身内に不幸があり、色々整理してようやく余裕を持ちまして今回投稿に至りました。
遅れまして誠に申し訳ありませんでした。
その代わりと言ってはなんですが、二話分くらいあります。
では、どうぞ。
手にしたのは力。
先人に近づいたと言われるほどの。
だが、穏やかな平穏が手に入るとするならば。
彼女が歩んできた戦いの道は、意味がなかったと言えるのか。
********************
「修学旅行特別企画!!“くちびる争奪!!修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦”〜〜〜!!!」
朝倉和美は興奮していた。
修学旅行。
それは、うら若き少女たちが刻む青春の1ページ。
3年生となって未だ平和に進んでいた学生生活。
その平穏を、ぶち壊す企画。
ネギ先生、感謝するよ。
君のおかげでクラスは湧き上がる。
そして食券トトカルチョでがっぽり懐が潤うんだ。
『‥おい、これマジでやんの?』
『準備はよろしくて!?千雨さん!!』
『ていうかキッスってなんだよ誰にやんだよ。‥‥おい、まさか』
『もちろんネギ先生ですわ!ネギ先生の麗しき唇を‥‥私たちの手で御守りするのです!!』
「千雨の姐さんは乗り気じゃなさそうだな‥」
「千雨ちゃんって結局何者なの?最近ちょっと様子変だったよね」
「えーっとだな‥。魔法世界出身の剣闘士なんだ。見た目はただのメガネ女子だが、歴戦の戦士だぜ」
「えー!?戦士って‥‥なにそれ?」
画面越しにマジマジと千雨を見る。
普段通りの面倒臭そうな顔だ。
イベントに無理矢理参加させられているからか寧ろ眉間のシワが深い。
所作に変わりはない。
古菲や楓のようにおかしな身体能力を発揮してもいない。
「‥人間、一目じゃその人のことなんて何もわからないもんだねえ。ネギくんのことに気がつかなかった私の台詞じゃないけど」
「千雨の姐さんっていつから麻帆良にいるんだ?」
「え? 確か‥中学一年生の二学期に転校してきたんだよ。珍しい時期に転校してきたからよく覚えてる」
「‥‥んん?」
カモの動きが止まる。
(‥待てよ?)
前にも言っていたが、千雨はネギを見守りに麻帆良に来たはずだ。
それは本人が言っていた言葉だ、間違いないだろう。
だが、ネギが麻帆良学園に来たのは千雨たちが中学二年生の二月。
そして千雨が麻帆良学園に来たのはその一年と半年前。
時期が合わない。
(‥何か、まだ隠していることがあるってことか?)
「どしたの?選手紹介始めるよ!」
「お、おう!」
未だ謎が多い長谷川千雨。
エヴァンジェリン戦の時は力を貸してくれたし、ネギを優しくサポートしてくれている。
だが、何かの琴線に触れたら。
もし何かしらの敵意を持っていたら。
彼女に敵う人間はネギの陣営にはいない。
エヴァンジェリンを上手く戦いの場に引き込めたとしても、危うい。
(隠し事が何かってのは‥そのうち晴らしておきてえことだ。けど、下手に藪を突くと蛇どころか龍が出ちまう。謎はあるが暴けず、もしかしたら敵性があるかもしれない。おっそろしいお人だ‥)
カモは自身の憂いが杞憂に終わることを心から願っていた。
********************
「‥要するに、ネギとキスをした奴は優勝。互いの妨害は枕を使ってなら可能。見回りの新田先生に見つかれば翌朝までロビーで正座。優勝者には豪華賞品‥‥?豪華賞品って、なんだそりゃ?」
「そんなことはどうでも良いのです!!重要なのは対象がネギ先生であるということ!参加者のうちのまき絵さんなどは特に本気ですわ!なんとしてもネギ先生の唇を守らないと!!」
「‥‥で、わたしたちはどこへ向かってるんだよこれは」
「もちろん、ネギ先生がいらっしゃる教師部屋ですわ!!」
ネギを守るだけなら別にネギに会いに行く必要はないんじゃないかと頭痛がしてきた千雨だが、どうせツッコんだところで委員長に押し切られるだけだ。
諦めてついていこう、と溜息を吐こうとしたとき、向かいの十字路付近へと歩く気配が壁の向こうから響いた。
戦闘用のスイッチが入っていない今の千雨は、戦闘能力が著しく落ちてはいるものの、五感が鈍ったわけではない。
(このタイミングで来るのは‥まあ、参加者しかいないよな。足音は普通くらいの重さ‥軽めだな。4班か)
1班の鳴滝姉妹ほど足音は軽くない。
2班は古菲の他に楓がおり、そもそも足音がない。
5班は4班の二人とそれほど体格差があるわけでないが、夕映はともかくのどかの歩行速度がそれほど速いとは思えない。
戦闘者としての経験を以てすれば簡単に予想がつく。
まき絵と裕奈の二人。
まき絵は参加意欲がかなりある方らしい。
裕奈は面白そうってだけか。
「‥おい、委員長‥」
「! ‥わかりましたわ」
委員長に声をかけ、敵が近いことを伝える。
このようなクラスぐるみのイベントの時の千雨のスタンスは統一されている。
真面目に楽しむこと。
アホらしいと思うし無駄だとも思うが、日本に来た時のクラス歓迎会で約束されたことだ。
「楽しんでください」という、クラス総出で追いかけられ、泥だらけになった委員長から掛けられた言葉が忘れられないのだ。
委員長と千雨は十字路の角に忍び足で向かい、委員長が枕を構える。
見つからないように隠れる関係上、待ち伏せできるのは一人まで。
千雨は委員長の後ろに待機していた。
足音が大きくなる。
委員長も聞こえるようになっていた。
影が、見えた。
にやりと笑う委員長。
明日菜と喧嘩しているときもそうだが、委員長は戦うときや勝負しているときはかなり活き活きしている。
足が見え、顔と身体が見えた。
