調味料は適切に(リリカルなのは短編集)   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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以前、コピ本で発行したものをハーメルン用に編集して投稿です。

タイトル『Red hot Idol Worshipizza』を意訳すると(激辛偶像崇拝ピザ)
ちなみに(worshipers + pizzaな造語です)

初出 平成26年 11月24日


【ViVid】Red hot Idol Worshipizza

     1.

 

「あ、せや」

 

 道を歩きながら、不意にはやてが何かを思い出す。

 

「これから行く村なんやけどな、閉鎖的な村やから充分に警戒するようにな。特にヴィヴィオとシャンテ」

 

 ミッドチルダ北部ベルカ自治領のさらに北東。

 聖王教会本部の北東にある荒野地帯を抜けた先にある、枯れ木の森。そこは、旧ベルカ領にして、当時は聖地の入り口とも言われていた土地である。

 現在のナワバリで言えば、管理局と聖王教会との管理区画のちょうど境目だ。

 

 八神はやてが、シスター・ディード、シスター・シャンテ、ヴィヴィオと共に向かっているのは、ちょうどその境目にある村である。

 

「その村で、私のコトを司令って呼ぶんと、ヴィヴィオのコト陛下って呼ぶんは禁止な」

「では、なんとお呼びすれば?」

 

 ストレートヘアに赤いヘアバンドをした聖王教会の教会騎士――ディードの問いに、はやては軽く逡巡してから、答えた。

 

「私のコトは隊長とかでええよ」

「じゃあ、久しぶりに部隊長って呼んじゃおう」

 

 何やら嬉しそうにそう言うヴィヴィオに、

 

「おう。それでええよ。何だったらなのはちゃん達のように、はやてママでもええし、せっかくやから、はやてちゃん呼んでくれてもええからな、ヴィヴィオ」

「はいッ、ぶたいちょーッ!」

「快活な笑顔で無視かいッ」

 

 にこやかな笑顔ではやての言葉をスルーするヴィヴィオ。

 そんなヴィヴィオとは裏腹に、複雑な顔をしているのがシャンテだ。

 

「八神隊長はともかく……陛下のコトをなんて呼べば……」

 

 ヴィヴィオがそんなシャンテの手を取って、キラキラ輝く瞳で告げる。

 

「名前を呼んでッ! ヴィヴィオって! 呼び捨てで全然おっけー!」

「え、えぇ……、でもなー……」

 

 見習いとはいえ、聖王教会のシスターだ。

 自分達が奉る聖王陛下の直系であるヴィヴィオの名を、気軽に呼ぶのは気後れしてしまう。

 

「では私は、チャンピオンやヴィクターお嬢様のように、ヴィヴィお嬢様と呼ばせていただきます」

「はいッ! 陛下よりもそっちの方で常に呼んで欲しいですッ」

「ふふ。気に入って頂けたようで何よりです、陛下」

「もーッ! 陛下って呼ぶの禁止ーッ!」

「ああ、何だか久々に聞いたお言葉です」

「実は軽く私のコトからかってるッ!?」

「そんなコトありませんよ、陛下」

「うー……」

 

 ヴィヴィオがディードに唸っていると、シャンテが意を決したように告げた。

 

「じゃあ、あたしはヴィヴィ様って呼ぶ」

 

 それにヴィヴィオは表情を一転させ、再びシャンテの手を取った。

 

「様なんていらないよッ、シャンテ!」

「いやです。ヴィヴィ様」

「もー! シャンテのいじわるー!」

 

 別にシャンテも意地悪をしているわけではないのだが。

 そのまま、ヴィヴィオとシャンテが仲良くじゃれ初めているのを横目に、ディードがはやての横に着く。

 

「わざわざ呼び方を指示したのは何故なのですか? 陛下呼びの禁止は、村のコトを思えば理解出来るのですが……」

 

 これから向かう村は、聖王教会と袂を分かった別の一派が作った村とも言われているのだ。そんな場所で、ヴィヴィオを陛下と呼ぶのは危険が伴う。

 

「司令呼びに関しては、こんな辺境の村にわざわざ重役が来たってコトで変な警戒させてまう可能性があるしな」

 

 その言葉にディードがうなずく。

 

「理解しました」

 

 それから申し訳なさそうに、告げる。

 

「それにしても、申し訳ありません。八神司令。せっかくの休日でしたのに、陛下共々このような辺境につきあって頂いて」

「構へんって。私も歴史に関するもんは好きやしな。仕事で来てるディードとシャンテはともかく、二人に好奇心で同行しとるヴィヴィオには保護者が必要やろ?」

 

 本来の保護者である母親二人は生憎と、今日明日の連休を取れなかったのだ。なら自分が買って出るのもやぶさかではない。

 

「こちらとしても、司令にお付き合い頂けるのは心強くあります。改めてよろしくお願いしますね」

「おう。このはやてさんに、任しとき」

 

 丁寧にお辞儀をするディードに、はやてはそう言いながら笑顔を返した。

 

 

 

 

 

     2.

 

 オリヴィエ・ビレッジ。

 現在、管理局・聖王協会双方で合同調査している遺跡『忘れられた望郷(ぼうきょう)園跡(えんせき)』のほど近くにある村。歴史的な観点から見ると、この遺跡と村には関連があると思われる。

 

 最後の聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの名を冠したこの村は、非常に閉鎖的である。

 生活の大半を自給自足で賄っており、村人達が村の外へ出てくることは滅多にない。

 

 土地柄、わざわざ赴く者も少なく、その為に噂や憶測ばかりが飛び交い、詳細不明の村とされている。

 

 聖王教会と袂を分かった者達が作った村ともされており、それにも関わらず村名に聖王オリヴィエの名を冠することから、聖王――特にオリヴィエ――に対し、偏執的な信仰をしているのではないかと推測される。

 もっとも、それらは全て外からのぞき込んで得た程度の情報に過ぎず正確さには欠くので留意されたし。

 

「……というのが、上から手渡された資料なのですけれど……」

 

 ホロウィンドウを閉じて、改めて村の入り口を見ながらディードが困ったような顔をする。

 

「閉鎖的な村……かぁ……」

 

 同じような顔で、シャンテもその入り口を見る。

 

「閉鎖的で偏執気味って聞くと、来るもの拒んで去るもの殺すみたいなイメージあるんやけどな……」

「うーん……そんな物騒でも、閉鎖的でもない気がするんだけど……」

 

 首を傾げるはやてに、ヴィヴィオは苦笑する。

 

 

――おいでませ、オリヴィエ・ビレッジ――

 ――旅人さん・旅行者さん、大歓迎――

 

 

「どうなんや、この横断幕は……」

 

 村の門から向こうは人の姿がほとんどなく寂れた様子ではあるのだが――ここだけ妙に派手なのだ。

 

「歓迎されている……のでしょうか?」

 

 ディードの疑問に、はやては答える術が見つからない。

 入り口だけみれば大歓迎ムードなのだが、村人がこちらに気づいて近寄ってくるわけでもないところが判断に困る。

 

「まぁ、入ってみれば分かるんじゃないかなぁ……」

 

 シャンテの言うことももっともだ。

 そもそも、この二人のシスターは、この村の詳細の調査に来ているのだ。

 

 何事もなく友好的であるなら、『望郷の園跡』調査隊のキャンプ地として宿泊施設を借りれないかの確認をする。

 

 古代遺失物(ロストロギア)や遺跡の類を隠しているようであれば、出来る限り穏便に調べる。

 その辺りのことをしっかりと確認するのであれば、村に入るしかない。

 

「せやな。とりあえず、入らないとあかんな」

 

 四人は改めて互いの呼び名について確認しあうと、若干の緊張と共に、村へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

     3.

