氷川姉妹に弟がいたら_番外編   作:タクティくす

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本来はこっちが本編。
流石にアカンと自重して路線変更したんだぜ?


弦巻こころ誕生日記念: 君の笑顔のために〜Amantes amentes

──まず感じたのは寂寞。求めしものは触れ合い。みんな誰もが私を除け者にして楽しそう。羨ましい。わたしも仲間に入れて欲しい。

 

──だから願う。あたしがみんなの輪に入れる世界を。誰もあたしを拒絶しない明日を創造しよう。

 

────誰も傷つかない素敵なセカイ。それはきっと素晴らしいことのはずだから

 

もうひとりぼっちは嫌だ。暗く寂しくて物悲しい。

あたしは貴方ほど強くないから。

だからお願いそばにいて。あたしの下へ堕ちてきて。

 

独りにしないで。

 

 

 

 

 

 

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空間に荒い息遣いと水音だけが響いている。

そこにいるのは1組の男女。この瞬間、お互いのことしか目に入らず、二人だけの異世界が形成されている。

 

お互いに剥き出しでぶつかり合う。裸の心で触れ合い溶かし合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減おねんねしろよ! 男の俺よりタフとかこえーんだよ」

 

「……ッッ! だったら、あたしと一緒に……!」

 

逃がさない。あたしは貴方を逃がさない。1人になんかしない。そう言わんばかりに彼女は地を這うように駆ける。そのまま全体重をかけた突貫を開始する。

いい加減決着がついて欲しい。でないとお互いに……

 

「.ギ.ッガッ! .『世界を笑顔に』か? 笑わせんなよ……ッァァ! ……いつまでもメルヘンぶっこいてんじゃねーよ!」

 

彼はその突撃を避けもせず受け、ズタボロになりながらカウンターの一発。それを受けた両者共に既に死に体、虫の息だ。

共に肩で息をして、今にも倒れそうなのに、目はまるで死んでいない。もうずっと同じことを繰り返している。このままじゃ二人とも……

 

 

早く止めなきゃいけないのに、黒服の人が通してくれない。

何度お願いしても「こころ様の意思です」の一点張り。冷たい。こころがどうなってもいいのか。と言うと唇を噛み締めながら、苦渋の決断を下したと目に見える顔をしながらこう言うのだ。

 

「これがこころ様が心から望んだことですから」

 

冗談じゃない。泣きそうになりながら代わりに血の涙を流して、暁斗に殴りかかっているこの状況をあの弦巻こころが望んでいたと言うのか? 

 

「はい。こころ様が氷川様と相見えた時から、心の奥底で望んでいたことです」

 

────なんで、なんでこんなことになっているのだろう。どうしてこんな悲しいことをこの2人はしているのだろうか。

 

 

 

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今から数年前、桜散る季節にある出会いがあった。それは1人の少女の運命の歯車が廻り出すきっかけであり、1人の少年の滅びの幕開けとも言うべきやもしれぬ邂逅だった。

 

少女は一人ぼっちだった。

理由は至極簡単で残酷なもの。「普通じゃないから」要約するとその一点に限る。家は途轍もないお金持ちで、英才教育を施され、彼女本人も抜群の天才であり、温室育ち。満貫どころか役満クラスの厄ネタが揃い踏みだった。

だから誰もが遠ざけた。理解するのを拒んだ。酷い話のように思えるが、これらありふれた人間の視点で考えれば至極ごもっともで当たり前の話だ。

 

圧倒的な才と財を持つ弦巻こころと並み居る凡人では見える世界がまるで異なる。当然それは周囲との大きなズレとなり、未知を生む。恐怖は未知から生まれるものだ。わからないから怖いのだ。

誰が好き好んで正体不明、理解不能の怪物に近づこうとするのか。何を考えているのかわからない。何をするかわからない。なまじ財力や権力があるために、逆らったら何をされるかわからない。

 

未知というバイアスが弦巻こころという存在を周りから遠ざける。君主危うきに近寄らず、というように危険な道には関わらない方が安全だし、知ろうとする労力を消費しないから暮らす上で効率がいい。

効率を追い求めるのは人間だけの話ではなく、より多くの日光を受けようと葉を広げる植物や、餌への最短経路を学習する粘菌。その他ありとあらゆる生物に備わった本能故に抗うことは難しい。