先頭はまき絵だ。
まき絵もこちらに気づいてギョッとした顔をして枕を構えようとするが、委員長の方が当然早い。
次の瞬間、委員長が手に持った枕をまき絵の顔にたたきつけていた。
「って投げないのかよ!?」
「枕を使いさえすればなんでもありですわ!!」
「てっきり枕投げっていう修学旅行限定の遊びだと思ったじゃねーか!」
「まき絵!」
「うにゃあ~‥」
ちなみに枕投げはお泊りの時限定の特別遊戯です。
委員長からまともに攻撃を食らったまき絵は目を回す。
チャンスとばかりに追撃に出る委員長。
それを横から止めようとする裕奈。
更にそれを委員長の後ろから止めようとする千雨。
「とどめ!!」
「そうはいくかにゃー!!」
「これどこまでやるん‥‥!?」
三人に突如飛来する三つの枕。
正確に三人の顔を狙っている。
千雨はすぐに顔を逸らして避けるも、委員長と裕奈はそれぞれの標的に夢中で気づかず、枕を顔面と頭で受け止めた。
「新手か!」
「‥」
「古‥と、長瀬!2班か!」
すぐに枕を構えるが、二人の様子がおかしい。
特に古菲だ。
あの
二人とも神妙な顔つきでこちらを見ている。
心なしか、こちらをというより千雨を見ている気がした。
「‥なんだ?お前ら」
「‥‥長谷川、今の避けたアルか?」
「あ?‥‥‥‥やべ」
古菲の目は真っすぐ千雨を見て逸らさない。
魔法世界の猛獣たちと同じ目だ、と息を飲む千雨。
敵性を持った獲物を見つけたとき、獣は全集中力を獲物のみに注ぐ。
狩るか、狩られるか。
それを全身で受け止めて尚、立ち臨む千雨。
古菲も楓も気づいた。
相手をしてくれる、と。
「‥‥長谷川」
「言いたいことはわかる。問い詰めたいこともあるだろう。けど、今はゲームの真っただ中だ。まずは楽しむこと。違うか?」
ニヤリと口角を上げる千雨。
古菲も同様の顔をする。
向かい合う二匹の獣。
その様子を、古菲の後ろで柳のように立つ楓は見ていた。
(‥まさか、本当に隠し事があるとは。エヴァ殿とのやり取りも‥‥。いや、これ以上の詮索は不要。あとは己の目で見て物事を受け入れるのみ)
楓の眼力は、常のエヴァンジェリンも人間ではないことを見抜いていた。
だからこそ、千雨がエヴァンジェリンと話をしようとしていたあの日、一つの意思確認を行ったのだ。
楓が手を出してくる気がないことに気づき、ひとまず安堵する千雨。
いくらなんでも戦闘用のスイッチを入れてまで古菲の相手をする気はなかった。
古菲の練武の様子を時々目にする機会があったが、裏のレベルで通用するほどではない。
そもそも古菲は恐らく裏の人間ではないのだ。
ならば、こちらもそれなりの相手取りをすればよいだけ。
そんな平素の状態で二人同時に相手するというのは勘弁してほしかった。
「‥言っとくけど、枕は使えよ」
「えー、それじゃちゃんと闘えないアル」
「言ったろ?ゲームなんだぜ、これは。全力出せなくてもゲームはゲームだ。楽しまないとな?」
「ム‥‥。長谷川、悪どいアルな」
「そうか‥よ!!」
手持ちの枕は2つ。
古菲は今しがた楓から借りたであろう一つの枕を加えて3つ所持していたが、全て放って0だ。
ならば話は早い。
千雨は枕を古菲に拾われないうちに古菲を仕留めればよいだけとなる。
千雨が枕を両手に持って攻める。
既に人を卓越した体捌きを隠す気などない。
魔法世界育ちとはいえ、さらに
先ほどのネギと和美の件はネギの進退に関わるから解決策を考えようとしただけだった。
古菲はまず、千雨が前に出てきたことに驚く。
普段クラスの片隅で、一人静かにノートパソコンと向き合う姿からは想像もつかない姿勢だ。
しかし古菲は後手に周り、千雨の攻撃を防ぐことしかできない。
枕を持っていないのでルール上攻撃ができないのだ。
ならば打てる手は二つ。
一つは隙を見て床に落ちている枕を拾う。
もう一つは‥。
迫る枕を見やる古菲。
「どうした中武研部長!部員が泣くぞそんな姿だと!」
だとしても、よく防いでいると感心する千雨。
千雨のような武芸者の攻勢に対しても、未だクリーンヒットはない。
千雨は今までとにかくパワー———“気”や魔力を鍛え上げるのに徹していたが、古菲は武術を身につけることを重視していたのかもしれない。
単純な近接戦の武術の精度は古菲の方が上だろう。
しかも千雨は今そのパワーすら発揮していない。
よって現在、攻めているのは千雨だが有利なのは古菲である。
「ふっ」
「!」
古菲の顔に迫る枕を、無造作に蹴り上げる。
勢いよく打ち上げられた枕は天井に打ちあがるが、落ちてくる前に千雨はもう一つの枕を既に振るっていた。
片足が上がっているという不安定な状態で枕の横振りを受ける古菲。
狙われたのは腹部だったが、両腕を防御に回して何とか受け切っていた。
息を吐かされながらも、今度は打ち上げられた枕に振り上げた足を添える。
「お」
「アイイッ!!」
千雨から受けた勢いそのままに、胴体と蹴り足を連動して回転するように足を振り下ろす。
もちろん枕も踵の下だ。
それに対し千雨は、額に右腕をくっつけて蹴りを枕ごと受け止めていた。
一般的男性並みにしか膂力がない今の千雨に、古菲の全力の踵落としを受けることはできない。
右腕のみだけではなく身体全体で受けたから古菲の豪脚を防げたのだ。
バッとすぐに離れる古菲。
枕を足でちゃっかり掴み、結果的に千雨から枕を奪い取っている。
「円を描くような動き‥‥中国拳法の動きだな」
「中国三大内家拳の一つ、八卦掌アル!他にも形意拳を使えるアルよ!」
「‥いや、そこまで聞いてねえよ‥。自分から手の内明かしてどうすんだてめーは」
