まあ、たまにはいいだろう…
あと、今回の話はちょろっと原作と違うところあるのでご了承ください。
夢を見た。
私が、フィーネと名乗っていた時の夢を。
「やめろ…ウェル…」
たまたま居合わせてしまった少年達を消そうと、ウェルが迫る。
彼等は関係ない。やめろ、やめろと叫ぶ。
だが、ウェルは止まらない。
ソロモンの杖を少年達に向け、ノイズを呼び出そうとして───
ウェルの足下に、何かが転がった。
「しゅ!?手榴弾!?」
脅え、腰を抜かし、情けない声を上げるウェル。
だが、それは手榴弾ではなく…
「煙幕!?一体誰が!?」
辺り一面、煙に覆われ何も見えなくなり…
ウェルはすぐに煙の中から出ると、少年達が乗っていた自転車だけが地面に倒れ、少年達はいなくなっていた。
執拗に少年達を探すウェルをマムが宥め、すぐにその場から離れたのだ。
そこで夢は終わり。目覚めてしまった。
時計はまだ三時を過ぎたばかり。隣で千鶴も眠っている。
久しぶりに、当時の夢を見てしまった。
私が背負わなければならない過去…
だけど、当時から気になることがひとつ。
あの時、少年達を助けたのは一体誰か?
前に、千鶴に訊ねたことがある。当時、二課で少年達を助けた人はいるか?と。
しかし千鶴は知らないと言った。
人の入れ替わりも激しいからもしかしたら既にいなくなっているかもしれない。或いは、お前達を襲撃したその特殊部隊の生き残りでもいたのやも、と。
流石に後者はないだろうと言ったけれど、後詰めで残しておいたメンバーがいてもおかしくない。で、そのメンバーが正義感が強いから少年達を助けたかもしれないだろう?と、やけにその説を推していた。
千鶴以外にも聞いてみたけれど、やはり知らないという。
もし、少年達を助けた人がいたならば感謝したいのだ。
私の心を救ってくれた、その人に…
「というわけで、昔のこと覚えてない?」
朝食中、焼き鮭の身をほぐす千鶴に訊ねた。
もしかしたら年月が経って、なにか新情報が入っていたりするかもしれない。
しかし…
「覚えてない」
きっぱりと、千鶴は言い放った。
そして焼き鮭を食べる。
「ほ、ほんとに覚えてないの?なにか少しでいいから…」
「知らない」
我関せずと、味噌汁を飲む。
「なにもそんな態度取らなくていいじゃない」
「知らないし、覚えてないのだからしょうがないだろう。…ご馳走さま。行ってくる」
「え、ちょっと!」
ご飯を食べて、すぐに出てしまった。
いつもならコーヒーを飲んでから行くというのに…
…なにか、怪しいわね。
夢に出てきてしまっては否応なしに気になる。
それに千鶴の態度。
絶対なにかあると思い、再び私は調査を開始した。
まず、当時のことを知っている人間に聞く。
つまり聞き込み調査である。地道だけど、やるしかない。
今日は運良く、翼も響もクリスもいたので三人に話を聞いてみた。しかし…
「うーん…知らないなぁ…」
「あたしらあんまり関係ないからな」
「そういうのは調査部の仕事だろうからな…緒川さんに聞いてみよう」
確かに、装者と調査部では少々隔たりがある。
緒川さんや戦闘特化の六班がおかしいだけであとは普通に調査がメインなのである。
しかし調査部だからと言って、発煙手榴弾なんて持っているだろうか?そんな話、聞いたことがない。
一人悩んでいてもしょうがないので翼と一緒に緒川さんのもとへ。
緒川さんなら忍だから煙幕ぐらい出せそうだけど…
「僕ではありませんよ。当時は別の調査をしていましたから」
これまた否定。
なかなか尻尾は掴めない。
だけど…ある疑問が頭を過った。
「それじゃあ当時、千鶴が当たっていた任務は分かりますか?」
「六堂さん、ですか…?すいません、流石に他の人の任務までは…あ、でも危険な任務だって聞いたのを覚えています」
「危険な、任務…」
緒川さんは別の仕事があるので行ってしまった。
まあ、あれ以上の情報が得られるとは思えないからいいけれど。
危険な任務、か…
一体どんな任務だろうか。
当時、ありそうな危険な任務…
「どうしたマリア君。悩み事か?」
声がして、はっと顔を上げると風鳴司令がいた。
五年前から変わらず筋骨隆々で衰える様子などまったくない。
風鳴司令なら、千鶴に与えた任務を覚えているだろうか。
「風鳴司令…ちょっと、昔のことをお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、ああ…なんだ?」
「かつて、私がフィーネと名乗っていた時…千鶴はどんな任務にあたっていたんですか?緒川さんは危険な任務だと言っていましたが…」
訊ねると、風鳴司令は言い辛そうな顔をした。
なにか、言うとまずいのだろうか?
