マリアさんは結婚したい   作:大ちゃんネオ

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数日、なにも書かないということをしていました大ちゃんネオです。
たまには頭空っぽにして何もしない贅沢をするのもいいですね。
頭がスッキリした気がします。


冬の心霊

 しと…しと…

 今日も聞こえる、濡れた足で歩くものの音が。

 しと…しと…しと…

 少しずつ、近づいてくる。

 しと…しと…しと…しと…しと。

 足音が止まった。

 もう、すぐそこにいる。

 

『け……ん……けっ…こ…』

 

 耳元で囁く怪しい声。

 これで何日目だろうか。

 結婚を勧めてくる声を聞くのは。 

 今日はこいつか…

 

『結婚…マリア姉さんと結婚…』

 

「うるさいッ!!!毎晩毎晩やって来て…!」

 

 ベッドから体を起こして、声の主に怒鳴りつける。

 声の主はセレナ。 

 

『あはは…そんなに怒らなくていいじゃないですか』

 

「怒るに決まっているだろう!毎日残業で疲れているのにゆっくり眠らせてもくれないし、テーブルに赤い字で結婚って書き殴ったり、八紘おじさんまで出すなんて…!」

 

 ナスターシャ教授からマリアと結婚してあげてと涙ながらに説得されたのは心を痛めたが断った。しかし、流石に八紘おじさんの登場は動揺を隠しきれなかったが「娘さんのところに行ってあげてください」と言ったら撃退出来た。

 それにしても今日はセレナか…

 

「もう帰れ。疲れてるんだ…」

 

『千鶴さんがマリア姉さんと結婚してくれたら帰ります』

 

「よし、引っ越すか」

 

『そんなに結婚するのが嫌なんですか!?』

 

 次、引っ越す時はペット可のマンションにしよう。

 それで動物と暮らそう。

 日中は仕事でいないからそうだな、爬虫類がいいかな。

 いや、爬虫類なら管理人に話を通せば飼えるかもしれない。

 いや、そんな話をしてるんじゃなかった。

 

「結婚なんて面倒が増えるだけだろうに。なんでそんなにしたがるんだ…」

 

『そんなの単純な理由です。好きだからです。相手のことが好きで好きで堪らなくて、ずっと一緒にいたい…だから結婚するんですよ』

 

 なんというか至極真っ当な意見。

 それをこんな子供に教わるとは…

 

『私、生きてたら25になるんですが』

 

「しれっと心を読むな。…それよりも寝かせてくれ頼むから。この時期はただでさえ忙しいのに錬金術師共に怪しい動きがあるからと現場に出されもするし…なんだ?俺を過労死させる気か?させる気なのか?」

 

『千鶴さんもこっちの仲間入りですか?…冗談はさておき。それじゃあこうしましょう。一旦休戦ということで』

 

「ああそうしてくれ。出来れば永遠に休戦にしてくれ」

 

『それじゃあ私はこの辺で。千鶴さんおやすみなさい』

 

「おい、スルーか。スルーなのか」

 

 そのまま俺の話を聞かずにセレナは消えていった。

 …いいや、寝よう。

 休戦と言ってくれたからゆっくり寝かせてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 目の前に、何かがいる。

 何かが俺を見下ろしている。

 やがてそれは近づいて、俺の首に手をかけて…

 

「体…よこせ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後

S.O.N.G.本部 六班事務室

 

「おはよう…」

 

「おはようございます班ちょ…うぇぇい!?どしたんすかその目ぇ!?いつも人殺せそうな目付きしてましたけど今日はその何倍も目付き悪いっすよ!」

 

 入ってくるなり罵声を浴びせてくる真地。

 失礼な奴だ。

 

「どしたんすかマジで。今日の目なら人殺した後に死体蹴りまでする目っすよマジで」

 

「なにを言う。今日は通りかかる人全て私を見ていたぞ。モテ期到来か?結婚する気はないが」

 

「モテ期なんかじゃないっす。いやモテ期すけど。単純にこんな殺意の塊みたいな目してるからみんな怖がってたんすよ」

 

 なんだと…

 そんなに今日の私の目はダメなのか?

