一体どのような祭かと言いますと女性が意中の男にちょこれいとを贈り好意を伝えるなどという破廉恥な催し物なのです。
こんなものが流行してしまうなど今後の日本の未来が心配でなりません。(私が思う文豪っぽい書き方)
休日。
適当に街をぶらついていると妙なものと遭遇してしまった。
普段はつけていないはずの紫色のフレームのメガネをかけた小日向未来が物陰に隠れて何かの様子を観察していた。
私はとんでもなく面倒なことに巻き込まれそうな匂いがしてその場を立ち去ろうとしたのだが…
「六堂さんちょうどいいところに。ちょっとお手伝いしてもらっていいですか?こういうの得意ですよね?」
遅かった…
小日向未来と私は関係なさそうで関係あるのだ。
最重要警護対象であった小日向の護衛任務にあたったこともあり立花経由で知り合いはしていたがそこまで深い関係があるわけではない。
「手伝いとはなんだ…不審者の手伝いなんて私はしないぞ」
「不審者なんかじゃありません!」
「いやどう見たって不審者だぞ。物陰でこそこそして」
「うっ…」
顔を赤くして俯く小日向。
自覚はあったのだろう。
改めて他人から言われて恥ずかしくなったようだ。
「それで、なにをしていたんだ?」
肝心なことはこれだろう。
こんな白昼堂々にこそこそしている理由とは一体。
「あれを見てください」
小日向が指を差す方向。
そこには立花がいた。ショッピング中のようだが…
「別におかしなところはないだろう。混ざってきたらどうだ?」
「もっとよく見てください」
もっとよく…?
…あれは。
「なるほど。あれが噂の彼氏君か」
「はい。響の彼氏さんです」
遠目だがなんとなく穏やかで誠実そうな雰囲気を感じる。
二人仲良く手を繋ぎ微笑みながら談笑する姿は正に幸せを体現してると言えるだろう。
この辺りは海が近くデートスポットも多い。
どんな鈍感な奴でも分かるだろうあれはデートをしている。
で…
「結局のところ小日向はなにをしているんだ?あんな普通のデートを尾行なんて…馬に蹴られるぞ」
「うっ…悪いことだっていうのは分かってます。だけど!いつまでたっても彼氏さんを紹介しない響も悪いんです!」
…なるほど。
小日向は立花の彼氏君が気になってしょうがないらしい。
自分の親友に恋人が出来たとなればまあ気になるもの…なのか?
気になりこそすれど尾行は流石に…
やっぱりこの人怖いと思った。
「響からどんな人かは聞いてます…けど実際に会ってみなきゃ分からないこととかあるじゃないですか。本当はすごい悪い人で響が騙されてたりなんかしたら私は…」
「今日は豚肉が安いのか。よし品切れ前に…」
「六堂さん」
とても、冷たい声音だった。
実際はそうではないのだが、その言葉の意味を察すると私はもう彼女に従うしかなかった。
「一緒に、響を尾行しましょう」
こうして、私の休日は終わった。
これで私も不審者の仲間入りか…
久しぶりに調、切歌と休みが重なったので三人でショッピングをしていると私はあるものを目撃してしまった。
小日向未来と…千鶴が一緒に街を歩いている。
なぜ?
どうして小日向未来が千鶴と一緒にいるの?
普段ほとんど関わりないでしょう?
