おかしいなー。
冗長な部分省いたりしてるんですけどね。
悪よ咲け。
泥沼より這い出てただ氷葬を踏み抜くのみ。
意などなくとも悪は成る。
そう、意はおろか武威すらなくとも、成されるもの。
********************
エヴァンジェリンとの確約を結び、カモミールと出会い。
そして、超鈴音に千雨がある申し出を終えてから数日が経っていた。
今日は大停電の日。
麻帆良学園のみならず麻帆良という都市全体が、メンテナンスの為に計画的に停電するのだ。
千雨は既に今日のための準備を終え、自室から停電に備えるべくパタパタと動く生徒たちの様子を眺めていた。
皆が明かりのない一夜を過ごす為に蝋燭や懐中電灯を持って寮へと戻ってくる。
既に時刻は夕方。
日は暮れ始めている。
先程淹れた紅茶をまた口に含む千雨。
落ち着かない。
今日は、情報通りなら戦いの日。
相手は自分にとって恐らく格上。
何を仕掛けてくるかはわからないが、今の自分がどこまでやれるか試す良い機会ではあった。
しばらく戦いから離れていたが、そのブランクを取り戻す前にやられなければいいだけのこと。
中身を飲み切ったカップを前に、もう一杯ダージリンを入れるかと動こうとした時、千雨の携帯電話が鳴る。
相手は見ずともわかる。
目もやらずに携帯電話に手を伸ばし、もう片方の手でティーバッグを取り出す。
「もしもし」
『予定通りネ』
「やっぱりやる気か」
『の、ようダ。茶々丸が学園のコンピュータ室へ侵入したヨ。侵入したとは正しくないかもネ。茶々丸は生徒で、ただ単にコンピュータ室を利用しに来ただけとも取れる』
「余計な茶化しはいらねえ。やる気なんだな?」
『うむ。既にハッキングの準備は終えているようネ。我が娘ながら中々の速さ‥どころか予想よりもさらに速い。成長したカナ』
「子供は‥親が見ないうちに勝手に育つもんさ」
まるで育てたことがあるかのようネ、と電話相手——超が言うが、そんなことはもちろん無い。
単に自分が勝手に育っただけだ。
紅茶を淹れてもう一杯飲む時間はありそうだと、薬缶からお湯を注ぐ。
その間も超の話は進む。
『準備はできてるネ?千雨サン。わたしは本日のことはどうでも良いが、依頼主の目的は達成してほしいものだからネ』
「心配ねーよ。大体、ネギが勝てばとりあえずわたしらの勝ちではあるからな‥」
『そうだ、それヨ。実際、ネギ坊主が勝つ見込みはどのくらいあるんダ?』
「ネギの魔法の腕前はわたしもよく知らねーからな。内在魔力は大人の魔法使いなんぞ比べ物にならないくらいあるが‥。それを使いこなせるなら勝機はあるはず」
『‥‥それ、もし勝ててしまたらサウザンドマスターよりも強いということにならないカナ?』
「鳶の子が鳶とは限らねーだろ?」
『少なくとも親が龍であることは確実ネ』
まあネギは龍って柄じゃねーな。
超とのくだらない問答をしていると、既に外は夕闇から夜へと姿を変えていた。
超の声に緊迫感が入る。
『麻帆良学園都市電力供給システムの停電命令を確認!』
「停電時間は?」
『1時間30分。例年通りなら5分前後終了予定時刻よりも早く終わるがネ』
「そりゃまあ早く終わったほうがいいからなあ‥」
『‥ム。茶々丸がハッキングを開始。‥おおっ、速い。世界有数の魔法都市、ここ麻帆良学園の学園結界をこうもあっさりト。予備システムとはいえ‥‥』
「泣くなよ面倒だから」
『わたしも血も涙もない、科学に魂を売った悪魔だとは思てたが‥それ以上の魔王様がここにいたネ』
誰が魔王だ、と眉をしかめる。
魔王というのは、例えば高い塔の上で、黒衣に包まれて街の景観を見下ろしているような奴のことを言う。
