以前、部下から聞いた話なのだがとある夫婦が情事を行っていたところを子供に見られてしまい何をしていたのかと問われた際にプロレスごっこ等と称して事なきを得た……かどうかは分からないがなるほど確かに何も知らない子供に誤魔化すということを考えればプロレスごっこというのは適切なのやもしれない。
現実逃避はここまでにして……。
「ちづりゅ~」
美白の肌を真っ赤に染めて、呂律の回らない妻の顔がとても近い。
そして、酒臭い。
更に言うなら身体中が悲鳴を上げている。
何故、何故なんだマリア。
何がどういうわけで酔っ払ったマリアに寝技をかけられているんだ俺は。
今日は女子会だかなんだかで昼から夜までマリアは家にいないのでとりあえず一人で掃除やら包丁を研いだりコレクションの手入れをしたりなどして一人の時間を楽しんでいた。
ランチからディナーまで済ませるということだったので研ぎたてホヤホヤ切れ味抜群の包丁で調理をするのは個人的にはかなり贅沢な至福の時間なのだ。
研ぎ具合を確かめるのに使ったじゃがいもで作る煮っころがしは若干鉄臭いが食べるのは自分だけなので別に問題はない。
しっかりと研がれた包丁は力を入れずとも刃が皮を剥いていくのだ。
この瞬間というのは何にも変えられない快感が……。
まあ、刃物を研ぐということに関してはこれぐらいにして風呂だ風呂。
さっきお湯張りが終了しましたとアナウンスされたので熱い一番風呂を浴びてしまおう。
着替えとタオルを持って……。
「ただいま~」
マリアが帰ってきた。
予想より大分早く帰ってきたな……。別に悪いというわけではないが。
おかえりと出迎えると何やら手には見知らぬ紙袋を持っていたので何か買ってきたようだ。
「はいこれ留守番お疲れさまのお土産」
む、お土産ということは何か食べられるもの……。
受け取った紙袋の中身を確認するとチョコレートだったので内心ガッツポーズ。
菓子をくれる猫は白い猫でも黒い猫でもピンク色の猫でもいいものだ。
ちょうど口が甘いものを求めていたのもあっ……。
「マリア。これ、ウイスキーボンボンだ」
「え、嘘。あー、ごめんなさい間違えちゃったわ……」
ウイスキーボンボンは菓子ではあるが名前の通りウイスキーが入っていてアルコール度数も大体2~3%程度。
アルコール類が駄目な自分にとってこれも駄目なのである。
「これは私が責任持って食べるわ。千鶴には今度代わりのものを買ってくるから」
「いや、そんな気にしなくていいぞ」
「いいから。明日は撮影が午後で終わるから……帰りにプリン買ってくるわ。気になってたお店があるのよ」
プリンか……。
食べたいのでお願いしよう。
「そういえば、お風呂入るところだったんでしょ? 入って入って」
「ん。そうする」
そういうわけで風呂へと向かったのだが……もう少し、帰ってきたばかりのマリアと一緒にいるべきだったと後悔することになるのだ。
風呂上がり。
リビングに戻ると妙な匂いが鼻にきた。
「酒臭い……」
酒が駄目というのは酒の匂いが駄目というのと同じことで若干気分が悪くなったがこの匂いの出所は……?
テーブルの上にふと目が行った。
そこには先程のウイスキーボンボンの箱が開封され既に……か、完食されている……。
まさか、一人で全部食べたのか?
この十数分で?
自分は食べたことはないがそれなりに酒の風味がするあれをマリアが?
ちなみにだがマリアは酒に弱い。
その日にもよるが甘酒で呂律が若干怪しくなる程度には弱いのだ。
それがウイスキーボンボンを完食……。
恐らく10粒以上は入っていたであろうそれを一気に食べてしまうなんてことをすればマリアはどうなるか。
ゴトンッ。
キッチンからそんな、重いものを置いたような音が聞こえた。
確認、するべきなのだろうか……。
しかし本能があれを見てはいけないと叫ぶ。
あれに気付かれたら最後、どうなってしまうか分からないと。
「ちづ……る……」
「マリアッ!」
聞こえたマリアの声に反応して咄嗟に動いてしまった。
だが、それが間違いだと気付いたのはすぐであった。
先程の音は霊障でもなんでもなくマリアの仕業だったのだから。
キッチンで倒れるマリア。
傍らに転がる料理用の赤ワインの空瓶。
酔い潰れたのだと思い、抱き起こすがそれこそ罠。
「なっ!?」
「つかまえたぁ」
一瞬で組伏せられ、マリアに捕らえられる。
一体いつの間にこんな技を……。
というか何故横四方固め……。
「えへへ~」
「えへへじゃない……。やめろマリア地味に、効いてる……!」
これは一体どういう状況なのだ?
何故俺は技をかけられている?
「ちづりゅ~」
「な、なんだ……」
「しゅき~」
「言葉と行動が伴ってないぞ……!」
絞まる身体。
ギチギチと悲鳴をあげている。
そんじょそこらの人に比べたら頑丈な方ではあるが……。
「おいマリア……」
「あひょびまひょ~」
「遊ぶって何して……」
「ぷろれすごっこ~」
「どうしてそうなる……!? おおっ!?」
あれよあれよとしている内にうつ伏せにされてキャメルクラッチを……て、本当にどこで習ったんだ!