 近くのパソコンの画面を鏡代わりに見ると…

 確かに、すごい。

 クマとかすごい。

 充血すごい。

 

「寝不足だとは聞いてましたけどまさかここまでとは…少し寝たらどうすか?最近の班長の仕事量ぱないっすもん。私も手伝うんで、午前中くらいは寝てください」

 

「いや、部下にだけ仕事をさせるわけには…」

 

「いいから寝てください。午後は外出るんですから…班長は元はそっちが本業なんすから事務仕事くらい私にやらせていいんすよ?」

 

 いつもの真地からは想像つかないほどの真面目な顔。

 …素直に甘えるか。

 最近は寝不足だしな。

 セレナの奴、休戦と言いながら全く俺を休ませる気はないらしい。

 

「すまない真地…少し眠らせてもらう」

 

「はい…しっかり休んでください」

 

 ジャケットを脱いで近くの応接用ソファに寝転ぶ。

 どんな時、どんな状況でも眠れるように訓練し、更に寝不足。

 一瞬で眠るのは容易だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 班長は一瞬で寝た。

 すうすうと寝息を立てている。

 普段の凛々しさや鋭さも鳴りを潜め、穏やかな顔で寝ている。

 何もかけずに寝るのは寒いだろうとカーディガンをかけてあげ…

 

「おはよう千鶴!って、あら?何してるの?」

 

「しー!静かにっすマリアさん!班長寝てるんで!」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 小声で注意するとマリアさんも小声になった。

 以下の会話は全て小声。

 

「それにしてもどうしたの?仕事中に寝るなんて」

 

「班長最近寝不足なんすよ。最近は夜遅くまで残業して帰っても寝れないとか寝ても疲れが取れないとか…それでさっき寝させたっす」

 

「なるほど…寝不足じゃ仕事も捗らないだろうから寝させるのはいい判断ね。それにしても…自分のカーディガンをかけるなんてねぇ」

 

 ニヤニヤとした顔で私を見るマリアさん。

 ヤバい誤解された。

 これはもうオモチャにされる未来しか見えない。 

 いや、オモチャどころか殺されるんじゃないか?

 まあ、こういう時は相手が期待している反応をしなければいい。

 

「なにもかけてないと寒いだろうと思ったからっすよ」

 

 焦るでもなくただ平坦に。

 なんとも思っていない、あくまで普通のことのように話した。

 

「あら、残念。もっと慌てるかと思ったのに」

 

「私はそんなんじゃないすよ。それに、人が狙ってる男獲ろうとなんてしないっす」

 

 パソコンと睨み合いながらマリアさんと会話する。

 私が人と会話するときにこうなのは班長もマリアさんも分かっているから別に怒られない。

 

「なるほど…じゃあ聞くけど、カレンにとって千鶴はどんな人?上司以外で答えてね」

 

 退路が塞がれた。

 それに恐らく、マリアさんが聞きたいのは本音。

 …班長は寝ているから話してもいいか。

 

「上司っていうのと大差ないかもしんないすけど。私にとっての班長は…この人の下なら、働きたい。そんな風に思える人っすよ。こんな私を拾ってくれて…多分、六班全員そう思ってると思うすけど」

 

 六班は全員社会不適合者。

 班長に拾われなかったら野垂れ死ぬか犯罪に手を染めていたかのどちらか。

 実際に私なんか犯罪者だが…それはまあいいだろう。

 だから六班の人達は二課とかS.O.N.G.のためとかじゃなく班長のため働くって人が多い。

 まあ、そんなんだから僻地に飛ばされるわけなんだけれど…

 

「ふーん…なるほどねぇ」

 

「…あの、マリアさん。なにしてるんすか?」

 

「なにって、膝枕だけど」

 

 人がわりと真面目な話をしていたのにしれっとイチャつきやがって…

 

「意外と髪サラサラね…」

 

 頭まで撫で始めた。

 すぐにブラックコーヒーを飲み干すがそれでも口の中が甘い。

 砂糖を吐き出してしまいそうだ。 

 二人の恋の行方が見られると思い、しっかり事務室で仕事するようになったが今日はやけに甘味を感じる。

 聞いた話だと最近S.O.N.G.内の自販機のブラックコーヒーの売り上げが異様に高いらしい。

 恐らくこの二人のせいだろう。

 ここならコーヒーメーカーがあるので缶コーヒーに頼らなくていいが豆の消費が早くなってしまう。

 

