マリアさんは結婚したい   作:大ちゃんネオ

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たくさんの感想、評価ありがとうございます。
ガイガンは近日投稿します。
そろそろ胃もたれ解消してきたので。
それにしても冬って季節は何故か明るい作風にしようとしてもどこか暗く寂しい感じになっちゃうんですよね…
誰かこの現象分かる人いますか?


三戦目、少しずつ動き出す

 男を落とすなら、まず胃袋から。

 偉大なる先達の言葉である。

 惚れた相手にずっとこの味を食べてもらいたいと思わせることで

 

「毎日、君の作った味噌汁が飲みたい」

 

 こんなプロポーズを相手から言わせることが出来たらそれは完全勝利SSS。

 声高に勝利宣言を謳うことが出来る。

 そして、今──

 

「毎日、あなたの作った味噌汁が飲みたい」

 

 完璧に胃袋を掴み掴まれた男女が一組──

 祝え!新たなカップルの誕生を!

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いが、専業主夫になる気はないぞ」

 

「くっ…美味しいッ!」

 

 残念ながらカップル成立というわけではなかった。

 胃袋を掴んだ男と胃袋を掴まれた女。

 それがこの場の男女一組だった。

 女は再び味噌汁を飲む。

 豆腐とわかめのシンプルな味噌汁。

 飾り気なんてない。

 だが、それがいい。

 味噌も普通のスーパーで買った白味噌だが、どこか高級感がある上品な味。

 主張し過ぎない、奥ゆかしい味噌の味が口に広がる。

 

「毎日、あなたの作った味噌汁が飲みt…」

 

「専業主夫になる気はないぞ」

 

 女は再びプロポーズの言葉を謳うが途中で遮られる。

 男は意地でも専業主夫になる気も結婚する気もない。

 結婚したい女「マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

 結婚願望のない男「六堂千鶴」

 二人の戦いは既に始まっていた──

 

 

 

 

 

 

 人は私のことをワーカーホリック、仕事中毒と言うが別にそんなつもりはない。

 仕事は仕事、プライベートはプライベートとしっかり公私混同しないように分けている。

 なので仕事が定時で終われば定時で帰るし、休みはしっかり休んでいる。

 というわけで今日は部下の報告書の体をなしていない報告書を考古学者が古代文字を解読するかの如く解読し、なんとか定時で帰ることが出来た。

 定時で帰ることが出来るなんて平和でいいことだと冬の寒さに体を包まれながら自宅のマンションまで歩く。

 首を縮めてマフラーで口元を被い、出来る限り冬の冷たい空気に触れる肌の面積を減らす。

 それに…記者対策という意味もある。

 あのスキャンダル記事以降、家のマンションを見張る車があり尾行されたりして…つい昨日、その記者と()()()()したので大丈夫だと思うがあれで懲りるようでは週刊誌の記者なんてやってられないだろう。

 エントランスに入り、ポストを確認…なにも無し。

 エレベーターに乗り込んで7階を押す。

 このエレベーターは他所のエレベーターより体感だが早い。

 すぐに7階に着いて、708号室を目指す。

 通路を歩く途中、下の道路を見下ろすが…怪しい車は停まっていない。

 ホッと安心して再び歩きだし自室の前へ。

 一応、ドアノブを回して開いていないか確認する。

 すると…開いた。

 これは、まさか泥棒でも入ったか。

 それとも記者が暴挙に出たか。

 はたまた鍵をかけ忘れたか。

 とにかく中に入れば分かることだ。

 胸ポケットの得物をいつでも抜けるように心構え、緒川さんから教わった忍び足で静かに、気取られないように部屋の中へ。

 リビング、テレビの音がする…

 テレビはしっかり消したことを記憶している。

 つまり、第三者により侵入されたということ。

 壁に背を張りつけ、リビングの様子をそーっと見ると…

 

「…なにをしている、マリア」

 

「あ、おかえりなさい」

 

 リビングのソファの上で体育座りしているマリアがテレビを見ていた。

 何事もなかったかのように「おかえりなさい」なんて言っているが、いやいや待て待て。

 

「どうやって入った?部屋の暗証番号を教えるなんてことしてないぞ」

 