「…まあ、いいだろう。時効だ」
風鳴司令はしばらく悩むと、そう前置いて当時の千鶴の任務を教えてくれた。
「千鶴に、いや、六班に与えたのは米国の動向の調査だ」
米国の…
「ウェル博士やF.I.S.といった情報が手に入り、米国と関わりがあるなら米国が何らかの動きを見せるだろうと予測してな。米国相手はなかなか厳しいから荒事向きの六班に調査を命じたんだ。…これでいいか?」
「…はい、ありがとうございます」
これは、なかなか重要な情報が手に入った。
あと少し、あと少しで掴めそうな気がする。
………お腹が空いたわ。
食堂で千鶴の作ったお弁当を食べて、少し考える。
当時米国の動きを調査していた六班。
なら、あの特殊部隊も六班が追跡していた可能性が高い。
だったら千鶴が知っているはずなんだけど…
今朝ははぐらかされた。
怪しい。
ものすごく、怪しい。
午後は六班を調査よ。
昼休みが終わり、六班の事務室を訪れると千鶴はいなかった。
事務仕事をしているカレン曰く、トレーニングに行ったとのこと。
まあ、千鶴を問い詰めるのは今朝みたいにはぐらかされるだろうしちょうどいい。
「カレン、六年前の調査資料のデータってある?」
「あるっすけど…なんかあるんすか?」
「ちょっと見たくてね…」
「はあ…いいっすけど…六年前六年前っと。あったっすよ」
どれどれとパソコンの画面を覗き見ると当時の資料が。それにしても、字が大量で細かい。
…そんなことを気にするなんてなんだか老けたようだ。やめておきましょう。
さて…あ、すぐ見つかった。
フロンティア事変に於ける米国の動向。
閲覧しようとしたがどうにも権限というものがいるらしい。流石にそうよね。
「見るには班長レベルの権限ないとっすね…」
「いえ、ありがとうカレン。この際データじゃなくてもいいわ。書類とかはあるかしら?」
「書類ならその書棚にあるっすけど…」
言葉に詰まるのは分かる。
多い。
多いのだ。
未だ全滅とはならないパヴァリアの残党達によって前よりかは仕事は減ったが、ないわけではないのだ。
おかげで書類は膨大。
千鶴も多忙になるわけである。
「さて、この書類の山から宝を探すとしますか…」
書類の量が膨大とはいえ、なにも無秩序に並んでいるわけではない。これもまた六年前のものを探せばいい。
しかし…古い資料は新しいものに隠されてしまう。
新しい資料が手前に、古い資料は棚の奥に行ってしまうのだ。
まずは六年前の資料が埋まっている場所を探さなければならない。
まるで遺跡の発掘調査を行っているよう。
膨大な書類が綴られたファイルはそれなりの重量だ。鍛えているとはいえ、なかなかきつい。
「どれもこれも重いんだから…これも出して…って、軽い?」
見れば、なんの書類も挟まっていない。
なんでこんなものが?
書類だけ棚の奥に置いてきてしまっただろうかと中を見るとそこには白いボールが。
これは…野球ボール?
「なんで野球ボールがこんなところに?」
あ、と思い出した。
あの時の少年達は野球のユニフォームを着てバットとグローブを持っていたではないか。
つまり彼等は野球少年。
ボールくらい持っていてもなにもおかしくはない。
それに…
「ありがとう、ね…」
白球に黒いペンで書かれた言葉。
恐らく、あの時助けてもらった少年達がお礼で渡したのだろう。
これではっきりした。
彼等を助けた人物は六班にいる。
だというのに何故千鶴は教えてくれないのだろうか?
まさか…その人物に嫉妬して!?
