだろうか。
まるで、普段からこういうことをしているようにも思えるが。
「刑事さん?」
「ああ、ごめんなさい。よかったら発見した時の現場の状況とか教えてもらえるかしら?」
「はい」
そううなずく少女の姿は、敬礼などはないが、それがあっても違和感がないほどしっかりしたものであり――ありえないことだとは思うのだが――、もしかしたら自分よりも上の階級の警察官ではないのだろうかと、水樹警部補は思わずそんなことを考えてしまうのだった。
6.
夜、何となく目が覚めたはやては、その後中々寝付けなかった為に、少し外を歩いて来ようと部屋を出た。
エレベータへ向かう為、西階段の前を通りかかった時に違和感を覚えて周囲を見渡していると、微かに血のような臭いを感じたのだ。
小さな違和感よりもその臭いが気になったはやては、その近くを見て回ったところ、大河内源慈氏が倒れていたのを発見したのである。
踊り場で倒れていた氏は、頭から血を流しており、意識は既に無かった。
とにかく、友達を起し、ロビーへ連絡を入れ、救急車を呼び、応急処置を行った。
「普通、血を流して倒れている人を見たら慌てる人が多いはずなんだけど」
「はやてが指示を飛ばして、それになのはとフェイトが従ってキビキビ動いてるのを見ると、正直パニックとかどっか行っちゃっいました」
「私もです。周囲が冷静だとわりと冷静になれちゃうんだなぁって実感しました」
警部補はその二人の言葉を受けて、なのはとフェイトと呼ばれた少女達をまじまじと見遣る。
何やら二人は居心地が悪そうに身動ぎしている。だが、この二人も、はやてから感じたものと同じような同業者的な匂い感じるのだ。
深く詮索しない方が良いかもしれない――そう思いながら、警部補は気を取り直す。
そもそも、このアリサとすずかという少女は、それぞれバニグンスと月村の娘さん達なのだ。だとすれば、この三人が友人であるのと同時に彼女らのボディーガードなんだとしても、驚かない……と、思う。たぶん。
「警部補。十四階、十五階の西階段近くの部屋に宿泊していた、大河内氏に関わりのある方々をお連れしました」
部屋へと入ってきたのは三人。
泣いているのは、十五階に宿泊していた大河内氏の娘である大河内真百合。
困ったように頭を掻いている大男は、十四階に宿泊している神河春秀。
そして泣いてる真百合を慰めている女性は、神河春秀の婚約者であるアヤメ・スズライト。神河春秀の隣の部屋に宿泊している。
「こういう場所に連れてこられたってコトは、俺ら容疑者ってことですか?」
「現場の近くに宿泊されてましたから、事情聴取させて頂くだけのつもりではありますが」
――そうして事情聴取を初めてはみたものの、さしたる情報は手に入らなかった。
そもそも、犯行が行われたのは深夜で、部屋のドアは分厚く外の音を通し辛い。
仮に部屋の前で犯行が行われていたとしても、よほど大きな音がしない限りは、音が聞こえないし、熟睡していたのであれば、音が聞こえたところで起きない可能性もあるのだ。
真百合は事件当時、自室で習字の練習をしていたらしい。部屋の洗面台では道具を洗いづらかったので、廊下にあるお手洗いの流しに行くために一度部屋の外に出ている。その時の時間こそ分からないものの、廊下はすでに薄暗かったので消灯時間は過ぎていたようである。
神河春秀とアヤメ・スズライトの両名はそれぞれ自室で休んでいたということだ。
三人ともそれを証明する術がない。
これ以上の事情聴取はあまり意味がないだろう。
「そういえば、神河さんはフラワーアレンジメントをされているのですよね?」
「ええ? それが何か?」
「もしよろしければ、ちょっとこちらの写真を見て頂きたいのですが」
だが、それ以外のことであれば、多少知恵を借りることは出来る。
「大河内さんが倒れられていた時の写真なのですが、彼が握っているこの花……千切れてしまっているのですが、何と言う花か、お分かりになりますでしょうか?」
見せられた写真に思わず顔をしかめながらも、それでも彼は、大河内氏が握っている千切れた植物をジッと見つめた。
「カキツバタ……ですかね?」
それからおもむろにそう応えた。
「ふむ」
さすがにこの写真からでは自信が無さそうだが、被害者が握り締めていたことからダイイングメッセージのつもりで握ったことは容易に想像できる。
カキツバタ――この植物について調べてみる必要はあるかもしれない。
そうして、警部補が部下に指示を出そうとした時、
「やっぱりすごいですね神河さん」
「なのはちゃん?」
高町なのはという少女がそう感心するなり、神河春秀の目がやや細まった。
7.