「千雨の動きも武芸者のそれアル!一人の武芸者として、師に恥じることのない組手をするネ!」
「師に恥じない‥ねえ」
自身の師であるラカンを思い浮かべる。
自分の戦っている姿を見れば、下手なところを見れば笑うし真面目に戦っていても茶々を入れてくるだろう。
師に恥じない‥など死んでも千雨からは出ない思想だ。
あんなテキトーな師匠に恥じるもクソもない。
「う‥ううん。一体なんですの?」
「‥あ、あれ‥‥?‥うわ、ゆーな!?」
「起きたか委員長。お客さんが来てるぜ」
委員長とまき絵が目を覚ましたようだ。
裕奈はまだ起きず、まき絵に起こされている。
委員長はハッと古菲と楓を見る。
状況は把握できたらしい。
「ち、千雨さん下がって!古菲さん、楓さん!私がお相手いたしますわ!!」
「へ?」
「ヌ?」
委員長の発言に呆気に取られる武闘派三人。
その様子をカメラ中継で見ていたクラスメイト達もぽかんと呆ける。
どうやら千雨では古菲や楓には太刀打ちできないと考えているようだ。
実際千雨の普段の様子では、今の今まで古菲と枕越しの激闘を繰り広げていたとは想像もつかないだろう。
「さあ!千雨さんは援護をお願いします!」
「‥‥えっと‥」
「いいんちょから相手するアルか!?」
「ううむ‥‥些か面倒でござるなこれは。然らば」
腕を組んでいた楓。
スナップを利かせて手首を振り、何かが放たれる。
超人的な楓の動きから放られた物体を正確に捉えた千雨の目には、それが包帯のような白い帯で丸められた球体であるということしかわからなかった。
球体が床に叩きつけられた瞬間、大量の煙が皆の視界を覆う。
突然の事態に皆の動きが固まり、視聴者たちも戸惑いの声を挙げる。
何の真似だ、と楓を見ると、何故か煙の中でも目が合った。
細目がはっきりと開かれ、振り返って歩いていく。
古菲もうんうんと千雨の方を向いてうなずき、楓に小走りで追従していった。
「ついて来いってか」
「うわっ!?なんだこれは!!おまえたち、何をしとるかー!!!」
げ、新田。
めんどうなのが来た、と毒づく千雨。
既に委員長もまき絵もこの場にはいない。
煙に乗じて姿を隠して逃げたらしい。
千雨もすぐにその場を離れようとするが、倒れているままの裕奈に目が行く。
迷うことなく手を合わせて裕奈の不幸を憐れみつつ、楓と古菲を追った。
途中裕奈の断末魔のような悲鳴が聞こえたが、不幸なことだと嘆くだけだ。
見捨てた事実はさらりと捨て置く。
二人の後を追うと、非常口にたどり着く。
どうやら外でお互いの疑念を晴らそうと言う誘いらしい。
確かに外なら和美の仕掛けた監視カメラもないだろうし、クラスメイト達に超人的身体能力を見られることもない。
非常口を潜ると、月光の明かりが楓と古菲を照らしていた。
二人とも平素の佇まいではなく、立つ姿も隙が無い。
「存分にやろうってか。‥もう手遅れだと思うけどな。いや、今は“なんだかすごくよく跳ねる人”程度で済んでいるのか?」
「あと千雨は“武術すごい人”も入ったアルな」
「うむ。すでに皆からは武人と捉えられたことでござろう。これからは堂々と力を振るえるでござるよ」
「嫌に決まってんだろ?こっちの世界の私生活にこんなもんいらねーよ」
「では何故あのような動きが出来るようになるまで?普段ひた隠しにする理由もわからぬ」
「‥‥別に、隠してたわけじゃない。使う必要がなかったから使わなかった。そんだけだよ」
この言葉に嘘はない。
できるだけ魔法戦闘には顔を出さなかったし、麻帆良学園に来てから戦ったと言えるのは近右衛門とエヴァンジェリンくらいだ。
だが、もしクラスメイトや人命が、目の前で脅かされていたら。
千雨は躊躇なくその能力を発揮しただろう。
「この力も、まだ役には立ってないが‥いずれ必要になるから手に入れたもの。その為に鍛え続けただけだ」
「いずれ‥とは?随分ネギ坊主のことを気に掛けるが、何か関係があるのでござるか?」
「なんだ?今日はぐいぐい来るじゃねえか。普段は触れてほしくないなら関わらない、みたいなスタンスの癖によ」
「ふむ。確かに‥そうやもしれぬな。だが、親しい友が険しい道を歩むとするならば‥その手助けをしたいと思うのが人情」
「と、友って‥‥よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるなお前‥」
千雨は頬を赤らめてそっぽを向いているが、楓は先ほどの真剣な表情はどこへやら、ニンニンと笑って千雨を見つめている。
古菲は蚊帳の外で青春アルなー、と腕組みをして眺めている。
今この瞬間だけ歳を取ったかのようだ。
「‥あー‥とだな。じゃあ、なんだ?お前らはわたしのこれまでの経緯が知りたいだけで、わたしの力の程は別に良いんだな?」
「私は腕試しのつもりアル」
「同じく。それとこれとは話が別でござる」
「‥だと思ったぜ、バカどもめ」
枕を地面に落とし、手首をぷらぷらする千雨。
両手の指を曲げ、あまりの力に骨が軋んだ音が鳴る。
戦闘用のスイッチを入れ、すぐに臨戦態勢に入る。
二人の少女は、目の前のメガネ少女が先ほどまでとは別人かのような気配を発し始めたことに、思わず身構えてしまう。
冷や汗を流す楓。
予想はしていたが、これは早まったか。
「‥さて、どうする?」
「では、拙者から‥」
楓が動いた様子はなかった。
千雨も目を逸らしていない。
だが、確かに千雨の後ろで何かを振るおうとしている誰かがいることを、千雨の触覚は空気を伝って察知していた。
「なんだこりゃ‥!?」
振り向きつつその振るわれた何かを腕で防ぐと、なんともう一人楓がいた。
分身。
それはわかるがいつの間に!?
