ゆるゆる書きたいなぁと。
【1】喧騒極まれり
喧騒が聞こえる。
目の前には遠く伸びる廊下。
左側には窓張りの部屋が並び、右側にはこれまた中庭が覗ける窓が並ぶ。
今は講義の最中なので、響くのは教師の淡々とした声や、生徒が答える声が時折聞こえる程度の筈なのだが‥。
遠くを見やり、耳を澄ますと、一番奥の部屋がこの騒がしさの原因のようだ。
‥着く前から気分が悪くなってしまった。
彼女が目指している場所もそこなのだ。
「もう着きますよ。あの教室です」
「‥はい」
「緊張、してますか?」
続く会話に、下にやっていた目を上へと向ける。
目の前に金髪の長髪が見える。
持ち主はこれまた長身の教師、シズナ・ミナモト。
学園長室で妖精の様な学園長が、自分へ教室までの案内役としてつけてくれたのだ。
学園長はコノエモン・コノエというそうなのだが、何故か後頭部が異様に伸びている。
‥あれが東洋の妖怪なのか?
彼女は妖怪なんぞ見たこともなかったがあれが噂のそれなのかと思ってしまった。
自分も中々人外じみた連中ばかり見てきたがあんなのは初めて見た。
あんた、本当に人間?と訊きたくなった。
「‥多少は」
「えぇ、そうかもしれないわね。けど、大丈夫よ」
「はぁ」
「きっとそんなことしていられなくなるわ♡」
どうにも言い方に含みがある様に聞こえる。
緊張する暇もないということか、すぐに慣れるということなのか。
‥せめて後者であって欲しい。
目的地に辿り着く。
一層増した喧騒が耳に障るが、慣れるしかない。
元々は騒がしさが極まった様な場所にいたのだ。
いつも通り過ごしていればいい。
全ては、自分の役目を果たす為。
全ては、自分の現実を取り戻す為。
部屋の中から声が聞こえる。
嗄れた声だが、どこか懐かしい記憶が呼び覚まされる。
『さあ皆、席について。今日はお待ちかねの、転校生がくる日だ』
たった二言だが、部屋の中の熱気は格段に盛り上がっている。
‥おい、良いのかそんなので。
こちとらただの細身のメガネ女子一人だぞ。
見た目はさほど悪くないとは思うが肩透かし喰らうのが目に見えてるぞお前ら。
『さぁ、どうぞ入って』
「さ、いきましょう」
ミナモトに背中を支えられ、部屋の中へと入る。
ここから始まる。
ただの入室動作と、今から述べる自己紹介の文を思い出すだけの2つが、妙に気合が入ってしまったのは気のせいだと思いたい。
転校生がやってくる。
その知らせが1-Aに届いたのは昨日のことだ。
クラスメイトの皆は大いに驚いた。
まず時期だ。
今は1年生の9月。夏休みが終わってすぐのことだ。
中等部となり、難易度が上がった授業に慣れて、学園祭を通してお互いのことを知って、仲良くなった。
学校に慣れるという時期を、その転校生は蔑ろにしているということになる。
そして、彼女が来る国だ。
転校生は国外からの転校らしい。
それ自体は珍しいことではない。
何せうちのクラスには‥。
ちらりと周囲を見渡して、中々だと溜息を吐く。
中国から二人、フランス?から一人、各国を転々としているがプエルトリコから一人、出身地不明が一人、はたまた秘境と呼べそうな山奥から一人、妙に小さい二人、さらには人と呼んで良いのかロボット一人。
あまり気にしていなかったがもしかしてこのクラスは色物クラスなのだろうか?
そしてそこの委員長である自分は?
結成されてから半年しか経ってないクラスだが、既にかなり苦労している。
個性がそれぞれ突き抜けていて、意見をまとめるのも一苦労なのだ。
それでも、私は委員長なのですから。
気を心身に漲らせ、未だ説明を続ける高畑先生の方を向く。
私が皆をまとめないと!
尚、親睦を深める為だからと転校生への入室トラップを仕掛けるのを、明石裕奈や鳴滝風香、鳴滝史伽に押されて止められていない時点で既にまとめられていない。
それでも彼女、雪広あやかはめげない。
めげないったらめげない。
がらり、教室の扉が開く。
きた!