どうして…
「マリア?どうかしたの?」
「え?う、ううん。なんでもないわ…」
なんでもないわけがない。
好きな人が異性と二人で歩いているなんて気にならないわけがない。
「それでデスね。もし彼が他の女の子と二人きりになったらなんてことを想像したら物凄いモヤモヤしてデスね。これでアタシは彼のことが好きなんだと気づいたというわけなんデスよ~///」
切歌の何度目か分からない惚気話。
しかし、今の私にとってタイムリーな話題だ。
今、私はとてもモヤモヤしている。
胸の中が苦しい。
重りを落とされたかのように胸が重い。
「…ねえ、切歌」
「なんデスか?」
「その、モヤモヤって誰でもあると思う?」
「そりゃあ恋する人なら男も女も関係ないと思うデスよ」
男も女も関係ない…
もし、私が千鶴以外の男性と二人きりのところを見たらモヤモヤするのかな…
いや、それは駄目だ。
他の男と二人きりなんてよくない。
そう、よくないんだ。
だから今の千鶴もよくない。
私をモヤモヤさせて…
説明責任がある。
キスもして、抱きしめあったというのに。
確かにまだ付き合ってすらないけれどほとんど付き合っているような状態なのに…
だからきっとこの怒りは正統なものだ。
次会ったら説教…いや、待て。
あの二人がどういう関係か洗い出す必要がある。
説教の際、説明を求めてもはぐらかされる可能性が高い。
故にまず私自身が事実を確認した上で説教しなければならない。
なので二人には悪いんだけど…
「マリア」
「私達もついてるデス!」
「え…」
「皆まで言わなくても大丈夫デス」
「私達も気づいてた」
調、切歌…
「それじゃあ早速追跡開始よッ!」
ショッピングは終了。
私達の休日は千鶴の尾行に予定変更となったのだ。
「まず対象の追跡をする際はとにかく目立たないことだ。周囲に溶け込むんだ。その場に不自然だと気付かれてしまう」
「はいッ!」
なし崩し的に…脅迫されて始まってしまった尾行。
そして対象の追跡を行う際の技術の指導まで始まってしまっていた。
「木を隠すには森。人を隠すには人混み。だが対象は見失うな」
「なるほど…」
「それと、そのメガネだけの変装では立花を気づかれる可能性大だ。髪型を変えるなり帽子でも被るなりしろ」
忠告すると小日向は店の窓ガラスを鏡代わりに髪をいじりはじめた。
さて、小日向が髪型を変えるまで待つか。
その間…
「じー」
「じー」
「デース」
あの不審者三人をどうしようか。
隠れてるつもりなんだろうがバレバレだ。
あんなメガネだけの変装…マリアはしっかり変装しているけど。
なんなんだこの変装=メガネみたいな風潮は。
それもフレームがそれぞれのパーソナルカラー。
装者達は自分のパーソナルカラーのメガネを絶対持っているとでもいうのか?
「終わりました!」
「終わったか…」
振り返って見ると髪をサイドテールにまとめた小日向がいた。
…あまり雰囲気が変わっていないが恐らくどんな格好をしても立花にはバレるだろうから変装よりは如何に気付かれないかのほうが重要だ。
それよりも…
「じー」
「じー」
「デース」
あれの対処だな…
まくか…
「六堂さん!響が行っちゃいます!追いかけましょう!」
「え、ちょ、待て、引っ張るな!」
この小柄のどこにそんな力があるのか。
どんどん引っ張られていく。
それと同時に冷たく、鋭い殺気が私の体に突き刺さる。
本当にどうしたものか…
「見るデス!あの男未来さんに髪型変えさせてるデス!」
「推測するに恐らく…『未来、私はサイドテールのほうが好きだ…』と言ったんだと思う」
「なんですって…!今までそんなこと言ってなかったのに!?」
尾行する二人を尾行する三人は勝手な推測で盛り上がっていた。
ブレーキ役がいないためにどんどん加速する妄想はマリアの心をどんどん曇らせていった。
(小日向未来のほうがタイプだったというの?だからあんなに迫っても効果なくて…けどキスもしたし抱きあったじゃない!もしかして二股!?二股なの!?本命は小日向で私は遊びだったというの!?)
