確かこの時はまだつぐみ√の予定でした。
Side:氷川暁斗
時刻は朝4時。まだ誰もが寝静まっているこの時間。スマホのアラームがけたたましく鳴り響く。その音で氷川暁斗は目を覚ました。
伸びをして全身に血液を巡らせ、意識を覚醒させていく。
布団から出て、顔を洗い、制服に着替えて家から出る。
現在時刻は4時30分。登校するにはあまりにも早い時間だ。
無論行き先は高校ではない。
やまぶきベーカリー……商店街の入り口付近に位置するパン屋だ
。
いつものように材料を倉庫から運び出し、店の清掃。出来上がったパンを店に並べる。淀みなく作業を進めていく。我ながら大分手慣れた物だと思う。単純に前より筋力が上がったのもあると思うが。
開店に向け作業を進めていくこと約2時間、時刻は6時30分。
この店の看板娘が姿を現した。
茶髪にポニーテール。制服の上からエプロン。
名は山吹沙綾。山吹家の長女でお姉さんだ。
「おはよう沙綾。それと、誕生日おめでとう」
「おはよ。そういえば誕生日だっけ。忘れてた」
千紘さんと純と紗南は沙綾と顔を合わせたら真っ先に言うだろうし、これは照れ隠しに違いあるまい。
まあ、とりあえずそれに合わせるとしますか。
「あれ? じゃあもしかしてプレゼント要らない感じ?」
「えー? ひどいなーお姉ちゃんはそんな子に育てた覚えはないぞ?」
確かに俺は早生まれだから年上で間違いないんだけどさ……まあいいや、ある種姉みたいなもんだし。
「別に育てられた覚えもないけどな。とりあえず後で渡すわ」
そもそも鞄の中だから今渡せない。
「へ……本当に用意してくれたの?」
アホ面晒してそんなに驚くことだろうか? 去年も用意したし、なんならAfterglowのみんなとあこと燐さんとはぐみにも何かしら贈ったぞ?
「去年も写真立てあげたじゃん」
お手製だからクオリティは低かったけども。
「……そうだった。ありがと」
そんなことを話しながら食卓へ向かう。
今日の朝食は鮭の塩焼き、わかめと豆腐の味噌汁、白米、お新香•••見事な和食だ。鮭とお新香の程よい塩気が白米に合う。
相変わらず千紘さんと沙綾の作るご飯は美味しい。一応俺もこのぐらいのものなら用意出来るが、流石に2人には敵わない。やはり味噌汁で差が出てしまう。現に俺の味噌汁は純と紗南には割と不評だったりする。
「「ご馳走様でした」」
朝食を食べ終え、2人で学校までの道のりを歩く。沙綾が文化祭の実行委員になったこともあり、自然と話題は文化祭にシフトした。
「喫茶店?」
「そう。喫茶店。ベタだよね」
なんというか花女は女子校だし男子のリピート率が高そうだな。流石に俺は1人で入る勇気はないから行かないけど。
「変に挑戦するよりはいいだろ。香澄のことだからてっきり『キラキラでドキドキしたものがいい!』とか言ってまとまらないまま直前までいくんじゃないかと思ってたし」
「あはは言ってた言ってた。ところで喫茶店っていったら?」
「紅茶とコーヒー」
「普通だね。他には?」
「サンドイッチとかの軽食。パスタ、オムライス、カレー」
「それ全部つぐの家のことじゃない?」
「そこしか行ったことないんだから仕方ないじゃん?」
「まあね……ところで暁斗は全部作れるよね?」
……なんだ? なんかとてつもなく嫌な予感がする。
「一応作れるけど、どうした?」
作れるとはいえ沙綾の方が上手いだろ。
「……女装しようか?」
まさか厨房に入れと言いたいのか?
「嫌に決まってんだろ。ていうか普通にバレるわ!」
もうちょっと肩幅とか体格の差を考えて欲しい。
「厨房ならお客さんにはバレないよ?」
「いーやーでーす! それに女子高生が作るから価値あるんじゃないですかね? 野郎が作ったって知られたら詐欺で訴えられるんじゃない?」
朝っぱらからアホなやり取りだが、男の尊厳を守るためにもなんとか説得しなければならない。
「•••折角女装させるチャンスだと思ったのになー」
時折わかってて悪ノリするの辞めてください。あとなんで残念そうなんですかね……?
「一生そんな機会はないから安心しろ」
朝っぱらからなんつー不毛な会話してるんだ? そのせいでプレゼント渡すの忘れそうになってたわ
「沙綾。大した物じゃないけど、プレゼント」
「うん。ありがと。でも何でここで渡すの?」
「忘れてた」
別に沙綾の家で何となく気恥ずかしかったからとかじゃないし。
「えー……開けていい?」
「いいけど遅刻するぞ?」
沙綾はさっきから何でニヤついてるんだ?
