弦十郎「千鶴。あの滝を斬ってみろ」
千鶴「手刀で、ですか…?」
弦十郎「ああ。手本を見せてやろう…ハァッ!こうだ。分かったな?」
千鶴(斬るっていうか砕いてるだろこれ…)
それから…
千鶴「はあ…はあ…滝を斬るなんて無理だろう…休憩しよ。ん?これは…弦十郎さんが置いてったジョジ○か…」
エ○ヤ「もっと!もっと!静止した時の中を動けると思いなしゃれッ!空気を吸って吐くことのように!HBの鉛筆をペキッ!へし折る事と同じようにッできて当然と思うことですじゃ!」
千鶴「出来て当然と思うこと、か…よし」
千鶴「ハァッ!」
滝「よくこの私を倒したな。次の試練へと向かうがよい…」
千鶴「…斬れた」
その後、千鶴は弦十郎の運転するジープに追いかけまわされたり変な機械相手に戦ったり鉄製のブーメランをぶつけられまくったり色々しましたとさ。
最近、ものすごい運がいい。
自販機のもう一本出るタイプは絶対に数字が四つ揃って当たるし、商店街の福引きも連続三回引いたら一等、二等、三等と連続で当たった。
今度、一等の温泉旅行に行こうと思う。
ペアチケットでよかった。
さて、早いもので十月になり、俺達は前のマンションから引っ越したのである。
今後のこととかを考えての引っ越しで前より広いしペット可でいい物件なのだ。
そう、ペット可なのである。
なぜ二回もペット可であることを言ったかというと…
秋の冷たい雨に打たれる、段ボール箱に入ったそれは目を潤ませながら俺を見上げていた。
白くて、小さくて、誰かが助けてやらなければならないとこの小さな命を消えてしまうだろう。
「ニャア~」
俺は、この命を救わなければならない───
そう決意した俺はこの子猫を抱き上げて再び歩き出した。
段ボール箱は近くのゴミ捨て場に置いといた。
あのままよりはマシだろう。
今日は私が仕事で遅かったので千鶴が部屋で待ってるはず。
実は前のマンションに行きかけたのは秘密だ。
さあ、今日の夕飯はなにかしら…
「ただいま千づ、る…」
夕飯に胸躍らせながらリビングに入ると、衝撃的な光景を目にした。
「おかえり、マリア」
「ニャア~」
ち、千鶴が、ソファに座って子猫と遊んでいる…
マ、マ…マリアージュッ!!!
え、やだ、かわいい。なにこの光景。
黒いラフなVネックのTシャツから少し覗いている鎖骨…
そして子猫の遊び方が可愛い。
前肢をつまみ上げて広げたり閉じたりとなかなかSな遊び方なのもポイントが高い。
そしてこの穏やかな顔ッ!
これが尊いというものか…
いやいや待て待て待ちなさい。
「千鶴。その子はどこから来たのよ」
「拾った」
「拾ったってことは…捨て猫?」
「まあ、そうなるな」
今日は雨だから雨の中捨てられていた子猫を拾う千鶴…
いけない。
そんじょそこらの女が見ていたらきっとみんな恋に落ちていただろう瞬間だ。
是非とも見たかった。
「一旦遊ぶのは終わりだ。マリアのご飯の準備しなくちゃいけないんだ」
「ニャー…」
「また遊んでやるからちょっと待ってろ」
そう言って子猫の頭をぽんぽんしてから立ち上がりキッチンに行く千鶴。
最近、私は頭ぽんぽんされてないというのに…
羨ましい。
「ニャ~」(ドヤァ)
…な、なにかしら。
今すごいドヤ顔された気がするのだけど…
気のせいよね。
うん、気のせい。
それより私もこの子と遊びたい。
「ねえ千鶴。この子の名前は決めたの?」
「いや、まだだ。マリアが決めていいぞ」
まさか命名権が私に与えられるとは…
なにがいいかしら…
「白いからシロでいいかしら」
「ニャ」(嫌そうな顔)
「嫌なの?」
まあ少し安直過ぎたかもしれない…
白、白、白…
「じゃあミルクとかどうかしら?可愛いでしょう?」
「ケッ」
「ちょっと待ちなさい!あなたなにその露骨な態度は!?」
この子本当に猫なのかしら。
だいぶ人間臭いわ。
それにしたってさっきから私への態度酷くないかしら!?
「千鶴!この子、私が嫌みたいなんだけどッ!」
「ん?そうなのか?」
「ええ!ドヤ顔までしてきたわッ!」
「そうか。仲良くなったんだな」
ちーがーうー!!!
事態は深刻なのよ!
「ほら、夕飯準備したぞ」
「はーい。今日はなにかしら…って、千鶴?」
「どうした?」
何食わぬ顔でソファに座り、子猫と遊び出す千鶴。
ちょっと待ちなさい。
「千鶴~?こっちに座らないの?」
普段、私が遅い時の食事は千鶴もテーブルに座って雑談したりしていたのに…
「ん…こいつが構え構えというからな。まったく困った奴だ」
「ニャ~」
そう言いながら静かな笑みを浮かべながら猫と遊ぶ千鶴。
なんて、こと…
猫に、千鶴を奪われた…
それから一週間。
千鶴の膝がッ!?
「ニャ~」(ドヤァ)
千鶴の肩がッ!?
「ニャ~」(ドヤァ)
千鶴の胸板がッ!?
「ニャ~」(挑発の目線)
etc. etc.…
「それで意気消沈してるというわけデスか…」
休日。
いつも集まる喫茶店で調、切歌にこの一週間の出来事を話した。
「それにしてもこの猫なんだかマリアに似てるね」
「確かに目元が似てる気がするデス」
私が猫と似ている…?