そう、例えばエヴァンジェリンのような。
「‥出てきたな」
『うむ。学園結界の影響は一時的に免れたようネ。魔力の上昇を確認。‥面白いネ、まるで別人ヨ。これでもまだ全盛期とはいかないらしいガ』
「なるほど。そりゃわけわかんねーわ」
視界には入らなかったが、エヴァンジェリンの魔力を感じる。
普段とは別物の魔力の濃さと大きさだが、闇の眷属特有の暗さがある。
学園結界をその身が逃れても、まだ肝心の登校地獄の呪いが残っている。
それも今夜ネギにエヴァンジェリンが勝ってしまえば終わるかもしれない。
エヴァンジェリンは本気でネギと、そして千雨を倒しにくるだろう。
「あのアマ‥‥流石にネギにあのまま向かったりしねーよな?」
『うーん。女子供を手にかけたという記録はないガ‥‥。本人は何ト?』
「曖昧な感じだったが‥少なくとも、今のマクダウェルに見習い魔法使いが勝てるとは思えないな」
『ネギ坊主はパートナーも結局作らなかた。オコジョくんに色々唆されたようだがナ』
ネギはやはり生徒に迷惑をかけるべきではない、と考えているらしい。
確かに間違いではない。
エヴァンジェリンがどう思っているはわからないが、ネギからしてみれば教師が生徒に指導を行おうとしている、その延長なのかもしれない。
それに生徒の手を借りるとは確かに変だ。
「‥そろそろ出る。お前もバックアップ頼むぜ、超」
『これで貸し一つネ』
「アホ、お前が最初マクダウェルにわたしの情報流したんだろーが。それをわたしが帳消しにしてやるっつってんだよ、ありがたく思え」
『ハハハ、やはり甘く見てはくれないカ』
「お前、今回のことが終わったら洗いざらい吐いてもらうからな?」
『ヤー、何のことだか‥‥。‥‥ム、いかんネ。エヴァンジェリンが誰かを傀儡にして動かしているようダ』
「!! ‥吸血被害に遭った奴らか」
『恐らく、ネギ坊主に関わりのある者を選ぶはず‥』
「佐々木か。止めに出る」
『待つネ、それは流石に過保護すぎる。暫く様子を‥』
「バカ、ネギが生徒に手を出せるわけねーだろ!しかも操られてるやつだぞ!」
既に戦闘服を着ていた千雨は、赤のローブを上から纏う。
戦闘用のレザーブーツに履き替え、窓から飛び出した千雨。
周囲を見渡しても、人影はない。
普段なら魔法オヤジや魔法生徒たちが人知れず巡回しているはずだが、彼ら彼女らは、学園結界の効果が弱まっている(茶々丸のせいで実際はなくなっている)今、学園結界の外側で防衛任務に当たっている。
つまり、エヴァンジェリンの行動を見咎める者がいないのだ。
『だが、いきなり手を出してしまうと学園の意向に反するのではないカ?ネギ坊主の命がかかてるわけでもなし、まずは様子見ネ』
「‥とりあえず、すぐ近くには行く。お前は工作の準備を進めてろ」
『了解。‥‥またく、過保護な親はどちらかネ』
「‥切る」
ちょ、待つネなんて言葉が聞こえていたが、無視をしてそのまま通話を終了する。
うるさいエセ中国人め、と毒づきながら携帯電話をしまった。
既に戦闘用にスイッチは切り替えてあった。
今度は前回よりも深く入れ込む。
平素に戻ることはあと二時間程度はないだろう。
ひとまずエヴァンジェリンの魔力と思われる方向へ行く。
場所は‥大浴場だろうか?
何でそんなとこいるんだアイツ。
中へ入ると流石にバレるであろうので、建物に入らず影に座り込んで時を待つ。
戦いの時を。
暫く待つと、白い小動物が脇目も振らずに小道を走り去るのを目撃する。
ネギの使い魔であるカモだ。
(‥‥ネギは、どこだ?ていうかカモミールが向かってるのは‥女子寮の方じゃねーかあれ?)