 

だから、弦巻こころは一人ぼっちだった。厳密には黒服の人もいたし、両親も愛していたから独りではない。だが、対等な関係の人間は誰一人としていなかった。

 

 

 

今日も一人で寂しく公園で佇んでいる。なにかをするでもない。ただベンチに座り込んで時が過ぎ去るのを待っている。人という集団との関わりを避けて通ることは出来ない以上それは一生涯続くのかと思われた。

 

 

自身と同じでいて真反対。今も昔も変わらない無謬でありながら矛盾だらけの閃光と出会ったあの日までは。

 

 

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少年は一人ぼっちだった。理由はこちらも至極簡単で残酷なもの。「それを誰も咎めないから」要約するとその一点。

 

集団を纏めるのに1番効率的な方法はなんだろうか。色々なものがあるだろうが、「共通の目的」ではないだろうか? そして、その中でも特に人が協力し合うのは快楽を求める時だ。

お喋りや遊びなど様々なものがあるが、それはさておき、学校生活というものは多大なストレスが存在する。

それは集団がある以上決して避けようがない事態だ。それを解消するために様々な措置が取られるが、効果が必ずあるとは言えない。

 

だが、一つあるのだ。最も度し難く、それでありながら効果的な方法が。それは共通の敵を作ること。学校という集団においてわかりやすい存在が俗に言う「いじめ」である。

 

悲しいことにこれは集団をまとめる上で実に効果的だ。協力しなければ次の標的になるのは自分であるという恐怖からもよし。支配欲や征服欲、暴力による快楽によるストレス解消を求める心からでもよし。

1人の人間を犠牲にすることで多くの人間が救われる。合理性だけで考えるなら、寧ろ取り入れるべきとも言えるのかもしれない。

 

だが、倫理という概念があり、一人一人平等と謳われている以上リスクはある。社会的抹殺という尋常ではないリスクが一応の抑止力として存在する。

 

 

しかし、少年.氷川暁斗のそれに抑止力は皆無だった。

親は寧ろそれを歓迎したのだ。

暁斗が痛めつけられることそのものではない。暁斗が惨めになればなるほど、追い込まれれば追い込まれるほど、姉である紗夜の輝きが増す。

 

ああはなりたくないという恐怖心が紗夜を煽り続ける。それは暁斗本来の存在意義、姉の踏み台として鑑みれば止めさせるなど無粋な真似はするはずもないだろう。

 

親が寧ろ協力するとなればもう誰も助けなどしない。子どもが何を言ったところで所詮は子どもの戯言。SOSなど有って無いようなものである。故に誰にも止められない。

 

ただ、暁斗の感性は常軌を逸したものであった為、さほど堪えなかった。

何処吹く風でまるで意味を成さなかった。何をしても無反応かつ無言で仕返しを始めるので、段々遠巻きにされ、ハブられるようになっていった。

やがて姉の出来損ない。劣化品であるという事実を突きつける。その一点のみに移っていった。

 

 

故に彼は独りぼっちだった。

 

少女とはまた別の、敵だらけの孤軍奮闘の歴史を背負いながら地を這うように生きながらえてきた。

 

そんな彼は何の気なしに公園へと足を運んだ。ただの気まぐれ。意味などない.その筈だったが、運命は動き出していた。

 

そこで少年はどこまでも自分と似ているようで違う少女と邂逅を果たした。けれど少年は変わらない。どうしようもない渇望を抱きながらそれでも人として生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

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まるで誘蛾灯に引き寄せられた蛾のように吸い寄せられた。今にして思えば、もはや運命。無意識のうちに破滅を願った、俺自身の自壊衝動の表れだったのかもしれない。

 

 

普段なら()()()()()()()()などどうでもいいのに、何故か気になった。こいつはどうして一人でいるのだろうか? 随分辛気臭い顔をしているが、容姿は紛れもなく上の上。髪質や服装からして、恐らく金持ちだろうと判断できる。俺とは異なり、明らかな勝ち組要素満載なのに、どうしてこんなところでこんなに辛気臭い顔をしているのだろうか? 