「てめ、まさかわたしが外に出る前から‥!」
「すまぬが、それほどの相手だと認めている証でござるよ!」
「アホかー!!そこまでするか普通!?ずっと気配消して分身待機させてやがったな!?」
二人の楓が千雨を攻め続ける。
既に枕は捨てている。
千雨も楓もだが、お互いに今はイベントの時間ではないということだろう。
だが、無手のまま武具も苦無も出そうとはしない。
「楓忍法!煙遁連弾!!」
「ん!?」
一人の楓が千雨の相手を続ける間に、少し後方でもう一人の楓が先刻と同様の煙を起こす。
瞬く間に煙が千雨たちを覆い、その視界を遮るが、千雨は止まらず楓の一人と腕や足を合わせ続ける。
「‥なんだ、お前の本体はなにしてんだ?忍法とか隠す気さらさらねえみてえだな」
「人に物を尋ねようと言うのに、こちらが代価を払わないとは道理が通らぬ。拙者はお主には隠し事はなしにしたい」
「はっ‥‥わたしはこの力のことはともかく、隠してることなんざ数えきれないくらいあるがな!」
ハイキックを楓に当てに行く千雨。
千雨の相手をしている楓は分身である。
攻撃の質は軽く、簡単に払ってしまえるものだ。
相手にしていてもつまらないのである。
防御するも、踏ん張り切れず吹き飛ぶ楓の分身。
そのまま消えゆき、煙の中に千雨が一人だけで立つ。
「とっとと来いよ大本命。わざわざ煙を吹き飛ばさずにお前の策に乗ってやってんだぜ?」
「では、遠慮なく」
楓の拳が煙より突如出てきて千雨の眼前に迫る。
腕の表部分で受けるが、軽い。
新たに作り出された分身だろう。
一手目は誘導と見て、それに千雨は乗ったということになる。
間髪入れず千雨の右側面から蹴りが飛んでくる。
今度は右足を上げて蹴りを受けるが、これまた軽い。
更に次、またその次と拳や足、肘打ちが次から次へと千雨の八方から迫るが、千雨はその場から一歩も動かず全て叩き落としていく。
分身の数は優に十体は超えているが、どれも所詮分身だ。
戦闘用のスイッチを入れた千雨には軽すぎた。
「‥さて、ここからどうしていく気だ?分身については流石ジャパニーズ・ニンジャといったところだが、どれも決定打にはなってねーぜ」
「ここからでござるよ。一発くらいは入れられる力があるとお主に示さねば、話にすら入れなさそうでござるからな」
「察しがいいじゃねえか。その通りだ、力がなければ意味はねえ」
丹田に力を入れ、“気”を全身から発し、煙ごと楓の分身たちを吹き飛ばす千雨。
「ただわめくだけのガキに出来ることはない。徒に戦場に首を突っ込んだ程度じゃあその首が飛ぶだけさ。だからこそガキには時間が要る。好き勝手できるくらいの力を身に着ける、成長の時間がな」
辺りを見渡す千雨。
誰も見当たらない。
逃げた?
「‥まさか、そんなことはねえよな?」
「無論」
千雨が立つ地面が砕け飛び、千雨も吹き飛ばされる。
煙が巻く中、地中へと潜って機を窺っていたらしい楓。
「地の上じゃ勝てないからって空の中か!?だとしても変わんねーよ!!」
「楓忍法四つ身分身!!」
「馬鹿の一つ覚えかよ!!」
四人の楓が千雨の手足をそれぞれ掴み、鎬固めで締める。
だが、さっきも振りほどいたように分身程度なら簡単に‥。
「‥ん!?」
「すまぬが先とは違って“気”を込めた分身でござる!そう簡単には‥!」
「ふん!!」
一瞬、千雨の動きが止まったのは間違いない。
分身を振りほどこうと力を全身に込めたが、予想していた手応え以上に力が必要だったのだ。
だが、それも力の余裕が許す限り力を込めれば良い話。
残念ながら、楓には今の千雨を止め続けることはできなかった。
止め続けることは、だが。
「隙アリ!!アル!!!」
「な」
千雨が煙を晴らしたとき、辺りには誰もいなかった。
楓も、古菲もである。
楓は地中に潜っていた。
では、古菲は?