 

 いざ、横断幕をくぐって村へと入ってみるものの、人の気配は乏しく、歓迎されているとは思えない。

 

 村の中心には、奇妙なモニュメントが建っているのだが、その周辺にも村人らしい村人は居なかった。

 

 いや、正しくは居ないわけではない。

 確かに周辺から視線のようなものは感じているし、人の気配もある。だが、村の中を歩いている人が居ないのである。

 

「この手のモニュメントっていうんは、人が集まりやすいはずなんやけどな」

 

 ましてや、村の中心にあるのだ。おばさん達が井戸端会議するにはもってこいのものだろう。

 

「それにしても何を象ったものなんだろうね?」

「直立したナメクジの背中から四本腕が生えたような……かろうじてナメクジになる前は人型だったような……そんな魔王の像?」

 

 首を傾げるシャンテと、見たままの感想を口にするヴィヴィオ。まったくもって、子供は素直である。

 

「案外、オリヴィエ陛下を象っている可能性もありますね」

「せやな」

 

 ディードの言葉に、ヴィヴィオの口元が引くついた。

 

「聖王教から袂を分かった宗派や。考え方によっては、聖王を魔王扱いする邪教であってもおかしくはあらへんしな」

「ううっ……魔王扱いでもこんな姿は嫌だなぁ……」

 

 はやてとディードのやりとりに、ヴィヴィオがガチで落ち込む。

 

「ほ、ほら! へ……ヴィヴィ様! まだそうと決まったワケじゃないからッ!」

 

 そんなヴィヴィオの肩に手をやりながら、シャンテが必死にフォローする。

 それを横目に見、苦笑しながらはやては腕を組んだ。

 

「しかし、ディード。どないする? 手分けして回るほど広い村やないし、せやかて村人に会えへんとなると、調査も何もないよ?」

「そうですね。人の気配はあるのですが……みな、家から出てくる気配はないようです……」

 

 ディードは顎に手をやり、困まり顔で考える。

 

「部隊長、ディード」

「ん?」

「はい?」

 

 ヴィヴィオに呼ばれ、二人はそちらへと顔を向ける。

 

「あれあれ」

 

 その横で、シャンテがいずこかを指差した。

 そちらに二人が視線を向けると、なにやら看板の掛かった民家がある。

 位置としては、やや村はずれと呼んでも良さそうな場所であるが――

 

「……『オリヴィエ・ビレッジ名物遺跡探検アドベンチャー』……?」

 

 口に出してその看板を呼んで、はやては眉を顰めた。

 

「閉鎖的な村……なんですよね?」

 

 あまり表情を崩さないディードも、さすがに困惑を顔いっぱいに浮かべて訝っている。

 

「とりあえず、行ってみない?」

「うん。行ってみよう」

 

 シャンテとヴィヴィオは行く気満々のようだ。

 もっとも、現状では特にやることもない。看板が出てる以上は何らかの催しがあるのだろうから、行く価値はゼロではないだろう。

 

「せやな。どうや、ディード?」

「異論はありません」

 

 そうして、四人は手書き感溢れる――ポップでフレンドリィなモノを目指すも、センス古くさく、しかも一昔前のセンスだったとしてもそれすら外した感じの――看板の掛かった建物へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     4.

 

「……これ、開けていいんだよね?」

「ヴィヴィお嬢様のお気持ちは充分に理解できますが、これが何らかのアトラクションや催しであるのなら、特に我々が遠慮をする必要もないかと」

 

 などとディードは答えるものの、やはり彼女も躊躇いはあるようだ。

 そんな二人をよそに、

 

「んじゃ、私があけよーっと」

 

 シャンテは躊躇いなく、ドアに触れた。

 玄関とは別に、『入り口』と掛かれたプレートの下がったその扉が開き、中へと入っていくと――

 

「……ッ!?」

 

 やたらと驚いた顔の初老の男性が待っていた。

 

「や、驚かれても困るんやけど」

 

 はやてが思わずそう言うと、男性はハッとしたような顔をしてから、営業スマイル――だろう。たぶん。かなりぎこちないが――を浮かべた。

 

「ようこそ。久々のお客さん過ぎて反応できなかったよ」

「一応、歓迎はしてくれるんだ」

 

 シャンテのわりと失礼なもの言いに、彼は特に動じた様子なくうなずく。

 

「こんな村だからね。余所から来る人が珍しいんだ。村おこしとかがんばってるんだけどね」

「村おこしって……村の入り口の横断幕とか、この家みたいな?」

 

 ヴィヴィオの問い、男性は大きくうなずいた。

 

「ああ。なのに、何故か余所の人達が来てくれなくてね」

 

 何故だろうと首を傾げる彼にツッコミを入れるべきか否かを逡巡して、はやては肩を竦めた。

 ツッコミは入れずに、出し物の内容を訪ねることにしたのだ。

 

「ところで、遺跡探索言う看板でてますけど?」

「ああ。本物の遺跡の中を歩けるよ。大人八百、子供五百ね」

「ほい二千六百」

「まいどありー」

 

 はやては躊躇いなくお金を出して、話の先を促す。

 

「そこの暖炉が入り口になってるよ。狭いから気をつけて。それと、順路から外れた場合の安全は保障しないよ」

「逆に言うと、順路から外れない場合の安全は保障していただけるのですか?」

 

 ディードの問いに、彼はうなずく。

 

「遺跡管理人の名において。そこは誠実に」

 

 雰囲気だけなら、信用してよさそうではある。

 

「ところでおじさん、この暖炉の先にある遺跡に名前ってあるの?」

 

 ヴィヴィオの質問に、おじさんは笑顔で答える。

 その顔は、孫を見るような笑顔だ。

 

「村のモンは、『見棄てられた聖棺(ロスト・アーク)』って呼んでるな」

 

 最初こそぎこちない笑みだったが、本当にお客さんを待ち望んでいたのかもしれない。

 

「ロスト・アーク……」

 

 彼から教えてもらった名前を、ヴィヴィオは舌の上に乗せる。初めて口にするのに、何故か初めてな気がしない。

 

「ヴィヴィオ。ぼーっとしとると置いてくよー」

「あ、みんな待ってー」

 

 暖炉の縁に手を掛けているはやてに呼ばれ、ヴィヴィオが慌てて後を追う。

 そうして、暖炉から『見棄てられた聖棺』へと入っていくはやて達。

 

 四人が完全に遺跡の中へと入ったのを確認してから、管理人は旧式の通信装置の受話器を手に取った。

 

「わたしだよ、ターク」

『ああ、管理人か。どうした?』

 

 受話器の向こうにいる男――タークは、どうやら先ほどまで寝ていたらしい。どこかぼんやりとした調子だ。

 

「ちゃんと身だしなみを整えてくれよ。久々のお客さんだ」

『ほう?』

「しかも、英霊派のシスターさんご一行だ」

『それは楽しみだ』

 

 管理人の言葉に、タークは受話器越しにもハッキリと分かるほどの好奇の笑みを浮かべて見せる。

 

「そんなワケで、丁重におもてなしをしてくれよ」

『任せておけ。それが仕事だ』

 

 タークの意を確認すると、管理人は受話器を置く。

 それから、スプリングがヘタレた椅子に深く座りながら、天井を見上げて(うそぶ)く。

 

「さぁ、お客様ご一行。遺跡探検ツアー……存分に楽しんで下さいませ」

 

 

 

 

 

 

 

 

     5.