 

 

だから問いを投げた。

 

「どうして一人なの?」

 

少女はこちらを一瞥し、少し戸惑った後にこう告げた。

 

「そっちこそどうして独りなのかしら? それと、それは?」

 

視線は手元の胡散臭いパンフレット。どうやら宗教の勧誘とでも思われたようだ。

 

「入り口で配っていたのを押し付けられた。読むか?」

 

ふるふると横は首を振る。当たり前だ。誰がこんな胡散臭いもの信じるってか。

 

「笑う門には福来る」「辛い時こそ笑え」「信ずるものは救われる」

 

おおよそそんなな内容だった。理屈は理解できるが納得は出来そうにない。自分の気の持ち様が変わろうが周囲の環境に対する見方が変化するだけで周囲の環境そのものが変化するわけじゃない。

 

俺の場合は、努力でどうにかなりそうでいて絶対にならない。

解決方法は至極シンプルだ。姉より上の性能を得ればいい。ただそれだけ、たったそれだけなのに、だからこそどうしようもない。

 

何故ならそれを目指す「努力」そのものが足枷だから。あの超速理解と記憶力、再現力を前に努力をするということは、自分はそれ以下の性能だと自己紹介することに変わりはない。

 

俺個人の物の捉えようではなく、周囲の大多数がそう告げている以上、俺独りの見方だけ変わっても意味がない。「お前がそう思うのならそうなのだろう。お前の中ではな」この一言で片付けられてしまう。

 

 

「『自分が変われば世界が変わる』そんなうまい話があったら今頃世の中はグッチャグッチャだよ。世界が変わったからそれに合わせて変化する。の方がよっぽどマシだ」

 

理不尽な現実を己が渇望で塗り替える。そんな不条理が罷り通る世の中なんざ人でありながら人でないただの獣の群れ.いや、獣以下の畜生だけしかいない地獄だろう。そんなもの誰が望むものか。アホくさい。

 

幻想に縋る暇があったら前を向こう。夢想する気力を理想と現実の差にどうにか折り合いをつけてやり繰りしていくことに充てよう。その方がよっぽど真っ当だし、生きているとはこういうことだろう。

 

 

 

 

「そうだわ! そうね。そうすれば良かったのね!」

 

少女の目には決意が宿り、顔つきは晴れやかだ。特別何かをした覚えはないけれど、まあいいか。

 

 

 

この日はまさに運命の日。「世界を笑顔に」そのフレーズが生まれ落ちた。その瞬間の出来事である。

 

 

 

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数年後、彼らは再び相見えた。高校生となった暁斗がアルバイト先を探している途中で。半ば誘拐とも言える再会だった。

あの陰鬱な少女は影も形もない。天真爛漫、その言葉が擬人化したような存在だ。

 

氷川暁斗には何の縁も無いはずなのに、「世界を笑顔に!」なんて御伽噺に関わる余地も気力も無いはずなのに、非日常など要らないと思っていたはずなのに、訳も分からず引き寄せられた。

 

そこで多くの出来事があったのだが、ここでは割愛する。いま過程を語る必要はない。大事なのはいまこの瞬間である。

 

 

両者は激突した。後に奥沢美咲は「暁斗を笑顔にするためにこころが選んだのがコレ」と証言していたが理由は今でも定かではない。

 

 

 

 

 

 

 

既にもう何十何百と続いた拳の応酬。両者ともに既に意地と勘のみでその場に立ち、お互いを壊していく。

 

「なんでっ、お前はいつもッ」

 

突然何の前触れもなく飛び出すのか、こころに腹を殴られ会話が中断したが意図は過不足なく伝わった。

 

「そんなの暁斗が、いつまでも立ち止まっているからに決まってるじゃない!」

 

暁斗は行けるのに飛び出そうとしないだろう。いつまで日常にへばりついているんだ。叩き起こすぞ。と

 

 

会話は成立する。言葉ではなく拳で。互いを傷つけ、壊しながら、慟哭の代わりに打撃音と血の滴る音を響かせて。

 

「大体暁斗はいつももどかしいのよッ! いつも飽きもせず同じことを繰り返して、そこがどんな場所かも知った上で……! ずっと前から思ってたわ! “普通じゃないって”」

 

俺が今いる環境は確かに良いとは言えないが、別に……普通の範疇だろうに。少なくともこのイカれたお嬢様ほどではないだろう。

 

「なんでそんな暁斗が普通の日常? を過ごせるのか不思議でしょうがなかったわ」

 