千雨より更に上から振り下ろされた蹴りが、答えを示していた。
だが、それすらも歴戦の剣闘士は防いでしまう。
内心はかなり危なかったというのが事実だが。
古菲が律儀に声を上げなければ確実に一発、千雨の後頭部に決まっていただろう。
しかし。
「‥ま、そうくるよなあ」
「うむ。拙者たちの勝ちでござるな」
千雨の背中に、楓の手刀が添えられていた。
分身を作った楓はそれでも地上に待機していた。
決定的な機を逃さない様に千雨の動きを注意深く観察していた楓は、古菲の全力とも言える飛び蹴りにその全身全霊を以て対処する瞬間を見逃さなかったのだ。
「だが、これも一対二。どうでござるか、今度は拙者一人で試すのも良いとは思わぬか?千雨殿」
「私もそれがイイアル。いくら相手が強くても、これじゃ腕試しの意味がないネ」
「‥また今度な。今日はわたしの負けにしといてやるよ。それに、良い機会だしな‥」
千雨がチラリと草陰に目線を送る。
楓もふむ、と思案顔で、千雨の邪魔をする気はないらしい。
「‥わたしはな、戦う力が要るって言ってもな‥それこそ世界を救っちまう連中以上の力が必要なのさ」
「‥セカイ?」
「おい、イントネーション変だぞ、古」
ふう、と溜息を吐く。
どこから話そうか、と頭の中で整理し始め、天を仰ぐ。
「‥わたしは‥赤ん坊のころ、ある一人の男に拾われた。そいつとそいつの仲間たちは、ある一つの世界を丸ごと救った英雄たちだった‥‥
「‥それは、拙者たちが知らぬ世界のことでござろうか?」
「んー、まあその
「‥‥スプリング、フィールド?」
「‥ム?確か、ネギ坊主の‥」
「そう、アイツの親父だ。そして‥」
懐から一枚のカードを取り出す。
それは、先人たちからもらった4つの品のうちの一つ。
「わたしのマスターでもある」
「おお、綺麗なカードアル!」
「そのカードは?かなり幼い千雨殿が映っているが‥」
「これは‥‥契約に対する従者の証。ネギの親父がわたしの主人なのさ。あんまり大層なモンじゃない」
「‥それが、お主の力を求める理由、でござるか?」
「‥‥察しがいいな、相も変わらず。‥‥アイツは、行方不明だ。今もな‥」
「何かあったということでござるか?」
「‥何となくの顛末を聞いただけだ、わたしは。まだガキで、詳しいことは知らされなかった。‥‥行方不明か、敵に捕らわれたか‥‥それとも、本当に死んだのか」
千雨の言葉に、楓は気が付く。
千雨の先ほどの言葉。
『ただわめくだけのガキに出来ることはない。徒に戦場に首を突っ込んだ程度じゃあその首が飛ぶだけさ。だからこそガキには時間が要る。好き勝手できるくらいの力を身に着ける、成長の時間がな』
あの言葉は楓たちか、はたまたネギに言っている言葉だと思ったが、違った。
千雨自身が、子供であったことを嘆いた苦悩の時間があったのだ。
その苦悩の程を、楓が知ることはできない。
だが苦悩の結果が、今の千雨の力を得ることに繋がっているのならば、その程は想像に難くない。
「じゃあ、ネギ坊主に気をかけるのは、長谷川がネギ坊主のオヤジに世話になったからアルか?」
「‥どう、かな。最初はそのつもりだったんだがな。‥今は、アイツを見ているつもりだ。ナギの息子ではなく、新任の教師でもなく、ネギを‥ネギ自身を、な」
かさり、と草陰が音を立てる。
風アルか?と目をやるが、すぐに目線を千雨に戻す古菲。
「‥千雨殿は、その力を使ってどうする気でござるか?先程の、英雄たちを超える力とは‥‥」
「‥その英雄が、敵に回る可能性がある」
「千雨の味方じゃないアルか?」
「まだ詳しいことは分からねえ。けど、その可能性は高い。推論だけどな。どちらにせよ、ネギの親父にしろその敵にしろ‥わたしはまだ、そのレベルにたどりついていない。わたしとは二段三段程度は差がある」
「高い目標でござるな‥」
「無理だと思うか?」
「‥いや、千雨殿の覚悟こそ確固たるもの。必ずや、その地まで辿り着けるでござるよ」
「‥ま、まあ‥‥わたしだからな。なんとかするさ」
千雨はぽりぽりと頬をかきながら、照れた顔でなんとか返事をする。
楓も古菲も気を抜き、リラックスして息をつく。
まさか同じクラスにこんな古強者がいたとは。
しかも、まだ成長の過程にあって更に上を目指すという。
「‥では、戻ろうか?ネギ坊主を探さねばな」
「あ、忘れてたアル!」
「やべ‥委員長一人だよないま。‥いや、なんとかするかアイツは‥ネギ絡みだし。‥‥」
千雨が踵を返すものの、なにを思ったのかピタリと止まってしまう。
楓と古菲が首を傾げるが、千雨は動かない。
「‥先行ってろ。少し疲れた‥」
「大丈夫でござるか?拙者たちの言葉ではないでござるが」
「まったく以ってその通りだが、大丈夫だ。‥少し休んでから動く。委員長にはお手柔らかに頼むわ」
「わかったアル。いいんちょーは優しく撫でておくアルネ」
「いや、お前の撫でるは不安だな?」
二人が非常口に戻っていく。
二人の足音が完全に遠のいたとわかるまでその場に座って顔を伏せる千雨。
そしてその人間の肩を、もう一人の千雨が叩いた。
「覗き見か?良い趣味じゃあ‥‥!?」
途中から、誰かが千雨たちの戦いを見ていることには気づいていた。
その位置を特定できたのはついさっきだ。
煙に紛れて分身を作った楓と同じように、一人分だけ分身を作った千雨。
楓を真似てみたが、どうにも複数分身を作るというのは簡単ではないらしい。
そして、その分身に覗き魔を探させていた。
だがその覗き魔は、今の千雨にとっては最悪と言っても過言ではない相手だったのだ。
「‥ネギ!?」
「千雨さん!?わわわわ!!」
「お前、なんでここに‥教師部屋にいるんじゃねえのかよ!?」
「あの、その、ぼく‥‥見回りで‥!」
外敵が来ていないか見回りに出ていたようだ。
もっとガキっぽく悪びれろと思ったことはあるが、善意で夜遅くに出ていたらしい。
なんて間の悪いというか、ネギ的にはラッキーなのかもしれないが。
(‥ってことは委員長たち、誰とキスしようとしてんだ?)
