なんだか無性に、料理がしたくなった。
別に普段は料理をまったくしないわけではない。家事に関してはマリアと分担しているからだ。
だが今はやけに料理に対するモチベーションが高い。
モチベーションに左右されないように心がけて生活してはいるがモチベーションが高い分には問題ない。
時刻は16時。
今日は俺は休みでマリアが仕事。つまるところ俺が一日家事をする日である。もちろん休みなので一日ずっと家事をしていなさい!なんてものではないが。
マリアの帰宅予定時刻は18時。
あと2時間。それなりのものを作るのには十分な時間だ。
ソファーから立ち上がり、身体を伸ばす。
キッチンへと移動し食材を確認。
確認と言っても昼間に買い物に行ったので食材そのものは特に不足はないだろう。
あとは何を作るか。
「……パスタ」
ふと口から漏れたパスタに決定。
さっきも言ったが料理モチベが高いので今回はよく作っていた独り暮らしパスタではなくガチパスタを作る。
というわけで愛用のまな板と今日研いだばかりの包丁達を出してまずは玉ねぎをみじん切りにする。
まずナイフの刃を玉ねぎの根のあたりに入れる。そしてナイフではなく玉ねぎの方を回すと芯が切り取れる。この時の乾いた音はなかなか耳に心地がいい。
そういえばこの間、たまたまテレビで見たのだがこの玉ねぎの芯と言っている部分はどうやら茎にあたるらしい。新しい知識との出会いはいくつになってもそそられるものである。
なんてことを考えている間に皮を剥いて玉ねぎを半分こ。
側面に軽く切れ込みを入れてみじん切りを開始する。
トントントントントン。
リズムよく切り刻んでいく。
玉ねぎが切れる音、包丁がまな板に当たる音。
料理を楽しむのなら五感はフル活用すべきだ。
あと個人的には道具にも拘っている。
刃物は当然のこと、整備する砥石ももちろん。あとは、まな板である。
まな板なんてどれも変わらないと思っていた時期もあったがそれは大きな間違いで、俺の料理好きはまな板を変えてから更に加速したと言っても過言ではないだろう。
まな板の刃当たりの良さ。
これが、まな板選びのポイントである。
刃当たりが柔らかい、優しいものがいいのだ。
みじん切りが終わったらオリーブオイルを引いたフライパンで炒めていく。
馴染みのイタリアンレストランのシェフがこれをなんと言っていただろうか……。
たしかソフマッ……いや違う。
絶対に違うが似たような語感だったので恐らくそのうち思い出すだろう。
玉ねぎの味を引き出すのに塩を用いて、透き通るまで炒める。玉ねぎの甘い香りが鼻にいい。
そして玉ねぎが透き通ってきたら蓋をして蒸すというか煮るというか。この時、玉ねぎから出た水分だけでも十分だったり十分じゃなかったりする。十分じゃないと焦げるので念のため少し水を入れる。
玉ねぎを蒸している間に合挽き肉を炒める。
さっきから炒めてばかりだがそういうものなのだ仕方ない。
フライパンに合挽き肉を入れたらそのあとはあまり弄らないようにする。
焼き色がついたら……今回は、マリアのことを考えて一手間。
ボウルとザルを用意してザルに炒めた合挽き肉を移す。これで脂を切るのだ。合挽き肉から出た脂にも旨味は当然含まれているのでこれを入れてもいいのだが少しさっぱりとした味付けにしようと思うので今回は捨てることにする。
さて、開いたフライパンに赤ワインを投入してフライパンに残った旨味を逃がさず捕らえる。
我が家で酒を飲むのはマリアぐらいでそのマリアも酒には弱く、たまに嗜む程度なので我が家にある酒はほとんど料理酒と化す。
アルコールが飛んだかなぐらいのところで合挽き肉と赤ワイン、蒸していた玉ねぎを鍋に移す。
そしてマリアが唯一食べることが出来るトマトを生産している農家さんから購入しているトマトソースを入れる。
あとは香り付けにマリアがいつの間にか買っていたローリエを入れる。たまにマリアはこういうあまり使わない調味料を買ってくるのだ。棚を圧迫するからやめてもらいたいが今日こうして使われることもあったので小言は控えておいてやろう。
そんな感じであと2、30分も煮ればミートソースの完成であるが……。
「余ったな」
蒸した玉ねぎが結構余った。
まあ、なんにでも使えるからいいが。
……折角だし、もう一種類ソースを作るか。
トマトのソースだけではまあ、その、あれかもしれないからな。そう、あれ。
というわけで冷蔵庫を開ける。
運良く生クリームがあったのでこれを使う。
あとはどうしような……タラの切り身があるな。
肉を使ったのでこっちは魚を使おう。
タラの切り身を食感が残るぐらいの大きさにぶつ切りにしてオリーブオイルで炒める。火が通ったら生クリームを入れて、追いオリーブオイル。
まあ、こんなもんだろう。
ソース2種類は完成したのであとはパスタを茹でてサラダでも作ればいいだろう。
タラのクリームソースは和えて、ミートソースはもうパスタの上に乗っけるだけとかでもいいだろう。
さっと茹でたパスタをクリームソースのフライパンに投入。がーっと混ぜて、フライ返しで全体に馴染ませて完成。
あとはマリアが帰ってきそうな頃合いに盛り付けと……。
「ただいま~。ん~美味しそうな匂い」
帰ってきた食べること大好きな妻は早速夕飯に釣られてキッチンへ。そろそろ来るだろうと盛り付けを開始していたのだ。
「すごいなんだかお洒落ね」
「ああ。今日は料理したい気分でな。それより早く着替えてこい。冷めるぞ」
「はーい」
るんるんと楽しそうに自室に向かうマリアを横目に配膳していく。
うん、我ながら上出来だ。
味見もして確認している。
マリアも喜ぶだろう。
部屋着に着替えたマリアが席についたので俺も座る。
そして、いただきます。
「ミートソースも脂っぽくなくて美味しいしクリームソースも魚と相性良くて美味しいわ。おかわりはある?」
「あるけど食べ過ぎるなよ」
「分かってるけど……美味しいから食べちゃう」
てへ、と舌を小さく出して微笑む彼女は子供のようだ。
まあ、美味しいと言われるとやはり嬉しくなるものなので食べ過ぎも少し許してやろう。
そうしてあっという間に食べ終えて……。
「さて、やるか……」
キッチンに再び立つ。
モチベーションはさっきと違って低い。
料理をするモチベーションは高かったが……洗い物をするモチベーションは低いのだ。
もしも、料理あるあるを言えと言われたのなら俺は真っ先に「想像以上に洗い物が面倒くさい」と答えるだろう。
しかし、まあ……美味しい美味しいと言って食べるマリアを見れたからよしとしよう。