敵と私が似ているだと!?
「あ、もしかして六堂さんはこの猫とマリアが似てるから気に入ったとか…」
「さすが調!名推理デス!」
そ、そう言われると悪い気はしないけど…
「ちなみにこの子の性格とか何か言ってた?」
「性格…そうね、千鶴はこの猫をクールを振る舞ってるけどポンコツが隠しきれてない奴って言ってたわ」
「「似てる(デス)」」
「失礼ねッ!?」
思わず店内で大声を出してしまった。
いけないいけない。
「そんなことよりこの泥棒猫から千鶴を奪い返す方法を考えないと…!」
「泥棒猫だなんてそんな大袈裟な…」
「大袈裟なんかじゃないわ!同じ結婚してる切歌なら分かってくれるでしょう!?」
調の方からぶちっと何かが切れたような音がしたけど今はそれどころではない。
これは大事な作戦会議なのだ。
千鶴をあの泥棒猫から取り戻すためのッ!
「いやぁ流石に大袈裟デスよマリア~。相手は猫、マリアは猫デスか?マリアは人間で六堂さんの奥さんなんデスからやきもち焼く必要なんてないデスよ…お、主人からLINEデース!」
切歌は旦那さんのことを主人と呼ぶ。
なんかカッコいいからみたいな理由だった気がするけれど、これはあくまでも外向けで家では確か…えーと、なんだったかしら…
とにかくあだ名で呼びあっていることは確か。
そんな切歌はいまその旦那さんから送られてきたLINEを確認中。
「お、噂をすればなんとやら。猫の写真デース!」
そう言って切歌はスマホを見せてくると、そこには確かに猫の写真が。
どこかの家の塀の上を歩くグレーの猫。
こうして見ると普通に可愛いと思えるのにあの猫だけはなんだか好きになれないのよね…
「かわいいデースって返信デス!」
旦那さんのLINEに返信した切歌。
スマホをテーブルに置くとすぐに返信が来たようでスマホが鳴った。
マメな旦那さんね…
千鶴はLINEだと全然反応しないから困ったものだ。
まったくもう…
「デェェェェス!!!!!」
突然、切歌が叫んだ。
店内には他のお客さんもいるのに恥ずかしい。
「切ちゃん!?」
「どうしたの!?」
「ふー…ふー…こ、これを見るデス…」
旦那さんとのトーク画面を見せる切歌。
そこには…
『かわいいでしょ。俺達も猫飼おうか?』
「この泥棒猫…どうしてやるかデス…!」
「お、落ち着きなさい切歌!まだ取られたわけじゃないから!相手は猫よ!」
「そうだよ切ちゃん!さっきマリアに言ったこと忘れたの!?」
「関係ないデース…あの猫はぎったぎたに切り裂いてやらないと気が済まないデース…」
こうして作戦会議は切歌を宥める会に変更となり、私の相談なんて忘れ去られたのである。
切歌って、こんなだったかしら…
なんだかよく分からない疲れと共に帰宅すると千鶴がキッチンで包丁を研いでいた。
日常的なことなので特に言うことはないが…猫の姿が見当たらない。
散歩?
「おかえり」
「ただいま…千鶴、あの子は?」
「ああ、返してきた」
返してきた…って、つまるところ捨ててきたということ!?
あんなに可愛がっていたのに!?
「違う。あの猫は捨て猫じゃなくて迷い猫だったんだ」
「え…どういうこと?」
「コンビニに行ったら貼り紙を見つけてな。飼い主のところに返したんだ。道に迷って家に帰れなくなって雨宿りで段ボール箱の中に入ってたんだろう。そこを俺が見つけて持ち帰った…首輪だけ落ちてたらしくて大層心配してたな、飼い主の女の子が。図らずも俺はあの猫を誘拐した誘拐犯になっていたということだ」
そう、なんだ…
…
……
………
「…おい、刃物を取り扱ってる時に抱きつくな」
「いいじゃない。よしよし」
「頭を撫でるな…なんだ急に」
「なんだか寂しそうだったから。慰めてあげているのよ」
背伸びしながら頭を撫でてあげる。
髪の毛がサラサラで撫でてるこっちも気持ちいい。
「………」
千鶴も大人しくなったので多分気持ちいいのだろう。
もう…千鶴ったら意外とナイーブなんだから。
けど確かに…あの子がいないと少し寂しいかも。
なんだか、張り合う相手がいなくなって張り合いがないというか…
「ペット、飼う?」
あの子の代わりというわけじゃないけど…
「いや…まあ、いずれな」
「すぐじゃなくていいの?」
「…ペットを飼う時は、子供が生まれた時がいいらしい」
「そうなの?」
訊ねると千鶴は、情操教育にいいとかなんとか説明を受けた。
なるほど確かにそのほうがいいらしい。
「じゃあその時までお預けね」
「ああ…それまで、お前で我慢しておくよ」
「ちょっと待ちなさい。お前で我慢しておくよとはどういう意味!?私じゃ不満だというのッ!?」
「こらッ!急に動くなッ!?」
さらにガシッと千鶴を抱きしめて顔を見上げる。
もう怒ったんだから!
「こうなったら徹底的に私を刻み込んでッ!私なしじゃ生きられなくさせてやるわッ!!!」
改めて思えばすごい恥ずかしいセリフなのだけど、このあとのせいで私は自分の言葉をすっかり忘れてしまったのだ。
「馬鹿。もう、なってる」
その言葉を聞いた瞬間、一気に体温が上がって、顔は真っ赤になって…
「もう…もうッ!!!」
恥ずかしくなって、私は寝室に逃げた。
その後、猫の飼い主家族が改めてお礼に来た時にマリアが出てきて驚いたのは別の話…