 

「そういえば、私やシスター・ディードの格好にツッコミとかなかったね」

 

 暖炉内の階段を先行して降りながら、両手を頭の後ろで組んでシャンテが拍子抜けしたように言った。

 

「言われてみればそうですね」

 

 それにディードはうなずき、はやても同意する。

 

「聖王教として袂を分かった村やからな。村人が出てこないのも、修道服を見たからかもしれへん……と、思っとったんやけどもなぁ……」

「どういうコト?」

 

 唯一その意味が分からなかったらしいヴィヴィオが、子リスのように首を傾げる。

 

「ほら、この村が聖王教と袂を分かった人達かもしれないって資料にあったでしょ?」

「うん」

「だから、聖王教の別派閥でもある私たちに敵対心とか警戒心みたいのがあったんじゃないかなって、思ってたんだけど」

「あ、そっか」

 

 シャンテの解説に、ヴィヴィオが納得する。

 

「だけど、実際には普通に歓迎されてたよね?」

 

 そのヴィヴィオの素直な言葉に、はやては苦笑しながら、告げる。

 

「ここの管理人のおじさんは、な」

「少なくとも、村人全員が歓迎してくれている――と、考えるのはいささか早計ですよ、ヴィヴィお嬢様」

 

 はやての言葉をそう補足するディードに、ヴィヴィオは眉を顰めた。

 

「うーん……そうじゃないといいなぁ……」

 

 そんなやりとりをしていると、石造りだった階段の感触が金属的な硬質感に変わったのに気づく。

 

「お? そろそろかな?」

 

 楽しそうにステップを踏んで降りていくシャンテ。

 

「あ、シャンテ! 私が一番乗りしたい!」

 

 それを追いかけていくヴィヴィオ。

 彼女達とは裏腹に、はやてとディードは難しい顔をする。

 

「本物の遺跡っぽいなぁ」

「ええ。管理局も教会も関知していなかった遺跡が、まさか観光スポットにされているとは……」

「本当に観光スポットなんかも怪しいけどな。トラップなんかが生きておったら、余所者の処刑場代わりに使えてまう」

「陛下達を止めなくても?」

「あの二人やしね。そこまで過保護にせんでも平気やろ。怪しい思ったら、進む前に私たちに確認するって」

 

 そうして、階段を抜けると、そこは金による装飾をされた煌びやかな場所だった。

 

「すっげー! なにこれー?」

 

 シャンテは素直に驚いているが、その横でヴィヴィオが複雑な表情を浮かべている。

 

「部隊長、ディード。この感じって……」

「せやね。《ゆりかご》にそっくりや」

「聖王に縁のある地――それ自体は、偽りではなさそうですね」

 

 とはいえ、ここで立ち止まっていても仕方がない。

 

「とりあえずは、順路って看板通りに進もうか」

 はやての言葉に異を唱えるものはおらず、ひとまずは看板通りに進むこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

     6.

 

 順路と書かれた廊下を歩き、最初に遭遇した扉。それを開くと――

 

「何これ……」

 

 シャンテが思わず顔をしかめた。

 

「アンチマギリングフィールド。本気で、生きた遺跡なんやね」

 

 はやてが小さく呟く。

 

「通称AMF。シャンテはまずこの環境に慣れるのを優先してくださいね」

「慣れろって言われましても」

 

 ディードに言われ、シャンテは困ったように顔を顰める。

 魔法を使う際に必要な、魔力結合作業。AMFはその内部での魔力結合を阻害する性質を持つ一種の結界だ。

 

 初めて足を踏み入れるシャンテに、この環境に慣れろというのは、些か酷な話かもしれない。

 

「ヴィヴィオも影響受けとるん?」

「うん。解除命令とか出来るかなーって思ったけど、そもそもどこへ命令を飛ばして良いやら……」

「では仕方がありません。注意して進むとしましょう」

「ううっ……何で三人とも平然と……」

 

 身体が重たいような、五感が鈍るような――何ともいえない奇妙な感覚に平然としている三人を見、シャンテがうめく。

 

「実を言うとやな、あの機動六課はこの環境に対して特化した部隊やったんよ」

「私は、血筋柄どうしても関わっちゃうからね……部隊長達に頼んで時々訓練を」

「私はそもそもAMF環境下での戦闘を前提とした訓練を受けてますので。付け加えるなら私のツインブレイズは、AMFの影響を一切受けない能力です」

「管理局の魔導師も、教会の騎士も、AMF環境下で戦える人は少ないからなー。そういう意味やと、期待されとるんやで、シャンテ」

「……どういうコトですか?」

 

 自分以外がこの環境に慣れていることに、若干疎外感を覚え、心なし不貞腐れているシャンテに、はやてが微笑む。

 

「ディードにオットー、それからセイン。そしてシスター・シャッハ。

 現状――教会属の騎士で、今みたいな本格的なAMF環境で戦闘が行えるのはこのくらいやろ?」

 

 それに、ディードがうなずく。

 

「はい。管理局以上に、AMFに対する危機感が薄いことは否めません。教会の在り方を思えば、危機感云々以前に関わらざる得ないはずなので、訓練するべきなのですが」

「えーっと、つまり……?」

 

 はやてとディードの言葉に眉を顰めると、ヴィヴィオがシャンテの後ろから抱きついた。

 

「つまりッ、シャンテは修道騎士として期待されてるってコトッ!」

「AMFの恐ろしさというのは、本物の触れたコトがないと分かりませんからね」

「すぐに馴れろ言うんは当然無理や。せやけど、やばいって言うんは、分かるやろ?」

「はい」

 

 はやての言う『ヤバイ』という感覚は良く分かる。

 この影響下で、ディードみたいに影響の受けない能力者に襲撃されたら、教会騎士は間違いなく全滅するだろう。

 

「……あ、もしかして、何年か前に管理局の地上本部が襲撃されたテロ事件って……」

「だいたい、想像通りやと思うよ。もっとも、それでも尚、AMFはレア環境や言うて、危機感薄いお偉いさんが少なくないんが問題やね。局にも教会にも」

 

 やれやれとはやてが肩を竦めると、ディードがバツが悪そうに身動ぎする。

 

「さて、お喋りはぼちぼち終わりにして、もうちょっと先へ行ってみよか」

 

 

 

 それから、道中――

 おおよそこの遺跡が、いったい何の遺跡なのかが分からなくなるような奇妙なギミックが大量に仕掛けられていた。

 

 飛行系・浮遊系の魔法へ特に強く作用する特殊なAMFが発生している部屋では、あちこちに床を階段化させるスイッチが設置してあり、順番通りに入れていかねば、先に進めなかった。

 

 防壁系・障壁系の魔法へ強く作用する特殊なAMFが発生している部屋では、指定された通りの床を踏み損なうと、矢や火の玉が飛んでくるなど危険きわまりない部屋もあった。

 

 他にも色々あったのだが、そういうトラップをいくつも潜り抜けていると、さすがにみんな疲労困憊にもなる。

 

「ぶたいちょー。ここ、AMF抜きにしても、疲れます……」

「それは私もや……」

 

 安全を確認した壁に寄りかかりながら、ヴィヴィオとはやてがぐったりとうめく。

 

「シスター・ディード……魔法が使えないって、すっごい怖いし大変ですね……」

「ええ……まぁ。しかしAMF抜きに考えても、この遺跡のトラップは流石に少々過剰な気もしますが……」

 

 普段はあまりポーカーフェイスを大きく崩さないディードも、さすがに疲労を隠せないようだ。

 

「やっぱ、本気で処刑用の会場とちゃうんか、これ」

 

 思わずうめくはやてに、誰も異を唱えようとはしない。

 

「順路から外れちゃったのかな、私たち?」

 

 ヴィヴィオが首を傾げると、シャンテが右手で持つ双剣で壁を示した。

 

「……あはははは……」

 

 それを見て、ヴィヴィオは乾いた笑いを浮かべる。

 

 そこには、扉の横に順路と書かれた張り紙があった。

 つまり、これまでの道程は間違えていないということになる。

 

「一息ついたなら、先へ行こか。ずっと休憩してるワケにもいかへんしな」

 

 はやての言葉に全員がうなずくと、順路と示された扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     7.