「ん…うっ…ああ…」

 

 私が豆の心配をしていると班長が魘されはじめた。

 とても苦しそうな顔で、汗を大量にかいている。

 

「千鶴!千鶴!起きなさい!千鶴!」

 

「うあ…あ、…マ、マリアか…」

 

「マリアかじゃないわよ。すごい魘されてたわよ?嫌な夢でも見た?」

 

「ああ…最近ずっと同じ夢を見るんだ…同じ夢だというのは分かるんだが起きるとすぐに忘れてしまう…」

 

「それは災難っすね…睡眠時間も少ないのにそんな夢まで見て…これじゃ疲れが取れないのも当たり前っすよ。班長どうぞ水です」

 

 ありがとうと言ってコップを受け取った班長は一瞬で水を飲み干した。

 しかし、一体どうしたら寝られるようになるだろうか?

 考え出した瞬間、室温が急に10度ほど下がった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 室温が急に10度ほど下がった気がする。

 それの正体は…あいつだ。

 ギギギ…とゆっくりと開く扉。

 コツ…コツ…とゆっくりと歩き入室してきた、長い前髪の女。

 

「お久しぶりです班長…蘆部零子、班長の危機を察しインドより馳せ参じました」

 

 蘆部零子。

 昔とある事件で関わり、私が二課にスカウトした諜報員。

 長い前髪で顔を隠し、前が見えているのか分からない。

 昔、呪い同好会の部長をしていたとかなんとか。

 

「蘆部さん!久しぶりっすね…てか、班長の危機って一体なんすか?」

 

「それはこれを見ていただければ分かると思います」

 

 そう言ってキャリーバッグから蘆部が取り出したのは人形(ひとがた)に切られた真っ黒な紙。

 あれが一体なんだと言うのか。

 

「これは私が作った班長の様子を知るために作った人形です。本来なら普通の紙のように真っ白なんですがそれがこんな黒に染まるなんて…」

 

「…それ、本当なの?にわかには信じられないのだけど」

 

 マリアは蘆部とほとんど関わりがないだろうから信じていない。

 しかし、彼女の力は本物だ。

 

「試してみますか?すいません班長、目を閉じてくれますか?」

 

「ああ…いいが…」

 

 目を閉じると蘆部が近づいてきて、額に何かを当てられた。

 恐らくはさっきの人形の紙か。

 十秒ほどその紙を当てられるともう目を開けていいとのこと。 

 目を開けると、蘆部は再びキャリーバッグを漁り透明な液体の入った小瓶を取り出した。

 その小瓶の中の液体を一滴人形に垂らすと…白い紙が真っ黒に染まった。

 

「これは私が開発した除霊技術です。この人形に霊を閉じ込め聖水で祓う…あと、色によってどれくらいの霊が取り憑いているのかも分かる優れものです」

 

「…リトマス試験紙みたいだな。それで、黒は何人くらい取り憑いているんだ?」

 

「最低でも五十は…」

 

「五十!?どんだけ班長に取り憑いてるっすか!?幽霊にモテ過ぎじゃないすか!?」

 

 さっき冗談でモテ期と言ったがまさか幽霊からモテるとは…

 まあ確かに最近は幽霊との交流が多かったが。

 

「普通の人なら死んでいるレベルですが流石班長、人並みの精神力じゃありません。しかし班長。班長は以前はこんな霊媒体質ではありませんでした。班長、何か心当たりはございませんか?」

 

 心当たり…

 ありすぎる…!

 セレナならナスターシャ教授やら八紘おじさんやら…

 だけど五十とはどういうことだ?

 今のところ出会ったのは三人だけだ、そんなにいない。

 

「霊と一度関わってしまうと、霊と縁が出来てしまうんです。それが恐らくこのように多くの霊を惹き付ける原因に…それからあと、班長。最近、ラブホテルとか行きました?」

 

「ら、ラブホテルですって!?ち、千鶴が行くわけないじゃない…だって独身よ?独り身よ?孤独の身よ?行く理由が見当たらないわ」

 

「いやマリアさん。デリヘルとかありますし…班長もその男ですから、ねえ?」

 

 ねえ?じゃない。

 伺いをたてるな私に。

 まあ…

 

「…行ったな」 

 