覗き魔はせいぜいイベントに参加している生徒か、それとも関西呪術協会が偵察にでも来てたのかと思っていた千雨。
だが、これでは。
これはあまりにもないだろう。
千雨は、まだ聞かせる予定ではない話までネギにしてしまったのだ。
「‥‥あーっと、な?見回りご苦労様、ネギ。あとはわたしがやっとくからよ、もうガキは寝る時間だぜ?」
「千雨さん」
「ああ、それと今旅館の中でイベントやってるから参加してやれよ。あのイベント、お前がいないと話に‥」
「僕は!!」
思わず声を止める千雨。
今まで聞いた中で、ネギの一番大きな声。
「‥僕は、6年前‥‥父さんに命を救われました」
「‥ああ、聞いたよ。直接会ったんだって?にわかには信じかたいが‥嘘をつく理由はねえよな」
「‥‥千雨さんは、それがあり得ないことだと‥‥思ってるんですね?」
「ああ。わたしの推測通りなら‥‥ナギはそこに現れるなんてことはできないはずなんだ。けど、ナギは来た。イギリスへ、そしてお前を助けた」
「‥貴女が、父さんを探しているのは‥千雨さんが従者だから、なんですよね」
「‥‥そうだ。‥いや、厳密に言うと違うかな。ナギがいなくなっちまう前日。わたしもナギたちに付いて行きたかったが‥‥断られた。その代わりに得たのがこのカード。そしてナギが帰ってきたら、ナギの力になれるよう努力する筈だった。‥まさか、こんなことになるとは思ってなかったよ」
もう一度、古菲たちに見せたように
ここまで話を聞かれて、それでもネギが向き合うと言うのなら。
少し早いが、認めるとしよう。
「ネギ。
「え?」
「魔法使いとその従者の絆が体現したもの。それがこれさ。‥そして、このカードは魔法使いが死ぬと‥カードも死ぬ。従者が死んでも同じこと」
「!!」
「従者が死ぬと従者の絵が消えるが‥‥魔法使いが死ぬとカードに描かれた魔法陣が消え、魔法使いの名も色を失う」
ネギの目がまじまじとカードの中の千雨に移る。
千雨の周りを囲う魔法陣は、健在。
ピラっとカードを裏返すと、Nagi Springfieldの名が銀色で刻まれているまま。
「じゃ、じゃあ!!」
「ナギは生きてる。今もどこかで、確実に。そしてそれを探すのがわたしの役目」
そして、ラカンたちから与えられた試練。
ナギの元に辿り着きたければ、自力で行け。
それを成すために、自身の成長は不可欠だった。
だからこそ、エヴァンジェリンを降せるほどに強くなった。
(いつか敵対するのは‥ナギやラカンクラスの化け物。または、ナギ自身‥!!)
ナギの相手は、数百年以上生き延びた化け物だった。
その化け物の能力が、ラカンたちが事実をひた隠しにする理由なのだろうが。
ナギに一度負けたことのあるエヴァンジェリンに負けるようでは話にならない。
そのエヴァンジェリンすらもまだ実力を出し切れてはいなかった。
千雨は、まだ遠いのだ。
「‥わかったか?わたしが‥お前に構う理由がよ」
「‥‥はい」
「けど、それは最初の理由。今は違う」
「え?」
ツカツカとネギに歩み寄り、ネギの頭をぐわしと掴む。
「ち、千雨さん!?」
「さっきも言ってたろ?お前を見ている。お前は、わずか10歳でエヴァンジェリンと張り合えるくらいの魔法使いになった。父親の背中を追うためにこんな日本の古都までイギリスからやってきたんだ。その努力を、わたしは見ているつもりだ。わかるか?」
「は、はい。ずっと‥心配をかけさせていると思ってます」
「ちげーよ頭でっかち」
「ええっ!!?」
勿論心配している。
いくらナギの子供とはいえ、まだ10歳。
ナギが規格外だと考えても、まだまだ幼いのだ。
けれども。
「‥‥わたしはきっと、お前に期待してんのさ」
「期待‥ですか?」
「お前がいつか、ナギを救う。フィクションのような最後、感動のシーンを‥な」
「‥‥フィクションなんかじゃ、ないです!絶対に、現実にして見せます!」
「そーかい。じゃあやっぱり必要だな」
「へ?」
「知ってんだろ?これだよ、これ」
千雨が手に持っているカードをひらひらとさせる。
すぐにネギは気がつく。
そのカードを得た時と同様に、瞬く間にネギの顔は真っ赤に染まった。
「ま、まさか‥ぱ、
「なんか悪いか?仮契約すると連携取りやすくなってお前に手を貸しやすくなるし、わたしは強くなれる。お互い悪いことは何もねーよ」
「で、でも‥‥ですね。そ、そのー‥‥」
「?」
なんでコイツ照れてるんだ?と首を傾げる千雨だが、はたと気がつく。
ネギは明日菜と
つまり、ネギの中では“
だが千雨は違う。
キスをするという発想自体そもそも出てこなかったのだ。
このマセガキ‥とそのことを指摘しようとする千雨だが、またはたと気がつく。
その
というより、覚えていない。
まだ5歳だったのだ、当然と言えば当然だが。
「あー‥‥くそっ、忘れてたな」
「え?えっと‥‥え?」
「あーいや、そのだな‥別にお前とのキスが‥とかじゃねーぞ?ただ、キス以外の仮契約のやり方を覚えてないってこと失念してたんだ。まあキスの時に描かなきゃいけねー魔法陣も知らねーけど」
「あ、そうですか‥」