「はいはい。じゃあまた後でね」
なんか私わかってますよみたいな雰囲気醸し出してて無性に腹が立ってきた。
「うん。また後で」
今日は沙綾の家でお祝いらしい。
純と紗南が張り切ってた。きっと間違いなくグダグタになるがそれもまた一興だろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
side:山吹沙綾
午前6時。いつものように目覚まし時計が鳴り響く。その音で目が覚めた。目一杯伸びをして身体を起こす。制服に着替えて下へ降りる。
「おはよう沙綾。誕生日おめでとう」
「「おめでとー!」」
顔を合わせたらすぐだった。今日はちゃんと純と紗南も起きていて、私に対して「誕生日おめでとう」って言ってくれた。
シスコン、ブラコンが入ってるかもしれないけど、とっても嬉しく思う。
お母さんが朝ごはんを作っているのを手伝い、2人を呼びに行く。1人は私のお父さん。
……もう1人は朝限定の家族だ。名前は氷川暁斗。私と同い年の男の子。
「おはよう沙綾。それと、誕生日おめでとう」
家族とは違ってなんか照れてしまう。
咄嗟に誤魔化したがどうやらお見通しらしい。けれど、そのままスルーして会話を続けてくれるようだ。
正直プレゼントなんてないと思ってたから驚いた。よく考えたら去年も貰ったし私も今年プレゼントを贈ってる。特に不思議なことがないことに今更気がついた。
朝ごはんを食べて、学校へ向かう。道中の話題は文化祭のことだ。
「•••女装しようか?」
人手は足りないのは本当だし暁斗が料理できるのは本当だが、暁斗とはそういった学校行事を一緒にやったことがないのだ。羽丘にあったから私とはぐみだけ仲間外れなのだ。流石に女装は冗談だけど、一緒に文化祭をやるって点では有りかもしれない。
「嫌にきまってんだろ。てか普通にバレるわ!」
確かにこの2年でかなり背も伸びたし大きくなった。初めて会った時なんて私とほぼ変わらないぐらいだったのに、いつの間にか大分大きくなった。
ほぼ一年近く私の方が年上なのに、なんだかそんな気があまりしない。
「沙綾。大したものじゃないけど、プレゼント」
唐突だった。別に気にはしないけど、もう少し場所と雰囲気を選んで欲しかったと思う。女心というやつだ。
「うん。ありがと。でもなんでここで渡すの?」
私の家で良かったのではないか?
「忘れてた」
……いや、嘘だ。大方うちの家族の前で渡すのが恥ずかしかった。とかだろう。こう
いう所は少し子供っぽいと思う。それに気づいてますよーと笑いながら、開けていいか尋ねる。
「いいけど遅刻するぞ?」
多分嘘は言ってないけどこれも照れ隠しだ。可笑しくて笑ってしまう。2年前の暁斗からは想像のつかないぐらい人間らしい機敏で笑ってしまう。
「はいはい。じゃあまた後で」
どうも今日は家族がお祝いしてくれるらしい。純と紗南は大丈夫なのだろうか? だが祝ってくれること自体がとても嬉しいものだ。
そのまま学校へ歩を進める。できれば今日は早く学校が終わって欲しいと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Side:氷川暁斗
昼休みの食堂。いつものように自分はやまぶきベーカリーのパンを齧る。今日はAfterglowの全員がここにいる。
「沙綾の誕生日って今日だろ? 暁斗は何用意したんだ?」
「そんな大したもんじゃないぞ? ヘアアクセだし。巴は?」
「私は膝掛け。つぐは?」
法被とか腹巻とかだったらどうしようかと思ってた。
「私おすすめの入浴剤だよ」
つぐは割と予想通りで安心した。あことはぐみは大丈夫なんだろうか?
「私は売り上げで貢献〜パン食べる〜」
「いつも通りじゃん」
蘭がばっさり切り捨てた。全くもってその通りである。
「普段より多めに買うから大丈夫〜」
「•••言っとくけど俺は金出さないぞ?」
「え〜なんでわかったの〜」
流石に冗談だよな?