「そうよね…私みたいな年増より若い娘のほうがいいわよね…」
「なに弱気になってるデスか!」
「マリアはまだ全然いけるよ!」
「二人とも…ありがとう…」
二人に励まされ、なんとか精神的ダメージから立ち上がり尾行を続行する。
まだ千鶴と小日向が付き合っていると決まったわけではない。
そうだ、これは千鶴と小日向が付き合っていないことを確認するための尾行と考えればいい。
付き合っていることを確認だと最初から敗北しているようでそれだけで傷つく。
それならばマシなほうを考えるのが…
「あっ!二人が行くデスよ!」
「未来さんが六堂さんの腕を引っ張って…」
「なんだか楽しそうにも見えるデス…」
……やっぱり二人は付き合っているんじゃないかしら…
「六堂さん!響達カフェに入っちゃいました!」
「店の中か…小日向、あの店をネットで調べろ。中の様子が知りたい」
尾行開始から30分。
そろそろ昼飯時。
追跡対象が昼食をとるのは必然か。
店内がそれなりに広ければ中に入って監視出来るが…
「六堂さん。店内はこんな感じです」
小日向から通信端末を受け取り画像を見ると…
ふむ、これならいけそうだ。
「店内に突入だ。対象との距離が近くなる。気取られるなよ」
「はいッ!」
追跡を続けること30分。
もうそろそろランチの時間。
というわけで私達もランチ…なのだけど。
「マリアは食べないデスか?」
「え、ええ…その、質問なんだけれど…」
「なに?」
「どうしてあんぱんと牛乳だけなのかしらッ!?それも三人揃って!!!もっと色々パンの種類あるでしょう!?あんぱんと牛乳なんてクリスじゃないんだからッ!!!」
手渡されたコンビニ袋の中にはあんぱんと牛乳しか入っていなかった。
もっと色々あるじゃないッ!
「分かってないデスね~マリアは」
「あんぱんと牛乳は
「なにもそんな形から入らなくていいじゃないッ!」
今日はオシャレなレストランでランチの予定だったのに…
まさかの昼食代が200円程度に抑えられてしまうなんて…
いいことなのか悪いことなのか分からないわ…
「あっ!二人がなにやら若者が入りそうなカフェに入っていったデスよ!」
「ッ!?二人でランチする気ねッ!こっちはあんぱん一個と牛乳だけだというのにッ!」
許されない。
あんぱんで我慢しているのに向こうはオシャレで美味しい食事をしようだなんて…!
「あのお店は…!」
「どうしたデスか調ッ!」
通信端末を手に驚愕からか目を見開く調。
一体何があったというの…?
「あのお店には…カップル専用のパフェがある…!」
「な、なんですってッ!!!?!?!!??」
目の前に鎮座するそれは、糖分の塊。
一人で食べれば一日分以上の摂取カロリーを容易に摂ることが出来るだろう。
「食べないんですか?六堂さん?」
「あ、ああ…いただこう…」
何故こんなものが目の前にあるのか。
それを説明するには少々時間を遡る。
立花達が入ったカフェは如何にも若者向けの店だった。
思わず足が止まる。
「どうしたんですか六堂さん?入らないんですか?」
「あ、ああ…」
こんなアラサーのおっさんが入っていいものだろうか…?
まだ二十代なのだが周りのきゃぴきゃぴした雰囲気に自身をおっさんと言うしかなかった。
いや、まだ二十代。
二十代なのだから大丈夫だろう…多分。
それにアラサーのおっさんが入ってはいけない法律も憲法もないはずだ。
…おっさんの出入り禁止という店独自のルールがあれば話は別だが。
「さて、入るか…なにをしている小日向」
何故か、小日向が私と腕を組んできた。
「不自然さを消すためです」
不自然さ…?