カモに声をかけようと立ち上がるが、エヴァンジェリンとは別の魔力が立ち上がるのを感じる。
立て続けにガラスが割れる音。
始まった。
前回のような成り行きで始まった小競り合いとは違う、エヴァンジェリンもネギも、お互いの目的の為に本気で戦う魔法合戦。
エヴァンジェリンと茶々丸、他二人と、それに少し遅れる形でネギが飛び出していく。
残る二人が何故かまき絵と裕奈だったが、ともかくついていく千雨。
ネギがエヴァンジェリンに命を取られたりしないか、まき絵たちが危険な目にあったりしないか。
そんな建前を頭の中で並べて、本音を押し殺していく。
今すぐにでもエヴァンジェリンに掛り、闘争へと身を投げたいなどと。
********************
停電開始から既に1時間以上が経過している。
超はある地下室からデスクトップを使い、茶々丸と同様に学園結界の予備システムに入り込んでいた。
「‥ふむ。これなら予想よりもやはり早く停電は終わりそうネ。麻帆良の人員は優秀ということカナ」
恐らくエヴァンジェリンたちも停電終了時刻は把握しているだろう。
それよりも戦いが早く終わるならそれで良いと思っているのかもしれない。
しかし、戦いがもう一つ起こるなら時間は足りない。
超は、その為に工作の準備を終えていた。
千雨から頼まれた、戦いの準備ともいえることを。
麻帆良の電力は、発電所や契約した電力会社から得ているが、それを一度大きな配電所に集約している。
そこから一般家庭や公共施設、魔法使いたちの施設等にも供給されている。
つまり、学園結界が電力で賄われている部分がある以上、配電所にその電力供給線があるということになる。
そこをどうにかしてしまえば、学園結界は戻らない。
それが千雨の見立て。
『ほんの三十分でいい。わたしに時間をよこせ、超。エヴァンジェリンとケリを着ける』
エヴァンジェリンに千雨の情報を流してしまった代わりに、千雨の頼みを一つ聞く。
それがあの日、超が飲んだ千雨の要求。
「人使いが荒い人ダ‥‥。工作がバレないように工作役はネズミに扮したネズミ型遠隔操作ロボットを用意しなくてはならなかったし、学園結界の予備システムに入り込むのも‥見つからないように入らなければならなかったからネ。中々面倒ヨ」
明らかに労力で言えばエヴァンジェリンの時よりも多い。
だが、これを機に千雨とそれなりの関係を築けるだろう。
本当はエヴァンジェリンにも手を貸して欲しいと企んだことだったが、エヴァンジェリンはほとんど世捨て人の状態である。
超に手を貸してくれるなどということは起きないだろう。
「‥そろそろ時間、ネ。見せてもらおう、長谷川千雨。救世の英雄と謳われた、
********************
エヴァンジェリンとネギの戦いは、パートナーも入り乱れる魔法使いの戦いへと変貌していた。
まき絵と裕奈を早々に気絶させ、エヴァンジェリンと茶々丸の二人を相手取っていたネギ。
健闘し、一度は二人を捕らえたものの、エヴァンジェリンは念入りに戦いの準備を進めていたのだろう。
ネギの罠を抜け出し、今度はエヴァンジェリンがネギを追い詰める。
その際千雨は飛び出しそうになってしまったが、それよりもほんの少し早く明日菜が駆けつけた為、なんとか抑え込む。
カモが明日菜を呼んだらしい。
そして、ネギと明日菜は仮契約を結ぶ。
千雨は、それを止めなかった。
明日菜に魔法を教えるべきではない。
少なくとも、諸々の判断ができるようになる18までは。
けれど、千雨は止めなかった。
既に明日菜が魔法を知ってしまっていたというのもあるが、明日菜はネギを助けると言った。
何も知らないのに、明日菜が力になれるかなどわからないのに。
なのに。
(‥お前が羨ましいよ、神楽坂。わたしはそれを言ってから、びびって8年は力をつけるのに専念したからな)
ネギが雷の暴風を放ち、エヴァンジェリンは闇の吹雪を撃つ。
雷と風が荒れ狂う。
闇と氷が飲み込まんとする。