俗に言う“アタマおかしい”ってやつだろう。

 

一層攻撃に激しさが増す。今まで溜め込んでいた本音が、心情が止めどなく堰を切って溢れ出す。

 

 

「……こっちだってずっと前から思ってたんだよ。なんでお前みたいな非常識の塊じみた破天荒キャラが俺の近くにいるんだって」

 

 

「なんでこんな……どうかしてる奴がいるんだって。俺割と普通だぞ? どこにでもいるような人間なのに、どうしてお前みたいなアッパーが俺に構ってくるんだって」

 

天真爛漫で能天気な顔で厄介ごとばかり起こすトラブルメーカーで。

いつも決まって美咲や俺にそれを放り投げてきて。

 

「……笑顔が欲しいなら一人でしこしこ勝手にやってろ。俺を巻き込むんじゃねえッ」

 

殴り合う殴り合う殴り合う。

手の骨は軋み、皮は擦り剥けている。破れた皮膚から返り血が飛んでくるが、それでも止まらない止められない。

 

お互い破壊し尽くすまで。共に内から湧き出る焦燥感に突き動かされている。

 

「嫌だったらどこかに行けば良いのに、いつでも暁斗はあたしのこと待ってたじゃない。まるでそれを期待しているみたいだったわ?」

 

 

「……誰がお前なんか待つかッ!」

 

「待ってたわよッ! いっつも興味がないフリだけしても見え見えなのよ」

 

規則やルールなんて物ともせず、いつも無茶苦茶なことをして、俺を参加せざるを得ないような状況にして引っ掻き回していたこのお嬢様は一体何をほざきやがっているのでしょうか。

 

でもムカつくことにこころの言う通りで何故か拒むことは出来なかった。それこそこころの言う通り期待しているみたいで……

 

そんな思考を振り払うように、叩きつける。

 

「うるせーよ笑顔キチ。他人を笑顔にしなきゃ自分が幸せを感じられない腰抜けのクセに」

 

「.ッ」

 

更に苛烈さを増す。まるでその先を言わせないと言わんばかりだ。

 

だが、止まらない。

殴られた程度では止まらない。

そっちが散々言ったんだからこっちだって前から思ってたことを言わせてもらおう。

 

 

「『世界を笑顔に』ってそう言うことだよな? 周りが笑顔になると嬉しいとか何とか言ってるけど、結局のところ……」

 

寂しさや孤独の裏返し。人に楽しさを提供して、自分も仲間に入れて欲しい。そんな悲しいものでしかないだろう。

 

世界が変われば自分が変わる。他者に利を与えることで、自身の存在を許容して欲しい。という欲求からくるものだ。

 

だから……

 

 

「お前は逃げたんだよ。現実から。『間違っているのは世界の方だ』って駄々こねてるのと変わらない」

 

ハロー、ハッピーワールド! というバンドを経て偶々いい方向に向かっただけで本質はそれだろう。

 

身も蓋もない言い方になるが、結局こころの自己満足の域を出ない。

 

こころが言うように俺が狂ったように日常に生きているなら、こいつはその日常から逃げている。

 

大なり小なり世の中を変える奴はそうだろうが、自分の楽しさ、価値観が正しい、だからそれに従え。と押し付けている。

 

「……ッ! そっちだっていつまでもうじうじして同じこと繰り返してるじゃない」

 

「見ててどうにかしなきゃって思った。どうにかしなきゃ……ッ」

 

ここに来て今までで最大の威力の一撃。側頭部を全力でぶん殴られて視界がぐらつく。

 

「あたしがあたしでいられなくなるから.! いい加減折れてちょうだい」

 

……嗚呼。なるほど。さっきから妙に焦っていたのはそれか。屁理屈を並べてでもこいつを否定したいと思ったのは。

 

────俺もこいつ同じだ

 

こいつがこのままでいたら自分自身がどうなるかわからない。不安で不安で仕方ない。だから折れろよ。折れてくれよと希う。

 

いい加減認めろよと互いの主張は更に熱を帯びていく。殴る。殴る。殴る。お互いを否定し続ける。

 

これは互いの尊厳を賭けたぶつかり合い。お互いがお互いであるために相手を破壊せんと打撃音と声にならない咆哮を上げる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……なるほど、つまり暁斗とこころは似た者同士。ということだろうね」