「行ったんすか!?」

 

「行ったの!?誰と!?いつ!?なんのために!?」

 

「なんのためにってマリアさん!そりゃあセッ…」

 

「誤解するな。仕事だ仕事。聞き込みでな。ラブホは足がつきにくいから犯罪者達も寝泊まりによく使う」

 

「なんだ…そうならそうと早く言いなさいよ」

 

 マリアに怒られるが何も怒らなくていいと思うんだが…

 

「なるほど…腹上死された方の霊がいらっしゃったので聞いたのですが…ああいった欲望が吐き出される場所は霊が溜まりやすいですから…それによく事件も起こりますし…」

 

 腹上死した奴が聞き込み先にいたのか…

 腹上死、腹上死か…

 絶対にそれで死にたくないな。

 まあ独り身の私には関係ないか。

 

「それで班長。さっきのでいま班長に取り憑いている霊達は祓いましたが…これで終わったわけではありません。班長のお家にもたくさんの霊がいるはずです。それに、霊媒体質となってしまったからにはとにかく霊を惹き付けてしまいます。なので班長にはそれらの対処などを学ばなければいけません」

 

「そうだな…家の霊は蘆部に任せるとしてこれからもこういうことが起こるとなると蘆部に頼ってばかりはいられんからな」

 

「はい。しかし私もあまり時間がありません。なので班長にあるものを付けてもらいたいのです」

 

 あるもの?

 それは一体。

 三度キャリーバッグを漁る蘆部。

 そして取り出したのは、小さな木箱。

 開けるとそこには二つの球体。

 白くて、青に塗られた円が描かれている。

 それはまるで…

 

「なんすかこれ…眼球すか?」

 

「はい。眼球です」

 

「なんでそんなもの持ち歩いているの!?」

 

「ちょっと、変わった目のオークションを行う列車で購入してきました。直○の魔眼です」

 

「お願いだからこれ以上私を非日常と関わらせないで!」

 

 シンフォギア装者なんて非日常の塊みたいな奴がなにを言う。

 それにしても直○の魔眼だと…

 

「…それを、どうしろというんだ?」

 

「どうしろって、今の班長の目と交換するんです。これさえあれば霊だってアルカノイズだって斬ることができますよ班長」

 

 霊も、アルカノイズも斬れるようになるとは…

 とんだ優れもの…

 

「前から思っていたんですよ。司令や緒川さん、班長は強いのにこういった超常の存在には対抗出来ない…けれどもし奴等を相手に戦うことが出来たなら、とても大きな戦力になると思いませんか?」

 

「それは、まあ…」

 

 本音を言うなら装者に頼らず戦いたい。

 自分達で解決することが出来たならとはいつも思っていたことだ。

 しかし…

 

「残念だが蘆部。私にはそれは必要ない」

 

「…何故、ですか?」

 

「何故ならそれは…偽物だからだ」

 

 シャツの袖に隠していたメスで眼球を切り裂くとそれの断面は木目調だった。

 よく出来てはいたが木で作られていたらしい。

 

「全く…こんなものに騙されて…」

 

「そんな…列車の切符代、目の購入金額…しょぼん…」

 

 蘆部はどうにも騙されやすい。

 霊を見る目はあるのに人を見る目はないのだ。

 

「とにかく、さくっと除霊してこれからの対処法を教えてくれ」

 

「うぅ…分かりました…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 業務終了後、早速我が家に蘆部を招いて除霊と相成った。

 …何故かマリアもついてきている。

 それに私の腕に抱きついて離れない。

 

「おい、離れろ」

 

「い、嫌よ…」

 

「どうした?怖いのか?」

 

「こ、怖いわけないじゃない!私はその、あれよ、千鶴が怖いだろうなぁと思って抱きついてあげてるのよ。どう?おかげで怖くないでしょう!?」

 

「あっ、幽霊」

 

 そういって適当に宙を指差すとマリアはクローゼットの中へ飛び込んだ。

 

「なにをしているんだ?」

 

「いえ、これはあれよ。並行世界に通じる穴があったのよ。もう閉じちゃったけど。あれだから、別に怖いとかそういうわけじゃないから」

 

 …下手くそな嘘。

 声も震えているし、体も震えているし、汗もかいているし…

 本当に嘘がつけないんだな。

 ………

 