もう決着の時だ。
「‥準備、いいか?」
『既に工作は終えたヨ。戦える時間は延びたネ、エヴァンジェリンの』
「了解。じゃあ、あとは撤収しておいてくれ」
『また明日ネ。あ、ちなみに戦いは見ているからナ、期待しているヨ』
「覗き魔め」
通話が切れる。
組んでいた足を伸ばし、立ち上がる。
レザーブーツの重い足音が響き、戦いの場へと歩を進ませる。
視界内の雷の暴風が突然膨れ上がり、闇の吹雪を押し戻していっていた。
ネギの魔力がオーバードライブしたようだ。
「‥いくか」
その歩く姿は、歴戦の戦士。
また一つ、戦場に火が灯る。
********************
自身はネギとの攻防に満足してしまったのかもしれない。
魔力と魔力が災害として形を成す光景を見ながら、エヴァンジェリンは思う。
ネギは実際よくやった。
自ら闘うことを決め、一人でエヴァンジェリンに挑み、吸血鬼化で傀儡となったクラスメイトたちを抑え込み、エヴァンジェリンと茶々丸を一度は捕らえた。
さしものエヴァンジェリンとてナギとの一戦で得た教訓がなければ、そこで今宵の戦いは終わっていた。
そもそもナギとの因縁がなければネギと戦うことにはなっていないが。
今一度、ネギと彼を助けに駆けつけた神楽坂明日菜を見やる。
明日菜は茶々丸と戦っているが、何故か拳ではなくデコピンだ。
明日菜は一度エヴァンジェリンの魔法障壁をなんらかの形で抜き、エヴァンジェリンに物理的ダメージを与えていた。
茶々丸には心してかかる様言ったが、お互いに相手を傷つけたくはないようだ。
しかし、ネギとエヴァンジェリンは違う。
少なくとも魔法で相手を打ち負かさんとしているのは事実。
ああ、なんてことはない。
ただの負かしあいなのに。
どうしてこうも胸が高鳴るのか。
自分の目的は、この忌々しい呪いを解くだけなのに。
何故。
目の前の少年に、懐かしさを感じているのか。
ましてや好感など。
「う、ううっ‥!」
ネギの力む声に呼ばれた気がした。
ハッと前を見ると、ネギがくしゃみをするところだった。
場違いな光景に、一瞬気が抜けそうになるが、いきなり手元の魔力による圧力が大きくなる。
慌てて魔力を込めようとするも、その時には既にエヴァンジェリンは轟く雷風の奔流に呑みこまれていた。
迸る光に明日菜と茶々丸は戦いの手を止め、カモはグッと小さな拳を握る。
「兄貴の
「ね、ネギーっ!?」
「‥マスター」
ネギは、肩で息をしながらエヴァンジェリンがいた方向の空中を見やる。
今のは間違いなく打ち勝った。
怪我をさせてないかなどと少し心配するネギだが、そもそもエヴァンジェリンが不死であることを知らない。
魔法障壁と雷風が生み出した煙が晴れ、衣服が吹き飛び、端麗な顔を歪ませたエヴァンジェリンが現れる。
当然だが無傷だ。
「え、エヴァンジェリンさん裸!?ご、ごめんなさい!!」
「やったぜ兄貴!あのエヴァンジェリンに打ち勝ったぜ!?すげえよ!!」
「ふん‥‥やるじゃないか坊や」
余裕を見せようとしているのかなんとか笑おうとしているが、裸に剥かれたもので顔が赤い。
「だが、まだ勝負は着いていないぞ‥!」
まだ折れないどころか士気をあげ、魔力が氷雪となって漏れ出るエヴァンジェリン。
ネギもまた顔を引き締め、魔力が不足している倦怠感に抗いながら毅然と立つ。
しかし、ネギの肩の上に乗ったカモは明らかに表情を痙攣らせていた。
(エヴァンジェリンのやつ、兄貴の魔法に堪えてねえ!やっぱり吸血鬼の真祖だ、本当の不死か!これじゃスタミナ切れとかも全然ダメってことなのか!?)
ではどうすればエヴァンジェリンは止まるのか?
答えは単純である。
エヴァンジェリンは今回の計画的大停電に乗じて封印を解いたと推測していたカモ。
ならば、停電さえ終われば。
エヴァンジェリンの魔力は再び封印される可能性がある。
ネギから事前に聞いていた停電終了時刻まで‥‥‥。
(残り、8分弱!!‥無理だ、とても凌ぎきれる時間じゃねえ!)
