暑中見舞い申し上げますぅ!!!!!!!(クソデカ挨拶)
お分かりいただけ……「いやぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
……何もお分かりいただけなかった。
耳元で騒ぐな聞こえないだろうという声はマリアには届かない。
耳をがっしりと押さえているからだ。
その頭の猫耳っぽいところも耳として機能すればいいのに。なんて。
とある夏の夜。
この時期恒例の心霊番組を一人で観ていたわけだが仕事を終えて帰宅したマリアが合流。
俺の右腕に抱きついて離れない。
「マリア……。怖いなら違う部屋に行ったらどうだ?」
「嫌よ! 一人でいる方が怖いでしょ!?」
さいで……。
まあ、こういう時に一人違う部屋に行くのは死亡フラグというものだろう。
いや、なにも起きないだろうが。
にしてもチャンネルを変えるという選択肢は浮かばないのか。あまりの恐怖に頭が回っていないのか。
「心霊現象なんかよりよっぽど恐ろしいものと戦ってきただろうに」
「ノイズは倒せるからッ! お化けは倒せないからッ!」
なるほど……。
そういう基準なのか……。
「大体なんでこんな番組を毎年やるのよッ! 怖くないわけッ!?」
「怖くはないが……。まあ、こういうのを楽しみにしている人間もいるわけだ。需要はある」
「なーいー! 需要なーいー!」
それは、マリアにはないだろうが。
マリアにはないだろうが俺にはある。
わりと好きなのだ、この手の番組。
別に信じてはいないが……。いや、セレナのこともあるから霊的なものは信じてはいるが。いわゆる娯楽的な心霊映像が好きなのだ。
本物、偽物問わずこういったものをエンターテイメントとして楽しむことが出来るタイプ。
なので夏の時期は楽しみ。
しかし最近はこの手の番組もめっきり減ったな。
UMAとかそういうオカルトはもう流行らないのか。
どこか寂しい気持ちになる。
『続きはCMのあと……』
あー出た。
このパターンは嫌……。
『思いきり自分らしい夏にしましょ』
マリアの化粧品のCMが流れたので視聴。
CMがあるのも悪いことではないな、うん。
「よいしょ……」
「え……どこ行くの……?」
「どこってトイレだが……」
「私も連れて行って!!!」
よもやここまでとは。
「一瞬で戻ってくるから」
「いや! 一人にしないで!」
「なにも起きんから安心しろ。それに今はCMやってるだろ。CMは怖くない」
「そうだけど……。ちゃんと戻ってきてよね……?」
「ああ。必ず戻る。信じて待ってろ」
マリアと約束し、俺は旅立つ────。わけではなく。
単にトイレに行くだけである。
こんな今生の別れのようなことをしてトイレに行くのは人生で初めてだ。今後はないと思いたい。
トイレから帰還。
ソファーに座るとすごい勢いで右腕にマリアが抱きついてきた。
いたい。
「もうどうして人って怖いものを見るの?」
「怖いもの見たさ」
「なんで怖いもの見たさなんてものがあるのよ!」
それは……。
なんでだろう。
あー、えーっと。
「ロマン……?」
「どこにそんなものがあるのよ……」
「ほら、現実的なものではないだろ?」
俺は日常的に見ているが(主にセレナ)
『イエーイ』
ピースしている義妹に視線。
マリアがいるので返事は目で行う。
「退屈な日常から脱け出したいとか、なんかそういうものじゃないか?」
「そんな風に思ったことないわ……」
「まあ、マリアみたいに怖がりだとそうだろうな」
そんな怖がりの反応を見て楽しむ……というのは、きっと俺以外にもいるはず。
まあ、その、こうやって密着されるのは悪い気はしないからな。
なんとも趣味と性格の悪い男ではあるが、こればかりは仕方ない。
マリアが可愛いからな。
そういうわけで怖がるマリアを堪能して心霊番組は終わった。
いい夏だった。
「さて、寝るか……」
「え……千鶴、お風呂は?」
「入ったが」
「嘘でしょ!?」
本当だが。
番組が始まる前に風呂は済ませていたのだ。
「お、お願い千鶴。一緒にお風呂入りましょう……」
「いや風呂はもう入ったから……。大丈夫だ、なにも出ない」
「水場は幽霊出やすいんでしょう!? お風呂! 水場!」
「まあ、そうだが……。だったらこれまでだって幽霊出ててもおかしくないだろ?」
「ああいうの見ると寄ってくるのよ!」
ああ言えばこう言う。
ここまで怖がりとは……。
「もう一緒に入るのッ!」
「待て待てマリアッ! 無理矢理脱がせようとするな!」
ソファーに押し付けられ、幽霊なんかよりもよっぽど恐ろしい目をしたマリアに寝間着を剥ぎ取られていく。
やめろ、分かった、一緒に入ると言ってもマリアは聞かない。
「千鶴、私が怖がってるの楽しんでたでしょ」
バレていたか……。
「千鶴も怖がらせてあげるわ」
こうして身ぐるみを剥がされた俺はマリアに付き合うのであった。
こういってはなんだが、怖くはなかった。
むしろ、その……良かった。