ネギの胸の中でストンと何かが落ちた。
安堵に近い何かがネギの中で生まれたのだが、それが何かまでは今のネギにはわからなかった。
「んー‥めんどくせーな。仕方ねえが、カモミールに仮契約執り仕切ってもらうしかねーか。おい、もしキスしかなかったら我慢しろよ」
「が、我慢だなんてそんな!!」
「うん?なんだ、逆にしてーのか?マセガキだなお前も」
くつくつと笑う千雨に更に顔を赤くして慌てるネギだが、今目の前の少年とキスをすると想像し始めた千雨も内心焦っていた。
(‥このガキとキス‥。いや、別に本当に嫌ってわけじゃないし。顔は良い方だし大人になったらほぼ確実にイケメンコースだし、素直で努力家、魔法使いとしての教師修行(?)を励んでる姿も悪くは‥‥いやでも5個下の相手ってどうなんだ?‥‥いやいやいや、落ち着け千雨・長谷川・ラカン。何も付き合うとか恋人になるとかいうわけじゃなし‥)
「‥‥でも、本当にいいんですか?千雨さん。僕がその‥‥パートナーで」
「将来性考えると多分わたしの相手としては一番適任なんだぜ?ネギ」
「へ?」
「外聞的には、英雄2人の子供が親と同様に主従関係になるってことだからな。
「そ、そうじゃなくて!‥僕、千雨さんよりもずっとずっと弱いです。なのに‥‥僕、千雨さんに見合ってないんじゃないかって」
「そんなもん、わたしよりも強くなればいいだろ」
「ち、千雨さんよりも強くですか!!?む、無理ですよぉ!!エヴァンジェリンさんに真正面から挑むような人よりなんて!!」
「お前の親父はエヴァンジェリンよりも強かったらしいぜ。お前がそうならない根拠でもあんのか?」
ナギの名前を出すとすぐに口を噤んだネギ。
やはり偉大な父に追いつくという欲求くらいは持っているか。
「‥早い話、お前がわたしと契約したいかしたくねーかだよ。言っとくけど、わたしに迷惑がかかるとかいうくだらない考えは捨てろよ。元々お前とわたしの目的はほとんど一致してるんだからな」
「‥」
「‥どうだ?」
ここまで話しておいてなんだが、少し自信がなくなってきた千雨。
嫌われてるとは思ってないし、お節介を嫌がるタイプだとも思ってないが‥。
ただ、明日菜とはOKで千雨とはNOだとなると少しムカつくとも心中では思っていた。
「‥‥僕は」
「‥ああ」
「是非、お願いしたいです。僕は‥‥父さんに追いつきたい。もう一度、会いたいんです!貴女と、一緒に‥!」
「‥‥決まりだな」
千雨の表情は穏やかなものだった。
マスターの息子と契約して、マスターを探し出す。
なんとも奇妙な関係で、しかも千雨にとっては2人目のマスターだ。
通常魔法使いが従者を複数持つことはあっても、従者がマスターを複数持つことは極めて少ない。
これは、マスターから従者に向けて何事かを仕向ける、又は与える場合が多いからだ、と言われている。
簡単な例だと従者を召喚する場合だろう。
それぞれのマスターのタイミングが重なれば、従者に負担がかかる。
これはマスターが魔力を複数の従者に与える場合もそうかもしれないが、その場合はマスターの技量・魔力量でどうにかなるのだ。
千雨の表情とは反対に、ネギの顔はまだ赤い。
(‥こいつ、わたしとのキスを考えてやがるのか?)
千雨にわずかないたずら心が働く。
「‥なあ、ネギ。今のうちに練習しとくか?
「え」
「もちろん、やり方はわかるよな?神楽坂とヤッてたろ」
「えーーー!!!?ちちちちち、千雨さん!!?」
「‥‥ほら、ここによ」
千雨が膝を折り、ネギと目線を合わせる。
わざとらしく真っ直ぐネギの目を見つめる千雨。
顔も真剣そのもの‥を見せる。
ネギは既に茹で蛸だ。
(ククク、照れてる照れてる。やっぱガキだなこういうところは)
あとはにまりと笑って冗談だと言えば話はそれで終わる。
終わる、筈だった。
ネギの右手が、恐る恐る伸びる。
なんの真似だと見ていると、その手は千雨の頬に寄せられようとしていた。
「へ?」
ネギは半歩分千雨に近づく。
何故。
いや、待てよ。
冗談のつもりだぜ?
だから、早く言えよわたし。
何固まってるんだよ、動けって。
これ以上は流石にまずい。
だから、早く。
目を潤ませたネギの顔が、アップで千雨の目に映し出される。
まだ2人の距離は近いままで、0ではない。
ネギが途中で止まったのだ。
なんだこれは。
なにしてんだわたしは。
早く何か言わないと。
戻らないと。
「‥いや、あの‥‥だな。その‥」
「は、はい‥‥」
「えっと‥‥か、覚悟はいいか?」
やべ、間違えた。
だが、ネギは止まる。
足がではなく、顔が止まった。
思い止まったか?と安堵する千雨。
「‥‥ご、ごめんなさ」
思い直したのだろう、ネギは謝りながら身を引こうとした。
だが。
ネギは自分の背中に腕が回されているのを感じたと同時に。
唇に、とても柔らかい何かが触れているのがわかった。
********************
ネギと千雨は、2人並んで旅館の入り口まで戻ってきていた。
そして互いに無言で顔は真っ赤である。
(‥‥わたし、ショタコンじゃねえよな?)