「管理人さんにサインあげたら喜んで開けてくれたわ!」

 

 管理人…あとで●す。

 もう引っ越そうかな…

 

「とりあえず帰れ。またスキャンダルなんて私はごめんだ」

 

 マフラーとコートを脱いでハンガーにかけながら、背後のマリアに向かっていった。

 しかし、向こうに帰る気はないらしい。

 

「いいじゃない折角来たんだし。変装もちゃんとしてるし、マスコミはいないでしょう?」

 

 そういう問題ではないんだがな。

 私のプライベートな時間を奪わないでくれ。

 

「ねぇ千鶴」

 

「なんだ」

 

「お腹が空いたわ」

 

 …あつかましい奴。

 不法侵入にあきたらず飯までたかろうとは…

 

「それなら自分の家に帰って好きなものでも食べればいい」

 

「嫌よ、千鶴の料理が食べたい」

 

「私はお前のお抱えシェフじゃない」

 

 人をなんだと思っているんだ一体。

 アイドル大統領ここに極まれりか?

 

「帰れ。お前の舌に合うようなものはここにはない」

 

「いーや。食べるまで帰らない」

 

 テコでも帰らない気だぞこいつは。

 頼むから帰ってくれないだろうか…

 そうだ。

 

「作ってやるからお前も一品なにか作れ」

 

 交換条件。

 さっきから人に要求してばかりのマリアは嫌がるはず…

 

「いいわよ。とっておきの料理をごちそうするわ!」

 

 乗ってきた。

 これで私はマリアに料理を作る羽目に。

 変なところで素直な奴め…

 というか、マリアは料理出来るのか?

 料理の話はしたことないから未知数だ…

 もしこれで全然料理が出来ず、冷蔵庫の食材達に可哀想なことをされたら…

 

「マリア、君は料理出来るのか?」

 

「馬鹿にしないでよ。あまり凝ったものは作れないけど最低限、主食とおかずと汁物は作れるわ」

 

 どうにも嘘をついてはいないようなので、とりあえず信じるが…

 まあ、見張っていればいいか。

 危なくなったら止めればいい。

 そうと決まれば、準備しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーツからスウェットに着替え、キッチンに立つ。

 ご飯は冷蔵庫にあるものをレンジで温めて、味噌汁は作りおきのものをコンロで温める。

 温めてばっか?

 社会人が帰ってから毎日ご飯たいて味噌汁作っておかず作るなんてそうそう出来るものではない。

 特に独り暮らしなんてそんなものだ。

 というわけで作るのはおかずのみ。

 

「…なにか、食べたいものはあるのか?」

 

「千鶴が作るものならなんでも~」

 

 なんでもが一番困るのだが…

 ちょっと待て。

 なぜ奴の希望に沿おうとした。

 奴はただ飯食らい、こちらが気にかける必要などない。

 冷蔵庫を開け、材料から献立を決める。

 キャベツが1/4ほどある。

 あと、豚ロース。

 しょうが焼きのタレもある。

 これはしょうが焼きを作れという啓示だろうか。

 神は信じていないが。

 しょうが焼きのタレがあれば肉にからめて焼くだけで調理も楽だ。

 キャベツを千切りにして副菜とすればいい。

 楽チンレシピだ。

 それではまずキャベツを千切りに。

 まな板の上に置いたキャベツをリズムよく刻んで──

 

「…なにを見ている」

 

「調理中の千鶴」

 

 それはそうなんだがそういうことではないというか。

 あまりジロジロ見られると気が散る。

 

「やっぱり切るの上手ね。さすがは現代の切り裂きジャック」

 

「からかってるとお前のおかずはキャベツだけになるぞ」

 

 それは勘弁と口を閉じたマリア。

 しかし、私を見ることはやめなかった。

 気が散ってしょうがない。

 一度キャベツを切る手を止めてマリアに問いかけた。

 

「何故見る?」

 

「何故って…ダメなの?」

 

「私はお前程他人に見られることに慣れていない」

 

「またそうやって…いいじゃない。料理をする男性って素敵よ?」

 

「ただキャベツを切っていただけだ」

 

「いいのよ。それから私、手フェチだし」

 

 てふぇち…?