皆が一斉に扉の方を見る。
すぐに扉の向こう側に立っていた少女に目がついた。
身長も体型も普通くらいだろうか。
しかしクラスメイトで目が肥えてるから彼女たちは気がついてないが、スタイルはかなり良い。
私と同じくらいの背かしらねーと、神楽坂明日菜は思う。
バストサイズは詳しく調べないとわからないけどトップ5を揺るがすほどではないかなーと、妖しく目を光らせる朝倉和美。
メガネキター!とこれまた目を光らせる早乙女ハルナ。
あれ?とすぐに気がついたのは1-Aでも聡い数名だ。
外国からの転校生と聞いていたが、違うのだろうか?
扉の向こうに立つ眼鏡の転校生は、明らかに日本人だった。
一歩、踏み出す。
しかし、事前にガラリとドアを大きく開けた為トラップその一・黒板消し落としが外れる。
ありゃ、とまずは拍子抜け。
いやいやいや!まだ紐トラップとその先のバケツ、更に上から撃たれるスッポンが‥!と悪い顔を浮かべた明石裕奈。
紐トラップ!
‥またいだ。
バケツが鎮座している!
‥転校生は歩きながら不思議そうに見つめている。
紐トラップその2!
‥またまたいだ。
すっぽん!
‥紐トラップその2に触れてない為作動しない。
あるぇーと頭を傾げる悪戯犯たち。
だが、それよりも驚いている人物が二人いた。
そのうちの1人である桜咲刹那は、嫌疑の目で入室してきた人物を見ていた。
目の前に落ちてきた白が被った黒い物体。あれは黒板消しだ。
更に教室に張られていた紐二本。
何故かマットが敷かれていてその上に鎮座するバケツ。
‥なんですかこれと黒板の前にいる髭面眼鏡の先生に目を向ける。
苦笑いしかしない。
「さあ、皆に転校生を紹介しよう!」
おい無視すんな。
「自己紹介、できるかい」
溜息をつきたくなってしまった。
「‥チサメ・ハセガ‥じゃなかった。長谷川千雨です。よろしくお願いします」
無愛想な顔でどこか不満そうに自己紹介する転校生。
1-Aの31人目の生徒。
長谷川千雨である。
********************
「転校生が私たちのクラスに?」
「うむ」
多少の驚きが篭った声が学園長室に響いた。
今その場にいるのは常駐する麻帆良学園学園長・近衛近右衛門、教員兼京都神鳴流剣士・葛葉刀子、同門且つ1-A生徒および魔法生徒・桜崎刹那、同じく1-A・春日美空の4人。
刹那及び美空が学園長室に呼ばれた形になる。
尚、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルもいてもおかしくない…というか呼ばれたのだが彼女はいない。
サボタージュだ。
「しかし、私たちが呼ばれたということは‥裏の気配があるということでしょうか?」
(ゲ、マジか)
もしくは、すでに裏の人間であるということが確定しているのか。
転校生を魔法生徒に加えるのであれば既にここにいてもおかしくはない。
だが、現状いないということは今のところ学園側の人間ではないのだ。
ここまで頭を回して、美空はあからさまに顔を顰めた。
面倒事はごめんだ。
平和に学園を卒業するという平凡で、本人としてはかなり大きな目標がある。
「うむ。どちらかというと気配がある‥といったところかの」
「‥と、いいますと」
美空とは反対に刹那は積極的に話を進める。
彼女の目的は西の令嬢、近衛木乃香の護衛。
お嬢様の安全を脅かす者がいれば斬る。
彼女はそれが出来て、尚且つ実行する。
「ふむ‥刀子くん」
「はい。転校生の名は長谷川千雨。アメリカからの転校です」
「? ハセガワ‥日本人、ですか?」
「ええ。どうやらアメリカで育った‥らしいのですが、これがまず怪しい。彼女は確かにアメリカにある中学校にいました。しかし、それ以前の彼女の経歴は、虚偽の可能性がありました」
「可能性‥ですか?」
「親類が一人も確かめられなかったのです」
経歴詐称。
それをする時は、何かしら誰かしらを騙す時だけだ。
「詐称って‥前の学校はどうやって入ったんスか?」
「…前の学校に入る時はちゃんと親がいたそうです。勿論、今回の転校の手続きにも親は来たそうです」