空気がひり付くのを無意識に感じ取ったのだろう。
はやては自分の背後にいるアリサとすずかの身体が強張った気配を感じ取った。
だが、その直後に、二人を落ち着けるためか、フェイトは二人の間に入ってそれぞれの手を握る。
「どうしてだいなのはちゃん」
「いえ、私も多少お花に興味がありますから他の人より詳しいつもりですけど、さすがに薄暗いこの写真の、しかも握り締められ千切れたものからじゃ、見分けが付かないですから」
「…………」
睨むような神河氏の視線を涼しい顔でやり過ごし、なのはは告げる。
「菖蒲と花菖蒲とカキツバタ。これらはプロでも時々見間違う花ですよね。それを良く見分けられるなーって感心しただけです」
なのはの言葉に、水樹と名乗った警部補の目も細まる。
すると、神河氏は観念したように両手をパタパタふって大きく嘆息した。
「わざわざ花菖蒲と言ってくれたのは、俺の為? それとも、俺を試す為?」
「心理的にはきっと、神河さんと同じです。他の人に通じる言い方を、あまりしたくなかったから……ですね」
「それはありがたいね。だが、さすがに隠しておくと、俺もなのはちゃんもこの警部補さんからずっと睨まれかねない」
「そうですね」
きっと、その一般に通じる名前というのは、知り合いの名前と一致してしまうのだろう。
「刑事さん一応前置きしておくと、今なのはちゃんが言った通り、この写真からじゃ先程の三種類の花のどれかは見分けが付かない」
「菖蒲、花菖蒲、カキツバタね。それで、花菖蒲には別称があると」
なのはと神河氏がうなずく。
そして、彼はとても苦しそうな面持ちで、その別称を告げた。
「……アヤメと言うんだ」
瞬間、アヤメ女史に視線が集まる。
「わ、私は……やってませんッ! さっきだって、私はずっと部屋に居たって言ったじゃないですか!」
「落ち着いてください、アヤメさん。まだ貴女と決め付けるつもりはありません」
取り乱すアヤメに、警部補が慌てて言い繕う。
決め付けるつもりはない――そうは言うが、被害者がダイニングメッセージとしてそれを握り締めていた以上は……
「あれ?」
ふと、疑問が湧いた。
慌てて自分のケータイから、撮影した写真データを呼び出す。
「はやて?」
「なぁ警部補さん」
「何かしら?」
「何で犯人は大河内さんにトドメささへんかったのかな?」
「……どういうことかしら?」
「大河内さんは背後から鈍器で殴られた――あの傷はそういう傷ですよね?」
「ええ」
「鈍器で殴るっちゅうコトはそれなりの殺意があった言うことや。それやったら、死んだかどうか確認するもんとちゃうかな。衝動的にやってもうたのなら、殴った後で冷静になって怪我の具合を確かめに行っても不思議やない」
「……言われてみればそうね」
――にもかかわらず、犯人は倒れた大河内氏の周囲にわざわざ花をばら撒いた。まるでダイイングメッセージを作らせるかのように。
「いや、ちゃう……」
写真を見ていて気が付いた。
良く見れば、乱暴に開かれた花束の和紙が落ちている。
「大河内さんは、わざわざ花束を開いて花を握り締める程度の余裕があった。それだけの余裕を被害者がもっているのであれば、トドメを刺すにしろ、心変わりして助けるにしろ、犯人側にも何かをする余裕があったはずなんよ」
それをしなかったのは、やらない理由があったのか、やれない理由があったのか。
(やれない――理由……)
その理由に、はやては心当たりがあった。
(あの時のアレが、私の想像通りの理由やとしたら……)
だが、だとしたら、この散らばった花の理由が説明出来ない。
「ちょう、確認したいコトあるんで、出かけてきます」
「ちょっと、勝手に――!」