 

今私たちは黒服さんに拘束されて見守ることしかできない。今すぐに止めに行かないと2人とも死んじゃうかもしれないのに、ただ見ていることしかできない。

 

そんな中で薫さんが突拍子もないことを言い出した。

 

「似てる? どの辺りが似てますかね?」

 

正反対に見える。男と女という当たり前の認識に加えて常識と非常識。という意味でまるで逆だろう。

 

「2人とも根底にあるのは『孤独』なんだよ。それとの付き合い方が違うだけさ」

 

片やそれもまた自分だから仕方がないと受け入れ、汚泥に身を浸してでも人として生きている。片やそれを変えるために遍く全てに降り注ぐ光となった。

 

 

なるほど、確かにひとりぼっちへのアプローチが違う。

 

 

「だからお互いの在り方が許容できない。認められない。だから否定する。それは決して嫌いだからなどではない。本当は内心で気づかぬうちに認めている。その道を羨んですらいる。

 

暁斗は世界を変える勇気を持てず、己を変容させることで適応した。

こころは現実を受け入れる勇気を持てず、世界を変えようとした。

 

彼らにとってお互いがかつて己が切り捨てた選択肢で理想の残骸。

その体現者が目の前にいる。

 

『お前の選択は間違いだった』『お前は逃げたんだよ』と互いの存在がそれを突きつける。だから、それが堪らなく目障りなんだ」

 

違うからこそ認めたくない。認められない。自分が歩んできた道が間違いだったと言わせない。2人とも同じことを主張し、ぶつかり合っている。

 

 

どちらも間違っていない。譲れない。妥協の余地などどこにもない。ならば、残された手段は一つしかないだろう。力づくで屈服させる他あるまい。

 

 

 

「あの2人は今、互いを傷つけ壊しながら、お互いの心情を信条をぶつけ合っている」

 

 

 

「彼らは今語り合っているんだよ。

かつてないほど激しく、凄絶に。

君をこう見ていた。こう感じていたのだと事細やかに叫んでいる。

相手にわかってもらう為に、わからせてやる為に、わからせる為に」

 

そこに虚飾はない。剥き出しの裸の感情だけが存在する。

 

.相変わらず薫さんは婉曲的だ。でもなんとなくわかった気がする。

 

 

 

 

「今あの2人は未だかつてないほどに愛し合っているんだよ」

 

 

 

そう.今2人は、自分を相手に受け入れさせたいと願い続けている。それはお互いの生き方を眩しいと感じた上で否定し、自らの色に染め上げる。

 

自分のところへ堕ちてこいと叫び続ける破壊の愛。狂おしいほどに身を焦がす愛の唄に他ならない。

 

なら、この2人はどうしようもないほどに……

 

「もう勝手にしてよ……バカ」

 

それは3バカの1人に向けてのものなのか、或いは……そこから先は考えるのはやめて、今はこの2人の行く末を見物することにしよう。

 

後で盛大に文句言ってやろうと心に決めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

思いっきり殴られ、お返しに一発かます。

 

 

そんなやりとりをもう何度繰り返したかは覚えていない。

 

多分腕や肋骨は折れてるし、左腕は関節が外れた。血は足りてないし、もう視界はぼやけてて輪郭ぐらいしかわからないし、平衡感覚も大分イかれてる。

 

正直立っているのもやっとだ。

さっきから殴られまくって激痛が走ってるのにどこか現実味のない白昼夢のように感じている。

 

向こうも似たようなもんだと思うけど、あいつ女なのになんであんなにタフなんだ? 

 

鼻っ柱を折られた。血が気管に入ってむせ返りそうだ。たたらを踏んだ直後にエルボーをお返しする。

 

 

お互いに素面じゃ言えないようなことを言い合ってる。殴るのと同時に腹の底から湧き出る声を押さえつけずに張り上げていく。

 

こいつは訳もわからない理屈で非日常を生きていて、すげーと思った。けれど、所詮他人関わりなんてないはずなのに、こころが俺を引っ掻き回してくるのは嫌いだったのに拒めなかった。

 

でも、流石にここまでのやり取りでなんとなく気づいたよ。

 