「???」
「魔法ですか」
「魔法が使われたかはわかりませんが、恐らくそれに類するものだと。しかし、それを裏付けるものを調べられていないのです」
調べられない。
時間が足りなかったというわけではないだろう。
「普通の学校ということですか」
「学校自体は魔法なんて何の関連もないものでした。つまり、前の学校は簡単に魔法かなにかで欺いたということです」
「ではこちらは‥」
「先方に虚偽の経歴があると突き跳ね返すことができんということじゃ」
「ならばこちらで処理すれば‥!」
「刹那くん」
学園長の一言を受け、冷静になる刹那。
そうだ、まだ問題は起きていない。
しかし、もし悪意がある者なら。
「今のところ少々怪しいというだけじゃ。経歴不明なら他にもおるしの」
その他にも、という者がうちのクラスにいるのが問題なのだが‥。
しかし件の人物は今の所目立った問題は起こしていない。
あの闇の福音と称される少女と関わりを持ち、彼女と協力して従者であるロボットを作り上げたくらいだ。
「ちなみに面談中、魔法による検査も秘密裏で行いました。結果は陰性。悪意は然程も検知されませんでした」
この麻帆良学園には様々な機密がある。
魔法的に権威ある書物が大量に貯蔵されている図書館島、世界樹と呼ばれる神木・蟠桃。
それらの悪用を防ぐべく、外部から入る人間、物質、はたまた人外生命体には全て魔法の検査が入る。
麻帆良学園全体に貼られた結界内では闇の者は力が抑制され、要注意人物は今回のように学園長や魔法先生に直々に見られ、その素性を確かめられるのだ。
「‥では、なぜ経歴詐称などをしたのでしょうか。隠すことなどないなら魔法を使ってでも偽ることなんて‥」
「事情があったもやもしれん。少し言葉に出さずに訊いてみたが、未知の力なんぞは呆れた表情で否定しおった。とりあえずのところは表の人間じゃ」
「けれど、貴女たちには話しておかねばならないことでしたから」
「うむ。1-Aの担任は高畑くんじゃ。勿論彼も承知しておる。なにかあったら、彼を頼れば良い」
高畑。
タカミチ・T・高畑。
凄腕の魔法先生だ。
学園内で度々起きる大学サークルの小競り合いや闘争を全てその腕で沈めてきた男。
通称デスメガネ。
本国‥魔法世界・ムンドゥス・マギクスでも有数の魔法使いなのだが、刹那と美空は知らない。
「わかりました。このことは龍宮には‥」
「勿論既に情報を提供している。彼女とは良好な関係を築いていきたいからの」
更にもう一人、名前が出る。
龍宮真名。
麻帆良学園内部に本殿がある龍宮神社の1人娘だ。
‥が、その正体は傭兵であり、銃火器の使い手である。
彼女は中等部からの編入者であり、入学してからは何度か刹那と麻帆良学園からの依頼として、魔物退治の任務や防衛任務を受けている。
しかし魔法生徒にはなっていない。
実力は自分よりも明らかに上であるが、良きクラスメートではないだろうかと刹那は思う。
「まずは現状維持。しかし、未知の力・あるいは魔法を使える者であるということ、彼女も生徒であるということを忘れないでほしい」
********************
‥とはいったものの。
入室時の歓迎トラップ(風香命名)を軽々も避けるとは…戦いの心得はありそうだ。
やはり裏の事情に絡んだ人間なのか。
ちなみにこの歓迎トラップの仕掛けは刹那も手伝った。
千雨がどの様な人間かを確かめたかったのだ。
手伝ってる最中は物珍しいという視線で皆にジロジロ見られていた。
朝のホームルームが終わり、クラスメートたちに囲まれて質問攻めにあっている千雨を見やる。
見れば見るほど普通の少女だ。
質問を一度に大量にぶつけられて疲れている様にも見える。
そんな彼女が裏の人間であるという可能性があるのだから、魔法とはやはり不思議なものだと思う。
「長谷川ってアメリカから来たってほんと!?」
「‥はい」
「敬語なんていいよー!それよりも英語ちょっと喋ってみて!」
「英語わかるのまき絵!」
「ぜんぜん!」
「流石バカピンク!」
「期待を裏切らない!」
「みんなしてひどいー!」
何だこの姦しさは!
