私にとってあこちゃん──宇田川あこはヒーローだった。
私と出会ってくれたあの日から、全てを変えてくれた私だけのかっこいいヒーロー。
内の殻に閉じこもった私を、外の世界へ引っ張ってくれる人。
いつでもカッコいいことを追い求めていて、時々ちょっと語彙力が足りなくて言葉に詰まっているところはとても微笑ましくて、いつだって自分の目指すカッコいいにひたむきで一生懸命。
そして、あこちゃんが手繰り寄せてくれた出会いがもう一つある。
始まりは唐突なものだったけど、あの日から.いや、もしかしたらこの出会いの時から、君はあんな終わりを迎えるってわかっていたんじゃないかって。今はそんな気がしてならないんだ。
実はとても脆くて、それでいながらとっても弱い人で、それでも誰よりも強さを持った優しい人。あこちゃんや湊さんみたいにカッコいいわけではないし、引っ張ってくれるわけではないけれど、見守ってくれていて、困ったことがあったら助けてくれた人。
でも、とっても自罰的で破滅的で危うい人だったことに何処かで勘付いていながらも、理解することはできなかった。
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出会いの季節は春と言うけれど、実際に初めて会ったのは太陽がアスファルトを焦がし、身を削ってくる夏のある日のことだった。
確か、あこちゃんと二人でNFOのコラボグッズを買いに行って、そのままあこちゃんの家にお邪魔した時に、彼はそこにいた。
「おかえり」
黒い髪に翡翠色の瞳。ある種の非現実的な雰囲気を漂わせた不思議。氷のように冷たく、太陽のように暖かい。そんな矛盾めいた何かを秘めた不思議な瞳だった。
「ただいま! おねーちゃんは?」
「『あこが心配だから迎えにいく』ってさっき出てったよ」
「え〜!? もう、おねーちゃんってば.」
「とりあえずあこから電話して呼び戻しておいて。もうすぐ夕飯できるから」
「はーい」
それがあまりにも自然な会話と思えたから、てっきりあこちゃんにはお兄さんもいるのだと勘違いをしてしまった。
「あこちゃん……お兄さんと仲良いいんだね」
「「え?」」
「え?」
「……違いますよ?」
「? 違うよりんりん」
「……//」
出会いは私の恥ずかしい勘違いから始まった。
件の男の人は「氷川暁斗」という名前らしい。あこちゃんのお姉さん.巴さんにお呼ばれしていたとのこと。
「ただいまー! あこー帰ったぞー」
「おかえりー。アッキーがご飯できたから手を洗って早く来いだって」
「りょーかい」
あれ? なんで家族じゃない人が夕飯作っているんだろう? いや、そんなことよりも一家団欒を邪魔しちゃ悪いし帰らなくちゃ.
「じゃあ.私はこれで。また後でね……あこちゃん」
「え? 一緒に食べようよ」
「いや……でも、迷惑だろうし……」
「そんなことないよ! ね? アッキー」
「まあ、明日も食べられるように多めに作ったし、いいんじゃない? 勿論家の都合とかもあるだろうけど」
「さすがアッキー! ほら、りんりんも一緒に食べよ!」
「う、うん。じゃあ……ご馳走になります」
ご好意に甘えることにした。出された料理は肉じゃがと味噌汁と小松菜のおひたしだった。
程よく味の染みたホクホクのジャガイモでご飯が進む。おひたしも小松菜の食感が心地よい。
「ご馳走様でした……美味しかったです」
「本当に料理上手くなったよなー」
「お粗末様でした。初めて作ったけど、思ったより上手くできてよかった」
「おかわり!」
「おー食え食え。早く大きくなるんだぞー」
「む? あこはちんちくりんじゃないもん!」
「そうだぞ!」
「そーだそーだ! 言ってやれおねーちゃん!」
「あこは今のままが1番可愛いだろ! いい加減にしろ」
あこちゃんはかっこいいと思うんだけどな……
「……食べる。おかわり」
「……おう。なんかごめんな?」
「いいよ、別に。おねーちゃんなんか知らない!」
「そんな〜あこ〜」
……あこちゃんは今のままでいいと思います。
それはともかく、本当に仲が良くて家族みたいだ。よくよく見ればあまり似ていないことはわかるけど、あこちゃんは彼にかなり懐いているようだ。ちょっと妬けちゃうような気がする。
そんな楽しい食卓を囲んでいるうちに、
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気がついたら隣にいた。あこちゃんと外へ出かける時は大抵一緒だった。なんでも『巴があこのことを心配しすぎてうるさいから』という理由でお目付役になっていたらしい。
あこちゃんは少し地図を読むのが苦手で、私は人混みが苦手だ。そんな凹凹コンビがいろんなところへ足を運べたのは暁斗くんの存在が大きかった。道の外側を歩いていたり、満員電車では壁になってくれていたり、はぐれないように手を引いてくれた背中は、とても頼もしく思えた。
「あっ……そういえばりんりんさんの名前って」
「え……白金燐子だけど……忘れちゃったの?」
流石にショックだ。長い付き合いではないけれど、何回か3人でお出かけだってしてるのに……
「いや、あこがずっとりんりんって呼ぶんで、実は名前を聞いたことがなくて……」
たしかに最初の失態が恥ずかしくて名前を言うタイミングが無かったけど……ちょっと傷ついた。
「じゃあ、これからは『白金さん』って呼b「え?」え?」
は?