 

 そこは少し開けた部屋だ。

 

 壁や地面が隆起している――というべきだろうか。六角形をした模様が敷き詰められたような部屋で、床や壁がその模様に合わせてせり出したり引っ込んだりしている。

 

 公園で時々ある、高さがマチマチの丸太がいっぱい並んでるような、あの光景に似ているかもしれない。

 もっとも、あの丸太と違い、ジャンプで飛び乗れそうな高さから、天井に届きそうな柱まである為、ちょっとした柱の林のような雰囲気がある。

 

「AMFは通常のものだね……濃いは濃いけど」

 

 とはいえ、何か仕掛けがないとも限らない。

 

「順路はこの部屋の一番奥の扉みたいだけど……」

 

 シャンテはそう言いながらも、視線は奥の扉には向いていない。

 部屋の中央辺り。右側の壁には、ここまでの順路にあった扉とはデザインの違う――異彩を放つ大きな扉がある。

 

 その扉に、ディードは近づき、色々と試すが――

 

「ダメですね。ビクともしません」

 

 肩を竦めるディードの横から、ヴィヴィオはひょこりと顔をだして、その扉に手を伸ばした。

 同時に、扉に掘られた幾何学的な溝に虹色の光が流れ、ややすると、ガチャリという音が響く。

 

「……ヴィヴィオ、何をしたん?」

「え? 普通に触っただけなんだけど……」

 

 戸惑った顔をするヴィヴィオ。

 だが、ヴィヴィオが触れたことで扉が開いた理由は容易に想像がついた。

 

「ディード、ヴィヴィオ、最大警戒。シャンテは万が一のフォロー」

 

 端的にそう告げて、はやては扉に手を掛ける。

 その大きな扉は、左右非対称な形状の蝶番に、ゆっくりと開いていく。

 

「……ッ!」

 

 同時に、扉の奥から、曲線的なフォルムをした虫のような機械が飛び出してくる。

 

「Ⅳ型ッ!」

 

 咄嗟に後ろへと飛び退くはやて。

 

「ツインブレイズッ!」

 

 即座に、ディードが両手に光刃剣を生み出して、はやてに飛びかかる白銀のボディを斬り裂く。

 

「もう一匹いるよッ!」

 

 シャンテの声に反応するように、ヴィヴィオも踏み込んで、ニ体目のガジェット・ドローンⅣ型に、魔力を籠めた拳を叩き込んだ。

 

 爆発する二機。後続はなさそうだ。

 

「ふぅ……ちょうビックリしたわー……」

「お怪我が無くて何よりです」

 

 安堵したように、はやてに微笑みかけるディード。

 それを横目にヴィヴィオが、扉の中を覗き込んだ時――

 

「やめておけお嬢さん。そこから先は、安全の保障はしないぞ」

 

 聴き慣れない男の声が、部屋に響いた。

 

「誰や?」

「答える前にその扉を閉めてもらえないか? この遺跡は村に通じている。先ほどのような戦闘機械が村へ放たれるのはゴメンなのでな」

 

 はやてはうなずくと、シュベルトクロイツを扉に向け、魔力で開いた扉を引き寄せて、蝶番を閉じた。

 

「これでええか?」

 

 声の主がうなずく気配がする。

 

「しかし、何故開かずの扉が開いたのだ……?」

 

 それは独り言なのだろう。

 

 声の主は訝っている。

 だが、はやて達はだいたい想像がついていた。

 

 ここが《ゆりかご》に縁のある遺跡だというのであれば、ヴィヴィオに流れる聖王の血や、聖王彩色の魔力光(カイゼル・ファルベ)に反応したのだろう。

 

「開かずの扉――そう呼ぶわりには、そちらさんは何か知ってそうやな」

 

 はやては声のする方――一際高い柱の上を見上げる。

 そこには、人影が一つあった。逆光の為、姿形がはっきりとしない。だが、声からして間違いなく男性であろう。

 

「そうだな……」

 

 何か思案するような素振りをした後で、男は柱の上から飛び降りてくる。

 

「……逆光で影だと思ってたんだけど……」

 

 ヴィヴィオが苦笑する通り、飛び降りてきた男は黒ずくめだった。

 黒い髪に黒いシャツ。黒いズボンに、おまけに黒いローブを纏っている。

 

「それ、聖王教会への意趣返し?」

 

 思わずシャンテがそううめくと、影は首を横に振った。

 

「いや。いかにも――こういう場所で突如遭遇する謎の人物っぽいだろう?」

 

 彼の言葉に、

 

「ハリセン……持ってきとけば良かったかなぁ」

 

 はやては思わず、そう呟く。

 

「さて、君たちの問いに答える前に名乗ろう」

 

 そして、こちらの様子など無視するように、彼は告げる。

 

「俺の名はターク。遺跡アドベンチャーのお客様安全担当員だ」

「お客様安全担当員……?」

 

 訝しむ四人に、タークは大げさな仕草でうなずいた。

 

「ああ。村おこしのメインでもあるこの遺跡で、お客様に万が一があっても困るのでな。中を歩くお客様の様子を常に確認し、お客様が居ない時は、主にメンテナンスを仕事としている」

「村おこし? メンテナンス?」

 

 訝るシャンテに、タークが不敵に笑う。

 

「そうッ、本物の遺跡を使ったびっくりどっきりアドベンチャー! 開かない扉のおかげで遺跡内は一本道でぐるりと一周可能ッ!

 道中に仕掛けられた罠とギミックッ! まるで本物と見紛う出来の炎とビームのイミテーション!

 あ、ちなみにそのイミテーションは村一番いたずら小僧クミン君(42)の自信作だッッ!!」

「イミテーションだったんだ……」

「本気で命の危機かと思ってたのに……」

「小僧……君……42……?」

「ツッコミどころは出来れば一つに絞って欲しいんやけど」

 

 大仰な身振り手振りで熱弁を振るうタークに、四人はぐったりとした視線を向ける。

 

「ノリが悪いな、お前達」

 

 そのトラップを本気にして、必死に逃げ回ってきたこちらからすれば、うんざりもするというものである。

 ましてや、管理局や教会が関知していなかった遺跡を使って村おこしアドベンチャーとか言われてしまうと言葉も出ない。

 

「死傷者とか出たりせぇへんの、これ?」

「問題ない。公開以来死傷者はゼロだ」

「ほう」

 

 思わず感心したように、はやては息を漏らす。

 この手のリアルすぎるドッキリは、それに慌てた客達が、作り手の予期せぬリアクションをすることで予期せぬアクシデントなどがありえるものだ。

 

 それを防いでいるというのであれば、それはタークの手腕に他ならぬのかもしれない。

 

 そんなはやての感嘆を、

 

「まぁ初めての完全外部来訪者はお前達なんだがなッ!」

「そら、死傷者もゼロなわけやなッ!」

 

 タークはあっさり粉砕した。

 今まで客がいなかったのだから、カウントなんて増えるわけがなかった。

 

「それにしても村おこしだなんて……閉鎖的な村だって聞いてたんだけど」

「あぁ、まぁ閉鎖的な村であるコトは否定出来ないな」

 

 元々隠れ里のようなものである。ほぼ自給自足で生活出来ている村だが、クラナガン等へ行くことはゼロではない。

 

 そして、首都を見れば若い者は憧れる。そして子供達が大人になれば、この村を出ていく。そうして今は残っているのは歳をとった大人ばかりだと、タークは語る。

 

「実際、イミテーションを作ったクミンがこの村の最年少だしな」

「本気で切羽詰まっているのですね」

 

 ディードの言葉にうなずく。

 

「諸王戦争終戦直後は、オリヴィエ・シティという名であったが、やがて人が減り、オリヴィエ・タウンに、そして気が付けば現代ではオリヴィエ・ビレッジになってしまった……。

 このままではやがて村は無くなってロスト・オリヴィエと呼ばれるようになってしまうッ! それだけは防ぎたい故に、こうして村おこしをしているッ!」

「いや、ロスト・オリヴィエはありえへんやろ」

「む? だとしたらバニシング・オリヴィエか?」

「村が滅んだら名前なんてなくなってまうちゅーとるんや」

 

 呆れ顔ではやてがツッコミを入れると、タークは小さくうめいた。

 

「そうだったのか……」

「いや、そこは知っておこうよ……」

 

 そんな彼の様子に、シャンテも疲れたように呟いた。

 

「まぁ名前はさておき……そんなワケでだ」

 タークがこちらの四人を見渡す。

「この鋼林広間(こうりんひろま)を抜ければ、もうトラップはなく出口にたどり着く」

 

 先導するように歩き出すタークに、四人は顔を見合わせてから、追いかけた。

 

「そこでお前達に訊ねたい」

 

 歩きながら、こちらへと振り向いて、真面目な顔で彼は問う。

 

「実際、村おこしのアトラクションとしてはどうだった?」

 

 

 

 

 

 

 

     9.