「ところでさ、暁斗って沙綾ちゃんと仲良いよね。どうして?」
「あっ私も聞こうと思ってた」
蘭とひまりが素朴な疑問を口にした。
「まあ、隠すことじゃないしいいか。俺と沙綾が初めて会ったのは、2年前の今日だ──」
だからきっとそれは俺にとってもある意味で特別な日なのかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Side:山吹沙綾
プレゼントの中身はシンプルなデザインのシュシュだった。そこまで派手じゃないから普段使い出来そうで、色も私好みだった。おまけにそこまで高そうじゃないから気後れしないで済む。中々ちょうどいい塩梅のプレゼントだった。早速使っている。
昼休みになりいつもの場所で皆でご飯を食べる。
「あれ? さーやそのシュシュどうしたの?」
む? 香澄は意外と目敏いね
「あはは•••誕生日ってことで貰ったんだ」
「ええっ!? さーや誕生日だったの? 有咲知ってた?」
「いや知るわけねーじゃん」
「おめでとう沙綾ちゃん……ごめんね何も用意してない」
「おめでとう。私はハンバーグがいいな」
おたえは誕生日会のメニューの話かな?
「教えてなかったし、皆気を使わなくていいよ」
「ところでそのシュシュ誰から貰ったの?」
「暁斗だよ?」
確か皆顔は知ってるはず。
「前から聞こうと思ってたけど、沙綾とあっ君ってどんな関係なの?」
香澄が目を輝かせながら聞いてくる。そんな大した関係じゃないんだけどな。
「どんなって店に手伝いに来る人とその店の娘だよ?」
「えー? 絶対それ以上に仲良いよ!」
「でもその割には山吹さんと氷川さんって仲良いような•••」
「それ以上•••そうなの沙綾ちゃん?」
「どっちがご主人なの?」
香澄と市ヶ谷さんはまだいい。なぜ牛込さんは頰を赤らめてる。後花園さんはよくわからない。
「いや本当にそれ以上何もないよ。2年の付き合いではあるけどさ」
「有咲、どう思う?」
「とりあえず2年間の話聞いてみて考えよう」
「馴れ初めだね」
「な、馴れ初め!? はぁ•••」
何か4人でこそこそしてる•••仲間外れは良くない。
「沙綾! あっ君との馴れ初め教えて!!」
「な、馴れ初め!? 別に面白くないよ?」
「いーから!」
「……もう。しょうがないなぁ•••確か初めて会ったのは2年前の今日だったかな」
それは確かに私にとっては特別な日だったと言える。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Side:氷川暁斗
今から2年前の5月19日
赤髪の少女に連れられて、1人の少年がやまぶきベーカリーにやってきた。
「さて、お前に紹介したいやつがここにいるんだ」
「別に興味ないんだけど」
正直鬱陶しくて仕方ない。何が悲しくてこんな所にいなくちゃならないのか。半ば無理矢理ここに連れて来られてイライラしている。時間なんてないのに。
「まあまあそう言わずに。友達は多いほうがいいぞ?」
要らない。そんなものに割く余力なんか俺にはない
「余計なお世話だ。もう帰っていいか?」
「ダメ。お〜い! 沙綾ー」
どうやら沙綾とかいうやつに会わせる気らしい。特に興味ないし、一目見たら帰ってしまおう。
「いらっしゃいませー•••って巴か」
なんというかいかにもお姉さんしてそうな人が出てきた。鬱陶しそうだし全力で帰りたい。
「おっす沙綾。誕生日おめでとう。例のやつ連れてきた」
どうやらこの人が件の沙綾らしい。店の名前を考えると山吹沙綾ってところか?
「そっか……この子が今日からうちで働く子?」
働く? は? なにそれ聞いてない
「ちょい待て。それ何の話だ」
「え? 巴何も言わずに連れてきたの?」
理不尽ここに極まれりだ。
「おい。せめて説明しろよ」
説明を聞いた所によると俺はここに手伝いに行くことになったらしい。何勝手に決めてるんだこいつ……まあ、正直家に帰らなくていいのは助かるのは事実だ。
まだ中学生だから賃金は貰えないから、現物支給になる。どうせ親は俺に飯を作らないだろうしこれは有難い。精々利用させてもらうことにする。
これが俺と沙綾の出会いだった。
……まあ、初めはこんな感じだったけど、今はやまぶきベーカリーにかなり愛着あるし、本当に色々してくれたから今があると思ってるし、実際はすごい感謝してる。
……本人には絶対言えないけど、何かしらの形で返すつもりだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Side:山吹沙綾
第一印象は確か「幽霊みたい」。だったと思う。
生きてるはずなのにそれを感じさせないほど薄い気配と淀んだ目。
なんというか、ほっとけないって思った。危うすぎる。
巴が連れて来たその子は氷川暁斗というらしい。年は私たちと同じ。