こいつは俺の裏側の願望を写し取ったかのような存在だ。平穏でいい。クソみたいな現実で生きていく。そう決めたけれど、やっぱり幻想を現状の打破への願いを捨て切ることはできなくて……あいつはそれを汲み取ったかのように行動してくる。

 

ある意味で俺の深層心理。俺自身の破滅願望の具現。だから訳もわからず惹きつけられたし拒めなかった。

 

それに、もう認める他ない。自分に嘘はつけそうにない。

 

ここまで意地張った理由は紛れもなく、弦巻こころに己の歩んできた道のりを否定されたくなかったから、認めて欲しかったから、認めさせたかったから。他の誰かじゃない。

 

自分と同じでありながら別の道を選んだお前だけには否定されたくない。

 

多分ずっとそう思っていたんだ。

 

お前にだけは認めて欲しかったんだと思う。俺を見て欲しかったんだと思う。だからこそ、こころの在り方を許容できない。真反対だから。こころを認めるってことは俺を否定することに他ならないから。

 

それは多分向こうも同じで.互いを認めるということは自分自身の足取りを否定することそのものだった。

 

 

だから、いい加減認めろよ。意固地になってんじゃねーぞ……なんて、きっと向こうもそう思ってるんだろうな。

 

 

「やべーわ。立ってるのも辛い。もう限界だわ。多分……」

 

「ええ。私もだわ……これが」

 

最後だろう。だからその前に.

 

 

「こころ、俺さ……お前のことが羨ましかったんだ。周りに何かを与えて、世界を変えられるお前が」

 

結局俺も逃げていた。世の中そんなもんだと諦めていたから.

 

「ええ。あたしもだわ。1人で生きていける強さが羨ましかった」

 

あたしも現実から逃げていた。間違っているのは世界の方だと、周りが悪いんだ。って自分の正しさを押し付けていたから……

 

 

それがわかったからこそ認められない。掴むことことのできなかった選択肢、過ぎ去りし過去の残滓。それが目の前にいることが許容できない。だというのに……

 

 

「なんだろう。ボロボロになってるのにこんなこと言うのも変だけどさ.……今スッゲー楽しいよ。生きてるって感じがする」

 

口から漏れ出た言葉は感謝。今この瞬間だけはお前と同じところにいる気がしたから。

でも、それは多分俺が無意識のうちにこころの生き方を受け入れてしまったことと同義で……

 

 

 

「……ええ。とっても素敵な笑顔よ!」

 

 

 

────俺の負けを意味するものだった。

 

 

恐らくトドメ用に温存していた切り札だろう。乾坤一擲とは言い難い、確実に意識を刈り取ることを狙いとした鳩尾への全力パンチの衝撃を最後に俺の記憶は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

────目に入った景色は白一色。直後に全身に駆け巡った耐え難き激痛。あの時はアドレナリンがドバドバ出てたけど、今は一歩も動ける気がしない。

 

最後に覚えてる記憶だと、指の骨が見えていた気がする。

 

……俺、負けたよ。女の子相手に殴り合いで。

情けないとしか言えないかな。でも、どこかスッキリしたような気がする。問題があるとしたら……

 

「氷川様。お目覚めになりましたね」

 

これからどう責任を取るのかなんだけど、正直何も考えてなかった。

まあ最後にいい気分になれたし東京湾に沈めるなり何なりしておくれ。元々死にたがりだしな。

 

「……いえ。そうはいきません。貴方には一生涯をかけてこころ様に償って頂きます」

 

「……ですよねー。具体的には? 給料なしの奴隷とかですか?」

 

「まだわかりません。全てはこころ様が決めることですから」

 

「じゃあ行きましょうか……イタタタ」

 

全神経を動員して身体をどうにか動かす。痛みは気合いと根性で抑え込む。

 

とりあえず謝らなきゃだよな。こころに何要求されるかは分からないけど、なるべく早めに清算したい。

 

 

こころが入院した個室の前に到着した。多分相当怒られるんだろうな。

 

特に美咲とか。はぐみは泣きそうだし。松原先輩は……怒るだろうな。あの人意外と言うべきときは言う人だし。薫さんは……よくわからない。それもまた儚い……とか言いそう。

 

意を決して扉を開ける。見るからに俺のいた病室と内装の質が違う。

 

「あら、やっと来たわね」

 