 

 出口と書かれた昇降機に乗ると、高い位置にある天井が丸く開き、そこへ向けて昇っていく。

 そうして、昇り終えると、どうやらその出口は井戸を加工したものだったらしいと分かった。

 

 暖炉から入って井戸から脱出する……なるほど、子供にはウケがよさそうではある。実際に、ヴィヴィオは井戸から出るというシチュエーションを楽しんでいるようである。

 

「ヴィヴィ様、タフですね……」

「え? 何が?」

 

 逆に疲れた顔をしているシャンテの言葉に、ヴィヴィオはキョトンとした表情を返した。

 そんなお子様二人のやりとりを看ながら、はやては、お疲れさまでした――という文字と共に、井戸の縁にかけられた簡素な階段を降りる。

 

「やっぱ遺跡ん中っちゅうんは身体が凝るなー」

 

 ぐーっと伸びをしながら、大きく息を吐く。

 

「アトラクションとして改造されていたとはいえ本物の遺跡でしたからね、緊張感もありましたからね」

 

 伸びるはやての横で、ディードも安堵しながらうなずいた。

 

「でも、あれがイミテーションだって分かったら、もう一回入りたくなっちゃったかも!」

 

 ヴィヴィオはどうやら気に入ったらしい。

 確かに、あれが演出だと分かったなら、探検気分を味わうアトラクションとして出来が良い方だとも言えるだろう。

 

「私は初めてのAMFだったから、楽しいとか怖いとか感じる余裕なかった……」

 

 シャンテはぐったりとしているが、様子を見るに、良い訓練にはなったようだ。

 

「とまぁ感想としてはこんなもんなんやけど」

「参考になる。ありがたい」

 

 最後に出てきたタークが、真面目な表情で礼を告げる。

 

「せや」

 タークの堅い雰囲気に苦笑しながら、はやてはふと思い出したことを訊ねる。

 

「安全は保障せん言うとったけど……あの扉は何だったんよ?」

 

 気がつけば曖昧になってしまっていたが、そこは捜査官として訊ねておかねばならないことだ。

 

「ああ」

 

 それに、タークはひとつうなずいてから、答えた。

 

「まず安全は保障しないと言う点だが。それは最初に管理人から警告されていたはずだ。道を外れたら安全は保障しない、と」

 

 つまりあれは思わせぶりな警告ではなく、親切心からの警告だったらしい。

 

「それと、あの扉だが――あれが開くのは初めて見たので推測になるが……」

 

 開かないことが前提での、アドベンチャーと言っていたのを思い出す。ならば確かにタークも詳しくはないのかもしれないが――

 

「恐らくはあの扉の先にあった廊下は、管理局が『忘れられた望郷の園跡』と呼ぶ遺跡に繋がっているはずだ」

「繋がっている?」

 

 ディードが聞き返すと、タークはそれにうなずく。

 

「元々は一つの施設であったかもしれない……そんな話は聞いたコトがある」

 

 だが、それを聞いていたヴィヴィオが口を開いた

 

「正しくは、『園跡』の中に『聖棺(アーク)』があったんですよ」

「ヴィヴィオ?」

 

 知り得ないはずの知識を披露したヴィヴィオに、はやての不安げな表情を向ける。

 それにヴィヴィオは大丈夫と微笑み、言葉を続ける。

 

「『忘れられた望郷の園跡』は元々工廠だったんです。

 『見棄てられた聖棺』は《第二のゆりかご(セカンド・アーク)》として建造されていましたが、途中で戦争が終結し、計画が頓挫した戦艦……それがセカンド・アークでした」

「詳しいな……。お嬢ちゃん――アンタ、もしかして……」

「え? あ、いや、あの……」

 

 ヴィヴィオは胸中でしまったと舌打ちする。

 

 それは、はやて達も同様だ。

 恐らくは遺跡内を歩いた結果、オリヴィエの記憶の一部がフラッシュバックのように脳裏によぎったのだろう。

 

 だが、それをタークの前で口にしたのは、失敗だったかもしれない。

 

「相当な聖王陛下ファンだな? 歴史に詳しいだけじゃなく、わざわざカラコンまでしているとはッ、筋金入りと見たッ!」

 

 四人はその言葉に安心して、愛想笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

     10.

 

 気がつけば、日が暮れ始めている。

 タークによると村には宿がないそうだ。故に、自分の家――彼は村長の息子らしい――の空き部屋に泊めてくれるらしい。

 

 その好意に四人は感謝しながら、彼の案内で村を歩いていく。

 

「そういえば、なんで村の人達は外に出てこないの?」

 

 ヴィヴィオの問いに、タークは首を横に振る。

 

「余所者が珍しくてな。何を話せば良いのか、みんな分からないのだ。だから話しかけられないように自宅に隠れているだけだが?」

「それ、歓迎してないじゃん」

 

 シャンテのもっともな言葉に、タークはさらに首を横に振った。

 

「心の中ではみんな大歓迎しているぞ」

「態度で示さないと分からないってッ!」

 

 そんなやりとりを見ながら、はやては苦笑する。

 

「村人総コミュ障だったんかい……」

「私たちを見て、敵意を抱いたわけではないのですね」

 

 ディードも安心したような、どうして良いか分からないような、何とも言えない表情を浮かべる。

 

「ああ。その誤解は解かないとだな、シスター」

 

 こちらのやりとりを聞いていたのだろう。タークがそう言って足を止めると、ディードへと向き直った。

 

「そもそも、俺たちは別に今の聖王教の教義に異があるわけではない」

「ですが、袂を分かったと……」

「ああ」

 

 タークはうなずく。

 

「聖王陛下達を英霊と崇めるか、偶像として崇めるか……その崇め方の価値観が違うんだ」

 

 最後の聖王オリヴィエや、彼女の思想に賛同し諸王時代を戦い抜いた聖王の血族や、繋がりの深い貴族達。

 

 彼らを英霊として尊重し、再びあのような悲劇を繰り返さないように、危険なロストロギアの管理と回収をする。

 それと同時に、今の時代の礎となった英霊達に感謝と敬意を示すと共に崇めていく――それが、ディード達の聖王教だ。

 

「お前達の在り方を我々は英霊派と呼んでいる」

「ってコトは、自分らのコトは偶像派とかで呼ぶん?」

「まぁそうなるな。先に断っておくが、別に英霊派と敵対する気はないぞ? 崇め方が異なるだけで、思想や教義の根底は袂を分かつ前のままだ」

 

 それを聞けただけでも、この村に来た甲斐があったかもしれない。

 事情を説明すれば、管理局や聖王教会への協力もしてくれる可能性が生まれた。

 

「それで、結局崇め方の違いというのはなんなのでしょう?」

 

 ディードの問いに、タークがどこか熱を帯びた調子で答えた。

 

「……我らが先祖達はッ、その存在を尊敬し、敬意を示すのではなくッ、その存在に熱狂しッ、()でたかったのだッ!」

「はぁ……」

 

 いまいちピンと来ないらしいディードを無視して、タークが熱弁を振るう。

 

「本来であれば、聖王陛下は美しくも愛くるしい姫であったはずだッ! だが悲しいかなッ、戦争が彼女を英雄たらしめてしまったッ! 覇王もだッ!

 彼とて文武両道にして甘いマスクのイケメンプリンスだったはずッ! だがッ、戦争が修羅たる王へと変貌させてしまったッ!

 二人とも歌って踊ればそれだけで停戦させるコトが出来たかもしれないのにッ!

 故にこそッ、我々はッ、当時熱狂できなかった陛下達のファンの為にも熱狂し続けるコトを選んだのだッ!