「ほら、マリア」

 

「え…?」

 

 腕をマリアに差し出す。

 こうでもしないとこいつは動かないだろう。

 

「掴んでろ」

 

「う、うん…」

 

 顔を赤らめ、俯きながらマリアはシャツの二の腕のところを掴んだ。

 さっきは大胆に抱きついたというのに、今はちょこんと指先で摘まむのみ。

 落差の激しい奴。

 

「…あの、私仕事中なのでイチャつくのやめてもらいます?気が散ると負けてしまいそうです」

 

「イチャついてなんかいない」

 

「いいじゃないイチャついたって!」

 

「お前は黙っていろ」

 

「痛っ!」

 

 軽く頭に手刀を落とすとマリアは頭をおさえた。

 そんな痛いものじゃないだろうに大袈裟な。

 

「あの、班長。イチャつくのはそれくらいにしてこれを」

 

 蘆部に呼ばれて行くと、そこには盛り塩が。

 私が今朝用意したものだが…

 

「一日も経たずにこんな変色するとは…」

 

「はい。かなりの量の霊、それも悪霊が溜まっています。早く祓いましょう」

 

「ああ、頼む」

 

 しばらく蘆部は部屋中を歩き回ると寝室の前で立ち止まった。

 

「やはりここね…班長、入っても?」

 

「ああ」

 

 班長達はここで待っていてくださいと一人で寝室に入った蘆部。

 …大丈夫だろうか。

 なにやらお経のような声やら明らかに蘆部以外の声が聞こえる。

 苦しく、呻く、地の底から響くような声が。

 

「千鶴…」

 

 ぎゅっと私のシャツを掴むマリア。

 涙目で明らかに怖がっている。

 

「お前、怖いならなんで来たんだ?」

 

「だって千鶴が異性と部屋で二人きりになるなんて…心配なのよ」

 

「なんの心配だ…」

 

「心配なものは心配なの!」

 

 ふんとそっぽを向くマリア。

 一体なんの心配なのやら…

 しばらく二人で待っていると蘆部の声も謎の声も消えた。

 どうやら終わったようで蘆部が寝室から出てきた。

 

「二人がイチャイチャしてる間に霊は祓いました。これで大丈夫でしょう。対策も施しましたし、私特製の御守りも置いておきましたのでちゃんと身に付けていれば悪霊の類いは寄ってきません」

 

「一言余計だが…ありがとう。これで安心して寝られる」

 

「いえ、霊障に困る人を助けるのは私の務め…特に班長がお困りとなればすぐに駆けつけましょう。それでは私は次の仕事がありますので」

 

「ああ…頼むぞ。自分のとこの依頼ばかりでなく諜報の方もな」

 

 ビクッと肩を震わせる蘆部。

 やはりそうだったか…

 

「あと報告書は旅行記じゃない。しっかりと書け。あと怪文書を送ってくるんじゃない」

 

「…それでは失礼しますね」

 

 おい、無視するな。

 

「あ、そういえば…」

 

 キャリーバッグを漁ると何か小さな紙袋を取り出しマリアへと渡し、なにやら小声で話している。

 

「ええ、はい。眼球は偽物ですけどこれはガチです。なんたって私特製ですから、はい。大丈夫恐れることはありません。お二人は…最高のパートナー、ベストマッチです」

 

「ありがとう零子。大切にするわ」

 

 一体なんの取引をしているんだ…

 違法薬物とかじゃないよな。

 もしそうならとんでもないスキャンダルだが。

 

「それでは本当にこの辺りで。それでは班長、何かありましたらすぐに呼んでください」

 

 そして蘆部は帰っていった。

 心なしか、部屋の中が綺麗な空気に満ちている気がする。

 悪いものが無くなったというか… 

 しっかりと除霊してくれたんだろう。

 ………

 

「良かったわね千鶴」

 

「ああ、そうだな…なあ、マリア」

 

「なに?」

 

「次のお前の休みはいつだ?」

 

「?日曜フリーだけど…デートのお誘い?」

 

「ある意味な」

 

「えっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜

 

 よく晴れた午前。

 墓石が立ち並ぶ…まあ墓地である。

 休日にまでスーツを着てやって来たのはマリアの妹…セレナの墓参りである。

 花と大福…西洋の墓には似合わないがそれらを供えて手を合わせた。

 