周りを見返すと店の前も店内もカップル、カップル、カップル、カップル…
な、なんだこれは…
「六堂さんが言ったんじゃないですか。周囲に溶け込めと。…私だって、その、恥ずかしいですけど響のためなら……」
顔を赤らめ俯く小日向。
そんなになるならやらなければいいのに。
立花のため、か…
友情とは美しいものだ…重すぎると思うが。
「それじゃあ、行きましょう!」
再び小日向に引きずられ歩きだし、店内へと入っていく。
背中に、賑わう街には似合わない三人分の殺気を感じながら。
店内は白を基調に木で作られたテーブルやイス、カウンターなど木の温もりが感じられる。
店のあちこちにドライフラワーが飾られて若い女性店員が忙しそうに、しかし笑顔を絶やすことなく仕事している。
如何にも若者向けの店。
場違い感甚だしい。
「ほら、行きますよ六堂さん」
「あ、ああ…」
店の雰囲気に圧倒されている間に小日向が店員に案内されていたようで席につくことに。
立花は…店内中央窓側の席。
私達が案内された席はその後ろの席。
立花は…気づいていない。
彼氏君との会話に夢中らしい。
こちらとしては助かる。
席につくと早速小日向が小声で話しかけてきた。
「なんとかうまく潜入出来ましたね」
「ああ、だが対象とかなり近い。彼氏君との会話に夢中で私達に気づいてはいないが気を付けるんだ」
「了解です。…ところで、どう思いますか?」
「…どう、とは?」
「…抽象的過ぎましたね。同じ男性として、響の彼氏さんのことどう思いますか?」
どう思いますかと言われてもな…
会話したこともない人間のことをどうと論ずるのはどうかと思うが…
先程ちらりと見た感じは別に悪くはなさそうだ。
今時珍しく髪も弄らず、ピアスなどのアクセサリー類も見当たらない。
身だしなみに関しては最低限。
言い替えれば鬱陶しくはない程度に髪を整えて、俗に言う清潔感というものを体現していると言えるだろう。
会話している時の笑顔も誠実さと爽やかさが溢れている正に好青年。
「特に問題も無さそうな好青年じゃないか。見た感じの印象だけだが」
「そうですよね…見ただけじゃ分かりませんよね。もしこれで趣味がパチンコとかギャンブルとか、実はすごい酒飲みとか、親の臑齧りとか、女癖悪いとかだったら…!」
「落ち着け小日向。声がでかくなっているぞ」
「す、すいません…」
余程心配なのだろう。
とことん重い女…
「六堂さん」
「…さて、店に入った以上何か頼まないとな。どうする?」
メニューを取り、小日向に見せる。
昼時だし我々も昼食としよう。
最も、対象がいつ店から出るか分からない以上さっと食べれるものでないといけないが。
「あっ…それじゃあ…あの、六堂さん」
「なんだ」
「六堂さんは甘いもの平気ですか?」
急な質問。
しかしなんで私にそんなことを聞くのか。
自分の食べたいものを選べばいいだろうに。
「別に平気だが…どうした?」
「その、私これ、食べたいなって…」
そういって見せてきたのはカップル専用パフェなるもの。
いやいやこれは小日向さん。
「大丈夫です六堂さん。今の響は彼氏さんの前だからか一口がかなり小さくなっています普段の1/10です。これなら充分響に追いつけます。それに周りはカップルだらけでこれ目当てに来ているお客さんが多いです。だから頼んでもなにも不自然じゃありません寧ろ頼まないほうが不自然ですなので頼みましょうこれにしましょう。あっすいません注文お願いします。はいカップル専用パフェですお願いします」
私へ説明する間に注文まですませてしまった小日向。
どうやら、私にはあれを食べる運命しか待っていないらしい。
こうして私の目の前に現れた巨大なパフェ。
本当にカップル…二人で食べろと言っているのかこの摩天楼を。
絶対にパーティー用とかだろうこれ。
それともあれか、映えとか言うやつなのか?
こうして客を引き寄せているのか?
これでは食べきれないで残す客も多いだろう。
もったいない…
「どうやらそうでもないみたいですよ?」
「なに?」
あれを見てくださいと指差す方向を見るとなにやら店員が集まっている。
店員が男性を羽交い締めにしている…
穏やかではないな…
「はいあーんしてくださいね~」
「いやだぁ!!!もう食べられない!許してくれぇぇぇ!!!!」
男は抵抗するがあの拘束から脱け出すことは出来ず、絶叫をあげながらあのパフェを無理矢理食べさせられている。
彼女は彼氏があんなことされて黙っているというのか!?