まだ元いたとこの方がマシだ、と周りを見渡す。
30人も同世代が同じ空間にいる状況自体がはじめての千雨にとって、日本に来て初めての試練だと言える。
しかも同世代と言ってもかなりの色物揃いだ。
日本人は大抵黒髪黒目であると聞いたが、このクラスの黒髪黒目なんて2人3人くらいしかいない。
世界的に見れば背も低めで、貧相な身体が多いとか聞いていた。
実際見れば普通の背格好の少女もいるが、明らかにあんた日本人じゃないだろうと言える少女もいる。
というかめっちゃ小さいお子様3人は何だ?
いくら12,13歳でもあんなに小さいものなのか。
「千雨は武術はやらないアルか?」
「は?」
「くーちゃん誰でもくーちゃんみたいに格闘オタクじゃないよー!」
「む?」
「じゃあじゃあ!新体操はどう!?」
「うちの部では演劇をー‥」
「バスケマンに、君はなる!」
「かい⚪︎く!?」
「水泳‥どうかな」
「と、図書館探検部とかー‥」
「さんぽ部だー!!」
「みんなで学園名所総ナメだー!!」
「チアリーディング!」
「じゃ、じゃあウチもー。ウチマネージャーやけど‥」
「頼むから1人ずつ話してくれ‥それが無理なら黙ってくれ」
「要求が重くなってるよ!!」
「ほらほらあんたたち、長谷川がキツそうよーそろそろ」
「千雨さん、大丈夫ですか?貴女たち、散りなさい!」
「‥」
「どうした、刹那」
「龍宮…」
クラスの皆に圧倒されている千雨。
それを監視というよりただ見ているだけの刹那。
その視線に疑問を感じた真名が声をかけてきた。
「‥まあ、なんだ。随分普通そうな人だと思ってな。要注意人物とはとても思えん‥」
「ふっ‥」
「‥なんだ?」
「裏と関わりがあるやもしれない人間が、表の人間たちであるこのクラスメート達にかかればただの普通そうな人か。滑稽さ」
声を潜めたその会話の内容で、少しだけ安堵する刹那。
確かに、千雨はまき絵や古菲たちに圧倒されている。
それは良し悪しなどないかもしれないが、普段は彼女たち表の人間に主導権を渡す様な人物なのだ。
そのことに、千雨が表の人間には危害を加えることはないだろうと思えた。
そもそも悪意がないと魔法で判断された人物なのだ。
お嬢様にも危害を加えるとは思えない。
その後は逃げる千雨をクラス総出で追いかける鬼ごっこが起きた程度で、至極平和に一日が過ぎた。
結局、刹那の苦悩や監視は徒労に終わる。
千雨が転校してから一年、何も起きなかったのだ。
強いて言えば千雨が授業慣れしていなかったこと、日本語が結構辿々しかったこと。
あとは電子機器を見て感動していたことくらいだろうか。
1-Aに転校してから暫く経ち、転校してきたというインパクトも薄れ、隅の方で1-Aに馴染んだ千雨。
2年生に上がって出席番号も31番から25番に調整され、新しい番号にも慣れた。
そして、千雨が麻帆良学園に編入してから、初めての夏。
連絡が入った。
保護対象が増えると。
「‥は?今更?」
何と、また新しく編入してくる者がいるという。
自分に続いて二人目‥いや、正確に言えばロボットの茶々丸もそうらしいので自分が二人目で、そいつが三人目か?
しかも何と教師。
教師なのに保護対象ってなんだよ。
日課のブログ更新を終え、連絡内容を確認する。
魔法の手紙には驚きの名前が書かれていた。
ネギ・スプリングフィールド。
“彼”の息子が来る。