「それにしてもどうしたの?急にセレナの墓参りに行こうだなんて。まさか…結婚の報告!?」

 

「違う。…マリア、先に車に戻っていてくれ」

 

 鍵をポケットから取り出して投げ渡す。

 少し、二人きりで話したいのだ。

 

「…分かったわ」

 

 それだけ言ってマリアは車に行った。

 マリアが見えなくなるのを待って、俺は話しかけた。

 

「そこに私はいませんってのは間違いみたいだな。セレナ」

 

『あはは…気付いてました?おかしいな、千鶴さんには霊感ないから特別に波長合わせないといけないのに』

 

 墓石からひょっこり顔を出したセレナ。

 悪戯な笑みを浮かべてはいるが…本音は漏れている。

 嘘をつけないのは姉譲りらしい。

 

「お前達のおかげで霊が見えるのがデフォルトになってしまった。今もあちこちに見えているぞ。まったく…いらない力を手にしてしまった」

 

 墓地なんて場所のせいか、うようよと霊がいる。

 悪い奴はいなさそうだが。

 

『ごめんなさい…私のせいであんなことに…千鶴さんの体を狙う悪い人がいたなんて気付かなくて…』

 

 申し訳なさそうな顔をして謝罪するセレナ。

 責任感は強いらしい。

 

「別にお前のせいじゃないさ…悪い奴が悪いだけだ。俺が怒るとするならば常に霊が見えてしまうくらい霊と関わりを持たせたことくらいだ。あむっ…」

 

『また大福を食べて…食べられない私の気持ちを考えてください』

 

「さあな…こればかりは生者の特権さ。ほうらつぶあんだぞ」

 

『祟りますよ』

 

「悪かった。とにかく、もう結婚しろなんて言いに家に来るなよ。またあんな目に合うのはこりごりだ」

 

『…ごめんなさい』

 

「ただ、まあ、なんだ。家に遊びに来るのは構わない。大福、団子、羊羮…なんでもござれだ」

 

『それ、私に食べてるところ見せたいだけじゃないですか?』

 

「…とにかく、ずっと墓にいるのも飽きるだろうからたまに来る分にはいいと言っている」

 

 そう言うとセレナはクスクスと笑い出した。

 なにか、おかしなところがあるだろうか?

 

『千鶴さんって、マリア姉さんと似て不器用なんですね』

 

「なにを言う。これでも手先は器用な方だ」

 

『そうじゃなくて、優しさが不器用なんです。だけど、みんなに優しい…マリア姉さんが千鶴さんを好きになった理由が分かった気がします』

 

 一人で納得しはじめたぞこいつ。

 訳の分からない理屈を言い出して…

 

『知っていますか?霊感って人生の節目で得たり消えたりするらしいんです』

 

「人生の…節目?」

 

『例えば…結婚とか!』

 

 結局そこに持ってくるのか。

 

『もし、千鶴さんが霊感を失くしたいのなら結婚したらもしかしたら…』

 

「そんな理由で結婚してたまるか」

 

『そうですね。そんな理由でマリア姉さんと結婚してほしくないです』

 

 そりゃそうだろう。

 そんな理由で結婚される方も嫌だろう。

 

『それでもきっと、二人はいつか結ばれる運命にあると思うんです』

 

 急にロマンチックなことを言い出したセレナ。

 恥ずかしくないのだろうか。

  

『だから…草葉の陰から見守っていますよ。千鶴義兄さん』

 

「誰が義兄さんだ!…消えた。どっか行ったのか…」

 

 ふざけた話だ。

 何が千鶴義兄さんだ、これ以上面倒な妹が増えてたまるか。

 …余計に結婚したくなくなってきたぞ。

 本格的にマリアを拒絶しなければならない、か…

 マリアを拒絶する想像をしようとしたのだが、何故か何も思い浮かばず、胸が苦しくなるだけだった。




千鶴は霊感能力を獲得した!
…今後、必要となるか分からないが。

ぶっちゃけた話
 感想で幽霊は一体誰が出るのかみたいな話題、考察が始まり「ふえぇ~そんなに出さないよ~」と出さなきゃ駄目かなと戦々恐々としてました。
 期待に応えることが出来なくてすまない…

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