エヴァンジェリンが掲げた手に闇が宿る。
魔法の射手の闇矢だろう。
その時、主人の無事を見守っていた忠実なる従者、茶々丸のアンテナにアラートが入る。
「! いけないマスター、戻って!!」
そのアラートは、学園結界の予備システムにハッキングした時に仕込んだもの。
停電終了予定時刻はもちろん把握していたが、時間が前後する可能性を予見し、停電終了命令——言い換えると電力供給命令。それが下された際に茶々丸の本体に報せが入るように設定しておいたのだ。
「!!」
「え!?」
「な、なんだ!?」
「予定時刻よりも7分27秒も早い‥‥!マスター!」
停電が終わるとエヴァンジェリンに対する学園結界はどうなるか?
カモの予想通りだった。
「まさか!エヴァンジェリンの封印が戻るのか!?やったぜ兄貴!」
「え?え?」
エヴァンジェリンは今橋の外、その上空だ。
学園結界が復活すると、エヴァンジェリンに対する封印は戻り、エヴァンジェリンは見目にふさわしいただの人間の少女に戻ってしまう。
つまり、エヴァンジェリンの飛行能力はなくなり、そのまま20m下方の湖へ真っ逆さまだ。
「ええい、いい加減な仕事をしおって!!」
学園の電力供給システムの人員に対する悪態が出るも、急いで橋の上に戻る。
これでせめて落下しても橋の上だ。
続いて橋に着地するエヴァンジェリン。
‥‥妙だ。
振り返っても、橋のイルミネーションに電気はついてない。
明日菜が釣られて見渡せる街々を見やるが、灯りは見えない。
「あ、あれ‥‥?」
「‥なんだ、何がどうなってんだ?」
「停電‥‥した、まま?だよ‥」
エヴァンジェリンもおかしな気分だった。
魔力は、自らの身体から消えてなどいない。
懐かしい感覚のまま、心身に漲っている。
「‥おい、茶々丸。どういうことだ?」
「‥‥電力供給命令は確かに出ました」
「なにぃ?」
「しかし、電気が‥‥配電所から各施設・学園結界システムへと供給されていません。これは‥物理的に電気がどこかで途切れているようです」
茶々丸の報告で、全員の頭に困惑が浮かぶ。
特にネギ側は、これがエヴァンジェリンたちの仕業でないことに驚いていた。
「‥誰か、なにかをしたってことですか?」
「そういうことだ」
この場にいない声がした。
全員が声の方を向く。
幽鬼が、立っていた。
「‥貴様‥‥」
「よお見てたぜ。無様に負けてたなあ、エヴァンジェリン」
「長谷川千雨‥!!今頃なんの用だ!?」
赤いローブに身を包み、ザシリとわざとらしく音を立てて歩いてくる。
千雨だ。
しかし、ネギたちは見間違いかと思ってしまう。
普段の無愛想でつまらなそうな千雨の顔しか知らないネギたちは、目の前の千雨が浮かべている表情を初めて見たからだ。
口角を上げ、歯を見せて笑う千雨は、あたかも猛獣かのようで。
特にカモなどは怯えてしまう。
あれは、本当に長谷川千雨なのか?