 あぁ、手フェチか。

 

「手の甲に浮かぶ血管とか指の長さとか…何故か好きなのよ」

 

「…そうか」

 

 口が上手い男ならば会話のキャッチボールを続けられるのだろうが、あいにく私は口下手だ。

 そうかとだけ返して、あとは無言。

 他人のフェチズムを聞かされた場合どうすればいい?

 自分のフェチを教えればいいのか?

 だが、自分のフェチというと思い浮かばず結局無言。

 千切りも終わり適当に皿へ盛り付け、味噌汁の入った鍋を火にかけてしょうが焼きへと移る。 

 熱したフライパンに油をひいて、ロース肉を投入。

 さらにしょうが焼きのタレを投入。  

 からめて両面をしっかり焼く。

 生姜の匂いが鼻につく。

 どうしてこう、この匂いは食欲を刺激するのか。

 特別腹が空いていたわけではなかったが腹が空いてきた。

 早くこの肉を胃袋に入れろと胃がスペースを開けてくれたらしい。

 腹の虫が鳴くことだけは注意してしっかりと火が通るまで焼き…完成。

 さっと皿に盛り付けてリビングのテーブルまで。

 茶碗にご飯をよそってレンジでチン。

 味噌汁もほどよく温まったので火を止めてよそう。

 

「出来たぞ」

 

「はーい。いい匂いね…」

 

 マリアの前に味噌汁とご飯を並べ、自分の分も持ってくる。

 席について二人でいただきますと言って食べはじめた。

 まず味噌汁から…体の芯まで温まるいい温度だ。

 

「とっても美味しいわ…毎日、あなたの作った味噌汁が飲みたい」

 

 思わずむせそうになった。

 なにを馬鹿なことを言っているんだ。

 

「悪いが、専業主夫になる気はないぞ」

 

「くっ…美味しいッ!」

 

 私の言葉が果たして聞こえていただろうか?

 恐らく聞こえていない。

 マリアはどうにも食べることに貪欲なところがあるのでどうにも食事中は周りが見えていない気がする。

  

「毎日、あなたの作った味噌汁が飲みt…」

 

「専業主夫になる気はないぞ」

 

 一応、意思表示だけはしておく。

 聞いているか分からないが。

 それからはお互い無言。

 ただ夕飯を食べるだけ──

 いや、食べるだけではなかった。

 美味しそうに食べる彼女の顔につい見入ってしまい、頬が緩んでいた。

 マリアが食べることに夢中でよかった。

 こんな顔、見られたらからかわれるに決まってる。

 顔を俯け、私も箸を進ませた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま。美味しかったわよ」

 

「それはどうも」

 

 お互い、皿の上はなにも乗っていない。  

 完食である。

 

「それじゃあ約束通り、私も一品作るとしますか…」

 

「本当に作るのか?」

 

「もちろん。冷蔵庫の中見てもいいかしら?」

 

「あ、ああ…キッチンのものは自由に使ってくれていい…」

 

 キッチンにあるものを確認するマリア。

 あれがあるこれはないと材料を確認している。

 

「あら?こんなにじゃがいもがたくさん」

 

 棚の下にあった段ボール箱を引っ張りだしたようだ。

 

「ん…あぁそれは母方の祖父母が送ってくれたものだ。じゃがいもは保存がきくからいいが、その量は独り暮らしの男が食べきるには時間がかかる」

 

「そう、ね…じゃあ、じゃがいもを使わせてもらうわ」

 

 そう言って立ち上がるとマリアはその長い髪をひとつにまとめて…

 そこから先は、あまり覚えていない。

 ただ、普段見れないその景色がどうにも美しく思えて見惚れていた。

 キッチンで手際よく動く彼女の一挙一動が気になってしょうがなかった。

 

「はい、完成…って、どうしたの?」

 

「…いや、なんでもない」

 

 一体、どれ程の時が経っただろうか。

 一瞬のように思えたが、時計を見ればあれから30分は経過していた。

 

「はい、デルニーよ。じゃがいものパンケーキって言えば分かるかしら?」

 