プロレスなんてトレーニングでもやってなかっただろう!
「ぐう……マリア! 何故こんなことをする!」
「ちじゅりゅとあしょぶのたのちいから~」
「こっちはちっとも楽しくないぞ!」
妻が楽しんでいるならまあいいかと普段はなるがこちらに苦痛を伴うというならこっちだって黙ってはいない。
痛みで悦びを感じるのは特殊性癖だけと知れ。
「しょれじゃあちゅぎはこのくしゃりで~」
鎖!?
どこから取り出した!
それで俺をどうするつもりだ!
「しばって~えへへ~」
「えへへ~じゃない! この酔っ払いめ!」
どうする?
この際、実力行使に出てもいいのではないか?
しかし……。
無理だ、妻に手をあげるなど……。
このまま俺の身も無事なままこの状況を切り抜けるにはどうすればいいか考えろ、考えるんだ。
……いや無理では?
キャメルクラッチされながらものを考えるって結構難題だぞ。
時間がかかればかかるほどダメージが……。
背中、背中がぁぁぁぁぁ。
本当になんでプロレスなんだ。
なんでプロレスごっこなんてしようと思ったんだ。
酔っ払いに理由を求めるだけ無駄か……。
「な、なあマリア……。もう今日は疲れただろうから早くや、休んだらどうだ……?」
ひとまず説得に入る。
酔っ払いにどこまで言葉が通じるかは定かではないがやってみる価値はある。
「つかれてないひゃらでいじょーぶでいじょーぶ。ひょうはちじゅるひほりにひゃへひゃっちゃからぁ。しゃびしかったでひょ~(※疲れてないから大丈夫大丈夫。今日は千鶴一人にさせちゃったから寂しかったでしょ? 特別意訳)」
むう、やはり通じないか。
嬉しいことを言ってくれるがプロレス技をかける理由にはならない。
それにしても何故プロレス技を……。
ま、まさか……。
今日の女子会というのは嘘で本当はプロレスを観に行っていたのでは……?
その影響でこんなことに……。
いや待て。
プロレスを女性達だけで観に行くだろうか?
もしや会っていたのは男で……。
『私達が一緒になるには旦那が邪魔だから……。今日ヤッてくるわ』
なんて会話をしたから今こんなことになっているのでは……。
あ、駄目だ。
精神に深刻なダメージが。
いや、そんな最悪な想像は忘れよう。
きっと違うに決まってる。
ああそうだ違うに決まってる。
違ってくれ頼むから。
愛する者に殺されるなら本望とかいうがせめて愛故に殺してくれ。そういう邪魔だから殺すみたいなので殺されるのだけは本当に嫌だ。
頼むからそういう理由で殺さないでくれ。
この時、千鶴は気付いていないがマリアから発せられる酒気により体力は下げられ精神は不安定になっていた。
そのせいで通常ならば思い至らない発想に至ってしまったのだ!
というかもうこの際正当防衛成立するだろう。
けれどやはり暴力を妻に振るうのは……。
「しゅきよ~ちじゅりゅ~」
その好きは信じていい好きなのか?
本当に愛のある言葉なのかそれは?
しかし、本当に好きだと言うのならば……!
「あ、ああマリア。俺もお前のことを愛している……」
「ほんとぉ?」
「ああ。その証拠を見せてやる……!」
マリアの両足首を掴み、全身の筋肉を使って立ち上がりキャメルクラッチから脱出した。
かなり筋肉を酷使したので汗だくである。
さて、マリアはというと前方によろける形になったところを今度は立場を逆転させた。
マリアを上から見下ろすが先程までの元気で無邪気な姿はどこへやら。
急にしおらしくなった。
「ち、ちづる?」
「なんだ?」
「その、そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」
む、酔いが覚めたか?
呂律が戻った。
「さっきまでの仕返しだ。覚悟しておけよ」
「え……。そ、その、優しくして……」
優しくか。
それならと……優しく唇を重ねた。
「ふう。仕返しは完了だ。汗かいたのと身体痛いからまた風呂入ってくる」
「え。えぇ!? ちょっ! 千鶴! 千鶴!!!」
はっはっはっ。
愉快愉快。
さて、今度の湯は身体に沁みそうだ……。
ちなみにこのあとしばらくマリアには禁酒令を出した。あと、本当に女子会はプロレスを観に行ったらしいがプロレスには女性ファンも多いということを知ったので最悪な想像は想像だけで済んでよかったと誰にも知られず安堵したのだった。
それにしてもマリア……。
いつでも女子プロいけるな(確信)
プロレスコラボから生まれた今回はいろんな人の力で生まれました。
プロレスについて監修しますよ!というプロレス好きな方やシチュエーションについて一緒に考えてくださった方。
ご覧のスポンサーの提供でお送りしますってやつでその皆さんを紹介したいですはい。