「このタイミングで出てきたということは‥!」
「そうさ。まだ停電が終わってねえのは、この状況はわたしの指示だ」
「えぇっ!?」
「ど、どういうことなんスか!?停電を続行させてるのが姐御だなんて‥!!もし停電が終わってたら兄貴の勝ちだったんじゃ!!」
「そう。本当ならネギの勝ち‥。わかったかよ、エヴァンジェリン。お前は普通ならもう負けてんのさ」
エヴァンジェリンは動揺していた。
負けを突きつけられたからではない。
それは既に飲み込んでいたし、そういうことも万が一だがあるだろうと踏んでいたのだ。
ネギはその才覚と力をわずかな勇気を以て示した。
だが、何故だ。
エヴァンジェリンの猶予を延ばしたのは何故か。
何故今姿を現したのか。
「‥そう、かもな。私は確かに負けたのかもしれん。今回は、だがな」
「え゙」
「そんなことはどうでもいい。何故停電の時間を延ばした。貴様、なにを企んでいる」
今回は負けたが次回があるみたいな言い分のエヴァンジェリンにネギが固まる。
しかし、エヴァンジェリンの興味は既にネギから千雨に移っていた。
「言っただろう?ネギに勝てばお前はネギの血を貰う。ただし、ネギが死なない程度に抑える。それがわたしとの約束だったよな」
「‥え?そうだったんですか?」
「‥まあな。貴様にそれを言わなかったのは貴様が争うのはやめてください、血ならあげられる分だけあげますと言いそうだったからだ。もしそれを言ったら約束など反故にして貴様が乾涸びるまで血を吸い上げてただろうが‥」
「ひぃぃぃぃ!?」
「‥だが、もう一つ約束があったよな」
「‥私と貴様が戦い、私が勝てば貴様はナギの情報を寄越す、だったな」
ネギは驚きの連続だったが、今度こそ冷や水を浴びせられたかのように表情が落ちる。
「と、父さんの‥」
「ナギって‥ネギのお父さんの名前、だったわよね?」
「
「‥そうだ。そして、わたしがお前に勝った場合。これはなにもなかったが‥まあ、ネギの命を保証してもらうっていうのが前褒賞みたいなもんだな。つまり、わたしは既に褒賞を貰っていたってことさ。‥ならエヴァンジェリン、お前だって褒美を勝ち取るチャンスが要るよな?」
「‥‥まさか貴様」
「わたしと今ここで戦え、エヴァンジェリン。それが停電を延ばした訳だ」
何となく千雨が発する言葉は予想していた。
だが、いざ言われるとやはり此奴頭がおかしいのではないかと思ってしまうエヴァンジェリン。
吸血鬼の真祖を前にして戦えなどと出せる者はそうはいない。
この場にそんな奇特なのが二人もいるのは変な話だが。
「何故だ?そもそもその確約は私が坊やに勝った場合の話だろう」
「そうか?わたしはどちらにせよお前がネギの命を奪わないっていう意味ととったぜ。お前が勝とうが負けようが、お前と戦うことは決まってたのさ‥」
赤いローブに手をかけ、バッと放り投げる千雨。
ロープの下からは煌びやかに誂えられた衣装が現れる。
上衣は黒の布地に、樹木の色の刺繍が施された短めのレザーコート。刺繍は前面の開きから腕にかけて、樹木の色だが炎の様な形状に伸びている。
襟には剣と斧が交わった形のエンブレムと、二つの角が生えた人の顔のようなエンブレム、そして王冠のエンブレムが飾られていた。
背中には赤の羽が片翼だけ刺繍されている。
下衣は上衣と同様の素材でできたスカートだが、かなり布に余裕がある。
脚を動かしやすくする為だ。
その下にはスパッツを履いていたので、なにも気にせず戦える。
エヴァンジェリンの驚異的な視力は、エンブレムを捉えていた。
何となく千雨の出自がわかった気がしたのだ。
「さあ、やろうぜエヴァンジェリン。魔法世界に今でも響く悪名の所以をわたしに見せてみろよ」
「ま、待ってください!生徒同士で戦うなんて、そんなのおかしいです!」
「‥生徒、ね。確かにわたしもエヴァンジェリンもお前の生徒さ、ネギ。前も言ったようにな‥‥」
千雨は確かにネギにエヴァンジェリンは生徒であると告げた。
それはネギに、エヴァンジェリンを生徒として扱い、教師として接してみろという意図があったものだ。
そして、それは今済んだ話。
「だけどな。わたしが今ここに立っているのは、麻帆良学園の長谷川千雨としてじゃない」
ネギの方を一切見ずに放った言葉は、ネギを慄かせるには十分だった。
ネギは理解してしまったのだ。
(千雨さんは止まらない。もう、僕の言葉じゃ‥‥止まってくれない)