 これッ、即ちオリヴィエ様は俺の嫁にしてみんなの嫁ッ!」

 

 グッと握り拳を構えて暑苦しく叫ぶタークの頬に、ヴィヴィオの拳がめり込んだ。

 

「な、何をするんだお嬢さんッ!?」

「え、あ……す、すみません……なんか、手が勝手に……」

 

 殴ったヴィヴィオ自身も戸惑った様子を見せている。どうにもヴィヴィオの中のオリヴィエが拒絶反応を示したらしい。たぶん。

 

「……まぁわからんでもないけどな」

 

 彼の熱弁に、はやてが微妙な顔をしつつも同意すると、タークは素早く手を取ってきた。

 

「同志よ」

「一緒にするんやない」

 

 ピシャリと言い放ってから、はやてはヴィヴィオの頭にどころからともなく取り出したウサ耳カチューシャを乗せた。

 

「え?」

「それはそれとして……ところで、ディード、シャンテ。こんなヴィヴィオをどう思う?」

「とてもお似合いかと。可愛らしさ増し増しですね」

「ん、まぁ、似合ってるとは思いますけど?」

 

 それぞれが答えたところで、はやてがうなずく。

 

「その感情を熱狂的に拗らせまくてしまったんが、この村の先祖達っちゅうワケなんやろ」

 

 はやての言葉に、ディードとシャンテはポカンとした顔をする。やっぱりいまいち伝わらないようだ。

 

「ちなみに村はずれに奉られた聖王像には、手先の器用さならこの村一番のコダワリ派が、犬耳をつけたぞ」

「バチあたりな……」

「なにを言う。非常に愛らしい像になったのだから、問題なかろう? ちなみに犬耳以外にも、猫耳とウサ耳とで意見が割れてな。結果……村を挙げての選挙となり、犬耳が勝利した形になる」

「すこぶるどうでも良い話です」

 

 タークとディードのやりとりだけで、どうして袂が分かったのか、理解出来てしまう。

 これで派閥が分かれて、今の形になったのだろう。もっとも、偶像派は主流派にはなれなかったようだが。

 

「偶像は偶像でも、アイドル崇拝になっとる気がするな……」

「部隊長……可愛いって褒められてるはずなのに、不思議と嬉しくないです……」

 

 ウサ耳バンドを外しながら、ヴィヴィオが疲れたようにうめくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

     11.

 

 いつまでも、タークとディードの言い争いを聞くのも疲れるので、ヴィヴィオは話題を変えるべく、目についたそれについて訊ねることにした。

 村の中心にある、直立したナメクジのようなあれだ。

 

「ところで、あれて何を象ってるの?」

「ああ。あれも聖王陛下だが?」

()で要素どこへ消えたのッ!?」

 

 思わず叫んでから、ヴィヴィオはフラフラと膝を付く。

 

「何かこの村、疲れる……」

「大丈夫かお嬢さん? 確かに都心からだとここまで長旅だしな、疲れもするだろう」

「いや、そうじゃなくてですね……」

 

 こめかみの辺りを押さえながら大きく息を吐いて、ヴィヴィオは立ち上がった。

 

「この像、もはや愛らしいとか通り越して人間やめてるじゃないですかッ!」

「うむ。それに関しては村でも時々議論になるな」

 

 至極大真面目に答えるターク。

 

「あの、タークさん。あれがどうして聖王陛下になるんですか?」

 

 見るに見かねたシャンテが、先を促すように訊くとタークが答える。

 

「いや、時折この村では野良オリヴィエ様が目撃されてな。俺も一度見かけたコトがある」

「のら……おりう゛ぃえ……?」

 

 奇妙すぎる言葉に、ヴィヴィオが半眼になって問い返す。

 

「うむ。正体は不明なのだが、大昔からオリヴィエ様そっくりの人影が村を徘徊するコトがあるのだ。

 その野良オリヴィエ様は、ウサギや鹿を捕食しているようなのだが、襲撃する時にこの像のような姿に変身をして――」

「どう考えてもクリーチャーやないかいッ!」

 

 たまらずはやてがツッコミを入れると、タークは困ったような顔をしながら、それでも説明を続ける。

 

「いやしかし、オリヴィエ様の姿をしているのだ。この村を守ってくださっているのではないかと思い、先々代村長があれを作ったらしい」

 

 シャンテとディードも半眼になってモニュメントをしばらく凝視し、ややしてから、表情を変えずにそのままヴィヴィオへと視線を移した。

 

「あれと見比べないでッ!!」

 

 わりと切実にヴィヴィオが叫ぶ。

 

「そうだな。確かに聖王様とただのファンのお嬢ちゃんを比べるのは、聖王陛下に失礼だ」

「うわーん! ぶたいちょー……ッ!」

 

 真顔で首肯するタークに、耐えきれなくなったヴィヴィオが泣きベソをかきながらはやてに抱きつく。

 

「あー……はいはい。よしよし」

 

 そんなヴィヴィオの頭を撫でながら、はやては胸中で苦笑する。

 

(いやぁ……知らないって残酷やあぁ……)

 

「むぅ……そちらのお嬢さんは似てないと言われるのがそんなにショックだったのか?」

 

 違う、そうじゃない――そんな言葉が喉元まで出掛かったが、シャンテは寸前で飲み込んだ。

 

「あれ?」

 

 それから改めて、シャンテがどう助け船を出すか考えていると、視界の端に何か動くものを捉えた。

 

「どうしました、シャンテ?」

「いや……今、あそこの茂みになにか……?」

 

 ディードに問われ、訝しみながらも、その茂みを示す。

 

「もしや、野生のオリヴィエ様かッ!?」

「自分、本当に信仰心あるんか?」

 

 思わずはやてが漏らすと、彼は拳を握りしめて力一杯うなずいた。

 

「もちろんだッ! 見ろッ、信仰心がこんなにも溢れ出てるというのにッ!!」

 

 そう言いながら纏っているローブを捲ると、その下にはI☆LOVE☆聖王とプリントされたTシャツを着ていた。

 

「ちなみに選挙では狐耳に投票したんだぞッ!」

「色々心底どうでもええ」

「もういっそこんな村滅びればいいのに」

 

 はやての胸元で、ヴィヴィオが地獄の奥底から響いてきたかのようなうめき声をあげるが、幸い――なのかどうか微妙だが――タークの耳には入らなかったようだ。

 

(もはや遺跡アドベンチャーのプラス分が帳消しになるくらいに荒んどるなぁ……)

 

 苦笑しながら、はやては意識をシャンテの方へ向ける。

 

(野良オリヴィエっちゅうんが、ただの見間違いやネタだとは思いたいんやけど……)

 

 大昔に目撃され、今も度々目撃されているような、タークの言い回しが引っかかる。

 思考のしながら、自分が撫でている少女について、思い出す。

 

(……可能性はゼロやないな……)

 

 その上で、ディードを見やる。思い出すのは、ディードの生みの親のこと。

 彼が行った、大昔の研究者が自分に万が一があった時の為の予備を作る手段。そこから推測するに――

 

「そこッ!」

 

 シャンテが鋭い声と共に、拾った石を茂みに向かって投げつける。

 それによってはやては思考が急速に現実へと引き戻された。

 

「痛っ」

 

 そして、石の投げられた茂みの影から女性の声が聞こえた。

 その場にいた全員が顔を見合わせる。

 ヴィヴィオも、はやてから離れて顔を拭った。

 

「最近のガキは礼儀がなってないようだな」

 

 そこから現れたのは、

 

「おおッ、野良オリヴィエ様ッ!」

 

 間違いなく、肖像などに描かれた最後の聖王と同じ容姿の女性だ。

 

「野良……? 何を言っておる?」

「野良オリヴィエ様がしゃべったッ!」

「わしがしゃべるコトに驚くなッ! というか、野良ってなんだ野良ってッ!?」

 

 姿形も、その声も、間違いなく女性のはずなのに、言葉遣いやその仕草の端々から感じるのは年輩の男性のそれだ。

 

「ふ……ふふふ……ふふふふふ……」

「どうどう、ヴィヴィオ、どうどう!」

「止めないで部隊長ッ!」

 

 どうやらヴィヴィオは、野良オリヴィエの正体に気づいたようだ。

 まぁ気づいてなくても、この僅かな間に溜まったストレスが、野良オリヴィエ登場で爆発しただけ――という可能性もゼロではないが。

 