「なんで……名字なの?」
距離ができたみたいで嫌だ。あこちゃんの次ぐらいには仲良しだと思っていたから尚更だ。
「え? あー……その、恥ずかしいし」
なんか思ったより可愛い理由でちょっとだけ安心した。けど、少しだけわがままを言わせてもらおうと思う。
「ダメ?」
多分涙目になってるかも。
「ちょっと……そんな悲しそうな顔しないでくださいよー……わかりました。えっと……燐子さん?」
……悪くない。少し赤くなって照れてるところも素晴らしい。なんか背筋がゾクゾクする。まるでイケナイことをさせているような気分になってきてしまった。
「えっと……りんりんさん、大丈夫ですか? 顔赤いですけど」
「へ? ……ああ、ごめんなさい。大丈夫です」
「やっぱ名前だと恥ずかしいですよね? うーん」
決してそういうことではないんだけど、訂正したら変な人って思われちゃうから言えない。
「じゃあ、燐さんで。これならこれまでとそこまで変わらないし恥ずかしくないかな」
ちょっと物足りないけど、この辺りで妥協しよう。『燐子』に近くなったことを今は素直に喜ぶべきだろう。
そんな一幕。
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「「ハッピーバースデーりんりん(さん)!!」」
パンパンとクラッカーが鳴り響く。普段は嗅ぐことがない火薬のツンとした匂いが非日常感を演出している。
「ありがとう……とっても嬉しいよ」
「少しぼーっとしてましたけど、何かありましたか?」
「ううん……昔のことを思い出してただけ」
そう、なんてことはないけれど、無性に胸からこみ上げてくるこの想いはきっと感謝、なのだろう。
ささやかな日常を相棒であるあこちゃんと、後ろで見守ってくれている暁斗くんと共に過ごせているこのかけがえのない現実を。二人に出会えたことに感謝している。
「じゃあ、早く食べよう! あこお腹ペコペコ〜」
「せめて乾杯しよっか。ささ燐さんお注ぎしますよ」
「ありがと……」
「コップは持ったね? じゃあ、せーの!」
「「「かんぱーい!」」」
その後も楽しく過ごした。いつまでもこんな日々が続けば良い。ずっとそう思っていた。
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月日は流れ、あこちゃんは中3に、暁斗くんは高校生になった。暁斗くんは特待で合格することで、どうにか高校に通えているギリギリの状態だったらしい。たしかに受験に向けてよく勉強しているとは思っていたけれど、そんな事情があるような素振りは何一つ見せなかったから驚きだ。
確かに無闇矢鱈に他人に言うことでは無いかもしれないけど、勉強なら私が見てあげたのに.
ともかく暁斗くんもアルバイトを始めて、新生活が始まった。
始まりが突然なら終わりもまた突然だった。春は出会いと別れの季節と言うが……嗚呼、なるほど確かに出会い、そして別れたのかもしれない。
あこちゃんに連れられ、湊さん、今井さん、そして氷川紗夜さんと出会った。
その引き換えに暁斗くんは遠くへ行ってしまった。
お姉さんがいて、あまり良い関係ではないことは知っていた。ただ、それがあの氷川さんだとは思っていなかったというだけの話。
臆病な私が、彼自身が話したがらないことに踏み込まなかった結果だ。
連絡しても簡素な返事か、返信がないことが殆どになっていく。
『俺のことは気にせず、姉さんと仲良くしてください。きっと貴女にとって実りあるものになるはずですから』
多分ここに全てが詰まってる。詳しくはわからないけれど、氷川さん達との確執が私たちの間に溝を作ってしまった。
そして、私やあこちゃんは、暁斗くんが自身の詳細を打ち明けてくれるほどは信頼されていなかったということも、わかってしまった。
ねえ、もし私が行かないでと伝えたら貴方は待っていてくれた? 暁斗くんやあこちゃんと楽しく過ごしたい。Roseliaも続けたい。そんな我儘を君に伝えたら、君はどんな顔をしていたのだろう?
そんなありもしないifを問いかける声に応える者は存在せず、静寂が答えを物語っていた。
暁斗の内面を考えると番外編って悍ましいことこの上ないですね