「あはは!いいよ~!もっともっと!いけるでしょ~!」
楽しんでいる…
動画を撮影している…
恐らくSNSにでも載せるのだろう。
なんて恐ろしい生き物なんだ女とは。
SNSのためなら男を犠牲にしていいと思っているのか!?
「あれ有名なんですよ。食べきれないと彼氏側はああなっちゃうんです。だから頑張りましょう!」
…私は今日、死ぬかもしれない。
このパフェに殺されるか、店内で私を監視している三人に殺されるかのどちらか。
なんとしても、生き残らなくてはならない。
スプーンを進めること幾星霜。
だいぶ量は減らしたがまだまだ。
まだまだである。
後ろの立花達も苦戦しているようで食べ終わる気配はまだない。
とにかく私も食べなければこの戦いは終わらない。
しかし、ここで予想外のことが起こったのだ。
「六堂さん。あーん」
店内に侵入成功。
千鶴達にはバレてはいない。
適当にパフェを頼みこのまま張り込みする。
・
・
・
「な、なによあれは…!?」
「あれは…まさかッ!」
「カップル専用パフェ…」
天高く轟…じゃなく聳えるパフェ。
あんなものを食べるというの!?
それ以前にカップル専用パフェを食べるということはやはりそういうことなの…?
「マリア…」
「大丈夫よ…まだそうと決まったわけではないもの」
諦めの悪いことは強さ、長所と言われるが私の場合はまだ希望にすがりついていたいという弱さである。
認めたくない。
「あっ!あの二人あーんするつもりデスよッ!!!」
えっ…
嫌だ、見たくない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ…
「マリアッ!!!」
思わず、私は駆け出して店を出ていた。
「…なんの真似だ」
「不自然さを消すためです」
スプーンを持つ手をこちらに伸ばす小日向。
自分がなにをやっているのか分かっているのだろうか。
「わざわざそんなことする必要はない」
「けどさっきから店員さんが怪しげな目で私達を見てます」
「なに?」
周囲を見渡すと金髪ボブでやけに白い肌に真っ赤な口紅をした店員がこちらを見ている。
なんだあのにやついた目付きは。
まさか、私達がカップルに見えていない!?
バレているだと…!?
何者なんだあの店員は!?
ちなみにこれは誤解である。
あの女性店員は「あの人達あーんしないのかなぁ?恥ずかしがってるのかなぁ?可愛いなぁ」なんてことを思っているだけである。
「…やるしかない」
「やるしかありません。さあ六堂さん!あーん」
「あ、あー…」
あの三人…いや、マリアに見られていると考えると…
…………
何故か、胸が苦しくなった。
私は…
「マリアッ!!!」
店内で聞き覚えのある声が響いた。
マリア…ッ!
「悪いが、今日はここまでだ」
「六堂さんッ!?」
パフェの分の代金をテーブルに置いて、私はマリアを追いかけた。
「マリア…って今の声、切歌ちゃん?って、なんで未来がここにいるの!?」
「えっ、あ、いや、その…」
「ちょうどよかった!未来に紹介するね。この人がわたしの…」
マリアを追いかけること数分。
一体どこに行ったのやら…
なんでもいい、マリアが行きそうな場所を探せ。
この街の中…
…潮風。
海が近い…
私は、マリアのもとへ駆け出した。
私は一人、海を眺めていた。
「なにしてるんだろう…私…」
一人呟く。
答えてくれる人はいない。
聞こえるのは潮騒のみ。
水面を日の光が反射して銀色に光る。
「千鶴…」
千鶴…
貴方は、私を…
「やっぱり、ここにいたか」
「千鶴…!」
「千鶴…!」
今にも泣き出しそうな顔をしたマリアが私を見た。
水面を反射した銀色の日光が眩しい。
だけど、彼女のあんな顔を見たらそれどころではなかった。
「どうして、ここだと分かったの…?」