ちなみにショタコンはショータローコンプレックスの略である、多分。
委員長がこれにあたる。
小さい男の子が好きなんです、という特殊嗜好だ。
ここまで思考を進めて、千雨は自身が正常な判断が出来てないことに気がついた。
本来の千雨なら疑問を呈した時点でアホかと一蹴するところだ。
ちらりとネギを見ると、何故か目が合う。
2人してすぐに首が取れそうな勢いでそっぽを向く。
しばらく旅館の玄関前で固まっていたが、千雨がなんとかデカデカと溜息を吐きながら、ネギの髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「わわっ」
「‥戻るぞ、ネギ。今お前必須のイベントやってるからな」
「え?」
ネギの背中を押しながら旅館に入る千雨。
そういえば、旅館の外でだが千雨はネギとキスをした。
この場合はどうなるのだろうか?
(‥ま、外だから監視カメラもつけてなかっただろうし‥‥黙っとくか)
ロビーへ進むと、何故か黒焦げになった委員長たちが目に入った。
は?と辺りを見渡すと、古菲や楓、鳴滝姉妹にまき絵まで倒れており、更には新田先生も気絶してるらしい。
「‥どうなってんだこれ」
「‥あ」
「ん?」
ふと見ると、こちらを‥というよりネギを見つめているのどかと夕映。
ロビーの奥の方を見ると明日菜と刹那も来たようだ。
だが、何故かロビーの柱に隠れ始めた。
(‥そういえば、ネギは昼間に本屋に告白されたんだっけか)
「長谷川さん、こちらへ‥」
「‥んん」
夕映に招かれてのどかの後ろまで行く千雨。
夕映が恐る恐るとだが言葉を発す。
「‥あの、長谷川さん‥‥何故ネギ先生と一緒に?」
「‥‥あーっとだな。長瀬たちとゴタゴタした後に‥ちょっと出くわしちまってな」
「‥‥まさか」
「‥カンがいいのか当然の推測なのか知らねーけど、黙っとけよ。カメラの外の話だからな」
ヒソヒソと話した会話の内容に、やはりと少し眉をしかめる夕映。
のどかに告白をされ、その返事をしていなかったネギに‥というより、のどかに無粋なことをしたのかもしれないなと千雨。
けれど、してしまったものは仕方がない。
あの時咄嗟に動いた千雨は、身体は正直だったとしか言いようがない。
別にそういうつもりじゃ‥と夕映に言おうとした時、ネギの声が耳に入ってきた。
「あの‥‥と、友達から‥‥お友達から始めませんか?」
「‥‥」
ネギはのどかの告白の返事をしたようだ。
YESでもNOでもなく、友達から。
気持ちの整理がまだついていない10歳の返事としては上等だろう。
先程の千雨との出来事も確かにネギから動いたかもしれないが、仕掛けたのは千雨でしてしまったのも千雨。
何より、明確にその言葉を口にしていない。
そういう意味では、のどかの方が自分自身の気持ちを早々に理解していたのだろう。
まだ千雨には、気持ちの整理がついていない。
そして、それはネギもそう。
「‥ならば、今からすることに目を瞑ってくださいです」
「は?」
夕映の言葉に何のことだと問う前に、夕映は足を伸ばしてのどかの足を払っていた。
部屋に戻ろうとして歩き始めていたのどかは、そのままネギの方へと倒れかかる。
二人の唇が、重なっていた。
な、と千雨の口から言葉が出た瞬間、千雨は自分に疑問を呈する。
なんだ、今のは?
わたしは今、何を言うところだった?
「‥」
「‥私に怒りをぶつけますか?長谷川さん」
「‥‥いや。そもそも、ネギはわたしのもんじゃねーよ。ネギが誰と恋愛しても、そりゃネギの自由だろ」
「そうですか‥。‥ですが、今の貴女は」
「それ以上はやめろ。わたしはお前と違って、わたしのことをよくわかってねーんだよ」
そして、それを他人から聞くような段階ではないと思う。
「‥自分のことなのにわからないですか?」
「滑稽だろ?」
「‥‥いえ、そうは思いません」
「?」
今度は千雨が夕映を不思議そうに見るが、夕映の表情は暗い。
だが、夕映はすぐにのどかを見つめて優しそうな顔をする。
親友の幸せを喜んでいるのだろう。
「‥‥お前は、多分いい奴なんだろうな。綾瀬」
「‥そう、でしょうか。‥‥貴女も、思ったより人間味があって良かったです。‥千雨さん」
「なんだそりゃ」
「ふふっ‥‥」
名前を呼んでくすりと笑う夕映に、何かしてやられたような感じがしてそっぽを向く千雨。
だが、すぐにぴしりと固まってしまう。
千雨の様子が変だと気づいた夕映が千雨の向いている方を向くと、夕映も同様に固まった。
「‥お前たち‥‥!!」
「に、新田先生‥」
「全員正座だーーー!!!!」
「結局これかよ‥」
「ネギ先生もですっ!!!」
「ごごごごご、ごめんなさーーーい!!!」
ちなみにイベント参加者はもちろんだが主催者(主犯)の和美(とカモ)も捕まった。
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「‥もう眠い」
「流石にキツいです‥」
「千雨の姐さん、千雨の姐さん!」
「なんだよカモミール。もう少し声抑えろアホ」
「げへへ‥」
「‥? なんだか汚ねえぞ顔」
「す、ストレートに酷え‥。いや、これ渡しとこーかと」
「は?‥‥‥は?」
「へへへ、千雨の姐さんもやることやりますなぁ。これでおれっちもボーナス獲得‥‥ぐゅえ゙え゙え゙ぇ!!!」
「‥‥あの、千雨さん?ネギ先生のペットをそんな風に潰していいんですか?‥‥顔が仁王像みたいですけど」
はい、えー‥。
何故今回ここまでネギと千雨の関係を進めたか?
当然の疑問だと思います。
それは多分修学旅行編よりもさらに先の話で必要になってくる筈‥なので、気長にお待ちください。
とりあえず頑張って“強くなってネギよりも先に進んだ千雨”を目指して行きます。