「ふむ? そちらの目の据わった小娘……なるほど。聖王は(つがい)にならず生涯を終えたという話だったが、隠し子でもいたのかな?」

「さすがに気付かれてまうな」

 

 ヴィヴィオを押さえながら、はやてが肩を竦める。

 

「ふーッ、ふーッ!」

「おいおい。いくらオリヴィエ様そっくりの野良オリヴィエ様に出会えたからって、ファンにしては興奮しすぎだろ」

「タークさん……頼むからこれ以上、ヴィヴィ様の機嫌損ねるような言動謹んで」

「うん? 俺が何か言ったか?」

 

 シャンテの苦言を、タークは理解出来なかったようだ。

 それを横目にはやては、口の端を皮肉気味につり上げる。

 

「いつ目覚めて、いつからその姿なんか知らんけど……よくもまぁ遺跡化した《第二のゆりかご(セカンド・アーク)》の中で長生きしはったなぁ……」

「この辺りは自然が豊富であるしな。食料には困らぬ。ウサギや鹿もおるしな。時折遺跡に迷い込む小動物もおった。《第二のゆりかご》のキッチンも生きておったしな」

「若作りの秘訣を訊いてもええか?」

「ふッ、老化なんぞ、おまえ達が古代ベルカ時代と呼ぶ時代の超技術を用いればいくらでも防げるわッ」

「ハッタリ言いおって……まったく」

 

 これ見よがしに嘆息してみせると、野良オリヴィエの顔色が露骨に変わった。

 

「自分の正体は、古代ベルカ時代に造られた、オリヴィエ陛下の予備やろ?」

「…………」

「正解みたいやね」

 

 シュベルトクロイツと夜天の魔導書を呼び出し、はやては構える。

 それに続くように、どうやら冷静になったらしいヴィヴィオが口を開いた。

 

「《第二のゆりかご》は元々、戦争によって《ゆりかご》が大破してしまった場合の予備だった。

 だから、オリヴィエ用に完全調整されている。

 その為に、万が一《ゆりかご》が墜ち、オリヴィエの遺体すら手に入らなかった場合に備えた、オリヴィエの予備(クローン)が用意されていた」

 

 この時代では、ヴィヴィオを創り出すのに苦労したのは、採取できるモデルデータが少ないことと、古代人であることからだ。

 当時であれば、今よりも容易に生み出すことが出来ただろう。

 

 ヴィヴィオの説明に、ディードがうなずく。

 

「なるほど、理解しました。その上で、予備の陛下は自分達に都合の良い方がいい。

 だから、研究者であるあなたは予備のオリヴィエ様に、自身の子種(クローン)を仕込んだわけですね」

 

 睨むように、野良オリヴィエを見つめる、はやて・ヴィヴィオ・ディード。

 その後ろで、こっそりとシャンテがため息をつく。

 

「話しについていけない……」

「うむ。野良様が予備とはどういう意味だ?」

「いやもう、野良とか忘れた方がいいと思う」

 

 少なくとも、あの空気を台無しにする要素であるのは間違いない。

 

「ははははははははッ! その通りだ。なかなか詳しいではないかッ!」

「その上で、や」

 

 高笑いをあげる野良に冷や水を掛けるような声色で、はやては告げる。

 

「自分は通常の、自身のクローンを孕ませるっちゅう手段を取らず、記憶転写の要領で、白紙の人格に自分の人格を移したってところやろ?」

「素晴らしい。この時代ではもはや失われたと言っても差し支えない技術について、そこまで詳しいとは」

「そんで、歳を取らないんは、これやろ?」

 

 はやてが示すのは、あのモニュメント。

 全員がその意味を訝しむ中で、野良オリヴィエだけが鋭く目を細めた。

 

「最初こそは朽ちた肉体を捨て、別の予備(クローン)へと人格転写を行ってたんやろうけど、おそらくは用意された予備の数にも限界があった。

 せやけど、《ゆりかご》を使うには、聖王の血と、聖王彩色の魔力光が必要で、それらを扱うには今の肉体を維持する必要がある。

 そこで、何らかの化け物の遺伝子を組み込み、クローンであると同時に合成獣としての朽ちない肉体を作り出す。それが若作りの正体や。

 もっとも、狩りをする時にこの村の人らに目撃されて崇められとるんは、想定外だったかもしれへんけどな」

 

 はやては推測を語り終えた後で、肩を竦めた。

 

「何が目的や? どうしてそこまでして生き続けとる?」

「気に食わないな小娘。お前のその眼差しは本物のオリヴィエと同じだ。正義感と責任にかぶれた、英雄気取りだ」

 

 野良オリヴィエの言葉に、はやてはふんっと鼻を鳴らす。

 

「図星、か――半分くらい思いつきのハッタリやったんやけど」

「おい」

 

 思わず野良オリヴィエがうめく。 

 

「だが。バレてしまったならば仕方ない。答えてやろう。

 我はこの世界に再びベルカを再建する。聖王達諸王が治めるベルカではなく、この我が統治する真のベルカだ!」

 

 両手を広げてそう語る野良オリヴィエに、はやて達四人は一斉に嘆息した。

 

「ぬ?」

「詰まらんなぁ……」

「もうどうでもいいよ」

「くだらないですね。捻りも面白味もない」

「お話の中の悪役テンプレートって現実にも適用されるのかー、勉強になった」

「お前達ッ! これを見てもそう言っていられるのか!」

 

 そう叫びながらどこからともなく取り出したのは、青い色の――

 

「レリック?」

「左様! 聖王の力を最大限に引き出すのだ!

 通常のモノと違い、その制御の難しさをクリアし、より高い次元で能力を引き出す我の最高傑作ッ!

 これを使えば不完全な《第二のゆりかご》も、すぐにでも浮上させられるぞッ!!」

 

 野良オリヴィエの言動に目を見開いたのはタークだ。

 

「待て! 村の足下に眠る聖棺が目覚めたら、この村はフライング・オリヴィエになってしまうではないか!」

「飛ぶ途中に消えてしまう(イレイジング)やろうなぁ……」

「なるほどッ、イレイジング・オリヴィエか!」

「それはもういいよ」

 

 うんざりと、ヴィヴィオ。

 

「よくわからぬが、ともかくッ! このアナザー・レリックはより聖王に近い存在によってのみ命令できるッ!

 我から奪ったところで、我以上に聖王に近い存在はあるまいッ! いつでも呼び戻せるぞッ!」

「おいで、アナザー・レリック」

 

 自信満々に勝ち誇る野良オリヴィエを無視して、ヴィヴィオがそれの名を呼ぶ。

 

 すると、

 

「え?」

 

 野良オリヴィエの手の中にあったアナザー・レリックがヴィヴィオの手の中へと転移した。

 

「そんなバカな! 世代を重ね薄れた血の方が、我の血よりも濃いというのかッ!?」

「言うコト聞く良い子みたいだから、ちょっと心苦しいけどね」

 

 驚愕する野良オリヴィエを露骨に無視して、ヴィヴィオはその手のレリックを放り投げた。

 

「ディード」

「御意」

 

 そして、ヴィヴィオの命に従って、ディードはツインブレイズでそれを斬り裂いた。

 

「な、な、な……ッ!?」

 

 野良オリヴィエの驚愕は、やがて怒りへと代わり叫び声をあげ、

 

「貴様らぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 女性の姿から、モニュメントそっくりの化け物へと姿を変えた。

 

 そこへすかさず、

 

「む?」

 

 はやてに頼まれたシャンテが、素早く化け物の頭にウサ耳バンドを乗せて、素早く元の場所へと戻ってくる。

 それを確認したはやてが、魔法で拡声しながら、村全体へと告げる。

 

「良く見ぃ、村の人ッ! 自分らは聖王を愛でる言うとるけどな……こんなウサ耳の似合わへん化け物に萌えるんかッ!?

 元の姿が聖王陛下そっくり言うても偽物な上に、中身は枯れたオッサンや!