別にお礼するくらいなのにもう…
「あ、マリアさん。私ちょっと経理部行ってくるんで事務室お願いします」
「分かったわ」
さて、事務室で一人。
あとはあの時のことに関する資料を見つけるだけ…
「なに、してるんだ…?」
「あ、千鶴」
トレーニングから帰ってきた千鶴が訝しんできた。
まあ、こんなにファイルの山を積み上げては当然だろう。
「今朝話したでしょ?あの時のこと、調べてるのよ」
「そんなことして…ここにはなにも…」
「なにもないなんてことはないわよ。ほらこのボール。これは恐らく、あの時の少年達からもらったボールでしょう?こんなものがあるのに知らないなんて言わせないわよ」
私は確実に核心に迫りつつある。
これだけの証拠があれば千鶴だって言い逃れは出来ないはず。
「知らん」
千鶴は自分の席に座ってそう言った。
まだ言い逃れするか。
「ふ~ん。まだそんな風に言うのね。だったら、当時助けてもらった少年達を探し出して聞き出せばいいわ」
「はあ…当時助けてもらった少年なんてもう高校生だろう。一体世の中に男子高校生が何人いると思っているんだ?」
「そんなの関係な…ちょっと待って。なんで少年が高校生だと決めつけたの?少年っていうからには中学生でもおかしくはないというのに…やっぱり千鶴。なにか知ってるんでしょう!?」
千鶴に一気に詰め寄り、問い詰める。
千鶴はバツが悪そうに顔を逸らす。
だけど諦めず、しつこく千鶴の顔を覗きこむと千鶴は諦めた。
「分かった、降参だ。教えてやるからとりあえず離れろ…」
「え、ええ…」
とりあえず離れると千鶴はしばらく間を置いてから口を開いた。
「あの時の少年達を助けたのは…私だ」
「え、えぇ!?」
まさか、まさかまさかまさか。
いやそもそも、六班の人間だと予想したのに千鶴を勝手に候補から除外していた。
私が馬鹿だった。
「まあ、あの場にいたのは私だけではないがな…」
米国の動向が怪しいということで調査を命じられ、米国のエージェントがよく彷徨くあたりの廃墟となったアパートを拠点に張り込んでいたのだが…
早速藪をつついてしまったようだ。
「班長、ありゃ特殊部隊だ。動きがそんじょそこらの兵隊とは違う」
元陸上自衛隊特殊作戦群所属の高山が言うのだからそうだろう。
それにしても…
「いくら人気のない廃工場付近とはいえ、まさか白昼堂々とは…」
「少なくとも、私達だけじゃ勝つのは無理よ千鶴ちゃん。ここはおっさんに任せて私達は報告に行きましょう!」
左腕をガシッともう一人の部下、西園寺から掴まれる。
痛い。
「お前だっておっさんだろうが」
「ムッキー!乙女に向かっておっさんだなんて失礼しちゃうわ!」
「静かにしろ。バレたらどうする。だが、奴等が動いているということはあそこにフィーネを名乗る歌姫様がいると見て間違いはないだろう。高山、司令に連絡を」
了解と短く高山が司令に報告する。
さて、どうなることやら…
シンフォギアを保有する奴等だが、特殊部隊に包囲されれば仲間に危険も及ぶというもの。
それに、早すぎるというものだ。
私達はこの付近を調査していただけだが、奴等は違うだろう。
あんな部隊を動かすくらいだ、確実に情報を掴んでいると見て間違いないだろう。
奴等が潜伏してから発見までが早すぎる。
スパイを潜ませている?裏切り者がいる?
いや…奴等は科学者とシンフォギア装者の子供で構成されている。
単純に…隠れ方がまずいというものだ。
私達ですらこの付近ではないかと調査していたのだ、予算も人員もある米軍ならとっくに見つけていてもおかしくない。
「班長、その場で待機だそうです」
「まあ、そうなるだろうな…西園寺、一応近くまで車を持ってきておいてくれ」
「分かったわ。それじゃ、行きましょ千鶴ちゃん」
「行くのはお前だけだヒゲミ」
「英実よヒ・デ・ミ!もう!」
まったく西園寺には困ったものだ…
頭を悩ませていると、轟音が響いた。
「始まったか…」
双眼鏡を覗き込み、様子を見るが…
ふと、おかしいことに気付いた。
特殊部隊が、いくらなんでもあんな轟音を出すか?