 デルニー…

 白いクリームの上にパンケーキがのっている。

 未知との遭遇ではあるが見た目も問題ないし焼きたての匂いもいい。  

 

「サワークリームをつけて食べてね」

 

「ああ…ん?サワークリームなんてあったか…?」

 

 このクリームはサワークリームだったか。

 それにしても私の自炊レパートリー的にサワークリームなんて使わないから買ってないはずだが…

 

「実は最初から料理する気はあってちょっと準備してたのよ」

 

 得意気にウインクするマリア。

 なるほど、キッチンを見れば数点見かけない調味料がある。

 

「それより食べて食べて。調も切歌もお気に入りの料理なんだから」

 

「そうか…いただきます」

 

 ナイフで切って、サワークリームをつけて口に運ぶ。

 口の中でサワークリームの酸味が広がる。

 食感は思っていたよりもパンケーキに近い。

 うん、うまい。

 

「どう?美味しい?」

 

「ああ」

 

「毎日食べたい?」

 

「毎日は食べたくない」

 

 むうとふくれるマリア。

 毎日は流石に飽きるが…

 

「たまに出てくる分には、その、なんだ。異文化との交流で脳が刺激されてちょうどいい」

 

 なんとか、褒めようと思ったのだが変な言葉しか出なかった。

 口下手の私にはこれが精一杯だ。

 

「…ふふっ、なにそれ。強がっちゃってぇ♪」

 

「別に他意はない…!思ったことをそのまま言っただけだ」

 

 そう言って残りを全て平らげた。

 うん、うまい。

 うまかった。

 久しぶりに本部の食堂以外の他人が作った料理を食べた。

 …なんというか、どこか背中が痒くなるような、だけど別に悪い気はしないような…

 

「…それじゃあ、食器を洗ったら帰るわね。明日早いのよ」

 

「ん…いや、洗い物は私がやる」

 

「そう?それじゃあお言葉に甘えて…」

 

 身支度をし始めるマリア。

 今回は変装もバッチリなようで帽子にメガネと完全防備だ。

 ここでふと、時計を見れば8時をとっくに過ぎていた。

 夜分に女一人というのも危険か…

 

「帰りはタクシーか?」

 

「ええ、そうだけど?」

 

「このあたりはタクシーが捕まえにくい。大通りまでついていこう」

 

「別にいいのに」

 

「世界の歌姫の身になんかあったらそれこそスキャンダルだからな」

 

「それじゃあ貴方は歌姫の騎士(ナイト)?」

 

「そんな大層なものは私の柄じゃない」

 

 精々、長屋で傘張る貧乏浪人といったところだろう。

 さっと上着を羽織って、マリアと共に部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二月の寒さが二人に会話をさせなかった。

 いや、口下手な私が悪いだけだ。

 マリアもあまり自分から話題を振るタイプでも…最近は振るが普段は振るタイプでもない。

 無言のまま大通りに出るとすぐにタクシーを捕まえることが出来た。

 

「それじゃあまた今度ね。…また私の料理が食べたくなったらいつでも言いなさい」

 

「…母親みたいな顔してるぞ」

 

 今のマリアは我が子に微笑みかける母親のようだった。

 いつかの母を思い出したが、すぐにその思い出は夫婦で口論する光景に焼き尽くされた。

 

「今回は許すが、二度と不法侵入はするな」

 

「分かったわよ…なに?見られたくないものでもあ──」

 

「次からは、ちゃんと連絡してから来い」

 

「え──」

 

「ほら、早くタクシーに乗れ。運転手さんが寒そうだ」

 

 そう言って、マリアに背を向け歩き出した。

 

「ちょっ…千鶴!千鶴!!!」

 

 振り向けない。

 振り向いたらいけない。

 今の顔を見られたら、絶対にこれをネタに強請られる。

 どうして、こんなに熱いのだろう。

 理由も分からぬまま足早に自宅へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅すると暗い部屋。

 さっきまで、ここに自分ともう一人いた。

 どうしてかやけに部屋が広く、寒く感じる。

 ぽっかりと穴が空いてしまったかのような喪失感に何故か私は襲われた。




三戦目 
引き分け(実質的にマリアの勝利。なお、胃袋掴まれてしまったので引き分けとする)

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