警部補の静止を無視して、はやては部屋を飛び出すと、十四階と十五階の西階段前の廊下をカメラに取って、見比べた。
「はやてちゃん、あんまり勝手やると、睨まれちゃうよ?」
そんな風に心配してくれるなのはに悪いと思いながらも、忠告を無視して訊ねる。
「なのはちゃん……それなりにお花の知っとるんよね?」
「え? うん、まぁ……」
「遺体の周囲にばら撒かれてるお花の中に、アヤメはある?」
「……たぶん、ない……かな」
「それじゃあ、オジサンの下敷きになってる花でパッと分かるお花はある?」
「えーっと、デルフィニウムに、カサブランカ……じゃなくてシベリアかな? それから……ガーベラに、カスミソウ……わりと、オーソドックスな花束の材料だと思うけど」
それに一つうなずいて、今度は、
「アヤメってこれ?」
階段の前の廊下に飾られたアレンジメントひとつを指すと、なのはがうなずいた。
「なるほど。オジサンを見つけた時の違和感は、別にあの人が倒れてたからってワケじゃなかったんやな」
「はやてちゃん?」
「夕食の席で、神河さんは、各フロアの東西の階段前にそれぞれ違うお花を飾った言うとったやろ?」
「言ってた気がするけど……」
訝しむなのはに、はやては二つの写真を見せる。
「あれ? 同じ?」
十四階と十五階、どちらも同じアレンジメントが飾ってあるのだ。
「せや。元々十五階に飾ってあった花をオジサンの周囲にばら撒いたから、下の階から半分もってきて誤魔化したんやろな」
何故そんなことをわざわざしたのか。
それを考えていると、ふと気がついた。
「いや、おかしい。オジサンの様子を確認できなかった理由を考えると――」
頭の中で、状況をまとめていく。
大河内源慈の安否を確認しない理由。
ダイニングメッセージとして握られていた花。
源慈の周囲に花がばら撒かれていた理由。
「なのはちゃん、アヤメの花言葉を一応聞いておいてもええ?」
「えっとね……」
なのはの答えを聞いて、はやてはもの悲しげに息を吐いた。
「狙ったのか偶然か――どちらであれ、誤解と、優しさと、勘違いと、ボタンの掛け違い……ってところやな。あと、隠し事ってオマケ付けても良いかもしれへん」
「はやてちゃん?」
「証拠らしい証拠って言うたら、安否の確認ができなかった理由そのものくらいしかあらへんけど……謎は全て解けたってやつやな」
「さすが捜査官殿……って言えばいい?」
「そんな大層なもんやないけど……まぁ、事件解決やよ。あの刑事さんの所に戻ろうか。まだみんなおるやろうしな」
犯人は、やっぱりあの三人の中にいる。
8.
「ちょっと、はやて。どこほっつき歩いてたのよ」
戻ってくるなり、アリサにそんなことを言われて苦笑した。
もっとも、それは別にアリサだけでなく、他の人たちもそうだろう。
「まぁまぁアリサちゃん。ちょっと確認したいことがあっただけや」
「それで、確認したいコトってなんだったのかしら?」
水樹警部補の冷たい眼差しを受け止めながら、はやては真っ直ぐに彼女を見返した。
「それは、後ほど説明させて頂きます。一つ言えるコトがあるとすれば、犯人と――そして、この事件のあらましが分かったいうコトくらいです」
「……いいでしょう」
思ったよりもあっさりと、女刑事はうなずいた。
「聞かせてもらうわ」
「ありがとうございます」
まずはお礼を告げて、それからはやては告げた。
「では、真相を話す前にちょう場所移動をしたいと思います。真百合さん、神河さん、アヤメさんも一緒によろしいでしょうか?」
三人がうなずくのを確認し、水樹警部補にも視線で確認する。
「それでは十五階に行きましょう。そこでお話を始めます」
解答編は後日、近いうちに公開予定です。