人気のないとはいえだ、隠密に行動するはずだろう。
「高山。さっきの奴等の装備で音が大きいものと言えば?」
「銃なら撃てば音が鳴ります。けど奴等はサプレッサーを装備していました。音は軽減されます。そうなれば手榴弾の類いでしょうが…」
「使うと思うか?」
「身柄の確保が目的なら使いません。対象を殺しかねませんから」
だろうな。
ということはあの音は…
「班長!」
双眼鏡を覗く高山が小さく叫んだ。
それに倣い私も覗くと…特殊部隊員が、ノイズと共に炭化した。
少々、予想外の事態となった。
装者さえいてくれればノイズの相手をしてくれるわけだが…
「班長!近くに子供達が!」
更に予想外の事態が…
「私が行く。高山は待機してくれ。それと、念のためなんだが…」
「なんですか?」
「目眩ましになるようなものはあるか?」
「それで、少年達を遠ざけようとしたらちょうどウェル博士が出てきて襲おうとしたものだから発煙弾を投げたというわけだ。で、煙に乗じて少年達を連れて逃げた…どうだ?これで気が済んだか?」
「済んでないわ。経緯は分かったけど、千鶴。あなた、聞いてもはぐらかしたでしょう?なんでよ」
そう訊ねると、千鶴は立ち上がり私に背を向けた。
「…二課もS.O.N.G.も人類守護の砦だ。人命を守ることは当たり前のこと。本当なら、少年達だけでなくノイズに襲撃された特殊部隊員達も助けたかった。だから胸を張って私が助けましたなんて、言えなかった。だからそのボールも、お礼にと貰ったけど私は素直に受け取れなかった。だから目につかないところに隠しておくよう言ったんだが…高山め、絶対に見つからないところに隠したと言っていたが見つかったぞ」
千鶴…
「千鶴、あのね…あの時、救われたのはあの子達だけじゃない」
「なに…?」
千鶴は思わず振り返った。
まあ、驚くか…自分が助けたのはあの子達だけだと思っていただろうから…
「あの時、私はウェルを止めたわ。だけど見られたからには殺さなければと彼は止まらなかった。もし、あの子達が死んでいたら私の心は潰れてしまっていたわ…だから、私は千鶴に助けられたのよ。だから、ありがとう。千鶴───」
そして、私は千鶴にキスをした。
短いけど、永遠のような…
そして、唇が離れると顔を赤くした千鶴は右手の甲で口を隠した。
「馬鹿、仕事中だぞ…」
「いいじゃない。誰もいないんだし」
それにしても、よかった。
数年来の謎が解けて、更にその謎の人物が千鶴だった。
これが、運命ってやつかしら…
戦闘、いやノイズによる虐殺のあった廃工場跡地。
既に大体の現場検証は終わり、日は傾いている。
夕陽を見つめ、ある考え事をしていると高山から声をかけられた。
「班長、少年達の対応は終わりました」
「すまない。任せて悪かったな」
「いえ、仕事ですから。それとあの少年達からですが…班長にこれを渡してくれ、と」
高山はそう言って野球ボールを手渡してきた。
そして、それにはあまり褒められた字ではないが、ありがとうと書かれていた。
「…眩しい、な」
「は?」
「それは…どこか目につかないところに隠しておいてくれ」
「…分かりました。絶対に見つからない場所に隠しておきます」
流石、高山だ。
疑問を口に出さず素直に従ってくれる。
高山も離れ、再び思考する。
あの時、少しだが…
フィーネ、マリア・カデンツァヴナ・イヴの声が聞こえた気がした。
恐らく、ウェル博士が持っていた通信機か何かからだろうが、やめろ、と。
少年達を救助するのに一生懸命だったので、空耳だったかもしれないが、やめろと聞こえたのだ。
やめろとは…ウェル博士が少年達を殺そうとしたことをだろう。
状況的に、それが妥当だ。
だが、目撃者を始末しようというのは当然の心理だろう。それを止めようとするというのは…
彼女は、悪人ではないのかもしれない───
いや、やめよう。
世界に宣戦布告したテロリスト相手に情なんて。
だが、この予想が当たっていたことに気付くのは意外にもすぐだったのである。
ちなみに手榴弾って本当は「しゅりゅうだん」じゃなくて「てりゅうだん」なんだそうです。
しゅりゅうだんは誤読なんだとか。
なので正しくは「てりゅうだん」
まあ、しゅりゅうだんで馴染んじゃってるからなぁ笑