 モニュメントまでつくって崇める価値があるんかッ! これを嫁にしたいんかッ!?」

 

 はやての言葉に、村中からざわめきが聞こえ始め、タークはぐったりと膝をつく。

 

「確かに……その姿形に騙されていたが、あの仕草や喋り方は愛せそうにない……そして、この姿も」

「さっきから、何なんだお前ら?」

 

 野良オリヴィエがうめく。

 その気持ちは分からなくないが、はやてのこの行動はヴィヴィオと、オリヴィエの為である。あんな化け物と同一扱いされるのはさすがに可哀想だ。

 

 なので、はやては村人達が野良オリヴィエから興味を失うように仕向けたわけである。

 

 その上で、

 

「オリヴィエの身体と魔力使っておきながら、化け物みならへんと狩りが出来へん雑魚や。

 ヴィヴィオ、シャンテ。とっとと二人でぶちのめしてまえ」

 

 はやては二人に笑い掛ける。

 それに対して、二人はデバイスをセットアップすることで応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

     12.

 

「ふふふふふふふふふふふふふ……怒りの矛先ィィィ……みぃつけぇたぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 あんまりヒロインっぽくない表情で、ヴィヴィオは四肢に魔力を籠める。

 

「シャンテ!」

「了解! 陛下に合わせるよッ!」

 

 ヴィヴィオは地面を蹴って加速し、シャンテは地面を蹴ると同時に姿を消した。

 

「ふん、小娘二人風情……ッ!」

 

 身構える野良オリヴィエ。その頭上からシャンテが降ってきて剣を振り下ろし、斬ると同時に姿を消す。

 

「な……ッ!」

 

 突然、背中を斬られ目を見開く野良オリヴィエのボディへ、ヴィヴィオのブロウが叩き込まれた。

 

「が……あ……ッ」

 

 すかさず、ヴィヴィオは独特のステップで背後へ回り、強烈なソバットを繰り出した。

 

 直後にシャンテは正面に姿を見せて、双剣による連撃を繰り出す。

 

 ヴィヴィオのジェットステップによる変速広範囲連撃と、その隙を埋めるように繰り出されるシャンテの高速移動斬撃。

 

 ほぼ三百六十度全域から放たれる二人のコンビネーションに、野良オリヴィエはあっと言う間に追いつめられていく。

 

「ぐ……あ……」

 

 フラフラになった野良オリヴィエの前で、両手を構えるヴィヴィオ。

 

「くそ……ッ!」

 

 それに対応しようとするが、時既に遅し。

 

 ヴィヴィオが魔力を籠めた双掌(そうしょう)で、野良オリヴィエを思い切り突き飛ばす。

 

 地面を滑っていく野良オリヴィエ。その背後には、ヴィヴィオが設置しておいた拘束魔法陣が展開されている。

 

 蜘蛛の巣に引っかかるように、野良オリヴィエは魔法陣に捕まり、駄目押しとばかりに七人のシャンテが、抱きつくように拘束する。

 

「準備完了」

「こっちも。いつでもいいよ、陛下」

 

 二人は互いの魔力を混ぜ合わせると、自分達の眼前に大きな魔法陣を作り出す。

 

「V&S、コンビネーションアサルトッ!」

「私と陛下が二人で奏でる混声歌ッ!」

 

 二人は同時に地面を蹴ると、自分達が作り出した魔法陣を潜り抜ける。

 その魔法陣によって、二人は全身に魔力を纏い、自分自身が魔力砲弾になったかのように、動けぬ野良オリヴィエへと向かっていく。

 

 

  双歌(そうか)――

 

 

 ヴィヴィオは拳を。

 シャンテは剣を。

 

 

  ――幻聖唱(げんせいしょう)ッ!!

 

 

 その砲撃のような勢いのままに、動けぬ野良オリヴィエへ、二人は己が獲物を突き立てたッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     13.

 

 陛下とシスター・シャンテによって討たれた野良オリヴィエは、八神司令預かりで管理局へと引き渡しされました。

 また、オリヴィエ・ビレッジ村長との話し合いの結果、『園跡』調査隊の滞在許可を得ました。

 

 追加事項、村内の観光者向けアトラクション、遺跡探索アドベンチャーに関して。

 本物のAMF体験が出来るアトラクション為、聖王教会及び管理局でのAMF体験訓練の会場として、利用してもよいという許可を得ました。

 またアトラクションとして改造済みの部分以外の『聖棺(ロスト・アーク)』への入り口を、『園跡』内にて発見された為、アドベンチャーへ迷惑を掛けない形での調査許可も了承していただけました。

 

 ――調査報告は以上。

 

 なお、野良オリヴィエ像は撤去されましたが、その代わりとして、ヴィヴィオ陛下の像が新たに制作中。完成前に、ウサ耳、猫耳、犬耳……その他の装飾をどれにするかを問う選挙を行う予定とのこと。

 

 また、村人達は今まで通りの、偶像派としての聖王崇拝とは別に、ヴィヴィオ陛下筆頭に、シスター・シャンテ含む同世代ストライク・アーツ選手に興味を持った様子。

 それに伴い、推し選手グッズなどを作りはじめた結果、それが大当たりし、ストライク・アーツ選手ファンの聖地という形で、村おこしが成功しはじめています。

 管理局も道の整備手配をしてくれているようなので、以後はオリヴィエ・ビレッジに対する謂われのない誹謗中傷を避けるようにお願いいたします。

 

 また、我々英霊派の中にいた、隠れ偶像派に対する処遇などはとくになく、今後の信仰や生活に対する指導などもありません。

 同時に、本堂含め、今後はオリヴィエ・ビレッジ及びそれ以外からの偶像派の出入りも増えることとなると思います。

 

 相手の主張を受け入れられずとも、否定せず、穏やかな関係を保てるよう、注意のほどをよろしくお願いします。

 

 

     ☆

 

 

「……シャンテ……あれ、オリヴィエ・ビレッジ製作のうちわ……アインハルトさんの名前が書いてあるよ……」

「陛下見てよ。あっちは、はっぴだって。番長の名前が背中にあんなデカデカと……」

「でも、やっぱりシャンテのグッズが多いね……」

「陛下のグッズ数には負けるよ……」

「あのさー……近いうちにやっちゃおうか。イレイジング・オリヴィエ」

「そうですねー……ほんと、許可が下りるならしたいよー……」

「結局さー……愛でて熱狂出来れば、何だってよかったのかな……」

「あー……たぶん、そうだと思う……」

 

 ヴィヴィオとシャンテはそんなやりとりをしながら、無駄に澄んだ青空をぼんやりと見上げ続ける。

 

 野良オリヴィエと戦って以来――ストライク・アーツの大会の観客席が日に日に異様な光景になっていくのだが、それを止める術をヴィヴィオ達は持っていないのだった。

 

 

【Eager idol worshipers' village -closed.】

 

 

 




===当時のあとがき===
 あとがき

 初めましての人もそうでもない人も、こんにちわ。北乃ゆうひです。
 祝・リリカルなのはも十周年だとかで、すげーすげー。まぁ自分はとらハからのファンでもあるので、もっと長く感じていたりもするのですけれど。とらいあんぐるハート・サウンドステージファイナルで完結宣言されて涙を飲んでから、さらに十年以上も経ったワケですよね。感慨深い。 
 さて、本作について。
 聖王教会って大きいから、派閥とか絶対あるようなぁっていうノリから、今回のようなお話になりましたとさ。熱心すぎる信者ってアイドル崇拝と変わらないよねっていうお話。 
 「野良オリヴィエ」という単語がお気に入り。プロット上に存在はしてなかったんですが、ふと思いついたら使いたくて仕方なかったのであります。
 野良クラウスとか野良リッドとかも、きっとその内……出す機会があるのだろうか?
 そんなこんなで紙面がないので今回はこの辺りで。次は来月の冬コミでお会いしましょう。
 お手に取ってくれた方々、読んで下さった方々、購入してくれた方々に最大級の感謝を(ありがとう)。
【18 : 06 / 23 / 11 / 2014 EndRoll - closed.】
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 ここまでお読み頂き、ありがとうございました٩( 'ω' )و

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