巴に聞いた話だと大分精神的に参っているらしい。その気晴らしと彼の家からの避難も兼ねてウチで働くことになったらしい。私は詳しくは知らないけれど、ひどい家族がいたものだと思う。
ともかくこうして暁斗はうちに来るようになった。
仕事に関しては可もなく不可もなくといった感じだった。特段上手という訳でも下手でもない。無難な印象を受ける。でも自己評価は恐ろしく低かった。ここまで自分自身に関して否定的なのは何かあったのだろうか。
気づいたら放っておけずにはいられなかった。色々世話を焼いたし、話をしたと思う。初めは相当鬱陶しがられたけど、受け答え自体はしてくれていたし根はそこまで悪い子じゃない。中身は相当捻くれてたけど。
半年ほどしたら、目を合わせて話を聞いてくれるようになった。多分根負けしたんだろう。この時ぐらいから彼は少しずつ人間らしくなっていったと思う。冗談や軽口も言うようになったし、彼自身のことも少しずつ話してくれるようになった。想像以上に熾烈な家庭環境で驚いたのを覚えている。もうこの頃には暁斗なしの生活は考えられなくなっていたんだろう。そのぐらい私の生活に馴染んでいた。
そして彼と会って一年が経った去年の5/19。プレゼントを貰った。
なんというかあの捻くれ者がこんなものくれるなんてお姉さんは嬉しいぞ。って感じだった。贈られた写真立ては正直なことを言うと見た目はありふれていたし地味だったけど、くれたこと自体が嬉しかったと思う。
この時ぐらいから気づかぬうちに私の中で彼の存在はとても大きくなっていたのだろう。
それを実感したのはCHiSPAの一件があった時だった。皆私に気を遣うのだ。私が不幸みたいな言い方をする。
正直やめて欲しかった。家族と一緒にいることのどこが不幸なのか。何も知らないなら黙ってて欲しい。そう思ってたし、両親もかなり申し訳なさそうにしているのが嫌だった。
でも、暁斗だけは何も変わらずに接してくれていたし、私の好きにさせてくれていた。無理するな、可哀想などと一度も言わずに側にいてくれた。
今にして思えば多分相当気を遣ってたんだろうとは思う。私が気にするってわかってたから今まで通りのままを選んでいてくれたのも分かってるけど、当時はそれが一番嬉しかったし心の救いになっていたと思う。
だからとっても感謝してるし。そういう優しいところは本当にありがたいと思ってる。
•••本人には絶対に言わないけどね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「•••大体こんなものかな」
少し長くなったけどさわりは話せたと思う。流石に2年の全部を香澄たちに話すのは無理だ。他にも一緒に買い物行ったり、お母さんから料理教わったり色々あるけど割愛する。
「「「「……」」」」
「な、なんで皆黙ってるの?」
「いや、思ってたより仲良いなぁ〜って」
「そうかな?」
「てか仲良すぎじゃね?」
「そうかな? 弟みたいなものだよ?」
うん。ある意味で純より手がかかる弟みたいな存在だ。
「うん。やっぱり兎だ」
「……さて、湿っぽい話はこれぐらいにして、文化祭の話しよっか」
今日の花園さんは本当に謎だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
放課後になった。来週からは文化祭の準備が本格的に始まる。次この時間に帰るのは文化祭が終わってからになるだろう。
帰り道見慣れた人影がある。暁斗だ。
「やっほ。今帰り?」
「このまま沙綾の家に直行」
「今日さ、暁斗のこと聞かれたよ。どういう知り合い方したのかって」
「沙綾もか? 俺も蘭とひまりに聞かれた」
「何それ? おかしいね」
「巴とつぐもプレゼント用意してるってさ」
「やったね」
取り留めの無い会話をして歩く。何気なく続けているけど、私はこの時間が割と好きだ。日常って感じがする。
もうじき家に着く。その前に1つ言っておきたいことがある。
「ねぇ……」
「ん?」
「えっと……その、ありがとう」
「あっ……もしかしてプレゼントか? ……付けてくれてたのか。ごめん、全然気づかなかった」
「いや、そうじゃなくて……色々と」
何か急に恥ずかしくなってきた。
「よくわからないけど、どういたしまして?」
ちょっと言えなかったけど、まあいいや。よく考えたら「今まで一緒にいてくれてありがとう」って普通に恥ずかしい。
「あっ……そうだ」
暁斗が急に振り返って私に告げる。
「なに?」
「沙綾、これからもよろしく」
「……うん。よろしく」
時々こっちの考えてること読んでるんじゃないかって思う時がある。
でも流石に全部は読みきれなかったみたいだ。
──今日は君と出会えた日。だからプレゼントより君自身が今の日常を続けて、私と一緒にいてくれることが本当は何より嬉しい贈り物なんだ。
……素面じゃ言えたもんじゃないから絶対に本人には言わないけどね?
やっぱりおたえの伏線回収してないんだよね・・・二期ドリやる?