千雨の方に伸ばした手を、力なく下ろしてしまうネギ。
「‥随分律儀だな。貴様は面倒事は避ける性格だと思っていたが」
「勿論、わたしの目的に関わらない面倒事は避けるさ」
「ほう?それはつまり、今回は関わるということか?」
「そう言っているぜ、
ネギを守るのが主な目的だったが、良い機会だと千雨はエヴァンジェリンと戦うのを割り切ったのだ。
正直なところ、ネギがエヴァンジェリンに勝てるとは思わなかった。
それはそれで良い。
だが、エヴァンジェリンという両世界あわせても三指に入る魔法使いとの戦いを、千雨は逃す気はなかった。
「‥茶々丸、何分だ?」
「‥電力命令が届かない原因は恐らく物理的外因によるものです。そこを取り除く、又は補填することを鑑みて、凡そ30分ほどかと」
「30分‥十分すぎるな」
ゴキリと手を鳴らすエヴァンジェリン。
茶々丸は予備の服をエヴァンジェリンに渡す。
闇夜を踊る為の濃紺のドレスだ。
「お前ら、絡繰と一緒に下がってろ」
「え?茶々丸さんとって、どうしてよ?ていうか千雨ちゃん、本当にエヴァンジェリンと戦うの!?」
「そ、そうだぜ姐御。吸血鬼の真祖だぜ?生物種の中でも最強格の存在ッスよ!それと戦うなんて無茶だ、生物として次元が違うんスよ!?しかも相手は600万ドルの元賞金首だ!!」
「いいよな、マクダウェル。絡繰には参加させねえ」
「‥‥よかろう。茶々丸、そこの素人どもと下がっていろ」
「承知いたしました」
茶々丸が明日菜、ネギ、カモのそばに歩み寄る。
ネギは、エヴァンジェリンとの戦いや千雨に突き放されたような感覚を受け、疲弊した表情を隠せていない。
茶々丸を見る目も力のないものだった。
「‥茶々丸、さん。僕‥‥僕‥‥」
「ネギ先生、ここは危険です」
「え、危険って‥‥。茶々丸さんを下がらせたのって、一対一の戦いをしたいからじゃないの?」
自然と戦いという言葉が出てしまった自分にショックを受けながらも、ネギの手を引いて千雨たちから離れる明日菜。
カモも明日菜の肩に乗り移る。
「いえ、恐らく‥‥私では、マスターと千雨さんの戦いについていけません」
「つ、ついていけないって‥」
「おいおい、茶々丸‥さんよ。あんた、エヴァンジェリンの従者じゃないのか?手を貸さなくて良いのかよ。前衛なしで姐御と戦うのか、エヴァンジェリンは」
くるりと茶々丸はエヴァンジェリンに顔を向けるも、やはり結論は変わらない。
マスターの命令を忠実に聞くミニストラ。
それで良い。
「マスターは‥‥本当の実力を発揮した時、従者など寧ろ邪魔と仰っていました」
「邪魔って‥‥どういうこった」
「‥巻き添えにしてしまう、とも」
「ま、巻き添え!?」
ゾッとしながらエヴァンジェリンたちの方を見るカモと明日菜。
今から起こる戦いに、一匹と一人は同じことを考える。
もしかしたら、とんでもない事件に巻き込まれようとしているのではないか、と。
「も、もう少し離れてようか」
「そ、そうだな。兄貴、離れやしょう!‥‥‥兄貴?」
「‥」
「さあて、お立ち会いといくかね」
「‥私に対する義理立て、だけではないのだな?」
「当然。約束を守ってくれたのは感謝してるよ。それに報いるためでも確かにある。だが、それよりも大事なことが一つだけあってな‥。強くならなくちゃいけないんだよ」
「それで吸血鬼の真祖であるこの私に挑むか。些か無謀ではないか?」
「‥そんなことはないさ」
千雨の全身に“気”が漲っていく。
戦闘用の意識に切り替えた千雨は、自然と構えた。
両腕を上げ、腕を前後に置く姿は空手に似ていた。
「わたしが目指すのは世界最強のグラディエイター。そうでもならないと、私の現実は戻らない」
「現実‥?‥グラディエイター‥‥‥」
剣闘士‥!
「わたしはわたしの現実を取り戻す。その踏み台になら、真祖くらいが丁度いいんだよ」
「ふん‥威勢と実力が合っていると良いな!!」
二人は止まらない。
雨が落ちて海へ還るように。
他の一切を排除して、二人は殺し合う。
獅子が二匹、己の牙を以てただ相手に立てる。
剣闘士・長谷川千雨。
吸血鬼・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
長い、永い30分が始まる。
また10000超えてしまいました‥。
次回、最強幼女にちうさまがいどみます。