「そりゃお前にボコすか殴られたからな。まだ全身痛いんだよ」

 

腕どころか肋骨も折れてたし、膝も割れていたし、全身打撲のれっきとした重傷だ。たかが半日程度でどうにか動けるようになったんだからむしろ褒めて欲しいぐらいなんだが。

 

「あら、あたしもだわ! お揃いね!」

 

……間違ってはいないけど何かが盛大に間違っている気がする。というかこころの方が圧倒的に軽傷なんだが.本当に人間なのかこいつ。

なんか拍子抜けというか、完全に謝るタイミング逃したな。

 

「ところでこころさんや、私めはどうなさるおつもりで?」

 

とりあえず先に罰を受けるとしよう。一生涯費やして慰謝料払うとかそんな感じだろうか? 

 

「……こっちに来て」

「なんで?」

「いいから」

 

とりあえずこころに近寄り、ベッド横の椅子に座ろうとしたその刹那。急速に引っ張られた。

突如反転する視界。すぐ目の前にはこころの顔。

どうやらマウントポジションを取られたようだ。喧嘩の続きだろうか? 抜け出さなきゃまずいのに全身に激痛が走っていてそれどころじゃない。

 

……大好きよ、だからそばにいて

 

……ん? よく聞こえなかったぞ? 喧嘩して、こころが勝ったんだから素直に従おう。

 

「敗者は勝者に従うべきだろ。構わんよ」

 

「……ええ! これからはずっと一緒よ! 逃がさないわ!」

 

まあ、大人になってもハロハピの活動は続けていくのかもしれないし、そういうことだろう。そうに違いない。だから誰か黒服さんが懐に手を突っ込んでるのは気のせいだと言って欲しい。

 

なんでかはわからないけど絶対チャカぶっ放す気だよこの人たち……

 

 

「とりあえずさ、まず退いてくれない? 乗られると体のあちこちが痛い」

 

ひとまず身の危険から脱したい。

 

「あら、それは良くないわね」

 

素直に言うことを聞いてくれて助かr「ねえ……何してるの?」

 

たしかに誰か気のせいって言ってとは思ったけども……見るからにお怒りな様子の方は遠慮したかったな。

 

「人が心配して来てみれば、あんた達は……!」

 

「ちょい待ちちょい待て奥沢さんや。なんで顔赤いの? 見るからにボコられる寸前だと思うんですけど……」

 

「は?」

 

「もしかして……ムッツリ?」

 

まさか俺たちが病室でしっぽりやらかしてるなんて考えるわけないよね? 

 

そもそも黒服さんがいる前では無理だろう。まず間違いなくぶっ殺される。

 

 

「あら? いらっしゃい美咲! 今暁斗があたし達とずっと一緒にいるって約束してくれたの」

 

「ああ.うん。やっほこころ。……え? ずっと……ってアンタそれでいいの?」

 

「……敗者に人権なしだよ。それに……」

 

黒服さんに目を向ける。「断ったら何されるかわかったもんじゃない」と無言のアイコンタクトで伝える。

 

「……納得」

 

「ご理解頂けたようで恐悦至極であります」

 

「それで、2人とも怪我はどう?」

 

「俺は割と重傷。あばらとか手足折れてるし、こころは……「病院って退屈ね! 今すぐ走りたい気分だわ!」ご覧の通りピンピンしてますよ」

 

この差は一体なんなんだ? 

 

 

「美咲! 次のライブの作戦会議よ! ──勿論、暁斗も一緒よ?」

 

「……はいはい。わかりましたよお姫様」

 

 

 

 

どうせこれからも珍事に巻き込まれるのは確定しているんだ。きっと楽しまなきゃやっていられないだろう。

 

これから先のことを考えると頭が痛いけど、きっとこころが頭おかしいことやらかして、いつのまにか楽しくなっていると思うと、さほど悪いことではないだろう。

 

まあ、本当のところはこころとずっと一緒にいるっていうのも悪くないかな……なんて思い始めているような気もするが……

 

 

────さあ、世界を笑顔にしましょう! 

 

今は敗者らしく、約束を守る形で彼女の御伽噺に付き合うことにしようと思う。

 

 

 




こころんまじ暁斗の■■■■!
いやー、やっぱり殺し愛は最高やな。
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