「…お前とはじめて出かけたのが水族館、海だったからな。なんとなく、海の近くだと思っただけだ」
この辺りが海に近くなかったら分からなかっただろう。
それでも、探し出すつもりだったが。
「どうして、来たの?小日向未来と一緒にいればよかったじゃない」
…やはり誤解されていた。
「小日向と私はお前が思っているような関係ではない」
「じゃあどうして二人であんなことを…!」
「…巻き込まれただけだ」
あーんに関しては自分からやりにいったので弁明のしようがないが…
だがそういうつもりではない。
「今日のことに関しては小日向から聞いてくれ。そっちのほうが私の言葉より信用なるだろう。今のお前には」
「…嫌よ。信じさせてよ、貴方の言葉で」
…信じてもらえるだろうか。
今の、私の言葉を…
彼女に信じてもらうには…
「…私は」
言葉が、出てこない。
どうしたってこんな時まで口下手なんだ。
「…私は、駄目な男だな。まるで君が納得するような言葉が出てこない…」
まるで言葉が出てきやしない。
前髪をかき分け頭をおさえる。
胸のつっかえはあるのに、それを言葉として表せない。
本当に自分が嫌になる…
「…その言葉だけで充分よ」
「どういう、意味だ…?」
「だってあなた口下手だもの」
さらっと言ってのけたマリア。
そこに先程の涙はなく、いつもの堂々とした自信溢れる表情をしている。
「謀ったな…」
「女の涙は武器と言うでしょう?…なんて、本当はすごい傷ついたのよ私。本当に、今の貴方の言葉がなければダメだったくらいには」
「私はなにも…」
「なにも言い訳をしなかったでしょう。さっきも言ったけど千鶴は口下手だから。逆にすらすらと言葉が出るほうが信じられないわ」
「…はじめて、口下手に救われた」
「ふふっそうでしょう?ちゃんと見てるのよ、千鶴のこと」
ああ…本当に…
「お前には、敵わないな」
「ええ。千鶴のことはちゃんと把握してるんだから。いいところも弱点も。…それじゃあ戻りましょう。お互い人を待たせてるでしょう?」
小日向…金は置いてきたがあの量は一人ではまずいか。
その前にマリアに少しやり返すことにする。
「そうだな…ところで、お前達三人尾行してるのバレてるからな」
「えっ」
「あんなので私に気づかれないと思うなど…お前もまだまだだな」
「うぅ…だって私はプロじゃないもの!」
「お前とてエージェントだろう。まったく私が指導した意味はなかったようだな」
「千鶴の意地悪!」
なんとでも言え。
さっきのお返しだ。
負けっぱなしは我慢ならない。
「もう…ん。切歌から電話…もしもし?」
『マリア助けてほしいデス…もう食べられないのデス…』
「どうしたの切歌?今何してるの?」
『未来さん達が頼んだあのバカでかいパフェを食べさせられてるデス…もう甘いのは嫌デス…し、調ッ!?もうやめるデス!人間はそんなに食べられないのデスッ!!!デーーーッス!!!』
通話が切れたようで通信端末をカバンに仕舞うマリア。
なんだか妙な顔をしている。
「切歌があのバカでかいパフェを食べさせられてるそうよ。あなた達が頼んだ」
「あー…それは、悪いことをしたな…」
「…ねぇ、千鶴」
「なんだ」
「あれってカップル専用なんでしょう?」
「そうみたいだな」
「私達で食べない?」
「…しょうがない。気は進まんが、一度乗りかかった船だ。乗ってやる」
こうして二人で店に戻りなんとか完食まで漕ぎ着いた。
しばらく、甘いものは…いいだろう。
本日の勝敗 千鶴の敗北
敗因一覧
マリアを泣かせた・パフェを無理矢理腹に押し込めた・尾行のミッションそのものは失敗した・休日が潰れた
オマケ
数日後
「ねえ、千鶴。この髪型どうかしら?」サイドテール
「いいんじゃないか」
「…それだけ?」
「ん。ああ」
(千鶴がサイドテール好きという情報は嘘だったのッ!?)